飲み屋の喧嘩から得た教訓

イスラエルは停戦してはいけないという話を書き終わってネットサーフをしていたら、デイビッド·ボグナー氏のブログを発見した。彼の話ぶりからいって彼は多分元アメリカ海軍兵で、後にイスラエルへ移民した人だと思う。現在はイスラエル在住のブロガーだ。
題してA difficult lesson(カカシ注:「難かしい教訓」という意味だが、私は勝手に『苦い薬』と訳させてもらった。)

苦い薬

デイビッド·ボグナー著
私が海軍にいた頃、一度フィリピンのオロンガポの下町にあるバーでいまだに夢に見るほどの恐ろしい喧嘩を目撃したことがある。喧嘩は図体のでっかい海兵隊員とおとなしい中肉中背の南米系の我が船の船員との間でおきた。
一晩中この海兵隊員は誰かに喧嘩を売ろうとしていたが、ついにおとなしそうな私の船友に目をつけた。弱い相手と踏んでのことだ。我が友が挑発に乗らず喧嘩を拒むと、突然この海兵隊員は友達の後ろから頭の後部めがけてサッカーパンチを食らわせた。すぐさま友のひしゃげた耳から血が噴き出した。
その場にいた者は全員愕然とし、この海兵隊員をいまにもぶっ殺してやろうと勇んだ。ところが我が船友は素早くきびすをかえすと、無数のジャブとアッパーカットを連続でぶちかまし、たったひとりでこの巨人をコーナーに追いつめてしまったのである。明らかにブロンクス(ニューヨーク)の小さなジムでボクシングの訓練を受けた賜物だ。
一つ一つのパンチが海兵隊員の呆然とした顔に傷を開け彼がコーナーに追い込まれた時には彼はもう誰かに止めてくれと嘆願するに至った。彼は自分の唇が切れ歯がかけたのを理由に喧嘩はとまるべきだ考えたのだ。巨人は我々に喧嘩をとめてくれと拝んだ。彼は開いた額の傷から流れてくる血で目が見えないと訴えた。
誰も動かなかった。誰一人として。
飲み屋の中でする音は水兵の軽い拳が海兵隊員の頭にあたる度にたてる胸が悪くなるようなスタッカートの音だけだった。これとにたような音を聞いたのは映画ロッキーでシルベスター·スタローンが牛のバラ肉をミートロッカーで殴っていた音だけだ。
ついに海兵隊員の嘆願は悲鳴へと変ぼうした、声高な女の引きちぎるような声に。しかしパンチは執拗に続いた。
何人かが遠慮がちに数歩前に出て中に入ろうとしたが、群衆のなかからのびてきた数本の腕が彼等をしっかり抱き押さえた。その腕のなかに私の二本の腕がはいっていたことを私は恥じるものではない。
私は水兵が一つパンチを浴びせる毎に小さな声で巨人に何かささやいていることに気が付いた。「参ったと(一発)言え(一発)悪かったと(一発)言え」という具合に。
実は水兵は最初から同じことをくりかえしていたのであるが、飲み屋の喧嘩でありがちなやじ馬からの歓声がうるさく、あまりの残酷な状況に人々の声がしずまり水兵の拳が海兵隊員の頭あたる音以外に何も聞こえなくなるまで誰も気が付かなかったのである。
海兵隊員はつったったまま悲鳴をあげ続けタイミング良く飛んでくるパンチを避けようと無駄な抵抗をしていたが、これらのパンチは彼の顔をずたずたに砕き頭がい骨が見えるまでに至った。しかし彼は降参するといわなかった。自分が悪いと認めようとしなかった。
殴られて朦朧としているこの期にいたってもまだ彼は誰かが自分が負けるまえに喧嘩をとめてくれると信じていたのである。過去にはいつも誰かが止めてくれていたに違いない。だから彼はずっと飲み屋の乱暴者としての人生をおくってこれたのである。
しかし遂に痛みに耐えかねた海兵隊員は叫んだ。「まいった!」我々はやさしく水兵を後退させた。(カカシ注:関係ないですが、明日のジョーのあるシーンを思い出したのは私だけ?)
私がなぜ今日この話をしたのかみなさんにはお分かりだろう。
私は別にこの血みどろの戦いを目撃したことを誇りに思っているわけではない。そしてあの海兵隊員の女のような悲鳴は私が墓にはいるまで忘れないだろう。だが私はあの晩大切なことを学んだ。それは今こそイスラエルが宿敵を倒すために学ばなければならない教訓なのである。
今度限りは文明社会のひとつひとつの国々が愕然と見守る中でアラブの攻撃者が完全にずたずたに敗北することが許されなければならない。誰もが間にはいって必死にこの大量殺人をとめたいと思う。だがこの戦いが本当に終わるためにはどちらかが完全に負けをみとめ降参しなければならないことを誰もが知っているのだ。
あの暴れん坊が負けを認めるまえに彼を救ってきた一人一人があの晩の臆病な乱暴者をつくりあげてしまったように、よかれと思って間にはいって停戦を交渉してきた国際勢力はアラブの暴れん坊が今日のような怪物と化すのを手助けしてしまったのである。

