アメリカで中絶権認めた判例覆す最高裁の多数意見草案が漏れて発狂する民主党と過激派左翼

先ずはBBCの日本語版記事から引用:

アメリカで女性が人工中絶を選ぶ権利は憲法で保障されているという根拠になっている連邦最高裁判例について、現在の最高裁内で書かれた多数意見の草案が外部にリークされた。この判例を覆す内容になっていることと合わせて、最高裁文書が漏洩(ろうえい)したことで、アメリカに衝撃を与えている。米連邦最高裁のこうした文書が外部に漏れるのは、現代においては前例がない。

アメリカでは、1973年の「ロー対ウェイド」事件に対する最高裁判決が、女性の人工中絶権を認める歴史的な判例となっている。そのため、中絶に反対する勢力と、女性の選択権を堅持しようとする勢力が長年、この判決をめぐり争ってきた。

米政治ニュースサイト「ポリティコ」は2日、サミュエル・アリート最高裁判事がこの「ロー対ウェイド」判決について、判決は「はなはだしく間違っている」と書いた多数意見の原稿を入手したと伝えた。

報道が事実ならば、最高裁の判決草案が公表前に外部に漏れるのは現代において前例がない。

「ロー対ウエイド」というのは1973年に最高裁が、どの州でも妊娠初期の中絶禁止法は憲法にあるプライバシーの権利に違反するものとして違憲であるという判断を下したものだ。しかしアメリカ憲法にはプライバシーの権利という項目はない。それでだいぶ前からこの解釈は間違っているという意見がリベラル判事の間でも言われてきていた。

民主党や左翼たちはあたかもロー対ウエイドの撤廃によってアメリカでは人工中絶が全面的に違法になるかのように騒いでいるが、実はそんなことは全くない。単に中絶に関する判断は各州に委ねられるという昔に戻るだけである。であるからカリフォルニアやバージニアのように生まれる直前まで中絶を合法にしている州では、それが違法になるなどという心配は全くないのである。

しかしそんな真実に影響される民主党ではない。すでに最高裁判所の前には中絶推進者たちが集まり、警官に暴力を振るうなどの暴挙が始まっている。しかも民主党のエリザベス・ワレン上院議員などは暴徒の前で演説して暴徒らにさらなる暴力を煽っている。

ここで何故この意見書が漏洩したのか考えてみよう。明らかにこれはアメリカ各地で抗議運動という暴動を起こすことによって判事たちに暴力で圧力をかけようという民主党の魂胆である。しかし、民主党がこの話を蒸し返すことによって実際に民主党の利益になるだろうか?今年11月の中間選挙を前に民主党は本当に人工中絶を話題にしたいのだろうか?

アメリカでは人工妊娠中絶推進派をプロチョイス(選択派)中絶反対派をプロライフ(親生命派)と呼ぶが、プロチョイスと自覚するひとたちでも、後期の中絶を支持している人は少ない。単なる産児制限という理由だとしたら、せいぜい妊娠12週目くらいが限界だと思っている人がほとんどではないだろうか?その後になってくると母体の生命にかかわるとか胎児が極度の障害を持っていると解った時など非常時を想定しているのではないかと思う。それでも中期と言われる25週目くらいが限界だろう。なぜならそれ以降になると母体外でも胎児が未熟児として生き延びる可能性が強くなってくるからだ。

ところが左翼リベラルの言うプロチョイスとは妊婦が陣痛を起こしている最中で、すでに胎児の頭が外に出かかっているような時ですら中絶は可能だという考えだ。いや、下手をすれば胎児が生きて生まれてしまった場合、先のバージニア知事のように、何の医療も施さずに放置して自然死を待つとまで言い出す人も居るくらいなのだ。

もし、中絶は初期であれば止む負えない場合もあると考えている人たちが、生まれる寸前、もしくはその数時間後までの中絶を許すべきというプロチョイスの本音を知ったらどう思うだろうか?

ところで中絶の話が出た途端に民主党は今まで忘れていた「女性」という言葉を思い出したようで、今回の判決は(まだ正式に出てはいないが)女性差別だとか言い出している。あれ、男も妊娠できるとかいってなかったっけ?女性だけが影響を受けるという言いかたはトランスフォビックじゃないんですか?

民主党は中間選挙の11月を目指して、またぞろ暴動に次ぐ暴動で選挙結果に影響を与えようと企んでいるのかもしれないが、そういう態度をとればとるほど裏目にでるのではないかと思う。いい加減アメリカ国民は民主党の癇癪には腹に据えかねているのではないだろうか?


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ジョニー・デップが名誉棄損で前妻を訴えたことで、注目されるDV妻の実態

俳優のジョニー・デップがDVの汚名を着せられて人気映画の出演を取り下げされるなど、キャリアに多大なる損害を与えられたとして、元の妻アンバー・ハードを名誉棄損で訴えた裁判が今行われている

実は私はジョニー・デップという俳優は全然好きではない。彼はハリウッドスター典型の左翼リベラルで、しょっちゅうアメリカの悪口を言って、常時フランス住まいだったと記憶している。それに彼の演技はわざとらしくて好きになれない。ミスター苺などデップが嫌いすぎて、彼の出ている映画は極力避けているほど。多分最後にデップの映画を見たのはディズニーのカリブの海賊たちのシリーズ第一弾だったと思う。それにしたって私のお目当てはオーランド・ブルームだったし。

ま、そんなんで、2~3年前にデップが前妻からDVで告発されたという話を聞いた時も、まあハリウッドリベラルなんてそんなもんだろうくらいに思っていた。もちろん離婚時に妻が夫のDVを持ち出すのはよくあることなので一概に妻の言い分だけを信じるというわけにはいかない。しかし二人は示談で離婚しデップ側から前妻に700万ドルという慰謝料が払われていたことでもあり、まあ多少の暴力はあったのだろうと理解していた。

しかし、今回の裁判を少し観ただけでも当初の報道にはかなりの誤りがあったと理解できる。実はデップはDVの加害者というよりも、妻からのDVの被害者だったのではないかと思われる事実が色々出てきているのだ。

先ずことの時系列を追ってみよう。これはスティーブン・クラウダ―のサイトより引用。

  • 2016年5月、一年足らずの結婚で妻のアンバー・ハードが離婚訴訟を起こす。
    • ジョニーから暴力を振るわれたと主張。.
    • ジョニーは妻の主張を全面的に否定。
  • 2016年8月。示談で離婚は成立。
    • ハードは700万ドルの慰謝料を受け取る。
    • ハードはその慰謝料をACLUやLA子供病院に寄付すると宣言した、彼女が実際に寄付をしたという記録はない。
  • 2018年12月。ハードはワシントンポストにジョニーの暴力を告発するエッセーを投稿。SOURCE: WaPo
    • 記事ではジョニーを名指しで責めてはいなかったというものの、「2年前に私は家庭内暴力を代表することとなった。それによって告発する女性に対する社会からの恐ろしい力を感じた」と明らかにジョニーを指す文章があった。
    • ジョニー・デップはハードに対して5000万ドルの賠償金を求めて名誉棄損で訴訟を起こした。

昨日法廷でジョニー・デップ自身が証言したが、ハードによるデップへの暴力はかなりすさまじかったようで、公開された録音テープによると、ハードはデップを殴りながら、自分が殴っていることを誰に言っても信じてなんか貰えないわよ、とあざ笑っている音声が残っている。

