家父長制度は男尊女卑なのか

先日杉田水脈議員が国会で2014年に発言した家父長制度と男女共同参画に関するビデオがツイッターで上がってきた。私は日本住まいではないし、日本国内の政治については非常に疎い。しかし私の限られた知識のなかの杉田水脈議員の発言は常に同意できるものばかりだ。これもそのひとつである。

本来日本は男女の役割をきちんとしたうえで女性が大切にされ、世界で一番女性が輝いていた国です。女性が輝けなくなったのは冷戦後、男女共同参画の名のもと伝統や慣習を破壊するナンセンスな男女平等を目指してきたことに起因します。男女平等は絶対に実現しえない反道徳の妄想です。-杉田水脈議員

それで、左翼フェミニストのなかには家父長制度が悪の根源みたいに言う人が多いが、女性は男性が守るべきという社会のほうが、女も男も外で働け!女一人でも子供育てろ!という社会より生きやすいのではないだろうか。という内容のツイートをしたら、私のことを「男尊女卑が身にしみこんでる」と返してきた人がいた。この人と私は普段はトランスジェンダーのことなどで女性空間は守られなければならない、男と女は違うという意見で一致しているのだが、どうも夫婦に関する話題になると突然敵意を丸出しにしてくる。何故左翼フェミニストはこうも男を敵視するのであろうか?

これは非常に興味深い話題だ。家父長制度とは本当に男尊女卑の制度なのか考えてみよう。

家父長制度とは、父方の家系が長男によって受け継がれる制度であるが、日本の場合は婿養子も可能なため、事実上は長女が引き継ぐことも可能だ。確かに昔は長である父親の権限が最高であり最終であるとされており、女性は財産を持てなかったり、発言権がなかったりとかなり男尊女卑な時代もあった。

しかし、戦後の家父長制は単に父方の家系が引き継がれるというだけであり、父親はあくまで家族の代表であり、絶対的権限を持つ長ではなくなった。

フェミニズムが家父長制度を毛嫌いする理由は、これを単なる家族制度と考えず、「男性支配」「女性たちの抑圧」とほぼ同義語として使ってきたからだ。この解釈は明らかに杉田議員の解釈とは違っている。

まず一旦家父長制度という言葉は横に置いて、結婚制度について考えてみよう。

先ず大事なのは結婚は女子供を守る制度だということ。極端な話、男に女子供は必要ない。野生の世界では雄は雌の種付けをしたら、すぐ去っていく種族も多い。人の雄も自然に任せればそういう傾向がある。だから何の規制も無ければ、男は女に飽きたらさっさと去っていくように出来ているのだ。

しかしヒトはそういうわけにはいかない。なぜならヒト科の雌は男性にくらべ弱体で筋力も瞬発力も劣るため雄のように狩をして必要な食料を集めることができない。またヒト科の赤ん坊は他の動物にくらべて非常に未熟なまま生まれてくるため、一時でも目を話すことはできない。だからヒト科の雌と乳児は雄の庇護が無ければ生き延びられないのである。

いにしえの昔から人間社会はそのことに気付いていた。だから男が女を孕ませた後に無責任に逃げてしまわず子供がしっかり育つまで女子供の傍にとどまるために結婚制度というものが生まれたのだ。

確かに肉体的に強い男性が女性を弾圧した時代は長い。しかし現代の日本における家父長制度は男性による女性弾圧の制度ではない。これは男が女を守るというより、結婚制度が女子供を守るのだと言い換えた方がいいのかもしれない。

ところで先ほどの@maikokarino121さんがおもしろいことを言った。

なぜ男が”長”でないといけないのかわかりませんね。役割分担があっても女性が長で問題ありません。うちは世帯主は女ですけどね。安全を守るのは男ではなく警察です。

この「警察」というのは文字通りの「警察」というより政府の象徴と解した方が解りやすい。

以前にもシングルマザーを政府がもっと援助すべきだと言っていた女性がいたが、マイコさんもこうした女性達と同じで、女手一つで子育てをするのは非常に難しいことだと認めている。だが何故か男性の伴侶と一緒に子育てをするのではなく、夫の代わりに政府に面倒をみてもらいたいという考え方なのだ。

家族単位の制度を破壊して社会全体で子育てをするというのは社会主義の典型的な思想だ。

彼女たちは長である男性に決定権を与えたくないと言いながら、政府にその絶対的権力を委ねようというのである。しかも権力者の殆どは彼女達が嫌う男性であると言うことを無視して。

現在の日本における家父長制度の長(世帯主)は、絶対的権力を持ち家族を服従させる立場にある人を指すのではない。彼はあくまで家族の代表に過ぎない。家族がひとつのチームであるとしたら、チームリーダーが必ずしもチームメンバーたちを独裁できる立場ではないことからそれは容易に理解できるはずだ。

ただ長には最終的責任がある。家族で話あって決めたことでも最終的な責任は彼がとらなければならない。だから迂闊は判断はできないのである。私はこんな責任重大な立場になどボランティア(立候補)したくない。頼りになる夫にすべて任せられるならそれに越したことはないと思っている。

日本で男女共同参画なる不思議な制度が起用されるようになって、女性達はそれ以前よりも幸せになったのだろうか?女性の権利はより守られるようになったのだろうか?

私は2008年に、男女共同参画の基盤となっているジェンダ―フリーという思想は女性の権利をまもるどころか文明社会全体を破壊しかねないと警告した。思った通り、男女共同参画によって日本女性たちは女性専用トイレを失い、女湯に男性器付き人間が入ってくる危険にさらされている。男尊女卑だと言って家父長制度を弱体化して母子家庭を増やし、ジェンダ―フリーと言って男女の差を無視した結果がこれである。

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ところで家父長制に関して批判的で、私に敵意むき出しで喧嘩腰に話しかけてくる女性達は、私から見てとても幸せだとは思えない。自分の生活に満足していて幸せな人は他人の何気ない発言に牙をむき出しにして吠えて来たりはしないと思う。

反対に、私と和やかに話をしてくれる人達は、大抵の場合自分の生活に満足している人が多い。もちろん人生色々不満なところはあるに違いないが、自分の不幸せを男性のせいにしてばかりいる女性は幸せになれないような気がする。


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J.K.ローリング、スコットランドのスタージョン首相への辛辣な批判をツイート(アップデートあり!)

アップデート2:2023年2月1日現在。ドミニク・ラーブ副首相は、政府は今後、「男性器」を持つトランス女性を女子刑務所に収容しないことを発表した。Trans prisoners with ‘male genitalia’ banned from women’s prisons (thepinknews.com)

アップデート1:2023年1月30日現在。スコットランドでは連続強姦魔の女子収容所への転送が激しく批判されるなか、スタージョン首相は男子囚役者の女子施設移転は一時停止すると発表。Scotland pauses movement of all transgender prisoners while rules reviewed (msn.com)

2023年1月28日現在。下記はスコットランドの二コラ・スタージョンに向けたJ.K.ローリング女史のメッセージである。相変わらず歯切れがよくしびれるわ。一部DeepL翻訳あり。

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二コラ・スタージョンのスコットランドではアダム「イスラ・ブライソン」グラハムみたいな弐つの連続強姦を犯したトランスジェンダージョセーは女じゃないってことになるわけね。

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でも女子トイレで12歳女児を盗撮し10歳女児を強姦しようとした小児性愛者でトランスジョセーのケイティ―・ドラトウスキーは女性としてアダム・グラハムが転送された女子刑務所でそのまま囚役するのよね。

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忘れないで!スタージョン政権とその支持者たちは男が女装して無防備の女性や女児の空間に入り込むなんてあり得ないと言ってたことを。そんなことはあり得ない、そんなことが起きると言うことこそヘイトだと言ってたことを。

