母が運転免許証を遂に返納!妹をねぎらいたい

だいぶ以前から私の87歳の実母が運転を諦めないでとても困っているという話はしてきた。下記がその背景。

87歳の実母が車の運転を諦めず苦戦する妹(アップデートあり!) – Scarecrow in the Strawberry Field (biglizards.net)

父の病気で母の運転諦めない件に進展あり – Scarecrow in the Strawberry Field (biglizards.net)

高齢の母が運転を諦めないため、妹は母の車を知人に譲渡し一旦は母の免許証を取り上げたのだが、母は公安へ行き、免許証を紛失したとして再発行をしてもらい、妹も目を盗んで中古車を購入してしまった。幸い妹がそれにいち早く気付き、納車前に購入をキャンセルし前払いしたお金は全額戻り、再び妹は母の免許証を没収した。

そうしているうちに父が心臓の手術をすることになり、父は母が妹とケンカばかりしていて生きている甲斐はないので手術はしないと言い出した。それに慌てた母は運転は諦めるから手術をしてくれと父に懇願。父は安心して手術をし無事’回復に向かった。

しかし父が元気になると、母はまたぞろ悪知恵を働かし、父と妹を出し抜いて再び免許証を再発行してもらい、事情を良く知らない知人をたぶらかして中古車購入し、自宅の車庫に車があると父と妹にばれてしまうため、近所の駐車場を借りる手配すらしてしまったのだ。

しかし妹も負けてはいない。妹は近所中に情報網を張り巡らせていた。母が妹に内緒で車を購入した場合、近所の人たちに自慢話をする可能性も考えて、何かあったら妹に知らせてほしいと事前に頼んでおいたのだ。

それが功をなして近所の一から妹に通達があった。「お宅のお母さん、車を買ったって自慢してたわよ」。怒った妹は実家に直行。母のスマホと預金通帳と保険証を没収した。そして母がすでに中古車を購入していたこと、駐車場を借りていたことをつきとめ、すぐにすべてのキャンセルに奔走した。しかし中古車はすでに名義変更が行われており、ディーラーに引き取ってもらうためには手数料もコミッションも取られ、払った金額の三分の二も返ってこなかった。幸いなことに駐車場の方は空きがなく、母は待機リストに入っていたため、こちらのキャンセルは簡単に出来た。

妹は父と母に、母が免許証を返納するまでは預金通帳もスマホも保険書も返さないと脅迫。父がやっと母を説得。

昨日母から私にラインメッセージが届き、公安に返納に行く予定だったが血圧が上がっていかれなかったと書かれていた。明らかに私への同情を買おうとしている様子に、私は厳しく「仮病使って妹に迷惑をかける暇があったら、さっさと返納してこい!」という旨を伝えた(もっとやさしい言いかたでしたよ)

すると本日になって妹から「やりました!」と返納が見事に成功した旨が伝えられてきた。

やっと!なんという長い道のりだったのだろうか。

私は外国に居て妹には何一つ手伝いをすることができなかったのが悔やまれる。妹はこの一連の心労でなんともともと痩せていたのに160センチの身長で体重が40キロを切ってしまったという。

実はこの間、私は妹と父とは色々連絡を取り合っていたが、母のラインは無視していた。それというのも、母はもう運転はしないと私に嘘をつきながら、その陰で二回も車購入を企てたからである。いくら実母とはいえ、ここまで平然と嘘をつかれては、まともに話をする気になれなかったのだ。

ともかくこれで一安心。

溜息がでる。


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インフレの影響を感じる日常生活

先日の金曜日、久しぶりに主人と一緒に近所のカフェのハッピーアワーに行った。ハッピーアワーというのはバーやレストランなどが、仕事帰りの会社員を対象に、ちょっと軽くお酒を飲んでおつまみが食べられるように、お酒やおつまみの値段をその時間帯だけ割安にすることをいう。少食な人間なら割安のビールを飲んでちょっとしたおつまみを食べるだけでも十分夕飯になるので、私は出張してるときなどはホテル近くの歩いていけるパブなどでよく利用した。

主人と私が行きつけのカフェは、ハッピーアワーに割安のハンバーガー、フレンチフライ、ビールのセットで10ドル程度というのがあるので、それを狙って時々行っていたのだ。ところが金曜日の夜にバーガーを食べていたら、馴染みのバーテン嬢が「もうこれでここへ来るのは最後?」と聞く。「え?なんで、また来るよ」と答えると、「日曜日で閉店するのよ、表のサイン見なかった?」という。なんでもバーテン嬢も二週間前にその話をきいたばっかりで、突然のことに従業員は皆ショックを受けているという。

確かにロックダウンによって一年半も休店を無理強いされた挙句、やっと再開店出来たとおもったらこのインフレ。お客さんたちも食べ物の値上がりにひーひー言っており、なかなかレストランになど足を運べない。それで結局店の経営は傾き、店は売りに出されたようだ。

バイデン政権になって以来、何もかも値段が上がり、特にガソリンの高騰は我々庶民にとって非常な痛手である。最近はスーパーに言ってもたった二人分の食料を一週間分くらい買うだけで日本円で一万円以内で済むことなどない。それでも昔みたいにレジ袋をいくつも買ってるわけではないのだ。家族の多い家庭などいったいどうしているのだろうか?