またジョニーはアンバーからウォッカの瓶を投げつけられ、その瓶が指に当たって指先を切断という大けがを負っている。その時のことは医者にもきちんと報告されており、怪我の写真も公開された。デップは当時、おおやけにはドアに指を挟んだと体裁を繕っていた。

そのほかにもアンバーによるジョニーへの虐待が色々提示され、これは被害者はアンバーではなくジョニーなのではと思えるような供述がどんどん出て来た。

さて、ジョニー・デップの裁判で浮彫になってきたのは、実はDVと呼ばれる家庭内暴力は結構女性が加害者であることが多いということだ。

連邦政府保健省発表の2020年の子供虐待の調査によると、子供を虐待する親は母親の方が父親よりも多いという数字が出ている(Table 5-3 Perpetrators by sex)。無論母親のほうが子供といる時間が長いので必然的にそうなるのではないかという見方もあるが、同じ調査で母子家庭と父子家庭でも子供への虐待は母子家庭の方が多いという結果も出ている(Table 3-14 Victims by relationship to their perpetrators)。

無論これは子供虐待の調査であって男女間での暴力を示すものではないので、これだけ見て男女間での暴力の加害者が女性の方が多いと結論づけることは出来ない。しかし子供に暴力を振るうような女性は配偶者に対しても暴力的な傾向があると考えることは自然だ。

女性の場合でもDVの被害者は誰にも相談せず、ましてや警察に届けるなどと言うことをしない人が多いので、ましてや男性となれば女性に暴力を振るわれても我慢している人はもっと多いことだろう。だいたい男性は自分がDVの被害者になっているという認識さえない人がほとんどだ。

こちらは日本の内閣府男女共同参画局DVの現状に関する調査結果。このアンケートでは女性の方がDVの被害にあったと応えた人の方が多く、配偶者からの被害経験の有無で数回から1~2回と答えた人は、女性が31.3% 男性が19.9%。身体的暴力となると女性は19.8%で男性は14.5%。

確かに女性の被害の方が多いのだが、それでも男性の14.5%は結構多い。また、興味深いのは、DVに関して誰かに相談したかという質問に対して、女性の4割、男性の約7割が誰にも相談していないと応えている。そしてその理由は「相談するほどのものではないと思ったから」というものだ。

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男性の方が身体的に強者であるから、女性から多少殴られたくらいでは大した怪我はしないだろう。男性が女性と同じことをしたら女性は大けがをする可能性があるので、病院で手当てを受けていればその記録も残る。

アメリカでも日本でもそうだが、夫婦喧嘩で暴力沙汰になり警察が呼ばれても、たとえ加害者が女性の場合でも正当防衛で女性の手を払いのけた方の男性が罪に問われるなどということは日常茶飯事である。それにせいぜい引っかかれた程度の怪我では男性も警察を呼んだり医者のお世話になったりはしないだろうから公式な記録に残らないのは当然だ。

上記のアンケートでも解るように、女性からぶたれながら罵声を浴びせかけられるといった虐待をDVだと認識していない男性は結構いると思われる。

恐ろしいのは、女性が男性を告発すると、Me Too運動でも解るように「すべての女性を信じろ」などと言い出す人たちが居て、ジョニー・デップのようにDVを犯したなんの根拠もないのに、別れた前妻の証言が全面的に信用されて男性のキャリアや名誉が一遍に汚されてしまうということだ。そして男性には弁解の余地も与えられない。こんな理不尽なことがあるだろうか?

私が無実の罪を他人に着せる偽被害者を心から憎むのは、無実の罪を着せられた人のこともだが、本当のDVや強姦の被害者が信じてもらえなくなるからである。こういう偽物が自分は犠牲者だ生存者だと言って騒ぐたびに、本当の被害者の声がかき消されていくのである。

ところで、私自身も有罪だが、メディアの言うことを鵜呑みにしてはいけないとつくづく思う。カイル・リッテンハウスの時もそうだったが、事件そのものに関心がなくニュースの見出しだけ読んでいると全くの勘違いをしてしまうものである。私もいくら嫌いな芸能人のスキャンダルだからと言って、すぐに信じることは慎まなければと思った。


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夫婦別姓、同性婚、特例法の緩和、すべてに共通するのは何か?

アップデートあり:井田奈緒の過去のツイートで彼女の戸籍に関する意見を述べるものがあったので付け足す。(4・17・22)

昨日、よだかれん、という元男のトランスジェンダー議員の人のツイートを巡って井田奈緒という人とツイッターで何度かやり取りをした。よだかれんは自分は性適合手術を受けて戸籍も女性に変えた人だが、戸籍変更のための手術済という条件を緩和すべきという考えの人だ。

しかし未手術の人の戸籍を女性に変えた場合、男性体の人が女子空間に入ってくる可能性があるため、そのようなことを女性は許容すべきなのかという話で、井田は女性が受け入れるべきであり、それをしないのは性差別だと言っていたことに私が反論したことがきっかけだった。

私の議論は、性違和のある人への極端な配慮は、かえってトランスジェンダーへの反感を生み逆効果なのではないか、トランスも女性も平和共存できる方法を考えるべきなのではないかというもの。しかし彼女はトイレの警備を厳重にするとか、マイノリティがマイノリティを迫害しない社会にすべきとか要点を逃した頓珍漢な答えを返して来たので、私は下記のような質問をした。

もう一度確認します。女性がTGと女性空間を共用したくないと考えることは、TGへの迫害になるというお考えですね?マイノリティがマイノリティを迫害しない社会とは、要するに女性がTGのために我慢を強いられる社会だという考えでよろしいんですね?

私の質問に答えてください。あなたにとって性的マイノリティーと女性が共存するためには、女性が自称女性の男性を女性空間に許容する以外に方法はないという考えですよね?女性がそれを拒否したらそれは性差別とみなされるという解釈であってますよね?

井田さん、あなたに聞いてるんですけど?ちゃんと答えてくれませんか?トランスジェンダーと一般女性との平和共存は女性に犠牲を強いなければ実現しないという理解でいいんですよね?

井田が最初の質問をのらりくらりとかわしたので、私は何度も同じ質問を続けた。無論、井田はそんな質問に答えることなく、結局私をブロックした。私はこの会話を記録しておかなかったので記憶にたよるしかないのだが私へのブロック直前に私と同じようなことを言っていたひとにたいする井田の反応がこれ。ここでいう彼女とは、よだかれん議員のこと。

繰り返します。差別発言やめなさい。 彼女が誰もが生きやすい社会を目指すことの意味を、あなたが体現しています。

その後になって井田奈緒と言う人が、選択的夫婦別姓を推進している活動家であることを知った。

先ず私はこの人が女性だと知らなかった(笑)。女性が女装男子を女子空間に許容することをこれほど熱心に語る理由が理解できなかったからだ。しかも夫婦別姓というフェミニストの活動をしている人だったとは!

だいたい夫婦別姓というのは結婚したら女性ばかりが別姓を名乗らされ、多々の書類変更で時間やお金をかけさせられるのは不平等だという立場からの活動ではないのか?一方で男女平等を唄いながら、一方で女装男子に迎合して女性に犠牲を強いるというのは完全に矛盾してはいないか?

