ハフポのLGBTQ記者、J.Kローリング女史に謝罪する

数日前に極左翼リベラル新聞のハッフィントンポストのコラムニストが作家のJ.Kローリング女史に謝罪するというツイートを読んだ。

著者はLGBTQコラムニストのEJ ロゼッタ女史(EJ Rosetta)。彼女は三か月にわたり、ローリング女史が言ったとされるトランスフォビックな発言を取材していたが、ローリング女史の発言にトランスフォビックなものは一切発見することが出来なかったと自分のツイッターで発表した。

三か月雨、私は「『もうたくさん、JKローリングによる20のトランスフォビック発言(20 Transphobic JK Rowling Quotes We’re Done With)』という記事のために詳細を調べる任務を与えられた。12週間にわたり彼女の書籍やツイートやエッセイを読んで「発言」を探したが、トランスフォビックとみられるメッセ―ジをひとつも見つけることが出来なかった。

この経過により、私はJKローリングは不寛容なトランスフォビックなどではないという結論に達した。彼女は才能ある女性として何もせずに愛され続けることも出来た。だが彼女は周りを見てトランス権利と女性の権利との間で必然的に大きくなっている苦しみに注意を払った。

多くの場合、一つのグループの権利が他のグループのために犠牲になっており、一番危険にさらされている女性達にその代償を払わされている。このイギリスでは常に双方を支持したいと考えている。だが、DVシェルターなど特定の場所ではそれは不可能だ。そしてJKはそれに注目したのだ。

ロゼッタはローリングが声を上げれば、どれだけの批判を集めるかは十分に承知だったはずなのに、あえて声を上げたその勇気を讃えた。彼女にむけられた殺人や強姦などの脅迫は恐ろしいものであり、それに勇敢に立ち向かっているローリングの姿勢に敬意を称した。

同時にロゼッタはローリングにたいしてメディアが報道という名目で行った誹謗中傷にも「恥を知れ!」と強く批判した。

ロゼッタ自身はLGTBQ活動家であり、実は元TERF(トランス排除的過激派フェミニスト)だったという。

ロゼッタはすでに自分のエージェントからこのツイートを消すように圧力をかけられているという。彼女自身が再びTERFと罵倒されるのも時間の問題だろう。

しかし本当に残念なのは、ハリー・ポッターのおかげで名誉と地位を得た映画の出演者たちが次々にローリング女史を見捨てたことである。せめて「人にはそれぞれ意見がありますから」とか「著者の政治見解と映画は関係ありません」「私個人は彼女のお世話になりましたので」くらいで済ませておけばよいものを、あれだけお世話になった女史が何を言ったかさえ調べもせず、LGBT界隈の尻馬に乗ってローリング女史を叩き始めた俳優たちは本当に恥しらずだ。

ロゼッタ記者がきちんと自分の道義心に従ってこの発言をしたの喜ばしいことではあるが、なぜもっと早い時期にこれが言えなかったのだろうか、それが残念だ。

最近ローリング女史はスコットランドで起きている性自認法の改悪の対して声を大にして抗議しているが、彼女のおかげでスコットランド市民は自分らの国に何が起きているかを知ることとなり、多くの女性達がこの改定案に反対している。そして彼女のおかげで国連までもが注意を払うようになったのである。

私は、ほんの数年のうちにローリング女史は底辺の弱い立場にいる女性達を救った偉大なりヒロインとして称えられることになると私は信じる。その時になって、彼女が最初に批判された当時からずっと彼女を弁護して来た人たちと、世論の尻馬に乗って彼女を罵倒した人たちとの差がはっきりすることだろう。


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職場はトランス自認社員にどこまで配慮すべきなのか?