「政党はあなたの目で見て耳で聞いた証拠を拒絶しろと命令した。それは彼らの最も最終的で重要な命令であった。ジョージ・オーウェル、1984」

服役中に女性職員を襲い、少女へのストーカー行為を認め、スコットランドの刑務所内で最も脅威的な人物の一人であった」という「高度障害囚」が、女性刑務所に移されることになりました。(DeepL翻訳)

こいつがそのティファニー・スコット。

prison.jpg

私が暴力的で二枚舌の強姦魔を侮蔑したとして私への称賛を失った人がいるというのは愉快だね。その失われた称賛とやらは大事に他のガラクタと一緒い箱にしまっておくよ。

嬉しいお知らせだ。予期せぬ現実社会への訪問で、巨漢で強靭な強姦魔がカツラをかぶれば女性になれるわけではないことを渋々認めざる負えなくなった我々の輝かしいリーダーが、無事に「お前ら全員差別者」の領域に無事に戻ってきた。

女性とは何か、女性が恐れるべきこと、恐れるべきではないこと、女性が言うべきこと、言うべきではないこと、女性が放棄しても構わない権利、そしてもちろん、何が「本当の」女性差別であるかを定義する男性たち:鏡を手に入れよう。それが本当の女性差別であり、あなたの目の前にあるのです。(DeepL翻訳)


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4歳から娘として育てた息子が実はトランスジェンダーではなかったと気が付いたレズカップル

昨日非常に興味深い記事を読んだ。最近になって、トランスジェンダーだと思って生きて来たが、実は自分はトランスではないと気づいた脱トランス本人の話をよく聞くようになったが、今回は4歳の時からトランスジェンダー娘として育てていた自分の息子が実は全く女子自認などではなかったと気づいたレズビアンカップルの話ご紹介しよう。

私は真の信者だった

で始まるこの手記。著者の女性は10代の頃から社会正義やインターセクショナリティーや革新派団体の最前線にいた。人々の代名詞を尊重したし、いわゆる左翼のクールな若者という自覚があった。

そんななかで彼女はレズビアンとしてカムアウトしクィア―と自認していた。そして女性と結婚しそれぞれ精子提供を受けて彼女が長男を二年後にパートナーが次男を出産。子供を産んだことにより自分の社会観が変わった。

そしてその時ヘレン・ジョイスの副題のように、事実とイデオロジーが出会った。

著者は母親としての本能的な感情と左翼の母親としての義務に違和感を持ちながらも、子供たちの「本物の自分」を尊重すべく息子たちを極力中性的に育てた。洋服やおもちゃや言葉使いにも気を使った。代名詞こそ彼・彼の、を使いはしたものの、彼らを男の子と呼ばず、彼らが男の子であることさえ言わなかった。「男」「女」という言葉を使わずに「人」と言っていた。

長男がまだ三歳児だった頃、彼が普通より精神的に敏感であることに気付いた。著者たちは彼が男の子であるとは言わず、彼自らが自分は男か女かを言い出すのを待った。親たちは息子の指揮に従うつもりだった。

しかし子育てをするうえで、指導者は親であるべきだという気持ちは強かった。ジェンダーについても子供を指揮に置くのは違和感があったが、ここでもジェンダーイデオロギーが勝ってしまった。

息子が4歳になった頃、息子は自分は男の子なのか女の子なのかを問うようになった。母親は息子は男の子だと言う代わりに自分で選ぶべきだと諭した。無論子供に対してなので「ペニスを持って生まれた赤ちゃんでも女の子になれるのよ」といったあいまい言い方をした。息子は何度も自分の性別について問いただしたが、母親の答えはいつも同じだった。母親はこの時は正しいことをしていると思っていたが、後になって考えてみると、自分は息子をトランスジェンダーへと導いていたと著者は語る。

何か月にもわたる息子の質問に、母親たちが「女の子になってもいい」と言った途端、息子は大喜びで「僕は女の子だ!僕は女の子だ!」と飛び跳ねたという。多分それは何か月にもわたってはっきりしなかった性別が遂にはっきりしたことの喜びだったのだろう。(翻訳はDeepL)

振り返ってみると、とても書ききれないほどです。私たちがしたことの悲しみとショックは、とても深く、とても広く、とても鋭く、突き刺さってくるようです。どうして母親は自分の子どもにこんなことができるのだろう? 自分の子どもたちに?私は自分のしていることが純粋で、正しく、良いことだと心から信じていましたが、後になって、それが我が子に何をもたらすことになるのか、恐怖を感じながら悟ったのです。この恐怖は、今でも私の心の芯を揺さぶる。

息子がトランスジェンダーだと発表すると、期待通り彼女の周りの人々はそれを祝福した。すでに子供を社交的に転換していた友達は社交的転換は子供が自己を探検するために良いことだと保証した。

トランスの子どもを持つ親たちのサポートグループを主催していたセラピストは、子供のトランスジェンダーとしての自己確立には数年かかる。よってその間この概念を信じない家族や親せきを排除して子供を守る必要があると言った。

考えの違う家族や親族とは縁を切らせて信者を孤立させるのはカルトの常套手段である。当時母親はセラピストを信じたが、今思えば、これは子供を異性として確立していく手段だった。

セラピストは子供に祖父母や親せきや友達に手紙を書かせ、彼と関係を保ちたければ異性の名前や代名詞を尊重するようにと条件を出した。

しかし母親たちの気持ちが変わったのは、長男の社交的性移行が始まって一年後、当時まだ3歳だった次男までもが自分は女の子だと言い出した時だった。

長男と違って次男には女の子らしい繊細さなどまるでなかった。彼は典型的な男の子だったのだ。そして母親たちは気づいた、次男が女の子になりたいのは、二人の母親や長男と一緒になって同じでいたいという願望から来るものだと。

だがもし次男の女の子自認が単に家族と同じでいたいという理由からだったとしたら、長男の性自認の動機も同じだったのでは?息子は単に二人の母親と同じでいたかっただけなのではないだろうか。と母親たちは疑い始めた。

二人はセラピストに相談に行ったが、セラピストは親が慣れるには時間がかかる、息子の性自認を疑うのはトランスフォビアだと諭した。

母親たちは納得がいかなかったが、正しいことをしたいと言う思いでその晩、夕飯時に次男にも女の子になってよいと告げた。夕飯後著者は次男の性自認を肯定するためにゲームの途中で次男に向かって「ハイ、私の女の子」と呼ぶと、次男は「ダメ、ママ!そんな風に呼ばないで!」と言った。

「ダメ、ママ!そんなふうに呼ばないで!」 彼の反応はとても明確で、私は立ち止まりました。私の心に突き刺さりました。その後、私は引き返さなかった。

その後二年間にわたり母親たちはこの問題について深く追求した。そして長男は実際はトランスジェンダーなどではなく単に極端に敏感な多分自閉症の傾向がある子供だったという結論に及んだ。

しかしこの間著者は苦悩した。出来ることなら時間を戻してすべてをやり直したいと思う反面、もしも自分が間違っていて、長男が本当にトランスジェンダーだったら、自分がやろうとしていることは長男を深く傷つけることになるのではないだろうかと。

二人は次男の社交的転向はさせず、長男の8歳の誕生日直前に、長男も男児として育てることに決めた。その晩著者は男の子が女の子になれると言ったのは間違っていたと長男に告げた。最初長男はひどく怒っていたが、次の日になると肩の荷が下りたように安心した様子だった。彼は解放されたのだ、大人によって担がされていた重荷から。

その後の調整は難しかったとはいうものの、現在長男は男の子として健やかに育っている。そして次男も非常に幸せだ。次男は誰かと同じでありたかっただけなのだという母親たちの直観は確信へと変わった。