そしたら誰かが、男性同士の同性婚が認められたら、夫婦別姓なんて速攻で通りますよ、とツイートをくれ、しかも井田さんも同性婚には賛成してますよ、という情報も頂いた。それで私はピーンと来た。

なるほどそういうことかと。

先日、東京都のパートナーシップ制度の話で松浦大悟氏が同性愛者の8割がたはそういう制度を求めていないし、そういう制度のある地域でも利用しているのはごく僅かだという話をしていたが、夫婦別姓に関しても賛成と言っているのは30%程度だと言われている。しかも選択的夫婦別姓が認められているカナダやアメリカでも、旧姓を保つ女性の数は4.6%から6%とごく一部。専業主婦の多い日本では多分もっと少ないと思われる。

特例法の緩和にしてもそうだ。もともと特例法は性違和の治療として性適合手術を受けた人が風貌と戸籍が一致しないと不便だからという理由で特別に戸籍の性別変更を認めるという法律だったはず。適合手術を受けない人は、身体と戸籍の性が一致しているわけだから特に不都合はない。常識的に考えて、身体の性と戸籍の性が一致していないほうが色々と面倒なことになるはずだ。

こうして考えると夫婦別姓も同性婚も特例法の緩和も、当事者たちは求めているというよりも、活動家だけが必死に要求している法改正だということが解る。しかし当事者達が必要としていないのに、活動家たちはどうしてこんなにも一生懸命になるんだろうか?

誰かが、少なくとも井田の場合は単なる売名とお金めあてだろうと言っていた。確かに活動家というのはお金になる。この間もBLMの幹部が600万ドルの豪邸をカリフォルニアで購入して問題になった。

だが彼らの動機はそれだけだろうか?

実はこの三つの法改正には共通点がある。それはどれも戸籍制度を改正する必要があるという点だ。しかも夫婦別姓を支持する人は同性婚も特例法緩和も支持するのが普通であり、これは単なる偶然とは思えないのだ。

アメリカでもそうだが、極左翼の人々は自国の伝統や根本的な基盤を壊そうとする。日本の戸籍は世界的にもユニークな制度で、結婚して夫(または妻)の籍にはいると、妻(夫)は嫁いだ先の家族の一員として認められることを意味する。戸籍は日本の家族制度の基盤といってもいい。それを左翼活動家たちは、あっちからちょっと、こっちからちょっと、とだんだんと削り減らしていっているように見えるのだ。これは左翼が戸籍制度をないものとして、日本の家族制度を根本から崩して行こうという陰謀なのではないか、と私は思うのだ。

アップデート:2022年4月17日

ツイッターで千田奈緒の過去のツイートを張ってくれた人がいた、そのツイートのなかで千田はこんなことを言っている。

筆頭者の下に家族を紐づける戸籍制度の問題は明治大学シーダー氏も指摘してますね。当然改訂すべきです。しかし女性参政権が女性の弁護士を認める改正からはじまったように、一足と日には行きません。いまの戸籍制度を残しつつの選択的夫婦別姓実現が先ず第一歩と考えています。2018年12月19日

千田がどうも胡散臭い人だと感じた私の直感は正しかったようだ。

ちなみに井田の釈明。

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ジェンダーフリーからトランスジェンダーへ、ゲイからクィアへ、文明社会を破壊する危険な思想

日本では同性結婚などというものは起こりえないとみなさんがお考えなら、甘い、と申し上げる。(略)男女共同参画の基盤となっているジェンダーフリーという性別解消の思想が横行すれば、それが必然的に同性結婚へと結びつくことは目に見えている。性に違いがないなら同性同士の結婚になんの問題があるというのだ、という理屈になるからだ。ー 苺畑カカシ(2008年3月8日、「ジェンダーフリーは自由社会を破壊する」より)

上記はアメリカでまだ同性婚が合法となっていなかった頃に、同性婚を反対する意味で書いたものだ。私は当時、同性婚を受け入れたら、別の形の結婚も受け入れざる負えなくなり、いずれ文明社会の基盤となっている一夫一婦制の結婚制度が破壊されて文明社会の破壊をもたらすと考えていた。しかし私の理論は話が逆さまだった。「ジェンダーフリーという性別解消の思想」が同性婚をもたらすのではなく、同性婚が合法化されたことによってジェンダーフリーという性別解消思想が正当化されたのである。

人間は歴史を通じて結婚は子孫を残すための男女の結合であると考えて来た。文化によって結婚の形は必ずしも一夫一婦制ではなかったが、それでも子孫繁栄のために男女には子育てに置いて全く違う役割が課されていた。なぜなら男女の差は単なる肉体的なことだけではなく、その特性によって子育てにもたらす貢献が全く違っており、健康な子供の成育には男女双方の力が必要であると、どんな社会も理解していたからだ。

同性婚では親が二人いても、どちらの貢献も同じであり、異性親のもたらすもうひとつの要素が欠けてしまう。同性愛者によって育てられた子供の特徴が片親で育った子供のそれに似ているというのも非常に納得のいく現象である。両親というのは二人いればいいというものではないのだ。

しかし同性婚は法廷によって国民の意思を無視して認められてしまった。それによって男でも女でも親としての役割は同じであり男女には性差はないという意味となり、男/女の出来ることは女/男にも出来る、であるから男は女に女は男に性転換することが出来るのだという思想へと繋がってしまったのだ。

我々はえてしてLGBT活動家の目的は同性婚の合法化であると考えがちだが、実はそれは違う。同性婚は単なる布石であり、本当の目的は全く別なところにある。

最近地方自治体で次々に発案されているパートナーシップ制度を例に考えてみたい。こちらは多摩市の例だ。強調はカカシ。

パートナーシップ制度とは

パートナーシップ制度は、戸籍上同性であることなどを理由に入籍することができない2人が、市に対してパートナーシップ関係にあることを宣誓する制度です。市はその思いを受け止め、「パートナーシップ宣誓書受領証」と「パートナーシップ宣誓書受領証カード」を交付します。

この制度に法的拘束力はありませんが、広く制度の趣旨をご理解いただき、多様な性的指向・性自認に対する理解が進むことで、将来的に婚姻と同等のサービスを受けられるようになることが期待されます。

この「戸籍上同性であることなど」という言葉がどうもひっかかる。同性である以外のどんなカップルを想定しているのだ?

実はそれがLGBTQ+である。

LGBTQ+(エルジービーティーキュープラス)とは

LGBTQ+は、L(レズビアン)・G(ゲイ)・B(バイセクシュアル)・T(トランスジェンダー)・Q(クエスチョニングまたはクィア)の頭文字と、「+(プラス)」(それらに当てはまらない多様な性)を組み合わせたもので、多様な性のあり方を表す言葉として日本のみならず世界各国で広く使われています。

そしてLGBTQ+の解説はこちら。

レズビアン  同性を好きになる女性
 ゲイ 同性を好きになる男性
 バイセクシュアル 同性も異性も恋愛対象になる人
 トランスジェンダー 出生時に登録された性別に違和感のある人
クエスチョニング(クィア) 自分は何者なのかわからない、決めたくない人
 +(プラス) 定義しきれない多様な性

読者諸氏もおかしいと思われると思うが、パートナーシップとは合法に結婚出来ない人たちが、行政上合法なカップルとして扱われるための制度のはずだ。現在日本の法律では血縁関係の薄い大人の男女以外の結婚は認められていないので、この制度で利益を受けるのは戸籍上同性同士のカップルのみのはずだ。なぜその制度にTQ+の人たちが含まれるのだろうか?