ボグナー氏が指摘するように、いままでアラブ諸国の攻撃者は自分らから戦争を始めておいて応戦されて完全に軍隊を破壊され敗北寸前になると国際社会に攻撃をやめさせてくれと訴える。自分らは負けもみとめず敵側の降参条件など絶対に飲まないで、残酷な戦争にうんざりした国際社会が敵側に圧力をかけ停戦が成立し敵側が兵をひいたら、勝利宣言をして再び攻撃の準備をはじめるというやり方を続けてきた。ハマスもヒズボラも、イラクのフセインも全く同じことをやってきた。
その度に彼等の勢力は増し、次の攻撃はもっとひどい状況を生んできた。これの繰り返しをいくらやっても終わりはない。
だから今我々平和を愛する文明社会の国々は人々が殺されている残酷な戦争をどれほど今すぐ止めたいとおもったとしても、その心に負けてはならない。あの晩ボグナー氏が目撃したように暴れん坊が完全に敗北し負けを認めるまでは、涙を飲んで黙って見守らなければならないのである。


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レバノン戦争、まだ停戦をしてはいけない!

国際社会からレバノンで起きている戦争を停戦させようという動きがあるが私はこの動きには断固反対である。目的達成の前にやたらにやめることは最初からなにもしなかったより情勢を悪化させる。戦争ははじめた以上最後までやり通さねばならぬ。犠牲者を見るに忍びないからといって中途で放り出せば将来に問題を先送りすることになり決してよい結果を生まない。
アメリカの新聞も日本の新聞も、この戦争をイスラエル側の一方的なレバノン侵略でもあるかのように報道するのは苛立つ。最初にイスラエルに宣戦布告をしイスラエルの度重なる要請にもかかわらず人質返還をかたくなに拒んでいるのはヒズボラだってことを主流メディアはもうすっかり忘れてしまったかのようだ。何世紀も前におきた歴史を書き換えるならまだしも、ほんの数日前の歴史までこう簡単に書き換えてしまうとはいくら反イスラエルメディアでもやりすぎだ。
こういう報道が相次ぐのでこのような意見が出てくるのも当然というものだろう。

イスラエルのレバノン攻撃。イスラエル側は武装組織のヒズボラを攻撃しているだけみたいなこと言ってるけど、レバノン自体を攻撃しているように見えます。街のど真ん中に爆弾落として民間人を300人以上殺して子供まで殺しといて「武装組織が拉致した兵士を返してくれないから」じゃないっっしょって感じです。やりすぎだと思います。度を越えています。
 実際、死んでいるのはほとんどが巻き添えを食った民間人だし。武装組織ヒズボラの幹部はほとんど無傷だということだし。。。
なんでユダヤ教の国イスラエルがこんなひどいことをするのかよくわかりません。報復ならなんでも許されるってわけじゃないと思いますし。   ぶろぶろぶろぐより

ぶろぶろさんがイスラエルの戦争行為の理由が理解できないのは、メディアがこの戦争の意味をはっきりと説明しないからだ。イスラエルがレバノンに攻め入ったのは8人の兵士が殺害され2人の兵士が拉致されたことが直接のきっかけではあるが、攻撃の目的は二人を救出することだけではない。いや、それよりもレバノンに巣食うシリアの犬たち(シリアを通じてイランから指揮を受けているわけだが)ヒズボラの武装解除が最終的な目的なのである。
考えてみればこの戦争はすでに2000年の段階で予測できたことであった。もともとイスラエルがレバノン南部に駐留していたのは、ヒズボラがレバノン南部を本拠地としてイスラエル攻撃をしてくるのを防ぐためのバッファーゾーンとして必要だったからだ。レバノン占領をやめろという国際社会からの圧力にイスラエルが長年抵抗していたのも、撤退すればまたイスラエルへの攻撃が再会されると考えていたからだ。(その考えが正しかったことが今回の紛争で証明されたが)
にも関わらず、イスラエルは2000年に突然レバノンから撤退した。撤退そのものにも問題はあったのだがそのやり方にはもっと問題があった。私はいまでも理解できないのだが、当時のイスラエルの首相はなにを思ったのか、別にヒズボラの攻撃に悩まされ大敗していたというわけでもないのにある日突然撤退を命令し、そのあわてぶりはみていてぶざまであった。あまりにもあわてて撤退したため多くの戦車だの武器庫だのの移動が間に合わず、後になって自分の武器弾薬をヒズボラなどに利用されないように空爆して破壊するというていたらく。
この撤退ぶりはどうみても遁走である。これをみたレバノンのヒズボラが喜んだのは言うまでもない。もともと理屈でものを考える輩ではないから、自分達がなんにもしていないのに敵が出ていったことを不思議に思うかわりにアッラーがなせる技とばかりにヒズボラは一斉にレバノンの南部イスラエルとの国境に集まりあのあたりの集落を占領してしまった。以来レバノン南部はヒズボラの勢力下にあったのである。
これがパレスチナのテロリストどもを元気づけたのはいうまでもない。ヒズボラがイスラエルを追い出せたなら自分らも同じことをやればイスラエルを追い出せると考えたわけだ。これがいわゆる第2インティファーダの始まりだ。
さて早送りして2006年。思った通りヒズボラはレバノン南部を拠点としてイスラエル攻撃をはじめた。この6年間でヒズボラはレバノン全体に12000個のミサイルを民家に配備してしまったという。シリアからの武器弾薬の輸入でヒズボラの武装は着々と進んでいたのである。
イスラエルとテロリストとの間の戦いで停戦条約がイスラエルの役にたったことは一度もない。イスラエルが圧倒的武力によってテロリストを叩き、テロリストが崩壊寸前になると常におせっかいな国際社会が口をだし、「もういい加減にしろ、十分犠牲者がでただろう、停戦しろ」と大騒ぎする。イスラエル国民のなかにも長年に渡る戦争に疲れて「もういいとにかくやめよう」という気持ちも出てくるので停戦となる。ところが国連はイスラエルには停戦条件の厳守をうるさくいうのにたいして、テロリストが条約を無視しても黙認状態。レバノンとイスラエルの国境には国連軍がずっと駐留しているが今回の拉致事件の時でも指一本動かしていない。

