友人の死

私とミスター苺は一応中高年ではあるが、まだまだ死と向き合うには若すぎる年代。両親の代(80歳代)になってくると回りの人がどんどん死んでいって寂しいということもあるが、我々はまだちょっとという感じ。それでもちょっと年上の友達などは深刻な成人病に悩んでいる人も結構いる。だから突然の死の知らせは全くあり得ないことではない。

近い知り合いが三人続けて亡くなった。(このエントリーを書いてる時は二人だったのに、昨日もう一人なくなり三人になってしまった。)一人は同僚で数年前までカープールをしていた仲間。そして数日間のうちに続けて亡くなったのが我々夫婦とは長年の友達で、ひとりはミスター苺のビジネスパートナーでもあった人だ。

カープールと言うのは車の相乗りのこと。自宅が近い数人の同僚が毎日交代で運転して通勤するシステム。公共交通機関が発達していないカリフォルニアでは必要なシステムだ。Mさんは私と同年代だったと思うが、仕事熱心で病欠などしたことがない人だった。いや、彼が病気だなどと言っているのを聞いたことがなかった。カープールは数年続けたが、Mさんは仕事熱心過ぎて仕事に熱が入ると我々が待っていることも忘れて何時間でも仕事に没頭してしまった。三時間待たされることなどざらにあった。それで結局彼はカープールから追い出されてしまった。Mさんの仕事熱心さは度を越していたので、多分身体の調子が悪いのも無視して仕事をしていたのだろう。なにせ彼が病欠したという話は聞いたことがなかったから。

その彼が入院したと聞いた時はもう駄目だなと思った。あの人が入院するくらいだからよっぽどの重病だろうと同僚たちは口々に言っていたが、案の定数日後に亡くなったという知らせを聞いた。たしかまだ50代だったはず。どうしてもっと自分の身体を気遣わなかったのか、残念で仕方ない。

その次に亡くなったという知らせをもらったのが友人のN。実はミスター苺と付き合い始めた頃、カップルとして初めて参加したバーティがNの家だった。Nは若いころから超肥満で、まあ大食いだった。共通の友人が心臓発作で倒れ見舞いに行った帰りに寄ったレストランで食べ放題パスタを三回もお替りしてまわりのみんなに呆れられていた。パーティの時、私が持って行った50個の餃子の皿を自分の膝の上にのせて一人で食べそうになったくらい(私が途中で取り上げなければ、、)だ。

アメリカ人の肥満というのは太り気味どころの騒ぎじゃない。特にNの場合は標準体重の三倍以上はあった。よくもあんな体で生きてられるもんだとミスター苺も私もずっと思っていたのでNが心臓発作で倒れひん死の状態だという知らせを聞いた時も、誰も驚かなかった。 60歳まで生きたということ自体が奇跡だったのだ。 健康管理ゼロの人間だったからしょうがないだろう。

そして昨日ミスター苺の親友Bが亡くなった。これは私もミスター苺もショックだった。Bとミスター苺は30年来の親友で、同じSF作家として共作で何冊か連載小説を書いていたビジネスパートナーでもある。Bは短編集の編集の仕事などもしていた。売れない作家時代によく我が家に来てはただ飯を食って帰っていった。何度外食を奢ってやったか数えきれないほどだ。それでも人柄がよく誰からも好かれたので、ボヘミアンのように友達の家を転々と泊まり歩く生活を20年以上もしていた。車も持っておらず、どこへもてくてく歩いて行ったり、他人に運転してもらったりしていた。それでも書いても大したお金にならない短編小説やテレビの脚本などを書きながら、あの頃のBは貧乏でも生き生きしていた。

それが10年くらい前、大金持ちの両親が亡くなって遺産ががっぽり入った途端、Bは作家を廃業して引退。フロリダの田舎で悠々自適なご隠居生活を始めた。はっきり言ってこれがいけなかった。Bは実家に帰って一人暮らしを始めたが、隠居生活を満喫し過ぎてどこへも行かず、我々や他の友達の居るカリフォルニアにもあまり帰ってこなくなり、時々会うと10キロ、20キロと体重が増えていた。お金も暇もあったのに医者にはキチンと行っていなかったらしく、前立腺癌だと解った時はもうステージ4という末期状態。癌と解って亡くなるまで三か月も持たなかった。Bは我々より数年年上だったが、まだ60代だった。

亡くなった人達の悪口は言いたくないが、この三人に共通している点は自己の健康管理が全くできていなかったという点だ。NはしょうがないとしてもMさんやBは医者に行けなかったわけじゃない。それなのに一年に一度の健康診断さえ受けていなかったのだろう。きょうび50代や60代で死ぬなんて早すぎる。昔の人だって100歳まで生きられる時代だ。

私たち苺畑夫婦は絶対100歳以上生きて見せると決断したのであった。

Mさん、NとB。三人のご冥福を祈るものなり。God bless. RIP.


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映画やドラマの気になった言葉使い色々

今回の帰省中や往復飛行機の中で日本のテレビ番組や映画を色々観たが、どうも気になることがいくつかあったので書き留めておきたい。

タメ口

先ず気になったのが言葉使いの変化。近年私は「タメ口」という言葉を学んだ。最初何のことかわからなかったのだが、文脈からどうやら先輩らに対して敬語や丁寧語を使わず友達同士のような言葉使いをすることをいうらしい。昔は誰かがタメ口を使っているなどと文句を言う人は居なかった。なぜなら誰もそんな言葉使いをテレビ番組でしていなかったから。ところが最近ではバラエティなどの出演者が自分のことを「俺」などといって全くはばからない。例え一緒に出演している人たちが友達だったとしても、視聴者は彼らにとってはお客さんのはずで、お客さんが観てる前でタメ口は失礼だという感覚はないらしい。