普通に考えて自分が自分をどちらの性だと思っていようと、身体的な異性と結婚したいと思っているなら別にパートナーシップなど起用しなくても普通に結婚すればいいだけの話だ。戸籍を変えない以上、戸籍上の男性が戸籍上の女性と結婚することは全く問題ない。自分の性別が何か解らない人なども、相手が戸籍上同性でない限り特にこの制度から得られるものはない。

ゲイ評論家の松浦大悟氏によると、東京都がパートナーシップを発案する以前に行った同性愛者を対象とした世論調査において、同性愛者であることで困難な体験したと応えた人は全体の7割で、残りの三割も子供の頃にいじめられた程度の体験だった。自治体ですでに同じような制度のあるところに住む人でも8割が活用しておらず、まるで必要性を感じないと応えたという。

こうした制度を施行する自治体が意見を聞く当事者というのは左翼活動家ばかりであり、一般の当事者の声などまるで反映されていないと松浦氏は言う。では一体活動家たちの目的は何なのか?

松浦氏がいうに、戸籍上男女のカップルでも、どちらかが性自認は異性だとして、同性カップルとしてパートナー制度を利用すれば、「男」が出産したり「女」が子供をはらませるといったことが起きかねない。そうしたら自治体は彼らの性別自認を認めることになりはしないか。

同性パートナーシップ制度はそれだけでは終わらない。アメリカの例を見ればわかる通り、この制度は同性婚への第一段階に過ぎないのだ。すでに日本では同性婚合法化への訴訟が起きているが、パートナーシップ制度が全国に広がれば、すでに事実上同性カップルは社会に認められているという既成事実をつくることになる。

そして本当は異性カップルなのに、同性カップルとして登録しているからという理由で、戸籍の性別も変えられるべきだと言い出す人も出てくるだろう。そうやって既存の特例法も全く意味のないものと化してしまうのだ。

松浦氏によれば、同性婚もパートナシップ制度も同性愛者の間ではまるで人気がない。実際に求めているひとたちは同性愛者たちではなく、LGBTQ+活動家たちだけなのだ。

Qはクエッションマークを意味しない

ところで多摩市によるQの説明だが、Qは「クエスチョニング」という解釈は正しくない。このQは「クィア」のことであり「自分は何者なのかわからない、決めたくない人」などという無難な人々をさすのではない。

ではクィアとは何ぞやという話になる。

実は私は2008年にこの質問を投げかけている。何故かと言うと、当時フェミニズムについて議論していた小山エミが自分のことをクィアだと言っていたからだ。変態たちが押し進めるジェンダーフリーという神話 – Scarecrow in the Strawberry Field (biglizards.net)

英語でいうQueerとは形容詞で使われる場合は「一風変わった、おかしな」という意味になるが、それが名詞として使われると「一風変わった人」というよりも「変態」という意味になる。昔の人は同性愛者は変態だと思っていたので、それがだんだんと同性愛者への侮蔑語へと変わった。そして同性愛者を迫害していたイギリスなどでは、ちょっと女々しいと思われる男性を「クィア」といって罵倒し暴力を振るったりすることが結構おきていた。だから中高年以上の同性愛者たちは活動家が自分らを指してクィアと言う呼び名を使うのを嫌がる傾向があるのだ。

そういう背景があるので、小山エミが実は自称女の男だということを知らなかった私は、女性であるエミがクィアだというならレズビアンを指すのだろうと非常にナイーブな解釈をしていた。しかし小山エミはクィア=同性愛者という意味ではないと断言したため私は非常に混乱したのである。

ではいったいクィアとはどんな人たちなのか?

2008年に小山エミから「読め!」と勧められたクィアースタディー入門から読んでみよう。強調はカカシ

クィアをとてもうまく説明したものに、“Anything that is not straight(ストレートでない者はすべてクィア)”という表現がある。ストレートは、「真っすぐ、まっとうな」の意。とすると、クィアは「まっとうではない」ので、そういう意味では「変態」という日本語がいちばん近い。

つまり、クィアとは、自分はまっとうなものとは違う、という差異を示す言葉であって、どう違うかを示す言葉ではない。違いの内容に言及すると、なにがまっとうかを認めてしまうことになるから。中身の違いを言わずにただ「違う」とだけ主張するのがクィアだから、究極的には態度の問題であるといえる。クィアとは、「自分たちはまっとうじゃないよ」という態度のこと。…

したがって、クィアとは特定のグループを指す言葉ではない。ましてや、同性愛者やバイセクシュアル、トランスジェンダーやトランスセクシュアルを指す用語でもない。原理上は、「自分はまっとうじゃない」と言えばだれでもクィア。なにがまっとうかまっとうじゃないかは決めない。そんな線引きはせずに、みんな変態でいいじゃないか、という感じ。だから、クィアとはある意味、非限定的な言葉。いろんなものを含む包括的な用語概念。ーーーミヤマアキラ著クィア・スタディ入門(2)より

昔からこの手の人たちは「自分は○○ではない」とは言うが、じゃあ自分は何なのかという質問には絶対に答えずに、こうやってはぐらかすのが得意だ。しかし何が「まっとう」な状態かを定義したら、それがまっとうだと認めることになるから出来ないなんて、いったいどういう屁理屈なんだ?

ただここで解ることはクィアと自認する人たちはLGBTですら「まっとうな人たち」だと思っているほどの変態なのだということだ。今自分らのことをクィアと呼んでいる人たちを観察してみれば良く分かる。

TikTokなどで髪の毛を紫やピンクに染めて顔にピアスをいくつもつけて体中入れ墨してる男か女か解らない人たちが、幼児に極端な性嗜好を植え付ける洗脳を行っていることを観てほしい。つまり、クィアとは文字通り変態を指すのだ。彼らは幼児性愛含む非常に危険な性嗜好をもった人々であり、自分のことをクィアだなどと呼ぶ人には容易に近づいてはいけない。ましてや子供を近づけたりしてはいけないのだ。

日本のLGBT活動家たちが訳の分からない横文字を並べて、もっともらしい議論を展開するときは、我々一般人は非常に警戒して対応する必要がある。彼らは我々が理解できないことを良いことに自分らの非常に悪徳な企みを水面下で進めていこうとしているからだ。意味の分からない頭文字やカタカナ英語は我々を煙に巻く手段なのである。

ジェンダーフリーだのトランスジェンダーだのクィアだのLTBTQ+だのを連発する人に出会ったら、彼らは文明社会を破壊しようとしている奴らなのだということを我々常識人は肝に銘じて挑まなければならない。


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女性を「生理のある人」などと呼ぶな!消されつつある女性の存在

以前に作家のJ.K.ローリング女史が女性の健康に関する記事で「生理のある人」という表現をおちょくって「生理のある人、、確かそういう人を表現する言葉があったわよねえ、なんだったかしら、、」とツイートしたことがあったが、なぜか先日発表されたエリスのコマーシャルを巡って、またぞろその話題が持ち上がった。

