スエーデンが世界一幸せな国というイメージは本物だったのだろうか?

非常に長い間、スエーデンは世界でもっとも幸せな国だというイメージがあった。それというのもスエーデンは「揺り籠から墓場まで」福祉が整っていて、国が国民の面倒を一生見てくれるすばらしい国で、犯罪もほとんど起きない平和で豊かな国というのがスエーデンの売り物だったからだ。しかし、社会福祉が行き届いている国が必ずしも幸せな国とは言えない。いや、社会福祉が行き届くということは、それなりに税金も高いし、犯罪が少ないというのも、個人の生活を規制する法律が厳しいからともいえる。それでも人口が少なく、単一民族であるうちは国家は機能する。たとえ政府がかなりの独裁政権だったとしても、国民が政府の方針に概ね同意している場合には国民は政府の理不尽さになど気が付かない。だが、国内に異文化の移民が増え、人々の考えが多種多様になってきたらどうなるのか?政府の方針が多くの国民の意志に反する方向に向かった場合にはどうなるのか?

そうなって初めて、スエーデンの国民はスエーデンが平和で豊かな国というのが幻想だったことを知ったのである。

デイリーコーラーのこの記事によると、先日スエーデンの公共放送Sveriges Television (SVT)がスエーデンで強姦及び強姦未遂で有罪となった犯人の58%が外国出身者であるという調査結果を発表した。また、犯人と被害者に面識がなかった場合のみを見ると、犯人が外国人である率はずっと高く、10人中8人は外国人であり、そのうちの4人までがスエーデンに来てまだ1~2年という統計が出ている。有罪となった半数以上はヨーロッパ以外の場所で生まれており、40%が中東及びアフリカ出身者だった。これが傷害になると127件のうち97件がヨーロッパ外出身者たちによるものだった。

これまで多くの人たちがスエーデンの犯罪率の急増は国による無責任な移民政策が原因だと指摘していたことが証明されたのである。同時に犯罪率の増加と移民とは無関係と言っていた政府が嘘をついていたことも。

これに関して英国のBBCが、スエーデンは本当にパラダイスだったのだろうかというニュース特集をしていた、そのBBCのドキュメンタリーはこちら。イギリスも他国の批判をしている余裕はない。スエーデンの間違いから学んで早急に自国の移民政策を見直すべきだろう。

ところでツイッターで何故今頃スエーデンメディアがこのリポートについて報道したのだろうと書いたところ、スエーデンメディアが報道したというより、調査したのは民間企業だと答えた人が居た、誰が調査したにしろ公共放送が報道したということに意義がある。スエーデンはいつまでも真実を隠しておくことが出来なくなったのだから。


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ファシストイギリス政権が作り上げた殉教者トミー・ロビンソン

ザ・ガーディアン紙に数日前に載ったこの記事では、いかにして一介のサッカーフーリガンだったトミー・ロビンソンが極右翼の「殉教者」となったのかを説明している。ご存知のようにザ・ガーディアンと言えばイギリスでも悪名高いバリバリ左翼新聞だが、左翼であるがゆえに同紙はロビンソンが右翼保守達を元気づける影響力を正確に把握している。

以前にも書いたようにトミー・ロビンソンは自分が生まれ育った町ルートンがモスレム暴力団によってどんどん乗っ取られていくことを憂い、2009年にイギリス防衛団(English Defense League – EDL)という市民運動団体を設立した。EDLは融和しないモスレム移民たちへの抗議運動として何度も行進を催し、その度に何千何万という参加者を集めた。しかしそのうちに白人至上主義者やネオナチなどの暴力的な危険分子が行進に参加するようになり、平和的な抗議運動を求めていたロビンソンは内部争いに負けて2013年に自らが設立したEDLを脱退した。

その後2016年にトミーはドイツ発の反モスレム移民運動ペギーダをイギリスに広めるべく運動を始めるが、創設時の参加者はわずか数百人とぱっとせず、トミーの活動家としてのキャリアは終わったかに見えた。私がトミーを知ったのはこの頃だ。トミーの一時間に渡る演説を聞いたのもこの頃だったかもしれない。

トミーは元々不動産関係の会社を営んで結構成功していた。しかしEDLのデモ行進の影響力を恐れたイギリス当局はデモ開催の前日になるとトミーを逮捕し2~3日拘束しては証拠不十分で釈放を繰り返していた。それでも動じないトミーに対し、政府は不動産業での事務的なミスを詐欺と称してトミーを逮捕。トミーは四か月の禁固刑を言い渡され受刑中にモスレム受刑者から殴る蹴るの暴力を受けて死に損なった。

トミーの事業は完全崩壊。妻子や親兄弟にまでイギリス政府からの嫌がらせが続き、トミーは家族ともまともに付き合えなくなる。しかしここでトミーはひるむどころかかえってイギリスのために戦わねばならないと試練に燃える。

この演説を聞いた時、イギリス当局はなんて馬鹿なんだろうと私は思った。トミーはたんなるサッカーフーリガン。始めた政治活動も内部争いに負けて追い出されており、放っておけばそのまま自然消滅するような取るに足らない存在だった。それを彼の仕事を破壊し家族にまで亀裂を生じさせ、かえってトミーの革命への意欲を促進させてしまったのだ。

