マイノリティーが社会で安全に存在できる方法は限られている

最近私がトランスジェンダーについて、ちょっと乱暴な言い方をしたので、反トランスジェンダリズムの人たちからもちょっと批判された。特に弁護士の滝本太郎氏から、私がトランスジェンダーは全人口の1%にも満たないのだから、社会に受け入れられたいと思うなら、社会への理解を促すか社会を権力と金で弾圧するしかないと言う内容のツイートに対して「あかん、あかん」と叱られた。滝本氏がまずいと思ったツイートはこれ。

キモイのはあんたらなんだよ。あんたらが存在出来るのは一般人があんたらの存在を黙認してきたからに過ぎない。出過ぎた真似をせずに今までみたいに大人しく世間の片隅でこっそり埋没していればだれも文句などいわなかったのに。男女の区別が一瞥でつかないのはあんたら変態だけなんだよ。

その後、私が1%と言ったことに対して滝本氏は、

>1%ーあんたらの非常識 1%の人の非常識ではなく、トランスジェンダリズム論者(女性として遇せよ、性別変更を)の非常識なんです。1%中には反対する人も多々いるんです。訂正を。アカンです。

と言って来た。私はこの1%にはGIDの人のことは含まれていないと説明すると、

1%に続けてご自身は書いていますから、それは無理な説明です。なんとかご検討ください。

それで一応、私の言う1%にはGIDの人は含まれていないというツイートをしたが、その後色々考えてみて、いや、この1%にはGIDの人も含まれている、滝本氏の解釈は正しいことに気付いた。そして私は滝本氏がそれはまずいと思った理由は十分に理解できるが、やはり私の最初の提言を撤回する気はない。何故そう思うのかここで説明したいと思う。

少数派が多数派社会で生き延びる方法は限られている

まずマイノリティーというのは少数派、つまり社会のなかで人口が少ないひとたちのことをさす。

社会がこれらの少数派をどう扱うかは、その比率や彼らの社会への影響度が関係してくる。少数派が全体の30%くらいだと、彼らの人権をやたらに侵害したりすれば内戦にもつながりかねないので、そんなことは出来ない。だがその比率が10%未満であれば、多数派が理不尽な少数派弾圧をしたとしても、少数派にはどうすることもできない。

では少数派は常に多数派の独裁に甘んじなければならないのかといえば、無論そんなことはない。だが先ずここで少数派が多数派社会で生き延びるいくつかの選択肢をかかげてみよう。

多数派の独裁を受け入れ多少の犠牲を甘んじながら個人的な利益を求めるやり方

これは昔ロシアで少数民族のユダヤ教徒が、ロシア帝国の独裁に甘んじながらも、静かに自分らなりの生活を支えていたことや、新しいところではアメリカ社会で黒人たちが多数派の決めた不公平な法律のなかで差別を受けながらも、それなりの生活をしていたことなどがそれである。ここで少数派が安全に暮らせるかどうかは如何に多数派からの否定的な注意を引かずに済むかということにかかっている。屋根の上のバイオリン弾きのなかでも、「ロシア皇帝が我々のことを忘れててくれますように」といったセリフが出てくることからもそれは理解できるだろう。

圧倒的な武力と権力で多数派を弾圧するやりかた

これは昔の植民地政策や南アフリカのアパルトヘイトなどが典型だ。少数派でも圧倒的な武力と権力を持っていれば国民の大多数を制圧することが出来る。無論少数派の間からも多数派と手を組んだ方が自分らの得になると思う人間を協力者についる必要があることは言うまでもない。しかしこの場合、多数派の平民たちから謀反や反逆が起きないように常に厳しい抑圧をし、支配者の権力を誇示し続ける必要がある。弱いと思われたら数では勝てないからである。

多数派の理解と協力を得て平等な市民として認めらるやりかた

言うまでもなくこれが一番理想的な形であり、西側の自由諸国(日本も含む)は往々にしてこのスタイルである。しかし少数派がこの平等な市民権を得るまでには時間がかかった。1960年代の公民権運動で黒人活動家たちが暴力に訴えず、多数派の白人たちの良心に訴え共感と理解を得たからこそ勝ち得た権利である。現在アメリカ社会で東洋人が比較的高く評価されているのも、東洋人たちが町に繰り出してデモ行進をしたからではなく、教養を深め品行方正な態度で社会に貢献する市民であると認められたからだ。

少数派の権利は絶対ではない

自由社会で少数派の権利が守られるのは、社会全体が多数派の独裁は悪いことであると納得しているからで、多数派の気持ち次第で少数派が弾圧されることがないように法律が制定されているのだ。

しかし、もしこの少数派集団が社会にとって非常な悪影響を及ぼすと考えられたらどういうことになるだろうか?

我々は外国人でも極力平等に扱うべきだとは考えているが、特定の国からの訪問者が日本国内に多大なる脅威を及ぼすとされれば、その人たちを他の人たちと一緒に扱うことはできなくなる。それで○○国からの国民は入国禁止となるのはコロナ禍の日本社会で十分に体験したはずだ。

また信仰の自由が保障されているにもかかわらず、特定のカルトは危険だという風潮が高まると、途端にその宗教団体を解散させるべきだなどという意見が出てくるのも、いかに少数派の権利が多数派世論に影響されるかを物語っている。

少数派としてのトランスジェンダーの立場

日本社会では同性愛者やトランスとのバランスが取れていた

さてそれでは、現在のトランスジェンダーと言われるひとたちの立場はどのようなものだろうか?

ここでトランスジェンダーには次の人々が含まれることをはっきりさせておく。

  • トランスセクシュアル:実際に性同一性障害といういわゆるGIDという失陥を持ち、ホルモン治療や整形手術を受けて異性として埋没して生きている人々。
  • トランスベスタイト:単なる異性装趣味の人々で、日本ではおもにオネエと呼ばれている。
  • オートガイネフィリア:主に男性で女性の恰好をすることで性的に興奮する人たち。性指向は女性。
  • 迷える人々:ネットなどの影響で自分はGIDだと思い込まされている、他の精神疾患を持っている人々

今ままで日本社会がオネエやトランスセクシュアルに寛大だった理由は、彼らが他人に迷惑をかけず、普通の一般市民として社会に融和していたからだ。時として女性と見紛う容貌の男性が女子施設をつかうことがあるだろうことは察していても、その人たちが女性に脅威を与えない限り女性達は黙認していた。

圧倒的な武力と権力で多数派を弾圧するやりかたを選んだトランスジェンダー活動家

ところが最近、トランスジェンダー活動家(TRA)なる人々が、この日本社会のバランスを崩そうと企み始めた。彼らはどう見ても女性には見えないホルモン治療も整形手術も受けていないような、ただの女装男子を女性として受け入れろといいはじめたのだ。性違和を感じている青少年に危険な性転換をうけろと薦め、年端もいかない幼稚園児や小学生にまで不適切な性教育を始めたのだ。

そしてそのやり方は一般社会への理解と寛容を求めるものではなく、地方政府などに働きかけ一般市民が見ていないところでこそこそと法律を作ってしまうものだった。埼玉県や東京都のいくつかの区では、すでにLGBT差別禁止法などを作り、男女トイレを無理やり共同にしたり、銭湯での女湯を女装男子への開放を促すようになった。ソーシャルメディアでは女装男たちが女子トイレや女湯で自撮りをする写真がいくらもあげられ、あたかもそれが普通に受け入れられているかのように既成事実をつくるようになってきたのだ。

こうした運動は女性及び日本社会全体に多大なる脅威をもたらすにも拘わらず、女性達が苦情をいえば、ヘイターだ差別者だと言ってネットで叩き、実際に女子のみのイベントに女装男たちが押しかけ裁判沙汰にするなどの横暴が見られるようになった。

明らかにTRAは社会への理解ではなく、権力と暴力を使って社会を弾圧するやり方を選んだのである。

私が1%をもちだしたわけ

私がトランスジェンダーなど人口の1%にも及ばないと言った理由は、一般人がTRAの横暴に気付き、TRAが社会に多大なる脅威を及ぼすと判断した場合、彼らの圧倒的に少ない人口では社会に太刀打ちはできないという意味である。

TRAはそのことを十分に承知しているからこそ、こっそりと色々な法律を通してしまって、後になって一般人が苦情を言えないようにしようと言う魂胆なのだ。

今の日本人はまだ彼らの陰謀を知らない。だが、あちこちの地区でおかしな法律がまかり通るようになり、女子施設にいた男性を通報した女性が逮捕されるようになったり、子供たちへのおかしな性教育が行われるようになり、それを保護者が知った時には、トランスジェンダー全体へのすさまじいバックラッシュが起きるであろう。非常に不本意ではあるが、そうなったとき巻き添えとしてコラテラルダメ―ジとなるのがトランスセクシュアルやオネエたちなのである。

だからトランスセクシュアルやオネエさんたちこそが、トランスジェンダーの横暴に立ち向かう必要がある。なぜならバックラッシュが起きて一番被害を受けるのはこうした当事者の人たちなのだから。


View comments (6)

マイノリティーの役はマイノリティーが演じるべきなのか?