数日前こんな記事を読んだ。「トランスジェンダー社員に上司「戸籍の性別変更を」…「SOGIハラ」でうつ病、労災認定」強調はカカシ。

心と体の性が一致しない「トランスジェンダー」の40歳代会社員が、勤務先の職場で性自認を侮辱する「SOGI(ソジ)ハラスメント(SOGIハラ)」により、うつ病を発症したとして、神奈川県内の労働基準監督署から労災と認定されていたことがわかった。認定は6月30日付。代理人弁護士によると、SOGIハラによる労災認定が明らかになるのは、全国的にも珍しいという。

会社員は戸籍上の性は男性で、性自認は女性。2006年に神奈川県内の大手製造会社に就職し、17年に職場で性自認を公表した。会社員が情報開示請求で入手した労災認定を巡る調査書によると、会社側は会社員を女性として扱い、敬称を「さん」とするよう従業員に周知した。

 その後、指導役だった上司との関係が悪化。18年4月、別の管理職を交えた話し合いの場で、会社員が上司から「彼」と呼ばれたことに抗議すると、上司は「戸籍上の性別変更をしてから言いなさい」と発言した。「女性らしく見られたいなら、こまやかな心遣いが必要」とも言われた。この席で、上司は会社員のことを何度も「彼」と呼び、数日後の話し合いでも「くん」の敬称で5回呼んだという。

 会社員はその後、体調を崩した。医療機関で睡眠障害や、うつ病と診断され、18年12月から休職した。

 労基署はこうした上司の発言を「性自認に関する侮辱的な言動。本人の人格を否定する精神的攻撃で、執拗(しつよう)に行われた」と指摘。会社員に強い心理的な負荷がかかり、うつ病を発症したとして、労災認定した。会社員は21年9月に復職している。

この読売新聞は女性自認の男性への取材を行い、上司から髪の毛を切るように言われたことが苦痛になったなどと書いているが、その上司が何故そんなことを言ったのかという上司側の取材をしていない。この記事の内容はトランスジェンダー(TG)の一方的な訴えであり、この男性の性自認によって周りがどんな影響をうけたのかという話が全くされていないなと思った。

先ずこの男性は戸籍は男性のままだ。ということは法律上この男性を女性職員扱いする義務は職場にはないはずだ。上司がこの男性の多々の要求に対して「戸籍上の性別変更をしてから言いなさい」と言ったのは全く筋が通っていると思う。何故なら「自分は○○と自認するから、そう扱え」という社員の勝手な要求にいちいち配慮していては会社は成り立たないからだ。この男性を特別扱いしろというなら、その法律的根拠があるべきである。

11年も男性として働いていた職場で、突然自分は女だと言い出し、髪の毛を伸ばして女装して現れれば周りが戸惑うのは当然だ。しかも移行の段階によっては全く女性には見えない、ただの醜い中年女装男に見えたかもしれない。人生半ばで女性を自認する男性が、年齢不相応の派手な恰好で、まるでコミコンのコスプレみたいな恰好をしている姿をいくらもみたことがある。そして女装に慣れていないため、ミニスカートをはいたまま両足を広げて座ったり、ハイヒールを履きながら蟹股で歩くなど、目も当てられない態度の人も多い。そういうふうにおよそ女性とは思えないふるまいをしているにもかかわらず、女性として扱えと要求すれば、上司から「女性らしく見られたいなら、こまやかな心遣いが必要」と言われたとしてもしょうがないのではないか?

それに、この男性が言われたことは彼が女性自認の男性だから言われたことなのか、それとも普通の女性なら当たり前のように常々言われていることなのか、この男性に解るのだろうか?彼は11年間も男性社員として働いていたので、普段女性社員たちが男性の同僚や上司からどんなふうに接されていたかなど知らないだろう。だからそんな当たり前の批評を自分がトランスだから嫌がらせをされたのだと思い込んだだけかもしれない。

女性がセクハラに甘んじるべきだと言っているのではない。しかし女性は長年この程度のことは大したことではないと無視してきたし、そのくらいで鬱になる女性などいないだろう。万が一女性が「くん」と呼ばれた程度で鬱になったとしても、職場で暴言を受けたとして女性に労災が認められるなんてことは先ず考えられない。トランスジェンダーだから特別扱いされたのだとしか思えない。

この男性は記者の取材の際に、「性自認は自分でコントロールできるものではなく、職場の理解が不可欠だ」と言っているが、私はこの性自認が自分でコントロールできるものではないという理屈はナンセンスだと思っている。

もしそれが本当なら30年以上普通に男性として暮らせていたことがおかしいではないか?中年になるまで男として生きて来れたのに、何故突然女装しなければ生きていけなくなったのだ?そして周りに女性として認められないことが苦痛で鬱にまでなるとしたら、その根本的原因は彼の精神状態にあるのではないか?