トミーはその後カナダの保守派メディアのエズラ・ラバントのレベルメディアに入社。レベルメディアのイギリス支部担当のジャーナリストとして活動を始める。そして2017年にモスレム暴力団による少女強制売春の件で裁判所の外で報道をしていたトミーは法廷侮辱罪とやらで逮捕された。イギリスでは法廷に入る被告の姿を撮影するのは違法だという話だが、これは単なる口実だろう。なにしろこの逮捕の仕方がえげつなかった。普通に考えて、もしも市民がしらずに法律を破っていた場合、この場合で言えば裁判所の建物の外の階段に立ってリポートをするという行為、警察官が警告して立ち退かせる程度で済むはずである。よしんば逮捕するほどの重罪だったとしても、それならその場で拘束し、警告し罰金を課して数時間後には釈放というのが普通だろう。

それがトミーの場合はその翌日の明け方四時に突然重武装のスワットチームがトミーの自宅に押し入り、眠っていた妻子を起こし、幼いトミーの子供たちを怖がらせてトミーを連行するという乱暴な行為に出たのである。レベルメディアが優秀な弁護士を送り込んで数日後には釈放されたものの、一年の執行猶予つきという信じられない重い罰。私はこの時トミーが再び逮捕されるのは時間の問題だと思った。なぜならイギリス当局はその日の気分で勝手に法律を施行するからで、いつ何時どんな行為が違法とみなされるのか全く想像がつかないからだ。

ともかくこの理不尽な逮捕の模様はネットで拡散され、トミーは一躍スターとなった。

そして一年後、今回の逮捕、カンガルー裁判で信じられない速さで13か月の禁固刑に処せられ、しかもこの事実に関する報道を一時禁止。トミーは刑務所のなかで命を狙われ食事もろくにさせてもらえず、この猛暑に冷房も窓もない独房で二か月半の監禁。

イギリス政府がトミーを沈黙させたいと思っていたのだとしたら、トミーの影響力を破壊しようと図ったのだとしたら、これほど馬鹿げたやり方はない。まるでイエス・キリストよろしくトミーを殉教者に仕立て上げてしまったのだから!

トミーを観ていてイエス・キリストを思わない人はいないだろう。私はロイドウエバーのミュージカル、ジーザスクライストスーパースターの「イエスは死すべし」という歌の「彼は危険だ」という部分を思い出さずにいられない。このシーンは人気急上昇のイエスをみて、地元のユダヤ僧侶たちがイエスをどう扱えばいいかという会議をするシーン。

群衆(室外)「ホザナ、スーパースター!、ホザナ、スーパースター!」
アナス「聞いたかあの叫び声を、通りに繰り出す馬鹿な群衆どもだ。らい病患者でのトリックの一つ二つで町全体が沸き上がっている。」
僧侶全員(室内)「奴は危険だ!」
群衆「ジーザス・クライスト・スーパースター!教えてください。あなたは彼らの言う通りの人なのだと」
僧侶2「あの男はたった今も町で支持者を煽っています。」
僧侶3「群衆を煽る行為はやめさせなければなりません。」
僧侶全員「奴は危険だ!」
群衆「ジーザス・クライスト・スーパースター!」
僧侶全員「奴は危険だ!」
ジーザスの人気が上がりすぎて人々が彼を王様として称えるようになったらローマが許さない。そうなってからでは群衆が手に負えない状態になる。そうなる前にジーザスは死なねばならない。という結論に落ち着くわけだ。
トミーが刑務所で受けていた扱いを考えると、彼が13か月もの禁固刑を生き延びたとは思えない。イスラム教徒から命を狙われているトミーにとって13か月の受刑とは死を意味する。イギリス当局はそれを承知でトミーを拘束したのである。しかしローマに殺されたイエスがそうであったように、トミーが殺されたらトミーは必ずや殉教者になっていただろう。いや、死なずして彼はすでに殉教者扱いだ。もうトミーはトミー一人ではない。彼は我々自由を愛する人々の象徴だ。これは彼が好むと好まざるとに拘わらずすでに起きてしまったことだ。
敬虔なキリスト教徒であるトミーなら、逮捕される以前にイエスのことを思ったに違いない。逮捕ちょっと前のユーチューブビデオでトミーはすでに「もうどのくらい長くこういう活動を続けられるか解らない」と言っていた。トミーはイエスがゲッセマネの丘でしたように神の教えを乞うたのだろうか?
何故私は死ななければならないのですか?何故ですか?
私の死が無駄にならないと証明してください。
その偉大な能で少しでもいいから示してください。
主が私を死なせたいと思う理由を教えてください。
主はどこでどのようにははっきりおっしゃるのに、何故かは教えてくださらない。
解りました。死にましょう!
私が死ぬのをご覧ください。
私がどのように死ぬのかお見届けください!

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トミー・ロビンソン釈放される!

