カカシのホテル談話

今回日本を出張中というお話は以前にもちらっとしたが、なにせ移動が多いのでひとつところに落ち着けない。とはいうものの、これまでに泊まったホテルはそれぞれ非常に良い点が多いので、ビジネスホテルに泊まる機会のある読者のためにちょっと感想を書いておきたい。
日本への出張が決まった際、うちの会社に所属している旅行代理店の連中は、会社の予算内で泊まれるホテルが見つからないと行ってきた。「じゃあどうしろっての」と聞くと、自分で探してくださいと来たもんだ。探せといわれても出先の会社の地理もよくわからない外国人によくもそんないい加減なことがいえたものだ。支店から1キロ範囲のところなのか10キロも20キロもはなれたところなのか、ホテルの住所を見ただけでは見当もつかない。ロサンゼルスのような大都市の場合、端から端までの距離は何十キロ。車で一時間以上なんてところはざら。それを右ハンドルの左運転なんていう不思議な国で、レンタルカーもなくしてどうやって動きをとれというのだ!
と、まあ、私が普通のアメリカ人なら怒るところだが、そこはそれ。私には日本語の検索機能という強い味方があったのだった!この前もちょっと話たが、日本語で検索できるホテルは結構いろいろあり、お値段も手ごろである。
私が最初に泊まった羽田空港付近のホテルJALCITYは空港まで無料で送迎用のシャトルバスが出ていて非常に便利。お値段も一泊一万三千円程度でビジネスホテルとしてはまあまあだと思う。各部屋にLANケーブル付き。外国機種用にアダプターまで用意してあってネット料金は無料。ツインの部屋を一人で借りたのだが、ゆったりしていて非常に良かった。お風呂は深く座ったままゆっくりつかれる。いいなあ日本の湯船は。
三日間泊まった佐世保ワシントンホテルは佐世保バスセンターから徒歩一分。朝夕食事つきで一泊一万一千円二百円程度。ここはシングルで、部屋は狭かったがひとりならゆったり。ワイヤーレスのネットコネクションあり。ネット料金無料。アダプターは置いてなかった。日本では日本の電圧から外国へ変換するアダプターは売っているがその反対を探すのは大変なので、海外からの旅行客は本国から持参することをお勧めする。このホテルは朝食がバイキングスタイル(英語でいうところのブフェ、フランス語だとビュッフェかな?)は品数が多くとてもおいしい。日本食といわゆる英国風の料理があるが、なんといっても日本食をお勧めする。英国風のスクランブルエッグやソーセージはちょっとね、、、
夕飯もよかったのだが、最後の晩にハンバーグステーキにスパゲティが出たのには参った。最初の二晩の和食が旬の魚をつかった美味だっただけに、最後の晩の洋食にはちょっと失望した。このホテル洋食はやらないほうがいい。ホテルの食事が口にあわなければすぐ歩いていける場所にレストランがごちゃまんと並んでいるし、佐世保駅ビルにはマーケットもついていていくらでもお惣菜を買うことができる。
さて、今夜のホテルは長崎空港近くの長崎インターナショナルホテル。空港からは車で10分程度。朝が早いので朝食抜きで9900円。ツインをひとりで泊まっているが部屋が馬鹿でかい。ベッドのほかに机とコーヒーテーブルが置いてあり、リビングルームのような場所がとってある。二部屋にはなってはいないが、ほとんどスイートといっていもいいくらいの広さがある。ホテル内には和食と洋食のレストランがついているがどちらもお値段はかなりはる。まわりはあまり何もないところで、車がないと非常に不便。通常のネットアクセスは無料だが、パソコンを忘れた人のために一日千円で貸してくれる。やたらにネットカフェなど探さずにすむから非常に便利。
というわけで今回の出張、ホテルには恵まれているカカシである。もうひとつホテル予約がはいっているが、そこに泊まったことのアル同僚の話では結構よさそうなので期待している。
さて明日も早いのでもう寝なければ、、


