留学中の学生のアドバイスなんて参考にならない件

私が好きなユーチューバーのひとり、ヤスラーじゃーなるさんが、最近留学中のユーチューバーが留学志望者からお金をとってアドバイスをして、金銭をめぐってトラブルが起きたという話を紹介していた。彼に言わせれば留学中の学生にアドバイスを求めること自体がおかしいとのことだった。これ、私も全く同感。

ヤスラーさんはアメリカに高校留学して大学もアメリカで出て就職をカナダでして10年以上海外生活をしている社会人。まあそういう人だから留学や海外就職の仕方など最近の情報も良く知っているし、本気で留学したい人には参考になる情報を持っているだろう。そういう人にアドバイスを求めるなら参考になると思う。

だが今留学中の人間は、特に親の金使って学費も生活費もまかなってもらってるお客さんみたいな人には海外生活の大変さなどわからないし、ましてや就職事情なんて全く分からない。そんな人にアドバイスを求める方が悪い。ま、金銭トラブルが起きたとしても、それはまだ学生たちが子供だからだろう。

効果的な短期留学とは何か

それではここで僭越ながらアメリカ生活30余年のカカシが短期で語学留学をする人にちょっとアドバイス。現在の留学事情は知らないが、留学した際にもっとも短期で効果的に言葉を学ぶ方法は今も昔も変わらない。

基礎がないと上達も遅い

英語は文法など出来なくてもしゃべっている間に自然としゃべれるようになると言う人がいるが、自然に学ぶにしてもある程度の基礎は必要だ。この間、あまり教養がないと思われるとある日本の芸能人がアメリカに半年足らず「留学」した時の話をしていたのを聞いた。

彼女は個人で一日3~4時間英語の先生と話をするという授業を受けていたそうだが、最初のうちは何を言われているのか全くわからず数週間が過ぎたと言っていた。私は高校卒業後すぐに英語専門学校へ通ったが、その授業はすべてネイティブ教師による英語だった。しかし第一日目から教師の言っていることは理解できた。無論初心者にわかりやすい語彙でゆっくり話してくれたからには違いないが、それでも解るためには多少の語彙や文法力がなければ無理だったはず。私が教師の言ってることが多少なりとも理解できたのは高校までの基礎が出来ていたからだろう。

その芸能人がどのくらい英語力を得たのかというと、コンサートに駆け付けたアメリカ人男性ファンから「君はすばらしい」と言われていたのさえ「え、何、今なんて言った?」と通訳さんに聞いていたくらいなので、留学で英語力を養うという目的は全く果たせなかったようだ。

基礎は何故大事なのか

最近フィリピンに語学留学し、教わってる英語のレベルが低いのに、それでも理解できずに帰宅してから日本語の教科書でおさらいをしてやっとついて行ってると語っている人のビデオを観た。もし高校までの英語を完全マスターしていたら、もっと高いレベルの授業から受けられたはずで、せっかくの留学で基礎をやり直すという無駄な時間を使っていると反省していた。

まさしくその通り。私の経験からしても英語圏でESLを初心者レベルから勉強したら、一年や二年では上級者レベルに到達できない。それに初心者レベルのクラスは自分と同じように英語が下手な外国人ばかりなので、クラスメートと話をしてもかえって変な英語のくせを覚えてしまうのがオチ。

三か月とか一年といった短期語学留学で効果的に英語を学ぼうと思うのであれば、上記のフィリピン留学の人みたいに時間を無駄にしないよう、留学前に基礎をしっかり勉強しておくことが大切。

しかしここでいう基礎とはヒアリングやスピーキングのことではない。大切なのは語彙と文法そして作文能力を高めることだ。

知ってる言葉は聞き取りやすい

語彙を増やすことの大切さは色々あるが、語彙が広いと聞き取りの際にひっかかる言葉が多くなる。英語初心者は相手がわ~と話している言葉がひとつのつながった音にしか聞こえないが、もし知ってる単語がいくつか聞こえたら、文章がところどころ区切れて聞こえる。例えば「わーわー、寿司、わーわー、レストラン」という風に聞こえたら、寿司屋の話かなという想像がつく。だから知ってる言葉が多ければ多いほど聞き取りの役にたつ。「出る単」でもなんでもいいから使って、とにかく語彙を増やしておくことが大事。

文法が解れば文章を再構成できる

高校レベルの文法がしっかり頭にはいっていれば、相手に言われたことがすべて聞き取れなくても文章を再構成することができる。例えば、「学校、わ~わ~、何、わ~わ~勉強?」としか聞こえてこなくても、文法がしっかりしていれば、「学校で何を勉強しているのですか」と頭のなかで文章を再構成することが可能だ。日常つかう簡単な文章をいくつか暗記して空で言えるくらいになっていれば、普通の会話はそのバリエーションであることに気づく。こうしておけばヒアリングは非常に早く上達する。

文章力があると上級者用授業が受けられる

短時間で高レベルの能力を身に付けるためには、やはりESLも上級者並みのクラスから始める必要がある。アメリカのコミュニティーカレッジのESLなどではレベルが低い順に1から5まであるが、それぞれ一学期づつで年に二学期しかないと5にたどり着くには二年半もかかってしまう。これを短期でマスターするつもりなら、せいぜいレベル3以上のクラスに入る必要がある。そのためにはどうすればいいか。

大抵の場合能力テストは作文のみで面接などはない。なので短時間にきちんとした作文が書ければ上位のクラスに入ることが出来る。普通こういう作文で要求されるのは、ある話題に関して賛成か反対かの立場を取り、何故そう思うのかを見三つの項目に分けて書く。所要時間は50分くらいが普通。

こういう作文でさっさと考えをまとめるためには時事問題に日頃から注意を払っておくことが大切。地球温暖化とかプラスチック汚染の話とか、米中貿易問題とか、話題になってる話に関して自分の考えをまとめておくとこういう時に役に立つ。

日本語は話すな!