8月1日、法廷侮辱罪で13か月の禁固刑を受刑中だったトミー・ロビンソンが支持者たちの熱心な運動の甲斐あって保釈された。私はここ一週間ほど完全にネットアクセスが不能だったのでこの朗報を知ったのが今日になってしまった。釈放されたと言ってもまだ保釈状態なので、今後どういうことになるかはわからないが、とりあえず彼は自由の身となった。

トミー・ロビンソンはアメリカのフォックスニュースでタッカー・カールソンによるインタビューを受けている。二か月の牢獄生活でげっそりとやせ細り明らかに疲労困憊した様子ではあるものの、しっかりした口調でトミーは刑務所生活について語った。彼の身の安全を守るためと称して、トミーはずっと独房生活。モスレム教徒の間で彼に対するファトワ(暗殺命令)が出ていることは周知の事実であるにも拘わらず、わざとモスレムの多い刑務所に彼を閉じ込め、安全を名目に独房に押し込め、故意に刑務所内のモスクの目の前の檻房だったため通りかかるモスレム受刑者から汚物を毎日窓から投げられた。それを防ぐためという名目で彼の独房は窓をふさがれ、彼は完全に外の世界から遮断されてしまった。しかも、トミーはあちこちの刑務所をたらいまわしにされたため、弁護士との面会すらも満足に受けられない状態だった。妻子との面会が許されたのも二か月半の間で一回きりで、しかもたった一時間だった。食事も満足に与えられず、食事は一日一回きりで、しかもツナサラダと一切れの肉程度だった。これが自由国家であるはずのイギリスで起きていることなのである。これは完全にファシスト政権による政治犯虐待である。

トミーの釈放について色々な記事を探していたところ、後退派左翼のフェイクニュースであるニューヨークタイムスが取り上げていたのだが、見出しからして「反モスレム活動家保釈される」という偏見丸出しのフェイクニュースならではの内容。

ロンドン — 極右翼活動家でありトランプ政権の元側近スティーブ・バノンの後押しもあり暴力的憎悪の調達人として嫌われ受刑中だったトミー・ロビンソンが、法廷侮辱罪に異議申し立てをした結果釈放が言い渡された。

トミーの罪はと言えば、集団で幼い少女を強姦したモスレム暴力団の裁判について、すでに公になっている新聞記事を裁判所の前で読んだということだけ。すでに報道された記事を街頭で読むことの何が違法なのか。トミーはモスレム暴力団の悪行について公言しているだけであって、反モスレムでもなんでもない。彼は親イギリス人なだけだ。

イギリスの新聞、ザ・ガーディアンになるともっとひどい。同紙はロビンソンは極右翼の活動家を気取った役者であり、すでに自分の逮捕を活用して新たな演技を始めているし、昔のようにパブなどで無頼漢たちが集まって横のつながりを広めたように、今やネットを使って極右翼のネットワークを広げていると書く。いわゆるネトウヨというやつである。

主流メディアが真実を書かないから人々はネットに頼るしかないのだ。当たり前だろう。ネットがなかったら、トミーが逮捕されたことさえ誰も知らずにいたかもしれない。トミー逮捕のニュース報道を政府が禁じた時、大本営ニュースのBBC及び主流メディアが無様に従ったことでそれは明らかだろう。ネットがなかったらトミーの釈放もあり得なかった。カナダの保守活動家独立ジャーナリストのエズラ・レバントがトミーの弁護費用を募ったとき、それに世界中の人々が応じたのもネットのおかげだ。いまや主流メディアだけが人々の情報源ではないのである。Thank God! 神に感謝!

イギリス政府および後退派左翼のエリートたちは、トミー・ロビンソンを極右翼の過激派であり暴力的な反モスレムの暴力的な憎悪を広める人種差別者という印象を強めるために、あるとあらゆる手段を使って彼の言論を弾圧してきた。だが、彼を弾圧すればするほどトミーの人気は上がっていった。トミーを沈黙にとって今回の逮捕は悲劇的な間違いだった。今回の逮捕によってトミーを沈黙させるどころか、ただのサッカーフーリガンだったトミーが自由戦士として全世界に知れ渡るに至ったのである。そしてこれによりイギリスがどんなファシスト政権に落ちぶれたかを世界に知らしめることになったのだ。

もうトミーを止めることは出来ない。自由を止めることは出来ない。もしモスレム暴力団やイギリス政府がトミーを殺すことに成功したとしても、彼が始めた自由への運動を殺すことは不可能となったのだ。彼らが自分たちの身を守りたいならトミーの身に危険が及ばないことを願うことだ。


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多民族共存と多様文化主義は別物

欧米社会でここ二十年近く重宝されてきた観念として、英語でいう”multiculturalism” (多文化主義)という言葉があるが、これは一体どういうものを指すのであろうか。これについて「多文化主義は機能しない」と主張しているカナダの保守派ジャーナリストのローレン・サザンは訪問中のオーストラリアのテレビ番組でこの質問に答えていた。

アメリカやオーストラリアのように移民によって成り立ってきた国からしてみれば、多文化主義はきちんと機能していると言いたくなるのは当然。米国も豪州も元々は先住民の他にイギリスからの移民で始まり、その後はヨーロッパやアジア及びアフリカ諸国から様々な移民を取り入れて成功した社会である。

しかしサザン曰く、それぞれの文化を持つ多々の民族が集まっても移住国が持つ一つの文化を尊重してまとまるのであればそれは多文化主義ではない。多文化主義とはそれぞれの移民が自分らの文化をそのまま移住国へ持ち込んで固持することにある。同じ空間に共存している多々の民族がそれぞれの文化を主張するため、移民が極少数であるうちは元々の社会は許容することは可能でも、その数が増えてくると元の社会秩序が乱れてくる。そして相いれない文化を持つ民族の数が増えれば増えるほど、元の文化が破壊されていくというわけだ。

彼女の説が正しいことは西欧で起きている現状を見れば一目瞭然だろう。米国や豪州で比較的問題が起きていないのは両国とも移民に関してかなりの規制をしているからである。特に豪州はアフリカからの「難民」を無制限に受け入れていない。それでもすでにアフリカ人暴力団による犯罪の激化やモスレムによる暴動などは問題になっている。(拙ブログでも2005年に起きたカヌラビーチでの暴動について紹介したことがある。)