(2000年)6月18日、国連の安全保障理事会は、イスラエルの南レバノン撤退を確認する議長声明を採択している。続く19日にアナン国連事務総長は、現在約4,400人の国連レバノン暫定軍(UNIFIL)に第一段階として、約1,000人の増員を7月までに行うとする見通しを示した。その後も約2,500人の増員が実施され、同暫定軍は最終的に約8,000人の規模となる予定である。

国連はヒズボラ武装解除の決議も出しているが、UNIFILはいままでヒズボラがレバノン南部で着々と武装しているのを見てなにをしていたのだ? こんな奴らにイスラエルの平和を任せておいてはイスラエルはお陀仏である。
このことで十分わかるように結局停戦はテロリストの次の攻撃に備えた体制立て直しの時間稼ぎになるだけであって、何の解決にもならないばかりか、かえって戦争を長引かせ激化させ、結果的に双方の犠牲者をもっと増やすことになるのである。今回の戦争がそのいい証明だ。
この戦争はヒズボラの武装解除が終わるまで続けられなければならない。レバノンの民家に隠されたミサイルや武器弾薬の破壊、そしてヒズボラ戦闘員の駆除、それがすむまでは停戦などという言葉は忘れるべきである。
関連ブログ記事:
ヒズボラの罠


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戦争の犠牲者はレバノンにばかりいない

イスラエルの空爆によるレバノンでの被害は大きく取り上げられるが、この紛争が始まって以来千何百というカチューシャロケット弾がイスラエル圏内に打ち込まれており、標的がいい加減なこのロケット弾はおもにイスラエルのアラブ人集落に落ちている。昨日もこのロケット弾で犠牲になったアラブ人の子供の話がハーレツ新聞にのっていた。せっかくだから全文掲載しよう。(訳:adventureoftheultraworld)