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日本へ出張

今日はちょっとお知らせ。
明日から日本へ二週間ほど出張する。その間のネットアクセスは宿泊するホテルによるのでどうなることやら。なにしろ合計4つのホテルを点々をすることになっているからよくわからない。
うちの会社は私が行く予定の地域で会社の予算にあうホテルが全く見つからないといって予約の手続きなど全くしてくれない。それでカカシは自分で検索したら、結構予算以内のホテルは存在することが分かった。ただし、英語検索で見つかるホテルは交通の便は空港の近くとか主流な駅の近くとかが多いがその分割高のところが多く、ローカル線をちょっと乗ればいけるところにある「なんたら旅館」などは絶対に見つからない。これでは会社の旅行課が探せなかったのも無理はないのかもしれない。
それにしても、外国への出張だというのに地元の役員が迎えにきてくれるわけでもなく、支店への道順も教えてくれないこの不親切者。空港からバスで一時間以上もある支店なのにどのバスに乗れとも教えてくれないのだからひどいものだ。日本語が分かる私でも不安なのに、一足先に行った日本語の分からない同僚は、なんとか一人でたどり着いたというのだから感心する。世の中には結構度胸のある人がいるものだ。 支店への道順を教えてくれと支店にメールを打ったら、この彼女がむかえにきてくれるという。まったく支店の日本人は何をやっとんのじゃ?
それではもう遅いので今夜はこのへんで。明日以降のエントリーは不規則になると思うが、なるべく書くようにするのでご了承いただきたい。


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ペトラエウス将軍議会公聴会の反響、 シアトルより

ここ数日間、ネットアクセスが無かったためあらかじめ予定しておいた時事とまったく関係のないエントリーばかりだったので読者の皆様もちょっと失望されたのではないかと思う。特に今日のエントリーはまったく場違いになってしまった。(笑) その間に待望のペトラエウス将軍の議会での報告があったり、イスラエルによるシリア空爆があったり、安倍首相の電撃辞任宣言があったりと、きょうび10日以上もネットアクセスがないとこうもニュースサイクルに遅れをとってしまうものなのだろうかと、改めて感じている。
実はカカシはシアトルからアラスカ及びカナダの船旅を終えて、今朝シアトルの港に戻ってきたところ。
船の中で見られるテレビ局はCNNのヨーロッパ版だけで、しかも新聞はニューヨークタイムスのみ!これではいったい何が起きているのかさっぱりわからない。
ペトラエウス将軍の議会報告
9月11日に待望のペトラエウス将軍の米議会報告質疑応答があった。ペトラエウス将軍の報告の内容についてはまた改めて分析したいと思うが、イラク情勢は向上しつつある、暴力は減っている、来年の夏ごろには兵を一部撤退することもできる、といった報告に対して、反戦派の民主党議員の間からは「この嘘つき!」「裏切り者!」とでもいわんばかりの反応が出ている。特に大統領に立候補しているヒラリー・クリントンなどはペトラエウス将軍の報告は「意図的に不信感を棚上げにしなければ信じられない」などと遠回しに将軍及びアメリカ軍は嘘つきであると軍全体を侮辱した。
2002年にイラク戦争が国民から強く支持を得ていた時はイラク戦争はアメリカの安全のために必要だと演説をぶったヒラリーだが、民主党支持者の間で戦争が不人気になってくると自分の戦争支持の立場を弁護しきれなくなり、最近は左翼の圧力に負けてアメリカ軍は即撤退すべきだと言い始めた。ブッシュ大統領のイラク方針を変えるという目的で新しくペトラエウス将軍がイラク戦争の指揮官に任命された時は積極的に支持しておきながら、ペトラエウス将軍の名前をもじって「ベトレイアス(我々を裏切るという意味)」と呼んでいる極左翼の市民団体ムーブオンを批判するどころか一緒になって将軍を嘘つき呼ばわりするヒラリー。無論リベラル偏向丸出しの主流メディアはそんなヒラリーを批判などしない。
だが誰もヒラリーを批判していないかというとそうではない。数日前にニューヨークタイムスは極左翼市民団体ムーブオンによるペトラエウス将軍の中傷誹謗の一ページ広告を掲載したが、この時の広告料が普段より三分の一という格安値段だったことが判明して問題になった。そこで共和党から大統領に立候補しているジュリアーニ元ニューヨーク市長は、自分にもムーブオンと同じ値段で戦争賛成広告を掲載させよと要求。そうしなければニューヨークタイムスを言論弾圧で訴えるとまで脅迫して見事ジュリアーニ候補は、極左翼のムーブオンやヒラリー及び民主党議員たちは共謀してペトラエウス将軍の栄誉ある名前を汚していると批判する広告を出した。そのうえジュリアーニ氏は特にヒラリーに向けて謝罪を要求するビデオまで発表した。これまでメディアからも選挙の競争相手からも厳しい質問を一切されないで女王様のように特別扱いを受けてきたヒラリーだが、大統領選挙はそう甘くない。
さて、ペトラエウス将軍の議会公聴会とあわせて、9月15日ワシントンではアンサーという共産主義看板団体が反戦デモ行進を主催した。無論それに対抗して戦争支持者たちも多く集まった。保守派政治評論家のミッシェル・モルキンが現地からその様子を報告している。
反戦派の様子は主流メディアは報道するが、対抗している戦争支持者の様子は取り上げられない。ま、今更驚きはしないが。途中双方で小競り合いがあり反戦派189人が逮捕された。
ところで反戦デモは2003年当初から三万人程度の参加者しか集められないで要るが、回を重ねるごとにその数は減っており、戦争支持者の数は反比例して増えている。支持者側の数は反対派よりは劣るが、それでも今年の3月の時といい、今回といい、完全無視はできない数になっている。現場にいたミッシェルによれば、反対派の参加者はせいぜい一万人程度。ABCのリポートでも「何千人」という書き方なので、この数はだいたい正確だろうと思われる。
さて将軍の報告に関してアメリカ市民の反応はどうかといえば、ラスムソンの世論調査によれば、ペトラエウス将軍の作戦を支持するという市民の方が支持しないを43:38で上回っている。