サザンの住むカナダのバンクーバーでは中国人移民の数が増え続けており、彼らは地元文化と全く融和せずに町中が中華街になりつつあるという。中国人は選挙権を得るとどんどん地元の政治にも影響力を持つようになり、バンクーバーの公用語が中国語になる日も近いとサザンは憂う。

サザンが「機能しない」と言っているのは、融合不可能な多文化の共存は社会として成り立たないという意味。無理やり共存させようとすれば、それぞれの共同体がそれぞれの領土を隔離する状況が起き、その領土をめぐって勢力争いが起きることは必定。そうなれば数が多くより暴力的な部族が勝つことになる。

侵略者に戦わずして地元文化を乗っ取られることが多文化主義というなら、私は断固お断りしたいね。


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トミーを釈放せよ!トミー解放を求めて支持者ロンドンに殺到

百聞は一見に如かずなので、下記参照。

 


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殉教者になりつつあるトミー・ロビンソン

本日のドラッジリポートの第一面にトミー・ロビンソン逮捕及び報道規制に関する記事がいくつかでかでかとリンクされているのを見た。金曜日の逮捕から三日たって、やっとアメリカの主流メディアがトミー逮捕の件を取り上げ始めた。

記事の見出しは、Activest Jailed in London 活動家拘留される, Judge Orders Press Blackout 裁判官報道規制を命令, Robinson Silenced ロビンソン沈黙させられる、などだ。(数分前に見た時は「極右翼の活動家」とあったように思ったのだが、今見たらただの「活動家」になっていた。)

これまでアメリカでは、トミーの名前など聞いたことがない人がほとんどだったのではないかと思う。イギリスのパキスタン移民による大掛かりな集団強姦組織についても、アメリカ国内で知っている人は非常に少ないだろう。現地のイギリスでさえ10年以上も隠蔽されてきたことだから当然と言えば当然だ。

イギリス政府は今回のリーズ地区における19人のパキスタン人強姦集団の裁判に関しても、なるべく世間の目に触れないように内々に済まそうとしていた。彼らの裁判が行われる裁判所の前に主流メディアの報道員が一人も来ていなかったのもそれが理由。イギリスの主流メディアで政府に盾を付ける根性のある奴らはほぼ皆無。ところがトミーがそんなタブーを破って単独でしかもスマホで実況中継をしたことが裁判官の逆鱗に触れたのだ。

はっきり言ってトミー逮捕と報道規制は英裁判所及び政府による最大の失態だったと言える。

トミー・ロビンソンなど保守派の間では弱小な活動家だった。ルートンというイギリスの下町育ちのたかがサッカーフーリガン。若いころは傷害罪で逮捕されたこともあり、反移民を唱えるEDLという右翼団体を創設したが後に脱退。その後も単独で活動していた。放っておけば取るに足らない極右翼活動家で終わっていたものを、イギリス警察がやたらに弾圧しようとしたことで彼はかえって有名になり、より活発な活動家になってしまった。

そして今回の逮捕と報道規制がきっかけとなり、今やトミー・ロビンソンは世界中にその名を知られる「野蛮人移民から西欧を守る救世主」として知られるようになってしまったのだ。

世界中で「Free Tommy/トミーを釈放せよ」署名運動が起きている。デンマークやオーストラリアのアメリカ大使館の前でフリートミーデモが起こっているという話だし、日本ですらトミー解放の署名運動に参加している人たちがいる。

イギリス政府は今非常に微妙な立場に置かれている。このままトミーを拘留し続け、トミーが刑務所内で怪我をしたり死んだりした日には、彼が殉教者となり反政府運動のシンボルとなることは間違いない。だったらそうなる前に釈放すればいいかといえばそうもいかない。今釈放してしまえばトミー逮捕の理由が政治がらみのでっちあげだったことを認めることになる。どうやって政府の顔をつぶさずにこの問題を早期に片づけることが出来るのか、今やテレサ・メ首相は考えあぐねているのではないだろうか?

トミー・ロビンソンについてご存知ない読者諸氏のために拙ブログの過去ログを記載しておこう。リンクしてもなぜか色が変わらないのだが、イタリック文字をクリックしてもらうとリンクにつながる。

お行儀よいだけでは効果はない、マイロやトミーに見る自由主義活動
恥さらし、ピアース・モーガンのインタビューと称したトミー・ロビンソン攻撃
右翼に発言させるな!トミー・ロビンソンのテレビインタビューに怒る英左翼コラムニスト
テロ退治よりポリコレの方が大事、真実を報道するジャーナリストを罰する国イギリス

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在米経験のある日本人がアメリカで体験した差別とは、、

ちょっと前のことだが、ツイッターで私がアメリカにおける組織的な人種差別はないとつぶやいたら、いったいどこの惑星のアメリカの話をしてるんだ、自分はアメリカに住んでいたことがあるが人種差別を目のあたりにしたぞ!という若い日本人女性からの返事が返って来た。で、どのような差別を受けたのか聞こうかと思ったのだが、カカシは30余年アメリカ在住だが、そんな体験はしたことがないと言ったら突然ブロックされてしまったので、残念ながら彼女の体験談を聞くことは出来なかった。

