またも出張中

多分読者諸君はお察しのことと思うが、最近更新が滞っているのは出張中だから。普段なら出張中の方がブログ更新はしやすいのだが今回の出張は毎日午前10時から夜10時までという勤務時間12時間強。ずっとコンピュータースクリーンをにらんだまま数字との戦いなのでホテルにもどったらモニターなんて見たくない。というわけでここしばらく私のエンターテイメントは視力を使わない聴力だけに限られている。
まるでテレビ時代前みたいにラジオかポッドキャストのみの生活をしているカカシなのだ。はっきり言ってインターネットがすべてビデオというのもいただけない。もっと音中心のラジオ番組をユーチューブなどで作ってくれないかなと思う。
明日は久しぶりに休みなので(先週末はずっと仕事だった!)ブログ更新が出来ることを願っている。フランスはニースでのテロ事件、トルコの軍事クーデターなど書きたいことは一杯あるんだけど、時間がないのだ!


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今更英語が上手とか言わないでよね!

このあいだ、ユーチューブでアメリカ人の男性が日本語で「トリセツ」の替え歌を歌っているのに出くわした。そのなかで、「『日本語上手ですね』とかありきたりのこと言わなくていいからね」という歌詞を聴いて笑ってしまった。(カカシ注:「トリセツ」というのは「取り扱い説明書」の略だったということは後になって知った。)
実はこの間、カカシの職場で私が同僚男性たちとだべっていたとき、私が言った何かの言葉を一人の男性が理解できず、「え?なにそれ?」と聞き返してきた。私が何回か言いなおしてやっと解ってもらえたのだが、そこに居た別の同僚が「仕方ないよ、カカシは英語は母国語じゃないんだから。」と言った。かちんときた私は「私が外人だから英語が下手だっていいたいわけ?」というと、彼は「侮辱の意味で言ったんじゃないよ。外人の割りには英語がうまいって褒めてるのさ。」と返してきた。
「バカにするな、私はあんたらが生まれる前から英語しゃべってんだよ、いまさら英語がうまいとかいわないでよね!」
とぶち切れてしまった。もっとも彼らはそれほど若くはなかったのでこれは正しくないが。特に私を侮辱した男は私と同年代。この話を横できいていた若い後輩が「僕は30歳ですけど、僕が生まれる前から英語しゃべってましたか?」ときいてきた。「30歳ね。うん、そうだね」
カカシがアメリカに移住したのは1981年だから、その時から英語を話しているとしたら35年だ。それで英語が話せなかったらそれこそ恥かしいだろう。そういう人間に「英語がお上手ですね。」なんて言ったら、それは褒め言葉ではなくかえって侮辱だ。普通に英語を話しているアメリカ人に誰も「あなた英語がうまいですね。」なんていわないだろう。そういわなければならないということは、私はアメリカ人ほど英語がうまくないという意味にとれる。もっとも私がネイティブスピーカーでないことはその発音の悪さから明白なので仕方ないのかもしれないが。
他のユーチューブで、日本語を流暢に話しているボビーというアメリカ人男性が外国人にしないでほしい三つの項目を挙げていた。その項目は別に日本にいる外国人だけでなく、どこの国にいる外国人にとってもあてはまることだ。
外国人にしてはならない三つの項目。
1) 外国人の訛りを真似すること。本人は一生懸命訛らずにしゃべろうとしているのに、その訛りを真似されたらいい気持ちはしない。訛ろうと思ってしゃべってる外国人などいないので、真似されたら馬鹿にされたとしか取れない。ボビーはどこかのお店で「こんにちは~」と言って入ったら「オーコンニーチワ」とか言われて買う気を失くしたという例を挙げている。外国人は自分の発音の悪さを自覚している人が多いから、これはまさしくノーノーだな。
2) 外国人を適当な名前で呼ぶこと。ボビーは町を歩いているときに、知らない人から「ジョニー」とか「マイケル」とか話かけられることがあるという。アメリカ人だからアメリカ人の名前なら何でもいいという変な考えがあるらしい。カカシもよくカカシの日本語名を覚えられない人から「スシ」とか「サシミ」とか呼ばれることがある(笑)。ま、スキヤキよりはましかなと笑ってすましているが。
3) 外国人が母国人と一緒にいるとき、外国人と目をあわせず母国人とだけ話す態度。たとえ外国人がこちらの母国語を話せないとしても、一緒に居るのに完全無視するのは失礼。わからなくても相手の目を見て会話に加えるよう努力すべき。これについては日本のレストランで数人の外国人に見える日本人がちゃんと日本語で話しているのにウエイトレスから完全無視されて、ウエイトレスが日本語のわからない東洋人の女性にばかり話しかけるというたおもしろいビデオがあった。アメリカ人から英語が下手で無視されたという体験はないが、メキシコ人からはスペイン語がはなせずにまるで無視された体験がある。言葉が出来ないからって、まるで透明人間みたいな扱いを受けるのはいい気がしない。
これは外国人に対してというより単なる常識と礼儀の問題だと思う。


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中国人の行儀の悪さに閉口する日本、、日本人も行儀悪かったんだけどね、、

