BLM/ANTFA暴徒に襲われ正当防衛で二人を射殺し一人を負傷させた少年の裁判始まる

去年の9月、ウイスコンシン州のケノーシャ市で、黒人男性リチャード・ブレイクが警官に撃たれ重傷を負った事件がきっかけとなりBLM/ANTIFA暴徒たちが大暴動が起こした。数日間にわたる暴動で小さなケノーシャ市は大打撃をうけた。そんなケノーシャ市で働いていたカイル・リットンハウス少年(当時17歳)はAR-15ライフルを持って知人のビジネスを守るべく護衛に当たっていた。しかし暴徒らはカイル君に襲い掛かり、腕の立つカイル君は襲い掛かった二人の男を射殺、一人を負傷させた。この時の模様はすべて色々な角度からビデオで撮られており、彼の正当防衛は一見にして明白であるにも関わらず、ジョージ・ソロス後押しのある超過激派左翼検察官はカイル君を過失致死や銃砲罪違反の罪で起訴。本日からその裁判が始まった。

この話は現在進行形なので、私のツイートを一応記録としてここに載せておく。何か起きる度にここに書き足して行こうと思う。

11月2日2021年付け

去年ケノーシャの暴動で友人のビジネスを守ろうとして暴徒に襲われ、正当防衛で二人を射殺一人を負傷させたカイル君の裁判が今日から始まる。カイル君を襲った暴徒らは合わせて前科何十犯というプロの犯罪者たち。カイル君は品行方正のお手本みたいな好青年。起訴などされるべきではなかった事件。

カイル君はボランティアで落書き消したり、ライフガードとして怪我人の手当したり、警察官にも感謝されていた。本来なら市から感謝状もらってもいいくらいの青年だ。彼を逮捕してる暇があったらBLM/ANTIFAの連中を退治しろよ!

いま改めて当時のビデオを観たけど、カイル君の自制心と銃の腕には感心する。二人の男に同時に攻撃され、スケートボードを持ち上げた一人を撃ったあと、自分に銃を向けた二人目の男の腕を撃つなんてそう簡単にできるもんじゃない。しかも一瞬両腕を挙げた男をすぐには撃たなかったのもすごいわ。

カイル君に殺された一人目の男は連続小児強姦魔。なんと5人の少年を強姦した過去を持つ男だった。男はカイル君を追いかけながら「あいつを捕まえろ!」と言いながら花火を投げつけ、別の男が発砲したのを受けてカイル君が発砲。


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トランスジェンダリズムについて、宇多丸とDJOASISの話し合い報告を読んで

宇多丸 DJ OASISと2人きりで話したことを語る (miyearnzzlabo.com) これは以前にも紹介したラッパーのDJ OASISさんがツイッターでしたトランスジェンダリズムに関する呟きに対して、同じラッパー仲間の宇多丸さんが自分のラジオ番組でオアシスさんを批判したことについて、今回お二人が直接会って話た内容の宇多丸さんによる報告記事。(以下敬称は省く)

宇多丸は以前のラジオ番組の内容からも解るようにかなりのリベラル。特にトランスジェンダリズムに関しては全面的に擁護しており、オアシスの発言は「 ちょっと、なんというか、一線を越えたというか。ちょっとはっきり、侮蔑してたり、差別をしていたり。なんというか、言説として暴力的なことになっちゃってるよ」と感じたという。前の宇多丸の番組についてオアシスは、やはりラッパー仲間のKダブシャインとの対話で「直接話をして欲しかった」と語っていたが、それについても、宇多丸はプライベートで話しているだけでは、オアシスの発言を容認したように取られる可能性があるので、番組内で取り上げるべきだと思ったと語っている。

だとしても、番組で取り上げる前にオアシスの意見を聴いたり、でなきゃ、オアシスを番組にゲストで呼んで対談するということを最初からすべきだったのではないかとは思うが、それでも少なくとも二人がプライベートでも話合うことが出来たのはよかった。だが、もし日本の業界でこういう対談が可能であるなら、ラジオなりユーチューブなりで対談番組を作ってやって公に欲しい。

まず宇多丸が問題があるとしたオアシスのツイートというのは、トランスジェンダリズムは女性空間の安全性について無頓着なのではないか、という意味の発言だった。

で、翌日、宇垣美里さんの火曜日の日もそのフォローをするというか。要するに問題になっているというような性自認というね。要するに自分で性のあり方を決められるというね。で、そうなるとでも、たとえば女性用のパブリックスペース。「女性用の空間みたいなところにいろんな人が入っててしまっては危ないんじゃないか?」という意見があるんだけど。でも、それはトランスジェンダーの人たちが起こす何かではないじゃないですか。その性犯罪の抑止、防止、罰していくという件とトランスジェンダーの人の権利拡大っていうのは全く別の話であって。だから、そこが対立構造になるのはおかしいと思うというような話も追加でさせていただきました。

宇多丸の話は、話し合いの内容というより、それに関する自分の感想を述べているだけで、どういう話題を取り上げ、どういうところは同意できてどういうところが平行線になったのかというような説明は全くない。なのでこれだけ読んでもあんまり意味がないと思った。それに比べてツイッターで同じ話し合いについて報告したオアシスのツイートは的を射ていて対照的だ。強調はカカシ。

宇多丸と話をした。自分の配慮が足りなかったであろう言葉でのツイートで傷付けてしまった人達への訂正とお詫びする旨を伝えた。改めてこの場を借りてその点に関し謝りたい。自分が差別者では無い事も理解してもらい、またラジオで一方的に話をしてしまった事も申し訳なかった、と伝えてくれた。

性自認に関しては「全ての性自認を認め、その権利を守るべき。生きるために性自認が必要な人が多く居る。性自認の主張が犯罪の直接的原因ではない。それに伴い起こる犯罪をトランスジェンダーと結び付けるのは間違えであり犯罪自体が悪いのであって監視体制が確立されていない社会の問題」という視点と「性自認を法で認める事でジェンダー関係なくそれを利用した犯罪が増える可能性、犯罪の監視体制が確立されても犯されるのが犯罪」という「危険視」する視点、それが双方の基本的違いであった。

宇多丸の言う「生きる為に性自認が必要」という立場の人が居る事は当然理解をしているが更に理解を深める様これからも努めて行きたい。宇多丸にも「性自認で起きる犯罪、監視体制を掻い潜って起こされるのが犯罪」という危険性に少しでも理解を持ってもらえたら嬉しい。子ども達の性自認に対する教育の形も各々意見は完全に別れたが「子どもを守る」という点は同じ考えだ。

言論、思想の自由は尊重されるべきで2人が直接話をする場を設けてくれた事に対して感謝している。そして考え方への理解も今後更に深められたらと思う。トランスジェンダーに対する偏見と捉えられる様な誤解をまねく発言ではなく、法、制度、教育、権利、等に対し意見を述べて行けたらと思う。

