リベラルによる言論弾圧、リベラルジャーナリストの告発

この間から私は言論の自由について色々書いてきた。日本もアメリカも建前は自由社会で言論の自由は保証されているはずだが、何かと言論を規制する動きはあちこちで見られる。これは日本でも同じようなことが言えるが、リベラルによる言論弾圧は最たるものだ。長年リベラル派でジャーナリストのクリスティーン・パワーズの新著The Silencing: How the Left is Killing Free Speechは、いかにリベラルメディアが統一思想を強制し反対意見の言論を弾圧するかという内容。
この間、ラジオでパワーズがこの本について語っていたのだが、昔はリベラルこそが自由社会のリーダーとして体制の言論弾圧に立ち向かうという姿勢だったのに、いったん自分らが体制となると、他の意見や思想は徹底的に弾圧する姿勢へと変わってしまった。リベラルにとってリベラルであることが普通なので、それ以外の考えは受け入れられないという姿勢をとると言っているのを聞いた。
私から言わせると、今更何いってんの?という気もしなくはないのだが、ずっとリベラルというぬるま湯にどっぷりつかっているとジャーナリストといえども外のことが見えないようだ。
面白いなと思ったのは、パワーズはフェミニストを自負してきたが、昔クリスティナ・ホフサマーズの「誰がフェミニストを乗っ取ったのか」という本が出版された時、周りのフェミニストたちから『ホフサマーズは過激派右翼保守だから、彼女の書いたことなんか読む必要はない。』と言われたのを真に受けて読まなかったという。だが、後になって興味が沸いて読んでみたら『へえ~いいこと言ってるじゃない』と思ったんだそうだ。
これを聞いていて数年前、小山エミもホフサマーズのことを「極右翼といっていいほどの保守派論者」だと言っていたのを思い出した。
やっぱりリベラルの間ではリベラル思想にちょっとでもたてつく人間は「極右翼」とか言われて黙らされるようだ。実はホフサマーズは自分のことをリベラルな民主党支持者だと言っている。最近の彼女のブログでそう書いてる。カカシから言わせれば昔はともかく、最近のホフサマーズはかなり保守派だと思うね。いい加減自分でそれに気づいてくれないものだろうか?
ま、それはそうとして、リベラルであることが普通なのだから右翼保守の意見は聞かなくてもいいといわれて素直に、はあそうですか、と聞いてしまったパワーズの姿勢もおかしなものだ。我々保守派はリベラルの考えは嫌でも聞かされているが、そうでなくても敵対する相手が何を言っているのか知っておくのはよいことである。
リベラルが違う意見を徹底的に弾圧するのは、単に相手の人格を否定したり侮辱したりといった程度ことでは済まされない。ホフサマーズが大学などで講演をしようとすると、先ずリベラル生徒たちが学校に抗議して講演そのものをやめさせようとする。学生以外の外部の団体もホフサマーズは「強姦促進者だ」「ヘイターだ」とかいって抗議文や電話攻撃をし、臆病な大学側が講演の招待を取り下げるなんてことはしょっちゅう。それがうまくいかず実際にホフサマーズが学校に現れれれば、講演会場で騒音を立てたり、会場の前で抗議デモをやったりする。時には講演を聴きに来た観客に暴力を奮ったりする。
こういう扱いを受けているのはホフサマーズに限らない。自分らが敵対する相手にこういうことをしてきたラディフェムたちも、今やトランス批判が原因で自分らも言論の場を奪われている。講演約束していた大学へ行ってみると突然キャンセルされていたり、なまじ講演が可能になっても暴力的脅迫を受け厳しい警備が必要だったりする。
昨日紹介したノースリッジ大学のロペズ教授も、同性の両親に育てられた苦労話をしたおかげで、出世を妨げられたり、学問調査の費用を取り下げられそうになったり、他の大学での講演を次々にキャンセルされたり、家族の身の危険を感じるような脅迫を受けたりしている。
最近結構リベラルジャーナリストの間からもこういう意見を聞くようになった。だが一旦リベラルのファシスト的考えに気がついてしまうと、リベラルを続けていくのは難しくなるのではないかと思うが、どうなのだろうか?


Comment

テキサス、モハメッド風刺漫画コンテストにテロリストが乱入、警備員一人怪我、犯人二人射殺される!

先日テキサス州で、モハメッド風刺漫画コンテストが行なわれている最中、二人のイスラム教テロリストが会場に乱入し非武装の警備員二人に発砲したが、その場に居た別の警備員のピストルで二人は射殺された。さすがテキサスなんだよね。これがフランスだったら「モハメッド風刺漫画コンテスト参加者12人モスリムテロリストに殺害される!」とかいう見出しになるところだったのだが、このコンテストの主催者はイスラム過激派の行動を予測して会場には厳重な警備体制を張っていた。非武装の警備員ひとりが足に怪我をした他は参加者にも警察官にも怪我はなく、無事犯人二人が射殺されて終わるという結果となった。
さて、このコンテストを主催したのはパメラ・ゲラーという女性で、保守派政治活動家。主賓としてデンマークの政治家で反イスラムとして有名なガート・ワイルダー氏を迎えた他、拙ブログでも紹介したことのある反イスラム教のロバート・スペンサー氏ら300余名が参加していた。
本日になって、イスラム教テロリスト軍団のイスラム国(ISIS)がこれは自分らの仕業だと声明文を出した。無論アメリカ国内のテロが実際に彼らの仕業かどうかということは確認できないが、ISIS親派テロリストの仕業であることに間違いはない。
にもかかわらず、アメリカメディアはイスラム教過激派のテロ行為を糾弾する間もなく、この催しを主催しゲラー女史への批判に余念がない。何故わざわざイスラム教徒の感情を逆撫でするような催しを行なったのか、何故わざわざ暴力を挑発するようなことをしたのか、言論の自由というが、そこまでする必要があったのか、などといった非難が殺到した。
特にガート・ワイルダーやロバート・スペンサーはイスラム過激派やテロリストへの批判というより、イスラム教そのものに問題があると常に唱えている人々なので、そういう人々を主賓として迎え、モハメッドの虚像を描くこと自体を罪としているイスラム教徒の神経をあえて逆撫でするようなコンテストまでやる必要があったのか、という批判である。
だが、それに対してパメラ・ゲラー女史は、まさにこれは必要なことだったと主張する。私も全く彼女に同意する。
カカシは何度も言論の自由について語ってきた。誰の神経も逆撫でしないような誰でも同意できる意見なら言論の自由を保証する意味がない。多くの人が聞くに堪えない意見だからこそ守られなければならないのだと。アメリカ国旗が焼かれたり踏みつかれたりする行為は言論の自由として認められている。マリア像が像の糞で作られたり、十字架が尿に付けられるなどの冒涜も言論の自由として認められている。それならば何故モハメッドの虚像を描くことが言論の自由として認められないというのだ?言論の自由があるというのなら、それこそ政治的に宗教的に侮辱的で正しくない意見こそ認められずに何の意味があるというのだ?
ガート・ワイルダーやロバート・スペンサーがどれほどイスラム教を侮辱しようが、言論の自由のあるアメリカで彼らの命が脅迫されるべきではない。アメリカ国内でどれほどキリスト教やユダヤ教が侮辱されようと、侮辱した人間を乱射しようなどという過激派は一人もでない。だが、イスラム教だけは特別なのか?イスラム教だけは単なる漫画ですらもおちょくれないのか?こんなマイナーなイベントですら許容できずに参加者を乱射しようなどという人間が現れる宗教にこそ問題があるのではないか?
ゲラー女史がモハメッドの風刺漫画コンテストをわざわざ主催したのはそこにあるのだ。彼女が他に方法がないというのはまさにその点にあるのだ。
いったい世界中のどんな宗教がたかが漫画程度で大量殺人テロを企てたりするのだ?
いったい世界中のどんな宗教が異教徒というだけで何百人もの首をちょん切ってユーチューブで公開したりするのだ?
いったい世界中でどんな宗教が処女が男性にめくばせしたというだけで惨殺したりするのだ?
いったい世界中でどんな宗教が強姦された女性を姦通罪を侵したとして生き埋めにして投石の刑に処したりするのだ?
いったい世界中でどんな宗教が女性の性欲を抑えるために女児の性器を切除したりするのだ?
イスラム教以外のどんな宗教がこんな野蛮なことを今でもしているのというのだ?それなのにそのことを話すことさえ許されないというのは自由の国アメリカにおいて許されていいのか?
ゲラー女史を批判する前にメディアは、特に女性のジャーナリストたちは、こういったイスラムの野蛮さについて深く考えるべきではないのか?