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鯨とイルカに歓迎された海の旅

まだ船旅の途中なのだが金曜の夜から日曜日の朝までは途中下船で自由行動。久しぶりにネットアクセス回復。といっても正味二日だけど、、、
先々週から続いているこの船の旅、ずっと穏やかな海が続いていたのに突然おとといの夜、ものすごい揺れで私はもう少しでベッドから転げ落ちるところだった。幸いベッドの横についている安全ベルトのおかげで助かった。ベッドとはいっても以前にも書いた通り幅は一メートル弱、長さどうにか180センチ、高さは80センチくらいの三段ベッド。通称棺桶ベッドと呼ばれている。それに今回は最上段ではなく一番下だったことも幸いした。去年乗ってた船では最上階の上、安全ベルトがついていなくて荒波では落ちないように寝るのに苦労したものだ。
しかし、外の天気は全然荒れていないのになんでこんなに船が揺れるのかと思ったら、別の船と途中でランデブーするため波に逆らって向かい風に吹かれながらかなりの高速で走っているのが原因だったようだ。
数日前、船内放送でイルカの群れが船の横を泳いでいると告げた。手の開いてる乗組員は全員どたどたと甲板に出て「どこだ、どこだ」と目を凝らしていたら、いたいた数匹のイルカが船の斜め横から近付いてくるではないか。それにしても速いなあイルカってのは。二匹のイルカが船に垂直の角度で泳いできたかと思うと、突然姿を消してしまった。「船の下へもぐったよ。」と誰かがいうので、みんなで反対側に走りよると案の定反対側からイルカが顔をだしてフリッパーみたいに立ち泳ぎをして笑っていた。(というか、笑っているように見えた。)イルカってのは愛嬌のある犬みたいだ。もし人間が海で暮らす動物だったらイルカは最高のペットだろうな。
それから数日後、今度はクジラが横を泳いでいるという放送があった。またまた我々は団体で甲板に出てあっちだこっちだと指をさしながら、「え〜、どこどこ、みえないよ〜」と10分くらい騒いでいたら、百メートルくらい先で大きな潮が吹いた。しかもひとつではなく二つ同時に潮を吹いたのである。次の瞬間大きなクジラの背中が見えたと思うとちょっと体を横にするようにしてまた海の中に潜った。すると次に小さめの体があがって同じ動きを繰り返した。どうやら母親とその赤ん坊の二人、、ならぬ二頭ずれ。
大昔にクジラを見るための漁船でクジラを追いかけた時以来、初めて野生のクジラをまじかで見ることができて感激。なにかと退屈な船の旅にちょっとした色を添えてくれた。何せ私は豪華客船に観光で乗ってるわけではないから、エンターテイメントなんてものは他にない。(笑)
さてさて、船の旅も大詰めに迫ってきてあと十日ほど。なにもかもうまくいけば七日で帰宅できる予定。今夜と明日で来週分のエントリーを書きためねば、、、まだしばらくリアルタイムで最新情報をお届けするというわけにはいかないが、その分、中身のある分析をしたいと思うので乞うご期待、、なんて言って自分に圧力をかけ過ぎかな?