ここ2~3日ツイッターで松崎悠希という日本人ハリウッド俳優がマイノリティー(少数民族)の役は当事者のマイノリティーが演じるべきだとツイートしてかなり話題になっている。その元のツイートがこれ。

実写版「ゴールデンカムイ」でアシリパ役に… アイヌの俳優をキャストすべきだと思う人

この投稿に、いいね! アイヌの俳優をキャストしなかったら観に行かない人

この投稿を、リツイート! 金カム実写版制作者にいつもの「いい加減なキャスティング」をしたらどうなるか、見せてやりましょう。

私はこの元の漫画のことはまるで知らないのだが、どうやら役割はアイヌ民族の人らしい。しかし日本でアイヌの血を引いている役者でこの役柄のイメージにあった人がいるのかどうかかなり疑問だし、第一制作者はすでにネームバリューのある女優を配役することは決めているようなので、部外者の俳優が何を言ってみてもあまり意味はないと思う。それにこれはハリウッド映画ではない。マイノリティーがマイノリティーを演じるべきなんてポリコレ発想は日本にはない。

『ちょっと待ってよカカシさん、あなたこの間白人役を黒人がやるべきじゃないと大騒ぎしたじゃありませんか、それってダブルスタンダードでしょ』と言われそうなので言っておく。

私の主張は最初から配役は登場人物のイメージに合った人を選ぶべきだというもので血筋や国籍は関係ない。例えばリトルマーメイドのアリエル役を黒人を含め多人種の混血の人が演じたとしても、彼女の姿かたちがアリエルのイメージに合ってさえいれば問題はない。彼女の血筋に黒人が混ざっていてはいけないなどと言ってるわけではないのだ。

さて、では何故松崎氏はマイノリティー役をマイノリティーが演じなければならないと考えているのか、彼のツイートに長々と説明があるが端的にまとめるのなら、マイノリティー(例えばレズビアンとか)をレズビアンでない制作者が非レズビアンの女優を雇って映画製作をした場合、制作者の独断と偏見による間違ったレズビアン像がつくられ、それが世間にひろめられ人々の間に偏見が広まり差別へと繋がるというもの。

そういうことは確かにあるだろう。しかしあまりにもこのマイノリティー性を強調しすぎると、この間公開されて脚本もプロデューサーも出演者も全員ゲイという鳴り物付きのBrosという映画が、ボックスオフィスで完全にずっこけて散々たる興行成績を得たことでも解るように、そんなゲイによるゲイのための映画なんては誰も観たがらないのだ。観客が求めているのはどれだけゲイが忠実に描写されているかではなく、その映画が映画として面白いかどうかなのである。

松崎氏自身も経験しているように、ハリウッドにおける日本人像の歪みには日本人ならだれでも気が付いている。日本人という設定なのに日本語はカタコト、変な着物を着てたり、普通の女性が温泉芸者みたいな髪型だったり、おかしな字の看板のあるお店がでてきたりと、まあそれはあまりにも良くあることなので私は今更苛立ちもしない。そうした映画に本当に日本人俳優が起用されたとしても、よっぽどのスターでない限り、制作者に苦情など言えないだろう。

しかし松崎氏は知らないかもしれないが、昔のハリウッド映画でも日本を舞台に時代考証や文化考証をきちんとやった映画もいくつかある。

例えばジョン・ウエイン主演の野蛮人と芸者では、幕末の日本に外交官として表れたアメリカ人をジョン・ウェインが演じているが、ロケは明らかに日本で行われ、日本人役は山村総はじめ、ほぼ全員日本人俳優が演じている。この映画では侍の着物姿、建物、外交官に読まれる日程表などもすべて本物の日本のものであった。当時(1959年)のアメリカ観客にそこまでやらなくても多分誰もきにしなかっただろう。だからこそ監督の本物をつくろうという気遣いがうかがわれるのだ。

またデイビッド・ニブン主演の「80日間世界の旅」でも日本を訪れるシーンがあるが、これも明らかに日本でのロケであり、日本人役のエキストラの着物姿はきちんとしていた。つまり昔から、実際に他文化を忠実に描写しようとする監督はいくらも居たのだ。

結局、マイノリティーが忠実に描写されるかどうかは監督の気持ち次第だ。無論ハリウッドで日本人役を応募していたら、日本人が応募して採用され、多少は日本人の意見を口にしていくことも大事だろう。真田広之や渡辺謙くらいのスターになってくれば、ハリウッドと言えども無視はできない。だから松崎氏もアメリカでスターになり、ハリウッドの歪んだ日本人像をかえていけばいいと思う。

マイノリティーが普通の日本人を演じるのはありか

松崎氏がもうひとつ押してるのがこれ。少数民族の人が普通に日本人として登場する作品だ。実はアメリカでも1980年代くらいまでは、少数民族が映画に出演する場合、それは特定の人種を想定した配役であり、最近のように普通に隣人とか友達とかに白人以外の人種が登場するということはあまりなかった。

しかしこの普通の人として登場するマイノリティーも行き過ぎると不自然なことになる。イギリスやアメリカでもロンドンやロサンゼルスやニューヨークなら色々な人種の人が集まっているという設定はおかしくない。だがいったん南部の田舎とかにいくと、東洋人なんて一人もみかけない地域がいくらもある。私の知り合いが大昔にジョージア州のメイコンの大學に留学したとき、全校生徒で東洋人は彼女だけだったと言っていた。そういう場所を設定した話で東洋人が自然にフツーの人として出てくるのはちょっと無理がある。その土地には珍しい人であるなら、珍しいことを一応説明すべきではないだろうか?(彼女のように留学生とか、旅行客とか、)

私が観ているスタートレックのディスカバリーというシリーズでは、あまりにもマイノリティーを強調しすぎてマジョリティーである白人ストレート男性がひとりも登場しない。主役の女性とその恋人は黒人、ブリッジのクルーはほぼ半数以上女性でそのほとんどが黒人。他の男性クルーも黒人と東洋人。白人男性は若干一名で彼はゲイ。彼の恋人は黒人で、エンジニアリングのクルーはレズビアン、ノンバイナリそしてもちろんトランスジェンダー!これがフツーの状況だろうか?こんな職場どこにあるんだ?

さて日本に戻るが、もしも日本の刑事もので黒人婦人警官がフツーの日本人として登場したとしよう。警察署の人も犯罪者も町の人も、この女性をフツーの日本人として扱うだろうか?現実的にそれは無理ではないか?だったらうちの部署にはハーフの婦人警官が居ると最初に紹介して、それでおきる問題点などに注目した方がよいのではないか?

多人種の人が普通に溢れている都会が舞台ならそれはそれでいい。しかしそういう人が珍しい場所設定でそういうことをやると、観てる方はそっちが気になって筋に入り込めない。

そしてもとに戻るが、制作側はキャラクターのイメージにあった人を配役するのであり、普通の日本人をイメージしてるのにミックス人種の人をわざわざ雇うということはしないだろう。なぜならまだまだ日本では異人種系の人はマイノリティーなのであり、そういう人と出会うのはフツーの状況ではないからだ。

カカシ注:今日(10・25)になってバカみたいなことに気付いた。日本には昔からハーフとかコーターのミックス(混血)俳優や女優がいくらでもいる。私の年代なら草刈正雄さんとか。そしてこの人たちは普通の日本人役を「フツー」に演じている。あんまり自然に溶け込んでいたからすっかり忘れていた。いや、これこそが松崎氏のいうマイノリティーが普通の人を演じるということではないのか?松崎氏もこの人たちの存在は忘れていたのだと思う。

結局、日本でももっと多くのミックス人種の人を起用したいというなら、松崎氏自身がプロデュースして監督してそういう映画を作ったらいいと思う。以前にラテン系の大スター、リカード・モンテバンがインタビューで言っていた。金髪碧目のハンサム男優ですら、主流映画に出演できるのは応募者のほんの一部。そこでラテン系のようなマイノリティーが仕事を得たいと思うなら、自分らで映画を作っていくしかない。実際にそうやって映画作りをしている人はいくらもいる。すでにいる制作者や監督に注文をつけるより、自分の手で切り開いてはどうなのかな。観客が観たいとおもえば投資してくれる人もいるかもしれないから。