Comment

反フェミニストに論弁の場を与えるな!反対論はややこしくなるだけ

この間からクリスティーナ・ホフサマーズ女史のツイートを追っているのだが、左翼リベラルというのはよくよく反対意見を聞き入れる寛容性のかけらもないとみえる。ホフサマーズ女史が演説をしたワシントンDCのエリート大学ジョージタウン大学では、演説の終わったこの後においてさらにアンチ、ホフサマーズ姿勢を崩さない。
まずはジョージタウン大学の大学新聞の社説から。

性犯罪の統計は誇張だとし由緒ある調査を「統計歪曲」などと主張する人間に発言の場を与えるということは、会話妨害の引き金を引くことにしかならず、大学が約束した生存者への資源を増加させる発展を妨げるに他ならない。

解決法や生存者への資源から目をそらせるこのような手口にはどんな場もない、特にジョージタウンにそんな場所はない。(略)生存者の生の体験の姿勢を否定することは、(ジョージタウンの)価値観と真っ向から対立するものだ。
どのようにして問題を解決するかではなく、「誇張されている」かどうかを議論するのは、ジョージタウンの生存者への侮辱であり、無行動の原因となる。

「議論の時間は終わった、行動、行動、行動!」という訳だな。だが、行動の元となる証拠が間違っていたらどうするのだ?間違った証拠を元に行動に移ったら、社説のいうところの大事な資源の無駄遣いであるだけでなく、もしかしたら逆効果となる可能性もある。実際の問題をきちんと把握せずに有効な解決策は望めない。
ところで、この社説のコメント欄のなかで指摘があったが、当日のホフサマーズ女史の演説は大学構内の強姦の文化についてではなく、女性と男性の均衡性に関する神話についてだったとか。ジャーナリストなら演説の内容くらいきちんと把握してから批判を書いて欲しいものだね。
さて、同じジョージタウン大学の生徒サービス委員会は、女史の講演を主催した共和党生徒会に対し、女史の講演に抗議に来た生徒たちの映像は、本人たちの同意の下に撮影されたものではないので、これらの生徒たちの写っている部分は記録映像から取り除くようにと命令した。もし共和党生徒会がこの指導に従わないときは、委員会そのものが行動に出るという脅しまで含まれていた。
大学で行なわれるイベントではビデオ撮影は記録として残されるのは普通だ。女史の演説のあった会場でもビデオカメラがあちこちに設置されていた。同会場に入場した以上、それが普通に参加する目的であったにせよ抗議であったにせよ、観客として撮影されることは誰にでも明らかであり、会場に入場した時点で撮影されることに同意したことになる。
無論大学側はそのようなことは十分承知である。彼らの目的はホフサマーズ女史の演説ビデオ没収にあるのだ。
こうまでして反対意見を黙らせたいというのは、よっぽど自分らの主張に自信がないのということだな。ま、ラディカルフェミニストたちの常套手段なので今更驚かないけどね。で、最近反トランスのラディフェミたちが、フェミニスト会合から締め出されて、言論の場を失いつつあるという話を聞いて、自業自得だろうと思ったのも、彼女たちが常にこういうことをしてきたんだから因果は回るだなと思ったからだ。反トランスに関してはラディフェミの言い分には同感だが、彼女たちが親トランスフェミたちに虐げられても同情の感はまるで沸かないね。


Comment

バージニア女子大生狂言輪姦事件で明るみに出たメディアの大学は強姦魔の巣窟という奇妙な思い込み

去年にバージニア州立大学の構内のパーティで、暴力的な輪姦の被害にあったという女子大生の事実無根の話を掲載したローリングストーン誌が、今回改めて何故このような嘘がまことしやかに同誌に掲載されてしまったのかという自己調査を行い、その調査結果を発表した。
ことの内容を詳しく知りたい方は拙ブログの女は強姦されたという嘘は付かないって本当?どんどん異様な事実が明らかになるバージニア女子大生の狂言輪姦事件をご参照願いたい。
この調査結果を断片的に読んでみたが、要するに、記事を書いた女性記者がアメリカの「大学構内において強姦が蔓延している」という偏見をジャッキー(仮名)という女子大生の証言が完全に裏づけする形となったため、それ以上の取材をせずに彼女の言い分をそのまま鵜呑みにしてしまったというのが原因である。以前にも書いたとおり、アメリカの大学構内で起きる強姦事件数は構外で起きる事件よりもずっと少ない。にもかかわらず何故かメディアやフェミニストたちは、男子大学生による女子大生への性犯罪が非常な問題になっているという迷信をなんとしてでも広めたいようだ。
こういう事態になってもまだ元記事を書いたサブリナ・アーデリー記者は、男子大生による女子大生への犯罪は深刻な問題だという自説を変えようとしない。彼女の謝罪文を読んでみるとそれは明らかである。

ローリングストーンの読者の皆様はじめ、編集者及び同僚の皆さん、バージニア大学の関係者の方々、そして私の記事によって実際に性犯罪の被害者でありながら名乗りでるのをおそれるようになってしまった人々に対して深くお詫びを申し上げます。

この謝罪では彼女が一番迷惑をかけた人々への謝罪が抜けている。ジャッキー及びアーデリーの記事で無実の罪を着せられたフラタニティーの男子生徒たちである。彼らは意味もなく学校を停学になり、フラタニティーを閉鎖され、他の生徒や世間から白い目でみられて、今後の就職活動やその他の社会的活動に多いに支障をきたした。にも関わらず、アーデリーは彼らに対する侘び心は微塵も持ち合わせていないのだ。それは、彼女のなかに、彼らが今回の事件では無罪でも、他に同じようなことをやっているに違いないという偏見があるからである。
最近各地の大学で、男女交際に関する厳しい規則が次々に設立されている。しかしそのどれもこれもが、男女間の性交渉において何か問題が生じた場合、全ての責任が男子生徒にあるという立場から書かれている。
たとえばとある男女が合コンでお互い飲みすぎてそういう関係になってしまったとしよう。もしも彼女が酔っていたので適切な判断が出来ず性交渉に同意してしまい後になって後悔した場合、彼女はそれを「レイプ!」と言って彼を責め立てることが出来る。女子生徒には「酔っていたから」といって許される行為が男子生徒には絶対に許されない。
この前にも紹介したレナ・ダナムの件でも、彼女は男子生徒を自分の部屋に招きいれ、お互い裸になってベッドにまで入ったのに、途中で気が変わったのか、後になってその体験があまりよくなかったと後悔したのか、何年も経ってから「私は大学時代にレイプされた」と当時の同級生を名指しで責めた。
これじゃあ男子学生は怖くてやたらに女子大生と付き合えない。さて、これに関して私の好きなパワーラインで時々書いてるペンネーム、アモガールが面白いことを書いている。

私は一生涯で一度も、セックスを期待、いや強く希望せずに、すっぽんぽんになって男性とベッドインしたことはない。少なくとも私はそう。
教えてほしいんだけどさ、私は古い人間だから若い女の子たちに聞くんだけど、男性の前で裸になってあなた方は何の反応も求めてないわけ?(「見せもんじゃないよ、単に隣の寮部屋の平均的な裸の女性が寝ようとしているだけだ、スポーツ番組でも見て無視しろ」ってなもん?)
幼稚園生の時代からきゅうりにコンドーム着せてた世代でしょう、それが男性の性欲についてこれっぽっちも知識がないってのはどういうことよ。
もちろん長年に渡る結婚生活のなかでは、「あなた、お休み」といって寝てしまうことはある。でも服を着ていない男が服を着ていない女とあったかい心地よいベッドで一緒にいて何にも起きないってな本はかけないでしょうが。(ここで幼稚な「やった、やらない」賭けジョークを挿入)男性はささやかなヒントは見失うかもしれない。でも普通の健康な男なら、自分のベッドに自主的に裸の女がはいってきたら今夜はラッキーなことが起きると取るのは当然。
それが嫌なら、いったいあなたそこでなにをしてるわけ?