それとここが一番大切な点なのだが、いったい職場は戸籍も変更していないどう見ても元の性にみえる自認のみ異性の社員にどれだけの配慮をする義務があるのかということだ。性別適合手術も受け戸籍上も異性となったというひとならば、法律上この人たちを元の性で扱うことは出来ないというのは同意できないが理解できる。しかしそんなことも全くしていないのに、自称異性だと言う人を職場はどう扱うべきなのだろうか?

この記事では書かれていないが、この男性がトイレはどちらを使っていたのかは不明。

私はだいたいトランスジェンダーを名乗る人たちのこれ見よがしの態度には非常に腹が立つ。例えば自分は女だと思っていたとしても、別に厚化粧をしてスカートをはいて出勤する必要はないはずだ。女性でも中性的な恰好をしている人はいくらも居る。なにもこれみよがしに髪を伸ばして人が不快になるような女装をする必要はないはずだ。ジェンダー移行が進むまでは中性的な目立たない恰好をしていればいいし、代名詞や敬称を間違われるくらい受け流しておけばいいのだ。

彼の上司が彼に嫌がらせ(を本当にしたかどうかは不明だが)を言ったのは、この女性自認男性のことあるごとに特別扱いされて当然という態度に腹が立ったからなのではないか?

だいたい彼らは周りの人間には理解を求めるくせに、周りの人間への迷惑に対する理解を全く示していないではないか?

今後、こういう理不尽なことを言い出す人が増えるのは目に見えている。職場は戸籍変更もしていない性自認だけの自称トランスジェンダーをどのように扱うのか、きちんとした基準を決めておかないとソギハラとやらの訴訟を起こされることになるだろう。

 ◆SOGIハラスメント=恋愛対象などの性的指向(Sexual Orientation)や性自認(Gender Identity)を侮辱する行為。職場や学校で、こうした行為に悩まされてきた性的少数者らが2017年に定義した。許可なく他人の性自認や性的指向を公表する「アウティング」なども含まれる。


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異見を許さない左翼馬鹿フェミ、反トランス活動家の足をひっぱる

私はずっとトランスジェンダー活動家らのカルトぶりを批判してきたが、昨晩私は左外野から反TRAと自称するフェミニストたちから突然多数の批判攻撃を受けた。ことの起こりは、私が日本の特例法は悪法であり廃止すべきだと言ったことに発する。それに関し「お前はいつからTRA(トランスジェンダー活動家)になったのか」という質問がきた。どういう意味かと聞いたところ、TRAは特例法廃止を推進している、よって同じく特例法廃止を推進するカカシもTRAだと言う理屈であった。

私は凡そ二時間にわたって何人もの自称反TRAの女性達から袋叩きにあった。ネット上とはいえ、私はかなり狂暴なTRAからですらここまで凄まじい攻撃は受けたことがない。「GIDに暴言を浴びせかけた」「GIDの歴史を知らない」「読解力ない」「GIDの人権を侵害した」などという言われのない批判に始まって、ヘイトだ差別だとまるでTRA顔負けの罵倒の嵐だった。この間私は四つのツイッターアカウントをブロックしたが、後から後からモグラのように湧いてくる自称反TRAを叩きのめすのは難儀であった。

先日お話した滝本太郎弁護士ですらも、特例法廃止を訴えるのはトランスと対抗するにあたり逆効果であるとして、私の発言の訂正を求めて来た。私はTRAのいうことに一度でも屈したことはない。ましてや反TRAからのこのような理不尽な攻撃にも屈するつもりは毛頭ない。

私は常々反トランスジェンダー概念を持つ左翼過激派フェミニストたちと自分の間には深い溝があることは察知していた。反TRAに関しては私には彼女らと共感出来る点はいくつかあるが、元来右と左という別な方向から来たこともあり、色々な面で意見の違いが出てしまうのはしょうがいないことだろう。