View comment

BLMが売った最大の嘘、キャンディス・オーウェンのドキュメンタリー

数日前デイリー・ワイヤー制作のキャンディス・オーウェンのブラック・ライブス・マターの実情を暴いたドキュメンタリーThe Greatest Lie Ever Sold | The Daily Wireを観た。これはDWのメンバーでないと観られないので、その内容について少しお話したい。英語に自信があって興味のあるかたは是非DWにお金をはらって観ていただきたい。

ブラック・ライブスマターは2013年、トレボーン・マーティンという黒人青年がジョージ・ズィマーマンというラテン系の男性に射殺された事件がきっかけでパトリース・カラーズをリーダーとする三人の女性によって創設された。その後2020年くらいまでは、割合細々とした活動を続けていたが、2020年、ジョージ・フロイドがで警察官に取り押さえられた際に息を引き取ったことがきっかけとなり、BLMは全国的な巨大な組織へと膨らんだ。

彼らは一介の人々からだけでなく、企業や芸能人から巨額の寄付金を集めた。BLMの納税書によれば、BLMは2020年7月から2021年6月まで8千万ドルの寄付金を集めたという。この映画の前半はジョージ・フロイドと、彼を殺したとして有罪になったデレック・ショービンの人物像を追う。そしてBLM運動によって多大なる被害を受けた被害者のインタビューが続く。

ジョージ・フロイドが逮捕時薬漬けだったことは誰もが知っている。私は裁判を少し見たが、フロイドの死因は警官が背中に乗ったことで起きた窒息死ではなく、フェンタノルを含む大量の麻薬による中毒死であったことが裁判中に明らかにされた。にもかかわらず、メディアがフロイドを殉教者として称え、ショービンを人種差別者の悪魔であるかのように扱かった。裁判を観ていてショービンは明らかに無罪であるが、もし彼が無罪となったら、もうすでに20億の被害を出している人種暴動が、さらにひどいことになるのではないかと誰もが心配した。その恐怖が陪審たちの心にあったことは間違いない。

予測通りショービンは有罪となり21年の禁固刑が言い渡された。なんとも理不尽な話である。

さて。BLMは今回の暴動でどのような役割を担ったのだろうか。

最初の暴動が起きたミネアポリスのテレビ局でニュースキャスターを務めていたリズ・コリンさんは、地方局で人気のスターだった。ところが彼女がミネアポリス警察の警察官と結婚していることが暴露され、彼女も夫のボブもそして7歳の子どもまでもがBLM暴徒たちの攻撃と対象となった。

暴徒たちはリズとボブの紙人形を作り、それを掲げて二人の自宅前に集まり、人形を叩いて歓喜の声をあげた。そしてなんとその嫌がらせを率先したのが地元市会議員に立候補していた男だった。

リズがそれをニュースでリポートすると、地方の記者たちがBLMに味方し、彼女の辞任を要求した。身の危険を感じたリズはテレビ局を辞任した。BLMはリズのキャリアを破壊することに成功したのだ。

2020年の夏、BLM暴動は20億ドルのダメージを地方ビジネスに与えた。その一人がロサンゼルスに数件の店舗を持つフレーザー・ロスさん。KITSONというチェーン店の経営者。BLMの略奪により40万ドルの被害を受けた。ところが、クリスティー・ティーガンという3千万人のフォロワーのいる黒人芸能人が、逮捕された暴徒の保釈金を払うために20万ドルを寄付するとツイッターで発表。そして次の日にはもう20万ドル足すとツイートした。

腹が立ったロスは自分のインスタグラムに破損した店の写真をアップして「ありがとうクリスティー」というメッセージをつけた。するとクリスティーはロスに同情するどころか、「あんたの店になんか、もう10年も誰も言ってない」とツイート。キーガンの友人の白人芸能人ジェン・アトキンスは店に自分の製品があったことを揶揄して「シャンプーで床を拭いたら?」と悪態をついた。

そこへデイナ・オマーリというブロガーが首をつっこみ、ロスの別のもっと大きい店舗に関する情報を流し、ロスが黒人であるクリスティーに無神経なことを言ったことを謝罪しろとDMでせまった。後にロスはオマーリと電話で話をしたが、その内容は、クリスティーに謝ってBLMの募金サイトであるアクトブルーに一万どる振り込め、さもないとロスの本店を略奪するように暴徒をけしかけるという恐喝だった。ロスは謝罪こそしなかったが1万ドルをアクトブルーに寄付せざる負えなかった。

シリコンバレーでCEOをしていた男性は、周りの企業が宗教的にBLMを信仰していることに懸念を抱いていた。特にBLMに敵意はなかったとはいえ、そこまで熱烈な支持はしていなかった。しかし略奪などが起きていて心配な人も多いと思うので、何かあったら言ってほしいという旨のメールを従業員に送ったところ、BLMを十分に支持していないと酷い批判を受けたという。こうしてシリコンバレーの企業は多額の金をBLMに寄付していったのだ。

BLMは2020年のジョージ・フロイド事件で急激に莫大な寄付金を集めた。にもかかわらず、当のフロイドの元同居人にはまるでそのお金が還元されていない。元同居人のアルビンはジョージの残した車すら名義を持っていないため処分することができないでいる。(カカシ注:元記事でフロイド家と書いたのは間違いだったので訂正した)ジョージ・フロイドの名前がついた街の一角もスラム街と化し犯罪者は好き勝手なことやっても警察が介入しない無法地帯となっている。

いったいBLMが集めた8千万ドルというお金はどこへ行ったのだろうか?

リーダーのパトリース・カラーズがカリフォルニアに何百万ドルもする豪邸をいくつも購入したというニュースがロサンゼルスタイムスで報道されたのはまだ記憶に新しい。しかしBLMの資金はもっと他に不思議なところへ流れて行っている。

まずパトリースは自分の弟を警備担当として年に84万ドルで雇い、自分の息子の父親もメディア担当として97万ドルで雇っている。それから自分の豪邸で息子の誕生日に豪勢な誕生日パーティを開いたり、ジョー・バイデンとカマラ・ハリス就任を祝ってまたまた豪勢なパーティを開いた。

パトリースはレズビアンでジャナヤ・カーンという女性と結婚しているが、カーンは後にトランスジェンダーとなる。そしてBLMはこのカーンが関連している一ダース近いトランスジェンダー慈善事業に合計2.4百万ドルの支援をしている。中でもトランスジェンダーだけのコミュニティーを作ると言って多々の不動産を買い集めている組織の会長は、アーケンサス州に豪邸を購入したが、そこでなにかが行われたという形跡はまるでない。そして最近カーンが組織しているM4BJという団体はBLMのお金でトロントに8百万ドルの不動産を購入した。これらのどの組織も慈善事業として義務付けられている税務署への申告を行っていない。

組織として最大の額である2.3百万の支援を受けたコーヒーショップ経営者は、地元の貧困層にランチを提供するイベントをするはずだったが、そのウェッブサイトでは過去の活動も今後の活動も記されていない。この経営者はパトリースとは長年の友人で白人男性である。

BLMが支援している他の団体は、BLM活動をするためにデモを扇動する活動家を教育している。アメリカ各地で暴動が起きる度に、とても突発的とは思えない能率的で組織的な暴動が起きるなと感じていたのはそのせいだったのだ。暴動者たちは時にはバスによってはこばれてくる。DCで夫人と友人と一緒に暴徒に囲まれたランド・ポール上院議員は、暴徒らは地元民ではない、どこかから来た人々だ。彼らの旅費や宿泊費は誰がはらっているのか捜査すべきだと語っていた。

最後にキャンディスはパトリースのカリフォルニアの邸宅に向かう。パトリースがこのような大きな屋敷を購入した理由に、そこでBLMのイベントを主催するためだというものだった。ところがキャンディスが言ってみると、中で何かが行われている気配はまったくなく、塀の隙間から除いたキャンディスは「黒人なんて一人も居ない。犬すら白い」と冗談を言っていた。

その時の模様をパトリースは自分のインスタグラムで泣きながら、自宅に人が押しかけて嫌がらせをした、こんなことがあってはいけない。などと言った。まったく、

「お前が言うな!」

キャンディスはBLMが巨大な詐欺組織であることは間違いないが、BLMをこのようにしてしまったのはメディアであると痛烈に批判する。メディアは二年間にわたってBLMの広報部と化していたからだ。

「メディアこそが私たちの敵です」

後日談だが、パトリース・カラースは今BLMの支部から資金横領で訴えられており、BLMのリーダーからは辞任している。


View comments (2)

リトルマーメイドや白雪姫など白人キャラを非白人が演じることへのバックラッシュは人種差別なのか?