最後に関係者及び多くの人達に感謝と共にこの問題提起を意識し続け考えて行ってもらえたら幸いだ。この件に限らずネット社会になり顔を合わせての会話が減る世の中になり、コロナ禍がそれに拍車をかけているが直接目を見て対話をする大切さと、そうあるべき事が本来の姿という事を再確認した。

オアシスが自分の「ツイートで傷つけてしまった人たちへの訂正とお詫びはする」と言っているが、私はオアシスは誰かに謝罪するようなことは書いてないと思う。ただ本人が謝りたいというならそれは本人の勝手だからいいのだが、こういうことで「傷ついた!謝れ!」と言う人にはむやみやたらに謝らないほうがいい。なぜなら、奴らは単に自分に同意しない意見を聞いたことで気分を害したと言っているだけなので、それなら私たちなど、毎日のようにメディアでもSNSでもしょっちゅう「トランス女性は女性です」なんて女性に対して非常に失礼極まりない発言を聴かされているが、我々がどれだけその発言に気分を害そうが「傷つ」こうが、誰かが謝ってくれたことなど一度もない。

結局のとろこ、宇多丸とオアシスの根本的な意見の違いはオアシスも言っているように、自認のみ女性を女子専用空間に受け入れることと女性空間で起きる犯罪に関連性があるのかどうかという問題だ。

宇多丸はあくまで、トランスジェンダー許容と女子空間での犯罪は無関係であるという考え。なぜなら犯罪を犯すのはトランスジェンダーではなく犯罪者なのであって、それをトランスジェンダーのせいにするのはおかしいからという理屈。性犯罪の増加については監視体制の確立などで是正できるという主張。

オアシスはトランスジェンダー云々ではなく、自認のみ女性という男性を女性施設に受け入れることによる犯罪の増加を懸念しており、監視体制の確立だけでは解決できないという主張だ。

オアシスとはツイッターで私も何度かやり取りをしたので知っているのだが、彼は自称トランスジェンダーによる性犯罪についても結構知識がある。だが宇多丸はそのことを良く知らないのではないかと思う。知っていたら犯罪を犯すのはトランスジェンダーではなく、トランスに便乗した犯罪者だけだという偏見は持たないはずだからだ。

しかし10歩譲って真のトランスは犯罪を全く犯さない善良市民の集まりだったとしても、トランスに便乗する犯罪者が女性空間に入りやすくなる政策を取ることは問題だという考えはないのだろうか?そういうなりすましトランスから女性や女児を守る方法を具体的に示せる人はいない。

そもそも男女の空間が区別されている理由を考えてみてほしい。誰も男性は100%痴漢だから男女は区別しなければならないなどとは思っていない。ただ性犯罪を犯す90%以上が男性であり、その犠牲者も90%以上が女性や子供だという現実がある以上、すべての男性を女性から遠ざける以外にこれらの犯罪から女性達を守るのに最適な方法はない。

もちろん男女別施設が100%犯罪を防げるわけではない。だから監視体制を強化するということに依存はない。しかしハイテックな監視体制を設けなくても空間を男女別にするのは犯罪防止に非常な役に立つ。

まず男女別施設は痴漢男性をいぶりだすのに役立つ。なぜなら男女別になっていれば良識ある男性は女子施設にわざわざはいってきたりしないからだ。どんな管理システムよりも効果的なのは中にいる女性達の警戒心である。女子施設に入るべきではない人が入ってきたことに一番最初に気付くのは監視カメラでも警備員でもなく中にいる女性達だ。彼女達が挙動不審な人を見たらすぐに警報を鳴らせる状況こそが女性達を守る最善の方法なのである。自認のみ女性の女装男を女性空間に受け入れることは防犯に最適な二つのバリアを取り除くことになる。それが女性にとって安全であるはずがない。

オアシスの一番の危惧は、トランスジェンダー方針が先走りして女性や子供の安全に関する配慮が欠けているのではないかということだったわけだが、宇多丸はそれをトランス差別という問題にすり替えている。宇多丸はトランス活動家のプロではないが、活動家からトーキングポイントを教わっていることは確かだ。

女性や子供たちの安全を守るために女性専用空間は守らなければならないという話が、何故トランス差別やトランス排除という話につながるのか、先ずそれを考えるべきではないか?

ツイッターで女性空間の話をしていると、必ずトランス活動家(TRA)やその一味(アライ)たちが差別だトランス排除だといちゃもんをつけてくる。しかし考えてもみてほしい。もしも女性体の人のみの空間を守ることがトランス排除とみなされるというのであれば、女性や子供たちを守りたい全ての人が二つに一つの選択をしなければならなくなる。つまりトランスジェンダー活動家たちは女性の安全とトランスジェンダーの共存は不可能だと言っているのだ!

女性の安全とトランスジェンダーの気持ちのどちらかを選べと言われたら、私の答えはすでに決まっている。日本社会はどんな選択をするのだろうか?

追記:

本題とは外れるが、英米などでは芸能人がこの問題について正直な対話など出来ない状況になっている。アメリカでOJOASISさんくらいの著名人が自分のツイッターでトランスジェンダー批判をしたりしたら、業界から追い出されるなどの非常な危険な目にあう。日本ではまだそういうことになっていないのは非常に喜ばしいことだ。


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ニューヨーク市のワクチンパスポート強制でレストラン入店を断られた黒人女性三人がアジア人店員に暴行、BLMが店の前で嫌がらせデモ

先日ワクチンパスポート提示を強制し始めたニューヨーク市のイタリアンレストランで、枠パスを持っていなかった黒人客が入店を断られ、怒った黒人女性三人がよってたかって店員に殴りかかるという事件が起きた。店員は打撲がひどく入院する結果に。三人の女性たちは障害罪で逮捕されたが、ブラックライブスマターの連中が店はワクパスを口実に黒人差別をしたとして店の前で大声を張り上げる嫌がらせデモを行った。

三人の女性たちと話をしたというBLMのメンバーは、店員が三人に向かってニガーと呼んで侮辱し三人に襲いかかったので三人は自衛のために殴り返したと主張。レストランは警備カメラのテープを公開しろと大騒ぎをした。しかし実際に店側が公開したビデオを観てみると、三人の言い分とは全く違う様子が映っている。

こちらのサイトでビデオが観られる

ニュースによると、この三人は大きなグループの中の三人で、この三人はワクパスを持っていたため中に通された。後から来た男性数人がワクパスを持っていなかったため入店を断られた。ビデオを観れ貰えばわかるが、ワクパスを持っていた客を店員が店内に案内し、案内の終わった受付の女性は彼女たちの横を通って何も言わずに店の外に出た。だが、なぜか店内にいた三人がこの女性を追いかけて外に出、女性に突然襲い掛かる様子が映っている。つまりBLMの男が言っていたのとは全く反対で、受付嬢はこの三人に殴りかかるどころか言葉さえ交わしていないのだ。