カカシ注:このエントリーは昔の日本人が今の中国人観光客と同レベルで行儀が悪かったという意味で書いたのではない。私の意図は日本人が短い間にものすごく民度が上がったと言いたかっただけ。中国人観光客の行儀の悪さは世界中にも稀にみるひどさなので、旅行慣れしていなかっただけの昔の日本人とは比べられないのは承知のうえである。
去年日本に里帰りした際、銀座とか浅草とか、大勢の中国人観光客が居るのをみて驚いた。電車の案内など地方によっては英語より先に中国語と韓国語の案内が入るところもあり、一昔前なら考えられないことだなと感じた。しかし中国人観光客が増えると、その行儀の悪さも目につくようになり、観光地の地元民はかなり迷惑を被っているようだ。
ユーチューブなどでその中国人の行儀の悪さについて特集している番組を幾つか観たのだが、確かに彼らの行為は非常に下品で民度の低さをあらわしているように見えるが、実は日本人もそう遠くない昔、同じようなことをして海外で顰蹙を買ったものである。中国人の行為に目をひそめる日本人は、それだけ短い間に民度が上がったんだなと外部から見ているカカシには思えるのだ。
こんな話をするとカカシの年がばれるが、と、もうばれてるが、、1960年代の高度成長期、日本では土地成金という言葉が流行った。その昔は広大な土地を持っていることは日本では何の価値もなかったのだが、1960年代頃から百姓をやって貧乏しているより土地を売ったほうが大もうけになる時代が来た。それで、それまで海外旅行は愚か近所の温泉旅行すらろくろくしていなかった、いわゆる田舎もんが海外にどっと団体で出かけていったのである。当時の農協さん団体がその言い例である。
決して当時の人々をバカにするわけではないが、日本の慣例と特に欧米の慣例は全く違う。今でこそ西洋風なマナーが日本でも普通になったが、当時は様式トイレなんぞ見たこともない人が結構居た。西洋のホテルで排水溝のない湯船の外で身体を洗って下の階の部屋を水浸しにしたり、部屋の外で寝巻きやスリッパで歩き回って顰蹙を買ったり、外では誰彼かまわず許可もなく写真を撮りまくったり、白人女性の身体に障ったり、きちんと列に並ばずに物を買おうとしたり、、
当時は諸外国で「日本人観光客」というと黒縁めがねに大型カメラをつけた背広姿の東洋人のイメージがかなりあった。
日本には「旅の恥はかき捨て」という言葉もあるとおり、日本人の海外での行儀の悪さは悪名が高く、私などはアメリカで日本人観光客団体と出くわすたび、日本人ではありませんという振りをして彼らを避けていた。一緒に居たミスター苺が言葉がわからず困っている日本人をみかねて「助けてやれよ、同胞だろう」というと「関係ない、一緒にしないで!」と逃げていたくらいだ。
海外まで行かなくても、今や歩きタバコやポイ捨てが禁止されるところが増えた日本だが、私が日本に居た頃はそんなことは普通だった。また男性がところかまわず痰を吐くのも1980年代中ごろまではごくごく普通で、私は買ったばかりのパンプスに痰を吐きかけられそうになって「きたな~い」と男をにらんだことがある。
所かまわず排便排尿というのも、ま、中国人観光客ほどひどくはないが、カカシが育った田舎では、子供たちが農地や空き地で遊んでいるときは普通に外でやっていた。小さい女の子のお守りをしていたとき、女の子の両足を抱えて、「はい、おしっこ、し~」とやらせた記憶がある。都会の大通りとか多くの人が通っているところではさすがに遠慮したが、夜の路地裏とかだったら、酔っ払いのおじさんたちの立ちションは珍しくなかった。
いまでこそ、日本の道や海岸はきれいだとアメリカ人の同僚から言われるが、私が居たころの観光地はひどいもんだった。海岸なんてごみだらけで足の踏み場もないくらいだった。お弁当の紙とかコーラ瓶とかあちこちにちらばっていた。
そんな日本人の態度が変わったのはバブル期に日本人がどっと海外に進出した頃だと思う。その頃になると観光ではなく長期的に海外に駐留する日本人が増えたことで、物見遊山の「旅の恥は掻き捨て」気分で居ることができなくなったからかもしれない。
日本人のいいところは学習力のあるところだ。観光にしろ海外駐留にしろ、欧米など海外に出ていいところは持ってかえって日本でも取り入れる。悪いところは切り捨てる。それを極端にすばやくやってしまうところが日本のすごいところだなと私は思うのだ。
カカシは日本へは数年ごとにしか帰国しないので、その変化の凄まじさを肌で感じる。道が綺麗になったことや、タバコの煙で蔓延していた喫茶店が消えて健康的なスタバやシアトルスベストのようなコーヒースタンドが増えたことや、小さな雑貨店がコンビニに変わったり、近所の薬屋さんが大型ドラッグストアに変わった様子など、ここ2~3十年の変化は目を見張るものがある。
日本人が中国人観光客の行儀の悪さに気がつくのは、それだけ日本の民度が上がったという証拠だろう。
ところで不思議に思うのは、私は中華が好きなので近所の中華街にはしょっちゅう行くが、中国人が団体でギャーギャー騒いでいる姿は見たことがない。中華街は他の地域よりかえって清潔できれいだ。
中国にも「旅の恥はかき捨て」という観念があるのかもしれない。


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アメリカ人でも困惑するホテルのチップ色々

拙ブログを検索でたどってくる人の多くが、私が昔書いた「ケチるとひどい目にあう、ホテルのチップ」を読んでいることをに気づいた。ホテルのチップで検索してたどり着いた人が多いらしい。で、そういう検索でアドバイスをしている人の意見を色々読んでみたが、長年アメリカ国内で長期出張を繰り返しているカカシからみても、「そうかなあ?」という意見もかなりあるので、ここでちょっとその話をしてみたいと思う。
ホテルのチップで検索して第一にぶち当たるサイトがこちら、チップの誤った常識という記事。アメリカの一流ホテルで10年間日本人マネージャーをしていたとかいう人が書いたもの。チップをもらう立場の人からの作文だから私としてはそうかなあ、と思うことが結構ある。たとえば、スーツケース3つ、買い物袋2つの荷物をベルマンに運んでもらった日本人がチップを2ドルしか払わなかったという例をあげて、