アモガールは同記事のなかで、自分から裸になって男性のベッドに入って男性が何もせずに寝返りして寝てしまったら、それこそ頭にくると書いているが、全く同感だ。女が自分から迫って拒絶されるほど恥かしい事はないからね。強姦の被害者に「そんなところで何をしていたんだ」と聞くのは被害者を責める二次レイプだとか言うフェミニストがいるが、ここまで来るとこの質問は適切だろう。
何度も繰り返しているが、後になってセックスを後悔した、もしくは振られた腹いせに復讐しようとかして、虚偽な強姦罪をでっちあげる行為は邪悪だ。それは無実の罪を着せられた男性に対しても、本当に凶悪な強姦の被害にあった女性たちに対しても非常な冒涜である。


Comment

フランス政府の言論弾圧のほうがテロより危険

前回も日本におけるヘイトスピーチ法についてちょっと触れたが、日本の皆さんには、日本でこのような恐ろしい言論弾圧法がまかり通らないように、是非とも欧州における人権擁護法やヘイトスピーチ法がどのようにして彼らの文明社会を滅ぼしつつあるか知っていただきたいと思う。
先月の八日のワシントンポストに載ったジョナサン・ターリー著の記事から紹介しよう。
ターリーは、フランスにとってもっとも危険で驚異的なのはイスラムテロリストでもなんでもない、実はフランス政府及び西側諸国で広がっている言論弾圧にあるという。

フランスが本気でシャルりー・エブドを追悼したいのであれば、『宗教、人種、民族、国籍、身体障害、性別や性的嗜好に関する侮辱や名誉毀損もしくは嫌悪をかもし出す行為を犯罪とする法律』を撤回するところからはじめるべきだ。これらの法律がもう何年にも渡ってかの風刺新聞に嫌がらせをしたり、従業員を脅迫したりしてきた。フランスにおける言論は「責任ある」使い方という条件がつけられている。つまり、問題のある見解を持つものにとって、言論の自由とは権利というよりは特権として扱われてきたのである。

シャルリ・エブドが最初に問題のモハメッドの漫画をよそから転載した2006年、最初に雑誌社を糾弾し「あきらかな挑発」といって脅しをかけたのはイスラム教徒ではなく時の大統領ジャック・シラック氏だった。シラック大統領は他人の宗教や信心を傷つける発言は慎むべきであり、表現の自由は責任の精神をもってされるべきだと批判した。
パリグランドモスクとフランスのイスラム連合は雑誌社を相手どって「イスラムを侮辱した罪」で訴えた。これはフランスでは22500ユーロの罰金か六ヶ月の禁固刑という厳しい罰のつく犯罪である。
2008年に元女優のブリジッド・バルドーさんがイスラムを侮辱した罪で罰金をかけられた話はもう過去にも何回かしたとおり。
2011年にはファッションデザイナーのジョン・ガリアノ氏がパリのカフェで少なくとも三人の人に対して反ユダヤ人種の発言をしたとして有罪となった。
2012年にはアルメニア人大虐殺を否定する行為を犯罪とする法律が通った。この法律は後で法廷によって覆されたが、いまでもフランスでホロコーストを否定することは違法。
2013年、ジハードという名前の息子に母親が「僕は爆弾」と書いたシャツを着て学校に行かせたとして「犯罪を美化した罪」で有罪となった。
そして去年2014年、フランス内務省のマヌエル・バラス氏はDieudonné M’Bala M’Balaというコメディアンの演技を遮断。彼はコメディアンではなく単なる反ユダヤの人種差別者だというのが理由。
この間の反イスラムテロのデモ行進に参加していたユダヤ人学生組合の組長のSasha Reingewirtzさんは、宗教への批判は言論の自由で守られるべきなどと偉そうなことを言っているが、実は彼女自身、2013年にツイッターに掲載された発言が反ユダヤ人行為だとツイッターを訴えてツイッターに、匿名投稿者の本名を明かすことを強制している。他人の宗教は批判してもいいが、自分の宗教への批判は許さないという偽善者である。
最近のフランスにおける言論規正はヘイトスピーチより枠が広がり、普通の発言でも法廷でしょっちゅう規正されている。たとえば去年、フランス法廷はCaroline Doudet さんというブロガーに罰金をかけ、彼女がグーグルに載せた記事の見出しを変えるように命令した。問題となった記事とは、なんとレストラン批評!
こんなんで罰金かけられたりするんじゃ、フェイスブックでレストラン批評をしょっちゅうやってるカカシなんてとっくの昔に破産している。おそろしや~!
ターリーは、このフランス政府の増大する不寛容こそがシャルリー・エブドが多々の宗教を極端におちょくる動機になっているのだという。特に編集長のStéphane Charbonnier はイスラム過激派からの脅迫のみならず、政府からも犯罪者として起訴の脅迫をうけていた。2012年に反イスラム映画の製作を巡って世界のイスラム教徒が抗議をしていた最中、シャルリー・エブドはまたまたモハメッドの漫画を掲載し、Jean-Marc Ayrault 首相から表現の自由は「法と法廷の管轄の範囲に限られるべき」と警告された。
カカシは何度も、言論の自由には脅迫とか公の場所で人々がパニックになるような言論は含まれないと強調してきた。たとえば「金を出せ、さもないと殺すぞ」とか空港で「爆弾をしかけてやる」とか映画館で「火事だ!」とか叫ぶ行為。こういう行為は表現の自由の権利として守られていない。
だが、フランスの場合、言ってはならない表現の枠が広すぎて、何が犯罪とみなされるのかわからない状態。表現の自由は法律の管轄範囲などといわれても、その時の法廷の気分でどんな発言も犯罪とされてしまう可能性があり、こんな法律、守ろうにも守れないのだ。
Carbonnier 編集長は政府の圧力にも一般市民の批判にも、アルカエダの暗殺リストに自分の名前が載ることにも屈しなかった。彼はフランスの新聞レ・モンドでのインタビューでメキシコの革命家エミリアノ・ザパタの言葉を借りて「膝まずいて生きるくらいなら立ったまま死んだほうがまし」と答えた。あの乱射事件の日、Carbonnier氏はテロリストが真っ先に狙った標的であり、最初に殺された一人だった。自分で言ったとおり自由を貫き通し脅しに屈せず立ったまま死んだ勇気ある男である。
言論弾圧が激しくなっているのは何もフランスだけではない。以前から紹介しているが、イギリスやカナダでも人権擁護法やヘイトスピーチ法によって多くの弊害が生じている。そして恐ろしいことにアメリカにもその波は押し寄せている。
自分も隠れイスラム教徒のバラク・フセイン・オバマ王は2009年、イスラム諸国が提案する国際涜神.(とくしん)基準設立を支持する旨を発表。時の国務長官ヒラリー・クリントン女史はワシントンに代表者を招待して基準の施行について会議を開くなどしている。2012年にはオバマ王は国連において、「未来はイスラム預言者を冒涜するものの手にわたしてはならない」と宣言した。アメリカの基盤ユダヤ・キリスト教を常に冒涜し信者を虐殺してる宗教の手に渡してもいいというのか? お前、どこの国の大統領なんだよ、と聞きたいね。全く。
ターリーはフランスで「私はシャルリー」と言って町に繰り出したどれだけ人々が本当の意味でCarbonnier氏のようにシャルリーと一緒に言論弾圧に対抗して戦う勇気を持っているのだろうかと問いかける。フランスがそして自由社会と誇る国々が先ずしなければならないことは、イスラムテロリストとの戦いよりも先に自国に存在する言論弾圧の悪法ヘイトスピーチ撤回からはじめるべきだと。自由社会が自由社会たる基本は宗教と言論の自由があればこそである。それを諦めてしまったら、イスラムテロリストに滅ぼされる前にフランスも他の欧州諸国も、アメリカも日本も、内側から滅びてしまうだろう。