実は、今月からニューヨーク市でワクパス強制を行うことになったという発表があった時から、このような事件が起きることは十分に予測できた。何故かと言えば、メディアの報道とは裏腹に、武漢ウイルスのワクチン接種を拒否しているのは共和党の田舎者白人たちではなく、接種率が一番低いのは黒人層だからである。共和党支持者たちはワクチン接種を連邦政府が国民に強制することには反対しているが、彼らがワクチン接種を拒否しているわけではないのだ。今アメリカではだいたい60%くらいが接種済みだが、黒人層ではなんと、たった28%しか接種していない。アメリカでは18歳以上の大人は予約もなしで薬局で無料でワクチンを接種できるので、未接種ということは自ら選んで受けていないということになる。

選挙の際に身分証明書を提示するのは黒人差別につながると大騒ぎしていた民主党は、なぜかレストランでのワクパス強制には全く抵抗がない。だが黒人のワクチン接種率を考えれば、大半の黒人がレストラン等でサービスを断られることになる。これは黒人差別と言われてもしょうがいないのではないか?

もちろんBLMのデモはお門違いである。レストラン側は市の規則に従っていただけであり、特に黒人客を選んで差別したわけではない。もしBLMが本気で差別されたと考えているなら、レストランではなくそんな差別的規則を作ったニューヨークのディブラジオ市長に文句を言うべきだ。

ところでここに面白いことがある。以前にワシントン州で反ワクチン強制のデモにアンティファがなだれ込み、アンティファによって抗議者の一人が撃たれるという事件が起きた。確かその話はしたと思うが、アンティファは何故かバイデン政権のワクチン強制を強く支持している。

去年起きた数々の暴動ではアンティファとBLMは強力しあっていたが、この件に関しては意見が真っ二つに割れている。個人的にはBLMとアンティファが内輪もめして共倒れしてくれることを望んでいる。

ともかく、バイデン政権はワクチン未接種の市民を悪者扱いしているので、それが原因で黒人層によるバイデン政権離れが起きる可能性は高くなってきた。


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白人女性失踪で騒ぐメディアだが黒人女性失踪には無関心?MSNBCの女性司会者の詭弁

ここ数日アメリカではギャビー・ぺティート(22歳)という若い女性の失踪事件でメディアは大騒ぎをしている。若い女性が失踪するなんてよくあることで、何故この事件がそんなに騒がれるのか不思議と言えば不思議。

これがどういう事件なのかをちょっと説明すると、今年の7月にギャビーとその婚約者のブライアン・ランドリー(23歳)がキャンプ用に改造したミニバンで自然公園巡りの旅に出た。二人はその様子を自分たちのインスタグラムやユーチューブにアップしていた。彼らはSNSで数十万人のフォロワーが居たそうで、自然公園巡り界隈ではちょっとした人気ものだったらしい。

ところが8月の中旬に、二人が大ゲンカしているのを見かけた人が警察を呼んだ。その時の様子を撮影した警官のボディキャムビデオがSNSに流れてるが、どうやら運転中のブライアンにギャビーが殴りかかり、ハンドルを取ろうとした模様。実際ブライアンの顔にはギャビーによるひっかき傷があった。ギャビーの半狂乱の様子がビデオに映っている。

この時何故この警官がギャビーを保護しなかったのかは不明だが、警官は二人を一応別々にしようとして、ブライアンはホテルに、ギャビーはミニバンに残った。

数日後それまでしょっちゅうギャビーと連絡を取り合っていたギャビーの母親が、ギャビーと全く連絡が取れなくなった。さらに数日後ブライアンは一人で自分の実家に帰宅した。ギャビーの行方についてギャビーの両親の再三にわたる質問にブライアンは全く答えず、ギャビーの両親は失踪届を出す。ブライアンはその後行方をくらます。そしてつい2~3日前、二人のファンだった別のユーチューバーが白いミニバンを発見。残念なことにそのすぐそばでギャビーの遺体も発見された。ブライアンは未だに消息不明。

私はテレビを全然観ない人間だが、それでもネットのニュースでこの話は上がってきていたので、全く興味のない私ですら知っているほどだからメディアがどれほど騒いだかはお察しいただけると思う。さてここからが本題。

MSNBCにジョイ・リードという黒人女性司会者がいる。リードがこの件に関して、メディアが騒いでいるのはギャビーが白人女性だからで、これが黒人女性だったら完全に無視されると言い出した。リードはこれを「白人女性失踪症候群」と呼ぶ。

「この事件が注目を浴びていますが、どうしてメディアはピープルオブカラー女性が失踪した時に同じように報道しないのでしょうか?

実はその答えには名前があります。『白人女性失踪症候群』といってあの偉大な故グウェン・アイフィルが名付けたもので、レイシー・ピーターソンやナタリー・ホロウェイといった白人女性が失踪した時のメディアや人々の感心は強いのに、ピープルオブカラーの事件は無視される現象を説明したものです。」

たしかに白人女性の失踪事件は黒人女性の失踪事件よりも大々的に報道される。だがそれはリードが考えるような理由ではない。

先ずリードが出した三件で共通しているのは、失踪した人たちが若く美しい女性達だったということ。これが平凡な中年女性がハイキング中に行方不明になったなんて事件なら、たとえそれが白人女性でも地方局以外では取り上げないだろう。ましてやこれが男性なら白人でも完全無視されること間違いなしである。

リードはメディアが人種差別者の集まりで、黒人の命などなんとも思っていないから黒人被害者の報道は少ないのだといいたいのだろうが、もしそれが本当なら去年一年中、黒人犯罪者が警官に射たれる度に大騒ぎをしたメディアをどう説明するのだ?同時期にもっと多くの白人容疑者が警官に殺されているのに、そんな話は一度も聞かなかったのに。

実はメディアが完全無視する黒人被害者像というのはある。それは加害者が黒人の場合である。例えば聖人のような扱いになったジョージ・フロイドや名前は忘れたが警官に撃たれて半身不随になった黒人男性など、彼らの名前は大々的に報道されたが、彼らに暴力を振るわれた女性達のことはメディアは完全に無視である。去年警官に射殺されたすべての黒人男性たちは凶悪な犯罪者で、警官に殺されるまで多々の犯罪を犯して来たが、頻繁な家庭内暴力はつきものである。にもかかわらず、彼らによって被害を受けた女性達の存在は全く報道されない。