著者は女の子のような繊細で引っ込み思案の男の子の将来を憂うという。そういう子が自分は女の子ではないのかと悩むことを恐れる。

私は、文化や制度、仲間、インターネットが、彼に何を伝えるのかが心配です。親子関係の破壊に躍起になっているような国家権力が怖い。どんな未来が待っていようとも、私は息子たちを守るために戦うことを決して止めない。

私はもう真の信者ではない。

私(カカシ)は昔からトランスジェンダリズムはカルトだと言って来たが、著者もやはりこれはカルトのようだと言う。このカルトはイデオロギーのために自分や子供たちを犠牲にしようとしたのだと。

私はこのカルトから脱出した、そしてもう二度と戻ることはない

私はこの手記を読んでいて改めて確信したのは、子供には父親と母親の両方が必要だということだ。著者は長男が女の子になりたがった理由は母親たちとより親密な関係を保つために母親たちと同じでありたいと思ったことにあったと言っている。だがもしこの息子に父親がいたらどうだっただろうか?男の子が愛を感じお手本として尊敬できる男性が傍に居たら、彼は自分が男の子であることに不安を感じただろうか?そして彼が自分は男の子か女の子かと悩んでいる時に、「お前はお父さんと同じだ。男の子だ」と断言してくれる父親がいたら、彼の悩みはそれで終わったのでは?

実は私は前々からトランスジェンダー(特にMtF)の子どもを持つ家庭には父親の存在が欠乏していることに気付いていた。母親だけの家庭だったり、著者のようにレズビアンカップルだったり、実際に家庭内に父親が居たとしても子育てに父親が無関心といった家庭も含め、繊細で傷つきやすい男児は母親に不健康に執着しやすい。そして母子家庭ーの場合、母親が男性との関係がうまくいかずに母子家庭になった場合が多く、男性に対する不信感を抱いている母親の感情を男児が敏感に察知する場合も多い。レズビアンに至っては、男性をハナから拒絶した女性達であるから、男性のままだと自分も母親たちに拒絶されるのでは、という不安があってもおかしくない。

そして怖いのは著者のように母親が最初から社会正義の「真の信者」である場合、子供がちょっとでも異性的な傾向を見せると、すぐにトランスジェンダーだと思い込み、その道をまっしぐらに進んでしまうことだ。セラピストも学校も政治家も法廷ですらも、すべてトランスジェンダー概念を支持し微塵の疑問も許さない。これでは子供には勝ち目がない。

この著者の女性のような体験をした人は少なからずいることだろう。しかしそれを公言することが非常に難しいことであるのは、脱トランスの人々に対するトランス活動家の過激で暴力的な攻撃を見ていればよく分かる。特にこうした社会にドップリつかっていた人々にとって、カルトからの脱出は、これまで信用していた友達や仲間たちとの離脱を意味するのだ。

トランス活動家たちは、特にトランスジェンダーで金儲けをしている医療関係者たちが、子供の性転換治療をせかすのも、多くの子どもたちが思春期を過ぎると心の迷いから解けるという事実をTRAは十分承知しているからだ。だから気が変わらないうちに親を説得してさっさと性転換をさせてしまおうとするのだ。

なんという恐ろしいカルトだろう。


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やっぱりヤラセじゃなかったWiSpa露出男事件!速報:指名手配中だった犯人が15か月ぶりに逮捕された!

アップデート3:2022年12月19日現在、指名手配になっていた犯人が逮捕された!

アンディー・ノーによると、15か月間逃げ回ってたWiSpa事件の犯人ダレン・メラジャーが今月13日についに逮捕され、本人の女性自認にもかかわらず男性収容所に収容されているとのこと。

(2) Andy Ngô 🏳️‍🌈 on Twitter: “Though Darren Merager is legally female through California’s self-ID law, Merager is currently being kept in a male inmate facility in Los Angeles. After 15 months of being a wanted felony fugitive, the registered sex offender was arrested on Dec. 13, 2022. https://t.co/499P2Y6Maj” / Twitter

アップデート2:2021年9月2日現在、犯人は露出狂常習犯で起訴されていた!

さっきアンディー・ノーがツイートしてて読んだ記事。6月のロサンゼルスのコリアタウンにあるWiSpaというスーパー銭湯で、女湯で性器を露出した男が目撃され、現場にいた女性客が店に苦情を述べて相手にされなかった事件。あれはデマだとか言う人も居たが、実は犯人は性犯罪歴のある露出狂男で、ひそかに起訴されていたことが判明した。

関係者の話によると、犯人の名前はダレン・アギ―・メラジャー Darren Agee Merager )といい、この件だけでなくロサンゼルス付近で数々の性犯罪を犯しており、起訴待ちの状態だという。

Charges filed against Darren Agee Merager in Wi Spa case (nypost.com)

アップデート1:2021年8月1日現在、ロサンゼルスマガジンのこの記事によれば五人の女性がすでに警察に被害届を出していた

合計5人の女性が6月23日のWiSpaにおいて、男性が局部を露出した事件に関してロサンゼルス警察に被害届を提出した。女性達は皆ウィルシャー通りにあるヘルスクラブにおいて男性が局部を露出したのを目撃したと証言している。

一つの届出書によれば、「ある女性は男性が湯舟から素っ裸で上がるのを見た。被害者は容疑者の局部を目撃し怖くなり動揺した。」と書かれている。

最初にクレームをつけた人以外に目撃者がいないので、これはでっちあげだと言ってた人たちに、ご説明願いたいね。

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「WiSpa事件はやらせ!」作戦変更の左翼

(2021年7月12日付け)この話ばかりして恐縮なのだが、左翼活動家がどれほど卑怯な手段を使って世論を変えようとするか明白に解る事例なのでちょっと続けて書かせてもらう。

最初にこれが話題に上った時トランス支持派は、トランスジェンダー女性は女子施設を使う権利がある、文句をいうのはトランスフォーブだターフだと言い張っていた。誰も、男性器をぶらさげて女湯にはいるようなけしからん奴は本物のトランスジェンダーではないとか、抗議する人に暴力を振るうなどけしからん、などとは言っていなかった。しかし、前に紹介したヤフー記事に寄せられたコメントから判断するに、あれだけスパに抗議したのは過激派右翼だとか暴力を振るったのは宗教家の方だという嘘記事であったにも関わらず、コメントのなかに男性器を女湯でひけらかした男を弁護するようなものは一つもなかった。無論それはトランスジェンダーに慣れていない日本の読者だからだと思われるかもしれないが、アメリカでもほとんどの人がこれはおかしいと思ったようだ。それが証拠に、左翼メディアはトランスジェンダー女を擁護する記事から、あの事件そのものがやらせだったことにしようと、作戦を変更した。

本日松岡宗嗣@ssimtokというLGBT活動家が紹介したスレートの記事がそれなのだが、その記事の見出しは『トランス嫌悪的なデマが基で暴力が発生したことは、反トランスのヘイトの危険性を過小評価することの危険性を示している』というもので、「今回の出来事とは、トランス女性が女性のスペースを使用していたという裏付けの無い主張が抗議活動を引き起こし、結果的に暴力に繋がり、女性が入院する事態にまで発展したということだ」「どんどん過激になる反トランスのバックラッシュの本当の危険性」といった内容。

松岡が紹介した翻訳版の方を読んでみたが、どうも内容がはっきりしないので元記事を探してみたところロバート・ランシング著のロサンゼルスブレードの記事だったことがわかった。この記事の主旨はWiSpaで男性が女湯に入っていたとクレームをつけた女性はカリフォルニア州のトランス許容法を撤回するために話をでっちあげたのではないかというもの。その根拠として、、