かと思うと、全く不適切なところでやたらに丁寧な尊敬語を使う人が居る。アナウンサーなどが若い芸能人の話をしている時ですら、「~さんがおっしゃいました」などと言うのはちょっと変。

NHKのニュースを聴いていたらこんな感じのニュースが流れた「犯人は周りから忠告を受けていたのに出かけ犯行に及びました。でも犯行は未然に防がれました。」ニュースというのは口語ではなく文章語を使うべきであり、従来ならば「、、、いたにも拘わらず」「しかしながら、、、」と言うべきところ。私からいわせるとNHKのニュースでこんな言葉使いをするのは信じがたい。しかしこの傾向はすでに去年から観察しているので、これは間違いではなく、すでに正式な話し方として受け入れられているようだ。

ドラマの吹替

外国ドラマの吹替にも気になる点が非常にあった。以前に吹替の台本を書いている人が「いまだに昔気質の人がいて、言葉使いが古すぎる。今は誰もそんな言葉使いをしないと主張しているのだが、」と言っているのを聞いたことがある。だが、今の吹替を聞いていると、どうやら昔気質の人々は皆引退したようだ。昔なら「キャシー、あなたは私の恋人を奪ったのよ。」というところを今では「キャシー、あなたは私の恋人を奪ったんだよ。」となる。日本人同士の若い人たちの会話ならそれでもいいのかもしれないが、どうも洋画でこういう話方をされるとかなり違和感がある。

それでもまあ、これは時代だから仕方ないとしても、韓国の時代劇を観ていて、これはないだろうというものに遭遇した。三国時代の韓国を舞台にしたドラマで、家来たちが王のことを「王様」と呼んでいたのだ。日本ならさしずめ「殿」と呼ぶところであるが、日本の殿様と区別するということでチョナを「王様」と訳したのであろう。しかしながら、「王様」というのは第三者が使う代名詞であり直接相手に使う呼称ではない。「○○様は××国の王様であられる」は良いが、家来が王様に呼びかける時は「陛下」か「殿下」となる。日本でも天皇のことを「天皇様」と呼ばず「帝」もしくは「陛下」と呼ぶように。また同じドラマの中で、お女中たちが王妃のことを「奥様」と呼んでいた。これは「奥方様」だ。妃はそこいらの奥さんたちとは格が違うのだから。

いったいどうすれば、こんな非常識な言葉使いが台本に通るのだろう? 例え最初の翻訳者が無知で間違えたのだとしても、校正する人が居たはずで、その段階で誰も気が付かなかったとは考えられない。素人の私がおかしいと思うくらいなのだから。だとしたら彼らは故意にこの言葉使いを選んだのだろうか?そうだとすれば余計にその理解できない。

時代劇の現代語

帰りの飛行機で「鎌倉物語」という映画を観た。登場人物の服装や乗ってる車から察するに1950年代もしくはそれ以前を舞台にしているように見えたのだが、主人公の若い女性の言葉使いがまるで現代風。昔ながらの時代劇でも最近は現代語を使うことが多くなってきているとはいうものの、あまりにも感性が現代過ぎると、時代物を観ているという雰囲気に入り込めない。

古い時代になると、当時の言葉使いでは現代人には理解できない場合もあるので完璧に歴史に忠実になれとは言わない。しかし現代人でも理解できる程度の古い言い回しは残しておくべきではないだろうか?少なくとも現代とは違う時代の人々の話なのだという印象を持たせるための手段として、今とは違う言葉を使うべきではないだろうか?

私が古臭いだけ?

まあ、現大日本人に違和感がないのであれば、私ごときが苦情を述べる必要もないのかもしれない。だがこうやって少しづつ伝統が失われていくのだと思うと、なにかちょっと寂しい気がする。


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留学せずに外国語を習得する方法を考えてみた

日本で英語教育をしている人とツイッターで色々話をしていて、留学せずに外国語を学ぶことは可能だろうかという話になった。実際に外国暮らしをせずに英語を習得したという人をユーチューブで観たことがあるので、明らかに可能だ。ただ、それにはかなりの努力を要すると考える。

先ずどこまで本気で外国語を学ぶつもりなのかが肝心だ。私が語学留学をした理由は自分が英語を使わなければ生きていけない状態に自分を追い込むことにあった。日本で暮らしてそんなことが可能だろうか?

留学したつもりで日本で外国語だけ、少なくとも外国語主体の生活を送るにはどうしたらいいか考えてみた。

先ずは耳から入ろう、常に英語を聴き続ける

先ず朝から英語で始めよう。普通出勤前にテレビニュースをかける人は多いと思う。最近はいくらでも英語ニュースは取得できるので好きな局を選んで聴けばいい。

通勤や通学の間、オーディオブックやポッドキャストで英語を聴き続けること。とにかくあいてる時間で耳が自由な時は英語を聴き続けることが大事だ。

帰宅してテレビを観る時間があったら、英語のテレビ番組を字幕なしで観ること。字幕があると絶対聞き取りに支障を来すからこれは大事。最近はネットでいくらも英語のテレビシリーズを観ることが出来るのでこれは簡単なはず。

スピーキング、独り言って役にたつ

回りに英語で話してくれる人が居なくても、自分なりに英語で話す訓練をしておくといい。あたまに浮かんだことは日本語ではなく英語で声に出すように練習する。その際文法に注意してブロークンにならないようにすること。簡単な文章をいくつか暗記しておいて、それを応用するとよい。

会話はスカイプなどを利用しよう

最近は外国の人とスカイプなどで会話することが出来る。有料でレッスンしてくれる人もいれば、普通におしゃべりしてくれる人もいるので、なるべく言葉使いの上品な人と一週間に数回でも一回につき一時間くらいは話をすると良い。