最後に一番大切なのは自分を英語漬けにすること。留学生あるあるでよく聞く話は、留学先で日本人と友達になって日本人とばかり付き合って現地の人と全然友達になれないということ。たかが三か月や一年の留学でこれをやってしまったら本当に時間がもったいない。それでも回りに日本人がいるとつい甘えてしまうという全く自制心がない人は、日本人が居ない場所に留学するのも一つの手だ。

一番お勧めできないのが日本人経営の日本人学生を対象にした語学学校。いくら英語圏の国にあってもクラスメートがすべて日本人だったら、日本で外語学校に通うのと何ら変わりはない。ここは心を鬼にして日本人を避け、英語のみを使うように努力する。留学中のほんの一年足らずのことだ、出来るよ。頑張れ!

結論として

結局留学に関してのアドバイスを受けたいなら、いったい何のために留学しようと思っているのかをはっきりさせる必要がある。単なる留学手続きの話なら今在学中の留学生から最新情報を聞き出すのはよいことだろう。どういう授業を受けるのが効果的かという話なら、卒業後に何をしたいのかで話が変わってくるが、大学卒業して海外で就職したいのか、日本で就職したいのか、もっと上の学校に進学したいのか、そうした目的をはっきり決めてからそうした経験を積んだひとからアドバイスを受けるのが得策だろう。

ま、カカシのような人間に出来るのは勉強のしかたくらいで、留学に関するアドバイスはあまり出来ない。なにしろ情報が古すぎるから。でも語学の学びかたは別に変わっていないので、多少なりとも参考になればうれしいかな。


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ハーバード大学が一旦受け入れた保守派運動家のパークランド乱射事件生存学生を不合格にした本当の理由

先日 「アメリカ・フロリダ州の高校で昨年あった銃乱射事件に遭遇し、アメリカの名門ハーヴァード大学に合格したカイル・カシャヴ氏(18)が17日、過去の人種差別発言が原因で合格を取り消されたとツイッターで訴え、議論を呼んでいる。」という記事がツイッターを騒がせていた。

記事によるとカイル君が16歳の頃、乱射事件が起きる数か月前、友達同士のプライベートなやり取りでお互い一番衝撃的な発言をするのは誰かというような男の子ならだれでもするような馬鹿げたお遊びをしていたのを、元友達の誰かがスクリーンショットで撮ったものをハーバード大学に送り付けたらしい。

本人は若気の至りだったとしてすぐに謝罪。いまの自分は十分に反省しているし、当時の自分と今の自分は違うと釈明している。 事実、事件直後からカイル君が公共の場で見せて来たふるまいに人種差別的な要素は全くない。それを16歳の時に友達の間で悪ふざけしていたくらいで、誰を傷つけたわけでもないのに、入学を取り消されるなんて信じられないと誰でも思うだろう。だが実は、カイル君の入学取り消の本当の理由は過去の差別的な言論などにあるのではなく彼の政治的な姿勢にあるのだ。

カイル君は銃規制強化を訴えるデイビッド・ホグ君と同じ高校の出身で、パークランド乱射事件の生存者である。学歴が全く届かず他の大学をすべて不合格になったのに何故かハーバードに受け入れられたデイビッド君と違って、カイル君は頭脳明晰成績優秀。大学入試のための全国学力テストで1600点中1550点という成績を収めており、多くの一流大学から奨学金付きで合格したが、ハーバードを合格したので他の大学はすべて蹴っていた。

デイビッド君と同様、カイル君もまた乱射事件後、学校内での安全を求める運動を公の場で行ってきた。しかしこの二人には決定的な違いがある。それは、デイビッド君は銃砲取締法強化を訴えているに対し、カイル君は銃砲所持権利の拡大を訴えて来た。二人とも学校内での安全を保持するという点で目的は同じだったが、そのやり方が全く違っていたのだ。

ここで理解しなければいけないのは、銃砲を持つ権利に関する政治的な見解は、右翼保守か左翼リベラルかで真っ二つに分かれるということだ。右翼保守(主に共和党)は憲法補正案第二条で保障されている市民が銃砲を所持する権利を全面的に支持しているが、左翼リベラル(主に民主党)は市民の銃所持を全面的に反対している。

そして最近の一流大学はどこもかしこも左翼よりで、保守派に対する嫌悪感を表にしている。ハーバードにとって16歳の学生の馬鹿げたテキストなど問題であるはずがない。もし同じことをデイビッド君がやっていたら、大学側は一笑に付していただろう。いやそれを言うなら、カイル君が特にとりたてて公共の目に触れるような運動をしていなかったなら、保守派運動家として世間に認められるような活動をしていなかったなら、彼の過去のテキストなど何の問題にもならなかっただろう。同大学にとって問題だったのは左翼リベラルの同大学が保守派運動家として著名なカイル君を受け入れることにあったのだ。

カイル君が同大学に合格したのが何時だったのかわからないが、その当時は多分、彼が保守派活動家として有名になっていなかったのではないかと思われる。それで同大学としても、彼の入学が問題になるという意識はなかったのであろう。それがカイル君が有名になればなるほど、同大学としては彼を不合格にする口実を探していたのかもしれない。

それにしても、「友達」だったはずの同級生たちが、カイル君の政治的見解をもとに彼の将来を台無しにしてやろうとする、そのせこい考えには腹が立つ。『 カシャヴ氏の書き込みのスクリーンショットを公開した同級生のアリアナ・アリさんは、ニューヨーカーに対して、「彼が目立てば目立つほど、その偽善が不愉快だった」と話した。』当時は自分だって一緒になって笑っていたくせに、何が偽善だ。アリアナちゃんは「カイル君、そんなこと言うもんじゃないよ、それは差別だよ」と注意したのか?かなり疑問だね。これは私の憶測だが、もしカイル君の活動が左翼リベラル政策を促進するものだったら、アリアナちゃんはカイル君がどれだけ有名になろうとこんな過去を暴露するなんてことはしなかっただろう。

今回のことで現在一流大学をめざ目指す高校生たちが学んだ教訓とは何であろうか?

それは自分が政治的に右寄りな人間は絶対に公な政治活動に参加しないこと。自分の政治見解はよっぽど信頼できる友達以外には心を割って話さないこと。保守派の人間は友達と政治に関する議論を記録に残るネットやスマホなどのチャットでしないこと。

若者に広い知識を得、あたらしい分野に目を開かせる手伝いをするはずの大学が、固まった考え以外を持つ人間を沈黙させるという、いまやハーバードも落ちたものである。


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留学せずに外国語を習得する方法を考えてみた

日本で英語教育をしている人とツイッターで色々話をしていて、留学せずに外国語を学ぶことは可能だろうかという話になった。実際に外国暮らしをせずに英語を習得したという人をユーチューブで観たことがあるので、明らかに可能だ。ただ、それにはかなりの努力を要すると考える。

先ずどこまで本気で外国語を学ぶつもりなのかが肝心だ。私が語学留学をした理由は自分が英語を使わなければ生きていけない状態に自分を追い込むことにあった。日本で暮らしてそんなことが可能だろうか?

