迫力満点トップガン・マーヴェリック、さすがトム・クルーズ

コロナ禍のせいで公開が二年遅れた待望のトップガンの続編マーヴェリックが先週末公開されたので早速見て来た。いやあ、素晴らしかった!CGばっかりの安っぽい映画ばかり観て来たので、この現実的なフライトシークエンスは文字通り手に汗握る迫力だった。

前々から色々聞いていたが、先ずトム・クルーズという俳優はスタントも自分でやってしまうアクションスターとして有名だが、ファイタージェットの操縦もしたことがあるそうで、過去の映画でも小型飛行機やヘリコプターの操縦を自分でこなしていた。それで今回の映画でも現実味を出すために彼の指導のもとに、パイロット役の俳優たちは三か月間の厳しい訓練を受けたそうだ。飛行シークエンスをどうやってとったかの裏話ビデオはこちら。日本語吹き替え版

フライトシークエンスのアレンジもトム・クルーズのデザインであり、役柄でも彼がパイロットの指導員ということになっていたが、実際撮影現場でも彼が指導員だった。パイロットたちのコックピット内部での撮影は、実際に飛んでるジェット内部で撮影されたもの。離陸した時のショックとか振動やGによって圧力を感じる俳優たちの反応は単なる演技だけではないのである。

映画はオリジナルの舞台から30年後。海軍に30年以上も居るのになぜか全く出世せずにいつまで経ってもキャプテンの主人公マーヴェリックことピート・ミッチェルは、今はテストパイロットをやっている。そんな彼に今や海軍大将となった昔のライバル、アイスマンことザレンスキーからトップガンに戻ってこいという命令が来る。

何年ぶりかでサンディエゴに戻ってきたマーヴェリックだが、彼の新しい仕事は迫るイランでのミッションに備えてトップガンでもエリート中のパイロットたちを訓練することだった。そしてその中にはかつてのマーヴェリックの親友で彼との訓練中に命をおとしたグースの息子ルースターもいた。かつての父親そっくりに育ったルースターをみてマーヴェリックはショックを隠せない。

この映画は前半が若いパイロットたちの訓練に当てられ、後半は実際のミッションに当てられている。訓練といっても非常に危険な飛行を学ぶわけだから、訓練中に命を落とす可能性は大いにある。このあたりはハインラインのスターシップトゥルーパーを思わせる。

若いパイロットたちは、マーヴェリックが伝説のエリートパイロットであったことでそれなりの敬意は示しているが、30歳以上も年上の中年男に対する多少の見下しもある。だが、初日の訓練でいかにマーヴェリックが驚異的なパイロットであるかを生徒達は実感する。

グースの息子のルースターは未だにマーヴェリックを恨んでいるが、それは父親がマーヴェリックのせいで死んだということよりも、ルースターの身を案じて彼のトップガン志願から書類を取り下げたことに関して、ルースターのキャリアを4年間遅らせたことへの怒りの方が大きい。しかし、新しいミッションへの訓練を通じて、ルースターは何故マーヴエリックが彼のキャリアを遅らせたのか、だんだんと理解していく。

トム・クルーズはもうすぐ60歳というのに若々しくて物凄いバイタリティーなのだが、映画の中では無理な若作りはしていない。実際年季を積んだ中年パイロットという貫禄がある。彼が何年ぶりかに出会った昔の恋人ペニーとの再会も、中年男女らしい落ち着きがあって好感が持てる。

さて余談だが、私は観ていないが、二年位前に最初の予告編が発表された時、この映画の中国公開のために、わざわざマーヴエリックが来ていた父親からの遺品であるジャケットにあった日章旗と台湾の国旗が別の訳の分からない模様に変えられるという事件がおきた。しかし今回の公開時では二つの国旗はしっかりと復活していた。それというのも、中国共産党はトップガンがあまりにもアメリカの優れた軍事機能を誇示していることに腹を立て、製作費投資をしていたテンセントが手を引いたからということだ。

実際最近の中国は、ちょっとでも気に入らないとハリウッド映画の中国公開を拒む傾向があり、無理やり迎合してみてもいつ門戸を閉ざされるかわからないので、ハリウッド側も中国市場をあてにせずに国内と他の海外だけでなんとか成功させようという姿勢が観られるようになってきた。そういう意味で、この映画は大成功を収めたと言える。もう中国なんぞいつまでも当てにする必要はない。

こちら日本語吹き替え版の予告編

スタッフ 
監督:     ジョセフ・コシンスキー

キャスト
ピート・ミッチェル海軍大佐
  (マーヴェリック): トム・クルーズ
ブラッドショウ海軍大尉
  (ルースター):  マイルズ・テラー
ペニー・ベンジャミン: 
         ジェニファー・コネリー
セレシン海軍大尉
  (ハングマン):  グレン・パウエル
トレース海軍大尉
  (フェニックス): モニカ・バルバロ
フロイド海軍大尉
  (ボブ):     ルイス・プルマン
カザンスキー海軍大将
  (アイスマン):  ヴァル・キルマー
シンプソン海軍中将
  (サイクロン):    ジョン・ハム
ベイツ海軍少将
 (ウォーロック):チャールズ・パーネル
コールマン海軍准
  (ホンドー):バシール・サラフディン
ケイン海軍少将
  (ハンマー):     エド・ハリス
アメリア・ベンジャミン:リリアーナ・レイ

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デニーシュ・デスーザの新作ドキュメンタリー、「2000Mules(2000人の運び屋)」2020年大統領選挙で行われた大規模な不正投票が遂に暴露される

政治評論家で作家で映画監督のデニーシュ・デスーザの新作ドキュメンタリー映画「2000Mules(2000人の運び屋)」が公開された。2020年の選挙で不正があったのかなかったのか疑問に思われている方々には必見。今ならこちらのりんくから日本語字幕入りで全編観ることが出来る。多分期間限定なので無料でご覧になりたい方はお早目にご覧になることをお薦めする。

2020年の選挙時夜遅くまで起きて開票結果を見守っていた我々は、80%くらいの開票でトランプ大統領二期目再選確実と思って床に就いた。ところが朝起きてみると開票が一時停止されていたはずの真夜中に、情勢がガラリと変わってバイデン勝利となっていた。そんなバカな、なんで数時間で重要な地区の票が全てひっくり返るのだ?何か大がかりな不正があったに違いないと誰もが思った。

その後何週間にも渡って行われた数え直しや目撃者の証言や公聴会などで数々の怪しげな不正行為が指摘されたが、実際に選挙結果を覆せるほどの大規模な不正だったのかどうか確たる証拠が出てこなかった。しかしこのドキュメンタリーではその確たる証拠が明確に提示されている。

この映画の焦点はTrue the Voteという不正選挙調査団による調査結果にある。彼らは特にballot harvesting(票収穫)という不正方法を追った。票収穫とは他人に代行して投票券の投函を行う行為で、多くの州では禁止されている。一部例外を許してる州でも、投票箱や郵便ポストまで行かれない人のために家族や介護人が特定の人の投票券の投函を許可されている程度だ。だから代行するとしてもせいぜい一人か二人分が限度である。

ところが調査団によれば、ミュールと呼ばれる投票券運び屋が一人当たり20か所以上の投票箱に一回につき5枚以上の投函を行っていたという証拠を集めた。そして彼らが調べた州の一部の選挙区数か所だけでも、特定されたミュールの数はなんと2000人にも及ぶというのである。

票収穫は歴史的に何度も繰り返し行われてきた非常に単純だが効果のあるやり方だ。まず不正を行う団体は工作員を貧困層や英語の解らない移民層を狙って送り込む。彼らは投票を援助するという名目でホームレスから投票券を買収したり、お年寄りや移民から票を騙し取ったり、郵便受けから盗み取るなどして投票券を集める。一か所に集められた投票券を運び屋が何百枚と受け取り、選挙区各地にある投票箱に一回あたり5枚くらいづつ投函するというもの。調査団はひとりの運び屋が一晩で28ッか所の投票箱に行ったのを突き止めている。