私がお勧めできないのは一組に何人もいる英会話クラス。上級者用のクラスならまだしも初級中級はクラスメートの英語が下手過ぎるので、お互いに会話しあっても意味がない。英会話レッスンを受けるなら個人授業が一番効果がある。

読むのは独学でも書く方は指導が必要

読むほうはとにかく読むしかない。自分で好きな分野の本を選んで一日一時間くらいは読む時間を設けるとよい。この際、やたらに優しすぎる子供用の本などはつまらなくて飽きるので、なるべく自分が興味のある本を選んだほうが良い。ただ、一行に三つ以上知らない単語が出てくるようなら、それは難しすぎるのでやめたほうが良い。知らない単語は一ページにせいぜい三つ程度で押さえておく。

論文を書くのは独学では難しいが、文章の構成などに関する本はいくらもあると思うのでそれを参考に練習してみるとよいだろう。ただし、書いたものをきちん添削してくれる人がいないと上達は望めない。これはきちんとした英語の先生に直してもらうのが理想。単に英語が出来るというだけの外国人ではだめだ。なぜならこれは文法だけでなく文章力を付けるための勉強なので、英語が話せても文章力のない外国人では話にならない。

語学専門学校はお勧めできない

よっぽど素晴らしい語学学校でない限り、私は語学専門学校はお勧めできない。語学学校はある程度その言語が話せるような上級レベルの学生には効果があるが、初級レベルではあまり意味がない。何故かというと前にも述べたように、初級レベルは周りの学生の英語も下手過ぎるため、英語だけで練習などと言っても全く会話にならないからだ。かえって他の外国人の変あアクセントや癖を覚えてしまのが関の山。初級の人は個人授業をお勧めする。高い授業料払って二年も学校に通うほど余裕があるなら、この二年間一切日本語使わずに暮らすくらいの執念で上記の訓練を行えば英語は出来るようになる。どうせお金を使うなら週に2~3回自分の書いたものをきちんと直して正しい論本の書き方を教えてくれる先生を選ぶほうがずっと効率が良い。前述のように先生は注意して選ぶべし。駅前の英語塾で英語を教えているような外国人ではまあ先ず駄目だ。せめて大学で英文科を卒業した人を選んでほしい。

というわけで留学せずに本気で外国語を学ぼうというのであれば、かなりの努力が必要。これを回りから強制されずともやれる人なら外国語をマスターすることは出来るだろう。またそれだけの努力が出来る人なら、外国へ留学してもきっと成功できるだろう。どこまでやれるかはその人の努力次第だ。

結論、留学した方が楽かもよ。


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昔も今もあんまり変わらないホームステイの問題点

時々ユーチューブで北米やオーストラリア・ニュージーランドに留学した人たちがホームステイ体験談をアップしているのを見ることがある。無論成功談もあれば失敗談もあるわけだが、色々観ていて私が何十年も前に体験したことと大差ないなあと感慨にふけってしまった。

ホームステイと一口に言っても、私の頃のホームステイと今とでは形式が違う。簡単に言うならば、今のホームステイは下宿、昔のホームステイは住み込みの使用人。今ホームステイと呼ばれるシステムは、一般家庭の一部屋を借りて家賃と食費を払う形。私の頃は家賃や食費は払わない代わりに、簡単な家事や子守といった労働力を提供するものだった。

どちらの形が良いとは言わないが、学生たちの体験は、ホストファミリーがどういう動機で学生を受け入れているかで雲泥の差が出てくるようだ。

多くの学生が寮生活やアパートなどではなくホームステイを選ぶ理由は、言葉も未熟だし年も若いので保護者的な立場になってくれるホストファミリーと暮らした方が自分も実家の親も安心だというのがある。また、地元の家庭で暮らせば地元の生活習慣や言葉や文化を学べるという利点がある。私なぞは一年もアメリカ人家族と一緒に暮らせば英語なんてペラペラになって帰国できると甘い考えを持っていた。

現在の形のホームステイは下宿形式なので、ホストファミリーがビジネスとして下宿を経営していると考えていた場合どうなるのか、その問題点を挙げてみよう。

1.家族との交流がない

ホストファミリーが学生を単なる下宿人だと考えていたとしたら、特に家族の一員のような扱いをする必要はない。家族ではないから一緒に食事をとることもないし、子供たちが学生と遊ぶといったこともない。結局学生は自分の部屋に閉じこもり、外国に住んでいるのに一般家庭の習慣を学ぶこともなく、言葉を学ぶこともない。何人かの学生が言っていたが、何か自分は食事の時だけエサを与えられている飼われた動物のような気がしたという。

2.食事が粗末になる

下宿という商売をしているとなると、大家さんは経費を節約するために下宿人の食費を切り詰めるようになる。家族ではステーキだのなんだのを食べていても、下宿人には冷凍のブリート一つとか、ひどいのになると腐りかけた残飯みたいなものが出て来たと一人の学生は言っていた。これじゃあペットよりひどい扱いだ。余談だが我が父が学生の頃食事つきの下宿をしていたが、そこでも夕飯のメニューがひどすぎてしょっちゅう大家さんに苦情を言っていたと父は語っていた。

3.やたらハウスメートが多い

下宿が商売なら下宿人が多いほうがいい。それでやたら多くの学生を色々な国から受け入れたりするので、学生同士の間でも人間関係で揉める可能性がある。文化や習慣の違い過ぎる学生が何人も一軒に集まるのは良いことではない。ましてやその誰もがまだ地元の文化にさえ慣れていないのに。