Comment

高まるパリのイスラムテロ犠牲者を責める声

もう始まった。犠牲者への叱責が。私がイスラム教が嫌いな理由はテロリスト自身は別としても、常識ありそうな普通のイスラム教徒でも、こと対西洋のテロ攻撃になると必ず「テロは悪い、、だが、、」と犠牲者にも責任があるという言い方をして、テロリストを完全に責めないことだ。
しかし、イスラム教徒がテロリストに同情するのは仕方ないとしても(イスラム教自体に問題があるのだから当たり前である)何故、欧米のリベラルはこぞって犠牲者を攻め立てるのか?
私自身シャリルエブドの漫画は下品でえげつないものが多く好きではない。が、言論や表現の自由は自分が気に入らない見るに耐えないようなものを守ってこそ意味がある。特に政治的に正しくない表現こそ守られなければならない。何もかもディズニー漫画みたいだったら別に表現の自由など保証する必要はない。
テレビの政治評論番組で、西洋のあらゆる評論家たちが、シャリルはもっとイスラム教の感情に敏感であるべきだったとか、もっと気を使うべきだった、まるでイスラム恐怖症だ、レイシストだ、といった表現をし、だからテロにあっても当たり前とでもいいたげである。
これはナショナルレビューのイアン・タトルも書いているが、自己防衛や防犯スプレーですら「強姦の犠牲者を責めている!」とかいって怒る連中が、なぜイスラム教テロリストの犠牲者に対してだけは、「犠牲者にも責任がある」となるのだろうか?
イスラム教テロリストはキリスト教徒の村を焼き払い、男たちを惨殺して女たちを散々強姦したうえに、それこそ性奴隷として売り飛ばしたり自分たちで虐待したりしている。ISISはシリアで次々に女性にセックスを強要しようとし、抵抗した女性150人あまりを惨殺した。イスラムテロリストは西洋人記者の首をちょんぎってその動画を誇らしげに公開している。そんな奴らの感情に敏感に対応しろだ?冗談も休み休み言え。
評論家のひとりが、テレビのインタビューで、「欧州の右翼たちは、イスラム教は不寛容なので、その対応は排斥だけだと言っている」と語った。この評論家は欧州の右翼を批判していたのだが、私はこの右翼たちの意見に賛成だ。不寛容を寛容に受け入れたら不寛容に制覇される。どんな意見も受け入れるべきという考えと、自分の意見だけが正しい、という考えは相容れないからである。
実は左翼リベラルが言論の自由を嫌うということは以前にも書いたことがあり、繰り返すのもなんなので、当時のエントリーをそのまま再掲させてもらう。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
October 23, 2010
イスラム教の脅迫を悪用、アメリカから言論の自由を奪うアメリカ左翼
人権擁護法 , 宗教と文化 , 対テロ戦争 , 独裁者オバマ王の陰謀

言論の自由が危ないんだ。解らないか? 本当なら、俺たちはみんなでモハメッドの漫画を描いて、俺たちは皆言いたい事を言う権利があるという信念の元で団結してることをテロリストや過激派たちにみせつけてやるべきなんだ。考えても見ろよ、今まで言論は自由だといって立ち上がるのは簡単だった。なぜってここ数十年俺たちはその権利を守るために危険を犯す必要などなかったからな。だが、今やその時が来たんだよ。もし俺たちが今、身の危険を犯してまで今あるものを守る気がないんなら、言論の自由は信じるだけで守れないってことになるんだ。