では調査団はどのようにしてこれら運び屋の動きを追跡したのだろうか。

我々のスマホには色々なアプリがついており、そのアプリを使って特定のスマホが何時何処に移動したかという行動パターンを追うことができる。よって不正団体の事務所に集まった数々のスマホが各地の投票箱に向かって移動する行動を追跡するこが出来たのである。

詳細は映画を観てもらうとして、結果的に次のような情報が暴露された。

  • ミシシッピ州:ミュール数500人が50ッか所で5枚づつ投函=125000票 (影響なし)
  • ウイスコンシン州:ミュール数100人×28か所×5枚=14000票(影響なし)
  • ジョージア州:ミュール数250人×24か所×5枚=30,000(バイデン選挙人数16票獲得)
  • アリゾナ州:ミュール数200人かける20か所×5枚=20000(バイデン選挙人数11票獲得)
  • ペンシルベニア州:ミュール数1100人×50かしょ×5枚=275000(バイデン選挙人20票獲得)

合計するとトランプの選挙人279票対バイデン259票でトランプの楽勝となる。

このほかに映画では民主党がどのように不正を行ったのか、データを示した説明があるので、是非とも皆さんに観ていただきたい。

この映画によってドミニオンのアルゴリズムなどに拘らなくても、非常に原始的なやり方だけでも十分に不正は可能だということが明らかになったのだ。もし共和党が次の選挙で勝ちたいなら、こうした不正があることを考慮したうえで不正対策に取り込んでもらいたい。

それにしても郵便投票は不正の温床となりうると言ったトランプ大統領がいかに正しかったかが証明された映画でもある。

聡明なる読者諸氏、是非是非この映画をご覧あれ。


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女優の一言で主役を首になった俳優、セクハラで訴えられた男性には反論の場すら与えられない行き過ぎたフェミニズム

ここ最近二人のベテラン俳優がそれぞれ撮影現場で「許されない行為」を取ったとして、主役を降板させられるという事件が起きた。一人はゴーストバスターズでも有名なビル・マレー、そしてもう一人は12Chairなどの名作からブロードウェイのミュージカルなどでも活躍するフランク・ランゲラ(Frank Langella)だ。

マレーのケースはまだ審議中とのことだが、ランゲラはすでにネットフリックスのミニシリーズから解雇されている。それに関してランゲラはオプエドで解雇は不公平だと発表した

今年の4月14日、ランゲラはNetflixから撮影現場で許されない行為をしたとして解雇された。彼がとった「許されない行為」とはどんなものか?女優の胸をわしづかみにしたとか?女優のお尻をつねったとか?自分と寝なければ首にさせてやると言ったとか?その話は後でしょう。

ランゲラはエドガー・アラン・ポーのThe Fall of the House of Usherの主役ロデリック・アッシャーを演じていた。ランゲラは84歳という高齢のベテラン俳優。もう主役をやるのはこれが最後だろうと思っていた。

今年の3月25日、私は若い女優とのラブシーンを演じていた。二人とも服を着ていた。私はソファに座っており、彼女は私の前に立っていた。監督が「カット!」と言ったとたん「私の脚を触ったわ!」と女優が言った。「台本にはなかったのに」そして彼女は踵を返すとセットから立ち去った。監督とラブシーンのコーディネーターがその後を追った。私も後を追おうとしたが周りのスタッフから「彼女に空間を与えて」と言われて止められた。それから一時間ほど待っていたが、もう彼女は帰ってこない、今日はこれで終わりだと言われた。

ここで私は初めて今の撮影現場にはthe intimacy coordinatorという人が居ることを知った。この人の役割はラブシーンでどのような触り方が適切かを決めることのようで、俳優たちはあらかじめ決められていた触り方以外はしてはいけないことになっているらしい。

この事件のあった一週間後、私は人事から電話で質問を受けた。「3月25日のラブシーンが始まる前に」と質問者は始めた「コーディナーターがあなたの手をどこに置くか示したはずです。あなたは『そんなの馬鹿げてる』と言ったそうですね。」「はい」と私は答えた。「言いました。そして今でもそう思います」あれはカメラの前のラブシーンだ。手をどこに置くのかまで決められるのは、馬鹿げていると思った。それは本能や瞬間さを失うからだ。この会話の終わりの方で、人事はあの若い女優とも、コーディネーターや、関係者とは誰とも連絡を取らないようにと釘を刺した。「報復の危険を犯すわけにはいきませんから」と人事は言った。私はそんな意図はないと言おうとしたが、人事はそれを丁寧に遮り、「意図は関係ありません。Netflixは影響だけを扱いますので。」

結局その後ランゲラには自分の言い分を述べる機会は与えられないまま解雇されてしまった。それでランゲラが解雇される理由となった「許せされない行為」の一覧が明確にされた。その罪とは:1)ランゲラが下衆な冗談を言った、2)時々自分をベイビーとかハニーとか呼んだ、3)時々ハグをしたり肩を抱いたりした。なんという恐ろしい行為なのだ~これは明らかに許されない~!(皮肉です)

ランゲラは84歳という高齢で、そのキャリアも60年に及ぶベテランだ。だから彼の思う女性との普通の接触はミーツ―後のハリウッドでは不適切と思われる可能性は十分にある。しかし借りにそうだとしても、この程度のことで実績あるベテラン俳優を降板させるべきだろうか?

一応こうした行為が今の世の中では不適切ととられる可能性についてはランゲラも監督から注意を受けていたという。今やジョークをいってもいけないし女性の容姿を誉めてもいけない、やたらに触ってもいけないと。しかしもしこれらの行為が解雇に値するほどの重い罪であるというなら、撮影に入る前に人事のほうから役者もスタッフも居る前で、こうした行為は断じて許されない、違反した場合には主演俳優であろうと容赦なく解雇すると厳重な注意をするべきだったのではないか?

ランゲラのように長年この業界で仕事をしてきた人にとって、これまで60年近く普通に許されていた行為がここ2~3年で突然重罪になったということを理解するのはそう簡単なことではない。(特にランゲラは長身で若い頃からかなりのハンサムだったので、女性達からはモテモテだったことだろう。彼にベイビーだのハニーだの言われて悪い気のする女性はそう居なかったのかもしれない。)

ビル・マレーの件でも、彼の許されない行為とはランゲラと同じように、下衆なジョークや肩や髪に触るといった無害なものだったようだ。

確かに触られる女性からしたら気持ちの良いものではない。以前に私の職場にも引退間近の60代の男性が居た。この人は何かと理由もなく人の肩を抱き寄せたりハグをしたりした。私は決して良い感情はもっていなかったが、その人は引退も控えていたし、今後何度も会うわけではなかったので、他の同僚にちょっと愚痴ったくらいで何も言わなかった。それに、私も古い人間だし、通学電車で悪質な痴漢に遭っていたことでもあり、それと比べたら、その程度のことでいちいち文句をいう気にもなれなかった。

ただ、一度20代の頃に日本から来た駐在員の男性にお尻を触られたことがあり、その時は「あなたが日本から来たばかりで、アメリカのやり方を知らないのは解ります。ですから今回だけは許します。でももしまた触ったら、即人事に訴えますのでそのつもりで」とはっきり言ったことがあった。その後彼が女性職員を触ることはなかった。

1980年代のたかが下っ端銀行員の私ですら言えたことを、2022年のハリウッドで、女優が男優に言えなかったなんてことがあるだろうか?84歳のスケベ爺さんの行為が気に入らなかったなら、その場でほっぺた張り倒すくらいのことをして、監督の見てる前で「なにすんのよ、このスケベ爺!」とやればよかったのでは?いくらなんでもこのご時世、そんな行為で女優が首になるなんて先ず考えられないのだから。

もしかしたらランゲラはもっとひどいことをしたのかもしれない。だが、問題なのは、彼には自分の立場を説明する場が与えられなかったということだ。アメリカでは罪が証明されるまでは無罪と見なされることが原則だ。そして誰でも裁判の日を与えられることになっている。

無論これは刑事裁判ではない。民間企業が誰を解雇しようと企業にはその権限がある。だがランゲルは俳優だ。セクハラで解雇されたとなれば、彼の俳優としてのキャリアも終わりだろう。ランゲルは自分の立場を説明することもできず、このままセクハラ俳優という汚名を背負って生きていかなければならないのだ。最初に彼も言っていたように84歳という高齢もあって、今後彼が映画に出演することは先ず無理だろう。

これでは完全に言ったもの勝ちだ。個人的に気に入らない俳優や監督のことはセクハラで訴えればその人のキャリアを台無しにすることができる。なんという恐ろしい権力だろうか!