3歳半のRabia Taluziと、兄で7歳半のMahmoudは昨日の午後、ナザレのSafafa地区の叔父さんの家から帰宅しているところだった。

通いなれた細い道を歩いているとき、空からカチューシャロケットが降ってきて、道に大きな穴を開けた。ロケット破片がまわりじゅうに飛び散り、二人の子供は殺された。
近所に住むHosni Sallahは現場に駆けつけた。「ものすごい爆発音が聞こえた。いつも子供たちが遊んでいるあたりで。駆けつけたら子供たちが倒れていた。ひとりはまだ息をしていたけど、やがて呼吸が止まった。街路が細すぎて救急車は現場まで入れなかった」
地域のラジオAl-Shams局では住民に救急車が通れるように街路を明けるよう呼びかけた。ショックで50名ほどが病院に運ばれた。
昨日までHome Front Command (イスラエル軍の一機関、テロやミサイルなど一般民衆を対象にした攻撃へ対処する部門)は、ナザレが攻撃されることはないだろうと思っていた。Home Front Command、国防省が使用する初期警戒システムが、警戒サイレンにつながっていなかったのもそのためであると地元自治体は言う。昨日の攻撃のあと、サイレンを早急につなぐことが決まった。ナザレ市のセキュリティ担当Mamoun Satiti氏はこう明かす「Home Front Commandはこれまで内々に『ナザレが攻撃されることはない』と話していた」。Home Front Commandはナザレ市の警戒装置をテストすると語る。
ロケット攻撃はナザレ市の住民に衝撃を与えた。昨日まで、ナザレの人は誰もヒズボラ(ナスララ)が自分たちを傷つけようとするとは信じなかった。
殺された子供たちの家の近くでは、街角で住民はヒズボラのミサイルの正確性について論議している。
「あいつらはただミサイルをぶっ放してるだけ。誰もそれがどこに着弾するなんかわからない。この街ではアラブとユダヤの間に違いはない。アラブの血とユダヤの血に違いなんかないだろ」
「ナスララは、アラブ人を殺害すると知っていたら、絶対こんなことはしない。でもときどきヒズボラのミサイルは的を外れてしまうんだ」
住民たちはどこに怒りをぶつけていいのかわからない。昨日のカチューシャで父親が怪我をしたFadel Sawalha氏は、リビングから割れた窓ガラスを見る。彼は怒っているが、慎重に言葉を選ぶ。
「俺が責めるのはオルマートとペレツ(イスラエル国防相)、ナスララの3名だ。オルマートとペレツを責める理由は、あいつらは、我々にとって初めての『将軍でない首相・国防大臣』なのに戦争を始めたから。ナスララを責める理由は、あいつは自分が弱くなったと感じているから、無差別にミサイルを撃ちまくっているからだ。そもそも兵士誘拐なんてするんじゃなかったのだ」
Taluzis一家はイスラエル国家への忠誠とナスララ擁護の間で引き裂かれている。従兄弟は言う「ユダヤ人の血とアラブ人の血に違いはない。双方砲撃を止めないといけない。君は僕にナスララを責めてほしいんだろうが、僕はそうしない。俺たちはあいつらと変わらない。あいつらが殺されるのなら俺たちも殺される、ということだ。僕はナスララに怒っていない」
Safafa 地区の住民の多くは1948年の戦争(第一次中東戦争)の結果、周辺の村から追われたブルーカラー労働者である。もう少しで彼らは難民キャンプに行くところだった。昨日この街を訪れたら、アラブのテレビとイスラエルのテレビを交互に見ては状況を調べようとしている人たちの姿が見れたはずだ。
「僕たちは問題を抱えている」近所の人が言う。僕らはここの市民であって、国のためによいことを考える。でも同時に、僕らは国のほかの人たちとは違う感情を持っている。僕らは国境の向こうの、違う民族に属しているんだ。そして国境の向こう側の光景には衝撃を覚える。僕らは双方が静かに暮らせる方法を見つけるのを待っている。」

どこで読んだか忘れたのだが、ナスララはこの子供たちを英雄の死を遂げたとたたえたそうだ。子供たちにその選択の余地はなかったのに。
テロリストは常に女子供や無関係な非戦闘員の影にかくれて攻撃をしてくる。そうしておいて無実の庶民が巻き添えを食うと攻撃をしてきた相手が悪いという。自分らが殺した非戦闘員への同情などかけらもない。罪悪感もなにもない。
この戦争が終わるためにはこういう奴らを殺す以外に道はないのだろう。


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映画韓半島ウソク監督の反日ぶり

アップデート: 下記参照
きのうも当惑する韓国の反日感情でちょっと紹介したとおり、反日映画韓半島が韓国で公開された。

韓半島
監督:カン・ウソク、製作:シネマサービス、主演:チョ・ジェヒョン、チャ・インピョ、アン・ソンギ、カン・シンイル
南北統一の日が近づく近未来。だが日本は妨害に出て韓半島(朝鮮半島)を危機に陥れる。カルチャーセンターを転々としていた歴史学者、チェ・ミンジェ (チョ・ジェヒョン)はその荒波の渦に100年以上隠されて来た歴史の秘密を暴かなければならない責任を負うことになる。後輩の歴史学者イ・サンヒョン (チャ・インピョ)と勇気ある大統領(アン・ソンギ)も危機に陥った韓半島を救うために立ち上がる。

映画監督のカン・ウソク氏のこの映画に対する思い入れを夢庵風流日記さんが紹介してくれている。

この映画を撮ったのはカン・ウソク、「シルミド」を撮った監督なのだが、彼は次のようにハッキリ語っている。「なぜこんなに反日的に描いたのかと思われるかもしれないが、個人的な思いが強く作用した」、「日本人の政治的な妄言や不適切な表現は、いくら傷つけても大した抵抗はしてこないだろうという彼らの考えが現われている」、「映画監督ではあるが、個人的に(そんな日本を)映画の中でぎゃふんと言わせたかった。だから反日色が濃くなった」。 この映画、最後に悪の日本国を国際法廷に立たせることが目的とまで言い切っている。