留学したつもりで日本で外国語だけ、少なくとも外国語主体の生活を送るにはどうしたらいいか考えてみた。

先ずは耳から入ろう、常に英語を聴き続ける

先ず朝から英語で始めよう。普通出勤前にテレビニュースをかける人は多いと思う。最近はいくらでも英語ニュースは取得できるので好きな局を選んで聴けばいい。

通勤や通学の間、オーディオブックやポッドキャストで英語を聴き続けること。とにかくあいてる時間で耳が自由な時は英語を聴き続けることが大事だ。

帰宅してテレビを観る時間があったら、英語のテレビ番組を字幕なしで観ること。字幕があると絶対聞き取りに支障を来すからこれは大事。最近はネットでいくらも英語のテレビシリーズを観ることが出来るのでこれは簡単なはず。

スピーキング、独り言って役にたつ

回りに英語で話してくれる人が居なくても、自分なりに英語で話す訓練をしておくといい。あたまに浮かんだことは日本語ではなく英語で声に出すように練習する。その際文法に注意してブロークンにならないようにすること。簡単な文章をいくつか暗記しておいて、それを応用するとよい。

会話はスカイプなどを利用しよう

最近は外国の人とスカイプなどで会話することが出来る。有料でレッスンしてくれる人もいれば、普通におしゃべりしてくれる人もいるので、なるべく言葉使いの上品な人と一週間に数回でも一回につき一時間くらいは話をすると良い。

私がお勧めできないのは一組に何人もいる英会話クラス。上級者用のクラスならまだしも初級中級はクラスメートの英語が下手過ぎるので、お互いに会話しあっても意味がない。英会話レッスンを受けるなら個人授業が一番効果がある。

読むのは独学でも書く方は指導が必要

読むほうはとにかく読むしかない。自分で好きな分野の本を選んで一日一時間くらいは読む時間を設けるとよい。この際、やたらに優しすぎる子供用の本などはつまらなくて飽きるので、なるべく自分が興味のある本を選んだほうが良い。ただ、一行に三つ以上知らない単語が出てくるようなら、それは難しすぎるのでやめたほうが良い。知らない単語は一ページにせいぜい三つ程度で押さえておく。

論文を書くのは独学では難しいが、文章の構成などに関する本はいくらもあると思うのでそれを参考に練習してみるとよいだろう。ただし、書いたものをきちん添削してくれる人がいないと上達は望めない。これはきちんとした英語の先生に直してもらうのが理想。単に英語が出来るというだけの外国人ではだめだ。なぜならこれは文法だけでなく文章力を付けるための勉強なので、英語が話せても文章力のない外国人では話にならない。

語学専門学校はお勧めできない

よっぽど素晴らしい語学学校でない限り、私は語学専門学校はお勧めできない。語学学校はある程度その言語が話せるような上級レベルの学生には効果があるが、初級レベルではあまり意味がない。何故かというと前にも述べたように、初級レベルは周りの学生の英語も下手過ぎるため、英語だけで練習などと言っても全く会話にならないからだ。かえって他の外国人の変あアクセントや癖を覚えてしまのが関の山。初級の人は個人授業をお勧めする。高い授業料払って二年も学校に通うほど余裕があるなら、この二年間一切日本語使わずに暮らすくらいの執念で上記の訓練を行えば英語は出来るようになる。どうせお金を使うなら週に2~3回自分の書いたものをきちんと直して正しい論本の書き方を教えてくれる先生を選ぶほうがずっと効率が良い。前述のように先生は注意して選ぶべし。駅前の英語塾で英語を教えているような外国人ではまあ先ず駄目だ。せめて大学で英文科を卒業した人を選んでほしい。

というわけで留学せずに本気で外国語を学ぼうというのであれば、かなりの努力が必要。これを回りから強制されずともやれる人なら外国語をマスターすることは出来るだろう。またそれだけの努力が出来る人なら、外国へ留学してもきっと成功できるだろう。どこまでやれるかはその人の努力次第だ。

結論、留学した方が楽かもよ。


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言論と暴力を混同すると、かえって暴力を煽ることになる

最近アメリカでも日本でも「言葉の暴力」といった概念が後退派左翼の間で流行って。ごく普通のことを言っただけで、「それは差別だ!ご暴力だ!」と言い出す輩がやたら多い。ある人などは「言葉で人は死にます」とまで言い張った。いったい私がどんな呪文を唱えればそういう奴を殺すことが出来るのか、是非とも教えてほしいものだ。

聡明な読者諸氏はもうすでにご承知のことと思うが、そうやって相手の言論を暴力だとか暴力を煽る行為だとか言う奴らに限って自分たちは平気で暴力を振るう。平和平和とがなり立てながら、辺野古基地前で基地に出入りする人々の車を囲って車を叩いてる奴らなんぞは、その典型である。

先日も極左翼で悪名高いカリフォルニアのUCバークレー大学で、保守派活動家が左翼暴徒に殴られるという事件が起きた。上記はその時の模様。被害者はハイデン・ウイリアムスという男性でターニングポイントUSAという保守派団体への勧誘活動を手伝っていた。ブースには「ヘイトクライムのやらせは真の犠牲者を傷つける」 ( “Hate Crime Hoaxes Hurt Real Victims”)といったサインが掲げられていたという。これは先日二人の保守派白人に襲われたという自作自演の犯罪を訴えて問題になっている黒人俳優のことを比喩している。

さて、このサインに怒った二人の男がウィリアムスに近づきウィリアムスに罵声を浴びせかけた。ウィリアムスによると男たちはウィリアムスを「レイシスト」と呼び「撃ってやる!」といって脅したという。私が見たビデオの中でも黒い服を来た男が「お前は暴力を煽っている」と言いながらウィリアムスを殴っている姿が写っている。