ランゲルは最後に「キャンセルカルチャーは民主主義に反するものだ」と語る。

何の議論も討論も許さない。他人の意見を聞くことも、仲裁することも、違う意見の交換をすることも禁じる。

もっとも悲劇的なのは道徳的判断を破壊するうことだ。

これは不公平だ。これは不当だ。これはアメリカ的ではない。


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ジョニー・デップが名誉棄損で前妻を訴えたことで、注目されるDV妻の実態

俳優のジョニー・デップがDVの汚名を着せられて人気映画の出演を取り下げされるなど、キャリアに多大なる損害を与えられたとして、元の妻アンバー・ハードを名誉棄損で訴えた裁判が今行われている

実は私はジョニー・デップという俳優は全然好きではない。彼はハリウッドスター典型の左翼リベラルで、しょっちゅうアメリカの悪口を言って、常時フランス住まいだったと記憶している。それに彼の演技はわざとらしくて好きになれない。ミスター苺などデップが嫌いすぎて、彼の出ている映画は極力避けているほど。多分最後にデップの映画を見たのはディズニーのカリブの海賊たちのシリーズ第一弾だったと思う。それにしたって私のお目当てはオーランド・ブルームだったし。

ま、そんなんで、2~3年前にデップが前妻からDVで告発されたという話を聞いた時も、まあハリウッドリベラルなんてそんなもんだろうくらいに思っていた。もちろん離婚時に妻が夫のDVを持ち出すのはよくあることなので一概に妻の言い分だけを信じるというわけにはいかない。しかし二人は示談で離婚しデップ側から前妻に700万ドルという慰謝料が払われていたことでもあり、まあ多少の暴力はあったのだろうと理解していた。

しかし、今回の裁判を少し観ただけでも当初の報道にはかなりの誤りがあったと理解できる。実はデップはDVの加害者というよりも、妻からのDVの被害者だったのではないかと思われる事実が色々出てきているのだ。

先ずことの時系列を追ってみよう。これはスティーブン・クラウダ―のサイトより引用。

  • 2016年5月、一年足らずの結婚で妻のアンバー・ハードが離婚訴訟を起こす。
    • ジョニーから暴力を振るわれたと主張。.
    • ジョニーは妻の主張を全面的に否定。
  • 2016年8月。示談で離婚は成立。
    • ハードは700万ドルの慰謝料を受け取る。
    • ハードはその慰謝料をACLUやLA子供病院に寄付すると宣言した、彼女が実際に寄付をしたという記録はない。
  • 2018年12月。ハードはワシントンポストにジョニーの暴力を告発するエッセーを投稿。SOURCE: WaPo
    • 記事ではジョニーを名指しで責めてはいなかったというものの、「2年前に私は家庭内暴力を代表することとなった。それによって告発する女性に対する社会からの恐ろしい力を感じた」と明らかにジョニーを指す文章があった。
    • ジョニー・デップはハードに対して5000万ドルの賠償金を求めて名誉棄損で訴訟を起こした。

昨日法廷でジョニー・デップ自身が証言したが、ハードによるデップへの暴力はかなりすさまじかったようで、公開された録音テープによると、ハードはデップを殴りながら、自分が殴っていることを誰に言っても信じてなんか貰えないわよ、とあざ笑っている音声が残っている。

またジョニーはアンバーからウォッカの瓶を投げつけられ、その瓶が指に当たって指先を切断という大けがを負っている。その時のことは医者にもきちんと報告されており、怪我の写真も公開された。デップは当時、おおやけにはドアに指を挟んだと体裁を繕っていた。

そのほかにもアンバーによるジョニーへの虐待が色々提示され、これは被害者はアンバーではなくジョニーなのではと思えるような供述がどんどん出て来た。

さて、ジョニー・デップの裁判で浮彫になってきたのは、実はDVと呼ばれる家庭内暴力は結構女性が加害者であることが多いということだ。

連邦政府保健省発表の2020年の子供虐待の調査によると、子供を虐待する親は母親の方が父親よりも多いという数字が出ている(Table 5-3 Perpetrators by sex)。無論母親のほうが子供といる時間が長いので必然的にそうなるのではないかという見方もあるが、同じ調査で母子家庭と父子家庭でも子供への虐待は母子家庭の方が多いという結果も出ている(Table 3-14 Victims by relationship to their perpetrators)。

無論これは子供虐待の調査であって男女間での暴力を示すものではないので、これだけ見て男女間での暴力の加害者が女性の方が多いと結論づけることは出来ない。しかし子供に暴力を振るうような女性は配偶者に対しても暴力的な傾向があると考えることは自然だ。

女性の場合でもDVの被害者は誰にも相談せず、ましてや警察に届けるなどと言うことをしない人が多いので、ましてや男性となれば女性に暴力を振るわれても我慢している人はもっと多いことだろう。だいたい男性は自分がDVの被害者になっているという認識さえない人がほとんどだ。

こちらは日本の内閣府男女共同参画局DVの現状に関する調査結果。このアンケートでは女性の方がDVの被害にあったと応えた人の方が多く、配偶者からの被害経験の有無で数回から1~2回と答えた人は、女性が31.3% 男性が19.9%。身体的暴力となると女性は19.8%で男性は14.5%。

確かに女性の被害の方が多いのだが、それでも男性の14.5%は結構多い。また、興味深いのは、DVに関して誰かに相談したかという質問に対して、女性の4割、男性の約7割が誰にも相談していないと応えている。そしてその理由は「相談するほどのものではないと思ったから」というものだ。

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男性の方が身体的に強者であるから、女性から多少殴られたくらいでは大した怪我はしないだろう。男性が女性と同じことをしたら女性は大けがをする可能性があるので、病院で手当てを受けていればその記録も残る。

アメリカでも日本でもそうだが、夫婦喧嘩で暴力沙汰になり警察が呼ばれても、たとえ加害者が女性の場合でも正当防衛で女性の手を払いのけた方の男性が罪に問われるなどということは日常茶飯事である。それにせいぜい引っかかれた程度の怪我では男性も警察を呼んだり医者のお世話になったりはしないだろうから公式な記録に残らないのは当然だ。

上記のアンケートでも解るように、女性からぶたれながら罵声を浴びせかけられるといった虐待をDVだと認識していない男性は結構いると思われる。

恐ろしいのは、女性が男性を告発すると、Me Too運動でも解るように「すべての女性を信じろ」などと言い出す人たちが居て、ジョニー・デップのようにDVを犯したなんの根拠もないのに、別れた前妻の証言が全面的に信用されて男性のキャリアや名誉が一遍に汚されてしまうということだ。そして男性には弁解の余地も与えられない。こんな理不尽なことがあるだろうか?