ウソク氏のいう「日本人の政治的な妄言や不適切な表現」とは具体的に何のことをいってるのだろう。日本政府が日本領海における査察は自制しろと促したことか? 竹島のことは国際社会にもちだして白黒はっきりつけようといったことか?
朝鮮戦争開戦記念日に豊臣秀吉の話がでてくる自分んとこの大統領の「妄言」は棚におき、何をいってるんだといいたくなる。
だいたい私は芸能人や映画監督が自分の著名度を利用して政治活動をするのを見るのが大嫌いである。特にこの映画の場合韓国政府の肩入れがかなりあるというから、これじゃあまるで大本営政策のプロパガンダ映画といわれても仕方ない。
でも第二次世界大戦などおじいさんの時代になってるひとたちが、こうも日本を嫌うのは何故なのだろう。不思議でしょうがない。
いくら韓国映画が好きな人でも、この映画はボイコットすべきだろうな。
アップデート:
韓半島公開5日で163万人動員という記事を見つけました。(Rainbow Chaserさん紹介)
韓国型ブロックバスター『韓半島(原題)』が、公開5日目にして全国で160万人を突破した。

 『韓半島』(監督:カン・ウソク、製作: KnJエンターテインメント)の配給を担当しているCJエンターテインメントは18日、「今月13日に、ソウル121スクリーン、全国520スクリーンで公開された『韓半島』は、17日までで、全国観客数163万6000余人を動員した」と明かした。

 また、「この記録は、全国的に集中豪雨に見舞われている中、多くの観客が劇場を訪れた証拠」、「この勢いなら、今週末には200万人を軽く越えられるだろう」と伝えた。
 一方、15日に豪雨の中、大邱(テグ)地域を舞台挨拶に回った、チョ・ジェヒョン、チャ・インピョ、アン・ソンギ、ムン・ソングン等、『韓半島』キャストは、釜山(プサン)地域を回る等、プロモーションをさらに展開していく計画だ。 

これに関してRainbow Chaserさん曰く、

日本でもし、朝鮮を悪者にした映画なんて作ったら国内外からものすごいバッシングで、謝罪の気持ちだとか差別だとか行き過ぎたナショナリズムだとか軍靴の足音が〜とか言われまくって、ものすごいことになるんだろうなぁ。

なんというダブルスタンダード!


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救助費用は誰が払うのか?

20年ぶりにアメリカ軍海兵隊がベイルートに到着した。戦場にとり残されたアメリカ市民の避難を援助するためである。救援された市民たちはあたりまえだが不安と恐怖に疲れきっていた。そして救援が遅れたことへの怒りも隠しきれない。なかには救助用の船の船賃は個人負担だときいて激怒するひともいた。
戦争に巻き込まれたレバノンの人々には心から同情する。本当に戦争とは地獄である。しかし外国人が政情の不安定な国に住んだり訪れたりするのであれば、自分の身の安全を守る責任はまず自分にあるのではないだろうか。特に自国の政府がいかないようにと警告をしているレバノンのような国に行くのであればそれなりの覚悟が必要なはずだ。
アメリカ大使館で二日も三日もまたされたあるアメリカ人夫婦は大使館の職員の態度がぶっきらぼうで、避難計画がどうなっているのか全く教えてくれなかったことについて苦情をいっていた。私はビサの件などで日本のアメリカ大使館やアメリカの日本領事館で何度か書類の手続きをしたことがあるので、職員が不親切だったというのは信じられる。お役所の職員は平常でもそうなのだから、緊急事態ともなれば自分らもあわてているだろうし、やってくる市民に愛想をよくしている余裕などなかったのであろう。
しかし思うに、アメリカ人はあまりにも連邦政府になにもかも頼り過ぎるのではないだろうか。去年のハリケーンカトリーナの時も、危険が迫ってきた当初に自ら避難すればいいものを、上から強制避難命令が出るまで踏んばっていた人々が1000人も逃げ遅れて亡くなった。この時も本来ならば地元の市長や州知事にこそ救助の第一責任があるはずなのに多くの地元市民は自分らの代表の責任を問わず、ワシントンの連邦政府にこそ責任があるとし、市民を避難させる権限をもっていない大統領を責めた。
どうも私にはアメリカには個人責任という意識が薄れているように思えてならない。国の警告を無視してテロリストが支配する危険な地域を訪問しておきながら政府からの助けが遅いなどと文句をいうべきではない。その前にそんな危険な場所にのこのこ出かけていった自分の責任を考えるべきだ。よその国に自国からの助けが敏速にくると思ってるほうがおかしい。
無論政府は自国の市民をできる限り助けるべきではある。だが余所の主権国家でおきることをアメリカはコントロールできない。いくらアメリカ人だからといっていつもいつも敏速に援助できるという保証はない。最終的にはどこの国へ訪れるにしろ、自分の救出は自分の力に頼るしかない。
数年前に私はテレビのドキュメンタリーで、外国に住んでいて災害やクーデターなどの危険から命からがら逃げおおせた人々の話をみたことがある。これらの人々は宗教団体やNGOのボランティアのひとたちがほとんどだったが彼等に共通していえることは、いざとなったときにどのように脱出するかという計画を一人一人がもっていたことである。
彼等はいったん問題が起きた時、誰かが助けにくるのをまっていたり、当局からの指導をただじっとまていたりせず、自ら脱出作戦をたててそれに従って危機から脱出した。それというのも、彼等は地元の人々のためにつくす目的できたが、最悪の場合のこともきちんと頭にいれていて、普段から緊急の場合にどうすればいいかという脱出計画をもって、いざというときにそれに従ったのである。
危険な場所にいくのであれば常に周りの状況を正確に把握しておく必要がある。それでもふいをつかれて逃げ遅れたとしても、政府に文句をいうのはやめてもらいたい。
それから助けてもらったら、船賃くらいは払いなさいよ。