閉店といえば、私が30年近く通っていた運動ジムも先日閉まってしまった。ここも先のレストランと同じようにロックダウン中一年以上も閉鎖させられており、再開した後も経営不振で破産宣告をしていたことは聞いていたが、いよいよ閉店すると知って悲しくなった。我々はこのジムの建物が建設中に高い入会金を払って入会した。しかし早期会員だったおかげで、その時の会費が全く値上げされずに30年近くも同じ4500円相当だった、しかも夫婦二人で!実は主人も私も年を取り、ジムに通う体力もなくなってきたことでもあり、そろそろやめようかという話をしているところだったのだが、結局こちらから辞めなくても、辞めざる負えない状況となってしまった。思えば我々はこのジムの創設ともに会員となり、このジムの閉店まで見届けたということになる。

主人はもうとっくの昔に隠居状態で、私もそろそろ引退を考えているが、今のようなインフレでは年金だけで暮らしていくなど先ず無理だろう。となると、ともかく共和党の大統領が復活して景気が良くなるまでは、なんとか仕事にしがみついて頑張る他はないのかもしれない。本当に不況になるにもタイミングが悪すぎる。

というわけでインフレの波をもろにかぶっている苺畑夫婦であった。


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本の整理で見つけた祖父の遺品

実は私は67歳になって年金がもらえるようになったら、今の仕事は辞めて、この家を売り、どっか小さいマンションでも購入して引っ越したいと思っている。しかしそうするためには、今の家にある多々のものを処分する必要がある。それで数か月前から五年計画で家の中のものをどんどん処分し始めた。

家の整理をするとき、いったいどこから手を付けてよいものか解らなくなるのが普通。整理整頓の動画をユーチューブで色々観ていて、どこか一か所だけ片付けようと決めて、そこから始めるというやり方と、カテゴリーを決めてそこから整理していくという方法の二つがあることが解った。

完全にすべて処分してしまうつもりなら第一のやり方が普通だが、実際まだ住んでいる家の整理だと第二の所謂(いわゆる)コンマリ式が適切ではないかなと思うようになった。

それで最初に手掛けたのは衣類。これは結構うまく行って、ほとんどいらない服はなくなった。おかげで長年使っていた取っ手がすべて取れていた箪笥を一つ処分できたし、洋服用クロゼットもひとつ空になった。

次に手掛けたのが本。しかしこれには手こずっている。

うちは主人も私も読書家だったのでやたら本が多い。今は二人とも目が悪くて長い間読書は無理。それにもう読んだ昔の本をいつまでも持っていてもしょうがない。そろそろ古本屋にでも引き取ってもらって若い人たちに読んでもらった方が本にとってもよいことだろう。とはいうものの、これは要らない、これは要ると整理してる間に懐かしくなって本に読むふけってしまうことも度々で、一向にはかどらない。

そんななかで見つけたのが野村胡堂著の銭形平次。これは昭和37年に発行された野村胡堂作品集の一冊。かなり古くてカバーの箱がボロボロ。触るとどんどん粉になってしまうほど痛んでいる。ただ中身の本は表紙も頑丈で、ページの紙は黄ばんではいるもののしっかりしている。文字は旧仮名遣い。昭和37年刊行なのに何故旧仮名遣いなのかというと、原作の初刊は昭和7年だったからだ。

実はこの本は亡き父方の祖父の遺品である。

私の父は祖父の7人目になる末っ子である。長男との年の差は親子ほどもあり、子供のしつけには厳しかった祖父も父とそのすぐ上の伯父の頃には、すっかりしつけに興味がなくなったようで、二人はかなり甘やかされて育ったと父からきいたことがある。父とすぐ上の伯父が物心ついたころには兄たちは皆大学に行っており家にはいなかった。だから父は、7人兄弟とはいうものの二歳違いの兄と、年の離れた姉と一緒に育ち、上の兄たちとは盆と正月に顔を合わせる程度だったという。

7人の子どもたちにより、それぞれ2~3人づつの孫を授かった祖父にとって、私は何十人目かの孫であり、名前も顔も一致しない存在だった。父は大学進学で東京に出てしまい、以後祖父とは一緒に住んでいなかった。なので私が祖父と会うのはお盆や法事くらいであった。しかし私は祖父の家が好きだった。