先週末、ディズニーは1989年に公開された「リトルマーメイド」の実写版の短い予告を公開した。そこではじめて主役のアリエルを演じる黒人女優のハリー・ベイリーの姿と短い歌声が紹介された。するとほんの2~3日の間に不評数1.5百万という前代未聞の評価が集まるという驚くべき事態が生じた。私もハリー・ベイリーの配役には懐疑心を抱いていたとはいうものの、ここまでの不評は予測していなかった。これは大不評のアマゾンのLOTRを凌ぐ不評である。

ハリー・ベイリーがアリエルを演じることになったということは、もう一年以上前に発表があったので別に今更主役が黒人だということに驚いた人は居ないはず。では何故人々はこんなにも否定的な反応を示しているのだろうか?

私はこれは最近続いた白人役を非白人が演じるという過剰なポリコレ傾向への反発の表れではないかと考える。

二週間前に指輪物語三部作の前編としてアマゾンが公開したリングスオブパワー(指輪の力)がファンの間で非常に不評であるという話はしたが、アマゾン側はこの不評はひとえにエルフを含め数人の黒人俳優の起用への人種差別だとトールキンファンを責めた。一週間前に公開されたピノキオの実写版が非常な不評であることも、有名な青の妖精に丸坊主の黒人女優を起用したことへの人種差別だとディズニー側は視聴者を攻撃した。そして今はまだ制作中のディズニーの「白雪姫」実写版の主役を白人ではないラテン系の女優が演じるという話も加え、それに対する批判もすべて人種差別のせいにするつもりのようだ。

こうした背景のあるなか、リトルマーメイドの予告はポリコレ迎合に嫌気がさした視聴者の恰好の攻撃対象となってしまったのだ。もしこれが他の作品でも同じことが起きていただろう。若いハリー・ベイリーはそのはざまに立たされてはた迷惑も甚だしいといったところだろう。もしポリコレ批判が彼女への個人的な攻撃になってしまったなら、私は彼女に心から同情する。

しかし視聴者の不満は黒人やラテン系が主役を演じるということにあるのではない。視聴者の不満は、なぜ長年親しまれてきたキャラクターのイメージを故意に破壊するような配役をするのかという点にあるのだ。しかもこうした批判が人種差別だとされるのは白人役を非白人が演じる時だけだ。

たとえば2年前に公開されたアラジンの実写版で主役のジャスミン姫を演じたインド系の女優が半分白人であったというだけで、彼女の色が白すぎると左翼リベラルから批判されたことを「人種差別」だとディズニー側は責めたりしなかった。人種に拘るなら彼女が半分白人だということよりも、アラジンはアラブ王国の設定だから配役はインド系ではおかしいはずだという批判であるべき。他の俳優たちも全員アラブ系であるべきなのに、俳優たちが白人ではないというだけで他人種の配役に納得した左翼たちの人種差別ぶりには呆れる。

批判的人種論(CRT)などといって、学校では白人は生まれながらにして罪深い人種であり、白人こそが悪の根源と教えられている若者が、自分らが大切にしてきた白人キャラのイメージすら黒人に取って代わられることを考えたら、いったい我々の文化とは何なのだという気持ちになったとしても不思議はない。

視聴者たちは黒人が主役であることが気に食わない訳ではない。何十年も前から、エディー・マーフィーやデンゼル・ワシントンやウェスリー・スナイプやウィル・スミス主演の映画はヒットしている。最近ではオールブラックキャストのファンタジー映画ブラックパンサーが大ヒットした。つまり観客は主役が黒人だから嫌なのではなく、もともと人々が愛し親しんで来たキャラクターのイメージをポリコレを満たすためだけに壊して欲しくないという気持ちを訴えているに過ぎない。

マット・ウォルシも言っていたが、今後映画やテレビで俳優の人種は無視して誰が何を演じてもいいということにするならそれはそれでいい。だがもしそうなら、黒人役を白人が演じても絶対に文句を言わないでほしい。白人役を黒人が演じることに苦情を言うのが人種差別だというなら、黒人役を白人がやっても一切苦情を言わないでほしい。

だが、絶対にそんなことにならないのは我々は良く知っている。だからこそ、1.5百万の不評などという事態が生じるのだ。


View comments (2)

トールキンファンには白人至上主義者が多い?不作作品を棚に上げて批評するファンを徹底的に侮辱するアマプラとメディア

いつまでもアマゾンプライム制作の指輪物語のリングスオブパワーについて話をするのは心苦しいのだが、制作側とメディアによるトールキンファン叩きがあまりにも凄まじく理不尽なのものなので、どうしても何か書いておかないと気が収まらない。

本日見つけたこのサロンの記事などは、“Rings of Power” gets casting backlash, but Tolkien’s work has always attracted white supremacists、ヘレン・ヤング著「トールキン作品は常に白人至上主義者を惹きつける」という内容だ。もういい加減にしろ!と言いたい。

今年の2月に出演者が発表され、そのなかに黒人俳優が混ざっているという話が出て以来、トールキンの熱烈なファンから作品がWOKE(お目覚め主義・ポリコレ)すぎるという批判が上がったが、これは現状の正しい見方ではないとヤングは書く。

ヤングは黒人俳優への差別的なコメントや、レビューバミング(批判的な批評を大量に投稿すること)などをみていると、単にトールキンの世界観に関する意見の違いとは思えないというのである。

まず、このお目覚め主義への批判だが、これはファンが始めたものではなく、アマゾンプライム自身が始めたことなのだ。制作側は作品が発表される何か月も前から、いかに自分らがポリコレのメッセージに力を入れて作品を作ったか、いかに配役が多様であるかという宣伝を執拗に行った。黒人女優や俳優たちが、色々なプロモーションでことあるごとに「多様性が~」「革新的な~」と繰り返し、作品の内容について何一つ説明がなかったのである。これではファンとしてはお目覚め主義はいいが、肝心の作品はどうなっているんだと批判する以外に仕方なかった。

しかし作品が公開されてからは、お目覚め主義への批判はほぼなくなり、登場人物の人種に関する批判も激減した。なぜなら作品の問題点はそんな表面的なものではなく、もっと根本的なところにあることにファンたちは気づいたからである。

アマゾンプライムのコメント欄には、いかにこの作品がトールキンの世界を無視しているか、登場人物に魅力がないか、話の辻褄があわないか、ペースが遅すぎて退屈するとかいった批判が大半を占めたのだが、アマプラ側はこうした批判的なコメントを一時的に隠蔽し一般には見えなくしてしまった。そして黒人俳優への人種差別的な脅迫が多数あったと言い掛かりをつけはじめたのだ。

私がこの差別的な脅迫などというものが起きていないと考える理由は、もしそれが本当なら「こんなコメントが来ています」といってどんど公表したらいいようなものなのに、その一通の例も公表されていないからだ。

ヤングは「トールキン研究者のクレイグ・フランソンによると」としてこの問題を右翼活動家が悪用してファシストのトーキングポイントを主流メディアに注入し始めたという。そして、右翼活動家たちはこの作品に批判的なファンを焚きつけて大がかりな憎悪に満ちた動きを扇動しているというのである。

なんというバカバカしい発想だろう。

The Lord of the Rings: Rings of Power

ヤングは1970年代や2000年に一部の取るに足りない白人至上主義者たちがトールキン作品を褒称したことを例にあげて、トールキンには白人至上主義を惹きつける傾向があるなどとくだらない持論を述べている。それをいうならその何千倍もの一般ファンたちの存在はどうなるのだ?どんな作品でもおかしな輩を惹きつけないものはないだろう。世界各地で何十年もベストセラーになっているトールキンの作品ならなおさらである。そんなことは何の証明にもならない。

もっともヤングは右翼保守は全員人種差別者だという固定観念で話をしているから、そういうおかしな理屈になるのだ。

ヤングは何故人種差別者は中つ国がそんなに好きなのかという理由について、トールキンがナチスやアパルトヘイトを批判する手紙の中で書いた一部分で、トールキンはある種の人は他の種よりも優れていると書いており、それは人種差別思想だという。しかしトールキンが劣っているとする種族とはナチスやアパルトヘイトの南アフリカの白人層だ。トールキンはイギリスという国がヨーロッパにもたらした良い影響について語っていたのであり、人種の話をしていたのではない。

しかしヤングは中つ国は階級社会であり人種差別の世界だと主張する。トールキンの人種差別思想は空想の生き物エルフと人間に現れているとし、明かにエルフが最上でドワーフやホビットは下層階級だというわけだ。この階級社会の差別主義に現社会の人種差別者が魅かれるのだという理屈である。

あほらしい。

ヤングがトールキンの社会が階級社会で人種差別に満ちたものだと考えているのは、彼女がきちんと作品を読んでない証拠だ。

確かに中つ国は階級社会である。エルフ社会も人間社会もどれもこれも王国であり、民主主義の国などない。考えてみればどんな王国にも属していないのはホビットだけだ。しかし、トールキンが人種差別者であったなら、指輪をモードアに返しに行くフェローシップはどのように説明するのだ?