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当惑する韓国の反日感情

私の日本情報はどこで得るかというとこれがなんと浜村淳さんの、「ありがとう浜村淳です」という毎日放送のラジオ番組。私の出身は関東なので日本にいた頃はきいたことなどなかったのに、ここ数年インターネットのラジオですっかり浜村さんにはまってしまった。ははは、、
そんなことはどうでもいいのだが、本日の放送で浜村さんが韓国のノムヒョン大統領の異常なまでの反日ぶりに首を傾げておられた。このあいだの朝鮮戦争開戦56周年にあたる25日に歴代大統領は北朝鮮の脅威を述べるのが伝統となっていたのに、ノムヒョン大統領は突然豊臣秀吉の朝鮮侵略の話をはじめた。

「毎年、この日が来ると我が国の歴史を振り返って複雑な心境になる」と述べ、「例えば1592年、我が国は日本に踏みにじられ、あらゆる侮辱を受けた。中国からも2000年の間、何度となく侵略を受けた」と、豊臣秀吉が朝鮮半島を攻めた「文禄・慶長の役」までさかのぼって「受難の民族史」を強調した。

また韓国で公開された反日映画「韓半島」は韓国政府の御墨付きで韓国軍の全面的な協力があるなど、最近の韓国政府の親北反日ぶりは本当に当惑する。

『韓半島』
監督:カン・ウソク、製作:シネマサービス、主演:チョ・ジェヒョン、チャ・インピョ、アン・ソンギ、カン・シンイル

南北統一の日が近づく近未来。だが日本は妨害に出て韓半島(朝鮮半島)を危機に陥れる。カルチャーセンターを転々としていた歴史学者、チェ・ミンジェ (チョ・ジェヒョン)はその荒波の渦に100年以上隠されて来た歴史の秘密を暴かなければならない責任を負うことになる。後輩の歴史学者イ・サンヒョン (チャ・インピョ)と勇気ある大統領(アン・ソンギ)も危機に陥った韓半島を救うために立ち上がる。

共産主義の国、北朝鮮と手を結ぶのにこれまで韓国映画をたくさん買ってくれて韓国の観光産業をいっぺんに潤わせてくれた日本は敵に回すというわけね。うちの母などなんとかいう韓国人俳優のポスターを自家用車のダッシュボードにはりつけて毎日運転しているというのに、韓国映画界は日本様様ではないか、それがこの裏切りはなんだろう。
いや映画がこうなるのも指導者たるノムヒョンさんは、日本の拉致被害者の家族が韓国へいっても冷たい態度をとるし、韓国の拉致被害者家族への配慮もない。このあいだの北のミサイル発射だってノムヒョン大統領は日本やアメリカの反応が過剰だとすら批判していた。こうした大統領の態度には朝鮮日報の社説が強く批難している。

19日に開かれた安保関係長官会議において、盧武鉉大統領は北朝鮮ミサイル対策に関し、「実際の状況以上に過剰に対応したり、不必要な緊張と対決局面を作り出す一部の動きは問題解決にプラスにならない。特にわれわれが置かれた立場に照らして留意すべき部分だ」と述べた。

また、盧大統領は「現在は状況の本質を冷静に分析し、関連国の間で認識の共有を進め、根本的な解決のためのアプローチ方法を講究するのが何よりも重要だ」とも述べた…
しかし、一体何を指して過剰対応だとしているのだろうか。日本の首相が自国の領土を射程に収める北朝鮮のミサイルが発射されたのを受け、早朝から状況を点検したのが過剰対応だというのであろうか…
大統領は北朝鮮ミサイル問題に対し、関係国の間で認識を共有しなければならないと述べた。だが、北朝鮮ミサイル問題は韓国と北朝鮮を除けば、類例を捜し出すのが難しいほど関係国間の認識共有がうまくいっている。現在、ミサイル問題について独りよがりな変わった認識をしているのは韓国と北朝鮮だけだ。北朝鮮の「兄弟国」である中国さえも国連安保理決議案に賛成し、中国主席はこの決議案を支持するという意志を再度表明している。
大統領の発言は事実を正反対にひっくり返すものだ。現在、韓国が北東アジアでのけ者にされ、世界の迷子になってしまった原因は、韓国が北朝鮮ミサイル発射の第一の当事者であるにもかかわらず、拱手傍観で一貫してきたことにある。その結果、韓国と北朝鮮、言い換えれば「わが民族同士」を叫ぶ南と北だけが世界で孤立してしまったのだ。それにもかかわらず、大統領は世界の過剰対応が問題だとしている。