ホームステイで失敗しない方法

1.あらかじめ自分の期待とホストファミリーの期待が合っているか確かめる

先ず自分が何故ホームステイを選んだのかをきちんと考える必要がある。単に住む場所があって食事が出てくるという下宿に住みたいだけなら、かえって大家さんやその家族との交流などない方がいい。部屋がきれいで食事がきちんと出てきさせすればいい。その反対に、地元家庭との交流を通じて地元文化や言葉を学びたいと思っているのであれば、ホストファミリーに求めることも違うはず。そういう学生は食事を家族と一緒にすることが出来るのか、家族とはどのように接することが出来るのか、他にハウスメートが何人いるのか、あらかじめホストファミリーに確かめておくべきだろう。高校生くらいの若い人の場合は保護者としてエージェンシーの人に一緒について行ってもらうことをお勧めする。子供だけだと思うと馬鹿にされる可能性があるからだ。

2.友達やネットなどで情報交換をする

ひどい扱いを受けた学生たちの一番の問題は、自分がひどい扱いを受けているということに中々気が付かないことだ。外国の習慣も何もわからないから、もしかしたらこっちの人はこういうことが普通なのかもしれないと考えて我慢してしまう。特に日本人はおとなしいので馬鹿にされる可能性は大きい。

だんだん慣れてきて、他のホームステイをしてる友達などと情報交換をし、モノの値段なども解るようになってくると、自分がいかに粗末な扱いをされ、劣悪な食事を出されているかに気が付く。どうもおかしいと思ってエージェンシーに連絡しても我慢しろの一点張り。全く取り付く島もなというのは私の頃と全く変わらない。

ただ昔と違って今は情報時代。ネットなどでホームステイをした人達の体験談を色々聞くことが出来るので、自分の状況が普通なのかそれ以下なのかはわかるはず。おかしいと思ったら遠慮せずにエージェンシーに連絡を取り、家を変えてもらうことをお勧めする。

3.苦情ははっきり述べる

なにかしら疑問に思ったら、つたない英語でもいいからはっきり苦情を言うべきだ。外国では以心伝心などというものはありえない。苦情はしっかり言わなければ伝わらない。家賃も食費も払っているなら、言ってみれば学生はお客様だ。だったらそれなりの扱いをしてもらって当然。自分は食費は一食1000円くらいは払っている、それならこの程度の質のものを出してもらいたい、とはっきり言ったほうが良い。

それにこれは私の経験からだが、おとなしく何でも我慢している日本人はアメリカなどの国では薄気味悪いと思われる。感情は大げさなくらい表現した方がいい。それでだめなら他の家に変えてもらうしかない。お金を払ってるんだったらそのくらい強気でいいと思う。

なんにしても準備が大切

私もそうだったのだが、若い人が留学したいと思う時、その願望だけが先走ってきちんとした下調べをしていかないことが一番問題だ。何か疑問があっても、それが弊害になって外国へ行かれなくなってしまうのが怖くて無視してしまう。気持ちは解るが落ち着いてきちんと準備を進めた方がいい。繰り返すが、最近はユーチューブなどでホームステイ体験談を発信している人が多く居るので、そういう人の失敗談に耳を傾け自分はそれを繰り返さないように気を付けよう。

高校留学はお勧めできない

私が一番お勧めできないのは高校留学。言葉を学ぶなら若い方がいいと思うかもしれないがそうでもない。高校時代からアメリカに住んでいるという人たちの英語を聞いていると、中学生くらいまでにネイティブとしての能力を身に付けていなければ、後は16歳で始めても20歳で初めても英語習得にはそれほど変わりはないということに気づく。

北米に比べて日本の高校教育はレベルが高い。この時期に一般教育を日本で受けておかないと日本人としての教養が身に付かないまま外国暮らしをすることになる。普通に高校に行くだけでも大変なのに、さらに言葉を学びながら高校レベルの授業を受けるのは至難の業だ。基礎的な教育は母国語で受けておいたほうがいい。また、アメリカの高校に行きながら日本の大学をめざすという受験勉強は先ず無理だろう。となると必然的に大学も北米で進学するということになるが、本人も両親もその覚悟は出来ているのだろうか?

それに前にも書いた通り、高校生のような若い子が赤の他人の家で、しかも外国人の家で暮らすというのは問題だ。ま、留学をしようなどという子はしっかりしているから非行に走るなどということはないとしても、子供だと思ってホストファミリーがいい加減に扱う可能性は大いにある。保護者が傍にいないので余計にそうなる可能性が高い。

色々問題点ばかりを挙げてきたが、決して私は留学するなとかホームステイをするなとか言ってるわけではない。冒険は若いころにしておいた方がいい。留学したいとか海外生活したいと思う人はどんどん外に出て体験してみるべきだろう。

私が言いたいのは、何をするにしても、先ず下調べをしっかりしておくこと、その先のこともしっかり考えておくこと。それだけだ。


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英検一級でる順パス単を購入

この間英検一級の今年の問題をやってみて、自分が弱いところはなんといっても語彙だなと実感したので、昔大学入試のためにやった(大学は落ちたけど)「でる単」ならぬパス単を購入。これは試験に出る順に並んでいるということなので、昔みたいにいつまでたってもAから抜け出せないということはなさそう。

先ず構成はでる順番のA,B,Cに分かれており、その中でそれぞれ動詞、名詞、形容詞・副詞に分かれてる。右側のページにその単語を使った例文がある。

一応A段階をざっと見てみたが、結構しらない単語があってがっかり。一応ぱっとみてわかる単語はチェックマーク、なんとなく解るが説明できないものは三角、全然しらない単語はバッテンマークを付けておいた。

英検一級を受けようなどという方々はもうご存知のことと思うが、英検は英語力を試すものであって翻訳力を試すものではないので、英語でその意味や使い方を知っていれば、該当する日本語を知っている必要はない。しかし日本人が学ぶのであれば日本語の意味を知っていた方が効率はいいだろう。ただ、私のように若い頃に日本を出た人間は、日本語教育がなってないので、かえって日本語の単語の難しさに驚かされる。