ベルマンには、荷物1つにつき2ドルを、ドアマンには、1人につき1ドル50セントを払う。端数がでる場合には切り上げる。これがチップのおおよその相場だ。荷物が5つあれば、ベルマンには10ドル。2人でタクシーに乗るのであれば、ドアマンには3ドルを払うことになる。

と説明されている。確かに荷物を5個預けてチップが2ドルは少なすぎる。著者がいうように非常識というのはわかるが、荷物ひとつに付き2ドルはちょっと多いのでは?ま、著者の勤めていたプラザホテルのような一流ホテルになるとそうなのかもしれない。カカシが泊まるビジネスホテルにはベルマンが居ないことも多いからそんな心配は必要ない(自分で持っていくためのカートを貸してくれるホテルは結構ある)。私の場合は荷物ひとつにつき1ドルとしている。ドアマンの1ドル50セントはまあまあかもな。でもタクシーに乗る人の数が増えるとチップも増えるというのは何か不思議。
ところで日本人はチップを払わないという評判がアメリカでは定着しているので、日本人がよくいくハワイのレストランなどではチップが最初からお勘定に加算されていることがある。合計に15%足して払う習慣のある我々は誤ってチップを二度払いするはめになるので要注意である。これについても記事の著者は、、

「勘定書きの中にチップの15%が書かれていた。失礼じゃないか!」こんな苦情を受けることがある。私は「計算する手間が省けるじゃないですか。いずれにせよ、チップとして、15%を払わなくてはならないのだから。」と、言いたくなる。
「チップはよいサービスをしてくれたことへの褒章だから、期待に見合ったサービスが受けられなかった場合には、少なくて良い。」という、誤った常識を持っている日本人が多くいる。ここアメリカでは、チップは労働賃金の一部であり、15~20%は彼等が受け取る当然の権利だ。だから、個人の主観で金額を変えてはいけない。チップを受け取る部署で働く従業員は、その分、給料が低くなっている。彼等の家計を支える主たる収入はチップなのだ。もしサービスに不満があり、チップを払いたくないのなら、チップの額を減らすのではなく、マネージャーに苦情をあげるべきだ。さもないと、日本人はチップの支払が少ないからということで、益々、勘定書きにチップの額が書かれることになる。