韓国にとっては日本やアメリカのほうが中国や北朝鮮などよりずっと頼もしい同盟国のはず。血がつながっているからなんていうくだらない感情に負けて自由主義を捨てるような危険をおかすべきではない。
私の同僚に以前韓国の非武装地帯で戦車を運転していた元米軍陸軍兵がいる。彼らの戦車にはアメリカ兵3人と韓国兵が一人乗り込むのが通常だったが、韓国兵はよく北朝鮮の兄弟に攻撃をしかける気はないといったという。それで私の同僚はもし打ち合いが始まったら最初に韓国兵を戦車から追い出すといっていた。敵をのせたまま戦争はできんからね。
しかしそんな韓国も今回の国連決議には日本がめずらしく背骨をみせたおかげで、諸外国の圧力に負けてしぶしぶながら同意せざるおえなかったが、これをうけて北朝鮮はすぐさま離散家族再会事業の中断を一方的に宣言した。
いくら韓国がご機嫌をとって北朝鮮を「我が民族」などと呼んでみて、北朝鮮は韓国など屁とも思っていないのであろう。ノムヒョン大統領のお人好しを利用して韓国を乗っ取ってやろうというくらいにしか思っていないはずである。北朝鮮の兄弟愛などしょせんこんなもんである。韓国は本当の味方をみきわめるべきだ。


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映画スーパーマンの帰還!

さて、一応カテゴリーに映画をのせていることでもあるので、昨日みたスーパーマン·リターンズについてちょっと書こう。
全体的にみて失望したというのが私の意見。これって偏見がかなりあるのかもしれないが、私は旧作のスーパーマンシリーズが大好きだった。特に主役のクリストファー·リーブスの魅力には惚れたもんだ。それに悪役のジーン·ハックマンや痩せてた頃のマーロン·ブランドなどに比べると新しいキャストはどうも目劣りしてしまう。
物語は前作シリーズから5年くらい経った後という設定ではじまり、ロイス·レーンはその間に同棲して一子までもうけてしまっている。5年も放っておいたのだから仕方ないのだが、スーパーマンはいまだロイスにぞっこん。ロイスも口では強気だがいまだにスーパーマンを慕っている。
しかし主役のブランドン·ルースは美形だがまったく魅力がない。マネキンをみているみたいに堅くて生身の人間という感じがまるでしなかった。それでロイスのケイト·ボスワースとの間に全くケミストリーというものが感じられない。かえって恋人のリチャード(ジェームス·マーデン)のほうがよっぽども魅力があって、あんなすてきな彼がいたら、ブランドンのスーパーマンじゃ危ないだろう。
特にスーパーマンとクラーク·ケントの差がほとんどないためあれではすぐに正体がばれてしまうだろうな。正義の味方で秘密の正体がある場合、正義の味方のかっこうよさに比べて、普段のキャラはかなりずっこけてるとか、女たらしだとか、臆病者だとか、何かメリハリのある特徴が必要。だから周りの人たちがみて顔かたちは似ているけれど「まっさかあ〜」と思わせるような格差があるわけだ。
ストーリーもかなりまったらで、全然手にあせ握るという感じではなかったなあ。やたら大仰な音楽がなりっぱなしで、ここがみどころです〜と無理矢理思わせるやりかたにはかえってしらけてしまった。
確か昔のスーパーマン2で、スーパーマンが力を失いどっかのコーヒーショップでヤクザなお兄ちゃんにこてんぱんにやられるシーンがあった。後に力を取り戻したスーパーマンが同じコーヒーショップで同じお兄ちゃんを今度はこてんぱんにやり返した時は観客席から歓声がわいた。
今回もロイス·レーンが危機一髪で救われるシーンやスーパーマンが危機に陥いりそうになったりするシーンが結構あったのだがどういうわけか危機感が全然つたわってこず、助けが来てもどうも感激しなかった。それに海に沈みかけた船を引っ張りあげるシーンでスーパーマンは船の上にのっていたので、彼はどうやって自分の乗ってる船を持ち上げることができるんだろう、なんてどうでもいいことを考えてしまった。
ミスター苺の採点は、昼間の割引券程度の出来ということだった。


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あてにならない国連軍

国連の平和維持軍がレバノンに出動するかもしれないというがでているが、やはり思った通りイスラエルの首相はかなり断固としてこの提案を拒否している。下記は18日付けのCNNから。