アメリカに住んだことがあるという若い人が人種差別を体験したという話はよく聞くが、何度も書いているようにカカシは最初にアメリカに来た1979年から未だかつて日本人であるということであからさまな人種差別をされたことはない。多少差別らしきことをされた体験はあるにはあるが、それも片手の指で数えられる程度の些細な出来事。差別が日常茶飯事などということはない。それではいったい最近の若い日本人はどんな差別にあっているのだろう?興味があったのでユーチューブで「私がアメリカで受けた差別」といったサムネールのあるビデオを幾つか観てみた。下記はその中の典型的なもの。

1) 男子大学生: 道を歩いていたら白人の若者グループから「ヘイジャっプ」と声をかけられ、中指を立てられた。数学の成績が悪かったので教授に相談に言ったら教授から日本人なのに数学が出来ないのか、この科目は放棄した方がいいよと言われた。その後この教授は、悪い点を取った有色人種に対して厳しいことで有名だと噂を聞いた。

2)女子大生(どこの大学かは不明)難しい科目を取ったので教授に質問しに行ったところ、君は日本人だろう、日本人にあの科目を取るのは無理だと言われた。日本人であの科目を過去にパスした者はいない。君の英語力では無理だ。放棄しなさいと言われた。でも実際に英語力はなかったと自分でも認めている。

3)男子大学生:道を歩いていたら車が近づいてきて中から生卵を五個くらい投げつけられた。友達同士で笑っていたら白人から「お前目開いてんの」とからかわれた。アメリカ人から中国人と間違われた。

4)女子大生:スタバで日本語をノートパソコンに書いていたら、「あなた日本人?それ何語?」と白人男性から聞かれた。

はっきり言って、最初の「ヘイジャっプ」以外は人種差別とはいいがたい非常に些細な出来事だ。大学教授らが「日本人ならこれができる、、」「日本人には無理」という発言をしたのも、彼らに悪気があったとは思えない。他人をステレオタイプで判断するのは良くないことではあるが、相手も自分の体験から日本人はこういう人が多いという判断をしているだけなので、そう敏感に差別と取る必要はない。

中国人と間違われるということに関しても、多くのアメリカ人に、特に年配の人は、東洋人=中国人と考えている傾向があるので、これは別にステレオタイプとかそういった類ものではなく、単に無知なだけ。我々が白人はみんな英語をしゃべると勘違いしてるのと同じ。

私も大学時代は数学や化学の授業では成績が良くないほうがおかしいと先入観を持たれて迷惑したことがあるが、それが人種差別だと思ったことは一度もない。

では差別をされるということはどういうことなのか、私の体験からお話しよう。

1)私が若いころ日本で友人の白人男性がアパートを探していた。彼は日本語が出来なかったので私が探してあげようと思い不動産屋に相談に行った。ちょうどその日、なぜか和服を着ていた私に対し、不動産屋の男性職員は非常に親切に対応してくれた。もうすこしで物件を見に行こうという段階に入った時、「友達の白人男性の部屋なんですけど、問題ないですよね。」と言ったら突然男性の態度が変わり、「うちがガイジン用の物件は用意しておりません。」と言われて店から追い出された。後で聞いた話ではガイジンはうるさいし、部屋を汚すから、というのが理由だった。

2)日本で、同僚数人と飲み屋に入ったら、店のなかはがら空きだったのに席が空いてないといって断られた。それでもまだ席が空いてないと一応言ってくれるのは良心のあるほう。同僚たちの話では、彼らだけでいくと腕でばってんのしぐさをして店に入れてくれないところも結構あるんだそうだ。店の前にガイジンお断りの看板が立ってるところさえある。

3)日本で白人男性と一緒に道を歩いていたら、通りすがりの中年日本人男性から「売女!」と怒鳴られた。中高年男性から「パンパン」と呼ばれたこともある。(*パンパン=第二次世界大戦直後米兵を相手にした売春婦のこと)

4)日本の電車の中で黒人男性の横の席が空いていても誰も座らない。以前にも話したが、私が中学生くらいの頃にこの状況に出くわしたことがある。白人と黒人の米兵が電車で座っていて、黒人の横の席が二人分あいていたが誰もすわっていなかった。それをみた私がすかさず母に「あそこ空いてるよ、座ろう」と言うと母が「駄目よ、あそこは、、、」というので私が「私が黒人さんの隣に座るからお母さんは私の横に座ればいいじゃない。」と言うと「それもそうね」と母は納得。二人で米兵たちの横に座ると黒人兵がひとなつこそうに私に話かけてきた。彼は母を指さして「美人だね。お姉さん?」と聞くので「ちがうよ、お母さん。」「へえ~すっごい若い。すっごい美人!」この会話で母は自分のことを言われていると気が付き「カカシちゃん、なんて言ってるの?」と聞くので「お母さんは私のお姉さんみたいに若く見える。すごい美人だと言ってる」と言うと母は突然蔓延の笑顔を浮かべ「はろ~」と黒人兵に声をかけた。

母の人種差別はこんなふうに適当なものであった。

 


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何年も外国に住んでるのに日本語しか出来ない日本人って、、と責めないで

先日、2012年に放送された中国は大連にある日系企業のコールセンターで働く日本人労働者に関するドキュメンタリー番組を観た。その中で中国に渡って2~3年という日本人の数名が全く中国語が話せないことに関して、コメント欄で「三年も中国に居るのに中国語話せないってどういうことだよ」という批判が幾つもあった。しかし言葉と言うものはその国に何年か住んでいれば自然に覚えるという簡単なものではない。そういうふうに他人のことを批判する前に外国語を学ぶことの難しさについて、もう少し理解を示してもいいのではないかなと思った。