例えば、retroactive=遡及(そきゅう)、feud=確執 と言ったように、英語では簡単な単語だがこんな日本語は聞いたことがなかった。私が日本語の検定試験を受けたら簡単には受からないだろうなと思う。

英語の横に日本語で意味が赤字で書かれている。付録の赤いプラスチックの板をここに掲げると日本語が隠れるようにできている。なるほどいい考え。もっとも私には日本語の意味が解らないからあまり意味はないのだが。考えてみれば、この単語帳は日本語の語彙を増やすのにも役立つかも。

学生の頃は単語を覚えるという作業が大嫌いだったのだが、こうやって読んでみると結構あたらしい発見があって面白い。明日はBレベルに挑戦してみよう。


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英語だけ出来ても新しい扉は開かない

最近、英国で英語教育関係の仕事をしている人のツイッターをフォローしているが、彼女は自分が仕事だから「英語が出来れば未来は明るい」とか「英語が出来れば給料が上がる」と常に宣伝している。そして怖いのになると「英語が出来ないと置いてけぼりを食う」みたいな表現も出てくる。しかしそれに対しての反論ツイッターも結構あり、英語だけ出来たって食べていけない、もともと何か技術があるから英語が役に立つんでしょう。などという意見も見る。どちらも本当のことだと思うが、これはあくまでも英語圏で暮らすという前提があっての助言なのではないだろうか。日本で暮らしていく人々が英語が出来たら有利なのかどうか、これはかなり怪しいという気がする。

徳久圭さんという中国語と日本語の通訳や留学生の日本語教育をしている人のブログを読んでいて、日本で語学を専門に生きていくのは非常に難しいことなのだなと感じた。特に徳久さんの「英子の森」を読んでの感想は「身悶えする」とまでおっしゃる。

どうも日本て国は通訳に関する理解がないようで、あれだけ一生懸命に時間とお金を投資して得た技術を持っている人々に対して評価が低すぎる。登場人物の英子が観たと言う求人広告では国際会議での受付嬢で英語が出来る人の時給が1100円。英語が出来ない人の時給が1050円とたった50円しか違わないと嘆くシーンがあるそうだ。そして徳久さんも中国語の通訳の求人募集で時給1200円+交通費1000円までという広告を載せている。これが2018年の日本の現状なのか?

実は私はアメリカで一年暮らした後に、一旦帰国して日本で職探しをしたことがある。当時の私の英語は普通に会話が出来る程度で、英作文が出来るとか翻訳が出来るといったレベルではなかったが、それでも多少英会話が出来れば何かの足しになるのではないかと色々探してみた。外資系の会社とか、ガイドの仕事とか。しかし適当な仕事は全く見つからなかった。たまに簡単な通訳みたいな仕事もあったが、時給800円とかお話にならないレベルだった。これだったら喫茶店でのアルバイトと全く変わらない。結局英語など全く関係ない普通の会社で事務員になった。一年もアメリカに語学留学した意味は全くなかった。もしあのまま日本に留まってあの会社に勤めていたら、いつの間にか英語は忘れてしまっていただろう。

でも英語が出来てもこの程度の扱いを受けるなら、何故日本ではあんなに英語教育が盛んなのだろうか?今年の三月に日本に行った時も、電車内や駅の構内には多々の英語学校の広告があったし、駅から見える駅ビルにも英語学校の看板があちこちにあった。日本で働きたい欧米人のほとんどが英語教師で身を立てている。どうしてこんなに役に立たないことに日本人は身をついやするのだろう?

はっきり言って私は日本人が英語を学ぶべき理由は大きく分けて二つしかないと思う。

第一は仕事やキャリアで必要に迫られている人。

仕事でどうしても英語が話せないと顧客と文字通り話にならない環境にあるとか、勤め先の会社が外国に支店を出し自分も駐在員としていかなければならないので英語が必要とか、自営業の人で外国に市場を拡大したい人とか、英語圏の会社との取引で英語が必要とか。

第二は英語が好きで趣味で勉強してる人。

別に英語が出来ても出来なくても困るわけではないが、とにかく外国語を学ぶのが好きで、特に英語が好きだから勉強してる人。こういう人は視野が広がるとか英語の本を言語で読みたいとか色々あるだろうが、まあ、趣味の域を出ない。

英語を学ぶ動機として一番不十分なのは「将来英語を生かした仕事につきたい」だと思う。こういう漠然とした理由では英語がうまくなること自体が難しいし、よしんば英語を習得出来たとしても、じゃあそれでどうするんだということになってしまう。以前にも書いたかもしれないが、私が日本で行った英語専門学校で講師に言われたことで一番心に残っているのは、「君たちは英語を話せるようになることにばかり気を取られず、英語で何を言いたいのかを勉強しておく必要がある。」という助言だ。

英語圏で生きようと思うなら英語は出来て当然。他に何か売るものがなくては意味がない。また、日本で暮らしていても、英語だけでやれる本業というのはなかなかない。通訳や翻訳や映画の字幕などで生計を立てられるのはほんの一握りの人たちだ。元々何か技術があるからこそ、英語が出来ることが有利になる。

そう思うと、普通の日本人が躍起になって英語を学ぶ必要は特にないようだ。それに最近は翻訳アプリなども発達しているので、数年語には世界中の人達が普通にアプリで話が通じるようになるだろう。そうなったら通訳なんて本当に必要ない仕事になってしまうのかもしれない。


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英検一級の第一次試験を試してみた!