私はこの意見にはまるで賛成できない。チップは当然もらえる権利ではない。お客さんが言うように『よいサービスをしてくれたことへの褒章期待に見合ったサービスが受けられなかった場合には、少なくて良い。』というのは「誤った常識」ではない。
余談だが、最近アメリカでは最低賃金を生活賃金といって値上げをする州が増えており、ホテルのハウスキーパーの時給も昔から比べたらかなり上がった。なので、「チップは労働賃金の一部だから、、、15~20%は、、当然の権利」という常識は成り立たなくなってきた。
私はレストランでは普通20%のチップを払うことにしているが、15%のチップがすでに加算されていた場合そしてそれをウエイトレスがきちんと説明しなかった場合には15%以上のチップを払わないことにしている。もしサービスが気に入らなければ10%に下げる場合もある。サービスが良くウエイトレスがきちんと「15%のサービス料が含まれて居ます」と説明してくれれば20%に引き上げることもある。
ところで彼の計算でいくとホテルの宿泊料が一晩250ドルだったら、その15%にあたるチップの代金は一晩37ドル?え~たか~い!そんなチップ払ったことナイ!一流ホテルってのはそういうものか?やっぱ下々の者には理解できないね。最近ハワイのワイキキなどではリゾート料金とかいって20ドルから30ドルが宿泊料に加算されるので、250ドルの宿泊代といっても結果的には280ドル。それにチップも加えたら基本料金は250のはずが317ドルになる計算?これに駐車料を加えたら350を越してしまう。うわっ高い!
カカシが泊まるビジネスホテルでは、ハウスキーパーへのチップは一晩1ドルから2ドルが相場。私個人としては掃除が行き届いていなかったりコーヒーが置いていなかったりしたら払わないこともある。ただ、長期の場合、チップをけちるとサービスも低下するから時々チップを多く置いて「もっとタオルをください」とか「バスルームを汚したので特別の掃除をお願いします」とかメモを書いたりする。普通にやるべき仕事をしてもらうのにチップを大目に置くというのも変な話なのだが、長期滞在するつもりならそのへんの調整は大切。
ところで別のサイトでハウスキーパーへのチップは払うべきかという質問に、「置く必要はありません。日本人の悪しき習慣です。」ときっぱり書いた人が居る。「チップが必要な場合は何か、特別な注文をして手間かけた」時に限り、普通に掃除やベッドメイキングのをしてもらうのは当然の仕事だからチップはいらないというのだ。「因みに、私は一回も枕銭や置きチップをしたことありません。
置かなかったことにより、嫌がらせを受けたこととかは、今まで一度もありませんよ。」とのことである。そうかなあ、気がつかないところで復讐をされてると思うよ、きっと。
実は我がミスター苺もハウスキーパーにはチップを置かない主義。でも彼はカカシのように長期出張するわけではないし、同じホテルに何度も戻ってくるという可能性もないからそれでもいいのかもしれない。彼いわく、チップはその施設に(ホテルにしろレストランにしろ)今後どのくらい行く可能性があるかで決まるという。今後もお世話になる可能性があるなら、チップは弾んでおいたほうが何かのときに融通が利くからである。これは本当の話。
たとえば、ホテルの予約をドタキャンするとキャンセル料金を取られるが、普段からホテルとよい関係にあれば料金を帳消しにしてもらえたり、満室なのに部屋を用意してくれたり、何も言わなくてもアップグレードしてくれたりといったサービスを得られる可能性がある。またラウンジなどへゲストを連れて行った場合、本来ならゲスト料金を取られるところを無料にしてもらったり。同じドリンクを頼んでも量を増やしてくれたりといったサービスが得られる。
ところで最近アメリカでは、レストランというよりファーストフードみたいなお店でもレジのところにチップ瓶が置いてあるところがある。特にスタバのような専門店にそういうところが多くなった。まだマクドなどでは見られないが。カカシの常識としては、お客が自分で飲み物や食べ物を頼んで自分で席まで運ぶ場合、給仕の必要がないからチップは要らないはずという考え。そうでないとどんな場所に買い物に行ってもチップを払うことになり意味がなくなる。
給仕が居ないという点で、ホテルの朝食などブフェ形式になっているところでのチップはどうするかという疑問がわく。ブフェ形式とは日本語でいうバイキング。要するに食品がずらっと並んでいて自分で好きなものを取って食べる形式だから、ウエイトレスにものを注文する必要はない。それでもチップは必要なのかどうか、このへんカカシにはちょっと疑問なのだ。私個人の目安としては、ホステスが居て席に案内してくれるような場所で、ウエイトレスがコーヒーやジュースを持ってきてくれ、給仕の人が汚い皿を取り替えてくれたりする、といったサービスを受けられるのであれば$1くらいのチップを払う。オムレツなどを作ってくれる人が居た場合にはその人にまた$1ドルはらう。サービスが特によければ$2ドルくらい置くこともある。座っても飲み物のオーダーもききにこないようならチップはなし。
ビジネスホテルだと朝食はついていても、すべてセルフサービスのところもある。そういうところではチップはまるで要らない。が、これも長期滞在するなら朝食に携わっている従業員に時々チップをあげてもいいだろう。これは個人の自由だと思うね。
チップのなかでもカカシが一番嫌いなのが車を駐車場から出し入れしてくれるバレエパーカーにあげるチップ。セルフパークの場合はいいが、ハワイなどバレエパーキングしかないホテルも多い。それにセルフでもバレエでもそれほど料金が変わらないところも多く、狭くるしい駐車場を毎晩空いてる場所を探してぐるぐる回る手間を考えたらバレエのほうがずっと便利。しかしバレエパーカーへのチップは一回1ドルが相場だと同僚たちは言うが、毎日最低二回はバレエのお世話になるわけだから最低$2ドルは必要なわけで、荷物の乗り降りを手伝ってもらったらこれにもかばんひとつにあたり$1ドルというのも常識らしいから、車に乗り降りするだけで毎日$2ドルから$4ドルのチップである。前にも書いたがカカシはチップを出張経費として差し引けないので自腹である。バレエだといちにち30ドルから40ドルが普通なので、それを払っているのにさらにチップというのも変な話だよなあ。
というわけで、ホテルに泊まったらチップを払う場所はいくらでもある。その度ごとにチップをはずむと意外な出費になるので気をつけなければならない。カカシなんぞ一ドル札がなくなると部屋に「睡眠中です」のサインを下げてサービスを断ることもある。同僚からは「けち臭い」とけなされるが、、、


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おせちを巡って今年も夫婦喧嘩

「一月一日は何を食べるの?」とミスター苺がいう。「おせちにきまってるでしょうが。」とカカシ。「え?おせちだけ一日食べるの?」ここでカッときた私がいう。「あんたが作れって言うから二日間台所にたちっぱなしで作ったんでしょうが、正月三が日は料理しないからね、おせちだけ食べて満足しろ~!食べないんだったらもう作んないからね!」
というのが苺畑家毎年恒例年末の夫婦喧嘩である。
日本時間の皆様、新年明けましておめでとうございます。2016年は苺畑よりブログを始めて十周年記念の年となりました。わ、すごい! 今年も皆様のご愛読にふさわしい内容のブログを書いて行きたいと存じます。是非よろしく。
新年早々夫婦喧嘩の話をして申し訳ない。苺畑家では毎年おせち料理をきちんと御重で三段作るのが伝統となっている。毎年年末になると面倒くさがりのカカシが「どうせ二人きりでちょっとしか食べないんだからセットで買っちゃおうよ。」というのを「駄目だよ、お前が作るおせちを食べるのが楽しみなんだから。」というミスター苺にせかされてしっかり作っているのだが、いざ作ると量が多すぎて食べきれないのが常。それで毎年上記のような喧嘩になってしまうわけ。ま、おせちなんて毎日食べたら飽きるからミスター苺にも一理あるんだけどね。
苺畑家におけるおせちに関する話をブログを始めたばかりの2006年の年末に書いていたので、繰り返すのもなんなので添付しよう。
皆様、よいお年を!
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December 29, 2006
おせち料理に見る日本人の心