  1. クレームをつけた女性以外の目撃者が誰も名乗り出ていない。
  2. 子連れで来たというがビデオに子供の姿が映っていない。
  3. スパ常連のトランスジェンダー女性たちは、その日誰も来ていなかった。
  4. クレームをつけた女性は非常に敬虔なクリスチャンであるのに、LGBTフレンドリーなスパにわざわざ来たのはおかしい。

と言ったものだ。しかしどうもこれは根拠といえるようなものではない。先ず1番だが、ランシングによると警察もスパのスタッフも本当にクレーマーの言うような男性が女湯に居たのかを疑っているとの話だが、前回もお話したようにカリフォルニアではトランス差別禁止ということで、自称女性の男性が女湯に入ることは違法ではない。となると、この事件は警察の管轄ではないわけで警察が事情聴取をする権限も義務もない。だからたとえ警察の中にこれがやらせだと思ってる人が居たとしても、それは単にランシングの知り合いの警察官個人の意見であって調査結果ではない。

また他の目撃者が誰も名乗り出ないというのも、この間の抗議の日のアンティファの暴力を考えると、こんな事件に巻き込まれるのはごめんだと思ってる目撃者がいる可能性は多いにあるわけで、誰も名乗り出ないから目撃者は他に居ないと結論づけることはできない。

クレーマー女性が子連れだったかどうかは分からないが、その場に女児が居たことは確かだ。クレーマー女性のビデオに女の子が映っている。

さて面白いのは三番目の、このスパにはトランスジェンダーの常連が居ると言うことだ。私は最初に女性が受付に苦情を述べた時の職員の態度が気になっていた。受付の職員も後から出て来た支配人らしい女性も、このスパにそんな人が居ると言う女性のクレームに全く驚いていなかった。それどころか、かなり手慣れた感じでセクシャルオリエンテーションで差別は出来ない、これは法律だから、と女性をなだめようとしていた。つまり、このスパではこういう苦情が発生した時のためにどのような対応をするかをあらかじめ従業員に教育していたということだ。現に二年前に同じ状況で受付に苦情を述べた女性客が、お詫びのしるしとしてギフト券を2枚もらったと証言している。こう考えると、同スパではこのような苦情は前々から結構あったと察せられる。

もし本当にスパの職員が彼女の言ってることが疑わしと思ったのなら、職員が女湯に出かけて行ってそんな男がいるかどうか確かめればよかったはずで、それをせずに彼女をなだめていたということは、職員がしらないうちに、そんな男が女湯に入り込んだ可能性は多いにあると思ったからに他ならない。

クレームをつけた女性がクリスチャンだったと言う件だが、このスパがLGBTフレンドリーだったなどと彼女が知っていたかどうかは分からないし、フレンドリーとはどういう意味なのか理解していなかった可能性もある。清水晶子のように、これがゲイのたまり場のバスハウスみたいなところだと思っていたなら、そんなところで子連れで来る女性はいないだろうが、このスパはゲイフレンドリーというよりファミリーフレンドリーとして知られている場所だ。だからこの理屈はおかしい。

ところで、もしこのクレーマーがこのスパでは男性が時々女性施設の方に入ってくるということを知ったうえで、自分が行って確かめ、もしそれが本当ならこれをよい事例としてカリフォルニアの法律を撤回するために使おうとおもって出かけて行ったのだとしても、私はそれが悪いことだとは全く思わない。それどころか、もしトランスでもない普通の男がこの規則の理不尽さを示すためにわざと女湯にはいって問題を起こしたとしても私はその行為を批判しない。なぜならば、既存の法律で彼らを罰することが出来ないというのは事実だからで、そのことを一般の人は多分しらないだろうというのも事実だからだ。

ブレードの記事では、実際に抗議デモの日に暴力沙汰がおきたことに触れているにも関わらず、暴力行為に及んだのはトランス支持のアンティファであることを書いていない。あたかも極右翼の連中がやってきてトランス支持者たちに暴力をふるったかのように書いている。そういう嘘を平気でつくような記事には全く信ぴょう性はない。

だが、一つだけ言えることは、カリフォルニア州ロサンゼルス市ですらも、男性器をぶら下げた自認のみ女性が女湯に入ってくるなんてことへの支持は非常に低いということだ。そうでなければ、トランス支持左翼がこの事件はやらせだったなどと作戦変更をする必要はないからである。


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類は友を呼ぶ、私がColaboの仁藤夢乃を信用できない理由。ヒント:杜撰な会計とは無関係

アップデートあり:12月10日。Colabo と仁藤夢乃さんを支える会のホザナハウスの森康彦、覚せい剤使用疑いで逮捕「誰もやらない、誰もできない事に勇気をもって立ち上がり」後部参照。

オリジナル記事:12月7日。ネット上で若年層女性救済団体として活躍するColaboとその代表仁藤夢乃女史の話が色々と話題になっている。私はこの団体についてほぼ何も知らないので、その杜撰な会計といったことには興味がない。というより、そんな込み入った話に口出しできるほどこの件に関する知識がない。しかし私にはちょっとひっかかることがある。私がこの問題に興味をそそられたのは、Colaboが誹謗中傷を受けたとして匿名のブロガー・ユーチューバーを提訴するという記者会見の際に、彼女の弁護士として登場した二人の人物、神原元弁護士と太田啓子弁護士の存在である。

繰り返すが私はColaboという団体についても仁藤夢乃女史についてもColaboホームページに書かれている以上のことは知らない。ただこの団体が未成年の少女たちを救済する目的で運営されているというのが本当であるならば、この二人の弁護士とのかかわりは問題があるのではないかと思うのだ。

私は当初この話を聞いた時、神原元氏の名前が出ていることに驚いた。なぜなら彼は悪名高いトランスジェンダーアライだからである。神原氏とはしばらく前に直接ツイッターで会話を交わしたことがあり、その時私がトイレやお風呂といった施設を男女の体で区別することは差別ではないという注意書きを反差別法にしろ理解増進法にしろ明記すべきであると言ったところ、それはすでに秘密裡に異性施設を使っている人をアウティングすることになるので受け入れられないと言われた。しかも神原氏は生物学的男女差などないと言い切っているのだ。

弁護士神原元@kambara7:トランス女性の一部は、現状でもなんの問題もなく女性トイレを使用しているものと思われます。 その方々に対して、新たに法律を制定して利用を禁止するとすれば、人権制限に当たるので、きちっとした立法事実の立証が必要なのですよ。

太田啓子女史にしても同じだ。

太田啓子@katepada2: 法律では戸籍上の性別と違うトイレ利用が禁止されていなくても、社会生活の実態からよりトラブルを招かないだろうと当事者が判断したトイレ利用で、今まで殆んどの場合トラブルになっていません。少数のトラブルがあることは否定しませんが、それがこれから増えると考える根拠はありません。

実は太田女史から私はトランスジェンダーに関するやり取りをした一年以上も前にブロックされている。

聡明な読者諸氏はもうお察しのことと思うが、若年層の女性を救済するという団体がトランスジェンダー活動家の弁護士と手を組むことの危険性は大きい。言うまでもなく、Colaboが運営する女性だけのバスカフェや少女救済センターに自認女性という中年男性が乗車を希望したらどうやって断るのか。はっきりとその姿勢を公表する義務があるのではないだろうか?