しかし過激派フェミニストの中には、同じ目的を達成するために運動している人たちを、自分らが正しいと信じるやり方とは違う手段を使って運動しているというだけで、まるで宿敵のように扱って足を引っ張る人がいる。彼女らのこうした女性達への攻撃はTRAのやり方となんら変わりがない。

イギリスの反TRA活動家のポージー・パーカー(別名ケリー・ジェイ・キーン)女史も、同じく反TRAの左翼過激派フェミニストたちから理不尽な攻撃を受けているひとりである。

ポージーはいま、アメリカ各地を周り野外で女性集会を開いて演説をおこなっている。当然のことながら、極左翼暴力団のANTIFA連中が、女史の集会を妨害しようとして黒装束の覆面姿で現れている。彼女個人への脅迫がかなりひどかった場合は集会そのものがキャンセルされることもあった。それでも集まって演説を始めた女性達がANTIFA暴徒に襲われて怪我人が出るなどの事件が起きている。

こんなことが起きても怯まずに行動を続けるポージーの勇気をイギリスのフェミニストたちは称賛しているかというと全くそうではない。先日も、長年左翼フェミニストとして知られ、反TRAとしても活動しているジュリー・ビンデル(Julie Bindel)が、ポージーの集会でボディーガードとして雇われた男性がアメリカの右翼団体プラウドボーイズの一員だったとしてポージーを批判するツイートをした。ビンデルの支持者と思われる人たちが、ビンデルに同意するツイートを続けていた。

事実テキサスの集会でポージーが演説をしているときに、彼女の演説を邪魔しようとして表れた若い男が、強面(こわもて)のおっさんに追い払われるという一幕があった。この男性がポージーに雇われたボディーガードなのか、単に参加しただけのボランティアなのか、実際プラウドボーイズの一員なのかは全く不明。

これはポージーに限ったことではないが、女性達が女性空間を守る集会をしたり反TRA演説をしたりしようとすると必ずといっていいほど左翼ANTIFA・TRAの男どもから妨害を受ける。ポージーの集会でもすでに、パイを顔に投げられたり指を折られるなどの被害を受けた女性が出ている。そうした女性達を守ろうとボディーガードを買ってでるのは必ず右翼保守の男性だ。

トランス活動家たちはこれみよがしに、それみろ反トランスのフェミニストたちは右翼保守に身を売ったのだ、奴らは本物のフェミニストなんかじゃない。あんな奴らの味方をするのかと大騒ぎ。そして残念なことに、ビンデルのような左翼フェミ達までが右翼保守の庇護を受けたポージーや他のフェミニスト達を右翼に迎合しているだの家父長制度に加担しているなどと言って責めたてるのである。

しかしこれらの左翼フェミさんたちは目的を見失っている。いったいあなたがた反TRAフェミニストたちの目的は何なのだ?右翼だ左翼だに拘って女性達の間で仲たがいをすることなのか?TRAを打倒するより誰が反TRA運動で一番活躍するかという権力争いの方が大事なのか?

反TRAのフェミニスト達が、本気で女装男たちの暴虐からフェミニズム及び女性一般を守ろうと思っているのであれば、その戦いに参加するのが右翼保守男性だからと拒絶することは賢明なことなのか?

少なくともアメリカでは、トランスジェンダリズムに対抗して効果的な運動を進めているのは左翼フェミニスト達ではない。

私が何度となく紹介している右翼保守派白人男性のマット・ウォルシの「女性とはなんぞや」という映画は、劇場公開がされていないにもかかわらず大評判になり、TRA界隈に多大なる波紋を呼んでいる。ウォルシが呼びかけた未成年の性転換治療禁止は、アメリカ各地の州で実際に実現している。先日もフロリダの医療機関が未成年トランス治療を禁止したばかりだ。ウォルシの地元テネシーのバンダービル病院でも治療は廃止された。

こう言ってはなんだが、ポージーの集会に集まる女性達の数はせいぜい20人程度。ウォルシの講演に集まる老若男女の数は毎回大学の講堂や公民館会場を埋め尽くす千人近い数である。無論ウォルシはデイリーワイヤーという大規模なポッドキャスト機関の一員であるから、会場や十分な警備体制を取る予算がある。

アメリカで、女性自認男子のスポーツ参加や女子施設の使用など、禁止条例を出しているのはすべて右翼保守の共和党知事や地方議会である。それなのに何故反TRAの左翼フェミ達はいつまでも右翼保守を忌み嫌うのだ?