このCM事態では明らかなレズカップルが現れて「女の子の日とか呼ばれたくないかな」と言ってる以外には、とりたてて女性のことを「生理のある人」とは言ってない。ただ、コマーシャルのなかで「女性」という言葉は一度も出てこなかった。アメリカではもっとあからさまに生理用カップのコマ―シャルで「生理のある人」という表現が出てきて、何気なく聞き流していて、はっとしたことがある。

当然のことながら多くの女性達が、女性を生理機能で表現するのは侮辱的だ、として怒っている。だが、肯定派の意見は「生理のない女性もいるし、生理のある男性もいるので、これは包括的な表現だ」という。

読書諸氏はもうお分かりだろ思うが、ここでいう「生理のない女性」とは思春期前の少女のことでも閉経後の熟女のことでもない。彼らがさす「生理のない女性」とはトランスジェンダー女性と呼ばれる男たちのことであり、「生理のある男性」とは女性としての生殖機能を保持していながら、自分は男性だと言い張るトランスジェンダー男性と呼ばれる女性達のことである。

人口の1%も占めないこうした人々の感情を気遣うために、人口の50%を占める女性達の意見は無視してもいいというのが、昨今のトランスジェンダーリズムである。

すべての女性に生理はないが、生理のあるすべての人は女性だ。そして、まだ生理のない少女たちも生理が終った熟女たちも、生理のある人たちが女性と呼ばれることに全く異存はない。反対に生理のある女性達のことを「生理のある人」と表現されると、特に私のように閉経した女性達からしたら、自分らは女装男と同じ扱いで、すでに女性とは認められない存在になってしまったのかと非常に嫌な気分になる。

何度も書いているが、トランスジェンダーリズムという概念は女性の存在を抹消する概念だ。たかが言葉使いだから妥協してもいいということではない。私たちはことあるごとに「女性」という言葉を使って行こう。決して活動家達に奪われてはいけない。


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風向きが変わった?トランスジェンダーリズムの狂気から正気を取り戻しつつあるイギリス、その2

数か月前に私は拙ブログでイギリスがトランスジェンダーリズムの狂気から正気をとりもどしつつあるのではないかというエントリーを書いた。今回はその続編。

先日イギリスのボリス・ジョンソン首相がトランス女性は女子競技に出るべきではないいう発言をした。それにこたえるかのようにイギリスのサイクリング協会、ブリティッシュサイクリングがトランス「女性」やノンバイナリを名乗る男子の女子競技参加方針を一時停止する旨を明らかにした。先月男子競技で優勝したエミリー・ブリジスによる女子競技参加資格を巡って、国際サイクリング協会のUnion Cycliste International [UCI]と方針が違っていることが問題視されたためだ。ブリジスが女子競技に参加できるかどうかの決断はまだ下っていないが、BCもUCIも今後トランスジェンダー選手をむやみやたらに迎え入れてはいけないと気が付いたようだ。

今月アメリカの大學水泳競技大会の200メートルで女子競技で優勝したリア・トーマスの件で、世の中の人々は男子が女子競技に参加することの理不尽さを目の当たりにした。トーマスは身長190センチ近く、体型も仕草も声も完全に男だ。彼の場合女性に見せようと言う努力すらしていない。「トランス女性は女性です」を認めることは、こういう男を女性として受け入れるということなのだ。そのことに多くの人がやっと気づいたのではないだろうか?

実は私はトーマスはもしかしたら世の中の人にトランスジェンダーリズムがどれほど狂気じみた概念であるかを知らしめるためにわざとやっているのではないかとさえ考えたことがある。多分彼は単に注目を浴びたいだけの偽女なのだろうが、トーマスやブリジスのおかげで人々が正気に目覚めるというのであれば、それに越したことはない。

ジョンソン首相の発言で、反トランスのフェミニストの間から、J.K.ローリング女史が同じことを言ったら散々叩かれているのに、ジョンソン首相が言ったら「よくぞ言ってくれた」となるのは何故なんだ。やっぱり男が言うと皆いうことをきくのか、と批判の声が聞こえた。

デイリーワイヤーのマット・ウォルシが人気テレビ番組に出演して「女性とはなんぞや?」という質問をして話題になった時も(ウォルシ制作の同名のドキュメンタリー映画は5月に公開予定)、イギリスのフェミニストが私は何年も同じことを言ってきて誰も注目してくれなかったのに、男のウォルシが言ったら一気に注目されるのは何故なんだ、女性差別だ!と息巻いているを聴いた。

しかしフェミニスト諸君、この問題が女性だけの問題だとされている間は何も変わらないのだということに気付くべきだ。フェミニズムが欧米で広く受け入れられない理由はフェミニズムが女性だけの問題だとして男性を敵に回して来たことにある。もしトランスジェンダーリズムによる女性差別から女性の人権を守りたいなら男性を味方につけなければ勝ち目はないのだ。女子トイレに女装男がはいってくるとか、さほど人気のない女子スポーツで女装男子が活躍するとか言ったことだけだったら、多くの男性は、フェミニストとトランスジェンダーの間で解決してくれと思って興味をもたないかもしれない。だから、この問題はトイレやスポーツだけの問題ではない、世の中全体の問題なのだと世の男性達に理解してもらう必要があるのだ。

男子を女子と認めろということは、四角を円と呼べと言うのに等しい。つまり男子は女子ではないという基本的な真実を否定できるのであれば、世の中どんな嘘もまかり通ってしまうことになる。三つしかない電灯を四つあると白状させられるウィンストンのように、トランスジェンダーリズムの最大の問題は、すべて偽りを基盤にしているということなのだ。

一方アメリカでは、現在共和党が多数議席を握る12の州で男子学生の女子競技参加を禁じており、ルイジアナを含む複数の州で同じような法律が提案されている。共和党を含む数人の知事が署名を拒否しているが、議会の三分の二を占める票が集まれば知事の拒否権を覆すことが可能なので、これらの州でもいずれは法案は通るものと思われる。

またテキサスを含む12以上の州で先日フロリダで通った「反子供手懐け法」が提案されている。これはLGBT活動家の間で「ゲイと言ってはいけない法」といって忌み嫌われている法律である。前回も紹介したが、これは幼稚園を含む幼い子供達に性行為や性自認に関する教育をして子供を洗脳するのを禁じる法律である。

遅ればせながら、イギリスもアメリカも正気を取り戻しつつあるようだ。まだまだ足並みは遅いが、、


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どんな些細な違いも許さないトランス活動家の不寛容, それに驚くナイーブなフェミニスト学者

なぜか私のツイッターフィードに上がってきた*千田有紀という人のツイートが面白かったので、今日は彼女の身に降りかかった火の粉についてちょっとお話してみたい。彼女についてウィキによると、、

*(せんだ ゆき、1968年12月- )は、日本の社会学者、武蔵大学社会学部教授。専門は家族社会学、ジェンダー論、フェミニズム論。
日本のフェミニスト、上野千鶴子の弟子 。大阪府生まれ。

だそうなので、完全な左翼フェミニストと考えられる。どうしてこんな人のツイートが私のフィードに上がってきたのか不思議だったのだが、どうやらトランスジェンダーに関して彼女が発した何気ないツイートが反トランスだとして炎上してしまったというのが理由らしい。ツイッターのアルゴリズムは私が話題にしていることを見張っていて興味がありそうだと思うテーマのツイートを紹介するようだ。