これはサウスパークというアメリカのテレビ漫画の中で、登場人物の一人が言った台詞。実は今年の4月、サウスパークはイスラム教の救世主モハメッドをおちょくる内容の番組を放映して、国内のイスラム教過激派から脅迫をされている。
イスラム教ではキリスト教と同じように偶像崇拝を禁止しているが、イスラム教はそれが行き過ぎて、救世主の姿を描いてもいけないという掟がある。サウスパークではそれをおちょくって、モハメッドの姿を描かずモハメッドに熊のぬいぐるみを着せて登場させた。それが国産のイスラム教徒の怒りを買い、レボリューションモスラムというブログサイトでは、サウスパークの製作者であるテリーパーカーとマット・ストーンは「セオ・バン・ゴッホのような目にあうだろう」と言って、イスラム批判映画を制作したことで過激派に惨殺されたゴッホ映画監督の名前を引き合いに出して脅迫まがいの文章がかかれた。
暴力を恐れたテレビ局は問題のエピソードや他のエピソードからイスラム教を怒らせると思われる音声を消すなどして大幅な検閲を行った。
サウスパークのエピソードは以前にオランダでモハメッドをおちょくる一こま漫画をめぐって起きた、諸国でのイスラム教徒による言論弾圧を批判しているわけだが、アメリカでもイスラム教の魔の手が伸びて来ていることは今や明白だ。
だが、ここで実際に問題なのはイスラム教による脅迫ではなく、それを利用して言論の自由を奪おうとするアメリカ左翼なのである。
今やアメリカでは、何もコーランを燃やすなどという極端なことをしなくても、モハメッドとかイスラムという言葉を批判的な内容で口にするだけで、やれイスラモフォビアだの人種差別だの宗教弾圧だのと言って左翼連中から吊るし上げを食う。
例えばこの間も、ノンセクエターという一こま漫画で「モハメッドはどこ?」という漫画にパニクった主流新聞数社が掲載を拒否するという事件がおきた。この漫画にはモハメッドは登場せず、人や動物が公園で平和な一日を過ごしている最後に「モハメッドはどこ?」と一行書かれているだけ。過激派から脅迫状が届いたというわけではなく、そうなるのを『恐れた』新聞社が最初から掲載を拒絶したのである。
つい先日も、イワン・ウィリアムスというリベラル政治評論家が左翼リベラルから忌み嫌われているフォックスニュースの番組で、「イスラム教の服装をしている人が飛行機にのってくると心配になる。」と言ったことを理由にウィリアムス氏は氏が所属するNPRというテレビ局から解雇されるという事件が起きている。ミスター苺に言わせると、イスラム教批判は単なる口実であり、ウィリアムス氏が解雇されたのは、左翼リベラルのNPRはリベラルなウィリアムス氏がフォックスニュースに出演することによって、フォックスが保守の意見だけでなくリベラルの意見も放映しているという「公平で均衡」というスローガンに手を貸したことが許せないのだと言う。左翼リベラル以外の言論を一切認めないNPRは、敵のフォックスが公平に見えるようにウィリアムスが手を貸したことは裏切りであり、今後そういう裏切り者が出ないように手厳しく罰する必要があったのだ。
左翼やリベラルは普段は自分らこそが言論の自由を守るチャンピオンのようなことを言っているが、実際には現代社会で左翼リベラルほど本当の意味で言論の自由を嫌う思想はない。
ヘイトスピーチだセクハラだと人種差別だなんだかんだと言って、ちょっとでも他人の気持ちを害するようなことは言ってはいけないと、次から次へと言えない言葉を作り上げて行くのは左翼リベラルだ。それでいて自分らは全く不適当な場所で好き勝手なことを言って憚らない。
他人の葬式だの卒業式だの、政治討論が全く不適切な場所で突然保守批判をはじめるリベラルなんぞいくらでもいるが、場所柄を考えて遠慮している保守派をあざ笑うようにリベラル連中は大声張り上げて保守批判を続ける。たまりかねた保守派が注意したり反論したりすれば、「場所柄も考えずに政治の話を始めるなど不適切だ!」と言って、まるでこちらが悪いみたいに言い出すのもリベラル。
それもそのはず、左翼リベラルにとって、左翼思想は政治でもなければ思想でもない。かれらにとって左翼リベラル思想こそが唯一つの真実なのであり、それに異見することは悪であり撲滅されなければならないのだ。
左翼連中が敵と見なす考えを黙らせるやり方は、アメリカだけでなく日本でも横行している。以前に曾野綾子氏が「用心すると言う事」というエッセーを発表した後の左翼フェミニストたちのヒステリーぶりを思い出してもらいたい。彼女たちは被害者の自己責任について討論するのではなく、その討論自体が悪だといって自己責任や自己防衛を説く人を頭から黙らせようとした。よかれと思って自己防衛論をとなえた人々を「二次強姦だ!」と言ってけなし、純粋に強姦を防ぐ対策を考えた人々を威嚇し萎縮させた。もしあの時、「私は単に防犯の話をしたつもりだったのに、被害者を傷つけることになるなんて、今後はやたらなことは言わないように気をつけよう」なんてあなたが思ったとしたら、それこそ彼女たちの思うつぼだ。
左翼リベラルは善良な市民の良心や罪悪感に訴えて相手を黙らせ服従させる手段を常に駆使していることを忘れてはならない。
そんなことを言うと、ちょっとカカシさん、それはあなたの被害妄想でしょう。単にあの人たちは差別意識をなくすために、他人の気持ちを害するようなことは避けようと言ってるだけなんじゃないですか、と言うひともいるかもしれない。
だが、もしそれが本当なら、グランドゼロにおける聖廟建設はどう説明するのだ?
オバマ王をはじめ左翼リベラル連中はグラウンドゼロにおける聖廟建設計画を支持している。3000人からのアメリカ住民がイスラム過激派に惨殺された場所に、その宗教を讃える建物を建てる行為は無神経ではないのか?被害者やその遺族たちの気持ちをひどく傷つける行為ではないのか?国民の70%が気分を害しているのに、その気持ちを尊重するどころか、かえってイスラモフォビアだと批判する行為は、イスラム教を優遇しアメリカ市民を冷遇するアメリカ人への差別ではないのか?
アメリカのフェミニストたちが男尊女卑の最たるイスラム教を批判しない事実については、カカシは何度となく書いて来たとおり。フェミニストが本当のか弱き女性の味方ならば、イスラム圏諸国の女性虐待を率先して批判すべきであり、タリバンなどのテロリストと闘うアメリカ軍を積極的に応援すべきである。
左翼リベラルは口でなんと言おうと、言論の自由など信じてはいない。いや、それどころか左翼リベラル以外の言論は撲滅されるべきだと信じている。イスラム教徒による脅迫は左翼リベラルにとって都合のいい口実でしかない。左翼リベラルがイスラム教過激思想を支持するのは、イスラム教が現在の自由社会を破壊するために便利な道具だからなのであり、それによって自由社会滅亡後はイスラムなど追い払って自分ら左翼リベラルが独裁権を持とうと考えているのだ。
この悪の同盟はどっちが勝っても世の終わりを意味する。
我々自由を愛する文明人は、決して彼らに独裁権を取らせてはならない。そのためには危険を承知で危ない事も言わなければならない。危険を承知で意見を述べることが出来ないなら、サウスパークが言うように、言論の自由は信じるだけで守れないってことになるんだ。


View comments (2)