なあんてユーチューバーのサムネイルのような書き方だが、ツイッターで出会ったとある御仁のご意見を聞いて英検にちょっとした興味を持ったのだ。この男性は在米14年の経験があり、アメリカでMBA修士を取り、アメリカと日本の企業のどちらでも働いた経験があり、今は日本に帰国して企業コンサルタントをしているらしい。その方が、実際に自分の英語の実力がどのくらいあるのかを知るには、やはりTOEICや英検を受けて客観的に審査してみる必要があると書いていたのを読んで、ふ~む、確かに一理ありだなと思ったのである。

実際に英検を受けるかどうかを決める前に、先ず英検一級のレベルとはどのくらいのものなのか調べてみることにした。そこで2018年一回目の英検一級一次試験をダウンロードして、筆記とヒアリングを試してみた。

筆記試験は4部に分かれていて、1部は語彙、2部は短文の読解力、3部は長文の読解力、そして4部は作文。作文は採点のしようがないので一応飛ばして1から3までやってみた。一部は25問あり、文脈から正しい単語及び熟語を選ぶ。先ずこんな感じ。

Kim was annoyed when her colleague Dan kept giving her advice on how to raise her son. She told him to stop being ( ) and keep his opinion to himself.

1. nonchalant, 2. dispassionate, 3 obtrusive, 4. tortuous

2部と3部は写すと長いので省くが、私がとちったのはこの最初の25問のうち5問。これは最初からまずいなと思ったが、気を取り直して2部3部と挑戦した。こちらの読解の方は全く問題なく全問正解。

次はヒアリング。ヒアリングは30分強あり4部に分かれて27問。部が進むにつれて難しくなり、問題は一度しか言ってくれない。私はヒアリング100%は出来なければ恥ずかしいだろうと思っていたのだがダメだった!(恥かしい)

四部では最初に設定となる文章と質問を10秒で読み、そのあと音声がはいって、その質問の答えにを4つの選択肢から選ぶというもの。この選択肢を読む時間も10秒。私が戸惑ったのはこの最初の10秒で問題を読み切ることができなかったこと。だから問題の意図が理解できないままに音声が始まってしまったので、完全に混乱した。これは聞き取りが出来るかどうかというより、いかに早く読み取って意味を理解するかにかかっているなという印象。

最後の作文は与えられたテーマにそって、賛成か反対かどちらかの立場を取り、三つの理由を述べて半ページくらいの短い文章を書く。こういうのはESLの授業でもずいぶんやらされた覚えがある。

全体的な印象としては、英検一級は普通のアメリカ大学で一年生ならだれでも必須で取る英語作文の授業、English101でAを取れるくらいの実力が必要。これだけ出来たら英語圏の大学に留学しても英語では苦労しないだろう。

さて、それで肝心のスコアだが、採点の仕方がよく解らないので正解の割合から言うと、筆記は88%、ヒアリングは89%だった。英検について詳しく説明していた人のブログによると、だいたい80%くらい取れれば合格するということだったので、ま、これならいけるんじゃないかなと思う。語彙を勉強して早く読み取る練習をすれば、多分大丈夫だろう。

この次は二次試験に挑戦してみよう。それにしても、最近はネットで色々情報が入るから勉強はしやすくなった。最近の人は恵まれているな。


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過労死は選択である、改善のカギを握っているのはあなた

私の体験した長時間就労と同僚の過労死についてお話してきたが、読者の皆さんは疑問に思われたのではないだろうか、これらの人々は、どうしてそこまで自分を追い詰めたのであろうかと。

コメンターのシマさんもおっしゃておられたが、アメリカではすぐ訴訟になるのでそういう環境で勤める人が居るというのは意外かもしれない。

偶然というか、私が上司と喧嘩をしたこの頃から、長時間にわたる残業に関する苦情が上部でやっと取り上げられるようになった。

そのきっかけとなったのは、とある新人が働いているのに残業手当を出さないのは法律違反だとして実際に働いた時間をすべて申告したのだ。実は我々には知らされていなかったのだが、残業は一日4時間までという規則はあくまで基本で、それ以上になる場合は、あらかじめ許可を得ていれば例外として認められるというシステムが会社にはあったのだ。幹部はこの事実を従業員に知らせるのを「うっかり忘れていた」らしい。この新人君のおかげで我々はそのシステムの存在を知ったのだ。

このシステムが明らかになってから、一日8時間以上の残業時間申告をする人が激増し、はじめて幹部はこんなに多くの従業員が長時間働いていることを知ったらしい。そこで会社では幹部役員と週に40時間以上の残業申告をした従業員を集めて緊急会議が開かれた。

この会議において、従業員の怒りは爆発。これまでの不満がいっぺんに表に出ることとなった。

幹部は残業手当の額を減らしたいこともあって、残業時間を本当に減らす努力を始めた。今までのような無償残業は厳しく取り締まられるようになった。最近は出張先で特に用もないのに職場に居ると「帰れ!帰れ!」と叱られるようになった。(笑)

なんだ、こんなことならもっと前に文句を言っておけばよかったな、などと言ってみても仕方ない。長い間苦情を言わずに我慢していた我々にも責任はある。でもどうして我々は苦情を言わずに長年こんな待遇に耐えたのであろうか?