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『苺畑より』創設一周年!

読者の皆様、おかげさまで6月3日をもちまして、苺畑カカシの日本語ブログは開設して満一年となりました。いよ〜!
関係ないですが、カカシとミスター苺の結婚記念日も6月です。何故かジューンブライドだったカカシ。ははは、、、
残念ながらこの記念日も仕事で海の上。リアルタイムでのネットアクセスは不能です。しかし海の上から一年間ご愛読頂きました皆様に感謝の意を表させていただきます。今後とも末永くよろしくお願いいたします。


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カカシ人気ブログにゲスト出演

今朝起きてみたら、なんとまだ朝6時なのにいつもの倍以上のヒット数。こりゃなんじゃらほいと思っていたらアメリカの保守派で人気ブロガーのミッシェル・モルキンのところからの紹介がいっぱい。なんでアメリカ人が日本語ブログなんか読むんだろうと首を傾げていたら、これはミスター苺の仕業だった。
実はミッシェルがイラクにいっている間、ミスター苺とほかの二つのブログがミッシェルのサイトでお留守番をすることになったのだ。それでミスター苺の最初のエントリーで当ブログの宣伝をしたというわけ。英語のサイトで日本語ブログ宣伝してどうすんの、という気もするのだが。
実はミッシェルがイラクへ行った理由のひとつにイラクからの悪いニュースでAPが使った情報源が本物であったのかどうかを確かめる目的がある。この話は当ブログでもまた暴かれたAPのねつ造記事で取り上げた。

レバノンでは緑ヘルメットの男があちこちに現れてレバノン市民の被害を訴えていたが、今度はイラクでジャミール・フセインなる「警察官」がAPニュースの情報元としてあちこちで出没している。

ジャミール・フセインの名前が取りざたされるようになったのは、先月APがイラクでシーア派の民兵がスンニ派一イラク人6名をイラク軍が見守るなか焼き殺したという報道をしたのがきっかけだ…
4つもの聖廟が焼かれ6人の祈祷者が焼き殺されたという話にもどるが、25日付けの米軍の公式発表によると焼かれたのは一つだけで、AP記事に載った事件の確認はできないという。バグダッドの地元消防隊および警察もそんな報告は受けていないとしている。
バグダッド地元警察も聞いていない? ではいったいAP記事に話をしたフセイン署長はどこの警察の署長なのだ? ブロガーのカートはCENTCOM(アメリカ軍中央司令部)に連絡してこの男の身元について質問したところ、CENTCOMからはこの男の身元は確認できないが、彼がイラク警察の正式な報道官でないことは確かだという返答があった。
その後27日になってCENTCOMはジャミール・フセインなる男はイラク警察官でもなければ内政省の人間でもないと発表した。そして24日のAP記事の事件は全く根も葉もないでっちあげであるとAPへ抗議の手紙を送った。この手紙のなかには、APが好んで引用しているヤーモーク地区の警察官と称するマイセム・アブドゥール・ラザーク警部(Lt. Maithem Abdul Razzaq)もイラク警察の人間ではなく、イラク警察を代表して声明文を出す立場にいる人間ではないとある。