それをいうならシカゴやデトロイトで毎日のように起きる殺人事件の被害者たちのほとんどが黒人だが、これらの事件はまるで報道されない。もしリードが本気でメディアが黒人の犠牲者についてもっと取り上げるべきだと思っているなら、リード自身が自分の番組で毎日のようにどれだけの黒人が犯罪の犠牲になっているか報道したらいいではないか?リードは仮にもジャーナリストのはしくれだろう、だったら自分で失踪した黒人女性の事件をどんどん取り上げればいいではないか。自分のインスタには2百万人のフォロワーが居るとこの間も自慢していたくらいなのだから。

だがリードをはじめリベラルメディアはこうした黒人被害者のことは無視するのだ。なぜなら被害者の話をするためには加害者の人種も暴露しなければならないからで、そうすると黒人による黒人への犯罪の実態が人々に知れ渡ってしまう。これは黒人のイメージに良くない。だからメディアは黒人被害者を無視するのだ。

メディアは真実になど興味はない。常に人々の感心の方向を自分らの都合のいいように操っている。もしリードがそれが気に入らないというなら、自分でその方向を変えていけばいいではないか?白人女性失踪症候群なんて馬鹿げた現象の裏に隠れてないで。


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銃でBLMから自宅を守ったマコウスキー夫妻が体験した二度目の攻撃

去年の6月にBLM暴徒に囲まれて銃で武装して家を守ったマクロスキー夫妻のことは皆さんもよく覚えておいでだろう。そのマーク・マコウスキー Mark McCloskey氏が最近演説を行ったのをツイッタラーのリッキーさんが紹介してくれているので、こちらでも紹介したい。(マークさんのビデオはこちら。McCloskey, who waved guns at BLM protesters in St. Louis last summer, says he was almost killed | The Kansas City Star

マコウスキー 夫妻は何の罪も犯していないのに、ソロスの息のかかったミズーリ州の検察から起訴され、二人とも有罪を認めて罰金を払ったのだが、約束通りミズーリ州知事が彼らに恩赦を与えたため、この罪は取り消しとなっていた。

さて、我々は評判になった最初の攻撃についてはよく知っているが、実はこれにはもっと恐ろしい後日談がある。一回目の攻撃があった後、マコウスキー夫妻の行動はネットやメディアで評判になったが、そのことに怒ったBLMは後に民主党の下院議員となったコーリー・ブッシュを筆頭に数日後の7月3日に1000人の暴徒が徒党を組んで夫妻の家の前に集まったのだ。その時の様子はテレビでも報道されたが、前回と違って暴徒たちは垣根の向こう側で大声を張り上げただけで中に入ろうとはしなかった。しかしこれは彼らが自制心を働かせたからではない。実際に何が起きたのか、マコウスキー氏自身の話を聞いてみよう。(下記はリッキーさんによる翻訳。太字の部分は翻訳がちょっと変だったので私が書き換えた)


その出来事(6月28日の襲撃)は皆さん全員がご存知ですね。何故ならテレビでもネットでも我々が銃を構えた写真がどこにでもあったからね。でもあれは2つあった出来事のうちまだイージーな方だった。もう一つの皆さんが多分ご存じない出来事は『暴徒達が7月3日に戻ってきた』という件。

私達の顧客(マコウスキーは弁護士)の中にコリー・ブッシュ下院議員その人に率いられた『Expect Us』と呼ばれるAntifa組織のメンバーがいてね、その顧客はその組織内部の人間なんだけど電話をかけてきて『アンタ達のやった事は許しがたい。我々は7月3日にアンタの家に行く。アンタ達を殺さなければならないし家も焼き払う。君達に出来る事は何も無いんだ』と言うんだよ。

言うまでも無い事だが我々は少し心配になってきた。何故なら奴らは真剣だったからね。だから我々は物をベッドの下や壁の中に隠して、貴重品を守る為に出来る事は全てやった。そして我々は警官を副業で雇おうと仕事の合間にら動き始めた。でも誰もその仕事をしたがらないんだよ。みんな悪く言われる事を恐れてた。

そこで我々は企業に対して世界レベルのハイテク警備をしている会社に行ったし、特殊部隊のような仕事をしてる男たちのもとにも行った。でも彼らは『ファーガソンのマイケル・ブラウン射殺事件の時に悪く書かれた。もうああいうのはやりたく無いんだ』と言うんだよ。そこで私はその男に言った。『じゃあ私は何をしたらいいんだ?これでは我々は金曜日には死んでしまう』とね。すると彼は言うんだ。『私が貴方にお勧めするのはこれが無くちゃ生きていけない、ってものを何でもいいからクルマに詰め込むんだ。その上で貴方の家を放棄するって事だね』とね。『ファック!そんな事はしたくない。たとえ船と共に沈むとしても我々はここを離れるつもりはない』とね。

実は私はその週の初めにホワイトハウスの人から電話を貰ってたんだよ。彼は『トランプ大統領がサポートしたいと言ってる、もし私に出来る事があったら知らせてくれ』と言ってくれてたんだ。そこで私は彼に電話をして言った。『やあ今がまさにその時なんだよ』ってね。そしたら彼はマーク・メドウス大統領主席補佐官の携帯番号を教えてくれたので私はマーク・メドウスに電話をしてみた。だが彼は忙しかったので次に私はタッカー・カールソンに電話した。

私は家のキッチンに座って、妻のパティはすすり泣きながら私の隣りにいた。私はタッカーに語りかけ、タッカーは我々の姿を放送に流しながら『私は先程皆さんにお話をしたストーリーについてマーク・マコウスキーと話をしています。マコウスキー夫人が後ろでむせび泣いている声が聞こえます。

警察は警備しないように言われています。彼らAntifaは金曜日に彼らの家にやって来て彼ら(マコウスキー家の人々)を殺害しようとしています』と言った。そして彼は人材を求めてあちこちに電話をかけてくれたが我々はまだ自分達は死んでしまうんじゃないかと考えていた。

そして時は木曜日の夜。その週は31歳になる私達の娘が我々と一緒に家にいたんだ。6月28日の最初の襲撃のあった日曜日には彼女は夕食を食べに来てたんだね。だが彼女は私達と一緒に死にたく無かったんだよ。(場内笑う)彼女は階下に降りて自分が子供の頃に好きだった動物のぬいぐるみを持ってきた。娘は私達2人にハグとキスをすると『さようなら』と言った。(客席ゲラゲラ笑う)我々が死んでしまって二度と会えなくなると思ったんだな。

だが金曜日。起きたんだよ、奇跡が起きたんだ。全部いっしょにやって来たんだ。テキサスから6人のネイビーシールズがやって来た。(場内歓声)カンサスで酪農業四代目のネービーシールが装具をトラックの荷台に乗せてやって来た。

その日の夜7時に事は始まると思っていた。彼は6時30分に来たな。さらに我々は12人ほどの警官をバイトで雇う事が出来た。タッカー・カールソンの電話アドバイスを心に留め置いた。彼らはもし仕事上で必要があるならば泥をかぶる事を厭わない人々なのだと。