父の元々の実家は戦争中空襲で全焼したため、祖父は後に大きな古い武家屋敷を買った。地元はすべて焼野原になったのに、焼け残った家があったようである。この家はいくつもの部屋が繋がっていたが、昔の家特有の廊下から入れるようになっていた。祖父は正面玄関に面している大きな部屋をオフィスに改造し、そこで法律事務所を営んでいた。

私はこの祖父のオフィスがすごく好きだった。父が実家に帰る度、私は滞在中しょっちゅう祖父のオフィスに入り込み、祖父の本を漁るのが習慣になっていた。オフィスは古い昭和初期の内装で、大きなビクトリアン風の椅子があった。机の上には祖父が趣味で作った瓶のなかの模型の船が飾られていた。そして壁に取り付けられた本棚には法律関係の本がびっしりと詰まっていた。しかしその中に源氏物語集や野村胡堂の本も混じっていた。

それで私は当時人気テレビ番組で馴染みのあった銭形平次捕り物帖を見つけ祖父の大きな椅子にちょこんと座って読み始めたのである。

実は原作はテレビ番組と違って内容は非常に大人向けで、小学校4年生の私には、かなりきわどい描写もあった。第一旧仮名遣いという手強い相手。しかし読書好きだった私は必死で読んだ。

そんな折、祖父がオフィスに入ってきた。祖父は最初大きな椅子に埋もれていた私に気付かず、趣味の模型をいじり始めた、しかし私の気配に気づいた祖父は私を見て驚いた様子だった。

「や、そんなところにいたのか?お前はどっちの子じゃ?」

「(父)の娘です」

「おう、そうか、〇子か」

「違います。カカシです」

「おう、そうかカラシか。」

なんて会話をしたような気がする。覚えてはいないが。ともかく祖父は私の名前など憶えていなかった。しかし祖父は私が持っていた本をみて

「それを読んでいたのか?」

と聞いた。勝手に本棚から取り出して読んだりして叱られるかと思ったが、特に怒っている様子でもなかった。

「はい」

「面白いか?」

「はい」

「よし、では持って行きなさい。あげるから」

「え?本当に?いいの、、いいんですか?」

「いいよ。持っておいき。でも私は仕事するからもう出ていきなさい」

「ハイ!ありがとう、お爺さん」

無論はっきり覚えているわけではないが、祖父は気前よく私にその本をくれた。後で考えてこの本は作品集の一部だったのだから、一冊欠けるのは嫌ではなかったのだろうか?それともただ私を追い出したいだけだったとか。まあ今となっては知る由もないが。

祖父はその後二年ほどして亡くなった。母が電話をとって、「あなた、お父様が亡くなったそうです」と受話器を父に渡した瞬間を今も覚えている。享年91歳だった。

私の名前すら憶えていなかった祖父だが、私にはちゃんと遺産を残してくれており、それは私の学費となった。

そして祖父からもらったこの一冊が私が持つ唯一の祖父の遺品となったのである。

やっぱりこれは棚に戻しておこう。

さて、お片付け、お片付け。


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初デートにサイゼリヤはあり?

日本はすでに2月14日なので、今日はバレンタインズデイにちなんでデートの話をしよう。実は先日からなぜかツイッター上で初デートにサイゼリヤに行くのはありかという話題に花が咲いていた。ことの発端は男性が初デートに女性をサイゼリヤに連れて行ってその反応を見るみたいな感じで書かれたものにケチだとか卑しいとかいうコメントがついたのが最初だったようだ。

実を言うと私はサイゼリヤに入ったことがない。それというのも私が日本に居た頃はそんなに有名なチェーンではなかったからだ。ちょっと調べてみたら1973年に千葉県の市川市で出来たのが第一店でチェーンになったのは1977年だったとのこと。私は地元なんで知っててもよさそうなものだが、何せ40年以上も前のことなのでまるで記憶にない。

いまでこそ24時間営業のファミリーレストラン(略してファミレス)というのがどこにでもある日本だが、私が10代の頃はファミレスと言えばスカイラーク(1970)とデニーズ(1973)くらいで、当時はあまりメニューも充実しておらず、値段はまあまあだったが料理はまずいというのが定番だった。

さて、それでデートの話にもどるが、私が色々な人からサイゼリヤについて聞いたところによると、料理は結構おいしく、品数もあり、なんといっても値段がお手頃ということだった。日本の友達も「サイゼリヤの初デートなんて全然ありよ」と言っていた。

ではサイゼリヤの初デートを批判した人たちは何がいけないと思っているのだろうか?