本日ミスター苺と一緒に色々なスーパーを飛び回っておせち料理の材料を集めて参りました。
え、カカシさん、おせちなんて作るの? と言われそうだが、実は作るのです!
アメリカに移住してから私は日本を恋しいと思ったことはほとんどないのだが、お正月だけはどうしても日本風のお祝いをしたくなる。12月になると年末の慌ただしい商店街とか、町内会で父が先導してやっていた餅付きなどがなつかしくてたまらなくなる。日本にいる時は一瞥もくれなかったおせち料理も自分では食べなくても食卓に並ばないとどうも正月気分にならない。それで私はロサンゼルスのリトル東京にある日本食スーパーに行って出来合いの御節料理を買い込んでは、自分では食べきれずに日本人の女友達と一緒に豆きんとんを食べながらおとそを飲んだりしていた。
しかし、私がおせちに興味を持ちはじめたのは日本のバブルが弾けた後の1990年代初期の頃だった。当時は南カリフォルニアに住む日本人の数が激減し、世界中に手を広げていたヤオハンなどが店を閉めてしまい、ほかの店が開いた頃だった。
そんなある年の暮れ、私は小東京にあるちいさなスーパーに買い物に行ったのだが、どこにもおせち料理がおいてない。店員をしていた日系の若い男の子に「おせちはどこにあるの?」と聞くと「え? おせち? なにそれ?」と聞き返してくる。ショックを受けた私は「あんたそれでも日本人?」というと「ボク、アメリカジン」と日本語で言い返されてしまった。ううう、、、(涙)
小さい店だからないのだろうと気を取り直して、おおきな日本食スーパーへ足を運んだがそこでもうってない。かろうじて日本語のわかる店員にきくと早めにだしても腐るから30日まで売り出さないという。「だっておせち料理を作る人は一週間前から料理をはじめるのに、30日まで材料が買えなかったら待ちあわないでしょうに」というと「今時つくるひとなんかいないでしょう」といわれてしまった。
仕方なく30日に買い物をしたが、需要が少ないため供給もすくなくその値段の馬鹿高かったこと!一万円くらいの予算ではおつまみ程度のものしか買えない。しかもどうせ自分だけで食べるのだからとちょっとだけ買ったおせちをミスター苺に味見させたのが悪かった。おせち料理に魅せられたミスター苺は私の買った少量のおせちをたった一回の食事で平らげてしまったのだ。
これでは正月がくる度におせち料理で破産してしまう。仕方ないのでせめてミスター苺のすきな栗きんとんだけでも自分で作ろうと思い立ったのが、苺畑家のおせち料理伝統の始まりである。
しかしこれが思った以上に大変だった。実家でも忙しい母はおせち料理などつくらなかったので、おせちの作り方などカカシは全く知らなかった。くりきんとんの作り方など母はおろか日本人の友達や親戚に聞きまくったが誰もしらず、友達の友達という人から聞いてやっとわかったことがある。
ひとつでも自分で作ってみると、欲が出てきて、その後はどうせならすべて自分で作ってみようという気になり、料理の本を買い込んだり友達とレシピの交換をしたりして自分なりにおせちは三重の箱をきちんとうめられるくらいに腕があがった。
ところでここ数年気が付いたことがある。一時期は30日までおせち料理を出さなかった店で25日頃からおせち料理がおかれるようになったのだ。しかも、出来合いのものばかりではなく、おせち料理を作るのに必要な材料がおせちコーナーとしてもうけられた場所で大量に売られるようになったのである。日本ではどうなのかわからないが、ロサンゼルス界隈では自分でおせちを作ろうという日本人が増えたようだ。
数年前までは栗の甘露煮や練りごまをみつけるのに一苦労したものだが、いまやくちなしの実(くりきんとんを黄色く染める)などがきちんと売られていた。外国にいるとお正月が恋しくなるのはどうやら私ひとりではないようだ。


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更新滞っております

読者の皆様、ご無沙汰でございます。長期の出張でiPadしか持ってこず、ブログエントリーがちゃんと出来ませんでした。今週から再開する予定です。キーボードがないと日本語がないと打てないのです。一本指のタイプってまるで駄目だあ。


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アメリカ独特の休日、感謝祭がおざなりにされるのは何故か?

本日11月最後の木曜日(11・26)はアメリカは感謝祭で祭日である。常に木曜日が休みになるので、金曜日も休みを取って四日連休にする人が多い。感謝祭は日本で言ったらお盆のようなもので、各地に散らばっている家族が実家に帰省する日でもあるので、前日の水曜日は一年でも非常に交通機関が混雑する日でもある。
しかしこのアメリカ特有の祭日である感謝祭は12月のクリスマスが近いこともあっておざなりにされることが多い。特にショッピングモールとかラジオ局とか、11日のベテランズデイ(軍人の日)を境にクリスマスムードに染まってしまう傾向がある。わが町の野外モールもすでにクリスマスツリーに明かりが灯っているし、クリスマス音楽ががんがん鳴っている。まだ感謝祭も終わっていないのに、やりすぎだ!と腹を立てているのは私だけなのだろうか?
どうしてクリスマスはあんなに大騒ぎなのに感謝祭は無視されるんだろう、とミスター苺と話ていたら、ミスター苺にはちょっとした説があるという。それは、感謝祭はアメリカ特有の宗教的なお祭りであることに問題があるのではないかというのだ。
では感謝祭とはいったい何に感謝する日なのかといえば日本語版ウイキペディアによると、、