反TRA運動が左翼過激派フェミニストの間でちまちまやられている間は、そういう問題が起きてるようだというかすかな気配を醸し出しただけだった。実際にTRA撲滅のために効果を上げているのは右翼保守の男たちが乗り出してきてからだ。

いい加減に左翼の馬鹿フェミどもは目を覚ませ。この問題は左翼でも右翼でもない。文明社会の存続をかけた大問題なのである。


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洗濯バサミで髪を束ねる女なんて居ない?いや、問題はそこじゃない

じつはここ数日、ツイッターでどうでもいいと思われるくだらない話が出回り、それが意外にも多くの人の注意を引き話題になっている。先ずはこの絵から見てもらおう。

左側の絵は『生徒会にも穴はある!』公式【第①巻発売中】@seitokainoanaという漫画の一コマだそうだ。右側の写真はモデルさんが再現したものだが、その話はもう少し後でしよう。

このなんということない絵が何故か話題になった。それというのも多くの女性たちがこの絵は女性を描くうえで非常に不自然だと感じたのだ。

先ず、女性の冷蔵庫にしては小さすぎる。中もレトルトと飲み物と納豆しか入ってない。レトルトも納豆も賞味期限きれても食べられるので、ずぼらな人がそんなことを気にするとは思えない。といった冷蔵庫の中身の話。私が気付いたのは先ずそこだった。

次に、なんでブラジャーのフックを外したまま、ブラジャーを取らずに冷蔵庫を開けているのか。そんな恰好でしゃがみこめばブラが目の前に垂れ下がって邪魔になる。ずぼらな人ならシャツを着たままブラのフックだけを外すか、シャツを脱いだならブラも外して半裸になるだろう。

第三に、そしてこれが一番問題になったのだが、髪の毛を洗濯バサミで束ねる人など居ないというもの。なぜなら洗濯バサミでは小さすぎて髪を束ねるには不都合があるからだ。

こうした批判は女性ならごく自然に出てくるものなのだが、漫画を描いたのは明らかに男性で、漫画のファンも男性がほとんどのよう。それでなぜか漫画ファンらしき男性達から、いや、そんなことはない、自分の知り合いでこういう人がいる、洗濯バサミでも髪は束ねられる、などと頑張る人が殺到した。そして実際に可能であることを証明するために漫画の恰好を再現する人まで現れた。それが右の写真。

こうなってくると女性達もちょっと苛立ち、再現写真を見ても解る通り、洗濯バサミで髪を束ねるためには最初にヘアゴミで髪をまとめてからでなくては不可能で、ずぼらな人がそんな二度手間をするわけはないと反論。誰かが布団をはさむ布団バサミなら大丈夫と言うと、ずぼらな人は洗濯バサミも布団バサミも外の物干し竿にくっつけたままにしてあるはずなので、そんなものが洗面所にあること自体おかしい。ずぼらな人がわざわざ外の物干し台まで布団バサミを取りに行くのか、と言った意見が聞かれた。

さて、私も最初はこの話は面白おかしく傍観していただけだったのだが、だんだんと男性達の意固地さに腹が立ってきた。普通に女性はこんなことはしない、と当事者の女性達が言っているのに、何故「いや、こういう女性もいる」と頑張る必要があるのだろうか?何故彼らは当事者の女性達の意見を無視してファンタジーの世界の方を信じようとするのだろうか?そして女性達は、私を含め、こんなにも彼らの主張に苛立つのであろうか?

そんなことを考えていてふと気が付いた。我々女性達の苛立ちは、女性を全く理解していない男たちが作り上げた現実にそぐわない女性像にあるのだ。

我々は中高年になって女性に目覚めたとかいう男性が、まるで年相応でない非常識なケバケバしい恰好で歩き回るのを見て、あんなものは女性ではしない、女性はあんなことはしない、と忌々しく思ったことが何度となくある。そしてそんな恰好をした人たちが、自分は女だ、女として扱えとうるさく言ってくることに脅威さえ感じる。

それは何故か?