最近の大学キャンパスは保守派にとって非常に危険な場所になっている。とターニングポイントUSAの創設者、チャーリー・カーク氏はいう。保守派は単に意見が違うというだけで罵倒され暴力を振るわれるのが普通になっている。もしこれが反対にマガハット(トランプ支持の象徴)を被った保守派学生による暴行であったら、メディアは「ヘイトクライム」だと言って大騒ぎしたに違いない。なにせマガハットをかぶって微笑んでいただけの高校生をあれだけ吊し上げたメディアであるから。

なぜ左翼連中は保守派というだけで殴ってもいいと思うのか。それは「言論は暴力だ」という危険な思想を信じ込んでいるからだ。言論は言論だ、言論で誰も怪我をさせることなど出来ない。だがそれを「暴力だ」と言ってしまえばどうなるか。暴力なら暴力で応戦しなければならないという理屈になる。だから後退派左翼にとって保守派の言論は暴力なのであり、暴力によって対抗するのは正当防衛なのだという考えなのである。私が口を酸っぱくして言論と暴力を混同してはいけないと言っているのはこれが理由だ。

そしてこれはヘイトスピーチは暴力だとするならば、政府による暴力で弾圧されて当然という理屈になる。

先日イギリスでは38歳の母親がフェイスブックで「トランス女性は男だ」と書いただけで警察に連行されて何時間も拘束されるという事件が起きた。イギリスではこういうことがもうすでに何度も起きている。その話を上記のようにツイッターでしたら、「ミスジェンダーはヘイトスピーチだから規制されて当然」と答えて来た人が居た。

この人は自分が言っていることがどれほど恐ろしい言論弾圧であるかわかっているのだろうか?SNSで何気なしに言ったこと、しかもトランス女は男だ、などという明確な事実を言っただけで逮捕されるような世の中に本当に生きたいと思っているのだろうか?こういう人は自分は常に権力者側に居ると錯覚している。自分の意見が多数派だから自分は安全だと思っているのだろう。だが、ほんの10年くらい前ですら、男を男と呼んだらヘイトだと言われる時代が来るなんて、誰が予測しただろう?ということはいつ何時、今はポリコレな言論が明日はヘイトになるか解らないのだ。ずっとリベラル派だといってバージニア州の知事にまでなった人が30年以上も前に冗談でやった黒塗りで辞任を迫られるなんて世の中だからね。

余談だが、バージニア州の知事の黒塗り写真を検索していたら下記のようなツイートを見つけてしまった。ここまで来ると黒塗りというより変装だね。


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人種差別の歴史を教えるのは人種差別という左翼の歪んだ理論、「アラバマ物語」は白人至上主義?

カナダはオンタリオ州のピール教育委員会において、アメリカ小説の傑作ハーパー・リー原作”To Kill a Mockingbird”(放題:アラバマ物語)(グレゴリー・ペック主演で1962年に映画にもなっている。)を子供たちに教えないようにとメモを発表したという記事を読んだ。その理由というのが、「黒人生徒に有害で暴力的で抑圧的であり、救世主としての白人登場人物によって黒人登場人物を人間以下に見せているから。」というもの。

「人種差別の文献が人種差別に関する討論の入門となることはすでに差別を体験している黒人生徒たちにとって、とても有益とは思われない」「これはまず一旦休止すべきだ。誰がこの文献の中心なのか、だれのためになるのか、どうしていつまでも教え続けるのか?」

とメモは問いかけ、この小説のなかには19回も黒人侮蔑語であるNワード(いわゆる黒んぼを意味する言葉)が含まれており、有害なのはそれだけではないが、それがこの本の暴力さに加わっているとしている。

メモはさらに、黒人の父母たちは「子供たちがこの小説を読むことを毛嫌いしている。」本を廃止することは検閲であり、検閲は言論の自由を制限するものだと思われがちだが、人種差別を主題にしたこのような本を読書リストに入れておくことは黒人生徒に対して人種差別で暴力的で抑圧的であるとしている。

このメモを書いた人間は、原作を全く理解していないか、人種差別の恐ろしさを生徒たちに理解させまいとする企みを持っているかのどちらかだろう。

これは、やはりアメリカ小説でマーク・トウェイン著の「ハックルベリーフィンの冒険」が人種差別小説だとしてアメリカ各地の学校で排除されているのと全く同じ理由だ。

ご存知のない読者諸氏のために説明すると、アラバマ物語は著者の少女時代の多少自叙伝的なおもむきもある話で主人公は8歳くらいの少女。舞台は1930年代のアラバマ地方にある架空の小さな町。ひとりの黒人男性が白人女性から強姦されたと告発され裁判になる。この被告人の弁護をする白人弁護士は主人公の父親。問題なのは当時この地域では黒人差別がひどく、特に黒人男が白人女を犯したなどという問題になると、裁判で黒人が正当な裁断を受けられる見込みが非常に少なかった。町民たちはすぐにでも黒人を吊し上げてリンチにかけようといきり立っている。そんな中で地元に住んでいて自分も白人の弁護士が、近所の地元民たちの反感を買いながらも必死に黒人被告人を弁護するという話。

この小説の主題は、いかに人種差別が不当なものであるか、どんな人間も偏見ではなく事実に基づいて正当な裁判を受ける権利があるというもの。この小説が出版されたのは1960年代の人権運動の真っ最中だったということにも注目せねばならない。

この小説はせんだってのカバノー判事のセクハラ疑惑でも持ち出された。小説では、アメリカには「証明されるまでは無実とみなす」という原則があるにもかかわらず、被告が自分が嫌いな集団に属している場合には裁判もせずにつるし上げることの危険性を示している。黒人だというだけで特に告発者が白人の場合、裁判もなしに殺されるという人種差別が如何に悪であったかを訴えているのがこの小説なのだ。

人種差別の恐ろしさや正当な裁判の大切さを訴えるこの小説が、人種差別だとか黒人を人間以下に扱っているから黒人生徒に対して有害だという歪んだ理屈は一体どこから出てくるのか?