かつて我々はロナルド・レーガン政権を『超絶的武器を通しての平和』と呼んだだろ?(拍手)そして皆さん、暴徒たちがこんどは1000人くらいやって来て、我々を殺害しようと決意していたんだ。だが我々は生き残った。(この時に作った)ポストカードがあるんだよ。家の玄関先で撮ったんだけど、6月28日の時の銃を構えた写真を前に置いて、その後ろ側に我々がアメリカの国旗と共に立っているやつさ。7月4日(独立記念日)だね。我々はあの襲撃を生き残ったって訳だ。

カールソンの呼びかけに応えたネイビーシールズの6人と他の警視庁からやってきた警察官たちのおかげでマコウスキー夫妻は命を取り留めた。もし彼らが来てくれなかったら、マコウスキー夫妻は虐殺され家は焼かれて家財道具はすべて略奪されていただろう。そしてセントルイスの警察はそうなるかもしれないと十分知ったうえで夫妻を守ろうとはしなかったのだ。

夫妻の助っ人として来てくれた人たちは本当に勇気がある。彼らは命を落とす可能性があっただけでなく、たとえ正当防衛でもBLMの一人でも死んでいたら、どんな罪に問われたかわからない。そんな危険を犯してでも赤の他人を守るために遠いところから来てくれたのだ。これがアメリカ精神ってものだろう。

マコウスキー氏は次の選挙で上院議員に出馬すると表明している。

夫妻に関する過去エントリーはこちら。


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白雪姫と人魚姫を黒人女優が演じるのはいいのか?白人が他人種演じた例なんていくらもあるじゃん!

ディズニーは同社のアニメ映画をどんどん実写化して金儲けを企んでいるが、なんかもう焼き直しばっかりでつまらないというのが私の感想。アニメの名作はそのままにしておいて、もっとオリジナルの映画を作ればいいのにと思うがリメイクの方が簡単で金になるという最近のディズニーの姿勢は怠慢すぎる。しかも、最新作の白雪姫と人魚姫のどちらも黒人が演じるという話を聞いて、もうやめてくれよと思った。映画界が「だいばあしてぃ」を重んじるのは解るが、なんでもかんでも有色人種にすればいいってもんじゃないだろう。それでも黒人が主役というオリジナルの作品を作るならまだしも、伝統的に白人キャラクターを無理やり黒人にやらせるのはいい加減やめてほしい。

これに関して、いや、ハリウッド映画では白人が有色人種の役を演じたことなんていくらもあるじゃないか。その時誰も文句など言わなかったのに、黒人が白人の役を演じたら文句をいうのは人種差別だあ!という意見もある。白人が異人種を演じてもいいのに黒人が白人役をやって何が悪い?という理屈はわからんでもないのだが、どうもしっくりこない。

そこで私は白人が異人種を演じた場合のパターンをいくつか考えてみた

1)白人がメイクなどで異人種に見えるようにして演じる場合

かなり古いところになるとワーナー・オランドによる中国人名探偵チャーリー・チャン(1940年代)、ジョン・ウエインのモンゴル人のジンギスカンやマーロン・ブランドやミッキー・ルーニーによる日本人役(1950年代)などがある。

古い映画だと、メイクアップの技術があまりよくないせいもあり、白人俳優はどうみてもその役柄の人種には見えない。なぜその人種の役者を起用しなかったのかといえば、単純に当時のハリウッドで少数民族で観客を惹きつけるだけの大物俳優は存在しなかったからだ。今と違って当時の社会はかなり人種差別がひどかったから、白人俳優でもイタリア出身だったりすると名前をイギリス風に変えたりしていたくらいだ。観客も大物俳優が出ていれば、その役柄が中国人だろうがモンゴル人だろうが大して気にはしていなかったのだろう。

もう少し後になると、イギリスの名優ピーター・セラーズ(1960年代)やアレック・ギネスがインド人を演じた(1980年代)こともあった。この二人の場合はメイクが物凄くよくて、特にギネスの場合、私は本当にインド人が演じていると思うくらいだった。二人とも演技が非常にうまいため、全く違和感を持たなかった。

2)有色人種のキャラクターが白人に書き換えられている場合

一番普通に起きるのは、キャラクターの人種は特に話に影響しないため、アメリカ観客に合わせてキャラクターの人種を台本の段階で書き換えるという場合だ。最近だとゴーストインザシェルのスカーレット・ジョンソンなどがこれにあたる。

この場合、主役が何人であろうと映画の筋に特に問題はないので、白人人気俳優を起用したい場合には理解出来るやり方だ。これがもしラストサムライに出てくる主要人物が全員白人とかだったらかなり問題だが。

白人が異人種を演じても問題なかったのか?

まず上記の1)のパターンはずっと昔の話だ。当時の観客が苦情を述べなかったから誰も違和感を持っていなかったのかと言えば多分そんなことはないだろう。特に中国系アメリカ人はこれらの映画をみて「ありゃどうみても中国人じゃないっしょ、あんなアクセントあり得ないし」とか思っていたことだろう。しかし、少なくともチャーリー・チャンの場合はチャーリー自身は白人男優だったが、彼の息子や娘役は東洋系俳優が演じていた。当時の映画で東洋系俳優が主要な役でハリウッド映画に出演すること自体が珍しかったので、あれはあれでかなり画期的なことだった。

それに、今もしこれらの映画を作ったとしたら、これらの役に東洋系俳優が起用されることは先ず間違いない。東洋人を実際に見たことのない人がほとんどだった当時のアメリカと、ごく普通に東洋人に接するようになった現代のアメリカとではまるで事情が違うからだ。

2)のパターンは、原作のキャラクターの人種が異人種でも映画のキャラクターは白人なので全く問題はない。

伝統をわざと破壊する配役

では何故白雪姫や人魚姫を異人種が演じることに違和感を覚えるのかというと、これらのキャラクターは何百年も世界的に親しまれてきたキャラクターであり、ディズニーによるオリジナルアニメ映画の成功により、多くの観客の頭のなかにこれらのお姫様たちのイメージが完全に出来上がってしまっているからだ。

ディズニーランドに行ってみれば、それぞれのキャラを演じるキャストさんたちも、アニメのイメージそっくりの人たちばかりである。東京ディズニーランドでも上海ディズニーランドでもキャストさんんたちはみなそれぞれのキャラクターに沿った人種の人が演じている。よしんば黒人キャストが白雪姫やアリエルの恰好をしたとしても、子供たちは絶対に彼女たちをそれぞれのお姫様たちとして受け入れることは出来ないだろう。