あるひとによると、サイゼリヤはないと言ってる女性達は結構中高年の人に多く、80年代のバブル期に青春を過ごした人たちなんじゃないだろうかという話だ。当時は景気が良かったから若くてもお金があって初デートに高級レストランに行ける男性が結構いたのかもしれない。

それに若い人の初デートと中年の初デートでは話が全然違うだろう。10代後半から20代前半なら、男性だってまだまだお金に余裕はないだろうし、お手頃なファミレスでも十分だと思うが、30代ならある程度の収入もあるだろうし、女性側も趣味が大人になってるからファミレスはちょっと子供っぽいと思われるのも当然と言えば当然。

また他のひとによると、婚活をしている男女だと、女性の方は男性がどんなレストランを選ぶかによって男性の懐具合を見極めることにもつながるし、また女性側が男性にどのくらいの価値があるとみられているかという目安にもなり得るため、お互い値踏みをされている気がして嫌だという人もいるらしい。確かに昔のお見合いのような初デートだったらファミレスはちょっと場違いかもしれない。

私個人としては、初めてのデートであまりに高級な店に誘われたらかえって恐縮してしまうし、初めてのデートなのに何か期待されているのかと相手の動機を疑ってしまう。別にサイゼリヤとは言わないが、最初は高くもなく安すぎもしない、ごく普通のレストランでいいと思う。

信頼関係が生まれて仲良くなれば、デートで行く店なんてどこだっていい。その時の気分で屋台のおでん屋でもいいし、海辺のホットドッグスタンドでも構わない。ただバレンタインズデイとか記念日とかプロポーズする日とか、何か特別なことをやる時はちょっと奮発して高級レストランに行くのも悪くないだろう。

誰かが言ってたが、付き合った最初のころは高級レストランに連れて行ってもらうのは嬉しかったが、結婚を念頭におくようになると、相手に高いレストランで無駄遣いさせるのはもったいないと思うようになる。この段階であんまり高級レストランばかり行く男性は浪費癖があるのではないかと女性に疑われるので要注意。(本当にお金があるなら別にいいけど)

だいぶ前に、仕事関係の男性で私を高級レストランに連れて行ってくれた人がいた。結構名の知れたステーキのお店だったので、ちょっと恐縮してしまったのだが、彼がハッピーアワー(夕方4時ごろから7時頃まで、カクテルやおつまみが安くなる時間帯)だと、おつまみ程度の量とはいうものの、普通のメニューの半額以下で高級ステーキの味見ができると教えてくれて、なんと堅実な人なのだろうと感激したことがある。

実はこの人、出張で色々なところに行っているため、安くておいしく食べられる穴場を色々知っていたのだ。残念ながらこれはデートではなかったのでご縁はなかったが、こういう堅実な人を旦那さんに出来た人は幸せだ。

ところでアメリカではバレンタインズデイに女性から男性にチョコレートをあげるという習慣はない。どちらかというとハート形の箱詰めチョコレートを男性が女性に上げるのが普通。多くのカップルはそれこそおしゃれなレストランでデートを楽しむ。

我々苺畑夫婦は、バレンタインズデイ当日はレストランがどこもかしこも満員なので、日を変えて翌日祝ったりしてる。また15日になると売れ残りのバレンタインチョコが半額になるので、私はそれを狙って買っている(笑)。

ではみなさん、よいバレンタインズデイをお過ごしください。


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何時までも終わらないアメリカの健康診断ブルース

一月は私の毎年恒例健康診断の月だった。いつも行く度に思うのだがアメリカの健康診断て本当にめんどくさい。そんな話をツイッターでしていたら、日本とはまるでシステムが違うようなので、アメリカで健康診断を受けたことのない読者諸氏のために、ちょっと私の体験からお話しよう。

アメリカの医療システムでは健康保険の関係で先ずプライマリーケアーという主治医を選ぶ。心臓が悪いと思っていたとしても、先ずはその主治医のところで診てもらい、そこから専門医を紹介してもらうという形になる。主治医の紹介なしで行かれるのは歯医者や眼医者くらいだろう。

健康診断をするにあたり、主治医の医院に行く前に血液検査を受ける必要がある。以前は私の主治医の医院では、看護師が血液を採ってくれたが、最近は人手不足なのか血液検査専門のラボに健康診断の一週間前に行って検査を済ませておいてくれと言わるようになった。

健康診断の日になると、女性の場合は子宮癌の検査などは主治医がやってくれるが、毎年必要な乳がんの検査や閉経後の女性なら骨の密度の検査などは処方箋をもらって別の検査場に行かなければならない。もし血液検査の結果、他の検査も必要だと思われたら、今度はそっちの専門医の方へ行き、そこで診てもらってから、そこから紹介された検査専門のラボに行く。

これらの検査場は同じ病院内にあるとは限らないので、それぞれ別々に予約を取って違う場所へいちいち行かなければならない。

私の行くラボは大きな病院の一部なので、血液検査もマモグラムも他の検査も同じ場所で受けることはできるが、それぞれ経営が別なので、すべて同じ日にすることはできない。結局それぞれの予約を別々に取る必要があるため、同じビルの中にあっても何度も日を変えて足を運ばなければならない。