この話に関連したメディア偏向についてミスター苺とカカシの競作でその話をミッシェルのところで載せてるので、英語に自信のある方はどうぞ。(この記事だけは我々夫婦の英語サイトBig Lizard.netにも載せている)
非常に長い記事なのだが、内容は以前にここで紹介したこととブロガーの役割などを織りまぜて書いた内容。日本語読者のためにまた後で概要を日本語で説明します。
ではみなさんハブ・ア・ナイスデー


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おせち料理に見る日本人の心

本日ミスター苺と一緒に色々なスーパーを飛び回っておせち料理の材料を集めて参りました。
え、カカシさん、おせちなんて作るの? と言われそうだが、実は作るのです!
アメリカに移住してから私は日本を恋しいと思ったことはほとんどないのだが、お正月だけはどうしても日本風のお祝いをしたくなる。12月になると年末の慌ただしい商店街とか、町内会で父が先導してやっていた餅付きなどがなつかしくてたまらなくなる。日本にいる時は一瞥もくれなかったおせち料理も自分では食べなくても食卓に並ばないとどうも正月気分にならない。それで私はロサンゼルスのリトル東京にある日本食スーパーに行って出来合いの御節料理を買い込んでは、自分では食べきれずに日本人の女友達と一緒に豆きんとんを食べながらおとそを飲んだりしていた。
しかし、私がおせちに興味を持ちはじめたのは日本のバブルが弾けた後の1990年代初期の頃だった。当時は南カリフォルニアに住む日本人の数が激減し、世界中に手を広げていたヤオハンなどが店を閉めてしまい、ほかの店が開いた頃だった。
そんなある年の暮れ、私は小東京にあるちいさなスーパーに買い物に行ったのだが、どこにもおせち料理がおいてない。店員をしていた日系の若い男の子に「おせちはどこにあるの?」と聞くと「え? おせち? なにそれ?」と聞き返してくる。ショックを受けた私は「あんたそれでも日本人?」というと「ボク、アメリカジン」と日本語で言い返されてしまった。ううう、、、(涙)
小さい店だからないのだろうと気を取り直して、おおきな日本食スーパーへ足を運んだがそこでもうってない。かろうじて日本語のわかる店員にきくと早めにだしても腐るから30日まで売り出さないという。「だっておせち料理を作る人は一週間前から料理をはじめるのに、30日まで材料が買えなかったら待ちあわないでしょうに」というと「今時つくるひとなんかいないでしょう」といわれてしまった。
仕方なく30日に買い物をしたが、需要が少ないため供給もすくなくその値段の馬鹿高かったこと!一万円くらいの予算ではおつまみ程度のものしか買えない。しかもどうせ自分だけで食べるのだからとちょっとだけ買ったおせちをミスター苺に味見させたのが悪かった。おせち料理に魅せられたミスター苺は私の買った少量のおせちをたった一回の食事で平らげてしまったのだ。
これでは正月がくる度におせち料理で破産してしまう。仕方ないのでせめてミスター苺のすきな栗きんとんだけでも自分で作ろうと思い立ったのが、苺畑家のおせち料理伝統の始まりである。
しかしこれが思った以上に大変だった。実家でも忙しい母はおせち料理などつくらなかったので、おせちの作り方などカカシは全く知らなかった。くりきんとんの作り方など母はおろか日本人の友達や親戚に聞きまくったが誰もしらず、友達の友達という人から聞いてやっとわかったことがある。
ひとつでも自分で作ってみると、欲が出てきて、その後はどうせならすべて自分で作ってみようという気になり、料理の本を買い込んだり友達とレシピの交換をしたりして自分なりにおせちは三重の箱をきちんとうめられるくらいに腕があがった。
ところでここ数年気が付いたことがある。一時期は30日までおせち料理を出さなかった店で25日頃からおせち料理がおかれるようになったのだ。しかも、出来合いのものばかりではなく、おせち料理を作るのに必要な材料がおせちコーナーとしてもうけられた場所で大量に売られるようになったのである。日本ではどうなのかわからないが、ロサンゼルス界隈では自分でおせちを作ろうという日本人が増えたようだ。
数年前までは栗の甘露煮や練りごまをみつけるのに一苦労したものだが、いまやくちなしの実(くりきんとんを黄色く染める)などがきちんと売られていた。外国にいるとお正月が恋しくなるのはどうやら私ひとりではないようだ。