問題なのはこれらの役柄を黒人俳優が演じているということではなく、長年にわたって人々に親しまれてきたキャラクターのイメージをわざわざ破壊するような配役をしているということにある。もしもこれが全く新しいおとぎ話で、主役がどんな人なのか人々の頭のなかでイメージされていないキャラクターなら誰が演じようとかまわない。

聞いた話によると人魚姫のほうは元のデンマークではなく、キャラビアンを舞台にするらしいので、オリジナルアニメのイメージを完全に捨てて新しい映画として観る分には大丈夫かもしれない。だが白雪姫に限ってはお断りする。色が白くない白雪姫なんてありえないからだ。ついでに小人たちはNBAの選手たちにでも演じてもらえばいい。


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米軍医総監「誤った情報は我々の自由を奪う」と警告

昨日アメリカの(Dr. Vivek Murthy)軍医総監(Surgeon general)が、武漢ウイルスについて誤った情報が出回っており、これらの誤情報は非常に危険であると発表した。そのなかでも「誤った情報は我々の自由を奪う」という部分は非常にオーウェル的な言い方だ。マーティ総監が特に問題としているのはワクチンやマスクに関する誤情報のために、人々の健康が危険にさらされていると言う点。またホワイトハウスのジェン・サキ報道官も、フェイスブックと協力して武漢ウイルスに関する誤情報の検閲に力を入れると発表した。

これが言論弾圧でなくて何なんだ?

近年ソーシャルメディアによる検閲がひどくなり、去年はさらにその乱用が増した。フェイスブック、ツイッター、ユーチューブなど、武漢ウイルスに関する情報は次々に検閲され、掲載した口座は次々と凍結の憂き目を見た。しかしそれに対して我々が文句をいうと、これらの会社は民営企業であるから何を掲載するかは彼らの自由だとか、言論弾圧は民間人や企業には出来ない、それが出来るのは政府のみだと言っている人もいた。

では、政府が民間企業に働きかけてそこに掲載される意見や情報を誤情報として検閲するのは何と呼ぶのだ?それこそ言論弾圧以外の何だと言うのだ!

トークショーホストのマット・ウォルシも指摘しているが、2020年コロナ禍当初、マスクは意味がない、かえって毒だと最初に発表したのは誰あろう当時の軍医総監だった。藪医者ドクターファウチも最初はマスクはしないほうがいいと言っていた。アメリカの疾病管理予防センター(CDC)もWHOも当初は人人感染はないとか、マスクも必要ないから買いだめなどするなと言い、アメリカ国内にいた中国人転売屋どもにすべて買い漁られてしまったではないか?

ワクチンにしても、トランプ大統領がワープスピードで開発を進めている時、バイデンチームは、そんなもの信用できない、開発されても自分は打たないと言っていた。

しかし一時期は誤情報としてSNSでさんざん検閲されたウイルスの武漢研流出説やハイドロクロロキンの効果性など、今や本当だったと誰もが認めざる負えなくなっている。効果的な治療法が誤情報として人々から隠され、医師が処方するのさえ禁止されたおかげで、どれだけの人の命が奪われただろうか?

科学を信じろと言いながら、ワクチンした後もマスクしろとか非科学的なことを言っているのはバイデン政権の方だ。そんなバイデン政権の言うことを無条件で信じろと言われても私には全く納得がいかない。去年中嘘をつき続けてきたCDCや軍医総監のいうことなど今更信じろと言われても無理だ。

間違った情報をただすのは正しい情報しかない。軍医総監の仕事はなるべく多くの正しい情報を供給し、国民が正しい判断が出来るようにすることであり、間違ったとされる情報を検閲することではない。

ワクチンを打つ打たないは、その個人の年齢や健康状態で病気のリスクとワクチンの副作用とを比べて、どちらが自分にとって最善の方法であるかを判断すべきなのだ。そのためにもワクチンの副作用に関する情報を検閲するようなことはあってはならない。もちろん悪質な誤情報もあるだろう。だが何が誤情報かを政府が決めるべきではない。

特に不正で選挙に勝った政権なが決めるべきことではない。


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批判的人種理論はアメリカの義務教育で教えられていないという嘘

今日ニュースフィードに上がって来た記事で、多くの州で次々に批判的人種理論(CRT)を義務教育で教えるのを禁止するという法律が通っているが、保守派の政治家や父母たちが騒ぐほどCRTは社会に浸透していないだけでなく、義務教育で教えている学校など存在しないという内容の記事を読んだ。記事の著者はこのバックラッシュは単なる保守派の過剰反応であり被害妄想で、現実とは全く異なるものだ、リベラルは真面目にとりあうべきではないと締めくくっていた。

なんか胡散臭い記事だなと思いながら読んでいたが、リンクのURLを保存する前に誤って閉じてしまい、後で色々探したていたら、なんとCRTは学校で強制的に教えられているなどという事実はないという記事が続々と出て来た。どうして急に示し合わせたよう同じような記事があちこちから出て来たのだろう。しかもその内容がマニュアルでもあるかのように同じなのいである。

アメリカの公共放送NPRは「バージニアの学校で間違ったCRT説に反感が集まる」と言う見出しでCRTは1970年代にハーバード法律学校で組織的人種差別の理解を促進するために生まれたとし、ラウダン郡公立学校教育委員会(LCPS)の委員の言葉を借りて、CRTを義務教育で教えているなどということは「恐怖を煽って白人のもろさを誘う無知なデマである」としている。同委員会のスコット・ズィーグラー委員長はCRTはを教えない教師が罰せられたり解雇されたなどというのはSNSで広まったデマであり真実ではないと主張している。

NPRはまたジョシュア・コールというバージニアの教育大学の重役の言葉を借りて、CRTは世界をどういう見解でみるかという論理であり、特別に教えているわけではないと言っている。

ポリティファクトでも話が大袈裟になっているとし、ほとんどの教師たちはCRTについて詳しい指導など受けていないという内容の記事を掲載。NBCのチャック・トッドもCRTが問題になっているということ自体が創作だと断言した。

MSNBCの司会者ジョイ・リードはCRTが学校で子供たちに教えられているという記事を多く書いているクリストファー・ルフォにインタビューしておきながら、ルフォにはひとこともしゃべらせず、「そんなバカげた嘘をつく人に答えさせるわけにはいきません」と言い切った。(だったらなんで番組に呼ぶんだよ。)

いったいどうなっているのだ?CRTは左翼にとって大事な理論ではないのか、どうしてそれが義務教育で教えられているという事実をこうも躍起になって否定する必要があるのだ?教育委員会に苦情を述べた父母たちは間違っているのか?本当にCRTは学校で教えられていないのか?