私が無実の罪を他人に着せる偽被害者を心から憎むのは、無実の罪を着せられた人のこともだが、本当のDVや強姦の被害者が信じてもらえなくなるからである。こういう偽物が自分は犠牲者だ生存者だと言って騒ぐたびに、本当の被害者の声がかき消されていくのである。

ところで、私自身も有罪だが、メディアの言うことを鵜呑みにしてはいけないとつくづく思う。カイル・リッテンハウスの時もそうだったが、事件そのものに関心がなくニュースの見出しだけ読んでいると全くの勘違いをしてしまうものである。私もいくら嫌いな芸能人のスキャンダルだからと言って、すぐに信じることは慎まなければと思った。


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80日間世界一周、PBS新シリーズがポリコレすぎて観てられない件

アメリカの公共放PBSで始まったデイビッド・テナント主演の新シリーズ「80日間世界一周」の第一回を観た。うちにはテレビがないのでアマゾンプライムで3.99ドルはらって観たが、一時間ものを30分観ただけでもう耐えられなくなった。その理由はポリコレを気にしすぎてキャラクター達がおかしくなりすぎてるから。

ここから原作の説明をするので、作品をよくご存じの方は**印のところまで飛ばしてお読みいただきたい。

80日間世界一周はジュール・ヴェルヌ原作で1873年出版された作品。ヴェルヌはSF作家として知られているが、この作品には魔術も存在しない技術も出てこない。しかし状況が奇想天外なので私はかなりSF的な要素が含まれていると思っている。あらすじをウィキから引用すると。

物語は1872年10月2日のロンドンに始まる。独身の紳士、フィリアス・フォッグは物事を尋常ではない正確さで行う習慣と、カードゲームに熱中する癖があったが、ロンドンの紳士クラブ「リフォーム・クラブ」(The Reform Club)のメンバーであること以外は全く謎で、裕福であることの理由も定かではなかった。

フォッグの前の執事はひげそりに使うお湯の温度を華氏で2度間違えたために解雇されてしまい、新たにこれまた規則正しい生活態度を尊ぶフランス人のパスパルトゥーが雇われた。

その日の夜、リフォーム・クラブでフォッグは会員たちと新聞のある記事について議論をした。「イギリス領帝国に新たに鉄道が設けられた」という記事と、それに伴って(略)80日で世界一周ができるという計算結果が載っており、フォッグはこれが実現可能なものであると主張する。

フォッグはこれを立証するために自ら世界一周に出ることを宣言し、自分の全財産の半分にあたる20,000ポンドをクラブの会員たちとの賭け金にする。残りは旅費に充てるため、期限内に世界一周を果たせなかった場合、全財産を失うことになる。フォッグは当惑するパスパルトゥーを伴って、10月2日午後8時45分発の列車でロンドンを発つ。彼のリフォーム・クラブへの帰還は80日後の12月21日の同じ時刻とされた。

主な登場人物は主人公のフィリアス・フォッグ、執事のパスパルトゥー、ロンドン銀行で起きた窃盗事件の容疑者としてフォッグを付け回すスコットランドヤードのフィックス刑事、インドでフォッグに命を救われる女性アウダの四人だ。

この四人の登場人物の性格は正確に描かれる必要がある。なぜなら彼らの性格が後の物語転換に非常に重要な役割を果たすからである。

もともとフォッグは規則正しく時間通りに行動する病的に几帳面な人間だ。だから自分の執事が髭剃り用の湯の温度をちょっと間違えただけで首にするなどという理不尽なことをするのである。そんな性格だから、新聞記事の時間表をみただけで自分には出来ると思い込んだのだ。

そんなフォッグに認められて一緒に旅をすることになったパスパルトゥーは自分の主人の才能を疑わない忠実な助手である。どんな苦境に出会っても、主人と運命を供にすべく命がけの行動をする。

この作品は原作出版当時から何度も舞台や映画やテレビドラマになっているが、なんといっても一番有名なのは1956年アカデミー賞を獲ったマイケル・アンダーソン監督の同名の映画だろう。映画を観たことのない人でもあの主題歌は聞いたことがあるはず。また1989年のテレビシリーズは原作にかなり忠実なのでお薦めである。

**さて、前置きが長くなってしまったのだが、今回のシリーズ一回目を観て私が観てられないと思った理由は、私の中にある登場人物の性格が全くイメージと違うということだ。無論私のイメージは1956年の映画デイビッド・ニブンと1989年シリーズのピアース・ブロスナンで出来あがってしまっているから偏見と言えば偏見だが、それでも今回のデイビッド・テナント主演のフォッグは私のイメージと違いすぎる。

まず第一に、テナントのフォッグが病的に几帳面であるという描写がない。最初のシーンで年寄りの執事がふらふらとお茶をこぼしながら運んでくるが、それに対してフォッグが「もっと大きなカップが必要だな」と執事の落ち度を咎めないところから始まる。これは几帳面で綺麗好きなフォッグからは考えられない行動だ。髭剃りの湯の温度が二度違うというだけで執事を解雇してしまうような男が、お茶をこぼしながら持ってくる年寄り執事を雇って置くはずがない。ここでおのお湯のシーンはなく、どこからか送られてきたハガキに狼狽えるフォッグの描写があるだけ。

紳士クラブで掲載された世界一周の旅の時刻表を読むシーンでも、フォッグが自信を持ってやり遂げられるという安心感を視聴者は持つことが出来ない。フォッグは時間を常に守り通す自分になら出来るという自信より、他に何かを証明するために出かけようとしているかのようで、観てるほうは不安感をぬぐえない。

前の執事が解雇された後にやってきたパスパルトゥー(Ibrahim Koma)も、実はエイジェンシーの紹介ではなく、紳士クラブでケンカをして警察に追われたウエイターが執事経験を偽ってフォッグの家にやってくる設定になっている。今の時代なのでフランス人のパスパルトゥーが黒人なのは別にいいとして、彼の背景がフランスのレジスタンス運動とか、ちょっと待ってよといいたい。パリに着く早々主人のフォッグを置き去りにしてどこかへ行ってしまい、フォッグが暴徒に襲われて身ぐるみはがれるという憂き目にあう。忠実な従者であるパスパルトゥーは絶対こんなことはしない。

そしてもうひとり、原作にはないアビゲール・フィックス・フォ―テスク(Leonie Benesc)という女性記者。名前からしてどうやらこれは原作でフォッグたちを追い回すフィックス刑事の役割を果たすようだ。確かに銀行での窃盗事件が扱われていないので、そういう設定にするならそれはそれでもいいが、だとしたら最初から彼女がフォッグたちと行動を共にするのはおかしい。フィックス刑事のようにフォッグとパスパルトゥーを追いかける形にすべきだっただろう。それにこういう生意気な女を描くなら、80日間、、よりグレート・レースのリメイクの方がよっぽども合っていると思う。なんにしても、どんな場合でも冷静を失わないフォッグが生意気な小娘や反抗的な執事に振り回されるというのがどうしても私にはついていけなかった。

この作品はファンタジーといってもいいものなので、パスパルトゥーが黒人でもフィックスが女でも構わないが、彼らの描き方があまりに現代風だと、フォッグの威厳が保てなくなる。一体誰が主役なんだ、一体この作品の目的はなんなんだと観客は非常に混乱する。

ミニシリーズだから色々加えたいのは解るが、もうすこし話の筋にあったサイドストーリーを加えるべきだったのでは?

この作品には他にいくつも別バージョンの映画やテレビシリーズがあるので、今回のシリーズで時間を無駄にする必要性を感じない。


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まるで映画「情婦」みたいな検察側の証人、カイル・リッテンハウスの無罪を証明?

先日ちょっとお話したカイル・リッテンハウス青年の裁判が現在進行中である。カイル君は2020年の8月にウイスコンシン州のケノーシャで起きた暴動で、友人のビジネスを守るためにAR-15ライフル持参で警備にあたっていたが、そのビジネスに火をつけようとした暴徒ら計4人に襲われ、三人に発砲。二人が死亡し一人が重傷を負った。下記はその時の一部が映ったビデオ。

「群衆が発砲者とみられる人を追いかける。男(カイル君)はつまづき転ぶ、そして銃を何発か発砲。あちこちから銃声が聞こえ、発砲者は複数いたという情報と一致する。」

この事件は多々のビデオがすでに拡散されており、ビデオを観る限りは完全なる正当防衛に見えるが、ウイスコンシン検察はカイル君を殺人罪などで起訴。事件当時17歳だったカイル君を大人として裁判にかけ、カイル君は有罪となれば終身刑も免れない罪状に瀕している。

さて、カイル君の裁判が始まって一週間だが、先ずは検察側の証人が呼ばれた。しかし検察側の供述を証明するための証人たちの証言が全然検察側の役に立っていないという不思議なことが起きている。リーガルインサレクションの記事から読んでみる。

まず同記事の著者アンドリュー・ブランカは正当防衛専門の弁護士。ブランカは検察側は最初の二日間でカイルの有罪を証明するような証拠を全く提示していないとし、検察としては悲惨な状況であるとしながら、にもかかわらず三日目はその二日間よりもさらにひどかったと指摘する。

この日の証人は当日カイル君にインタビューしたジャーナリストのリチャード・マックギニスと、元陸軍歩兵軍人のライアン・バルチの二人。著者のブランカは検察側の証人がどのような証言をすべきなのかをまず説明する。