はっきり言って、ピール教育委員会がこの小説が人種差別の本で黒人生徒を圧迫するものだなどと本気で信じているとは思えない。この本が教育委員会の左翼どもにとって「有害」であるのは、この話は実際の人種差別がいかに恐ろしく醜いものだったかを示しているからで、それを現在の子供たちが学ぶということは、左翼どもが現在もあると言い続けている「人種差別」がいかに偽物であるかを暴露するものだからである。

左翼連中が人種差別の本当の歴史を抹殺しようと躍起になっているのは、アメリカにおける人種差別は主に左翼連中が行ったことだからだ。奴隷制度をかたくなに守ろうと南北戦争を起こした南部はすべて左翼の民主党。ジム・クロー法などの悪質な人種差別法を通したのも左翼民主党。人種混合は絶対にありえないと小学校の校門を遮ったのも左翼民主党議員。

現在の左翼が少数派を味方につけておくためには、自分らが行った過去の人種差別の歴史を抹殺し、現在の少数派をだまし続ける必要があるのだ。

カナダはアメリカではないが、過去の人種差別がどれほどひどいものであったかを現在の子供たちが学べば、今自分らに起きていることは人種差別などではないと気づいてしまう。そんなことは後退派左翼にとっては絶対に許されないことなのだ。

差別をされていると思い込み自分は弱者だと思っている人間は政府はコントロールしやすい。あなた方は弱い立場に居るのだから政府が守ってあげますと言いやすい。

ピール教育委員会は、これは決して検閲とか言論弾圧ではないと言い張っているが、それ以外の何物でもない。


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ハーバード大学入試審査に見る組織的な東洋人差別、訴訟で明らかになる

Systemic Discrimination/組織的差別という言葉をよく聞く。これは黒人やラテン系の人々が自分らが差別されているという時によく使う言葉だ。組織的差別と普通の差別のどこが違うのかといえば、後者は単に個人の差別意識によるものであるのに対し、前者は差別そのものが組織の中に組み込まれているため、個人的にはどうしようもないという意味。黒人と白人が使える施設を完全に分離していたジム・クロー法などがその典型。

このような組織的差別はもう何十年も前に法律で廃止されており、それどころか人種や出身国籍や性別や性嗜好などを理由に差別することは、あらゆる場所で違法となっているため、私はずっと「組織的差別」などというものは存在していないと主張してきた。ただし、東洋人やユダヤ人への差別を除けばの話だが、、

実は先日、東洋人学生を代表とするHarvard, Students for Fair Admissions (SFFA)という団体がハーバードの入試審査が東洋人受験生を不当に差別しているとして2014年に訴えていた件で、事実同大学が組織的に東洋人学生を低評価していたことが明らかになった

ボストン裁判所はハーバードに入試審査の統計を提出するよう求めていたが、大学側が奥歯を抜くほどいやいやながらに提出したリポートには、確かに受験生の人格や嗜好といった主観的な審査で東洋人学生は統計的に大幅な低評価を受けていたことが暴露された。

同リポートによると、学力のみで審査した場合、東洋系学生の数が現在の18.7%から43.4%にまで増えてしまうという。レガシーと言われる推薦学生やスポーツ奨学生の枠を取っても、東洋系学生の割合は31.4%を占めてしまうことになる。この事実は2013年ハーバード内部のHarvard’s Office of Institutional Research (OIR)による調査結果によって同大学はすでに把握していたにも関わらず無視してきたのだ。

またデューク大学ピーター・アーチディアコーノ教授の調査によると、合格率25%の東洋系受験生が、その他のことが全く同一であった場合、白人なら35%にラテン系なら75%、そして黒人なら95%の確率で合格する計算になるという。同教授のリポートにはハーバードが「人格審査」において東洋系受験生の成績を低く審査することにより、いかにして学生の望ましい人種分布が起きるように操作していたかを如実に提示している。

注目されるのは、差別されているのは東洋人だけではないということ。白人やラテン系でさえ少なからず差別されている。一番優遇されているのは誰あろう常に声高に差別を叫んでいる黒人。

同教授によれば、全国統一試験や高校での成績や課外授業などの成績だけで審査した場合、これは主観が入らないため同様系受験生の成績は高い。それで同大学は性格のよさだの協調性だの魅力的だのといった個人の人格に関する主観的な審査を東洋人の場合極端に下げて全体の成績を低評価したという。こういうことがハーバード大学では少なくとも過去十年は続いている。

入試の際に東洋人を差別しているのは何もハーバード大学だけではない。こちらのブログにもその例が載っている。

なお、「アジア系アメリカ人を差別的かつ不当に取り扱っている」との批判を受けているのはハーバード大学に限りません。2016年5月には、130のアジア系アメリカ人団体が、エール大学、ブラウン大学、ダートマス・カレッジなどいずれもアメリカ東海岸を代表する「アイビーリーグ」に属する大学に対して、「人種に基づくクオータ制」を悪用して、アジア系アメリカ人を締め出していると主張して、司法省に対して調査を要求しています。

大学入試において東洋人が極端な差別を受けているということはすでに周知の事実であり、もう二十年以上前から色々取りざたされてきた。訴訟が起きたのもこれが最初ではない。

カカシ在住のカリフォルニアでは1995年にワード・コネリー氏が主体となって、白人や東洋人が極端に不利になる人種による入試審査アファーマティブアクションを州立大学入試から撤廃する案を推し進めた。これがかの有名な法案209条で、州民投票により58.2%の支持を得て通過した。同様の法案はワシントン州でも通過した。

無論後退派左翼はアファーマティブアクション廃止は人種差別だと言って何度も訴訟を起こしカリフォルニア209条を撤廃しようと躍起になっている。何故人種による差別をしてはいけないという法律が人種差別だということになるのか不思議と言えば不思議だが、後退派左翼の理屈というのは常にこのように矛盾に満ちているのだ。

これについては過去のエントリーに詳しく書いているので下記参照。

東洋人を圧伏するカリフォルニアのアファーマティブアクション


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東洋人差別は人種差別どころか反人種差別と言える最近の後退派左翼

ツイッターで紹介されていたニューヨークタイムスのこのコラム、De Blasio’s Plan for NYC Schools Isn’t Anti-Asian.  It’s Anti-Racist. (デ・ブラジオ市長のニューヨーク市学校の新計画は反アジア人ではない、むしろ反人種差別計画だ。)を読んでぶっとんでしまった。カカシ注:イタリックをクリックすると元記事につながる。コラムの著者はMinh-Ha T. Pham(ミンハ・T・ファム)というベトナム系の学者でアジア系アメリカ人の教育に関する活動をしていると紹介にある。