言葉を覚えらえるかどうかは、当人が置かれた環境や当人の意欲がどのくらい強いかにかかってくる。それで外国語を学ぶために必要不可欠な動機を三つほど掲げてみたい。この三つのどれかを満たしていなければ外国語習得は先ず無理。

1)外国語を使わないと生きていけない環境にある場合。

何故か外国暮らしが必要となり、自分の周りで日本語が解る人が一人も居らず、地元の言葉を習得しなければ暮らしていくことも出来ない状況にある。こうなってくると言葉の習得は死活問題なので何としてでも覚えようとする。

2)外国語を習得すれば利益があがる場合。

この番組の中で、地元の日本語のコールセンターで働けば地元の一般の仕事より三倍も高い給料がもらえると必死に日本語を学んでいる中国人が何人か現れた。特定の外国語を習得すれば将来利益があると確信できれば学ぼうという意欲は高まる。

3)特定な国や言語に対して異常な興味がある場合。

特定の国や文化に異常なほどの興味を持ち、いつかはその国に行って暮らしたいというような強いあこがれを持っていれば、その国の言葉をどうしても学びたいという気持ちになれるだろう。だがこの願望は他人から見れば異様なほど強くなくては無理。

では私の場合はどれだったのかといえば、三番目が最初にあって、そのために一番の環境に自分を追い込んだというのが実情。

もともと私はどうしても外国で暮らしたいという思いがあった。それで高校卒業後、日本で英語専門学校に通い始めた。ところが学校のレベルは低すぎて、こんな学校に二年くらい通っても英語なんぞ話せるようにならないと判断した。

そこでどうしても英語が話せなければならない環境に自分を追い込もう思い学校を辞めて一年間の予定でアメリカに渡った。一年も居れば英語なんて自然に覚えるという甘い考えがここにあった。

ところが当時の南カリフォルニアは日本のバブル景気のせいで日本企業がわんさか進出しており、地元の英語学校にも日本人が大勢居た。それで渡米一か月にして出来た友達は日本人ばっかり!英語なんか話せなくても十分に生きていける環境だった。私は焦った。これでは高いお金を出して渡米した意味がないと。

というわけで、私はせっかく親しくなった日本人の友達に暇乞いをし、日本に関係のあるものはすべて捨て去り、日本食すらも口にしないと決心してひたすらに自分を英語社会に追い込んだ。どんなにつらくても日本語は口にしない。どんなに大変でも英語のラジオ番組を聴き、英語のテレビを観て、アメリカ人とだけ付き合った。内向的な私が進んで見知らぬアメリカ人に声をかけた。私には一年しかないんだ、親の大反対を押し切ってお金を出してもらったのに、このまま帰ったら恥かしくて親に見せる顔がない、という必死の思いで頑張った。

それが功を成して、一年後には簡単な日常会話くらいは話せるようになっていた。英語のテレビ番組や映画も結構解るようになったし、映像のないラジオニュースも理解出来るようになっていた。

後から思えば、あの程度の英語などアメリカ社会で通用するようなものではなかったのだが、それでも一年程度の滞在で習得したにしては、まあまあなレベルだったと思う。無論本当の苦労はその時から始まったわけだが。

それで先の中国在住の日本人たちに話を戻すが、彼らには上記に挙げた三つのどの条件も満たしていない。中国に在住しているとはいっても職場は日本語だけで通用する。付き合う人々も日本人ばっかり。割高ではあるが日本のスーパーや書店や美容院なども近くにある。オンラインで日本語のテレビも観られる。何の努力もしなくても生きていけるので、特に今差し迫って中国を覚えなければならない理由がない。

こんな状況で中国語を学べるはずはなし、学べないからといって責めるのは酷だ。彼らは中国で一旗揚げてやろうという野心で中国へ行ったわけではなく、日本より就職の機会がありそうだという理由だけで渡っただけであり、地方都市に仕事がないから東京に上京するというのと大した変わりはない。

あの番組は数年前のことで最近の日本の景気は良くなっていることでもあり、この番組の登場人物たちも今や日本でちゃんと生活しているのかもしれない。若い頃に外国で暮らした経験があるのも悪いことではないし、今はみなさんがしっかり日本で生活されていることを願いたい。


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アフリカからの違法移民密輸に加担するNGOに対抗するイタリア