仁藤女史が沖縄の米軍基地に反対なのも結構知られた事実である。彼女は今年10月に辺野古へ向かい、基地前でデモに参加した旨をいくつかツイッターで連投している。また仁藤女史はColaboに来ていた未成年少女たちを基地前のデモに連れて行ったと自分のツイッターで発表している。

仁藤夢乃 Yumeno Nito @colabo_yumeno
沖縄合宿2日目の昨日は #辺野古 へ。ゲート前で、希望する女の子たちと座り込みに参加。写真は強制排除の様子。「若い女性を触らないで!」「セクハラだよ!」と抗議の声がたくさんあがりましたが、女の子たちも私も体を触られて、椅子ごと引きずられ、肩を掴まれたり、背中を押されて排除されました。 

別に少女救済を行っている女性が辺野古基地反対運動に加わってはいけないとは言わないが、この運動には日本のANTIFAであるしばき隊系の男組の元組長故高橋直樹氏もかかわっていたと言う。旧しばき隊(現C.R.A.C)が欧米のANTIFA同様トランス活動家と手を組んでいる左翼過激派暴力団であることは読者諸氏もご存じの通り。

若い女性を対象にした救援団体がこうした過激派トランスジェンダー活動家と深いかかわりをもつことは好ましいことだろうか?

私はColabono運営資金がどうのこうのという問題よりも、こちらの方がずっと深刻な問題だと思うのだが、どうだろうか?

アップデート:12月10日。Colabo と仁藤夢乃さんを支える会のホザナハウスの森康彦、覚せい剤使用疑いで逮捕「誰もやらない、誰もできない事に勇気をもって立ち上がり」

兵庫県警は8日、神戸市灘区記田町5丁目の牧師、森康彦容疑者(64)を覚醒剤取締法違反(使用)の疑いで緊急逮捕し、発表した。「全く思い当たりません」と容疑を否認しているという。
~省略~
 神戸弟子教会のホームページなどによると、森容疑者は元暴力団構成員で、同教会の担任牧師。2011年に非行少年・少女の立ち直りを支援するNPO法人「ホザナ・ハウス」を立ち上げていた。

森康容疑者はColaboの仁藤夢乃さんの強い支持者。


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ハフポのLGBTQ記者、J.Kローリング女史に謝罪する

数日前に極左翼リベラル新聞のハッフィントンポストのコラムニストが作家のJ.Kローリング女史に謝罪するというツイートを読んだ。

著者はLGBTQコラムニストのEJ ロゼッタ女史(EJ Rosetta)。彼女は三か月にわたり、ローリング女史が言ったとされるトランスフォビックな発言を取材していたが、ローリング女史の発言にトランスフォビックなものは一切発見することが出来なかったと自分のツイッターで発表した。

三か月雨、私は「『もうたくさん、JKローリングによる20のトランスフォビック発言(20 Transphobic JK Rowling Quotes We’re Done With)』という記事のために詳細を調べる任務を与えられた。12週間にわたり彼女の書籍やツイートやエッセイを読んで「発言」を探したが、トランスフォビックとみられるメッセ―ジをひとつも見つけることが出来なかった。

この経過により、私はJKローリングは不寛容なトランスフォビックなどではないという結論に達した。彼女は才能ある女性として何もせずに愛され続けることも出来た。だが彼女は周りを見てトランス権利と女性の権利との間で必然的に大きくなっている苦しみに注意を払った。

多くの場合、一つのグループの権利が他のグループのために犠牲になっており、一番危険にさらされている女性達にその代償を払わされている。このイギリスでは常に双方を支持したいと考えている。だが、DVシェルターなど特定の場所ではそれは不可能だ。そしてJKはそれに注目したのだ。

ロゼッタはローリングが声を上げれば、どれだけの批判を集めるかは十分に承知だったはずなのに、あえて声を上げたその勇気を讃えた。彼女にむけられた殺人や強姦などの脅迫は恐ろしいものであり、それに勇敢に立ち向かっているローリングの姿勢に敬意を称した。

同時にロゼッタはローリングにたいしてメディアが報道という名目で行った誹謗中傷にも「恥を知れ!」と強く批判した。

ロゼッタ自身はLGTBQ活動家であり、実は元TERF(トランス排除的過激派フェミニスト)だったという。

ロゼッタはすでに自分のエージェントからこのツイートを消すように圧力をかけられているという。彼女自身が再びTERFと罵倒されるのも時間の問題だろう。

しかし本当に残念なのは、ハリー・ポッターのおかげで名誉と地位を得た映画の出演者たちが次々にローリング女史を見捨てたことである。せめて「人にはそれぞれ意見がありますから」とか「著者の政治見解と映画は関係ありません」「私個人は彼女のお世話になりましたので」くらいで済ませておけばよいものを、あれだけお世話になった女史が何を言ったかさえ調べもせず、LGBT界隈の尻馬に乗ってローリング女史を叩き始めた俳優たちは本当に恥しらずだ。

ロゼッタ記者がきちんと自分の道義心に従ってこの発言をしたの喜ばしいことではあるが、なぜもっと早い時期にこれが言えなかったのだろうか、それが残念だ。

最近ローリング女史はスコットランドで起きている性自認法の改悪の対して声を大にして抗議しているが、彼女のおかげでスコットランド市民は自分らの国に何が起きているかを知ることとなり、多くの女性達がこの改定案に反対している。そして彼女のおかげで国連までもが注意を払うようになったのである。

私は、ほんの数年のうちにローリング女史は底辺の弱い立場にいる女性達を救った偉大なりヒロインとして称えられることになると私は信じる。その時になって、彼女が最初に批判された当時からずっと彼女を弁護して来た人たちと、世論の尻馬に乗って彼女を罵倒した人たちとの差がはっきりすることだろう。


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職場はトランス自認社員にどこまで配慮すべきなのか?

数日前こんな記事を読んだ。「トランスジェンダー社員に上司「戸籍の性別変更を」…「SOGIハラ」でうつ病、労災認定」強調はカカシ。

心と体の性が一致しない「トランスジェンダー」の40歳代会社員が、勤務先の職場で性自認を侮辱する「SOGI(ソジ)ハラスメント(SOGIハラ)」により、うつ病を発症したとして、神奈川県内の労働基準監督署から労災と認定されていたことがわかった。認定は6月30日付。代理人弁護士によると、SOGIハラによる労災認定が明らかになるのは、全国的にも珍しいという。

会社員は戸籍上の性は男性で、性自認は女性。2006年に神奈川県内の大手製造会社に就職し、17年に職場で性自認を公表した。会社員が情報開示請求で入手した労災認定を巡る調査書によると、会社側は会社員を女性として扱い、敬称を「さん」とするよう従業員に周知した。

 その後、指導役だった上司との関係が悪化。18年4月、別の管理職を交えた話し合いの場で、会社員が上司から「彼」と呼ばれたことに抗議すると、上司は「戸籍上の性別変更をしてから言いなさい」と発言した。「女性らしく見られたいなら、こまやかな心遣いが必要」とも言われた。この席で、上司は会社員のことを何度も「彼」と呼び、数日後の話し合いでも「くん」の敬称で5回呼んだという。

 会社員はその後、体調を崩した。医療機関で睡眠障害や、うつ病と診断され、18年12月から休職した。

 労基署はこうした上司の発言を「性自認に関する侮辱的な言動。本人の人格を否定する精神的攻撃で、執拗(しつよう)に行われた」と指摘。会社員に強い心理的な負荷がかかり、うつ病を発症したとして、労災認定した。会社員は21年9月に復職している。

この読売新聞は女性自認の男性への取材を行い、上司から髪の毛を切るように言われたことが苦痛になったなどと書いているが、その上司が何故そんなことを言ったのかという上司側の取材をしていない。この記事の内容はトランスジェンダー(TG)の一方的な訴えであり、この男性の性自認によって周りがどんな影響をうけたのかという話が全くされていないなと思った。

先ずこの男性は戸籍は男性のままだ。ということは法律上この男性を女性職員扱いする義務は職場にはないはずだ。上司がこの男性の多々の要求に対して「戸籍上の性別変更をしてから言いなさい」と言ったのは全く筋が通っていると思う。何故なら「自分は○○と自認するから、そう扱え」という社員の勝手な要求にいちいち配慮していては会社は成り立たないからだ。この男性を特別扱いしろというなら、その法律的根拠があるべきである。

11年も男性として働いていた職場で、突然自分は女だと言い出し、髪の毛を伸ばして女装して現れれば周りが戸惑うのは当然だ。しかも移行の段階によっては全く女性には見えない、ただの醜い中年女装男に見えたかもしれない。人生半ばで女性を自認する男性が、年齢不相応の派手な恰好で、まるでコミコンのコスプレみたいな恰好をしている姿をいくらもみたことがある。そして女装に慣れていないため、ミニスカートをはいたまま両足を広げて座ったり、ハイヒールを履きながら蟹股で歩くなど、目も当てられない態度の人も多い。そういうふうにおよそ女性とは思えないふるまいをしているにもかかわらず、女性として扱えと要求すれば、上司から「女性らしく見られたいなら、こまやかな心遣いが必要」と言われたとしてもしょうがないのではないか?