よくアメリカ人は正直に思ったことを口にするとか、自分の権利はきちんと主張するとか言われるが、現実はそんなに甘くない。例えば私が上司に出張が多すぎるので減らしてほしいと言った時の上司の対応。

「出張出来ないなら他で仕事を探すんだね。」

私は腹が立ったので、その時は確かに「わかりました」と言って立ち去ったのだが、だからといってそのまま辞職するだけの勇気はなかった。それに私は仕事そのものが嫌いだったわけではないのだ。出来ればその分野で出世したいと思っていた。

アメリカで長時間就労を頑張ってしまう人というのは、必ずしも会社から強いられているとは限らない。いや、むしろ、会社はそこまでの奉仕を求めているわけではなく、本人がその会社で出世したいから、認めてもらいたいから、といった理由で頑張ってる場合が多いのである。だから仕事が好きな人ほど自分を追い詰めてしまうものなのだ。

日本やアメリカは奴隷制度を敷いているわけではない。だから辞めたければ辞めればいいのだ。自分を殺すほど会社にこき使われる必要はない。確かに日本は転職がアメリカほど普通ではないので、こんなに残業が多いなら辞めますとはいえないかもしれない。だが、病気になったり、ましてや過労死してしまっては元も子もない。

最近日本では人手不足だという。だったら企業は従業員が疲れ果てて死んでしまうまでこき使うのではなく、多くの人が雇われたいと思えるような勤務体制をつくるべきだ。安易に外国人を雇って働かせても根本の問題は解決できない。

日本人労働者はもっと強気になって企業と勤務待遇について話あってもいいのではないだろうか?

 


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ちょっとした外国暮らしで出羽守(でわのかみ)になってしまう誘惑

最近ツイッターで出羽守(でわのかみ)という言葉を聞くようになり、それってなんですかと聞いたら、こういう人のことですと言って、1960年代の日本のミュージカルで雪村いずみさんが歌ってる「あめり~かでは!」というビデオを紹介された。(エンベッド出来ないので、リンク先をご参照のこと)要するに、日本のシステムや慣習を批判する時にやたらと外国のやり方を持ち出して、「アメリカでは~」とか「おふらんすでは~」と言って、さも自分が国際人でいかに日本が遅れているかを示そうとする人のことを指すらしい。

まあ、自分もそうだったから解るのだが、ちょっと外国のことをかじったくらいの人が一番こういうことをするのではないかなと思う。かくいう私もアメリカに住み始めて5-6年くらいまでは帰郷するのが嫌でしょうがなかった。なにしろ帰るたびに日本の嫌なところが目に付いたからだ。特に実家の母とは会話が噛み合わず、だいたい一日二日で喧嘩になり、2週間の予定で帰っても一週間に切り上げて戻ってきてしまうというのが定番であった。よく子供の夏休みを利用して子連れで二か月くらい帰省する日本人奥様たちを見ると、よくそんなことが出来るなあと感心したものである。

さて、そんな関係でネットサーフをしていたらオーストラリア暮らし16年と言うマフィントップさんという人のブログを発見した。彼女の過去のエントリーで留学やワーホリなどで海外に短期滞在した人たちにありがちな行動をまとめているものがあったので読んでいたら、先日読んだキヨミさんのブログエントリーと対象的だったので、並べて読んでみた。引用したのはキヨミさんの「日本社会は自分にあわなすぎ」とマフィントップさんの「留学帰りあるある」。

ファッションが外国かぶれになる

先ずはマフィンさん。

海外留学中に「自分は人とは違うユニークな人生を歩んでいる」と勘違いし、浮かれ気分になってしまう日本人は、「私は他の日本人とは違うんだぞ」のアピールのために、嬉々として体に穴をあけます。そんなことしたって、誰も注目しませんし、「バカなことしやがって」としか思えません。

女子はそろいもそろってセレブ女優風ドデカサングラスを好みます。オーストラリアは日本に比べ紫外線が強いので目を守るためにサングラスは必需品なのですが、日本の梅雨時にセレブサングラスですかしていても、その姿は滑稽なだけです。

そしてこちらがキヨミさん。

私は耳と鼻に合わせて7つピアスをつけていて、小さいけどタトゥーもあります。もうこの時点で私の事をまともに取り合ってくれる日本人は少ないです。

kiyomi
kiyomi
別に誰にも迷惑かけてないのに…

ただ自己表現しているだけなのに、なぜここまで窮屈な思いをしなければいけないのでしょうか?

ピアスとサングラスの話がばっちりはまっててつい吹いてしまった。

何故か反日になる

マフィンさん

留学を終えた海外かぶれは帰国したら、まずこの一言「日本って本当に息苦しいよね」そういうのって、ちゃんと現地で現地人に混ざって働いて、不動産屋から家を借りて、光熱費払って、税金払って、地に足をつけた生活を経験してから言えっつーの。短期の留学じゃ、その国の上っ面の部分しか見えてないですよ?日本のことも、留学先の国のことも、実際は何にもわかっていないのにわかった気になって、「海外=良い」「日本=悪い」みたいなおかしな思考回路になっちゃだめですって。

全くその通りだね。私は学生の時にアメリカで一年弱のホームステイをして帰国したが、それから社会人としてアメリカに戻って移住してからでは全く体験が別だった。学生時代は責任などなにもないし、親のすねかじりだったから何の心配もなく遊び惚けていられたが、仕事もして家賃も払ってとなると話は全く別だからね。

キヨミさん

周囲の意見を気にして、自分がやりたい事ができなくなるというのは本当に息苦しいです。アメリカ人なんかは、「常に自分優先」という考えが根本にあるので周囲の事は気にしません。絶対空気読んだりしない

アメリカだって他人に合わせなければならないことは結構ある。その場の雰囲気で自分の意見が言えないこともある。常に自分優先なんて勝手なことやってたら首になる。世の中そんなに甘いもんじゃない。

留学して視野が広がる

マフィンさん、

「留学すると人生変わる」「価値観変わる」と口癖のように言って、他の人よりワンランク上の自分を演出する海外かぶれがいます。ほんの数週間、数か月の留学で人生や価値観が変わってしまうような、私は薄っぺらな人間です、とアピールしているも同然です。そう簡単に自分の軸になっている考え方って変わりませんよ、、、、しかもそんな短期間で。