感謝祭は、イギリスからマサチューセッツ州のプリマス植民地に移住したピルグリム・ファーザーズの最初の収穫を記念する行事であると一般的に信じられている。ピルグリムがプリマスに到着した1620年の冬は大変厳しく、大勢の死者を出したが、翌年、近隣に居住していたインディアンのワンパノアグ族からトウモロコシなどの新大陸での作物の栽培知識の教授を得て生き延びられた。1621年の秋は、特に収穫が多かったので、ピルグリムファーザーズはワンパノアグ族を招待して、神の恵みに感謝して共にご馳走をいただいたことが始まりであるとされる。イギリス人の入植者もワンパノアグ族も秋の収穫を祝う伝統を持っていて、この年のこの出来事は特に感謝祭と位置づけられてはいなかった。プリマス植民地で最初に祝われた1623年の感謝祭は食事会というよりもどちらかというと教会で礼拝を行って、神に感謝を捧げる宗教的な意味合いが強かった。

先ずアメリカの左翼リベラルの間では、イギリスからの入植者たちがアメリカインディアンを虐待したという観念が強いため、イギリス入植者が地元インディアンの援助を感謝して食事会に招待したなんて美談は許せない。また、収穫を神に感謝するという宗教じみた伝統も忌み嫌う。そしてこの祭日が世界的なものではなく、アメリカ特有のお祭りであることも国際派の左翼リベラルには我慢がならないというわけ。
アメリカ主流メディアはこうした左翼リベラルに牛耳られているため、やたらにアメリカを象徴する祭日は虐げられる傾向にある。今やクリスマス装飾いっぱいのわが町のモールでも、7月の独立記念日を象徴する装飾は一切なかった。私はモールの事務所で働く従業員に独立記念日の装飾はしないのかと聞いたら「しません!」ときっぱり言われてしまった。アメリカ国旗は非アメリカ人を差別するものだとか騒ぐ連中もいて、だったらなんでアメリカに住んでるんだよ、といいたくなることが多くある。
しかしながら、左翼リベラル連中が無視しても、一般アメリカ人は感謝祭を無視しない。感謝祭特有の料理を作る家族は多いので、この時期の商店は買い物客でごった返す。自分で作らなくても感謝祭料理を外注する客や多いから、この時期の商売を無視するのは商人としては失格である。
カカシが好きで見ているダンシングウィズザスターズ(DWTS)というダンサーではない芸能人がプロダンサーと踊って競い合う番組(日本でもシャルウイダンスといって何年か前に放映された)の今シーズンの最終回も感謝祭間際だったのにクリスマス一色に染まっていた。しかしながら、決勝戦に残った三組のうちの一人は、三ヶ月前にパリの高速列車の中でテロリストを友人と他の乗客数人と協力して取り押さえたオレゴン州兵アレック・スカーラトスだ。正直いって彼は決勝に残ったほかの二人に比べて技術の面ではかなり劣るのだが、重武装したテロリストを素手で取り押さえた英雄ということもあるし、まったくすれてない典型的なアメリカ人好青年という感じがして私は非常に良い印象を持った。この番組は審査員の評点と視聴者の投票で勝ち負けが決まるので、今シーズンが始まった当初から私はアレックは絶対に決勝に残ると予測していた。案の定、アレックは視聴者から非常な人気があったようである。そうでなければ他にいくらでも踊りのうまい芸能人がどんどん落とされていくのに彼が生き残った説明がつかない。
左翼リベラル連中がいくら嫌がっても、アメリカ人はアメリカたることを恥じてはいない。アメリカというすばらしい国に住み、その恩恵を受けている我々は、本日の感謝祭、心から神に感謝の意を示そうではないか。
おまけ:ちなみに今シーズンのDWTSの優勝者は誰あろうカカシが大ファンだったクロコダイル鰐ハンターで今は亡きスティーブ・アーウィンの愛娘ビンディ。女の子だがお父さんそっくりの人柄で、とっても可愛い。踊りも抜群にうまかった。


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なんでいつもユダヤ人ってことになるんだろう?