イスラエル首相、国際部隊展開に反対 戦闘継続を明言

エルサレム、ベイルート、サンクトペテルブルク──アナン国連事務総長とブレア英首相が17日、イスラエル軍とイスラム教シーア派組織ヒズボラの交戦が激化しているレバノンに国際部隊を展開することを提案したことについて、イスラエルのオルメルト首相は反対姿勢を表明した。首相はレバノン軍がイスラエルとの国境地帯に展開することを提案し、ヒズボラの武装解除を求めている。
首相はイスラエル国会で演説を行い、ヒズボラに拉致されたイスラエル兵2人が無事解放されるまでレバノン攻撃を継続すると明言。イスラエル国民がロケット弾やミサイル攻撃にさらされながら生きることを拒否するとしたうえで、「人生には現実を見て『これでもう限界だ』と言わねばならない時がある。わたしは全ての人々に対してそう言いたい」と述べた。

先ほどフォックステレビのニュースで、イスラエルにいる特派員がイスラエルとレバノンの国境にある国連の基地を見せてた。特派員は国連の兵士はイスラエル兵たちが攻撃され殺され、二人の兵士が拉致されたのを目撃しながら指一本動かさなかったと語っていた。
イスラエルが国連の連合軍を拒否する理由は、いままでに国連の軍隊が戦って外敵からのイスラエルを守ってくれたことなどないからである。それどころか国連は間にはいってイスラエルのヒズボラ退治の邪魔になるのがおちである。
ほかの国の首相と違ってブッシュ大統領はイスラエルに停戦を促していない。それはブッシュ大統領はどのような停戦条約を通してみてもヒズボラがそれに従うわけがないと分かっているからだろう。イスラムテロリストのいう停戦とはこちらが撃つのをやめるかわりに向こうはもっと撃ってくるというパターンが普通だ。
ところでレバノンの国境はテレビの画面で見る限りかなり人口の多い民家が並んでいる。特派員の話ではヒズボラはその民家からカチューシャを飛ばしてくるのだという。民間人の間に隠れて攻撃してくるのもテロリストの常套手段だ。しかしそれを考えるといま報道されている200人の犠牲者のうちいったい無実で無関係のレバノン人はどのくらいなのだろうという疑問が生まれる。
もしイスラエル軍が陸軍をレバノンに出動させるとなると、私服を着て民間人の間に混じってしまうヒズボラをどうやってみわけるのだろう。アメリカ軍がイラクで抵抗軍やテロリストと戦うのと非常に酷似した難かしい戦いになりそうだ。


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ゲーム感覚でする戦争

どうもここ数日のアメリカや日本のメディア報道をみていると、同じパターンに気が付く。それはイスラエルの勢力がヒズボラに比べて不均衡に優勢だから不公平だというのである。人によってはイスラエルの犠牲者よりもレバノンの犠牲者のほうが多いからイスラエルが一方的に悪いのだという訳の分からないことをいったりする。
これがサッカーの試合ならイスラエルチームの選手は11人だがパレスチナチームは6人というのであれば確かに不公平だ。しかしこれは戦争だサッカーの試合ではない。(サッカーの試合でも圧倒的に強いブラジルチームと日本が試合をする時はブラジルチームは9人でやるなんてルールも存在しないから、全く均衡な試合などスポーツでもありえない。)
戦争の目的は味方の被害を最小限におさえて相手の損害を最大限にして勝利をおさめることにある。いったいどこの世界に敵と互角の戦力で戦わなければならないなどという規則があるというのだろう。そんな規則はジニーバ協定にも書かれていない。
自国に圧倒的優勢な戦力があるのに、敵にあわせて互角の戦闘をして味方の被害を増やすような司令官がいたら今すぐ切腹してもらいたい。戦争をゲーム感覚でするひとたちの思想にはどうもついていけないな。


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応戦が不均衡だって?あったりめえだ! 悪いかよ!

イスラエルのレバノン攻撃について世界各国でデモ行進が起きている。ドイツのベルリンではイスラム教徒が集まって「イスラエルに死を!」「シオニストに死を」と唱えている。
レバノンにおけるイスラエルの攻撃は世界中に波紋をひろげている。
世界を半周してニューヨークではイスラエル支持のデモ行進が行われ、参加者は叫んだ。「レバノンに死を!」「イスラムに死を!」
国連のイスラエル大使ダン·ギラーマン氏はイスラエルが自分らが求めない攻撃に対する自己防衛を他国が認める以外に道はないとはっきり語る。(訳:カカシ)
「わが国が不均衡な軍事力を使っていると唱える国々に告ぐ。あったりめええよ! (おれっち江戸っ子でえ!)もしあなた方の都市が空爆され、あなた方の市民がわが国の市民が経験しているような恐怖におとしいれられたならあなた方はもっとひどい強大な力で応戦しているだろう。」
いよ! 待ってました! ギラーマン屋、日本一、、じゃない、中東一! 威勢がいいねえ。大向こうからかけ声が飛ぶよ!
カカシ注:
上記の翻訳にかなり私の自分勝手な装飾があったことをお詫びします。大使ともあろう人が「あったりめええよ」などと言うわけはない。正しくは「まさしくその通りですとも。」 という感じだと思う。また括弧内の江戸っ子云々は私の創作。 ただ彼の悪びれない開き直った態度を表現する言葉使いにちょっと迷った。


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