キヨミさん、

私が、「就活せずにオーストラリアにワーホリに行って本当に良かった」と思った一番の理由はこれ。視野が広くなったという事。やりたい事がない、どんな仕事をしたいのかわからないっていうのは、視野が狭いというのが原因のひとつだろう。自分が本当にやりたい事はなんなのか知るためには視野を広げるとい事が必要。私はオーストラリアにいる間、超どん底の貧乏になったりホームレスになったりで、日本にいたら絶対経験できないような事をたくさん経験した。

これに関してはキヨミさんに賛成だ。短期間でも外国社会と接すると、自分の常識が根底からひっくり返される。今まで真実として受け入れ疑わなかったことを真剣に考えさせられる。だから視野が広がるというのは本当だと思う。

この他にも、マフィンさんの「外国人とつきあう日本人にはブスが多い」に対してキヨミさんの「ブスブスっていうな!」とか、別にお互いに会話しているわけではないのだが、そういうふうに読めるところが多くて面白かった。

全体的に私はマフィンさんに同調するが、その理由は多分、マフィンさんはすでにオーストラリアに根を下ろして生活しているから、オーストラリアのいい面も悪い面も観ているからなのだろう。生活するということは単なる滞在者とは違う。いくらすばらしい国に住んでいても色々苦労はあるものだ。だから海外生活が長くなればなるほど、最初は持っていた日本に対する批判的な見解も、徐々に変化していくのかもしれない。

私が日本を出たのは、日本社会が窮屈で決められたレールの上を走るのは嫌だったからだが、今思うと、お見合い結婚して普通の主婦になってお母さんになって今頃は何人もの孫に囲まれる生活をするのも、決して悪い人生ではなかっただろう。

ま、キヨミさんもご主人と一緒にアメリカだかカナダだかで長年住んでいればだんだんと考え方が変わってくるのではないかな。


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アメリカにも過労死はある、、私が見た長時間就労の実態その2

さて、証券会社をリストラされてから色々あって数年後、私は別の仕事に就いた。今回は私の回りで起きた同僚の死についてお話したい。

この職場はとにかく出張が多かった。同僚はみな出張ばかりしていて、本社で顔を合わす同僚などいなかった。出張先の現場では、現場の状況に合わせて時間はまちまち。残業は一日四時間までという規則になっていたが、残業が一日四時間で済む日などほとんどなかった。

ある現場監督は朝4時くらいから出勤して午後10時くらいまで帰らなかった。そういう人が居ると、私なども上司が働いているのに「時間だから帰ります」とは言えない雰囲気があり(アメリカなのに!)結局4時間以上の残業はサービス残業となっていた。(無論いくらなんでも彼には付き合いきれないので適当に引き上げたが)

ほとんど毎日がそうだったというわけではないが、集中的に二週間くらい職場に缶詰になって合宿生活を強いられることがあり、そういう時は一日18時間の就労なんて普通だった。一度夜10時に始めて翌日の午後10時までぶっ続けで仕事をしていたことがあり、現場の上司に「もう24時間一睡もしていません。」と言ったら「俺は36時間寝ていない。」と言われた。だから寝なくていいって話じゃないだろうが!

出張が次から次と続くと、土日は移動に使われてしまい、ほとんど休みなし。有給休暇も使う暇がなく、一定期間に使わないと失くなってしまうというUse or loseというシステムだったので、無駄にしてしまう人も多くいた。

キャロル54歳女性:

そんな中で私の先輩が54歳の若さで肺がんで亡くなった。彼女は亡くなる前に私に「今年、私が家に帰ったのはほんの一週間。しかもまとめてじゃない。」と語っていたのを覚えてる。彼女は大酒のみでチェーンスモーカーだったから、これが過労死と言えるかどうかは議論の余地があるかもしれないが、常に家族から離れる出張続きの上に長時間労働。ストレスが溜まってお酒やたばこに憩いを求めていたとしても不思議ではない。

ニール59歳男性:

同じく一緒に働いていたやはり50代の男性は、仕事が忙しく風邪気味なのに医者に行かなかった。あまりにも咳き込んでいたので、周りの人間が「休んで医者に行きな」といっていたが、「これが終わったら行く」と言って働いていた。この男性は数日後、出張先のホテルの部屋で同僚と日程の打ち合わせをしている時に倒れ、そのまま息を引き取った。肺炎だった。

ボブ65歳男性:

この会社は特に定年はないので、働いていたければ働ける。それでも彼はそろそろ引退しようと考えていた。それで最後に一年がかりの企画が終わったら辞めると決めていたが、彼の就労時間も朝早くから夜遅くまでで、スタッフに送ってくるメールの時間などから見て、いったいこの人は何時寝てるんだろうと思うようなことが多かった。ある日彼は心臓発作を起こし入院した。これを期に辞めるのかと思ったら、退院してすぐ復帰。企画は終了して引退したが、その数週間後に亡くなった。引退したので世界旅行でもしようと計画中だったと未亡人は語っていた。

その他にも二人、引退を間際に控えた50代後半の男性が亡くなった。彼らの状況は私はよく知らない。彼らの死は出張先でオフィスから送られてきたメールで知った。

私の出張も多い時は一年に8か月というのがあった。こうした状況が5~6年続いたある日、私は上司に出張の数を減らしてもらいたいと直談判した。上司からは「出張出来ないなら他で仕事を探すんだね。」と言われた。私は腹が立ったのでその場で立ち去った。

アメリカでこんな状況があるというのは信じがたいことかもしれない。だが私はこういう企業があるということを責めるというより、働く側にも問題があると考える。

犠牲者を責めるのはおかしい。だが、過労死をしてしまうまで自分を痛めつけた労働者にも責任がある。こういう劣悪な労働条件を改善するためには、労働者ひとりひとりの考え方も変えていかなくてはならない。それについては次回お話しよう。


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