仕事をしている人は、検査の度に会社を早退したり遅刻したりしなければならず、忙しい人だとなかなか検査に行かれずに、後回しにしているうちに一年が経って次の健康診断の時期が来てしまうということも良くある話だ。

私は行かなければならない検査があと三つもある。一つは予約が取れたが、後の二つはまだ保留状態。以前のように出張があるわけではないし、テレワークのおかげでそれほど時間を割かなくて済むようになったが、それでもこのシステムなんとかならないものかな。

日本では会社がスポンサーになって従業員に一日で全部の検査をしてくれると聞いて驚いている。日本て本当に医療は充実しているなあ。

あ、もうひとつ。病院内の薬局で自動的に薬をもらえるわけではないので、医者に自分の家の最寄の薬局を指定して処方箋を送ってもらい、後で自分で取りに行く。なにもかもが細分化しているのがアメリカだ。


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もうやめよう、役にたたない外出規制

今朝ツイッターで、日本の中学生くらいの女の子が「もうやだ~」と泣いているビデオがあがってきた。六日後に迫っていた修学旅行が突然中止になったことを嘆いてのことだった。今年入学した中学生たちは、ほとんどの授業がリモートで、文化祭も体育祭もバザーもすべて中止や規模縮小。クラブ活動もままならない状況で、もう子供たちの我慢も限界に達している。

アメリカでも状況は同じようなものだ。武漢ウイルスは子供にはほとんど害がない病気だが、コロナ政策は子供たちに多大なる悪影響を及ぼしている。

さて、それで世界中が試みたロックダウンはほとんど効果はないという調査が発表されたこの調査はジョン・ホプキンス・インスティトュートによるもの。内容の翻訳はちょっと難しすぎて出来ないが、要するにロックダウンをやってもコロナの死亡率にはほとんどか全く影響がなかったというもの。

はっきり言ってそんなことは過去2年間の世界中での様子を見ていれば明白だ。いつまでもだらだらとロックダウンを続けてるカリフォルニアと一年以上も前に完全開放したフロリダと感染率も死亡率も変わりがないことを考えればすぐわかることだ。

実は父が入院し来週にも手術ということで、万が一のために帰国する手続きを色々調べていたら、日本はカリフォルニアからの入国にかなり厳しく、入国してから最低六日間の隔離が必要だという話だ。しかし、六日隔離でも日本に行かれればまだしもなのだが、私の場合入国許可も下りない可能性があることを知った。

拙ブログの読者の方々はご存じだと思うが、私は20年以上前にアメリカ国籍を取得した。つまり日本国籍を持っていない。私は今まで全然しらなかったのだが、日本はアメリカからの無ビサ短期訪問を一時停止してしまったのだ。それでビジネスや観光での外国人の入国は禁止。日本に国籍、永住権、一時居住権などを持っていない人はよっぽどの理由がない限り入国できなくなっているのだ。

親が危篤とか、介護を要するとかいう場合には例外があるらしいのだが、それをどうやって証明するのか今調査中である。

オミクロンは感染してもインフルエンザよりも症状は軽く致死率は極端に少ない。それなのに何故こんなに厳しい入国規制をやっているのだろう?だいたい2020年初期に中国からの入国規制をやらなかった政府が、今になって欧米諸国からの入国規制をするっておかしくないか?

日本にいる妹からは、そんな無理をして帰国しても病院で面会させれくれるかどうかさえ危ういので、今は様子を見た方がいいと言われた。

二年前に帰省した帰り際に父が「今度お前が帰ってくるのは誰かが死んだ時だな」と言われた言葉を思い出して泣けてくる。


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父の病気で母の運転諦めない件に進展あり

この間私の87歳の母が未だに運転を諦めずに妹が苦戦しているという話をしたが、その後意外な展開があった。

あのエントリーを書いた後、母は自分で免許証センターに言って免許証を紛失したとして再発行してもらってきてしまった。妹が実家の掃除に寄った際に、母の様子がおかしいので母の財布を調べたところ、ちゃっかり免許証が入っていたというのだ。それで妹は再びその免許証を取り上げ自宅に持ち帰った。

それに気づいた母は大激怒。もう二度と妹を実家に入れないといい、妹が出勤前に毎日実家に顔を出してもドアにチェーンをかけて中にいれてくれないという。妹から父にチェーンを外してくれと頼んでも、お母さんが怒るからと協力してくれないと妹は嘆いていた。

どうしても運転を諦めない高齢者の家族を持つ悩みは多くの人が抱えている。先日もコメンターのhiromiさんがそうした悩みをどう解決したのかという体験談を色々紹介してくれた。(ひろみさんありがとう)