一つの指輪を破壊する使命を帯びたホビットのフロドに、ホビットのサム、メリー、ピピンのみならず、エルフのレゴラス王子、ドワーフのギムリ、人間のアラゴンとボロミアが団結して結成されたのが指輪の仲間たちフェローシップである。エルフとドワーフは過去に戦争もしている宿敵である。彼らが協力して任務に及ぶのは非常に難しいことだったはず。人間同士でもアラゴンとの主従関係に不満を持つボロミアの反感がある。しかしこれらの種族がそれぞれの違いを乗り越えて任務におよんだのだ。これこそ種族を超えた多様性ではないか?

そして忘れてはならないのは、エルフも魔法使いも人間もドワーフも勝てなかった指輪の誘惑に、唯一打ち勝って指輪破壊に成功したのは一番軟弱だと思われていたホビットではないか!

もしトールキンが白人至上主義者なら、すべての功績をエルフにやらせることもできたはずだ。しかしトールキンはエルフをそれほど良い光にばかり照らしていない。エルフの間でも戦争は起きているし、悪に染まったオークは元はと言えばエルフであり、エルフが腐敗してオークになったのだ。だからエルフは決して崇高な存在ではないのだ。それに指輪物語の最後にはエルフ達は中つ国を捨てて去っていくではないか。

そして指輪物語の最後の8章と9章は、ピーター・ジャクソンの映画では描かれていないが、ホビット荘に帰還したメリーとピピンが留守中にサルマンの支配下に陥っていたホビット荘を、ホビット達と一緒に戦って取り戻すというものだ。つまり、指輪物語の最後はホビット達が他人に頼らずに独立して自由を取り戻すことで終っているのである。

ヤングはトールキンがサウロンの影響下に落ちた人間たちの種族を、アラブ系や東洋系のような描写をしているというが、トールキンはイギリスの神話を作り上げようとしていたのであり、遠方の外国にいる敵を味方の種族とは違う人種として表現したとしても、それは直接人種差別と解釈すべきではない。それは桃太郎の青鬼や赤鬼の描写が人種差別だと言っているのと同じくらいバカげた理屈だ。

トールキンの作品が保守派の間で人気があるのは、彼が白人至上主義だったからでも、人種差別者だったからでもない。トールキンは敬虔なキリスト教徒であり、その思想が作品のあちこちで現れており、宗教意識の強い保守派の心に通じるものがあるからなのだ。

ヤング及び左翼メディアやアマプラ製作者たちが、それを理解せずにトールキン自身まで白人至上主義者に仕立て上げ、トールキンファンを徹底的に侮辱し続ける行為は愚かとしか言いようがない。トールキンファンはアマプラの作品に成功してほしかった。彼らがこよなく愛するトールキンの世界をその精神にのっとって再現してほしかったのだ。

しかしアマプラ製作者たちの目的は最初から良い作品を作ることにはなく、自分らの左翼お目覚め主義思想を視聴者の喉に押し込むことにあった。最初からファンには受け入れられないだろうと知っていたからこそ、わざわざ黒人俳優を起用して、作品への正当な批判を人種差別だとして反撃するつもりだったのだろう。しかし予想以上に猛烈なファンからの批評に振り上げたこぶしが下せなくなっているのだ。

ところで、制作側のこの作戦で一体誰が得をするのだろうか?熱烈なトールキンファンはもう嫌気がさしてシリーズを観ないだろう。トールキンを知らない他のファンタジーファンたちは、こんなつまらない番組よりハウスオブドラゴンを見るだろう。(現にそっちの方が人気がある)

残るのはお目覚め主義の左翼ファンか、ファンタジーなら一応何でも観るというもの好きな人々だけ。それがこれだけの予算をかけてやる正しい番組作りと言えるのだろうか?

不思議である。


Comment

多様性を満たすために白人役を黒人に演じさせる怠慢な演出にげんなり

先日始まったロードオブザリングス(指輪物語)の前編リングスオブパワーがかなりの不評だという話はすでにしたが、アマゾンプライム側は番組が不評なのはすべて黒人差別のせいだという姿勢を貫き通すつもりらしく、同作品のキャストや昔の映画のキャストまで動員して「すべての人種は歓迎する」キャンペーンを始めた。あたかもトールキンファンの不満が黒人キャストにあるかのような決めつけに、我々は少なからぬ苛立ちを感じている。

LOTRの黒人エルフやドワーフに続き、ディズニー映画のアニメリメイクのピノキオの青い妖精役が丸坊主の黒人女性、そしてリトルマーメイドのアリエル役が黒人女性と、なぜか元来白人が演じるべき役を黒人に配役するのが流行っているようだ。こうしたやり方は元来のイメージを大事にする人々への侮辱であり、また黒人に対しても非常に失礼なことだと思う。

伝統的なおとぎ話や時代物やLOTRのように原作の設定が非常に厳しいものに異人種俳優を混ぜることには問題がある。これは決して私や他の視聴者が黒人俳優を見たくないとか、我々が人種差別者であるとかいう理由からではない。物語にそぐわないあり得ない設定に問題があるのだ。

私は以前から、時代劇で時代考証がしっかりしていないものには不満を述べて来た。例えば1950年代のアメリカで黒人がナイトクラブで白人と一緒にカクテルを楽しんだり、舞台の上で黒人と白人が入り混じって演技をするなど、当時の黒人差別を考慮に入れたら絶対にありえない設定である。しかしダイバーシティーの名の元に、これらの人種をごっちゃにすると、多くの観客は昔も今も人種差別の程度は同じだったと誤解してしまう。昔の人種差別がいかに酷かったかを知らなければ、現在がどれだけ良い時代であるかが解らなくなる。それで反差別活動家たちのいう今の人種差別は昔と同じように酷いという嘘を若い人たちが信じてしまうようになるのだ。

こうした時代考証を無視した配役をすると、当時あった差別も地理的文化的生物学的論理も全て無視せざる負えなくなる。人々の行き来が難しかった時代に部外者がめったにこない孤立した部族の人種がまちまち。ひとつ川を越えた村の人間さえよそ者として忌み嫌う人たちが異人種間の結婚には抵抗がないと信じなければならない。いやそれをいうなら、両親と子供の人種が違うとか、兄弟なのにまちまちな人種とか、遺伝子科学まで無視しなければならなくなる。

元々白人として描かれている役をそのまま黒人にやらせるのは演出と脚本の怠慢きわまりないやり方だと思う。これはイギリスの長寿番組で常に男性が演じて来た役を女性が演じた時にも感じたのだが、黒人や女性を起用するなら、彼らが登場しても自然であり、彼らでなければ出来ない特有の役作りをすべきである。

例えばシェークスピアの芝居で、シェークスピア時代の芝居をそのまま演じたら、オセロ以外で黒人俳優が登場する場面はない。しかし舞台を現代のニューヨークに移したらどうか?ウエストサイドストーリーがまさにそれで、モンテギュー家とキャプロット家の争いを二つのギャング集団ジェットとシャークに変えることで、白人対プエルトリコ人との争いとなり、白人でない配役が自然となった。

もしリトルマーメイドを黒人にするなら、舞台をデンマークではなく、カリブ海にでもある空想の王国を設定し、王子様も他のキャストも全員黒人にして、踊りも音楽もそれに合わせたものに作り替えればいい。

私が気に入らないのは、白人や男性用に書かれた脚本をすこしもアレンジせずに黒人や女性に演じさせることだ。せっかく別な特性を持った人たちを配役するなら、その人たちの個性を生かせる演出をすべきである。なぜおざなりのクッキーカッター的演出をするのだ。上からダイバーシティー(多様性)を反映する映画作りをしろと言われたから、じゃあ、白人役を黒人にやらせておけばいいやという安易なやりかたからは制作側の怠慢さが見え見えである。


View comments (2)

政府は結婚出産する女性より単身女性への支援をすべきなのか?