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こころのこもった贈り物、ポストクリスマス感想

このあいだどなたかのカリフォルニアの青い空というブログを読んでいたら贈り物の芸術というエントリーがあった。著者のヒロコさんがお友達の家に訪れた時なにげなく褒めた手作りのネックレス、おともだちは覚えていてクリスマスの同じものを作って送ってくれたという。
贈り物というのは高価なものである必要はない。その人にあったものは何だろうと考えて選んでくれた贈り物が最善なのだ。
うちはミスター苺の家族とクリスマスを一緒にすごすのが習慣になっている。ミスター苺の家族はユダヤ系なのだが完全に世俗主義。ユダヤ教に関する儀式をするのは冠婚葬祭の時がせいぜい。だから今の時期はユダヤ教とならハニカを祝うはずなのになぜかクリスマスパーティをする家族。(笑)
ま、それはともかく、クリスマスパーティではプレゼント交換をするのだが、クリスマスの前になると家族のメンバーたちは「欲しいものを教えて」といってくる。家族なんだから何が欲しいか想像つくでしょうが、と思うがこれがなかなか難かしい。人によっては「僕はこのコンピューターゲームがほしい」とはっきりいってくるひともいるが、ミスター苺も私もそういうリストの交換はすきではない。そんなことをするなら自分たちで自分の好きなものを買えばいいじゃないか、と思ってしまう。
そうかといって全く想像力のない家族にヒントを与えるのも難かしい。もう苺畑家に嫁いで何年もたっているというのに家族はまだ私の趣味がわかってない。しょうがないので私はすきな歌手の名前とアルバム名までつけてこのなかから選んでねといってリストをおくっておいた。
ところが、、クリスマス当日の私がもらったプレゼントとは、コーヒーのつめあわせ、石けんのつめあわせ、チーズのつめあわせ、、、、、ううううう、、、、これじゃあまるでお歳暮ではないかあ〜! クリスマス直前にデパートに行ってお歳暮コーナーにつんであった詰め合わせを適当につかんだようなギフト。(アメリカだからお歳暮ってこたあないけど)
自分達でよい贈り物が思い付かないなら、せめて私のあげたリストから選んでほしかった。私は別にこれらの贈り物がいけないといっているのではない。決して値段が安すぎるとか質が悪いというわけではない。もしこれを仕事関係のひとや遠い親戚からもらったというのであれば十分にありがたい贈り物である。しかし個人的な趣味やし好を知っているはずの家族からこういう出来合いのものをもらうと、私への贈り物は土壇場の苦し紛れに選んだことがみえみえだ。
ま、私は嫁だからこういうことになるのかとも思うが、実はそれがそうではない。長男のミスター苺が義母からもらったのはソーセージの詰め合わせ、次男のみかん君はビールの詰め合わせをもらっていた。どういう家族なんだこれは!
かくいう私も義弟へのプレゼントには途方にくれてしまいアマゾンの商品券でごまかしてしまったけど。(笑)
かなり苺畑家にぴったりの嫁だったりして、、
みなさんのクリスマスはいかがでしたか?