明日胃の検診があるんで、今日は一日断食しているカカシである。まだ朝9時なのにお腹すいたなあ。月曜日を検診の日にしたのは前日に色々用意することがあったからで、断食もそのひとつなのだが、仕事しながらでは出来ないこともあるからである。ま、そんなことはどうでもいいのだが、本日は外出も不可能なのでネットサーフを色々していたら、ヨーロッパの移民問題とかフェミニズムなどで、結構意見が合うブログを見つけた。黒木頼景( くろき よりかげ )という人が書いている「無敵の太陽」というサイト。
アメリカの保守派とはなんぞやという興味深い記事に惹かれて読んでみたのだが、どうもこの人反ユダヤ偏見丸出しで、何の話をしていても最後には「ユダヤ人の陰謀」ってな話に収まってしまうのである。ヨーロッパの移民問題もユダヤ人の陰謀、フェミニズムもユダヤ人の陰謀、米保守派の分裂もネオコン(ユダヤ人)の陰謀、ハリウッドはユダヤ人に牛耳られてる~!
他のことでは完全にまともなことを言っているひとが、どうして最後にはユダヤ人の陰謀とかって話になってしまうのか、私には不思議でしょうがない。
元々ユダヤ民族はどこの国でも嫌われる存在にあった。歴史的にそういう運命を背負った民族なのだ。近年欧米では多文化主義などでユダヤ人差別はよくないということで表向きはユダヤ差別はあまりなかった。特に第二次世界大戦中ナチスドイツによるユダヤ人虐待がひどかったことから、ナチスと一緒にされたくない欧州の人々はあからさまなユダヤ人差別は避けてきた。
しかし最近になって、イスラム教圏の勢力が旺盛になってくると、反ユダヤ感情をあからさまに出す人が多くなってきた。イスラエルとパレスチナの問題では国連は常にアラブ人の味方をしイスラエルを一方的に悪者扱いする。主流メディアの報道も、パレスチナから何千と飛んでくるスカッドミサイルの応戦をしているだけのイスラエルに対して過剰防衛だと批判する。最近頻発しているアラブ人が包丁振り回してユダヤ人を殺している事件にしたって、悪いのはユダヤ人といわんばかりの報道。挙句の果てにユダヤ教の神殿テンプルマウントは元々アラブ人のものだったなどと言い出す始末。
私が怖いなと思うのは、今ヨーロッパで起きている反移民運動がモスレム移民を追い出すのと同時に、その嫌悪感が何世代もヨーロッパに居住し完全に融和しているユダヤ教徒にも向けられるのではないかということだ。ユダヤ人は反移民運動に協力してモスレム移民を追い出したいかもしれないが、17世紀にもヨーロッパに侵攻したアラブ人を地元民と一緒に追い出した直後にヨーロッパから追放された歴史を持つユダヤ民族。今回も同じようなことが起きる可能性は大である。特に黒木のようにヨーロッパの行きすぎな移民受け入れ政策はユダヤ人の陰謀だなどと言い出す人間が居たのではイスラム排斥と同時にユダヤ排斥につながるのは自然な成り行きだ。
ところでアメリカの保守派のなかでネオコンサーバティブ(新保守)と呼ばれる人たちが居るが、ネオコン=ユダヤ系と位置づける人が多いのはちょっといただけない。ネオコンというのは元々リベラルで民主党支持だった人たちが、1980年代、ロナルド・レーガン大統領の思想に感化されて共和党支持に変わった人たちを指した。無論現在のネオコンはすでにレーガン世代ではないから、そういう定義には当てはまらない人も多い。ミスター苺に言わせると、ネオコンは感情的にはリベラルだが結論的に保守に収まる人と定義している。理屈で保守的思想に収まる人々との違いはこの思考過程にあるというのがミスター苺の見解。
黒木はアメリカとイスラエルの同盟についてかなり批判的である。湾岸戦争もイラク・アフガン戦争もユダヤロビーの陰謀であるかのような言い方だ。孤立主義の米保守派にはそういうことを言う人が多いのは事実。だが、イスラエルにかこつけて、単なる自分らのユダヤ人種差別意識を正当化する口実に使う人が多いのも事実。
皮肉なことに超リベラルや左翼の間でのユダヤ人嫌いは全く普通。オバマ大統領はじめ、民主党大統領候補のひとりヒラリー・クリントンのユダヤ人嫌いは悪名高い。
だからユダヤ人は保守派からも左翼リベラルからも嫌われるといういつもながらのシナリオになるわけ。反モスレム運動をくりかえしているパメラ・ゲラーが嫌われるのも彼女が反モスレムだからというだけでなく、彼女がばりばりのユダヤ系だからといってもまるで差し支えないだろう。
カカシは大昔からユダヤ人嫌いの人種差別には大きな疑問を持っていた。我が父などもイスラエルはユダヤ人が捨てた国で、何世紀も経ってからアラブ人から奪い取ったりするから問題が起きるのだ、などとアラブ人が広めた嘘八百を信じ込んでいた。にも関わらず、私がユダヤ嫌いにならなかったのは元々私が人種差別が嫌いだったのと、私が10代のときに起きたミュンヘンオリンピックでのモスレムテロリストによるイスラエル選手たちの惨殺事件。ユダヤ嫌いなオリンピック協議会は一日も競技を休まず、まるで何事もなかったかのようにオリンピックは進められた。惨殺されたイスラエル選手たちへの黙祷すらなかった。あの時私はいかに世界中がイスラエルをユダヤ民族を忌み嫌っているかを知り、ものすごい憤りを覚えた。同時に世界を敵に回しても堂々と独立国を作ったユダヤ民族に尊敬の念も抱いた。カカシのユダヤ民族びいきはここから始まる。
アメリカとイスラエルの同盟は世界平和には欠かせない条件だと私は信じている。モスレム台頭の世界に住むくらいなら、ユダヤ人が牛耳る世界に生きたほうがよっぽども平和である。だが、私はユダヤ人の陰謀などという説は全く信じていない。
ところでミスター苺がユダヤ系なのは拙ブログの読者諸君ならもうご存知だろうが、ミスター苺は全然敬虔なユダヤ教徒ではない。単にユダヤ民族の家系に生まれたというだけの話。ユダヤ人が世界の金融市場を牛耳っているというのが本当なら、俺にもそのおこぼれを頂戴したい、と彼は常に言っている。