マックギニスとバルチは二人とも検察側の有罪説を強め、弁護側の無罪説を弱める証言をすることが期待されている。この場合、弁護側による正当防衛説を破壊することだ。

カイル・リットンハウスは有罪が証明されるまでは無罪とみなされているため、検察側が疑いの余地なく正当防衛ではなかったと証明する必要があるのである。

しかし検察側はカイル君の正当防衛を全面的に否定する必要はない。弁護側が正当防衛の根拠としている四つの点だけ否定できればいいのだ。この四つの要点はすべてが真実でなければならない。であるからこの四つの要点の一つでも真実ではなかったことが証明されれば、カイル君の正当防衛説は崩壊するのである。

では正当防衛を成立させるための四つの要素とはなにか、そして検察側はそれをどう崩すべきなのかというと、、

無実:検察側はカイル君が攻撃者であったことを証明する。あの晩に最初に暴力行為に及んだのはカイル君のほうだったと証明する。

緊迫性:カイル君が自分を守ろうとしていたとされる攻撃が実際に起きていなかった、もしくは起こる寸前ではなかったことを証明する。

比率性:検察側はカイル君に受けた攻撃は命に係わるような危険性はなかった、カイル君による死を及ぼす反応は過剰であったことを証明する。

適切性:カイル君が自身が真実正当防衛が必要だとは信じていなかった、もしくはこの状況において正当防衛が必要だと考えること自体が非常識であり、適切ではないことを証明する。

検察側がどの要素について否定するにしても、常識ある人が疑いの余地がないほど真実ではないことを証明しなければならない。ブランカによれば、最初の二日間における証人の証言には、この要素を崩すに足るものは全くなかった。しかし三日目はそれよりもっとひどかったと言う。

リチャード・マックギニスはデイリーコーラー誌の記者にビデオを提供しているビデオグラファー。彼の仕事は現場でビデオを撮り、後で記者たちがそれを使って色々分析するのを援助することだ。マックギニスは当日もケノーシャで暴動を追っていたが、彼の取材の対象となっていたのがカイル・リッテンハウスと仲間のライアン・バルチだった。

マックギニスは事件前にカイル君にインタビューをしたりしていたが、特に重要なのはジョセフ・ローゼンバウムがカイル君に撃たれた時に、マックギニスはふたりの至近距離におり事件の一部始終を目撃したということである。この時の模様はマックギニスによっては録画されていないが、監視カメラや警察のヘリコプターカメラでは録画されている。

法廷ではマックギニスが録画した事件前のビデオが何度も放映されたが、どれもこれもカイル君やバルチが誰に対しても親切で、攻撃的な様子は全く映っておらず、二人に攻撃的な態度をしめした黒人数人に遭遇した時も、二人は何も言わずに立ち去り、怪我の手当が必要な人はいないかと人々に呼びかけていた。ブランカはこのビデオで解ることはカイル君が物腰がやわらかく攻撃性などまるでないことで、このビデオが検察側に何の役にたつのか全くわからないと語っている。

検察側がカイル君が危険な男であるとマックギニスに言わせようとしたが、そうだとすれば武装しているカイル君とバルチに密着取材などするわけはないので説得力がない。またカイル君が銃を持ち歩いていたことに対しても、当地ではそういう人を見かけるのは珍しいことではないので、別におかしと思わなかったとマックギニスは証言している。

しばらくしてマックギニスはカイル君とはぐれるのだが、カイル君が消火器を持って走っている姿に出くわす。誰かがダンプスターに放火し、それをガソリンスタンドの方におしているのを見つけたカイル君が消火作業を始めようとカーソースというビジネスの駐車場向けて走っていた。

この時画面にジョセフ・ローゼンバウムとジョシュア・ズィミンスキーの姿が映る。ズィミンスキーはグロックピストルを持っており、この後で空に向かって発砲する。それがローゼンバウムが撃たれるきっかけとなる。

ローゼンバウムは車の影に隠れてカイルを待ち伏せし、カイルに襲い掛かる。この時マックギニスはカイルに追いつこうと後ろから走っていたのだが、ちょうどカイルを追いかけるローゼンバウムの後ろにを走ることになった。そしてカイルとローゼンバウムの後ろにはジョシュア・ジミンスキーが居た。

この時ジミンスキーが空に向けて発砲。後ろから銃声が聞こえたため振り向いたカイルが観たものは、カイルにおそいかかろうとしていたローゼンバウムだった。

マックギニスはこの時の模様を詳細に証言している。ローゼンバウムは全速力で走っていた。カイルは必死に駐車場の端の方に向かって逃げながら「フレンドリー、フレンドリー、フレンドリー」と叫んでいた。しかしローゼンバウムはカイル君の訴えを無視して追いかけた。この時カイルは退きながらローゼンバウムの方を向いた。カイルが持っているライフルはローゼンバウムには見えていたはずだがそれでも彼は怯まなかった。

ローゼンバウムはかがんでカイルに襲い掛かりカイルから銃を取り上げようとした、その時カイルはローゼンバウムに向かって4発発砲。致命傷となった弾はかがみこんだローゼンバウムの背中に当たった。検察側はそれをもってして、カイル君がローゼンバウムを後ろから撃ったとマックギニスに言わせようとしたがマックギニスは頑としてそれを拒んだ。

検察:あなたはローゼンバムさんの真後ろに居たのですね。

マックギニス:リッテンハウスさんが振り返って、ローゼンバウムさんがリッテンハウスさんに飛び掛かってライフルの先の方を掴もうとしたので、すこし位置を変えました。

(略)

検察:あなたは今ここでローゼンバウムさんが何を考えていたか解りませんよね。

マックギニス:発砲があった時ですか?

検察:そうです。いやいつでもいいです。あなたはローゼンバウムさんが何を考えていたか全くわかりませんよね。(略)

マックギニス:ローゼンバウムさんと話したことはありません。そういう意味なら。

検察:ということは、あの時ローゼンバウムさんがなにをしようとしていたのか、あなたの解釈は完全に想像ですよね。

マックギニス:ただ、彼がファックユーと叫んで銃に手をかけようとしたので、、

マックギニスは検察側の証人であるにもかかわらず、検察側はまるで弁護側の証人を尋問するような質問を何度もした。「被告はローゼンバウムさんが転ぶところを撃ったんですね?」「いいぇ、転んだのではなく飛び掛かったのです」という会話が何度か繰り返され、いい加減裁判長が中に割って入った。

リチャード・マックギニス

ライアン・バルチは元陸軍歩兵でカイル君と一緒にカーソースという知人のビジネス警護にあたっていた男性。カイル君は17歳の少年であるのに比べ、彼は元軍人としてアフガニスタンやイラクに出動したこともあり、何万回とARライフルを撃った経験のある男性だ。しかもバルチはライフル射撃競技にも参加しており、常にライフルを使っている。

この人も検察側の証人なのだが、なぜか弁護側に都合のいい証言ばかりしてしまった。

例えば、バルチは防弾チョッキを着てAR-15ライフルとグロックピストルを携帯していたが、彼やカイル君のように武装した民間人が警護に当たっていただけで、前日に起きたような暴動を防ぐことができたと言う。つまりカイル君が銃を持ってケノーシャに居たのは地域のためになったのであり、人殺しのためにカイル君がケノーシャまでやってきたという印象が壊れてしまったのだ。

バルチのカイル君に対する印象も好感度の高いもので、怪我をしている人は誰でも助けようとしていた。ただ、その風貌や年齢から暴徒の攻撃の対象になりやすかったかもしれないと語る。大してローゼンバムに関する印象はというと、彼は常に攻撃的で暴力的な態度を取っていたという。現にデモに参加していた他の人たちから、ローゼンバウムは彼らの仲間ではないと言われたという。

検察側にとって致命的な証言となったのは、バルチがローゼンバウムがバルチとカイル君の二人に迫ってきてバルチに顔をつけんばかりに近づき大声で「今夜また顔を合わせたらぶっ殺してやる!」と叫んだことである。ローゼンバウムがこの脅迫をしたその数分後に、ローゼンバウムはカイル君を全速力で追いかけることになるのだ。カイル君が命の危険を感じたのも無理はないと思わないか?