どんどん異様な事実が明らかになるバージニア女子大生の狂言輪姦事件

先日も紹介したバージニア大学の女子大生ジャッキーが2年前に同大学の男子生徒7人から暴力的に輪姦されたという話しだが、事件があったとされる当日の真夜中にジャッキーから呼び出されて彼女から直接話しを聞いたという三人の友達の証言がジャッキーの供述と全く違っていることがわかった。また、ジャッキーが当日デートしたとされる人物の実在性まで疑われており、この輪姦話はどんどん異様な展開を見せている。
このワシントンポストの記事によると、、、
2012年9月28日、土曜日の午前一時、バージニア大学の新入生仲間のランドル、アンディ、とシンディは、前の晩に化学の授業で一緒になった二年生とデートすると出かけていった同級生のジャッキーからヒステリックな電話を受けた。
ジャッキーのもとにかけつけた三人は彼女のうろたえぶりから、彼女の身に何か恐ろしいことが起きたのだと察した。ジャッキーによると、前の晩にデートした二年生に彼が所属するフラタニティーの建物に連れて行かれて、中にいた五人の男子学生からオーラルセックスを強制されたということだった。
この夜のことを、ワシントンポストは三人の証人一人々別々にインタビューしたところ、三人の話はローリングストーンに載ったジャッキーの話とは全く違っていた。
先ず、ジャッキーは、7人の男子生徒から殴られガラスのテーブルの上に投げ飛ばされ、壊れたテーブルのガラスの破片の上で強姦されたと証言している。
ジャッキー自身、当日友達にそんな話はしなかっただけでなく、三人は当日ジャッキーが切り傷や打撲傷を負っていた形跡は全くなかったと証言している。実際もしジャッキーが言うような暴行が彼女に加えられていたのだとしたら、即座に病院にいかなければ出血多量で死んでいただろう。悠長に友達に電話などしている余裕などなかったはずである。
ローリングストーンの記事のなかで描写される、駆けつけた友達三人の冷たい反応についても、三人は全く違うと主張する。元記事では三人が自分らが大学内での社交的な影響を考え、ジャッキーには警察に届けることをとどめたとあるが、実際はその逆で、三人が警察に届けるようにと強く勧めたのをジャッキーが嫌がって自分の寮に送って欲しいと主張したのだという。
友達として彼女の支えになってあげようとしたのは当然だが、三人は当初からジャッキーの話はおかしいと思ったという。それというのもジャッキーがデートをしたというドリューという二年生の存在が怪しかったからである。
ハンサムな二年生の正体
新入生のジャッキーは同じ一年生のランドルと意気投合。当初彼女のほうは積極的にランドルとの恋愛関係を求めたが、ランドルは拒否。その後はアンディ(男子?)とシンディ(女子)四人で友達として付き合っていた。
そのうちジャッキーは自分が救命隊員の仕事をしているときプールで出会った、化学の授業でも一緒になったというドリューという上級生の話をするようになった。興味のあった友達はこの男子生徒がどんな人なのかジャッキーに聞き始めると、彼女はドリューのものだという電話番号を教えてくれた。三人は携帯でドリューとメールを数回やりとりしたが、その際にドリューは自分のものだという顔写真を送ってきた。
だが、ジャッキーがドリューを三人に紹介することはなく、三人は実際にドリューに会ったことがない。三人はだんだんとドリューなる人物が本当に実在するのかどうか怪しむようになっていたという。
ワシントンポストの取材によると、実はドリューが送ってきた写真の主は全くの別人で、ジャッキーの出身高校の上級生のフェイスブックに載っていた写真だったことがわかった。この男性はジャッキーとは全く別の州の大学に通っており、事件当日はその大学の運動イベントに参加していた。男性はジャッキーとは面識がなく、バージニア大学のあるシャーロッツビル市には何年も行ったことがないと証言している。
ジャッキーがローリングストーンで描写したドリューは彼女が友達三人や後に大学のカウンセラーに話たものともかなり食い違っている。特に当時ジャッキーはドリューがフラタニティーのメンバーであるとは誰にも話していないのである。ローリングストーンはさらに、ランドルに取材を求めたが断られたと記載したいるが、ランドルはそんな要請は受けておらず、頼まれれば取材には喜んで応じていたと話している。
大学側によるとジャッキーの言うドリューなる生徒は大学に在学していない。また、大学のどのフラタニティーにもそんな男子生徒は居ないという。
事件から数ヵ月後にジャッキーから相談を受けた大学のカウンセラーも、ジャッキーが強姦されたことは信じきっているにも関わらず、ジャッキーが自分にした話はローリングストーンの話とは違っていたと証言し、警察に届けなかったのはジャッキーの意思だったとはっきり言う。
私はワシントンポストの記事を読んでいて、ジャッキーの身に何かが起きたのは2年前の9月28日ではなく、もっと以前なのだと感じる。それは彼女の身に外的な何かが起きたというより、精神面で何か恐ろしいことがおき始めていたということだ。
私は精神科の医者ではないが、他の精神患者の話しを幾つか読んで学んだことがある。それは、精神分裂症の患者は大抵が大学生くらいになるとその症状がはっきりしていくるということ。それというのも子供のうちは現実と空想の世界がはっきりしなくてもそれほど生活に支障をきたさないが、親の庇護から離れて独立しはじめる大学生になってくると、現実と妄想の世界を切り離せないと、現実社会で生きていくことが不可能になるからである。
故レーガン大統領を襲ったジョン・ヒンクリーという男も精神分裂症だった。彼は大学に行くため親元を離れて暮らしていた。ヒンクリーは大学に通ってガールフレンドも出来たと親には伝えており、三年近くも親から仕送りを受け取っていた。だが、どうもおかしいと思った父親が息子が暮らしているはずのアパートを訪ねてみると、息子は家賃滞納でアパートからはとっくに追い出されており、大学もずっと以前に退学したかされたかしていた。父親が一番ショックを受けたのは、ヒンクリーが詳細に渡って手紙に書いていたガールフレンドが、実在しないことを学んだときだったという。
ジャッキーが精神分裂症だなどと素人の私が勝手に診断できるわけはないが、こういう話を平気ででっち上げることが出来るというだけでも、ジャッキーなる女性は普通ではない。だが、問題なのはこういうおかしな人の話を裏も取らずに全く取材せずに事実として雑誌に掲載してしまった記者や編集者の態度である。
大学構内強姦が多いという嘘
この間も紹介した別の事件、リナ・ダナムも件でもそうなのだが、別の記者がちょっと関係者にインタビューするだけで、事件がどんどん崩れていくのに、元の記者が全く取材を怠るということはいったいどういうことなのか?
最近何故か左翼リベラルフェミニストの間で、大学キャンパスにおける強姦問題が注目を浴びている。何故彼女たちが大学キャンパスを標的にしたのかわからないが、実は大学構内で起きる強姦は構外よりもずっと少ないという統計が出ており、大学キャンパス内で起きる強姦事件は全体の0.3%くらいなのだそうだ。だが、フェミニストたちは大学内は女子学生には危険な場所だ、男子学生や大学側は女子大生を虐待しているという自説を推し進めるのに余念がない。
だから、リナ・ダナムの大学時代に保守派共和党学生にレイプされたという嘘や、ジャッキーの7人の大学生に輪姦されたという妄想が、裏づけもせずに大々的に報道されてしまうのだ。
最近ダナムは自分が話した「バリー」という名前は仮名で実在の人のことではないと認めた。だが、実在する保守派共和党クラブ員だったバリーという男性が受けた被害は、今更ダナムが謝っても取り返しが付かない。彼女の場合は確信犯だ。彼女はそういう男性が存在することを知った上で、読者が誤解して彼を強姦魔だと思い込むことを狙っていた。だが彼の姿形をとっぴょうしもないものにすることで、後で別人だ仮名だと誤魔化せると計画していたのだ。これも大学内における強姦の話を推し進め、保守派共和党員の名誉を傷つけることが最初から目的だったのである。
ジャッキー自身も左翼リベラルのフェミニスト活動家であり、彼女の話を書いた記者も過激派だ。
左翼リベラルにとって事実などどうでもいいのである。自分のはちゃめちゃな説が通せれば嘘だろうと妄想だろうともってこいなのだ。
だからこういう奴らには絶対に騙されてはならないのだ。
しかし一番頭にくるのは、こういうふうに強姦されたと嘘をつく女がいくらも居ると、本当に被害にあった女性たちがはた迷惑をこうむる。実際に被害にあった人たちが信じてもらえなくなるからだ。
常に思うのだが、フェミニストこそ女性の敵である。


View comment

ファーガソン暴動、存在しない人種差別を煽る黒人運動家たちの偽善

日本でもミズーリ州のファーガソン市で起きた白人警官による黒人青年射殺事件は報道されているかと思う。黒人青年の名前はマイケル・ブラウン18歳。白人警官はダレン・ウィルソン。 8月にこの事件がおきて以来、ブラウンを射殺したウィルソン警官が起訴されるかどうか注目されていたが、先日の24日、大陪審の審理が終了しウィルソンは不起訴となった。

この事件では事件当初、ブラウンが丸腰だったことから、非武装の黒人青年を人種差別な白人警官が意味もなく射殺したと報道され、ファーガソン市では商店街で略奪などが起きる暴動へと進展していた。
大陪審はウィルソン警官が一方的にブラウンを殺害したのかどうか、要するに射殺が殺人という犯罪だったのかどうかを決めるための審議をしていたわけだが、その審理結果は、犯罪は起きていなかったという判断となったのだ。

この事件が日本ではどのように報道されたのかよくわからないが、当初アメリカのメディアは、友達とコンビニに行った帰りにパトロールしていたウィルソン警官に呼び止められたブラウンは、両手を上げて降参の姿勢をとっていたにも関わらず、ウィルソン警官がブラウンに乱暴しよとしたため、ウィルソンは両手を上げたまま逃げようとしたところを後ろか数発撃たれて殺されたというものだった。これは、その場にいたブラウンの友達の証言をそのまま報道したもので、この際、報道ではウィルソンが丸腰であったことが何度も強調された。

ところが、だんだんとことの真相が明らかになってくると、ブラウンはメディアが言うほど善良な人間ではなかったことが解ってきた。先ずブラウンは未成年とはいうものの18歳。すでに軍隊に入隊できる年なので子供とは言えない。体格も身長は190cm もあり体重は120kgとかいう立派な体格。

しかも、コンビニに行ったのも万引きが目的で、このコンビニではブラウンがシガリロを盗もうとしたのを止めようとした店員をブラウンが突き飛ばす様子が店に警備カメラにきちんと写っていた。これはすでに万引きではなく強盗だ。ブラウンは麻薬中毒者で盗んだシガリロは麻薬を吸うための道具として使うつもりだったらしい。この日もすでにマリワナを吸っていた。

さて、ウィルソン警官の証言は、ウィルソンが別の通報で出動した帰りに道の真ん中を歩いているブラウンとその仲間に出会った。車の中から二人に歩道を歩くように注意したが、ブラウンと連れは無視して歩き続けた。その際にウィルソンはブラウンがシガリロを持って居ることに気づき、さっき無線で聞いた万引き犯人なのではないかと疑った。

ウィルソンは無線で応援を依頼。だがその時、ブラウンはウィルソンの車に近寄り、窓から身体を乗り入れウィルソンに殴りかかった。そしてブラウンがウィルソンの銃に手をかけたため、ウィルソンは最初の一発を発砲した。