The lady doth protest too much, methinks.. (思うに彼女は抗議しすぎじゃないか?―ハムレット)

左翼が何かを必死になって否定するとき、真実はそこにあると考えるのが妥当だ。去年の夏中全国各地で起きたBLM暴動を「概ね平和的な抗議運動」と言ってみたり、ANTIFAは単なる概念でありそんな集団は存在しないと言ってみたり、彼らはなんとかして真実を人々から隠そうとする。だが彼らが躍起になればなるほど、真実はその正反対であり、非常に危険な状況にあると考えるべきだなのだ。

CRTは1970年に1960年代の公民権運動の後、批判的法律学と過激派フェミニズムから生まれたとされているが、実はこれは1930年代のドイツで始まった批判的理論というマルクス主義とフロディアン思想に深く影響を受けた運動が始まりである。

2001年に出版されたRichard Delgadoと Jean Stefancic著のCritical Race Theory: An Introduction(批判的人種理論入門)のなかで著者はCRTについて「活動家や学者が人種及び人種差別や権力の関係を改造するための運動を集めたもの」と説明している。そしてこの運動はLGBTやラテン系や東洋系など様々な人種の人権運動へと広がっていった。

そして無論CRTは小学校や中学校の教師たちに、多様性トレーニングという名目で長年教えられてきたのだ。教師たちがそういう訓練を受けているのに、それが子供たちの教育に影響を及ぼさないはずがない。ジョイ・リードなどが義務教育でCRTが教えられていないと主張するとき、ハーバード法律大学の講義で学ぶようなCRTという哲学を研究するような教え方はされていないというだけであって、その内容は子供にわかるように平たく教えられている。CRTという名前の授業がないからCRTは教えられていないなどというのは詭弁である。

義務教育でCRTという名前の授業はないかもしれない。だが、CRTはあらゆる分野に影響を及ぼしている。例えば、人種差別は組織的であり故意に行われると言う思想。

CRT入門によれば、「人種差別は普通であり例外ではなく(略)社会の普通に機能するやり方である」とある。人々が認める認めないにかかわらず人種差別はいたるところに存在し、特に法律は「白人至上主義」「白人特権」もしくは「白さと言う所有権」によって構成されている。白人が人種差別をなくそうとするのは、白人が利益を得られる時だけであると教える。

メイン州のとある教育委員会が生徒の父母たちに送った手紙には、「白人至上主義が継続的に強調される文化において、正裁が行われる唯一の方法は社会の隅々にまではびこる反黒人主義に立ち向かい修繕することだ、そしてそれは家庭、学校、職場、近所付き合い、宗教の場そして政府と言った場所で行われなければならない」とあった。

サンディエゴの教育委員会は多様性教育を必須課目とし「人種学」を取り入れ人種間の問題に焦点をあて、宿題を期限通りに提出する義務を失くすとした。教科書の一部には「アメリカの学校は黒人の子供たちの精神殺害の罪を犯している」とまで記述されている。同学校区は「反人種差別区」を目指すとのことだ。

インターセクショナリティー(Intersectionality)というのもCRTの一部である。これは人々のアイデンティティーが人種、性別、性自認、言葉、民族、そして宗教によって決まるという思想で、人々がこれらのどれに当てはまるかによって優越の順位がつけられている。例えば白人ヘテロ男性は「特権階級最上位」とみなされるので左翼の世界では最低の位置。黒人女性でノンバイナリーなんて言えば被差別で一番弾圧されているから左翼の世界では最上位。いや、一番は黒人トランス女性かな? 

クパーションの小学校三年生は自分の人種や性指向を吟味して自分が「権力と特権」階級のどの位置に属するかを解明するなどという授業を受けさせられている。

なるほど、これでは中学や高校で自分のことをノンバイナリーとかクィアーとかいう生徒たちが続出するわけだ。普通に白人学生だったら何も良いことがない。インター、、で上位になるためには、なにかしら被差別の要素を持っている必要があるからだ。

ブラックライブスマター(BLM)もCRTの思想に深く影響を受けたマルクス主義思想だが、これもまた多々の教育委員会や市民団体が義務教育で熱心に教えている。

そして最後にアクティビズム(Activism)これは活動主義とでも訳すのだろうか。CRTは単なる概念ではない、活動を通して既存の文化を破壊していくことが必要だ。

前出のLCPSは2020年の6月、「すべての生徒とその家族と界隈が白人至上主義と組織的人種差別、および人種や宗教や出身国や性志向や性自認に関するヘイトスピーチを破壊し崩壊させることを呼びかける」と訴えた。破壊して崩壊させることこそアクティビズムの典型である。

同委員会はCRTを基盤にした多様性トレーニングになんと42万ドル以上を使っている。そして同学校区は幼稚園児に「社会正義」を教えると発表し、あの悪名高い左翼ヘイト団体サザンパバティーロウセンター(SPLC)と協力して寛容について教える計画だという。

というわけだから、左翼政治家や学者やジャーナリストが義務教育でCRTが教えられていないなどというのは、左翼特有のお惚けであり大嘘である。しかし常識ある父母たちはそんな詭弁には騙されていない。だからこそ各地の学校区で父母たちがCRTを禁止するよう抗議しているのだ。左翼はすっとぼければ我々が騙されると思っているが、彼らが思うほど我々はお人よしではないのだ。

参考記事:Is ‘Critical Race Theory’ Being Taught in Public Schools? CRT Deniers Claim it Isn’t – Daily Citizen (focusonthefamily.com)


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批判的人種理論は次の公民権運動ではない!

拙ブログでも何度かお話してきている批判的人種理論、英語ではクリティカルレースセオリー(CRT)と呼ばれている理論について、また言及していきたい。アメリカでは過激派左翼によってこの理論があちこちで推進されている。もっとも質が悪いのが義務教育機関における子供たちの洗脳である。これはトランスジェンダーリズムと同等に非常に悪質で危険な思想だ。危険を察した保守的な州のあちこちで、学校や職場でCRTを強要していはいけないという法律が通り始めている。過激派左翼はCRTを次の公民権運動だと言い出しているが、絶対にそうではない、それどころかその正反対だというエッセーを見つけたので紹介したい。

題して「否!批判的人種理論は新しい公民権運動ではない。(実はその正反対である)」ケニー・シュー&クリスチャン・ワトソン共著。No, Critical Race Theory Isn’t a New Civil Rights Movement. (Just the Opposite)written by Kenny Xu and Christian Watson

CRTは人々を「特権」と「弾圧されている」という二つの階級にきっぱりと分けた思想だ。わかりやすく日本語で言うなら支配階級と被支配階級と言ったところだろう。こういう考え方は非常に人種差別的であるとして多くの公立学校でこの理論を教えることが禁止されるようになった。しかしCRT推進者たちは人種差別を排除するためには必要不可欠な理論なのだと主張する。人種差別が蔓延するアメリカ社会においては、生活の隅々に至るまで人種に関する政策を作り続けていくことこそが人種差別を排除する唯一の方法だというのである。