さて、では千田さんの炎上したとされるツイートの内容はというと、、

トランス問題はかなり複雑で、マイノリティ動詞が対立させられてしまう構造に、観ていて胸が痛いですね。

というもの。これの何が問題なのか。彼女がリンクした少年ブレンダという人のNoteにその理由が記載されていた。

実は前段階で千田さんは「性同一性障害のMtF」を自称するアカウントから「漫湖臭い」と中傷を受けていて、「マイノリティ同士の対立」とはその流れの中でぽろっと言ってしまった言葉です。

つまり千田さんとしてはトランス女性を差別したくない、擁護したい、それなのに酷い攻撃を当事者から受ける。これでは擁護したくても出来ない。2chなどで定着した女性に対する「性器呼び」は性差別であり、それは社会構造に問題がある。この性差別を生むシステムによって「シス女性」と「トランス女性」は対立させられているのだ!それが私には悲しい…と、流れから言うとそういうことなのです。まあ、分かり易いですね。

この少年ブレンダというのは悪名高い男性から女性へのトランスジェンダー活動家で、私はとっくの昔にブロックされている。

千田は自分は「トランスジェンダーは女性でないなどとは言ってない。トランス女性は女子トイレに入るなとも言ってない」それなのに何故攻撃されるのか理解できないと言っている。

ブレンダは千田が攻撃される理由をこう説明している。強調は原文のまま。

しかし「女性は男性から性暴力を受ける、そのことで被害者もいる。私も被害を受けた」だから「トランス女性を差別したくないけど排除しなければならない」というのは、TERFsの人たちがよく使うヘイトスピーチの「テンプレ」なのです。(略)

「トランス女性」と「シス女性」を分けてはいけない時、排除して議論してはならない、という時があるのです。それはどんな時でしょうか。(略)

千田さんは明らかに「性暴力」を前提に「トランス女性」と「シス女性」を分けているのです。ここが第一のポイントです。

・千田さんは、「性暴力」を前提にした時「トランス女性」と「シス女性」を分けて考えている。

そして「対立させられてしまう社会構造がある」「それは性差別のせいだ」というわけですが、その説明がなぜ批判されるのかは「判らない」のです。これが第二のポイントです。(略)

しかし、我々「トランス女性」から見ると「現実にはあり得ない事を言っている」のです。

なぜならば、「トランス女性」が受ける「性暴力」というのは、「トランス女性」が「女性だと見なされるから受ける暴力」だからです。

ここで言う「トランス女性」とは「女性として暮らしている人」です。

要するに千田が自分が性被害に遭った体験から言って、「シス女性」の体験と「トランス女性」の体験は違うはずだと言ったことが「トランス女性」たちの勘に触ったというわけである。

実は私は千田がトランス活動家たちの反応に驚いているということ自体に驚いている。千田は昔気質のフェミニストで専門は家族社会学、ジェンダー論、フェミニズム論」でしかも上野千鶴子の弟子だという。そんな人がフェミニズムを長年かけて乗っ取ろうとしてきた(もしくはすでに乗っ取ってしまった)トランス活動家たちについて何も知らなかったというのは、あまりにも無知すぎないか?はっきり言ってジェンダー専門の学者としては完全に失格だ。

だいたいトランス活動家の使う「シス女性」などという言葉を受け入れてしまった時点ですでに千田の宿命は決まっていた。シス女性など存在しない。なぜならトランス「女性」は男性の一種であり、女性ではないからだ。女性の表現は女性性器でもなければ生理だの子宮だのを出産といった女性の身体の機能で表されるべきではない。女性のことをいいたいなら単に女性と言えばいいのである。

千田の間違いは自分が左翼でトランスにも理解を示して来たので批判からは免疫があるという甘い考えを持っていたことだ。左翼フェミニストとして神格化されていたJ.K.ローリング女史が、女性の安全を自称女の男性から守らなければならないと言った途端に袋叩きにあった事実を知らなかったのだろうか?

ところでブレンダは千田の言っていることがTERFの使うヘイトスピーチのテンプレだと言い張るが、反TRAの人々が自称女の性犯罪について議論していることに対して、きちんとした反論をしていない。批評家の言うことに対してターフだのヘイトだのと言い続けることは何の反論にもなっていない。

ブレンダはトランス女性による女性への加害は「現実にはあり得ない事」だと言っているが、拙ブログで何度も紹介したように、ブレンダのいう「女性として暮らしている人」による女性への性加害は諸外国では頻発している。いや、それをいうなら日本でも自称女性の女装男達による痴漢行為は後を絶たない。その事実について何の反論もせずに、そんなことはあり得ないといくら繰り返してみても、なかったことには出来ない。

また、「『トランス女性』が受ける『性暴力』というのは、『トランス女』が『女性だと見なされる』から受ける暴力』」というのも正しくない。

先ず私はトランス「女性」が受けているという性暴力というのが現実にあるのかどうかさえ疑わしいと思っている。しかしよしんばそういうことがあったとしても、トランス「女性」は性適合手術を受けていようがいまいが男性としての筋力は失っていない。であるから、たとえ女性と間違えられて暴行を受けたとしても、同体格の男性からの脅威は女性が瀕する脅威とは全く違うのである。

ブレンダが外見からどんなふうに見えるのか私は知らない。もしかしたら彼はいわゆる女性として通用する人なのかもしれない。しかし世の中には自称女でもどうみても男に見える女装男がいくらでもいる。そうした人たちが女子トイレだの女湯などに堂々と入ってきたら、普通の女性なら誰でも脅威を感じるはずである。その脅威を理解できないということが、ブレンダが女性ではないことの証拠だ。

もし千田が本気でトランスジェンダリズムを理解したいと思っているのなら、今回のこの教訓を生かし、トランス活動家たちが如何に不寛容で暴力的であるかを学ぶことだろう。


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着々と進む、女装男による女子スポーツ乗っ取り作戦、イギリスの状況から考える

アメリカでは、大學水泳競技女子200メートルで優勝した女装男リア・トーマスが話題になっているが、実はイギリスでは続々とトランスジェンダーを名乗る女装男たちが女子スポーツを侵略しつつある。先日もこんな記事を目にした。

身長180センチ、元男子サッカー選手、イギリスの女子サッカーチームに入部が認められる。ブレア・ハミルトン(32歳)はタビストック・トランスジェンダー・アスレチック調査団の調査主任で、現在ブライトン大学で博士号取得中。彼は兵ステインングユナイテッドフットボールクラブ(略してUs)の女子チームに参加することになった。タビストックはイギリス政府公認のトランスジェンダークリニックである。

ハミルトンの専門はテスタストロン値と運動能力の関連性に関する調査だ。非常に利害相反だと思うけどね。しかし彼自身が女子チームで目覚ましい活躍をすれば、それはホルモン値を下げても男子の運動能力には効果がないことを証明することになるのでは?