ブラウンは指を撃たれたため、一旦車から離れた。ウィルソンが車から降りてブラウンに近づこうとしたとき、ブラウンは頭を下げてウィルソンに頭付きをするかのように突進してきた。ウィルソンは身の危険を感じ数発発砲。ブラウンはその場で即死したというものだった。

どちらが正しいのか、その場に居なかったので判断できないかとえいばそんなことはない。物的証拠の調査によって、ウィルソンの証言が正しいことが次々と明らかになった。

  1. ウィルソンの車のなかにブラウンのものと思われる血液や細胞が発見された。ブラウンの手は銃で撃たれた傷があり、手には直接銃に触れた化学薬品の後があった。ーブラウンが身体を乗り出してウィルソンの銃を奪い取ろうとしたというウィルソンの証言と一致する。
  2. 解剖の結果、ブラウンは頭のてっぺんを撃たれていることがわかった。また背中に傷はなく、打たれた傷はすべてからだの正面にあった。このことからウィルソンがいうように頭を下げて突進してきたという証言と一致する。

また、ブラウンとは無関係な黒人の目撃者が、確かにブラウンがウィルソンにアメフト選手のように向かっているのを見たと証言している。

これらの物的証拠や目撃者の証言が正しいとすれば、ウィルソン警官の発砲は単なる正当防衛であり、黒人差別による暴力などではなかったことがはっきりする。大陪審の陪審員には黒人も混ざっており、公平な審理がされたものと思われる。

だが、黒人運動家の過激派市民団体の奴らにとって、事実などどうでもいいのである。彼らの目的は黒人と白人の人種間の亀裂を深め、互いに憎みあうことにある。特に黒人は犠牲者であるという観念を黒人に植え付け、自分らが黒人の代表という権力を持つこと、それが奴らの最終的な目的だ。

ミズーリ州やファーガソン市は支配階級は白人だと指摘する記事を読んだが、そういう指摘をする前に黒人居住区が貧困に苦しみ犯罪が蔓延している地区の政権は必ずと言っていいほど民主党が握っていることに注目すべし。黒人層は圧倒的多数で常に民主党に投票するが、民主党が牛耳る州で黒人層が恵まれている地区はひとつもない。それなのに何故黒人層はいつまでも民主党を盲信するのか。

カカシはもう30年以上もアメリカに住んでいるが、民主党やリベラルメディアが煽るほど、アメリカには人種問題などというものは存在しない。非常な人種偏見を持っている人たちがいるとしたら、それは黒人層にであり一般の白人にはそういう意識はない。こういっちゃなんであるが、黒人ほど多人種を忌み嫌う人種もないのだ。

また、黒人層の文化には、勤勉の美徳という観念がなく、ちんぴらやギャングが美化される風潮がある。これはギャングスタラップやヒップホップの歌詞を聞いていれば歴然だろう。実際に黒人の犯罪率は多人種の誰よりも高く、普通の人は(黒人も含めて)黒人の多いスラムには脚を踏み入れたがらない。これは差別とかいう以前の問題だ。

日本の新聞で、ファーガソン市の韓国人経営の商店が略奪の標的になっているという記事があり、そのコメントに「韓国人は黒人を差別しているからそういう目にあうんだ」などと無知蒙昧なことを書く奴らがいた。貧困層で黒人ばかりが住む危険なスラムで店を開けようなどという既得な人はそうはいない。韓国人は勤勉なので、韓国人一世の人々はこういう場所でも店をあけて一生懸命お金をためて次の世代は必ず大学へ行かせて医者や弁護士やビジネスマンに育てる。

地元の黒人たちのどれだけがそんな努力をしているというのだ?ブラウンは現在高校生で来期は大学に行く予定だったなどという記事も読んだが、あり得ないといわせてもらう。麻薬中毒で近所のコンビニで身体の大きさに任せて万引きを常習しているような奴が大学なんか行ける訳がない!
韓国人たちが地元黒人を嫌ったり差別したりしているという事実があったとしても、それは毎週のように黒人に万引きされたり強盗に入られたり、銃を突きつけられたりしているからだろう。それでもがんばって商売やっているのに、何か問題があるとすぐに略奪だ放火だという被害を受ける。よくそんなところでがんばってるなと私なんぞは感心してしまう。

日本の皆さんも、在米韓国人を韓国政府の反日運動と混同すべきではない。確かに韓国政府の影響を受けている在米韓国人が居ることはいるが、たいていの韓国人は単にきちんと生計を立てたいだけの善良な市民だ。

黒人でも保守派な人はおり、黒人の生活を向上させたかったら、黒人はいつまでも民主党にばかりに投票していてはいけないと唱える人もいる。何十年にも渡って民主党に政治を任せてきたミズーリ州で、何故黒人層の生活が苦しいのか、暴動など起している暇があったらそこから考えるべきだろう。

ところでファーガソンで暴動を起しているのは地元市民よりも外部から来た市民団体の人が多いらしく、新ブラックパンサーなどはイスラム教テロリストやパレスチナ運動家らとも深いつながりがある。
なんにしても地元商店街のかたがたには全くお気の毒なことである。暴動というほどではないが、デモ運動は全国各地で起きており、一般市民の間からはかなりのバックラッシュも生まれている。


View comments (3)

オバマケア創設者「オバマケアが通ったのはアメリカ人が馬鹿だから」、、

ここ数日、オバマ王と民主党がオバマケアを発案するにあたり、非常に貢献したオバマケア創設者と言われるMIT大学経済学部教授ジョナサン・グルーパーが去年、学会のパネルで「オバマケアが通ったのは有権者が馬鹿だから」と発言していたビデオが浮上し大騒ぎになっている。
ビデオの中で、教授はオバマケアの保険料は結局は税金なのだが、税金だと最初から認めてしまったら法律が通らないので、それを隠しておく必要があったと認めている。だからCBOと呼ばれる議会予算委員会を騙す必要があったとさえ。

「この法案は議会予算委員会が強制加入のことを税金と読まないようにわざと紛らわしく書かれているのです。「もしCBOが強制加入を税金だと訳したらこの法案は駄目になってましたよ、いいですか、「透明度に欠けることが大きな有利となりましたね。アメリカ有権者の馬鹿さ加減というか、要するにそれがこの法律を通すには欠かせない非常に大事な要因だったといえます。」

つまりだ、有権者がオバマケアとは単に国民皆保険という税金値上げであり、健康な若者から病気がちな老人や低所得者への富の分配に過ぎず、そのことを国民がきちんと理解していたなら、この法律は通らなかったと言うのである。

健康な人が支払って病人が受け取るということがはっきりしている法律だったら通りませんでしたよ。

オバマケアの父として崇め奉めたて40万ドルもの金でコンサルタントとして起用された経済学者が裏でこんなことを言っていたことが暴露され、オバマ政権も民主党下院議長のナンシー・ぺロシも大慌て。当の教授は後にテレビインタビューで、学会のパネルメンバーとして軽々しい発言をしてしまったと一応詫びを入れているとはいえ、グルーパー教授が有権者を馬鹿扱いしていたのはこのときだけでなかった。教授があちこちの講演で同じようなことを言っているビデオが次々と明るみに出てきている。教授は今年の初めにも新聞のインタビューで、こんなことも言っている。

この法律はお金を節約するようには設計されていません。健康を良くするために設計されているのであり、お金の節約をするものではありません。

ペロシにいたっては、「グルーパー、そんな人しりません!」と「オバマケアの執筆にグルーパーなる人は全く関わっていない」と記者会見でうろたえぶりを隠せない。しかしぺロシのオバマケアを説明するウェッブサイトでグルーパー教授の分析は教授の名前入りで専門家の分析としてでかでかと出ていることが暴露されてしまい、「そんな人知りません」は通らなくなってしまった。まったくペロシもどうしてそんなすぐばれる嘘をつくのかね?
オバマ王政権は教授と距離を置こうと必死だが、40万ドルでコンサルタントとして雇った事実は今更隠せない。
結局民主党なんてこんなものなのだ。文字通りやつらは有権者を馬鹿にしているのである。
主流メディアはこのことをあまり大きなスキャンダルとして取り扱っていないので、共和党の選挙運動や保守派ブログやラジオトークショーなので、民主党がいかに有権者を馬鹿にしているかという典型的な例として、このビデオを執拗に放映する必要がある。
共和党は、次回の大統領選では共和党の圧倒的多数議席を保ち、共和党の大統領を断じて選ばねばならんのだということを国民の皆さんにご理解願うよう努めるべきである!