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カカシ、カリフォルニアに帰る

お早うございま〜す! 夕べ遅くというか今朝早くというかカカシは6週間ぶりに花のカリフォルニアにかえって参りましたあ!
何度もお話しているように感謝祭は11月23日。 多くのひとたちが休暇をとって祭日を家族をすごすべく移動しているので飛行場は帰郷客でごったがえし。カカシの出張日程が土壇場で変わり祭日前日の帰郷となったこともあって飛行機の予約をとるのに一苦労。割高の切符を買えばとれないこともなかったのだが、それをやると会社は全額を返してくれない。大企業のくせにこういうところはすっごいケチなうちの会社は10ドルでも割り増しだったら大騒ぎするんだから嫌になる。
火曜日のよる遅くの便の予約がとれたので、ホテルではゆっくり寝ていようとおもったのに、前の客がそのままにしていった目覚ましが5時半にけたたましくラップ音楽をならして私を起こした。一旦起きたら二度寝ができず、仕方なく私はそのままおきてしまった。夜まですることもないので出張先の事務所に顔をだし、しっかり午後まで仕事をしてしまうというこの悲しいサラリーマン精神。
しっかし昨日のバージニアの朝は寒かった。気温はせいぜい10度程度で特に低いというほどでもなかったのだが、まあ風がひどい。風による冷却効果を入れると零下10度以下。(笑)厚手のセーターの上にノースフェイスのウィンドブレーカーを着ても寒い。しかもすごい風だからまっすぐに歩けない。
それでも空港についてしまえば、後は車をガレージに返してすべてビルの内部だからいいかと考えていたら、レンタルカーを返すところが空港のビル内部ではなくターミナルから数十メートルはなれた野外。大きなスーツケースに、ラップトップ、それに寝袋と折り畳みの椅子をかかえて号風のなかをジグザグに歩く姿は外からみたら滑稽だっただろう。 平たいラップトップを風があおり、私は何度も足をすくわれそうになった。かぶっていた帽子がで回って目を覆い途中で前が見えなくなったが手いっぱいの荷物なので帽子がなおせない。しかも空港についたら雨が降り出す始末。もう泣きっ面に蜂とはこのことだ。
なんとか夜7時半の飛行機に乗ることができ、乗り継ぎもスムーズにいってロサンゼルスにかえってきたのは午前12時半。最近のアメリカの航空会社はどこも経営困難で機内食など出ないから私は昼のハンバーガーを食べたきり12時間も何も食べておらずおなかがぺこぺこ。向かえにきたミスター苺と一緒に夜中開いてるジューイッシュデリで食事をした。ひさしぶりに食べるおいしい食事だった。
これは私があまり冒険心がなかったせいなのかもしれないのだが、私が泊まっていたバージニアのノーフォーク付近にはおよそ食事のおいしいレストランがなかった。一度いったイタリア料理の店ではエビがゆで過ぎで堅くたべられたものじゃなかった。ロサンゼルス付近ではごちゃまんとある中華や日本食のレストランもあまりなく、あっても韓国人が経営しているところが多くて味はかなり韓国風。おすしの酢飯にごま油が平気ではいってたりするから参る。またサンドイッチやフライドチキンファーストフードですら、ロサンゼルス地区のほうがすっとレベルが高い。しかも従業員の態度がのろのろと手際が悪く何をするにも時間がかかってしまう。 それで私はあまり外食はせず、ほとんどファーストフードのテイクアウトを食べていた。
食事を済ましてやっと帰宅した時は午前2時過ぎ。飛行機のなかでも一睡もできなかったカカシはなんと24時間ぶっつづけておきていたことになる。疲れるわけだわ〜。
でもカリフォルニアはいいなあ。気温は心地よい24度。今夜は寿司食うぞ〜!


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Man Overboard!