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寒さに震えた東海岸の旅

本日はちょっと個人的なお話。
カカシは先週の金曜日までぴったり三週間ほどバージニア州のバージニアビーチ市付近に滞在していた。去年と今年のバージニア州は例年にみない寒波に襲われ、降雪も70年ぶりとか言う大雪に見舞われた。私が滞在していたのは真冬の二月だから、まあ寒かったこと!最低気温は華氏マイナス一度。摂氏になおすと零下18度!これは最悪だったが普通でも零下12度から8度くらいだった。
私が滞在しはじめた次の週にものすごい大雪が一晩中降って、翌日は道に止めてあった車が完全に雪に埋まっていた。日中になって日が照ってきても、雪の表面が多少解けても気温が零下なのですぐに凍りつき、夜になってさらに新しい雪がその上に積もりと言う状態が続き、道は何センチものがちがちに凍りついた雪で固まっていた。運転なんて冗談ではないという状態。
ミシガン州出身の同僚が、ミシガン州ならこんなのどうってことないだけどね、と言っていたが、問題なのは普段雪が降らないところには除雪機などの設備が整っていないということ。表通りや高速道路の除雪はまあまあなんとかなるとしても、裏道とか住宅街の道路や歩道までには手が回らない。だから一般人は自宅から表通りに出るまでのところで車が詰まって走れない状態となってしまった。
近所の学校や公共施設は一斉に雪休み。レストランとか一般のお店も皆閉まってしまった。うちの職場も最初の日は休みだったが、そう何日も休んでいるわけにはいかないので、二日目からは時間を遅らせて開業。
私の泊まっていたホテルの前の道が完全にスケートリンク化していて、車があっちゃこっちゃでスピンして数メートルが進めない。やっとなんとか表通りまで出て職場まではいけたのだが、職場の駐車場に雪が10センチくらい積もったまま。駐車の線が全く見えないので、みんなひっちゃかめっちゃかに駐車していた。私の車も駐車場でつっかえてしまい、何度も車を降りては雪かき。車をとめるのに20分以上かかってしまった。やっと車を泊めて仕事場まで歩いている途中で滑って転んで膝がおおあざをつくってしまった。帰りは帰りで雪に埋まった車を掘り返すのに一苦労。
それでもやっと三週間の仕事を終えてカリフォルニアに帰ってこようと思ったら、帰りの日に大雪予報が出た。一旦降り始めたら2~3日は帰れなくなってしまうと思った私は帰りを一日繰り上げて飛行機の予約を変えた、、つもりだったが、空港へ行ったら予約が入っていないといわれた。旅行会社のミスで日にちが一日間違っていたのだ!
無論翌日は大雪で飛行機はすべて欠航。結局その日は帰れず、道もふさがってどこへもいけないので、ホテルで缶詰になった。
金曜日になって、なんとか予約が取れて帰ってこれることになったが、出発が二時間も遅れたため、乗り継ぎのデトロイト空港でゆっくりお昼ごはんを食べる予定が完全に狂い、次のゲートまで猛烈ダッシュする結果となった。ああ、もう散々!
もう雪のバージニアには死んでもいかないからね!
もっとも大雪で大変だったのはバージニア州だけではない。ニューヨークやメリーランドもかなり大変だったよし。ま、雪の多い東北とかの人たちからしてみたら、こんなことで大変がってる我々がおかしいかもしれないが、もともと雪の多い地元の人たちはなれてるし、インフラもしっかりしてるからちょっとやそっとの雪で町が遮断してしまうなんてことはない。慣れてないから困るんだよね、これって。
カカシも雪道運転なんてしたことなかったし、、
それにしても、ほんとうに毎年のように記録更新するこの寒さ。アル・ゴアさん、地球温暖化はどうなったんですか?


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南カリフォルニアに雪が降った! 例年になく寒い冬

あけましておめでとうございます、今年も拙ブログをよろしくご愛読くださいませ。
さて、大晦日に南カリフォルニアのサンバナディーノ郡やリバーサイド郡の山側で何十年かぶりに雪が降った。リバーサイド郡の南にあるタマキュラ市に住む友人がフェイスブックに雪の積もった近所の写真を掲載していたが、下記は同市のニュースでのビデオ。

カリフォルニアでも標高の高いところでは雪は降るので、絶対にあり得ない現象ではないが、それでもこのあたりでの降雪は非常にめずらしい。ちなみにロサンゼルスに近いカカシの近所、今朝の気温は摂氏4度。このあたりでとしては立派に冬の気温である。
カカシとミスター苺はクリスマス直後に風邪をひき買い物にもいけない状態だったので、今年はおせち料理はやめにしようと思ったのだが、ミスター苺がどうしてもおせちが食べたいというので、仕方なくがーディナ市まで買い物に行った。
残念ながら、がーディナ市にある日本食マーケットはマルカイでもミツワでもお正月気分がほとんどなかった。お店の前には門松も飾ってなかったし、おせちコーナーも小さく、おせち料理も大して品数も種類もなくみじめなものであった。最近は日本のスーパーとかでもこんな感じなのだろうか。わずかに和菓子の三河屋さんだけが、店先に大きな鏡餅を飾り、お正月特別のお菓子を売っていた。ちいさなお店にはたくさんの日系のお客さんであふれていた。日系一世の店員さんが私が日本語がわかるとなるとお菓子の由来を丁寧に説明してくれた。少なくとも三河屋さんだけは伝統を守っている。(もっともリトル東京の三河屋は和菓子よりアイスクリームのほうが人気があるが、、、)
日本人のビジネスマンやその家族がたくさん南カリフォルニアに住んでいた頃は、この時期は結構にぎわっていたが、それでも日本の年末のような慌しさは感じられなかった。ま、遠く離れた異国で御節を食べよう、ましては作ろうなんて人はそれほどいない。日本人が食べなければ日系の人たちが受け継がない限り、アメリカでのおせちは廃れるばかりだろう。
それにしてもガーディナとかトーレンスあたりに行くと、日本人が減ったなあという印象を受ける。特に最近多少盛り返してきたロサンゼルスのリトル東京に比べると、ガーディナは、ところどころに日系の店がある程度で、ほとんど日系コミュニティーという感覚はなくなっている。
かく言う私も日本マーケットなんてめったにいかないし、日系コミュニティーとのお付き合いも全然ない完全にアメリカナイズな生活をしているから、こういう日系人が多ければ日本人街なんて廃れて当然だろう。それはそれで仕方ないのかも。


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