さて、これはほんの一例だが、イギリスではすでにアマチュアの女子競技における女装男の進出で若い女性達がスポーツを諦めているという状況が起きているという。

こちら奥田幸雄さんが紹介してくれてるのでその一部をお借りする。アマチュア女性たちが男性体の相手と対抗させらてスポーツをやめているという記事

女性のスポーツを守ろうという団体、フェアプレイフォーウイメン(FPFW)によると、イギリス各地で女性や少女たちが「トランスジェンダー女性」と対抗させられてスポーツを諦めてしまっているという。すでにエリートスポーツへの女装男の参加は問題になっているが、実はリクリエーションのためのアマチュアの競技でも女装男の侵攻はかなり進んでいる。しかも多くの女性たちは沈黙を守るよう圧力をかけられている。それで男子と競うのが嫌でスポーツを完全に諦めてしまう女性や少女たちが続出しているというのだ。

特に10代の少女たちは所属するクラブにTG女性がいると知ると、更衣室やトイレなどで遭遇することを恐れてスポーツそのものを諦めることが少なくない。

FPFWの調査団は色々な女性達からの証言を集めているが、ロンドンのアマチュアフィールドホッケーリーグのある女子選手は、TG選手をみてその場から立ち去ったと語る。

「その人は身長が190センチはあり、のどぼとけもありました。私がボールに向かう度にTG女性の方がずっと速く、数分後には競技から去りました。私は涙を流しました。女性の相手と対戦するために来たのに、ピッチに男性がいたんです。公平感がないなと思ったんです。 トランスフォビアの烙印を押されたらと思うと、文句も言えません。」

南イングランドのある親とクリケットのコーチは、トランス女性を含むチームと対戦するよう頼まれた12歳の少女たちの安全性を心配しているとFPFWに語っている。 「この少女たち(14歳と16歳)の父親として、道徳的にも身体的にも受け入れがたい、不快で危険なことだと思います」と書いている。

サイクリストのBo Novakは、南西イングランドで参加した女性だけのロードサイクリングセッションで、トランス女性がリーダーを務めていることを知って参加しなくなったと語った。「そのセッションは、女性が引率する少人数制の女性向けレジャーライドと宣伝されていたんです」とBo Novakさんは言う。 「でも、男性の体格の人が、参加するだけでなく、グループを率いていたんです。彼は他の人よりずっと強くて、スピードも出るんです。」

また、高齢で運動能力の低い選手が参加する、走ることを禁止された女子「歩くサッカー」クラブのメンバーも、トランス女性の加入に狼狽したことを明かしている。 ランカシャーのクラブの内部告発者は、「ショックを受けたが、何も言ってはいけないと思った者もいた」と語った。

「その後、クラブを運営するチャリティ団体は、 トランスジェンダーのプレーヤーを受け入れるか、退会するか をグループに告げたのです。」

以前ミスター苺と二人で団体ハイキングに参加したことがある。このハイキングは中高年夫婦向きのもので参加者も50代以上の人ばかり。夫婦対象なので半分が女性だった。ところがこのハイキングを引率していたのが20代の若い男性で、そのペースのあまりの速さに我々女性陣はとても追いつくことができなかった。無論男性達も若くはないのでそれなりに苦労はしていたが、女性達ほどではなかった。せっかく楽しいはずのハイキングがマラソンになってしまい、ちっとも楽しくなかった。もし最初からあんな風になると知っていたら、我々も参加しなかっただろう。

多額の賞金や栄誉のあるエリートスポーツならばともかく、趣味のスポーツをやるのに、たとえ不公平だと思っても参加者は運営側に強いことが言えないというのは理解できる。トランスジェンダー活動家の狙いはそこにあるのだ。

最初から目立つエリートスポーツに侵略しては人々からの反感をすぐに買ってしまう。だが地方のアマチュアスポーツや小さな運動クラブなどでちまちまとTG女性を侵入させていくことで、女子スポーツは徐々に女装男たちに乗っ取られていくようになる。そして時期が熟した頃にエリートスポーツへと侵攻を進めていくのだ。


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元オリンピック男子十種競技金メダリストでトランスジェンダーのケイトリン・ジェナ―のフォックスニュース参加を批判するトランス活動家たちの偽善

なんだか知らないが、LGBT界隈では何かとLGBT特別の日や月がある。なんで彼らばっかり一年中お祝いをしてるのかは知らないが、昨日はトランスジェンダーが目立つ日とかだったらしい。にも拘わらず、トランスジェンダーとして世界的に多分一番有名なはずの元オリンピック金メダリストのケイトリン・ジェナ―がフォックスニュースの準レギュラーになることで、トランス活動家たちはジェナ―を一斉に叩き始めている。

私はトランスジェンダリズムという概念自体を否定している立場なので、ジェナ―が保守的な考えを持っていても、ジェナ―を女性と認めることはできない。彼はあくまでも自称女性の男性である。

とはいうものの、ジェナ―は自分がエリートアスリートであった経験から、男性体のMtFは女子競技に参加すべきではない、とまともなことを言ってる事実は評価されるべきだろう。

そのジェナ―が、自分がフォックスニュースのレギュラーになることについて、TRA界隈から批判が出るのは偽善だと自身のツイッターで発言した。以下は私の適当な意訳。

一方で私は多分世界中で一番目立つトランスだと思う。左翼のお目覚め連中(WOKE)には呆れてものが言えない。皮肉というより偽善と言った方がいいのかもしれないけど、本当に呆れるわ。

LGBT活動家のシャーロッテ・クライマー(Charlotte Clymer)はニュースウィークのインタビューでジェナ―のことを悪質でナルシシストだと罵りながら、ジェナ―は自分のキャリアのためにトランスやノンバイナリーの人々を見捨てていると語る。

彼女(ジェナ―)はドナルド・トランプが反トランスなのを知っていてずっとトランプ支持者と一緒に活動してるし、トランスの子どもたちのスポーツ参加にも反対しています。

トランスの人々の間でも色々な意見はありますが、大多数のトランスやノンバイナリー界隈はケイトリン・ジェナ―を支持していません。彼女は私たちを代表しません。

彼女は私たちの考えを反映していないし、私たちにとって、とても危険な存在になっています。

左翼活動家というのは、同じ属性に属する人はすべて同じ考えを持っていなければいけないという非常に偏狭な心の持ち主が多い。トランスジェンダーだったら誰もが民主党支持で誰もがトランスジェンダー活動に全く同じ形で参加すべきだというのである。ジェナ―がトランスを代表しないように、クライマーもトランスを代表しない。だいたい自分の性自認が自分の考えを決めるという考えこそおかしいではないか?

まあ左翼は女性なら皆反トランプであるべきとか思い込んでるので、決して驚きはしないが。

TRAがフォックスを敵視するのは、タッカー・カールソンはじめフォックスの人気キャスターたちはこぞってTRAに批判的であり、全国大学水泳大会の200メートル女子の部で優勝したリア・トーマスについても散々批判していたことなどがある。

ジェナ―自身もトーマスの女子競技参加には非常に批判的で、何度もその意見をフォックスニュースにゲスト出演して語っていた。

クライマーはジェナ―のような有名人がトランスジェンダーの代表のような顔でテレビに出るのは危険だとし、今後は色々なメディアでトランスジェンダーが活躍する必要があると語っている。単にトランスにも色々な人がいるという意見はどうしても受け入れられないのだろう。

しかしクライマーが認めるように、ジェナ―がトランスジェンダーという立場から、男子の女子競技参加に強く反対しているということは、男子の女子競技参加反対派の我々としては助かることではある。

これは公平の問題です。私は生得的少年が学校の女子スポーツで競争するのには反対です。公平ではありません。私たちは学校における女子スポーツを守らなければなりません。

クライマーは, どのマイノリティーにも内部にその属性の利益に反する運動をする人がいると言う。しかしクライマーのような活動家がやっていることが、実際にトランス界隈の当事者の利益になっているとは到底思えない。