この間ちょっと紹介したヨーロッパの若者たちによるDefend Europe(ヨーロッパを守れ)の行動だが、彼らの主張は「捜索と救助」という名目でヨーロッパのNGOがリビアの密輸業者とつるんで人身売買に加担しているというものだ。彼らは事前に打ち合わせ通り密輸業者の連れてくる移民を沖で拾ってイタリアもしくはトルコまで輸送している。
NGOの言い分はリビアや他のアフリカからおよそ長い海の旅にはふさわしくない粗雑なボートで命からがら逃げて来る人々が溺れ死ぬのを防ぐことが目的だとしているが、もしそれが本当ならわざわざヨーロッパへ連れてこなくても、海で拾った時点で元の国へ連れ戻してあげればいいだけの話。違法移民たちはある程度の沖まで出ればNGOの船に拾ってもらえると思うから粗雑なボートでも出かけてくるのだから。
NGOが密輸業者たちと結託しているという記事をイギリスの突撃ジャーナリスト、ケイティ・ホピキンスも書いている。この記事”Katie Hopkins on NGOs colluding with traffickers in Sicily” は7月に一瞬イギリスのデイリーメイル誌に掲載されたが、反ポリコレ過ぎてすぐに取り下げられてしまった。元記事は消えてしまったので一部だけを次ページに残しておく。英語で読みたい読者は参照のこと。
ケイティによるとNGOの船に乗ってシシリーの港についた経済移民たちの態度は、まるで花金でバーミンガムに繰り出した若者が散々どんちゃん騒ぎをした後にタクシーに乗って帰るかのような態度だという。
イタリアのレンズィ前首相が地中海で救助された移民はすべてイタリアの港に連れてきてもいいと同意したおかげで、イタリアは移民対策でなんと負債がGDPの132%、失業率12%。他のヨーロッパ諸国はこれはイタリアだけの問題だとそっぽを向いている。
これに怒っているのが現首相のPaolo Gentiloni 他のヨーロッパ諸国が公平な数の移民を受け入れていないと苦情を述べている。
ケィティはリビア密輸業者とNGO船とイタリアの湾岸警察による移民運搬共同作業は非常に効率的だという。イタリアの港についてからの取り扱いもメディアの目になるべく触れないように十分な考慮がされている。今年だけですでに9万3千人がリビアからシシリーにやってきた。
救援にあたっているNGOの一つ、子供たちを救え船のVos Hestia号の代表者によると、船は湾岸警察からの直接の命令がなければ出航しないという。何時出航しどこで密輸業者の船と待ち合わせるのかという問に関する答えは、いかに湾岸警察とNGO船が協力しあっているかをはっきりさせるものだった。

問:今夜出航することを乗組員はどうやって知ったのですか。誰が移民の船との待ち合わせの段取りをつけているのですか?

答:我々は国際海域においてイタリア湾岸警察と打ち合わせて動きます。領海に近づくのは湾岸警察の指示があった時のみです。

しかし最近になってイタリア政府の移民政策は風向きが変わってきた。
この間(8月2日)、ドイツのNGOの船が違法移民を運搬しているとしてイタリアの湾岸警察に拿捕されるという事件があった。

イタリア警察によると、ドイツのNGOグループは水曜日、リビア海岸で密輸業者の船から直接違法移民を受け取ったとしてNGOの船を拿捕した。

この船はJugend Rettet によって操業されており、シシリーからちょっと先の小さな漁業村であるLampedusaの港で拿捕された。ここは何百何千という移民が海で救助され連れてこられた村である。

イタリア当局は違法行為があったとしても、その動機は極めて人道的なものだなどと言っているので、この船の乗り組員が罰せられるかどうかは不明。
拿捕されたオランダ籍のthe Iuventa船は、去年の6月と9月に三回に渡って怪しげな行動をしていたことが今回の拿捕の理由となった。捜査によると移民たちは救助されたのではなく、NGOと密輸業者らの慈善の打ち合わせ道理、移民をエスコートしてきた密輸業者から海でドイツのNGOの船に乗り換えたというもの。その後移民たちはイタリア軍の船か、もしくは他のNGOの船に引き渡された。
Jugend Rettetというグループはドイツを基盤にしている若いボランティアの集まり。そのホームページでは「地中海において人々の命を救い人道的な状況を向上させることを目的とする。」としている。
グループの言い分は自分らはローマの救援センターからの依頼で捜索と救助の任務に出かけたに過ぎないと主張。グループの代表者は乗り組員が密輸業者から報酬を受けていたという証拠はないとし、密輸業者と親密な関係があるという証拠もないとしている。密輸業者とJugend Rettetが結託しているという疑いは「SFの世界だ(空想科学小説)」と語っている。
しかしイタリア当局はいくつかのNGOの「救助」が結果的に密輸業者への加担と化している事実について語っている。Jugend Rettetはイタリア内務省が最近設立した新しい規則への合意を拒否したNGOグループのひとつである。
2018年の選挙をひかえ、Paolo Gentiloni首相率いる与党は移民対策に厳しい姿勢を見せ始めている。多くのイタリア市民が難民申請手続きを待つ大量の移民の存在に不満を抱いているからだ。
イタリア政府はイタリア軍がリビアの湾岸警察と協力してリビアから密輸船がヨーロッパに向かって出発しないよう援助することを決めた。イタリア防衛庁は海洋封鎖ではないと主張しているが、反移民派の野党は封鎖を要求している。
7月の段階でイタリア政府は20万の移民をヨーロッパに放つと言っていたが、それと同時にイタリア籍以外の船の入港を拒むとも脅迫していた。今回の拿捕はその小手調べといったところだろうか。
もしイタリア政府が選挙前のパフォーマンスだけでなく、本気で移民受け入れを差し止めようと考えているのであれば、かなり遅すぎる観はあるが、それでもやらないよりはずっとましだ。なんにしてもこれ以上の現状維持は不可能なのだから。


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外国人への思いやりで疲れる日本人

この間、カカシが皮肉で書いた「カカシはアメリカ人で日本人の繊細な神経を理解できない。「アメリカ人の私には、『暗黙の了解』や『約束事』は全く読み取れなかった。「最初からきちんと提示されていないものを外国人が理解できるはずだと思い込むのはどうかと思う。」という文章について、コメンターのシマさん(ハンドル名は5555shimaさん)から興味深いお便りをいただいた。全文公開および引用の承諾を頂いているので、ちょっとお話したいと思う。先ずはシマさんのメールから。