で、デ・ブラジオ市長が提案している計画とはどういうものなのかというと、NY市のエリート高校八校への入学審査を従来通り単に高校入試統一試験で上位の受験生から選ぶのではなく、合格生徒の20%をNYの恵まれない地域にある中学の生徒のために枠を取るという計画だ。

市長はいずれ入学試験を一切廃止し、600に及ぶ中学から上位の生徒を受け入れる方針を取る意向だ。こうすることによってニューヨークの高校はNY内の住民の人種と階級を忠実に反映する人口分布になると言う。「これは単に良いということではない、これこそ正しいことなのだ!」とファム氏は言う。

「残念なことに」ニューヨークの東洋系父母たちは、これはアジア人差別につながるといって反発しているそうだ。しかしファム氏は、いや、これはアジア人差別ではない、それどころか反人種差別なのだ、と主張する。

市長の計画を実施すれば、高額な塾に通えない労働階級の子供たちをエリート高校へ進学させることが出来るようになる。ファム氏はこれは人種枠を作るいわゆるアファーマティブアクションでもないという。単に様々な背景を持つ学生たちにレベルの高い公立学校へ通わせる機会を与えるものであり、人種とは無関係だというのである。これらの高校は公立であり、ニューヨーク市民の税金で成り立っているのであるから、すべてのニューヨーク市民に使用の権利があるべきなのに、エリート高校に入れるのはNY高校受験生のたったの5%。去年これらの高校に受け入れられたのは600校あるNY中学のうち21校からだけだった。これは明らかに差別だ!というわけだ。

確かに差別は差別だが、それは学力による差別であって、高校入試が学力で受験生を差別するのは当然だろう。学校は水泳プールや図書館ではない。公営ではあるが、成績によって選りすぐられた生徒のみが勉強する機会を与えられている場所だ。中学でサボって勉強せず、試験もひどい点数を取って来た生徒たちに、両親が税金を払ってるから通わせるべきだというのはどう考えてもおかしい。他にいくらも程度にあった高校があるのだから。

ファム氏はこの計画は人種とは無関係だというがとんでもない。先日もハーバード大学が東洋系の学生が増えるのを懸念して東洋系受験生の判定を故意に下げていたことが判明していることでもわかるように、東洋系の家庭は教育に熱心なので子供たちも他の人種に比べて成績が良いというのは周知の事実。試験によって上位者から選べば必ず圧倒的に東洋人の割合が多くなる。だから試験を無視して程度の低い中学からの受験生枠を20%もとれば、そのぶん優秀な東洋人の入れる枠が減るのである。ただでさえ狭き門のエリート校の20%も試験免除組が取ることのどこが公平なのか?

ファム氏は統一試験が一番偏見のない審査だと言っているNY市会議員のPeter Koo(ピーター・クー、多分中国系)氏は間違っているという。試験では学生の学力を正確に審査できないことは数々の調査で証明されており、特に少数派の生徒に不公平であることも解っていると語る。本当に偏見のない審査をするためにはすべての学生が小学校の頃から同じ環境で勉強をしてこなければならないのだと。

ほ~ら来たあ!人種の問題ではないと言っておきながら「試験は少数派(マイノリティー)にとって不公平」と少数派人種を持ち出してくる。アメリカ後退派左翼の言葉使いをご存知ない読者のために説明すると、彼らがいう「マイノリティー」というのは黒人と中南米系人種のことであり、ここでいう少数民族に東洋人やユダヤ系が含まれていないことは言うまでもない。

だいたいアメリカに住む東洋人というのはどういう人種なのか?ファム氏自身がベトナム系なのだからよくわかってるはずだが、先ずベトナム人はボートピープルといってベトナム戦争後に難民として裸一貫でアメリカに渡って来た人々の子孫。一世目は明らかな労働階級でドーナッツ屋さんやったり日雇い労働したりして一生懸命働いて子供を良い学校へ行かせた人々だ。中国系や日系も100年以上昔に移住して最初は鉄道工事や農園で奴隷同然の仕事をしてきて二世代目三世代目の教育に力を注いできた。移民としては歴史の浅い韓国系も、最初は治安の悪い地域で命がけでコンビニ経営したりして、二世代目からは医者や弁護士になれるように教育熱心に頑張って来た人々。

どうして東洋系の子供たちがエリート小学校や塾に行けるのかといえば、それは親がそのぶんものすごい努力をしたからで、決して恵まれた環境にあったからではない。黒人やラテン系だってやろうと思えばできることで、現にそうやって頑張ってる人々はいくらでもいるのだ。

親が教育熱心だということが恵まれた環境だとはいっても、成績を上げるために努力したのは生徒本人たちだろう。そうやってがんばって受験勉強してきた子供たちを差し置いて、小中学校でさぼってきた学生を20%枠で受け入れるということは、結局成績の良い生徒=東洋人を差別することになるではないか。

ところで、ここでは話題にされていないが、ユダヤ系学生についても東洋人と全く同じことが言える。第二次世界大戦前後に移住して来たユダヤ系は皆貧乏だったが教育熱心だった。ミスター苺は1970年代に南カリフォルニアで中学高校に通ったが、当時エリート中高に設けられた英才教育カリキュラム入れた学生はほぼ全員ユダヤ系だった。(この間同窓会に一緒に行ったが、本当にそうだった。)

何故東洋人及びユダヤ人差別は差別ということにならないのだ?いや、ファム氏の言い分だと、むしろ東洋人を差別することこそ反差別だというおかしな理屈になる。

ファム氏のように、自らが東洋系でありながら、後退派左翼に頭が染まって全く論理だった理屈が考えられなくなるというのは非常に悲しいことであるが、日系でも民主党支持は多いから東洋人だから頭がいいとは言えないということだな。