この記事によると、アメリカでも最大の弁護士協会であるアメリカンバーアソシエーション(ABA)がこの理論を公民権運動となぞらえて強く推しているのだという。1964年の公民権法成立までの過程は確かに法律家にとっては非常に興味深い歴史的な判例である。弁護士たるもの当時のことを勉強するのは当然である。だが、今のCRTと公民権運動を結びつけるのは無理がある。

何故なら人々が肌の色に関係なく個人の人格や才能で判断されるべきという人種色盲社会を目指した公民権運動と、すべての人々が肌の色によって判断されるというCRTとでは根本的に相いれない正反対な思想だからだ。

公民権運動は希望と楽観に満ちた見識で、現代アメリカ社会を理想社会に近づけようという思想だった。一方CRTのほうは、アメリカが醜い偏狭心と弾圧に満ちたディストピア(暗黒郷)だと定義づける思想だ。

米弁護士協会は弁護士による分析能力を使って「社会における人種と人種差別の役割」を分析すると主張するが、実際には彼らは漠然とアメリカには不均衡が存在するといいながら、それが人種差別によるものだという確たる証拠を全く提示していない。

トランプ大統領が大統領命令で連邦政府によるCRT取り入れを禁止した時、120以上の人権団体がトランプ批判の声明文に署名した。左翼はずっとトランプを人種差別と言い続けてきたことでもあり、これはまさにその証明だと言う理屈である。しかし、トランプ支持者でなくとも、CRTのあからさまな人種差別に気付くのは容易である。

CRTは肌の色を前面に押し出し中心としているだけでなく、人々の人格は潜在的に肌の色で決まっているというのだ。白人は「白さ」という悪の思想をもともと持って生まれた弾圧者であり、非白人は犠牲者としての階級を授かって生まれたと言い張るのだ。

これってまるで宗教だな。人間は生まれながらにどんな人間になるかという運命を背負っているというわけか。記事の著者たちもCRTの思想は神話的な陰謀論の領域に入ると語る。CRT理論家のリチャード・デルガドとジーン・ステファニスィックは人種差別は白人エリートたちが労働階級の非白人たちを弾圧するために使っている道具だという。

CRT理論家たちによれば、人種差別とは個人が持っている偏見ではなく、支配階級が自分らの独裁的政治力及び経済力という利権を守るための手段に使われているというもの。しかしながら、著者らは言う。そんな漠然とした思想をどうやって弁護士たちが証明することが出来るのかと。

公民権運動の父と言われるマーティン・ルーサー・キング牧師は、黒人だけの方針や白人だけの方針というものはなく、どちらも協力しあってこそ人間の尊厳と自由は得られるという思想を持っていた。キング牧師は愛と道徳を通じて誰でも平等を獲得することが出来ると信じていた。無論キング牧師もアメリカが常に理想に届いていなかったことは理解していた。だが彼はそれはアメリカが基本的に人種差別の国だからだなどとは思っていなかった。キング牧師はアメリカの憲法を信じていた。そして実際に1964年公民権法は成立したのだ。

しかしCRTはその考えを真っ向から拒絶するものだ。CRTによれば、白人は人種差別意識を持って生まれており、それを克服できる白人は「同盟者」と呼ばれる特権階級の白人エリートだけなのである。このようなエリート主義が公民権運動の成れの果てTだとしたら今頃キング牧師も草葉の陰で嘆いておられることだろう。

生まれながらにして肌の色で人々の正確が決まっているとするCRTと、人種色盲を目指した公民権運動とでは根本から考えが対抗する、まったく折り合いのつかない思想だ。それをあたかも同じ運動であるかのように言う左翼たちのやり方は汚い。

左翼民主党は何かと右翼保守や共和党こそが人種差別の思想を持っていると主張するが、人種差別を根本としているのは左翼たちの方である。民主党は奴隷制度を固持するために生まれた政党であり、KKKの政党であり、黒人をセカンドクラス市民として弾圧したジム・クロー法の政党なのである。その政党が人種差別を根本としたCRT政策を推進するのも、全く納得のいく話である。


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「名誉白人」という人種差別用語

私はアメリカ在住40年になるが、この40年間、自分の人種について意識したことはほとんどない。私が住んでる地域が特別なのか、それとも職場に恵まれたせいなのか分からないが、東洋人だとか日本人だという理由で嫌な思いをしたことは特にない。アメリカに住んでるほとんどの人は自分の人種など意識しないで生きていると思う。

しかし10数年前にオンラインのチャットルームを始めた時、私がアメリカは良いところだと言う度に、日本の反米主義の人たちから、お前はそんなに白人になりたいのか、どんなに白人のふりをしてもお前は結局はイエローモンキーだと思われてるんだぞ、という批判をする人たちに出会った。私は彼らの発想が非常に不思議だった。

アメリカ社会イコール白人社会ではない。彼らがアメリカには白人しかいないと思ってることからして偏見丸出しだし、日本人がアメリカ文化が好きだと言ったら、それは白人への憧れからにちがいないという考えには稚拙すぎて反論する気にもなれなかったが、一番の問題は、東洋人なら、さらに日本人なら、特定の考えを持っているべきだという先入観にはどうしても納得いかなかったものだ。

そういう偏見を持っているのは無論日本の反米主義者だけではない。アメリカ左翼もまったく同じ考え方だ。有色人種はそれぞれの人種によって特定の考えを持っているべきというのがアメリカ左翼の思想。バイデン爺さんが「トランプと自分との間で誰を応援すべきか未だに決められないなら、おみゃ~ら黒人じゃねえ」と言ったのはまさにその偏見から来るもの。

さて、最近またよく聞くようになった東洋人への侮蔑語で「名誉白人」というのがある。私がこの言葉を最初に聞いたのは、旧南アフリカにアパルトヘイトがあった時代、黒人でも白人でもない日本人はどういう扱いになるのかという時、日本人は名誉白人として白人として扱われるという話をきいた時である。実際それが本当だったかどうかは定かではない。

だが今誰かが他人を「名誉白人」と呼ぶとき、これは決していい意味で使われているのではない。左翼思想を示さない黒人がアンクルトムとかハウスニガーと言われたりするのと同じで、これは「白人に迎合して特別扱いをしてもらおうとする、あさましい東洋人」という意味になる。

しかしこの言葉こそ白人至上主義の思想だと、使っている人たちは気が付いているのだろうか?

誰かに迎合するということは、その誰かが自分より目上の人間である必要がある。自分より下の人間に迎合してもなんの意味もないからである。ということは白人に迎合してるという言い方は、白人が東洋人より上の立場にあるという解釈になる。これが白人至上主義でなくて何なのだ?

人種が人権がと騒ぐ左翼たちのほうこそ、よっぽども白人至上主義者だとういことに、もっと多くの人に気付いてもらいたいものだ。


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