高齢の家族に運転を諦めてもらおうと人々が試した方法とは、

  • 母親が車をこすったので修理に出すといって車を処分。
  • 近所の車ディーラーにかたっぱしから電話をかけて車を売らないでくれと頼んだ。
  • 父親の免許証を取り上げ、車で出かけた父を警察に「無免許運転している」と通報して保護してもらった。
  • 父親が信頼している男性の医者から運転を諦めるように諭してもらった。

と、妹も試した方法なども含め同じような策を取った人が結構いるのだなと感心した。それをいくつか読んでいて、日本では公安委員会が免許証の差し止めの判断をするということを知り、さっそく妹にメールしたところ、妹はすでに公安にはなんども相談しているが拉致があかないと言うことだった。

これだけ高齢者の交通事故が問題になっているというのに、どうして行政はもっと家族の訴えに耳を傾けてくれないのだろうか。本当に歯がゆい。

そうこうしているうちに、妹からお父さんが救急車で病院に運ばれたというメールが来た。なにやら肺に水が溜まって、もしそのままにしておいたら後一年は持たないだろうと言われたという。手術が必要なのだが、何せ父はもう89歳という高齢。手術して寿命を一年二年延ばしたからと言って何が変わるというわけでもなし、などと考えていたが、医者の話では余命一年といってもその間かなり苦しい思いをする羽目になるとのことだった。だったら手術をして一年でも二年でも楽に余生を送ってもらったほうがいいだろうと妹とも話をしていた。

ところが父は手術はしないと母に言ったという。母が車のことで妹とケンカばかりしていて、その板挟みになり、生きていても辛いだけだと話したというのだ。

父を失うことになるかもと思った母は大慌て。それでもう運転は諦めるから、どうか手術を受けてくれと嘆願したそうだ。妹の方にも迷惑をかけてすまなかったと謝罪の電話が来たと言う。妹が散々言っても言うことをきかなかったのに、父の命が危ないとなってやっと心を入れ替えたようだ。

無論母のことなので、父を説得するためにその場しのぎの嘘をついた可能性は無きにしも非ずだが、父の入院などで今後ゴタゴタしている間に、母がそれどころではないと車の件を本気で諦めてくれることを願うばかりだ。


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87歳の実母が車の運転を諦めず苦戦する妹(アップデートあり!)

後日談があるので最後参照!

わが実母は今年87歳である。30歳過ぎて免許証を取ってから50年以上ずっと車生活を送ってきた。しかし歳も歳であり、腰の手術をしたりなんだかんだで入退院を繰り返し、病院へ車で行って駐車場で他の患者さんに当てて軽傷ながら怪我をさせるという人身事故を起こしたりで、周りがハラハラする出来事が多くなってきた。それで3~4年前から、近所に住んでいる妹や他の親戚たちとも相談して母に運転を諦めてもらおうと説得がはじまった。

しかし母は妹のいうことは全くきかず、母のすぐ下の弟で個人タクシーを長年やっていて80歳で免許返上した叔父から母に運転を辞めるように何度も言ってもらったが母は効く耳をもたない。母が運転出来ない時に送り迎えなどをしてくれている70代の別の叔父も母を説得したがまるで効き目なし。そうこうしているうちに母は妹に何も言わずに大して乗っても居ない車を新車に買い替えてしまった。

妹は母に激怒したが、同時にどうして80過ぎの年よりに新車を売りつけるのだとディーラーにもカンカン。とはいえ向こうも商売、ちゃんと免許証があって代金が払える人に買うなとも言えないだろう。しかし母の運動神経はかなり鈍っているようで、この新車もすぐにあちこちにぶつけたりこすったりで、運転してるより修理に出ていることの方が多い位だった。

去年の終わりごろ、母がまた車をこすって修理に出したのを利用して、妹がディーラーに車を暫く預かってもらうことにした。その時全く事情をしらない私の元に母からラインメッセージが届き、「(妹)ちゃんが私の車をもっていって返してくれない!」と言って来た。この時妹から事情を聴いて母の認知に問題が生じているなと悟った。母は自分で車を修理に出したことをすっかり忘れていたのである。

母は以前にうるさく言う妹を黙らせようと、自分の知り合いの若い人に車を譲るつもりだという話をしていた。母はその人にも車を譲ると約束していたので、妹はさっさとその手続きを進め、車はその知り合いに譲り、母が使っていたディーラーにも事情を話、地元の新車ディーラーシップではどこも母に車を売らないように手配をしてもらった。

これで一件落着と思いきや、数日前妹からメールで母が中古車を買ってしまったと連絡があった。新車ディーラーは扱ってくれないと解った母は、なんと今まで一度も買ったことのない中古車を買う手続きをひとりでやってきてしまったのだ。妹は母の行動力には感心すると呆れていた。私も妹も母が免許証を返上しない限り、こういうことは起こり得るとは思っていたが、まったく油断も隙もあったものではない。

幸いにして妹が納車前に気付き車はキャンセルし代金も返金してもらえた。中古車ディーラーの人も、自分の父親が同じようなことを何回かやってその度にキャンセルするのが大変だったと言って同情してくれたそうだ。

怒った妹は母から免許証を取り上げてしまった。警察署に連絡し、母から申請があっても新しく免許証を発行しないでほしいと頼んだそうだが、警察はうけつけてくれなかったという。高齢者による運転で悲惨な事故が何件も起きているのに家族にはそれを止める手立てはないのだろうか?