それに、この男性が言われたことは彼が女性自認の男性だから言われたことなのか、それとも普通の女性なら当たり前のように常々言われていることなのか、この男性に解るのだろうか?彼は11年間も男性社員として働いていたので、普段女性社員たちが男性の同僚や上司からどんなふうに接されていたかなど知らないだろう。だからそんな当たり前の批評を自分がトランスだから嫌がらせをされたのだと思い込んだだけかもしれない。

女性がセクハラに甘んじるべきだと言っているのではない。しかし女性は長年この程度のことは大したことではないと無視してきたし、そのくらいで鬱になる女性などいないだろう。万が一女性が「くん」と呼ばれた程度で鬱になったとしても、職場で暴言を受けたとして女性に労災が認められるなんてことは先ず考えられない。トランスジェンダーだから特別扱いされたのだとしか思えない。

この男性は記者の取材の際に、「性自認は自分でコントロールできるものではなく、職場の理解が不可欠だ」と言っているが、私はこの性自認が自分でコントロールできるものではないという理屈はナンセンスだと思っている。

もしそれが本当なら30年以上普通に男性として暮らせていたことがおかしいではないか?中年になるまで男として生きて来れたのに、何故突然女装しなければ生きていけなくなったのだ?そして周りに女性として認められないことが苦痛で鬱にまでなるとしたら、その根本的原因は彼の精神状態にあるのではないか?

それとここが一番大切な点なのだが、いったい職場は戸籍も変更していないどう見ても元の性にみえる自認のみ異性の社員にどれだけの配慮をする義務があるのかということだ。性別適合手術も受け戸籍上も異性となったというひとならば、法律上この人たちを元の性で扱うことは出来ないというのは同意できないが理解できる。しかしそんなことも全くしていないのに、自称異性だと言う人を職場はどう扱うべきなのだろうか?

この記事では書かれていないが、この男性がトイレはどちらを使っていたのかは不明。

私はだいたいトランスジェンダーを名乗る人たちのこれ見よがしの態度には非常に腹が立つ。例えば自分は女だと思っていたとしても、別に厚化粧をしてスカートをはいて出勤する必要はないはずだ。女性でも中性的な恰好をしている人はいくらも居る。なにもこれみよがしに髪を伸ばして人が不快になるような女装をする必要はないはずだ。ジェンダー移行が進むまでは中性的な目立たない恰好をしていればいいし、代名詞や敬称を間違われるくらい受け流しておけばいいのだ。

彼の上司が彼に嫌がらせ(を本当にしたかどうかは不明だが)を言ったのは、この女性自認男性のことあるごとに特別扱いされて当然という態度に腹が立ったからなのではないか?

だいたい彼らは周りの人間には理解を求めるくせに、周りの人間への迷惑に対する理解を全く示していないではないか?

今後、こういう理不尽なことを言い出す人が増えるのは目に見えている。職場は戸籍変更もしていない性自認だけの自称トランスジェンダーをどのように扱うのか、きちんとした基準を決めておかないとソギハラとやらの訴訟を起こされることになるだろう。

 ◆SOGIハラスメント=恋愛対象などの性的指向(Sexual Orientation)や性自認(Gender Identity)を侮辱する行為。職場や学校で、こうした行為に悩まされてきた性的少数者らが2017年に定義した。許可なく他人の性自認や性的指向を公表する「アウティング」なども含まれる。


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異見を許さない左翼馬鹿フェミ、反トランス活動家の足をひっぱる

私はずっとトランスジェンダー活動家らのカルトぶりを批判してきたが、昨晩私は左外野から反TRAと自称するフェミニストたちから突然多数の批判攻撃を受けた。ことの起こりは、私が日本の特例法は悪法であり廃止すべきだと言ったことに発する。それに関し「お前はいつからTRA(トランスジェンダー活動家)になったのか」という質問がきた。どういう意味かと聞いたところ、TRAは特例法廃止を推進している、よって同じく特例法廃止を推進するカカシもTRAだと言う理屈であった。

私は凡そ二時間にわたって何人もの自称反TRAの女性達から袋叩きにあった。ネット上とはいえ、私はかなり狂暴なTRAからですらここまで凄まじい攻撃は受けたことがない。「GIDに暴言を浴びせかけた」「GIDの歴史を知らない」「読解力ない」「GIDの人権を侵害した」などという言われのない批判に始まって、ヘイトだ差別だとまるでTRA顔負けの罵倒の嵐だった。この間私は四つのツイッターアカウントをブロックしたが、後から後からモグラのように湧いてくる自称反TRAを叩きのめすのは難儀であった。

先日お話した滝本太郎弁護士ですらも、特例法廃止を訴えるのはトランスと対抗するにあたり逆効果であるとして、私の発言の訂正を求めて来た。私はTRAのいうことに一度でも屈したことはない。ましてや反TRAからのこのような理不尽な攻撃にも屈するつもりは毛頭ない。

私は常々反トランスジェンダー概念を持つ左翼過激派フェミニストたちと自分の間には深い溝があることは察知していた。反TRAに関しては私には彼女らと共感出来る点はいくつかあるが、元来右と左という別な方向から来たこともあり、色々な面で意見の違いが出てしまうのはしょうがいないことだろう。

しかし過激派フェミニストの中には、同じ目的を達成するために運動している人たちを、自分らが正しいと信じるやり方とは違う手段を使って運動しているというだけで、まるで宿敵のように扱って足を引っ張る人がいる。彼女らのこうした女性達への攻撃はTRAのやり方となんら変わりがない。

イギリスの反TRA活動家のポージー・パーカー(別名ケリー・ジェイ・キーン)女史も、同じく反TRAの左翼過激派フェミニストたちから理不尽な攻撃を受けているひとりである。

ポージーはいま、アメリカ各地を周り野外で女性集会を開いて演説をおこなっている。当然のことながら、極左翼暴力団のANTIFA連中が、女史の集会を妨害しようとして黒装束の覆面姿で現れている。彼女個人への脅迫がかなりひどかった場合は集会そのものがキャンセルされることもあった。それでも集まって演説を始めた女性達がANTIFA暴徒に襲われて怪我人が出るなどの事件が起きている。

こんなことが起きても怯まずに行動を続けるポージーの勇気をイギリスのフェミニストたちは称賛しているかというと全くそうではない。先日も、長年左翼フェミニストとして知られ、反TRAとしても活動しているジュリー・ビンデル(Julie Bindel)が、ポージーの集会でボディーガードとして雇われた男性がアメリカの右翼団体プラウドボーイズの一員だったとしてポージーを批判するツイートをした。ビンデルの支持者と思われる人たちが、ビンデルに同意するツイートを続けていた。

事実テキサスの集会でポージーが演説をしているときに、彼女の演説を邪魔しようとして表れた若い男が、強面(こわもて)のおっさんに追い払われるという一幕があった。この男性がポージーに雇われたボディーガードなのか、単に参加しただけのボランティアなのか、実際プラウドボーイズの一員なのかは全く不明。