実は先日、私はJKRの件でイギリス人のツイッタラーさんたちと色々やり取りをしたが、その際彼女たちのこの問題に関する無知さと無理解には非常に驚いた。イギリスは日本と違ってTRAの横暴が横行していることでもあり、イギリス人は日本人よりこの問題について、もっと色々知っているものと思っていたからである。しかし実際には彼女達も結構TRAについて無知だった。JKRを批判している人たちですら、トランスジェンダーはニューハーフのような綺麗でか弱そうに見える人たちだと思い込んでおり、彼らは女性に対して全く脅威ではないと思っているようだった。イギリス国内ですでにトランスを名乗る自称女の性犯罪者が女性に危害を加える事件が頻発しているというのに、その事実を彼女たちは全くしらないのである。

つまり一般人はトランスジェンダーになど興味がない。自分達とは全く関係のない人たちだと思っているだろう。ところが一般人が最初にみるトランスジェンダーが、トーマスのように女子用水着を着ている以外は完全な筋骨たくましい女装男で、それが女子だと言い張って女子スポーツに参加する姿だとしたら、これはトランスジェンダーにとってよいイメージになるだろうか?

この間ツイッターで話したイギリス人女性達は、私が髭面胸毛すね毛男がミニスカートを履いて女子トイレに入ってきても平気なのかと聞いた時、そんな人は女子トイレにはいってきたりしないと断言していた。もし彼女たちが実際にそういう男にトイレで遭遇したら、いったいどんな気持ちがするだろうか?そしてそれに苦情を言ったら、自分達が差別者として反対に警察に通報されると知ったら、トランスジェンダーについてよい印象を持つだろうか?

ところで先日お話した長距離サイクリングのトランスジェンダー選手、エミリー・ブリジスについて、私は新しい発見をした。ブリジスはつい最近まで男子競技に参加していたという話はしたが、一番最近は先月で、その際ブリジスは全国大学生大会で優勝していたのである。ここで読者の諸氏に立ち止まって考えていただきたいことがある。

ブリジスは一年間女性ホルモンを接種し男性ホルモンのテスタストロン値を下げる「治療」を行っていた。そして今月に入って女子競技参加に必要な低いホルモン値に達成できたため、今回の全国オムニウムチャンピオンシップの女子の部への参加が一旦は許可されたのである。

ということはブリジスはホルモン治療を11か月も受けていたにもかかわらず、男子競技で優勝できるほどの運動神経を保持出来ていたということになり、ホルモン値を下げることは彼のパフォーマンスにはなんの影響も及ぼさなかったか、悪影響があったとしても、その悪影響を克服することが可能だったということになる。

以前に私はホルモン治療で失う運動能力はエリートレベルの選手であれば訓練次第で克復することが出来るという話をしたことがあるが、ブリジスはまさにそれを証明しているのである。

参考:男性ホルモン値を抑えても男性体は圧倒的に有利という調査結果 – Scarecrow in the Strawberry Field (biglizards.net)

それにしてもブリジスは、女性ホルモンを接種しながら男子競技で優勝できる能力があるなら、何故そのまま男子として競い、正々堂々とオリンピックメダル獲得を目指さないのか、本当に不思議である。


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オリンピック女子記録より2分も速い記録を持つ男子全国ジュニアチャンピオンが女子競技に参加決定

アップデートあり:この土曜日(4/1/22)に予定されている全国オムニアムレースへのブリジスの出場は見送られることとなった。

トランスジェンダーのエミリー・ブリジス(21)はこの土曜日に行われるイギリスのthe National Omnium Championships in Derbyという25マイルのサイクリング競技に女子として参加し、5回連続オリンピック金メダリストのローラ・ケニーと対決することになった。ブリジスは男子だが、1年間の女性ホルモン治療を受け、女子競技への参加資格を得たという。

ブリジスはグレートブリテンアカデミーの競技で先月まで男子として競技に参加していた。彼は2018年、全国ジュニアチャンピオンになったこともあり、その時の記録は現女子オリンピック最速記録より2分も速かった。

2018年全国男子ジュニアチャンピオンになった頃のブリジス

数年前にレイチェル・マッキノンという女装男が、マウンテンバイクの女子シニアの部で優勝した時、人々が抗議の声を上げたが、当時マッキノンは、オリンピックでも同じ規則を起用しているがオリンピックでメダルを取ったトランスは一人もいない、トランスは数も少ないのでエリートスポーツには影響を及ぼさないと言っていた。

しかし私は当時から、いずれマイナーな競技にピークを越えた男子選手や三流選手が参加などというおとなしいものではなく、女子のエリート競技に男子としても高位の選手が参加しだすのは時間の問題だと言って来た。

女子競技を守るために訴え続けている元オリンピックメダリストの水泳選手シャロン・デイビスは、何人もの女子サイクリストから相談の連絡を受けていると語る。そしてほとんどの選手は制裁を恐れて声をあげられないという。

「イギリスサイクリングは恥を知るべきです。何人もの女子たちから心配する電話をもらいました。彼女達は不満と失望を感じています。」

いや、不満とか失望とか言ってる場合じゃないだろ。これには激しい怒りを感じるべきだ。そして声を上げるのが怖いとか言ってないで実際に声を上げるべきだ。自分らが何年も努力してきた競技が女装インチキ野郎に乗っ取られようとしているのだぞ。当事者の彼女達が声をあげずに誰があげるのだ!

ブリジスはこのままいけば2028年のオリンピック参加も可能である。

ブリジスは男子としてもエリート選手である。このまま男子として競争して正々堂々とオリンピックを目指すことも、様々な競技大会で優勝することも夢ではない。だが、男子の部には彼と同等の選手は何人もいる。国内では優秀でも世界を相手にした場合には、いくら彼が優秀でも必ずしも毎回優勝できるという保証はない。しかし、彼の能力をもってすれば、故障でもしていない限り、女子競技を圧倒することは間違いない。ブリジスはこの優勝間違いなしの座を手に入れたいのだ。

これまで女子競技に参加してきた男たちは、ピークを過ぎた中年男性だったり、男子としては下位の三流選手だったりで目立った活動はしてこなかった。参加する競技も地方の高校や大学のみの競技がせいぜいだった。リア・トーマスの件が評判になったのは、全国大学大会という比較的メジャーな競技会への参加だったからだ。

しかしこれがもっとメジャーなスポーツになったらどうなる?サイクリングだけでなく、ゴルフやテニスと言った女子の活躍が目覚ましい競技で、賞金やスポンサーから半端じゃない多額の収益金を得られる女子競技にエリート男子たちが参加したらどうなるのだ?

女子選手たちはその時まで黙っているつもりなのか?

確かに今声を挙げれば自分の選手生命が絶たれる可能性はある。だが今声を挙げなければ自分だけでなく競技そのものの命が絶たれてしまうのだ。怖いのは解る。彼女達だけにこの試練を与えるのは酷な話だ。しかし当事者である彼女達が声を挙げなければ外野がどれほど騒ごうが何も変わらない。

先ず我々はトランス女性は女性ですという間違った概念を捨て去ろう。彼らは女性ではない。彼らは男性だ。男子である。

男子は女子競技には参加できない。そのことをはっきりさせよう。


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