この話のきっかけは私がこの人のツイートに返答したことから始まる。

竹取の翁@q83341178

単身女性がスーパーウーマンじゃなくても、貧困に苦しまず生きていける社会になって欲しい。別に全女性が『結婚やパートナーと過ごす=幸せ』であるとは限らない、単身の方が過ごしやすい女性も居る、にも関わらず現状の女性支援は結婚出産子育てする女性前提のものばかりだ。

それに対する私の返答はこちら。

苺畑カカシ

少子化の日本で独身女性を支援したら、余計に結婚しない人が増えて少子化が進む。国の対策として結婚して子供を産む人を支援するのは当然だと思う。

この何気ない私の返答にものすごい数の批判の嵐。特に若いフェミニストと思われる人たちからの批判が集中した。

  • まるで女性個人がもう自由も自立も手に入れたかのような言い分だけど、単身女性は貧困で苦んでいますよ あなたの支持する考えにのっとって。   女性個人の自由を奪い自立させないように抑え込み、男にあてがい産ませるシステムの維持強化への加担 あなたの主張は、女性差別への加担
  • いや、女性支援をすれば出産する女性が減る…すなわち女性を貧困に貶めて男とつがって出産しなければ生きていけない社会がいいと言っているのは立派な女性差別です。
  • 少子化対策と独身女性への支援は別のレイヤーで考えるべき。まるで「産まない罰」みたいじゃないですか……「生きられないから結婚して子供産む」は生存権とのバーター。男性はそんなこと求められないのに。少子化は「子供が欲しいのに産めない」方にフォーカスすべき。第二子以降の堕胎数とか。
  • 子供産みたい人は結婚の選択取るだろうから問題なくない?結婚しない人が増えるって事は裏を返せばしたくないのに結婚する人を増やすことになるけど。
  • なんで独身女性を支援したら少子化が進むの???あ、もしかしてやっぱり結婚って人身売買制度…ってコト?!
  • それって女性を兵糧攻めにしたら、子供産む人増えるって事ですよね。人権侵害ってレベルじゃねーぞ
  • 控除なしの税金を払い続けていてもこんな言われよう。単身者は国の支援を当たり前に受けるべきなんですよ。
  • 世の中には、経済力が許すなら何人でも子供欲しかったし生みたかったけど家計と子供の将来すり合わせた結果1~2人が限界という人や、結婚はするけど経済的に厳しいから子供は作らないという人もいる。 欲しくない人を追い込んで生ませるよりそっちに支援した方がいい。産んで終わりじゃないんだから。

これらのツイートに共通している点は、女性が結婚出産することは女性にとって一番不幸な生き方でああり、単身女性を国が支援しないということは、女性にその一番不幸な人生を強制するようなものであるという考えだ。

もし日本の若い女性達が結婚生活は地獄だと本気で思っているとしたら、それは非常に由々しき問題だ。種の存続はあらゆる社会で最優先されるべきものだから。

この単身者への支援というのは、要するに生活保護である。そしてあまりにも生活保護が手厚くなれば世の中働かない連中が増えるというのは、いまのアメリカを見ていれば明白なはずだ。これについて的確な感想があった。

黒酢ニンニクきぬよ@RafikoinLA

この議論て、トランプが黒人貧困コミュニティに雇用を増やすためにした政策と、黒人貧困層にはどんどん生活保護を与えておけばいいと福祉漬けにして立ち上がらせなくしたオバマ政権の構図の対比と似てる。

そう、私が言いたいのはまさにこれ。もし単身女性だからというだけで国から金銭的な支援が受けられるとなった場合、この女性達は政府にべったり頼るようになり政府の言いなりになる。自分で努力して自立しようという考えもなくなり、だらだらニート生活を続ける人が増えるだろう。そんなことが日本社会にとって良いことだろうか?そしてそれは女性の地位向上につながるだろうか?

アメリカでは黒人層の未婚の母率がなんと70%である。そしてこれは彼らの間で非常に多い生活保護受給と無関係ではない。アメリカの生活保護は未婚の母への支援金が手厚いため、女性達は未婚のまま父親の違う子供を産み続ける。そうやって父親のいない子供たちがどんどん育ち、育った子供たちによる犯罪が増える。

黒人層に貧困家庭が多いのは、こうして何の努力もせずに生活保護に頼っている家庭が多すぎるからなのだ。もし黒人層がきちんと結婚して子供を両親で育て上げ自立の道を選んでいたなら、アメリカ社会における黒人層の地位はもっと上がっていたことだろう。黒人といえば貧乏で犯罪者だというイメージが定着してしまったのも、黒人層を生活保護に依存させた民主党の政策が原因なのだ。にもかかわらず生活保護を受け続けたい怠惰な人たちが、民主党に投票し続けるから、民主党が権力を握っている州の腐敗は進むばかりだ。

さて日本に話を戻そう。もし私に反論してきた人たちの意見が日本のフェミニスト達の普通の意見だったとしたら、日本で女性の地位が上がらないのはもっともだと言わざる負えない。女性の社会的地位の向上を目指すなら、女性も男性と同等に社会に貢献していることを証明する必要がある。確かに女性というだけで賃金が低かったり出世できなかったりといった理不尽はあるかもしれない。だが、そういう不公平な女性差別と闘うのであれば、政府からの支援金を求めるなどもってのほかだ。独身女は社会の重荷になると思われることで女性の地位を上げることなど無理な相談だからだ。

また、ブロガー仲間のよもぎねこさんも指摘しておられるように、女性だから自立できないという考えはすでに独身でキャリアを持って成功している女性達に対して失礼ではないか?

ところで男女の賃金の格差について、これは日本でもアメリカでも同様に言えることなのだが、職業を自由に選べる社会では女性と男性では選択のしかたが違う。特に日本の場合、仕事をしている多くの人がそれで生活しようというのではなく、夫の給料の足しになり、育児や家事になるべく影響をもたらさない程度の仕事をしていることが多い。だから正規社員で残業も多い男性の賃金よりも低くなるのは当然のことだ。

こちらよもぎねこさんが提供してくれた資料。

よもぎねこ on Twitter: “男女賃金格差があるから単身女性は貧困とか言ってるけど、でも女性の平均賃金を算出場合は、主婦のパートなど生活費は原則夫が稼ぎ、妻は家事に差し支えない程度に働く、扶養控除の範囲内で働く女性が多数含まれているからね。 一生独身を覚悟して働いてきた女性の賃金を考えないと意味ないよ。

(7) 竹取の翁🎍 on Twitter: “厚生労働省 『男女間の賃金格差解消のためのガイドライン』より 事実を述べることは差別にはならない。 https://t.co/lbcmboZ4KM” / Twitter

キャリアウーマンが多いと思われるアメリカでも、女性は家庭を優先させる傾向があるため、機会があっても出張や残業の多い職務を選ばない人や、子育てのために一旦離職する人も多い。そのため女性のキャリアは同年代の男性よりも進んでいないということが多々ある。

また女性は男性のように危険で体力が必要な仕事に就きたがらない。アメリカだと軍隊は志願者のみで女性の志願者も大いに奨励されている。しかし現在米軍に所属する女性は全体の27%である。また比較的給料のよい理系の仕事に就く女性の割合も全体の10%程度だ。辛うじて医者や看護婦や薬剤師に女性が多いことが救いだが、それにしたってアメリカ人だけでは足りずにインドやフィリピンからの移民に頼る有様である。

大学でジェンダースタディーだのフェミニストスタディーだの何の役にもたたない似非学問を学び、全く価値のない学歴を得て高収入の仕事に就けないと嘆いてみても仕方ない。一人で生きて行こうというなら、それなりのキャリアに繋がる学問を勉強し、男と対等に競争し合う術を身に付けるべきである。

私のことを女性蔑視してるだの女性差別だのと批判する女性達は、自分のキャリアのためにどんな努力をしてきたのか胸に手を当てて考えてもらいたい。低賃金の将来のない会社勤めをずっとして、何か資格を取るとか芸を身に着けるとかと言う努力を少しでもしたのか?

そして職場で女性が女性であるというだけで不当な扱いを受けた時、その理不尽さを誰かに訴えたのか?場合によっては訴訟にもっていくくらいの覚悟はあるのか?そういう努力をしてこそ女性の立場の向上につながるのだ。それを奨励し応援するのが真のフェミニズムというものではないのか?

政府からの支援金をあてにしてるようでは何時まで経っても女性の地位など向上しない。世の中のお荷物になる人を尊重する世の中などないからだ。


Comment

母子家庭の増加と黒人犯罪率の関係

前回ご紹介した@buveryさんが、何故黒人の犯罪率が他の民族よりも高いのかという分析をしてくれているので、ここでも紹介しておこう。両親が揃っている家庭の子どもたちは学校での成績もよく、後々の成功率も高いということはすでに昔から言われてきた。これについては拙ブログでも2019年にこんなエントリーで紹介している

前回でbuveryさんもおっしゃっていた通り、最近の黒人家庭は70%以上が母子家庭であるということを考えると、何故彼らの間で不安定な子供たちが育つのか、その理由がはっきりしてくる。

なぜドロドロの犯罪と薬物にまみれた数多くの『ジョージ・フロイド』が、壊れた家庭、つまり、父親の不在によると考えるのか、説明しますね。米国では、年々未婚の母率が上がっていますが、人種によってその割合が全然違います。黒人は非常に高く7割を越える。

下記は子供が未婚の家庭で生まれた率。上から黒人、ラテン系、全体、白人となっている。

Image

しかし黒人の母子家庭がこんなに増えたのは1960年以降のことで、70年代までは母子家庭が20%から30%だったのに比べ90年だいになると70%にまで増えてしまった。白人の母子家庭率も増えており、いまや30%近くになっている。市民運動が起きる前の方が人種差別は今よりずっと酷かったわけだから、この傾向は差別が原因ではないことは確かだ。それに引き換え東洋人の母子家庭率はというと今でも17~8%と比較的に低い。