苺畑家の老人は脳内外科の専門医から認知症と診断された途端に医者から直接役所に連絡が行き、DMV(車関係の役所)から連絡が来たので、こちらから出向いて返上し運転はできない身分証明書に書き換えてもらった。日本でもそういうことは出来ないのだろうかと妹に聞いてみたが、母が自分から進んで認知診断など受けに行くわけはないので、それは先ず無理とのことだった。うちの老人は自分から進んで診断に行ってくれたので助かったが。

今のところ、妹は母に嘘をついて、警察が新しく免許証を発行してくれることはないと言っているらしいが。母は行動力も情報力もあるので、いつまでその嘘が通じるかわからないとのこと。

そこまで出来るなら認知症などではないのではと思われるかもしれない。実は認知症の症状は軽い時期は家族以外は気が付かない場合が多いようだ。私も母とは同居しておらず、たまに電話で話す程度なので、その短い時間だけだと母はしっかりしているように見える。しかし、ある時母と長電話をした数日後に再び母から電話があり、数日前の電話がなかったことのように全く同じ話を始めたのを聞いて、あ~、やっぱりどっかおかしいと私も気づいた。

高齢化の進む日本では、こういう問題で悩む家庭は多くいるだろう。地域によっては車なしでは生きていけないところもある。近くに家族が居なければ買い物にも行かれないし通院も大変だ。独立心の強いひとほど運転を諦めるのは本当に大変だ。私自身今運転出来なくなったらどうすればいいのか真剣に悩む。

ともかく母がまた何かやらかさないことを祈るばかりである。

アップデート 1月18日現在。さっき妹からメールが来て、母が免許証を再発行してもらってきてしまったという。妹が実家の掃除に寄った時に母の財布を見て発見。再び免許証を取り上げて帰ってきたら、母が大激怒してメールしてきたそう。またもらいに行ってくると頑張ってるらしい。


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正月早々風邪をひいた

いやはや新年早々風邪をひき、三日からの出勤が出来ずお正月休みが延長しているカカシです。ここ2年間やたら風邪をひくことが多いのだけど、今回の風邪はこれまでよりかなり重症。日曜日にガラージの掃除をしていて、鼻水が止まらなくなった。これは多分ガラージの埃が原因だろうと思っていたら、月曜日にはくしゃみが止まらなくなり、夜分には咳き込みはじめた。火曜日になったら鼻水は止まったけど今度は悪寒に見舞われ咳はどんどんひどくなり微熱あり。夜は横になると咳き込むのでソファで座ったまま寝た。水分を取らねばとハーブティーを飲み続け、火曜日はさすがに家事は無理ということでピザの出前を頼む。やっと水曜日の夕方ごろから咳も収まってきて熱も下がった。

今朝木曜日、だいぶ気分が良くなって、近所の薬局でビタミンD3とCとZinkを購入。Quercetinという薬がコロナ予防と治療に効くと聞いたが、近所の薬局には売ってなかったので後でビタミン屋さんに行こう。もしかしてオミクロンに感染したのかもと思ったのだが、PCR検査が出来るのは来週の火曜日が最初と言われたので諦めた。その頃には治ってると思うし。

サンディエゴに居る知り合いの話では、彼女の職場でも風邪が大流行りだそう。みんなコロナワクチンは打ってるけど、ただの風邪なのかオミクロンなのかは不明。彼女曰く、コロナワクチンのせいでみんな免疫が下がっているのではないかとのこと。

ところで同じ時期にワクチンを打った仲間の間でオミクロンが大蔓延という人の話を聞いた。私がよく聞いているポッドキャストのホスト達が一斉にオミクロンに感染。彼らによると彼らの家族や親せきも一斉にかかったそうだ。クリスマスにみんなで一緒になったから誰か一人でもかかっていればそれがみんなに移ったというのは考えられる。しかし彼らの話によると、ワクチン打った人も打たなかった人も皆症状は一緒で非常に軽かったという。

私が愛聴しているマット・ウォルシによると彼の症状は2~3日微熱が出た程度で治ったとのこと。彼の同僚のマイケル・ノールズも感染したが、ただの鼻風邪程度だったという。

正直な話、もうコロナ禍は終わったと私はおもっている。元の武漢ウイルスが変化して感染率は高いが軽症で済む弱体なオミクロン株になったことでCovid-19によるパンデミックは終わったのだ。オミクロンにかかっても死ぬことはない。単に2~3日軽い風邪にかかる程度のものだ。