これはポージーに限ったことではないが、女性達が女性空間を守る集会をしたり反TRA演説をしたりしようとすると必ずといっていいほど左翼ANTIFA・TRAの男どもから妨害を受ける。ポージーの集会でもすでに、パイを顔に投げられたり指を折られるなどの被害を受けた女性が出ている。そうした女性達を守ろうとボディーガードを買ってでるのは必ず右翼保守の男性だ。

トランス活動家たちはこれみよがしに、それみろ反トランスのフェミニストたちは右翼保守に身を売ったのだ、奴らは本物のフェミニストなんかじゃない。あんな奴らの味方をするのかと大騒ぎ。そして残念なことに、ビンデルのような左翼フェミ達までが右翼保守の庇護を受けたポージーや他のフェミニスト達を右翼に迎合しているだの家父長制度に加担しているなどと言って責めたてるのである。

しかしこれらの左翼フェミさんたちは目的を見失っている。いったいあなたがた反TRAフェミニストたちの目的は何なのだ?右翼だ左翼だに拘って女性達の間で仲たがいをすることなのか?TRAを打倒するより誰が反TRA運動で一番活躍するかという権力争いの方が大事なのか?

反TRAのフェミニスト達が、本気で女装男たちの暴虐からフェミニズム及び女性一般を守ろうと思っているのであれば、その戦いに参加するのが右翼保守男性だからと拒絶することは賢明なことなのか?

少なくともアメリカでは、トランスジェンダリズムに対抗して効果的な運動を進めているのは左翼フェミニスト達ではない。

私が何度となく紹介している右翼保守派白人男性のマット・ウォルシの「女性とはなんぞや」という映画は、劇場公開がされていないにもかかわらず大評判になり、TRA界隈に多大なる波紋を呼んでいる。ウォルシが呼びかけた未成年の性転換治療禁止は、アメリカ各地の州で実際に実現している。先日もフロリダの医療機関が未成年トランス治療を禁止したばかりだ。ウォルシの地元テネシーのバンダービル病院でも治療は廃止された。

こう言ってはなんだが、ポージーの集会に集まる女性達の数はせいぜい20人程度。ウォルシの講演に集まる老若男女の数は毎回大学の講堂や公民館会場を埋め尽くす千人近い数である。無論ウォルシはデイリーワイヤーという大規模なポッドキャスト機関の一員であるから、会場や十分な警備体制を取る予算がある。

アメリカで、女性自認男子のスポーツ参加や女子施設の使用など、禁止条例を出しているのはすべて右翼保守の共和党知事や地方議会である。それなのに何故反TRAの左翼フェミ達はいつまでも右翼保守を忌み嫌うのだ?

反TRA運動が左翼過激派フェミニストの間でちまちまやられている間は、そういう問題が起きてるようだというかすかな気配を醸し出しただけだった。実際にTRA撲滅のために効果を上げているのは右翼保守の男たちが乗り出してきてからだ。

いい加減に左翼の馬鹿フェミどもは目を覚ませ。この問題は左翼でも右翼でもない。文明社会の存続をかけた大問題なのである。


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洗濯バサミで髪を束ねる女なんて居ない?いや、問題はそこじゃない

じつはここ数日、ツイッターでどうでもいいと思われるくだらない話が出回り、それが意外にも多くの人の注意を引き話題になっている。先ずはこの絵から見てもらおう。

左側の絵は『生徒会にも穴はある!』公式【第①巻発売中】@seitokainoanaという漫画の一コマだそうだ。右側の写真はモデルさんが再現したものだが、その話はもう少し後でしよう。

このなんということない絵が何故か話題になった。それというのも多くの女性たちがこの絵は女性を描くうえで非常に不自然だと感じたのだ。

先ず、女性の冷蔵庫にしては小さすぎる。中もレトルトと飲み物と納豆しか入ってない。レトルトも納豆も賞味期限きれても食べられるので、ずぼらな人がそんなことを気にするとは思えない。といった冷蔵庫の中身の話。私が気付いたのは先ずそこだった。

次に、なんでブラジャーのフックを外したまま、ブラジャーを取らずに冷蔵庫を開けているのか。そんな恰好でしゃがみこめばブラが目の前に垂れ下がって邪魔になる。ずぼらな人ならシャツを着たままブラのフックだけを外すか、シャツを脱いだならブラも外して半裸になるだろう。

第三に、そしてこれが一番問題になったのだが、髪の毛を洗濯バサミで束ねる人など居ないというもの。なぜなら洗濯バサミでは小さすぎて髪を束ねるには不都合があるからだ。

こうした批判は女性ならごく自然に出てくるものなのだが、漫画を描いたのは明らかに男性で、漫画のファンも男性がほとんどのよう。それでなぜか漫画ファンらしき男性達から、いや、そんなことはない、自分の知り合いでこういう人がいる、洗濯バサミでも髪は束ねられる、などと頑張る人が殺到した。そして実際に可能であることを証明するために漫画の恰好を再現する人まで現れた。それが右の写真。

こうなってくると女性達もちょっと苛立ち、再現写真を見ても解る通り、洗濯バサミで髪を束ねるためには最初にヘアゴミで髪をまとめてからでなくては不可能で、ずぼらな人がそんな二度手間をするわけはないと反論。誰かが布団をはさむ布団バサミなら大丈夫と言うと、ずぼらな人は洗濯バサミも布団バサミも外の物干し竿にくっつけたままにしてあるはずなので、そんなものが洗面所にあること自体おかしい。ずぼらな人がわざわざ外の物干し台まで布団バサミを取りに行くのか、と言った意見が聞かれた。

さて、私も最初はこの話は面白おかしく傍観していただけだったのだが、だんだんと男性達の意固地さに腹が立ってきた。普通に女性はこんなことはしない、と当事者の女性達が言っているのに、何故「いや、こういう女性もいる」と頑張る必要があるのだろうか?何故彼らは当事者の女性達の意見を無視してファンタジーの世界の方を信じようとするのだろうか?そして女性達は、私を含め、こんなにも彼らの主張に苛立つのであろうか?

そんなことを考えていてふと気が付いた。我々女性達の苛立ちは、女性を全く理解していない男たちが作り上げた現実にそぐわない女性像にあるのだ。

我々は中高年になって女性に目覚めたとかいう男性が、まるで年相応でない非常識なケバケバしい恰好で歩き回るのを見て、あんなものは女性ではしない、女性はあんなことはしない、と忌々しく思ったことが何度となくある。そしてそんな恰好をした人たちが、自分は女だ、女として扱えとうるさく言ってくることに脅威さえ感じる。

それは何故か?