実は黒人を生活保護付けにしたのは民主党の陰謀だったという説もある。ご存じの通り、もともと民主党は人種差別の党である。南部の奴隷制度を固くない守ろうとしていたのは民主党なのであり、奴隷制度を廃止しようと戦争まで始めたのが共和党だ。南北戦争後に解放された元奴隷達による犯罪から地元を守るという名目で出来た白人至上主義自警軍KKKも民主党が生み出したものだ。

その後1960年代の市民運動が起きるまで、厳しい黒人差別を行い、黒人と白人が同じ学校やレストランやホテルやトイレや水飲み場に至るまで黒人が使える場所を制限したのも民主党である。その民主党が黒人層から圧倒的な支持を受けている理由は何なのか。それが生活保護だ。

この件に関してはbuveryさんと私とでは見解が異なるのだが、1970年代になって南部の人種差別白人たちが一斉に共和党に寝返ったというの民主党が広めた神話がある。市民運動が成功し、あらゆる組織的な黒人差別が無くなった途端、民主党は黒人票が共和党に流れるのを恐れて、手のひらを返したように黒人票の勧誘を始めた。その手段として生活保護が使われたのだ。

民主党は貧困層の黒人票を得るために、気前のいい生活保護法をあちこちで施行し始めた。しかし夫婦そろって父親が家計を支えている家族は生活保護を必要としない。それで民主党は母子家庭救済を始めたわけだ。しかしここに底知れない落とし穴があった。

母子家庭が圧倒的多数を占める集団は、単独では経済的に維持できず、外部からの支援制度と共犯関係にならないと、こんなイビツな集団を作ることはできません。収入源が生活保護なのだから、子を産む娘は金のなる木であって、男子は無駄。旦那は生活保護を切られかねない邪魔者。

生活保護を切らさないためには、娘はできるだけ早く出産する必要があり、高校卒業する前に出産するのは珍しくない。これで、フェミニストの理想郷のような母系社会が出来上がります。男子はギャングとなって犯罪と薬物にまみれ、大人まで生き残れば『ジョージ・フロイド』が出来上がる。

母子家庭でいた方が生活保護が受けやすい。それで女たちは男と結婚せず未婚の母のまま子供を産み続ける。そうした家庭がすでに何世代と続いているのだ。しかし家庭は経済面でも社会的に安定するのは両親が揃っている家庭である。

集団文化が異なる人種ごとの収入の中央値を見ると、見事に未婚の母率の逆になっている。母子家庭だと収入が下がるのは、働く人が減るから、特に不思議なことではないけれど、新興移民のアジア系が白人を上回るのが事実です。要するに堅い家庭という価値観がアジア系移民の生活を守っている。

人種別の中間的一家族における収入2000年から2019年

Image

更に、教育レベルを見ると、アジア系は過半数が大卒以上になり、近未来もこの傾向が続くことが分かります。収入だけでなく、教育レベルでもアジア系が白人を上回っています。これは、アジア系が子供への教育投資を怠っていないことを意味します。

白人家庭の子どもの方が大学進学率が高いという表。

Image

米国の『ジョージ・フロイド』、つまり犯罪と薬物にまみれた黒人社会の男性が大量生産されてくる理由は、経済資本と文化資本の世代間移転に欠けるからで、安定した家庭と教育投資に乏しいからです。その根本は家庭での倫理観ですが、その家庭が破壊されているから、犯罪と薬物が再生産される。

以前に私が同性婚を反対した時に、同性婚の家庭で育つ子供たちは片親で育つ家庭の子どもたちと教育レベルや社会的成功率が似ているという話をしたことがある。やはり安定した社会を守るためには、先ず安定した家庭から始めなければならないということがこれで、はっきり解ったと思う。


Comment

「ブラックアウト」キャンデス・オーウェン著、本紹介

我那覇真子訳のキャンディス・オーウェン著の「ブラックアウト」をツイッターで紹介してる人がいたので、こちらで引用。紹介者は@buveryさん。

ーーーーーーーーー引用始まりーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

黒人社会が公民権運動以降堕落したのは、統計で見ると明らかで、母子家庭が過半数を越え、未婚の母が8割弱、それが90年頃から30年以上続いている。差別のキツかった50年代は未婚の母率は25%程度。それと全く逆になってしまった。

全米の殺人事件の半分は8分の1しかいない黒人が起こしており、黒人が被害者となる場合、犯人の9割は黒人だから、黒人どうしが殺しあっていることになる。警官による非武装の黒人の殺害事件は年10件ほどだが、そもそも、黒人は年2500人ほど殺害されており、どちらが脅威なのかは誰でも分かる。

ではなぜ警官、それも白人警官による黒人の殺害事件のみが問題化するのだろうか。それは、地道な家庭での努力ができないからだ。だから、人種差別の物語に沿う、数の少ない事件だけ取り上げる。白人も見かけの『良い人』になるから、積極的に加担する。

しかも、黒人は9割ほどが民主党支持で、黒人の岩盤支持を失えば、民主党は政権を取れない。だから、選挙の前に事件が起こる必要がある。それが2020年の夏。BLMが盛んになったのは、コロナで職を失った黒人が、秋の大統領選までトランプを非難してくれることが必要だった。

選挙とコロナと暑さのパーフェクト・ストームだ。じゃ、そのあと、黒人の生活が改善したのかと言えば、全く変わっていない。

黒人ゲットーがある北部や西部の都市部は、まず間違いなく、民主党の地方政府があり、共和党ではない。もう何十年も地方行政を握っているのに、何ら改善されていないわけだ。逆に、改善されなければ、2020年と同じく、黒人を鉄砲玉として使えるので、改善する政治的意味はない。

政治の鉄砲玉に使われるのは、別に黒人だけではない。2020年は、オレゴン州ポートランドで一年ほど続く暴動があったが、なぜそんなことが可能なのかと言えば、ポートランドが左傾都市で、市長のテッド・ウィーラーが左派リベラル、選挙の対抗馬はアンティファを公言する人物。社民党としばき隊だ。

米国の地方警察は自治体警察だから、市長の監督下にあり、検察はオレゴン州は選挙で、地方検事も左派リベラル。従って、警察が暴徒を逮捕するのを市長本人と市議会が妨害し、さらに逮捕しても、地方検事が不起訴にするからまた暴動へ戻る。対象はポートランドの連邦地裁が入っている連邦ビル。

これだと何十回逮捕しようが関係ない。必ず戻ってきて火焔ビンを投げてくる。しかもコロナで失業し、連邦がコロナ給付金を出したから、働かなくて良い。暴徒専属になっている。要するにポートランド市と地方検事による官製暴動なわけだ。

これで何が変わったかというと、トランプがバイデンに負けた以外は何も変わっていない。黒人社会が改善するためにはこの30年以上の負の蓄積を生産し、黒人男性が覚醒する必要があるが、全部『人種差別』のせいにするので、覚醒はまだ始まってもいない。

キャンダスは直言女子です。全米で年10件ほどの警察とのいざこざより、4000万黒人の家庭の過半数で起きている父親の不在の方が、黒人の生活に直接影響があることは明らか。それは黒人の責任を認めることだから、黒人差別でコトを治めたいリベラルの反感を買う。これが白人リベラルが共犯な理由。

『マイノリティ=被害者』という図式で、リベラルはその『被害者の庇護者』という立場で正当化する論理だから、マイノリティなのに被害者の立場を取らない東洋人は迷惑な存在なんです。だから、存在しないことにします。

---------引用終わりーーーーーーーーーーー

キャンデス・オーウェンは若い黒人女性で元々はリベラルだったという。今はベン・シャピーロのデイリーワイヤーで週一のトークショーの司会をしている。


Comment

マクロアグレッションを無視してマイクロアグレッションを語るセミナーで完全に頭に来たカカシ

色々な企業で批判的人種理論(CRT)に関する講座が開かれているという話は聞いていたが、なんとカカシの職場でも遂にそのセミナーが講義が行われた。従業員は全員強制参加、例外は許されないと招待状には書かれていた。

CRTという思想は最近非常に評判が悪い。義務教育や企業などでそういう人種差別的な思想を広めるのは適切ではないという批判が多いため、人権屋たちも考えて手を変え品を変え別の方法でその邪悪な思想を広めようとする。であるから私が受けさせられたこの講義の題名もCRTと明記されていたわけではなく、「環境に関する知識」とかいう一見なんのことか解らない題名になっていた。