だからもう無理やりワクチンを打つ必要はないし、マスクも必要ない。もちろん咳き込んでる人はマスクをすべきだが、何の症状もない人は心配することはないのだ。ただこの2年間で学んだ病気の予防はこれからも続けるべきだろう、手を頻繁に洗うとか、ビタミン剤を接種するとか。

私はワクチンを早急に打ったが、ブースターを打つ気はない。ともかく早く社会がもとにもどってくれればいいと思う。私には年老いた両親が実家におり、二人に何かある前に日本に行きたいので。


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苺畑夫婦の断捨離五年計画、ガラージで6万円発見

年末で私が楽しみにしてるユーチューバーさんたちが揃って冬休みにはいってしまった。私も今週一杯来年二日まで休暇なので、久しぶりにガラージの掃除でもしようということになった。実は私はあと5年もしたらこの家を売って、どこか物価の安い州に引っ越そうと思っている。それというのも、あと5年すると日本でいうところの厚生年金がもらえるようになるからだ。それと同時に今の仕事も辞めてゆっくり隠居生活を送ろうと思っているわけ。

ではどうして持ち家を売るのかというと、この家にはローンがまだだいぶ残っていて、収入がなくなったらローンが払えなくなってしまうからだ。家を売ることで家のローンは帳消しになり、もし買った値段より高く売れれば、多少の収益もあるはずだ。その余ったお金で他所の州でマンションでも買って、なんとか年金暮らしが出来るのではないかと思っているわけ。

さて、五年後に引っ越すと言っても、この家には10年以上暮らしており、その間に貯めたがらくたが沢山ある。引っ越す際には多分、業者に頼んで色々もっていってもらうことにはなるだろうが、その前に自分らで片付けられるものは片付けておこうと決めたのである。

題して苺畑夫婦の断捨離五年計画!

ユーチューブの片付け動画を見ていたら、たいていの人はあまりにも色々ありすぎて、いったいどこから手を付けたらいいのか分からないというそうだ。それでそういう場合はともかく、先ずこの部分を片付けようと決めて、そこが終わったら徐々に片付ける範囲を広げていけばいいというのが片付け専門業者さんのアドバイス。

というわけなので、では先ずガラージから片付けようということになった。前々からガラージのガラクタを少しづつ捨ててきてはいたのだが、今日は山積みになっている中身不明の箱の数々に挑戦。ともかく中身を確認して要らないものは捨ててしまおうということになった。

主人は何故か電気のコードとかケーブルとか充電池やたこ足を箱に一杯詰めて持っていた。なんでこんなもんが必要なんだ、と思ったが、いつか使うだろうと思ったんだろう。でも技術の進歩で使えないようなものばかり。その他いくつもある箱の中身は主人の昔の雑誌。一箱などすべてプレイボーイ!いちいち中身なんか見てないで早くすてろ~!

そして色々見ているうちに私のものと思われる箱を発見。

ん?なんだこれは?と思ったら小さながま口小銭入れが三つ出て来た。まさかと思って中身を見たら日本の一万円札が入っていたああ!それも数枚。一、二、三、四、五万円もある。まてよこれは五千円札と千円札。全部合わせて六万円なり~!

小銭入れにはさらに2~3千円はあると思われる小銭がびっしりはいっていた。以前に日本に行った時に使わずに持って帰ってきたものだろうが、一緒に見つかったもう一つの小銭入れはユーロ硬貨がびっしり!最後にヨーロッパに行ったのは10年以上も前なので、もしやこの箱はここへ引っ越して来た11年前からずっとここに置きっぱなしだったとか、、、ひょえ~!

実は他の箱と比べて、この箱だけが私のもので、しかも中には私がずっと探していて失くしたと思っていた昔のアドレス帳や、両親と一緒に行ったナイアガラ旅行の写真なども入っており、ガラージに無造作に置いておくようなものではなかった。どうしてこの箱が10年以上もガラージに置きっぱなしになっていたんだろう。

ふと考えて思いついたのは、10年くらい前に日常使わないものを箱詰めして、後で整理しようとガラージに入れてそのままになっていた箱がいくつもあった。その整理の最中に、私はこれは大事なものだからと一つにまとめて別にしていた箱があったのだ。他の箱の中身が主人のどうでもいい雑誌や使わないコードやケーブルだったことから考えて、主人が自分のものをガラージに移した時に、私の箱も間違えて持って行ってしまったのだろう。お金はともかく、アドレス帳は当時必死に探した覚えがある。まさかガラージで今まで眠っていたとは、、、

午前中かけてかなりの箱の中身を捨てたが、これ以上はゴミ箱に入りきらないので、残りは来週のゴミの日に持って行ってもらうしかない。まだまだガラージにはガラクタが沢山あるが、それでも歩いて入っていけるようになったのは進歩だ。


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