カイル・リッテンハウス

ライアン・バルチ

ブランカは結論として、三日目の証言で検察側は自分たちの立場を返って弱めてしまったという。四日目のリポートもあるが、特に検察側の説が強くなるような証言は全くなかったそうだ。陪審員に偏見さえなければカイル君は無罪放免になるべきではあるが、この陪審員というのが曲者なのだ。

ま、それに関してはまた新しい情報が入ってくるまで待つとしよう。

今日はこのへんで終わりにしておく。


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映画撮影現場で起きた銃による死亡事故、アンチガンとアファーマティブアクションが原因か?

先月、俳優のアレック・ボールドウィン主演・プロデューサーの映画「ラスト」の撮影セットで、ボールドウィンが発砲した弾に撃たれてシネマトグラファーの女性ハリナ・ハッチンスさん42歳が死亡、監督のジョール・スーザ氏が怪我をするという事故が起きた。

当初の報道ではボールドウィンが撃ったのは小道具の銃ということだったが、後に銃は本物で銃弾が入っていたことが解った。ボールドウィンは助監督から銃を渡され、銃には弾は入っていないと言われたのを信じたという。

ボールドウィンは極左翼で一般市民の銃所持に大反対の立場にある。それで彼自身、銃の扱いかたについて完全に無知だったのかもしれない。しかし、たとえそうであったとしてもプロデューサーとして現場での安全確保は彼にも非常な責任がある。

この事故は、もしも銃を扱ったすべての人がガンセイフティールール(安全に銃を扱う規則)を守っていれば、絶対に起き得ない事故であった。

私は銃取り扱いのプロではないが、自衛のために銃を購入した時、撃ち方と取り扱いの授業を受けた。もうだいぶ昔のことなので色々忘れていることもあるが、この事故について、素人の私でもおかしいと思う点がいくつもある。

第一に、何故映画セットに実弾の入った本物の銃があったのかということ。当初、小道具の銃が使われたと報道されていたが、小道具の銃は弾をうつことは不可能なので話を聞いた時からおかしいと思っていた。映画セットで銃を扱う責任者のことを英語ではArmourerと呼ぶそうだが、ここでは武器担当者と呼ぶ。そのプロのインタビューをいくつか聞いたところ、映画セットで本物の銃が使われることは先ずないとのことなので、何故この映画セットに本物の銃があったのか非常に不思議である。

第二に、よしんば本物の銃が使われることがあったとしても、担当者が銃の安全性を先ず確認すべきであり、銃が完全に安全な状態にあると確認してから俳優に直接渡すのが基本であるのに、担当者がチェックをしなかったのは何故なのか?

第三に、この現場では担当者ではなく、助監督が銃をボールドウィンに渡したという。銃は担当者が直接俳優に渡すべきであり他の人間が扱ってはいけないことになっている。何故銃砲責任者の担当者ではなく助監督が銃をあつかったのか、この時いったい担当者は何をやっていたのだ?

ではここで、銃の安全な扱い方基本四事項をおさらいしよう。

  1. すべての銃に実弾が入っているものとして扱う。たとえ他人が弾は入っていないと保証したとしても必ず自分で確認すること。
  2. 破壊する気のない物体には、決して銃口を向けてはならない。たとえ弾が入っていなくても絶対に銃砲を人や動物やその他の物体に向けてはいけない。
  3. 撃つと決めた標的に狙いが定まるまで引き金に指をかけてはいけない。
  4. 標的とその後ろに何があるかを確かめること。これは射撃をする際にも自衛の際にも大事な注意事項だ。

お分かりのように、ボールドウィンはこの最初の二事項を完全に怠っていたことが解る。彼は常に人々が銃を所持することを反対しているため、きちんと扱わなければ銃がどれほど危険であるかということ知らないのかもしれない。

1.ボールドウィンは最初に助監督から銃を渡された時に弾は入っていない「コールドガン」だと言われたという。たとえそれが本当だとしても、渡されたボールドウィン自身が自分でそれを確かめる責任がある。この映画は西部劇なので渡された銃はリボルバーだろう。リボルバーは弾が入っているかどうかチェックするのは非常に簡単。さっと見て弾が入っていないくても、銃砲に弾が残っている可能性を考えて、一度地面に向かって引き金を引いてみれば確認は出来る。もしもやり方が解らなければ銃を渡した人に見せてもらえばよかったのだ。

2.映画撮影の現場でも直接銃を人に向けることはあり得ない。たとえ相手役を殺す設定になっていたとしも、カメラの角度を調整すれば、実際に相手に向けているように撮ることが出来るからだ。シネマトグラファーがこの銃がたとえコールドガンだと思っていたとしても、自分に向けて撃てなどと言うはずはないので、ボールドウィンは故意に ハッチンス に向けて撃ったとしか思えない。完全にノーノーである。

もしもボールドウィンが1と2のどちらかだけでも守っていたらこの事故は起こらなかったのだということがお分かりいただけたと思う。

このような事件が起きる背景には二つの要素が考えられる。先ずボールドウィン自身がアンタイガンと言ってアメリカの憲法補正案第二条で保証されている一般市民が銃を所持する権利に大反対な活動家であるということ。銃砲所持の権利を信じているプロガンの人たちは、自分らが銃をしょっちゅう扱っているため、銃が人を殺すのではなく人が人を殺すのだということを弁えている。つまり銃は単なる道具であり、使い方次第で危険にもなれば安全にもなる。プロガンはその点を弁えているため銃の取り扱いには非常に神経質になるのだ。

しかし普段から銃は危ない危ないと言っているひとたちに限って、銃取り扱いに無頓着である。机の上に乗ってる銃が突然ひとりでに弾を打つなんてことはあり得ないが、実弾が入っている銃を人に向けたりしたら危ないのは当たり前だ。

第二に、これはアファーマティブアクションが問題だとする人がいる。実はこの映画の武器担当者は25歳のハンナ・グティレズ・リードさん(Hannah Gutierrez-Reed)。実はこの女性、映画はこれで二作目。しかも前作でも予告なしに銃を発砲して主役のニコラス・ケイジが怒ってセットから立ち去るという失態を犯している。

なぜこんな未経験な若い女性が高予算の大型映画で銃砲取り扱いの責任者になれたのか。彼女は父親がベテランの担当者だったというから、コネで雇われた可能性は大きい。だが、それ以上に彼女が女性であるということが決めてになっているようだ。

ハリウッドは最近、ディバーシティといって人種や性別で多様な人たちを配役及びスタッフに起用しなければならないという規則を作った。そのせいで経験も技術も伴わない人たちが、マイノリティー枠で雇われるというアファーマティブアクションが横行しているのである。そうでなければこんな若くて未経験な女性が単にコネがあるというだけで、こんな重要な責任を任せられるはずがない。

私は彼女が若い未経験な女性であることがこの事故が起きる大きな要素となっていると思う。これは完全に私の想像だが、こんなシーンが思い浮かぶ。

監督:(助監督に向かって)おい、銃はどうした、なんでアレックは銃をもってないんだ?

助監督:は、まだ銃のチェックが終わってないんで。

監督:さっさとやれよ、早く持ってこい!

助監督:はい、(ハンナに向かって)おい、なにもたもたやってんだよ、銃のチェックは終わったのかよ。

ハンナ:あ、いえ、その、、

助監督:これいいね、持ってくよ。

ハンナ:あ、それはまだチェックが、、

ハリウッドでは完全に新米。それに若くて女性。監督から命令うけてる助監督には逆らえないという気持ちが働いたとしても不思議ではない。もしもこれがハンナのお父さんのようなベテランなら、

担当者:うるせい、安全チェックが終わるまで待ってろと監督さんに言え。

助監督:これいいね、持ってくよ

担当者 :触るな!俺がいいって言うまで誰にも触らせねえ。それは俺の銃だ。チェックが終わったら俺が直接もっていくから待ってろと監督さんに言ってこい!