しかし行ってみると何のことはない人種差別がどうのこうのマイクロアグレッションがどうのこうのという内容で、あ~、CRTだなとすぐに解った。

このプレゼンテーションでは、職場内部の人が作った職場特有の事情を示したパワーポイントに混ぜて、明らかに外部で作られた高品質のスライドや動画が交互に使われた。このプレゼンテーションの主旨は「知らないうちに同僚に対してパワハラや人種差別をしていることがあるため、その事実をあらかじめ認識して気を付けよう」というもの。そして特に注意を向けるべきとされたのがマイクロアグレッション。

マイクロアグレッションというのは、その一つ一つは大したことではないが、ちょっとした言いかたで他人を傷つけてしまう行為で、それが積み重なると職場の雰囲気が乱れてしまうという理屈。それで引き合いに出されたのが東洋系アメリカ人。

たとえば、東洋人の同僚に向かってやってはいけないマイクロアグレッションとは、、

  • 「あなた何処から来たの?」と出身地を聞く。あたかも東洋人はすべて外国人であるかのような思い込みは失礼。
  • 「あなたの名前発音しにくい」と他人の名前がいかにも変であるかのような言いかたは侮辱的。
  • 「あなた英語うまいね」とネイティブに言うのは失礼。
  • 「あなたのランチ臭い」とか言語道断。

てな具合。くっだらな~い!この程度のことで東洋人がいちいち傷ついていたら、人種のるつぼであるアメリカで生きていけると思うのか?冗談じゃないよ、全く。

自分が親しみのない文化に対して変な目でみるなんてことは普通にあること。それ自体は人種差別でもなんでもない。日系人であるというだけで強制収容所に入れられたことのある日系アメリカ人がその程度のことを気にするとでも思ってるのか?

私はもう40年以上カリフォルニア住まいだが、特にこれといって東洋人だからということで差別されたことなどない。出身地を聞かれるのは外国人だけとは限らないし、もしアメリカ生まれなら「ジョージア州です」とかカリフォルニア内部なら「サンディエゴです」と答えればいいだけの話。

外国風の名前の発音が難しいのは事実だし、なにも東洋人の名前だけでなく、フランス系やギリシャ系など発音が難しい名前はいくらもある。常に間違って発音されるのが嫌なら簡単なニックネームでもつけて、それを使ってくれと言えばいい。現に私を含め、そうしてる同僚はいくらも居る。

確かにネイティブに英語うまいわねと言うのはおかしいが、普通ちょっとしゃべればその人がネイティブかどうかはすぐ解るので、ネイティブに向かってそんなことを言う人は先ず居ない。かえってネイティブでない人の方が「うまいね」と言われたら凹む。それは裏を返せばネイティブ並みのきちんとした英語を話していないという意味に取れるからだ。

お弁当が臭いとか、いくら何でも子供じゃあるまいし、そんな失礼なことを言う人は職場では先ずいないだろう。それにうちの職場は実は40%が東洋系。ベトナム人人やフィリピン人の一世が圧倒的に多いが、インド系、アラブ系、日系、韓国系、中華系、と色々いるので、お弁当時間の休憩室の臭いたるやすさまじいものがあるが誰も気にしない。なにせみんなのお弁当が臭ってるんだから。

いや、話がずれてしまったが、実はアメリカ社会で東洋系市民が面している問題は、こんなくだらないマイクロアアグレッションなどではなく、もっと深刻なマクロアグレッションがある。

教育現場での組織的東洋人差別

以前から私はこの話はしてきたが、東洋系アメリカじんは学業に優れている傾向がある。サンフランシスコ市など中華系移民の子孫が多い地区では、成績上部の生徒達は東洋系で埋まってしまうのが普通。それで地区の進学校に薦める子供たちも必然的に東洋系が半数近く占めてしまう。黒人やラテン系が進学校に薦める可能性はかなり低いため、それを是正すると称して、東洋系は成績が良くても進学校へ薦める数が黒人やラテン系より減らされてしまうという制度が出来、東洋系保護者が大反発するという事件があったことは以前にもご紹介した通り。

ハーバード大学やスタンフォード大学でも、東洋系アメリカ人(中国からの留学生は別枠)はわざと点数を引かれるなどして入学させない制度が明るみにでて訴訟が何度も起きている。

こうした組織的な東洋人差別が横行しているにも関わらず、こうした問題についてマイクロアグレッションなどとくだらないことを言ってる人権屋は何も言わない。

増える黒人による東洋人への暴力

最近ソーシャルメディアで黒人が通りがかりの白人や東洋人に酷い暴力を振るう動画がいくつも上がってきている。人権屋はアメリカで問題なのは白人至上主義だなどと、とぼけたことを言っているが、東洋人が襲われる事件で犯人が白人至上主義者だった例など一度もなく、そのほとんどの場合加害者は黒人だ。

地下鉄の駅で東洋人女性をホームに入ってくる電車の前に突き落として殺したり、道行く東洋人老人を殴りつけたり、柱に東洋人男性を押し付けて二人して殴ったり、東洋人女性を数人で強姦した末殺害したり、もうありとあらゆる虐待が行われている。

2年くらい前、誰かが「アジアンライブスマター」と言ったら、BLMの連中からクレームがついて、その名前は黒人だけのものだから勝手に使うなと言われ、「ストップアジアンヘイト」なんて訳の分からないスローガンに書き換えさせられた。なんで黒人から虐待されてることを訴えてるのに、黒人の顔色を窺わなければならないのだ?どれだけ馬鹿にされてるんだよアジア人は!

先月はアジア人プライド月間とかだったが、LGBT月間や黒人歴史月間などと比べて誰も注目などしなかった。職場でも一日アジア人同僚たちが作ったポットラックパーティがあった程度だ。もっとも私はそんなものには興味がないのでどうでもいいのだが。ただその月間の最後の日に、バイデン爺さんがK-PopのスターであるBTSの連中をホワイトハウスに招待し、BTSがアジア人への暴力を止めさせようとかいう演説をぶった。

先ず第一に、ほとんどのアメリカ人はBTSが誰なのか知らない。彼らの姿を初めてみたアメリカ人同僚は、「韓国ではクローン技術が進んでいるのか?みんな同じ顔だな」と言っていた。何故かこの時、BTSのメンバーはみんな髪の毛を黒くして同じ黒の背広を着ていたので、全員同じに見えた。

それになんでアメリカの問題を外国のポップスターに演説させるのだ?しかもBTSは人気バンドだから常にボディガードもついており、一般のアジア人のように道端で殴られる危険性などゼロである。そんな奴らに我々東洋系アメリカ人が瀕するどんな苦労が解るというのだ?

バイデン爺も、もし本当に東洋人への暴力を憂いているなら、東洋人へのヘイトクライムの犠牲になった被害者たちをまねいて、その体験談でも話させた方が、よっぽども効果があっただろう。少なくともバイデン爺が東洋系アメリカ人の身を案じているというパフォーマンスくらいにはなったはずだ。BTSなど招いてもアメリカ人の心には響かない。

批判的人種理論は人種間関係を悪化させる

CRTの主題は、白人がすべての悪の根源であり、黒人は被差別者として特別扱いを受けるべき存在というもの。黒人たちに対して、彼らのすべての問題は白人が起こしたものであると教え込むため、黒人は白人への敵意を抱くようになる。白人がそんな悪者であるなら、白人のビジネスから略奪したり、道行く白人に暴力を振るったりするのも正当化される。白人にいくらひどいことをして逮捕されても、左翼検事らが起訴もしないからすぐに釈放される。それで本当に自分らは何をしてもいい特権階級なのだという誤解が生まれるのだ。

白人は白人で常に悪者扱いされていれば、なんで自分達だけがこんなに責められなければならないとか思うようになる。差別してるわけでもないのに、していると責められ、物を盗まれ暴力を振るわれる。どんな被害にあっても加害者が黒人なら罰せられない。そんな理不尽な待遇をうけて黒人への敵意が生まれないほうが不思議だ。

東洋人はこのどちらにも属さないが、人権屋は都合よくこういう時だけ東洋人も被差別者であると引き合いに出す。だが我々は知っている。我々は社会的に成功しており、特に白人から差別されているなどということはない。それより黒人から暴力を受けたり者を盗まれたりすることの方が多い。進学では組織的に冷遇され、優遇された黒人たちに席を奪われる。

こんな状態で人種間の関係が良くなるとは全く思えない。

私は40年以上アメリカに住んでいて、いまほど人種間の関係が悪い時代に生きたことはない。これまで私は黒人に対して特に何の偏見も持っていなかった。しかし今、道端で黒人とすれ違う時は心底怖いと思う。もし向こうから黒人が数人でやってきたら、私はどこかへ身をひそめるか通りを渡るかして、相手の手の届かないところへ避難するだろう。

CRTがアメリカに与えた打撃は深刻である。


Comment