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思想の多様性に敵意丸出しの後退派左翼

8月下旬から始まった移動続きの出張だが、本日四つ目のホテルに移動。今日は花金だし今週末は仕事がないので一足先に週末を始めよう。
昨日9/14日の夜、保守派政治評論家のベン・シャピーロがカリフォルニア州立バークレー大学で演説を行った。実は講演の瀬戸際まで実際に講演が実現するかどうか危ぶまれていた。それというのも、左翼ファシストテロ軍団のアンティファ・ファシスト連中がシャピーロの講演を妨害すべく集まってくることが充分に予測されていたからである。バークレー市は今年初旬にマイロ・イヤナポリスの講演を妨害したアンティファの暴力に対して全くといっていいほど警備を施さなかったことで批判を受けていたこともあり、今回はなんと60万ドルという警備費を投入して厳重な警備にあたった。おかげでシャピーロの講演は無事に行われた。
会場の外では1000人を超す反シャピーロ連中が集まり訳の解らないスローガンを叫び続けていたが、警察は武器を持っている人間や覆面をしている人間を次々と逮捕。法と秩序を守り通した。
保守派演説者を招待すると警備費が嵩むと文句を言ったり批判する前に、事態がここまで悪化する前に何故バークレー市は対策をとらなかったのかを考えるべきである。暴力沙汰を起こしているのは左翼過激派のアンティファ連中ではあるが、その暴力を許容どころか奨励してきた大学側やバークレー市にも多いに非がある。
全国各地のエリート大学が、保守派演説者を招待した学生たちに警備費と称して法外な金額を請求しておきながら、左翼暴徒らの暴力を学校側が全く阻止せず、警察に待機命令を出して、左翼の暴力を奨励している。
アメリカのエリート大学の多くが左翼連中たちに乗っ取られてしまった。大学の職員も教授もほとんどが左翼。1960年代の学生運動で過激派だった奴らが今や教授になってるわけだから、右翼や保守派の意見など最初から聞く耳持たないどころか、そういう意見はどんどん排斥している。そういう連中に育てられた現在の学生たちが左翼以外の言論を暴力で阻止しても良いと考えるのは当然だ。しかもそういう暴力的な行動を学校側が見て見ぬふりをするだけでなく奨励までしているとすれば、ことが激化するのはわかりきっていたことだ。
実は、本日のエントリーはこの間よもぎねこさんが多様性について書いているのを読んで、色々思うことがあったので私もそれについて書いてみようと思ってはじめたのだが、なぜアメリカの大学における保守派思想弾圧が多様性と関係があるのか説明しよう。
後退派左翼連中が言うDiversity(ディバースィティもしくはダイバースィティと発音)訳して多様性とは、思想や文化の多様性のことではない。彼らにとって大事なのは人種や国籍の多様性であり、顔や言葉のアクセントの違いは奨励しても、思想の違いは断固許さない。
この多様性という言葉はちょっと前まで使われていた多文化主義と同じだ。多文化主義は他国の文化を尊重するあまり、自国の文化を虐げるという本性がばれて人々から顰蹙を買うようになったので、後退派左翼は新しく多様性という言葉を使い始めたのである。だがどんな言葉を使おうとやっていることは全く同じだ。
後退派左翼の最終的な目的は共産主義を確立することだ。そのためには既存の自由主義文化を破壊することから始めなければならない。多文化主義だの多様性だのはそのための手段に過ぎないのだ。自国の文化と相いれない異文化の人間を大量に受け入れれば自国の文化は衰退する。それが彼らの目的だ。だから彼らの言う多様性とは決して思想の多様性のことを言うのではない。これらの人々に共通している思想はアメリカ文化の完全破壊にあるのだ。
アメリカは移民の国だと言うのは本当だが、だからといってアメリカ特有の文化がないのかと言えばそれは違う。いや、それどころか、他国からアメリカにやってくる移民のほとんどが、アメリカ特有の文化に魅かれ、その文化に自分もあやかりたいと思ってやってくるのだ。格言うカカシもその一人。私はアメリカに住む日本人で居たいと思ったことはない。私は日本を祖国に持つアメリカ人になりたいと思ってアメリカに移住したのだ。
だから私のような移民こそが、本当の意味でのアメリカ文化を守りたいと思っている。私のような移民は外国から来て外国の文化をアメリカに押し付けようとする奴らにものすごく腹が立つ。そんなに自分の国が良かったなら、なんでアメリカに来たんだよ、国へ帰れ!と言いたい。
多様性を唱える奴らは、このアメリカ独特の文化を破壊し共産主義を確立しようとするファシストたちなのだ。(共産主義もファシズムも同じ穴のむじなだ)彼らは暴力で他思想を弾圧し排斥する。であるから多様性などというきれいごとに騙されてはならないのだ。
ここでひとつ付け加えておく。「多様性」という概念は決してアメリカが生み出したものではない。これは欧米の後退派左翼連中が作り出したものだ。日本の保守派の人々がアメリカを誤解するのは、こういう悪い左翼思想がアメリカの左翼メディアを通して日本のメディアに引き継がれ、そのまま日本で報道されてしまうからだ。人種だけの「多様性」は決してアメリカ文化を代表するものではない。自国の文化を犠牲にして外国文化を取り入れるなどアメリカの精神に反する。
本当の意味での思想の多様性という意味であれば、自由社会ならだれでも奨励する。だが、後退派左翼の「左に倣え」の多様性などくそくらえである。日本がこういう悪い左翼思想に毒されないことを願うものである。


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「人種別卒業式で多様性を祝う」なんじゃそれ?