てな具合になったはずだ。経験豊富なその道のプロが言うことなら、監督もしぶしぶでも彼の言うことをきいたことだろう。何しろ安全にかかわることだから。しかし、未経験な若い女性の言うことを監督やその他のスタッフが聞いただろうか?いや、ちゃんと言えば聞いたかもしれないが、そこは若い女性、監督に怒鳴られるのが怖くて、ちゃんと言えなかったのかもしれない。

ハリウッドは表向きはどうでも、実はものすごい男尊女卑な社会。だからこそアファーマティブアクションなんてものが必要になったわけだが、それでも女性というだけで無能な人材を大事な部署に就ければ、こういう事故が起きるのは当たり前といえば当たり前である。現にこの現場では安全性が保たれていないとしてスタッフが一時ストライキを起こすという事件も起きていた。

前の職場でも失態をおこし、今回の現場でも色々苦情が出ていた人間を、そのまま雇っていたプロデューサーのボールドウィンにも非常な責任がある。


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白雪姫と人魚姫を黒人女優が演じるのはいいのか?白人が他人種演じた例なんていくらもあるじゃん!

ディズニーは同社のアニメ映画をどんどん実写化して金儲けを企んでいるが、なんかもう焼き直しばっかりでつまらないというのが私の感想。アニメの名作はそのままにしておいて、もっとオリジナルの映画を作ればいいのにと思うがリメイクの方が簡単で金になるという最近のディズニーの姿勢は怠慢すぎる。しかも、最新作の白雪姫と人魚姫のどちらも黒人が演じるという話を聞いて、もうやめてくれよと思った。映画界が「だいばあしてぃ」を重んじるのは解るが、なんでもかんでも有色人種にすればいいってもんじゃないだろう。それでも黒人が主役というオリジナルの作品を作るならまだしも、伝統的に白人キャラクターを無理やり黒人にやらせるのはいい加減やめてほしい。

これに関して、いや、ハリウッド映画では白人が有色人種の役を演じたことなんていくらもあるじゃないか。その時誰も文句など言わなかったのに、黒人が白人の役を演じたら文句をいうのは人種差別だあ!という意見もある。白人が異人種を演じてもいいのに黒人が白人役をやって何が悪い?という理屈はわからんでもないのだが、どうもしっくりこない。

そこで私は白人が異人種を演じた場合のパターンをいくつか考えてみた

1)白人がメイクなどで異人種に見えるようにして演じる場合

かなり古いところになるとワーナー・オランドによる中国人名探偵チャーリー・チャン(1940年代)、ジョン・ウエインのモンゴル人のジンギスカンやマーロン・ブランドやミッキー・ルーニーによる日本人役(1950年代)などがある。

古い映画だと、メイクアップの技術があまりよくないせいもあり、白人俳優はどうみてもその役柄の人種には見えない。なぜその人種の役者を起用しなかったのかといえば、単純に当時のハリウッドで少数民族で観客を惹きつけるだけの大物俳優は存在しなかったからだ。今と違って当時の社会はかなり人種差別がひどかったから、白人俳優でもイタリア出身だったりすると名前をイギリス風に変えたりしていたくらいだ。観客も大物俳優が出ていれば、その役柄が中国人だろうがモンゴル人だろうが大して気にはしていなかったのだろう。

もう少し後になると、イギリスの名優ピーター・セラーズ(1960年代)やアレック・ギネスがインド人を演じた(1980年代)こともあった。この二人の場合はメイクが物凄くよくて、特にギネスの場合、私は本当にインド人が演じていると思うくらいだった。二人とも演技が非常にうまいため、全く違和感を持たなかった。

2)有色人種のキャラクターが白人に書き換えられている場合

一番普通に起きるのは、キャラクターの人種は特に話に影響しないため、アメリカ観客に合わせてキャラクターの人種を台本の段階で書き換えるという場合だ。最近だとゴーストインザシェルのスカーレット・ジョンソンなどがこれにあたる。

この場合、主役が何人であろうと映画の筋に特に問題はないので、白人人気俳優を起用したい場合には理解出来るやり方だ。これがもしラストサムライに出てくる主要人物が全員白人とかだったらかなり問題だが。

白人が異人種を演じても問題なかったのか?

まず上記の1)のパターンはずっと昔の話だ。当時の観客が苦情を述べなかったから誰も違和感を持っていなかったのかと言えば多分そんなことはないだろう。特に中国系アメリカ人はこれらの映画をみて「ありゃどうみても中国人じゃないっしょ、あんなアクセントあり得ないし」とか思っていたことだろう。しかし、少なくともチャーリー・チャンの場合はチャーリー自身は白人男優だったが、彼の息子や娘役は東洋系俳優が演じていた。当時の映画で東洋系俳優が主要な役でハリウッド映画に出演すること自体が珍しかったので、あれはあれでかなり画期的なことだった。

それに、今もしこれらの映画を作ったとしたら、これらの役に東洋系俳優が起用されることは先ず間違いない。東洋人を実際に見たことのない人がほとんどだった当時のアメリカと、ごく普通に東洋人に接するようになった現代のアメリカとではまるで事情が違うからだ。

2)のパターンは、原作のキャラクターの人種が異人種でも映画のキャラクターは白人なので全く問題はない。

伝統をわざと破壊する配役

では何故白雪姫や人魚姫を異人種が演じることに違和感を覚えるのかというと、これらのキャラクターは何百年も世界的に親しまれてきたキャラクターであり、ディズニーによるオリジナルアニメ映画の成功により、多くの観客の頭のなかにこれらのお姫様たちのイメージが完全に出来上がってしまっているからだ。

ディズニーランドに行ってみれば、それぞれのキャラを演じるキャストさんたちも、アニメのイメージそっくりの人たちばかりである。東京ディズニーランドでも上海ディズニーランドでもキャストさんんたちはみなそれぞれのキャラクターに沿った人種の人が演じている。よしんば黒人キャストが白雪姫やアリエルの恰好をしたとしても、子供たちは絶対に彼女たちをそれぞれのお姫様たちとして受け入れることは出来ないだろう。

問題なのはこれらの役柄を黒人俳優が演じているということではなく、長年にわたって人々に親しまれてきたキャラクターのイメージをわざわざ破壊するような配役をしているということにある。もしもこれが全く新しいおとぎ話で、主役がどんな人なのか人々の頭のなかでイメージされていないキャラクターなら誰が演じようとかまわない。

聞いた話によると人魚姫のほうは元のデンマークではなく、キャラビアンを舞台にするらしいので、オリジナルアニメのイメージを完全に捨てて新しい映画として観る分には大丈夫かもしれない。だが白雪姫に限ってはお断りする。色が白くない白雪姫なんてありえないからだ。ついでに小人たちはNBAの選手たちにでも演じてもらえばいい。


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破局を迎えたハリウッドと中共のロマンス

本日中国に関するすごく興味深い記事を見つけた。それがこちらIs the China-Hollywood Romance Officially Over? – The Hollywood Reporter。なんとこれまであんなに中国共産党に迎合していたハリウッド映画界の中国離れが始まっているという記事。

この記事には書かれていないのだが、ちょっと前ハリウッドの映画俳優でプロレスのスターでもあるジョン・セナという男性が自分のインスタグラムで非常に屈辱的な謝罪動画を挙げたことは以前にも紹介した。ことの発端はセナがファスト&フィアリアスの第九段目の宣伝をしている際に、台湾が世界で最初に映画が公開になる国だと言ってしまい、それに中国が激怒したためセナが長年勉強していた北京語で謝罪を行ったのだ。しかしこの謝罪は無駄だった。F&Fの新映画は中国での興行成績は非常に悪かった。このことが示すのは、今時中国政府に迎合してみても、ハリウッド映画が中国でうまくいくという保証は全くないということだ。

この記事の冒頭で中国生まれでロンドンやアメリカで教育を受け、今はカリフォルニアに在住の中国人監督の話が載っている。この女性監督の名前はChloé Zhao赵婷、ノーマッドランドという映画で93回目オスカーで最優秀監督賞を受賞した人だ。Zhaoは昔のインタビューでこの映画は自分が中国に居た頃に窮屈な中国から逃れたいと思っていた時の気持ちを題材にしたと話していたが、ディズニーはその発言が中国共産党の怒りに触れるのではないかと昔のインタビュー記事からその部分を削除したが、元々の記事のアーカイブを発見した中国人五毛団によって暴露され、ノーマッドランドの中国公開に多大なる支障を来した。五毛達は諸外国で活躍する中国出身者の身元を洗いざらい調べることに余念がなく、すこしでも中国共産党に批判的な発言をした人間は叩きまくるのである。