確かに自分が知らない異文化の物事を教えられることなく理解する(察する)のは難しいことです。難しいというよりほとんど不可能だと言った方が良いと思います。発言する側の人間が心の端に留めておくべきことです。私も外国人と話すときは十分に気を付けなければならないと感じています。

ただ、個人差はありますが、外国人と比較して「察する」ことが得意な日本人が日頃から感じている「外国人に対する不満」については理解して頂きたいのです(略)
1しか理解出来ない外国人のために日本人は一生懸命自分の考えていることを1から10まで順番に口に出して説明したり文章を作ったりします。日本人同士ならやらなくて済んだことを、「外国人に気を遣って」時間と労力を割いているのです。本来やらなくていいことをやっているので、余分なコストがかかります。
ところが、外国人はこの状況を直接言葉に出して指摘されない限り「察する」ことが出来ないので、日本人は不満を持ちます。何故なら、外国人は日本人が普段から支払っている余分なコストに対してほとんど気付かないし、感謝もしないからです。そうやって積もり積もった不満は、「外国の文化への無理解及び偏見」へと姿を変える場合があります。
もしも日本人をコミュニケーションを取る外国人の大多数が「普段やっていないことをわざわざ私のためにやってくれて本当にありがとう」「私のために時間と労力を割いてくれてありがとう」「あなたの気遣いと思いやりに感謝します」などと表現出来るようになっていけば、日本人の不満もなくなっていくのではないかと思います。

元米防衛庁のラムスフェルド長官が言った「知らないことを知らない」というのがまさにこれだろう。つまり、外国人は日本人が色々気を使ってくれているということに気が付いていない。だからお礼の心を持つことさえ出来ない。
もしもシマさんが、日本に来る外国人観光客やビジネスマンについて語っているのだとしたら、これは外国人にもかなりの責任がある。他国へ行けば習慣が違うのは当たり前だ。たとえ短期間の観光でも日本での心得くらいは勉強はしてきてほしいし、観光会社もガイドブックなどで細かく教授してほしい。
観光客に多く来てほしいと思っている日本側がおもてなしの気持ちで外国人の祖業の悪さを多めに見るのも実は逆効果になっている。これは日本だけではないが、欧米における現在のモスレム移民の問題も、ホストカントリーによる行きすぎた「寛容さ」に期を発していると私は思う。
アメリカでは公式文書が何か国語にも翻訳されて発布される。この間うちの近所で選挙があったが、たった一つの項目の住民投票の文書が何十ページもあった。それというのも同じことが何十か国の言語で書かれていたからなのだ。投票権があるということはアメリカ市民のはずだ。それなのにこの程度の英語も理解できないで選挙もなにもあったもんじゃないだろう。そこまで外国生まれの人間に気を遣うローカル政府の「寛容」さは行きすぎだ。
外国人であろうと何であろうと地元政府は徹底的に地元の法律を施行すべきだなのだ。たとえば歩きながらの喫煙や吸い殻のポイ捨てが違法ならば、単に注意するだけに留まらず、きちんと罰金を課せばいいのだ。英語でいうところの、”Ignorance of the law is no excuse” 「法律は知らなかったでは済まされない」である。
それに私から言わせると中国人観光客の行儀の悪さは確信犯だと思う。どこの国でも普通の道路上や他人の庭で脱糞や排尿が許されるはずはないし、商店に置かれている食品をやたらに手掴みにしてもいいとは思えない。これは日本人が文句を言わないのをいいことに好き放題をやっているとしか思えない。だったら日本人も寛容だの思いやりだのと言ってないでこういう輩は徹底的に取り締まればいいのである。
これは日本に限られたことではない。今や欧州で起きているモスレム野蛮人に対する信じられないような「寛容」や「親切」は言ってみれば、野蛮人に文明国の規則など理解できないはずだという人種差別の裏返しである。これらの国々は自国民同様外国人も同じ法律で裁くべきなのだ。地元の規則が理解できないなら、そういう教育をする機関を設けるなりなんなりするのはいいが、それでも規則を破る人間は徹底的に厳しく取り締まり、最終的には国外追放くらいの覚悟をしてほしい。そうすれば野蛮人が我が物顔で欧州を闊歩するなどということは防げるはずなのだ。
それと日本人を19年やったカカシの中にも染み込んでいることなのだが、日本人は他人が自分に気に入らないことをしても、相手にも色々あるだろうから今回は黙っておこうと我慢してしまう傾向がある。だがこれをすると相手はこちらの気も知らずに同じことを繰り返す。それが何度も続いてついにこっちは堪忍袋の緒が切れて爆発してしまう。何も言わなくても解ってもらえるはずだという日本人の甘えが通じない相手だとこういうことが生じる。
私はアメリカに来たばかりの頃にこれでかなり損をした。最初に住んだホームステイの家族とは、何か言われたらとにかく謝っておけば「素直な子だ」とわかってもらえると思っていたら、間違いばかりをする間抜けな子と思われた。付き合った何人かのアメリカ人男性に対しても「私がこれだけ気を使ってやってるのに、なんなのよ、あんたは!もう知らない!」と爆発して決別を迎え、相手は私が何を怒っているのかさっぱりわからずに終わってしまうという経験を何度かした。カルチャーショックというのはこういうことを言うのだろう。
日本人には面倒臭いことだが、今や嫌が応でも外国人と接しなければならない時代だ。日本人らしくないことでも場合によっては正直に言った方がいい。最初から正直に言ったほうが相手に対してかえって親切ということもあるのだから。


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