”Colleges Celebrate Diversity With Separate ‘Commencements’人種別卒業式で多様性を祝うというニューヨークタイムスの見出しを観て、「これって皮肉で書いてるのかな?」と一瞬目を疑った。しかし内容を読む限りNYTはこれは良いことだと思っているらしい。「多様性」と「人種別」という言葉を同じ文章でこのように書けるところがさすが左翼の二重思考。
6月といえばアメリカは卒業シーズン。これまでも黒人学生だけの卒業式を行ってきた大学はあったにはあったが、今年に入って人種別卒業式を大々的に行う大学が一挙に増えた。この間紹介したエバーグリーン大学での黒人学生による白人排斥事件でもわかるように、最近なぜか黒人および有色人種による自発的な人種隔離が流行りだしている。これは非常に由々しきことである。
読者諸氏もアメリカでは1960年代頃までアメリカ南部では白人と黒人を隔離する法律があったことはよくご存知だろう。
マーティン・ルーサー・キング牧師らが筆頭となって起きた市民運動は、まさにこの悪法を撤廃すべき運動であり、その激しい戦いは1954年から1964年公民権法の設立まで続いたのである。多くの黒人および白人の共和党人権派によって撤廃されたこの隔離制度を、なんと現在当の黒人たちが再び復活させようというのだ。彼らには「隔離すれども平等」がどれほど不平等な思想だったかが解っていない。それをやっているのが歴史上人種差別大好きな後退派左翼なのは頷けるが。
大学での人種隔離制度を実行したなら、一番被害を受けるのは黒人・ラテン系生徒たちである。だいたい人種多様な大学で各人種でクラス分けするなど可能なはずはない。それで大きく区分けすれば一方で白人および東洋人その他の少数民族、もう一方で黒人および色の濃いラテン系、といった二つのグループに分かれることが想定される。しかしこれは誰もが知っている事実なのだが、大学は以前にも紹介したアファーマティブアクション(AA)制度を取り入れて学力い黒人やラテン系の生徒を多く取り入れている。AAで入った黒人の入試テスト成績は狭き門を通って入ったトップクラスの東洋人に比べて100点満点で30から40点も違うという事実があるのだ。
ということは、もし黒人およびラテン系のみのクラスが編成されれば、事実上これは大学の落ちこぼればかりのクラスという結果になってしまう。黒人やラテン系でも成績が良く高度の教育を受けたい生徒たちは白人側のクラスを好むだろう。白人側は人種差別の汚名を着たくないのでどんな人種でも受け入れるはずだからだ。
こうなっていったい誰が一番損をするのか、それは落ちこぼれクラスに押し込められた当の黒人やラテン系生徒たちだ。せっかく親に高い授業料払ってもらって有名大学に行かせてもらっているのに、二流の教育しか受けさせてもらえなくなるのだ。低い成績を取ればそれが人種差別だと騒ぎ立てて何も学ばずに卒業証書だけもらってみても、実際に実社会に出た時にそんな似非卒業証書など何の役にも立たない。特に自主的にしろ黒人ラテン隔離クラスに所属していた学生たちは、もうそれだけで企業から敬遠されること間違いなしだ。「隔離すれども平等」なんてことが事実上不可能なのは誰でも承知だからである。
本当の意味での競争を身に付けずに世の中を渡るのに必要な教育も受けずに、君たちは黒人だからラテン系だから特別なんだよ、努力なんかしなくていいんだよ、成功しなかったらそれは白人の人種差別によるもんなんだから、と言われたことを鵜呑みにして、いったいどんな社会人になれるというのだろうか?
人種隔離制度は邪悪な制度だった。そして今もその邪悪性は変わっていない。
こういうことになったのも、アメリカの大学が黒人・ラテン系生徒を存分甘やかしてきたのが原因である。迷惑なのは若者たちだ。


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白人をキャンパスから追い出す日に抗議した教授吊し上げにあう(アップデートあり!)

アップデートあり:
先日、ワシントン州にあるエバーグリーン州立大学において、黒人を中心に有色人種の生徒たちが「白人が居ない日」という催しを決行し、退席を拒んで授業を続行した白人教授が暴力的な生徒たちから吊し上げを食うという事件が発生した。
エバーグリーン大学では1970年代から「黒人の居ない日」という催しが年に一回行われてきた。これは70年代に書かれた戯曲から原点を発しているとかで、黒人が世の中にどれだけ貢献しているかを白人に認識させるための、いわゆるストライキ運動が始まりだった。最近では黒人だけでなく、他の有色人種もこのストライキに参加していた。ところが今年から学生たちは趣向を変えて、有色人種が欠席するのではなく、生徒及び教授や事務職員に至るまで白人たちを一日学校から追い出すことを提案した。
これに異論を唱えたのが生物学のブレット・ウエインスタイン教授。自発的に欠席するのと他人の退席を強制するのとではまるで意味が違う。前者は弾圧に対する抗議であるが、後者は弾圧そのものだ。どんなグループも他のグループを追い出すべきではないし、出ていかない人々を悪者扱いすべきではない。大学構内において個人の権利はその個人の人種によって決められるものであってはならない。また特定の人種が他の人種を標的にするのは不適切である。私はその日も学校へ来るつもりなのであしからず。教授はそのような内容のメールを学校側と生徒会の双方に送った。
さて、一か月後「白人の居ない日」の当日、その日も教授はいつも通りに出勤して講義を始めた。すると数分もしないうちに教室の外に百人近い生徒たちが集まり大声で「ウエインスタイン出てけ」「ウエインスタインは辞任しろ」と騒ぎ始めた。なんだろうと教室の外に出た教授を待ち受けていたのは怒り狂った生徒たち。添付したサイトにその時の模様の映った動画がある。言葉はわからなくても、教授が冷静に生徒たちと会話を交わそうとしているのに生徒たちが怒って怒鳴っているのがわかるはず。生徒たちはバリバリなリベラルで自称「革新派」のウエインスタイン教授を「レイシスト!」と罵っているのだ。人種によって他人を差別してはいけないという教授がレイシストということになるんだから、まったく後退派左翼のやることは本末転倒。
誰かが警察を呼んだが、学校経営者側は構内警察に何もしないように支持。教授は身の危険を感じてその後数日学校に行かれなかったという。
教授はデイブ・ルーベンとのインタビューで、左翼生徒は普段ならリベラル革新派として左翼の味方であるはずの副学長や教授や警察署長がレイシストの汚名を着せられたのは偶然ではないと語る。後退派左翼連中は本来ならば味方であるほど意見が近い人々の、ほんのちょっとの意見の違いを取り上げて激しく非難することによって、どのような異見も許さないというファシスト的姿勢を明確にしているのである。
保守や右翼よりも、革新派やリベラルたちを恐怖におののかせ、少しなりとも他の考えを持つことを断固禁止する。これこそファシストの道である。宗派の違うモスレム同士の殺し合いの方が異宗教徒への暴力よりずっと激しいのとまったく同じ理屈だ。
大学キャンパスは本当に安全地帯からどんどん遠のいていく。
アップデート! 6/2/2017現在
エバーグリーン大学は大学への脅迫があったとして
本日木曜日突然閉鎖された
。警察はこれがどのような脅迫であったのか詳細は述べていない。


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