どうも皆様、八日ぶりに丘についてすっかり丘酔いしているカカシです。 今朝(アメリカ東海岸時間19日午前10時)カカシの船は予定より一日早く港に帰ってまいりました。 留守中にコメントをいただいたMike さん、souさん、アセアンさん、いつもありがとうございます。
前回は二度とも五日間の航海だったのだが、今回は八日間だったせいなのか、丘へ降りてからめまいがしてしょうがない。 一日早い帰港でまたまたホテルの予約がなく、同僚の推薦で前のひどい安ホテルとは違って結構いいホテルに落ち着いた。 
感謝祭をこの木曜日にひかえ、ホテルの装飾はすでにクリスマスの色を見せ始めている。 そとの空気は肌寒く、持ってきたセーターと上着だけでは足りなくなってきた。
ところで、船に乗る際一番最初の日に言われることは緊急事態に乗客はどうすべきかという注意事項。 そのなかでも大切なのが”Man Overboard”(MOB)と。 これは人が船から落ちたという警報。 私は何度も船に乗っているが、大抵の場合MOBの訓練は乗船した当日の午後に行われる。 乗ったばかりの乗客にしょっぱなから訓練をさせる目的なのだろう。 それで私は先々週の航海の初日にMOB警報がなったときも、「あ~訓練だな」と思って指定された場所へ行った。誰が船から落ちたか解らないので、乗組員と乗客の点呼を取るためである。
しかし、点呼を取った後に「船から落ちて5分、10分」という放送があり、これが訓練ではなく本当だったら、この時期の冷たい海に10分もつかっていたのでは助からないのではなどと考えていたら、「船から落ちたのは乗組員の‘~さんでした。 無事救出されました」という放送があった。「え~本当に誰か落ちてたの~? 訓練じゃなかったの~?」と私はびっくり仰天。 幸い甲板で作業をしていたこの人は耐寒防着をきていたらしく無事だった。
という事件があったのが先々週のことなのだが、今回の航海が始まった先週の月曜日のこと。 私は朝6時から仕事をしていて夕方7時ごろやっと落ち着いた。 翌朝また6時からの仕事ではあったが、まだ寝るには早すぎると思いちょっと読書をすることにした。 9時ちょっと前になってそろそろ寝ようかなと思っていると、突然火災避難訓練の警報。 もっともこれは乗組員だけの訓練で民間人の乗客は参加しなくてもいいのだが、乗組員の邪魔になってはいけないのでどこであろうと、警報がなった時点に居た場所に訓練の間、ずっと待機していなければならないという規則がある。 つまり、警報が鳴った時点でトイレに居た人間はそこから出られないのである。(笑)
この船の船長は訓練に非常に熱心なのはいいが、おかげで私は読書をしていたコンピュータールームに2時間も缶詰になってしまった。 それで9時に就寝のはずが床についたのは11時過ぎ。 それでも寝心地の悪いベッドで何度か寝返りを打ちながらやっと寝付いたとおもいきや、「マンオーバーボード! マンオーバーボード!」という警報が再び鳴り響いた。 腕時計を見てみるとなんと夜明けの4時。 「こんな時間に訓練やんないでくれる~!」とぼやきながらあっちこっちのベッドから飛び降りている女の子達を乗り越えて、指定の場所に集まると、後部の見張り番が2時間前にリポートしてから行方がしれないというではないか。 前回に続きこれも訓練ではなく本当の事件だったのである。 私は訓練以外のMOBの起きた船には乗ったことがないが、それが2回も起きるとは前代未聞だ。
しかしこのときは心配には及ばず、見張りの乗組員は仕事をサボって隠れて寝ていたことが発見された。 まったく人騒がせな。 おかげでこっちは寝不になったではないか! 厳しい処分をして欲しいもんだ。
船がまだ沖に出ている間に、我々の仕事はメンバーの交代があった。 かなり天候が悪く風が強く波も荒かったのだが、その悪天候の合間をかいぐってちいさなモーターボートが船から降ろされた。 ここで下船をする人たちはなんだか頼りない縄梯子を伝ってボートまでおりなければならない。 この高さは20メートルくらいはある。 私はハワイで夜明け前の真っ暗な海でこれをやったことがあるが、今回他人がボートに降りていくのをみているほうがよっぽども怖かった。
翌日今度は港からやってきたボートから船に乗ってきた交代の作業員がやってきた。 その日の海は前日よりもずっと荒れており、小さな船は前向きに跳ね上がっては直角に落ちるという揺れを繰り返して中にのっていた人々はすべてびしょぬれ。しかもその後に風でゆれる縄梯子を上ってこなければならない。 若い船の乗組員と違ってこの作業員のほとんどは中年太りのおっさん連中がほとんど。 最後に自分の体を船まで持ち上げられないひとも何人かいた。 何せはしごはまっすぐではなく、最後の方はオーバーハングの坂になっているのだからほとんど腕だけではしごにぶら下がる形になる。 ひとつのステップを登るごとに懸垂をしているようなものだ。 私はこのグループにいなくて本当によかったとつくづく思った。
あ~これは女のする仕事じゃないなあ、、しみじみ、、、
11月最後の木曜日は感謝祭。 カカシはパンプキンパイを作る予定。 しかしその前になんとかカリフォルニアに帰らなくては、、


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