Comment

若い平和主義者のナイーブな見解に思う

アップデート(4/15/2014):このエントリーを書いた直後にNさんから非常に失礼な返答があった。私はこれまで彼は私がこれまで議論らしきものを交わした左翼リベラルよりはましな人物だと思っていたのだが、私が彼の意見にどうしても同意しないと解った途端、カカシのことを『だから、在米日本人女子は悪い情報源だと言っているんですよ。」と人種差別と女性差別の言葉で罵った。自分と意見を違える女性に対して、こんな下品で低俗な言葉使いをする人物とは今後一切会話をすることはあり得ないし、コメント欄からもメールからも追放する。Nさんの下品で低俗なコメントはコメント欄に全文掲載したのでご参照のこと。これじゃ日本女性からも白人女性からも相手にされないのは当然。
では本文。
ーーーーーーーー
人間を何十年もやっていると若いひとより有利なことがいくつかある。そのひとつに歴史を実際に肌で体験することが出来るというものがある。若い頃に、こうではないか、ああではないか、と疑問に思った事や模索したことが実際に起き、人々がああすればこうなると言っていたことが実証されたりその反対が証明されたりするのを目のあたりにすることが出来るからだ。最近長文のメールを幾通か送ってくれたコメンターのNさんのメールを読んでいて、若いとこんなにナイーブなことを平気で言えるんだなと感心してしまった。ま、Nさんが若いんだろうというのはカカシの勝手な憶測であるが、Nさんが自分と戦争体験者との会話を自慢気に情報源として語っていることからして、戦争体験者の親からなにかあるごとに戦争中の話を聞かされて育だったカカシのような中高年世代とのギャップを感じざる負えない。(私の実父の実家は米軍の空襲で焼けてしまった。)
それはともかく、Nさんの見解はいみじくもアメリカの大統領と名乗るオバマ王と酷似しているところがあるので、これは取り上げる価値のあるものだと思う。
Nさんは日本やアメリカの軍事強化に反対で、特に日本の憲法9条改正とか核武装といったことには大反対の見解を示している。私は以前から日本は富国強兵に励むべきという見解である。もっともこれは日本が軍事独裁政権になるべきだという意味ではなく、中国・北朝鮮・韓国・ロシアといった国々が日本を攻めて来ないように守りを固めるべきだという意味で言っている。下記はカカシからNさんへのメール。

誰が言ったのか知りませんが、「*平和を守りたいなら戦争する覚悟をしろ」という格言があります。外交の成功は強い武力という後ろ盾があるからこそ成り立つのであり、何があっても絶対に戦争などしない、いや、出来ないと侮られたら、こちらがいくら戦争を望まなくても攻められる可能性は大です。ロシアに侵略されつつあるウクライナがいい例です。
アメリカもNATOもだらしないから、ロシアに舐められてるのです。
何故戦後のアメリカが日本に米軍基地を置き、いざとなったら日本を守るために闘うつもりでいたのか、それは決してアメリカが日本を良い友達だと思っているからでも、アメリカが日本を贔屓にしているからでもありません。日本はアメリカにとって東洋における最後の砦なのです。ロシアにしろ中国にしろ、アメリカに戦争を仕掛けるまえに先ず日本に攻め入るでしょう。だからアメリカが日本を守るのはアメリカを守るために必要なのです。
しかし、ご指摘にようにオバマは米軍の総司令官という自覚がまるでない。ヘーグル防衛庁長官など個人的に下級レベルの兵士だったことはあっても司令官などやったことのない無資格な人間なんです。彼らには戦争のやり方なんかわからない、戦争を避けるための外交知識もありません。全くの度素人なんですからね。ヘーグルの口車になど乗っては行けません。言葉ではなく態度を見るべきです。オバマ政権がどれだけ日本国家を足蹴にしてきたかに注目すべきです。オバマ政権は自国の外交官の命を守るために指一つあげなかった政権ですよ。日本など守るものですか!
だから日本はそんなアメリカに頼っていてはいけないのです。日本は日本が守らなければいけない。
竹島も尖閣諸島も日本にとっては大した領土ではないから放っておいていいということじゃない。小さく取る足らないようなものであっても、自分のものは自分の物だと守り通さなければいずれはすべてを取られてしまいます。
日本は断じて第9条を撤回し武装国家となるべきです。
富国強兵イコール軍事独裁政権である必要はありません。

*英語では”If You Want Peace, Prepare for War” もとのラテン語では “Igitur qui desiderat pacem, praeparet bellum.”という。
それにするNさんの反応はというと、

現時点、私は核武装、及び戦備を日本が整える事には反対です。これは、カカシさんの言及された、弱腰とは全く異なります。短期戦の戦い方、戦術においては、戦備を放棄するというのは弱腰を意味する事が多いです。しかし、戦略つまり長期戦の場合には、戦備をあえて整えない事も、戦略の一部なのです
何故か?
戦備を整えなければ、イザという時に戦えません。しかし、実は逆の手法で、これが戦備が無い事があえて敵に弱さを見せる罠と見せる事が可能となります。敵も、弱さが罠なのか、それとも事実なのか、判断に困ります。もし、罠ならば、飛んで火に入る夏の虫同様に大怪我してしまいます。その心理戦を最後までやるのが、情報戦と言えます。

実はこれは完全にオバマ王の(無)外交政策に他ならない。ブッシュ大統領が敵の脅威が切羽詰まったものになってからでは遅いという考えから先制攻撃を実行したのとは反対に、オバマ王は自国が軍備強化しないことによって相手にこちらの平和的な誠意を解らせ相手の戦意をなくさせる「賢い外交」を唱えて大統領になった。
ところが、オバマ王になってからアメリカが戦争する気がない(する勇気がない)という印象が世界に広がり、世界中の独裁者たちが勝手気ままなことをやるようになってしまった。
イランや北朝鮮の核兵器開発の再開、シリアの反乱分子弾圧、そして今回のロシアによるウクライナ侵攻などがそのいい例である。
また、ブッシュ政権中は米国内で一切起きなかったイスラム過激派によるテロ事件がオバマ王の代になって続発している。ボストンマラソンで起きた爆破テロは本日がその一周忌。
こうなることはオバマが大統領になった時から解り切っていた結果だが、思っていたよりもひどいことになっている。Nさんのような一市民が信じる分には無害だが、一国のしかも世界最強のアメリカの大統領がこのようなナイーブな政策を取っているということは非常に嘆かわしい。
どんなきれいごとを言おうとも弱腰作戦は戦争を避けられるどころかかえって戦争を誘発するのみである。
これまで日本が中国や韓国に対してやってきた弱腰政策が、日本にどれだけの有益を与えたというのだ?竹島は誰が占拠しているのだ?尖閣諸島をあたかもわが領土にように振る舞っているのはどこの国だ?
日本の平和主義の有益は何だと言うのだ?
Nさんをはじめ、平和主義の人々は、カカシのような鷹派があやまった情報に騙されていると決めつける前に、自分の信じている政策がいかに大失敗しているかという歴史的な事実を見つめるべきである。


View comments (10)