中国にこれだけ媚びて来たにも拘わらず、中国市場は非常に気まぐれで、ちょっと気に入らないと大騒ぎ。これまでの努力など全く考慮にいれてくれない。こんな中国の我がままにハリウッドも最近付き合い切れないと思いだしたようだ。

私がよく見てる中国関係ユーチューバーの妙法さんは以前から、中国の莫大な購買力を狙って中国で商売を始めようとする企業は必ず中国企業との合同経営を強制されるが、最初のうちは結構優遇される外国企業も、しばらくすると中国側パートナーに技術をそっくりそのまま奪われたかと思うと、競争相手の企業が現れ市場をそっくりそのまま奪われて、結局自分たちは何の儲けもないまま撤退を余儀なくされる、という話を何度もしていた。

ハリウッド映画界もどうやら今やそういう状況にあるらしいのだ。

合衆国の映画界がCOVID-19蔓延から脱出しつつある中、トランプ政権の貿易戦争による影響も伴ってハリウッドと中国の関係は岐路に立たされている。中国のマルティプレックス劇場におけるアメリカの市場占有率は下降に向かっている。(病気蔓延前の2019年の中国におけるハリウッドの収益は前年度より2.7%も減った。これはここ何世代で初の出来事だった。)一方ハリウッドはアメリカ国内からも中国共産党に迎合している姿勢が批判されている。

業界内では、アメリカが中国において築いてきた地盤を守り通せれば幸運なほうで、これ以上市場を広げることは難しいのではないかという見方が強くなっている。

ハリウッド映画業界は長年に渡って中国との意味のある協力関係を築こうと努力してきたが、それは実現していない。なにせ中国は共産主義。自分らの国の利益以外は全く考えない。中国と外国との本当の意味でのジョイントベンチャーなどありえないのだ。外国企業はどれだけ努力しても中国国内の不公平な競争にはついていけない。賄賂を払ってハリウッドを中国共産主義の広報部に雇おうとしていた中国について、この記事を解説していたユーチューブのゲストスピーカーは「賄賂は払わなければ意味がないということを中国共産党は理解していないようだ」と皮肉たっぷりに言った。

一方アメリカ国内においても、ハリウッドのダブルスタンダードに対する批判が高まっている。ハリウッドは様々な人権問題についてお説教に余念がない。BLMだあLGBTQだあ反差別だあと騒いでおきながら、中国におけるウイグル人問題をハリウッドが黙認していることに気付いている人は大勢いる。特に武漢ウイルスのせいで全国中の映画館が閉まり多大なる痛手を負ったハリウッド内にも、中国を憎む感情は高まっている。そんな状況のなかでハリウッドはいつまでも中国の人権侵害を大目に見ているわけにはいかなくなっている。

さて、この記事について説明しているこのビデオ内で、解説者の男性が言うに、この記事を掲載したザ・ハリウッド・リポーターという雑誌は業界内の人が読む雑誌で、今後のハリウッドの傾向を示唆するものだという。こういう記事が掲載されたということは、ハリウッドには中国離れをしようという動きが出ている証拠だという。

ハリウッドは決して突然道徳観に目覚めたわけではない。ただ、このまま中国に迎合していても見返りは少ないということに気付き始めただけだ。それでもそれはいいことだ。中国なんかのためにアメリカ映画界が広報部を務める義理は全くないのだから。


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ハリウッド、中共の嘘を垂れ流すホワイトモンキーたち

読者諸氏はホワイトモンキーという言葉を聞いたことがあるだろうか。これはそれぞれ14~5年中国で暮らし、何年も現地でユーチューブ活動をし、今はカリフォルニアに移転して活動を続けているADVChinaチャンネルの二人が言っていた話だ。ホワイトモンキーとは中国において製品やサービスの宣伝のために、白人というだけで雇われる人たちのことをいう。もちろん日本でも西洋人モデルが化粧品や衣服などの宣伝に起用されることは多くあるので、それ自体はさほどどうということはない。しかし中国の場合、その起用のされ方がちょっと悪質なのである。

中国では国内製品に関する信用があまりない。それで自分らの製品が外国でも認められているとか、外国で開発されたものだとかいうことにした方が信用が高まる。それに中国人には白人に憧れる傾向がかなりある。そこで、中国に住んでいる全く何の関係もない白人男性を雇って「ハロー、私は○○会社の社長です」とやらせてCMに出すと言うわけ。また医者でもないのに白衣を着て病院内を歩き回り、あたかも外国人スタッフが居る整形病院などという宣伝や、教師でもないのに外語学校のプロモーションでライブショーに参加するなどといったものもある。ADVChinaのウィンストンも、そんな資格はまるでないのに、ちょっと強面なのが買われて黒スーツと黒メガネで中国人ビジネスマンの横に立ち、あたかもボディーガードであるかのような役をこなしたことがあると言っていた。

中国で外国人が出来る仕事というのは限られているため、結構高い日当を出してもらえれば白人たちは喜んでこういう仕事をするんだそうだ。

まあこの程度ならまだどうということはない。しかし最近では中国国内で中国共産党のプロパガンダをあたかも自分の意見であるかのように英語でユーチューブに発信する白人たちが増えてきた。彼らは中国に住む西洋人で中国大好きビデオを次から次へと発信する。また中国に関する批判などに関しても、それがどう間違っているのか詳細にわたり説明するのだ。

無論日本にも日本在住で日本の生活に関して発信しているユーチューバーはいくらでもいる。だが、彼らは日本政府にやとわれているわけでもJTBの広報部でもない。いわゆるJブロガーと言われる人たちのビデオを見ていると、日本の良い面も紹介するが、同じように悪い面も紹介している。だが中国のホワイトモンキーユーチューバーは絶対に中国の悪口は言わない。というより言えないのだ。

中国に言論の自由はない。中国共産党は常に面子を気にしている。だからユーチューブでも中国大好き、中国素晴らしい、というメッセージ以外は許さない。ホワイトモンキーたちは中共という猿回しの猿でしかない。中国全土を回る素晴らしいドキュメンタリーを制作したADVChinaの二人が中国に居られなくなったというのも、面の皮の薄い中共が彼らのチャンネルで中国社会における問題点を指摘されるのが許せなかったからだ。

ホワイトモンキーたちが本当に中国共産党のプロパガンダを信じているかどうかは分からない。しかし中国では中共の言いなりにさえなっていれば白人男性は結構楽な暮らしが出来る。酒も飯も女も安い。もともと自国で怪しげな暮らしをして住んでいられなくなったような男たちでも、中国でなら王様のような暮らしが出来る。毎日中共のプロパガンダを広めるだけで楽に暮らせるというならそれに越したことはない。もともと信念などない連中だ。

信念がないと言えば、最近ハリウッドの映画俳優が台湾を独立国だと発言して中国から大目玉を食い、中国語で謝罪動画を出すに至ったという話がある。

問題となったのはファスト&フィアリアス(迅速かつ猛烈の意味)というフランチャイズ映画の新作広報インタビューの際に、俳優でプロレスラーのジョン・セナが「映画封切りの最初の国は台湾」と言ってしまったことで、中国が激怒したことから始まる。同映画は中国市場を非常に大事にしていることでもあり、セナは即座に中国版SNSで北京語で平謝りの動画を出した。

中国で大人気のハリウッドスターがわざわざ北京語で謝罪をしたということは、中共にとっては素晴らしいPRになるが、アメリカにとっては屈辱極まりない。いかにハリウッドが中国の奴隷と化したかがわかるというものだ。

ところで台湾人はこの状況をどう見ているのだろうか。私が台湾人ならこの映画はボイコットするね。ま、最初からこんなくだらない映画観る気はないけど。(一作目は飛行機の中で観て爆睡した覚えがある。

今やハリウッドもホワイトモンキーと化したわけである。


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