それは男たちが自分らの勝手に作り上げた女性像で実在する女たちを消そうとしているからだ。男たちが勝手に女はこういう物だと決めつけ、我々がどれだけ違うといっても、それを無視してその妄想に基づいた偶像で女性を扱おうとするからだ。

よくツイッターでも見かけるが、売春婦をセックスワークなどと呼んで普通の仕事であるかのように言い、女性たちが、あたかも自分らの自由意志で従事しているかのように言ったり、ポルノ映画で不自然かつ女性にとって大変危険なセックスを女性達が実際に喜んでいるかのように描くことは、決して女性にとって良いことではない。たとえ一部でも、このファンタジーが現実であるかのように思い込む男性がいることは女性にとって非常に脅威なことなのだ。

洗濯バサミの絵に女性達が腹を立てているのはそういう背景があるからなのである。

ところで上記の絵が不自然であるということを、全く別の角度から分析した人のツイートを今朝見つけた。このソース買う@renraku_onlyさんの分析によれば、男女は骨格が違うため、同じ姿勢をしていても同じように描くことは出来ないというもの。

このように、元の図を現実の女性が再現すると、 骨盤の広さ 大腿部のライン(「7」みたいな形) ブラのカップ ブラを落とさないためのポーズ 辺りが変わるのですよね この2枚を見比べると、下半身の違いは分かりやすいと思います(言うまでもないけど再現写真の方は女性的で自然なライン)

この(右側の)再現写真を見ると、 元の絵が「下半身が男」と評されていた理由が分かると思います。

よくペガサスハイド先生が「男絵師が女キャラを描くと、胸以外が男みたいな身体になりがち」と注意喚起しておられるけど、めちゃくちゃ上手い人でも注意する必要があると思った。 モデルを見て描いても、異性の身体だと構造がかなり違うので、資料にならない場合がある 身体の性差は全身に及ぶ マジ大切。

だからよくTRAが言ってる「性差は生殖器くらい」なんて大嘘なんですわ。 性差は全身に及ぶので 疾患などで生殖器の構造が典型的な形状とは違う人でも、全身見りゃ、性差なんてもんは極一部の例外を除いてほぼ分かるんだよ 身体の性は個人差より強いわ この絵と再現写真を見比べたら色々分かるだろ。

ソース買うさんが言ってるとおり、女性はどれだけ女性っぽく着飾った人を見ても、一目で何かおかしいと察知することが出来る。その理由は男性と女性では全体的に多々の違いがあるからで、それは化粧や鬘程度で誤魔化すことはできないのである。

男がいくら自分は子供の頃から女だと感じて来たと言ってみたところで、女の体を持つということは、こういう細かいところで男とは全く違う体験をしているということを彼らは知らない。だからブラのフックを外したまま歩き回る女がいるとか、洗濯バサミで髪を束ねる女がいるとか、普通の女なら絶対にありえないとすぐ気づくことに気が付けないのだ。

にもかかわらず、女を知った気になって、女とはこういう物だなどといい張らないでほしい。女を消さないでほしい。そのことに気付けない男は最低だ。


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子どもを産みたいと思うこと自体が女性である証拠ではないのか?

昨日私は「性自認は男性」と子どもがほしい」ーー“私”が抱えてきた性別違という連載記事を読んだ。最近ではホルモン治療を乳房除去などもして、一見男性に見えなくもないようになった女性が子供を産むというケースが結構聞かれるようになった。私が初めて男性自認女性の妊娠というニュースを読んだのは2008年のことであるが、(これがその時のエントリー。「性転換」手術後に妊娠した女性を「男性」扱いするな! – Scarecrow in the Strawberry Field (biglizards.net)その時は珍しかった自認男性の女性達による出産は今や珍しくなくなった。

さて、添付先の連載記事をちょっと読んでみよう。著者は佐倉イオリ。佐倉は子供の頃から性違和を感じていたが、自分が性同一性障害(GID)を病んでいるとは考えていないと語る。素人の我々にはこの違いは理解できないが、彼女はこれをこう説明している。

多くの方が、出生時に割り振られた性別と人の自認する性のアイデンティティが一致しないことを、「性同一性障害(Gender Identity Disorder)」と認識されていることだろう。実はこの性同一性障害という言葉は、世界的には過去のものになりつつある。

 米国精神医学会が発行する診断基準の最新版DSM-5は、日本でも多くの精神科医が診断基準としているものだが、ここでは2013年から性同一性障害を「性別違和(Gender Dysphoria)」へと置き換えている。また、WHOが作成する国際疾病分類の最新版ICD-11では、「精神および行動の障害」としていた性同一性障害を「性別不合(Gender Incongruence)」と変更し、分類は「性の健康に関連する状態」にあらためられた。治療は必要であっても疾病や障害ではない、という考えからだ。

 しかし2021年現在、日本では戸籍名の変更などの行政サービスや治療を受けるには「性同一性障害」の診断が求められることが多々あり、まさに過渡期のただ中にある。私も自分の状態をどう表現すればいいか、実に悩ましいところだ。このコラムでは、医師が下す診断のみを「性同一性障害」とし、それ以外は「性別違和」と表現しようと思う。 

WHOがGIDをGDと置き換えたのは、別に科学的に新発見があったからではなく、影響力のあるトランス活動家団体から自分らの性癖を精神病扱いするなという圧力を受けたからに過ぎない。WHOが医療機関としてどれだけ役にたたないインチキ組織であるかはコロナ禍で皆よくわかったことと思う。それにしても性違和を解消しようと思っていたなら、ジェンダークリニックは最悪の場所である。ジェンダークリニックはその門をくぐった人々を100%GDだと診断してしまうのだから。

佐倉のエッセイを読んでいて、彼女が病んでいるのがGIDかどうかは別として、かなり深刻な精神病に病んでいることは確かである。生い立ちを読んでいても、その後の結婚にしても、舅姑との同居にしても、普通なら非常に恵まれた環境に居た人だ。それなのに、自分が他人から受ける女性像に自分が当てはまらないという理由でどんどん鬱になっていく。

私が思うにこれらの圧力は周りが課したというより、佐倉が自分自身に課したものなのではないだろうか?女性は早く結婚して子供を三人産んで良妻賢母にならなければいけないという思い込みで自分を追い込んでいるのは佐倉自身ではないだろうか。だからそうあるべきという女性像に自分がなれない、いや、なりたくないと思うことに恐ろしいほどの罪悪感を持ってしまっている。両親も義父母も友達も、ましてや夫も、そんなことを全く求めていないのに、完璧な女になりたくない自分に嫌悪感すら持っている。

彼女は男を自認しているのではなく、社会が期待する女でいることが嫌なのである。

だがそんな違和感から脱却したいのであれば、非常に簡単な生き方がある。それは社会がこうあるべきだという女性像を拒絶すればいいのである。いや、女性像に限らず自分は世間一般的な生き方はしないと決めればいいのだ。

それは自分がどんな体で生まれたかということとは関係がない。確かに女性であるから肉体的限界はある。だがそれを言うなら、男性だって個々によって肉体の限界は違う。人々はそれなりに自分の身体を受け入れたうえで、それに耐えうる生き方をしている。偶然女性の身体で生まれたからといって、イランやアラビア諸国じゃあるまいし、日本や欧米先進国では女性に期待された人生を生きなければならないという法律はどこにもない。

彼女はどうしても子供が産みたいという。その気持ちそのものが彼女が女性であることの証拠だ。彼女が世間一般のお母さんのイメージで子育てが出来ないというなら、自分なりのイメージで子育てをしたらいい。それは性自認がなんであるかなどということとは無関係だ。

彼女は立派な女性なのだ。女性として究極の母性本能を持っていること自体が、彼女が女性である確たる証拠なのだから。

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ところで私がこのエッセイに関して自分の感想を述べたところ、誤ってとある男性に返答してしまった。この男性の名は松崎悠希といって日本人でありながらハリウッド俳優を目指し、結構著名な映画にも出演している俳優。英語の発音も完璧で素晴らしい演技力のある人なのだが、残念ながら典型的なハリウッド俳優よろしく完全にポリコレに汚染されている。下記は彼の私への返答。

『Yuki Matsuzaki 松崎悠希
@Yuki_Mats

>こどもを産みたいという女性として究極の本能
 →あなたの個人的な意見です

>おかしいでしょ。
 →あなたの個人的な意見です

>その気持ちこそが女性でしょ
 →あなたの個人的な意見です

あなたの「正しい生き方」は、あなた自身だけが守ればば良いのであって、全ての人に強制すべきじゃない』

私は佐倉に私の個人的な意見を元に「正しい生き方」などというものを強制していない。彼女のやり方より生きやすいやり方があると示唆しただけだ。それにしても人が自分の意見を述べることをすぐに「強制」などといって他人を黙らせようとするのが、左翼典型的なずるいやり方である。


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