それは男たちが自分らの勝手に作り上げた女性像で実在する女たちを消そうとしているからだ。男たちが勝手に女はこういう物だと決めつけ、我々がどれだけ違うといっても、それを無視してその妄想に基づいた偶像で女性を扱おうとするからだ。

よくツイッターでも見かけるが、売春婦をセックスワークなどと呼んで普通の仕事であるかのように言い、女性たちが、あたかも自分らの自由意志で従事しているかのように言ったり、ポルノ映画で不自然かつ女性にとって大変危険なセックスを女性達が実際に喜んでいるかのように描くことは、決して女性にとって良いことではない。たとえ一部でも、このファンタジーが現実であるかのように思い込む男性がいることは女性にとって非常に脅威なことなのだ。

洗濯バサミの絵に女性達が腹を立てているのはそういう背景があるからなのである。

ところで上記の絵が不自然であるということを、全く別の角度から分析した人のツイートを今朝見つけた。このソース買う@renraku_onlyさんの分析によれば、男女は骨格が違うため、同じ姿勢をしていても同じように描くことは出来ないというもの。

このように、元の図を現実の女性が再現すると、 骨盤の広さ 大腿部のライン(「7」みたいな形) ブラのカップ ブラを落とさないためのポーズ 辺りが変わるのですよね この2枚を見比べると、下半身の違いは分かりやすいと思います(言うまでもないけど再現写真の方は女性的で自然なライン)

この(右側の)再現写真を見ると、 元の絵が「下半身が男」と評されていた理由が分かると思います。

よくペガサスハイド先生が「男絵師が女キャラを描くと、胸以外が男みたいな身体になりがち」と注意喚起しておられるけど、めちゃくちゃ上手い人でも注意する必要があると思った。 モデルを見て描いても、異性の身体だと構造がかなり違うので、資料にならない場合がある 身体の性差は全身に及ぶ マジ大切。

だからよくTRAが言ってる「性差は生殖器くらい」なんて大嘘なんですわ。 性差は全身に及ぶので 疾患などで生殖器の構造が典型的な形状とは違う人でも、全身見りゃ、性差なんてもんは極一部の例外を除いてほぼ分かるんだよ 身体の性は個人差より強いわ この絵と再現写真を見比べたら色々分かるだろ。

ソース買うさんが言ってるとおり、女性はどれだけ女性っぽく着飾った人を見ても、一目で何かおかしいと察知することが出来る。その理由は男性と女性では全体的に多々の違いがあるからで、それは化粧や鬘程度で誤魔化すことはできないのである。

男がいくら自分は子供の頃から女だと感じて来たと言ってみたところで、女の体を持つということは、こういう細かいところで男とは全く違う体験をしているということを彼らは知らない。だからブラのフックを外したまま歩き回る女がいるとか、洗濯バサミで髪を束ねる女がいるとか、普通の女なら絶対にありえないとすぐ気づくことに気が付けないのだ。

にもかかわらず、女を知った気になって、女とはこういう物だなどといい張らないでほしい。女を消さないでほしい。そのことに気付けない男は最低だ。


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子どもを産みたいと思うこと自体が女性である証拠ではないのか?

昨日私は「性自認は男性」と子どもがほしい」ーー“私”が抱えてきた性別違という連載記事を読んだ。最近ではホルモン治療を乳房除去などもして、一見男性に見えなくもないようになった女性が子供を産むというケースが結構聞かれるようになった。私が初めて男性自認女性の妊娠というニュースを読んだのは2008年のことであるが、(これがその時のエントリー。「性転換」手術後に妊娠した女性を「男性」扱いするな! – Scarecrow in the Strawberry Field (biglizards.net)その時は珍しかった自認男性の女性達による出産は今や珍しくなくなった。

さて、添付先の連載記事をちょっと読んでみよう。著者は佐倉イオリ。佐倉は子供の頃から性違和を感じていたが、自分が性同一性障害(GID)を病んでいるとは考えていないと語る。素人の我々にはこの違いは理解できないが、彼女はこれをこう説明している。

多くの方が、出生時に割り振られた性別と人の自認する性のアイデンティティが一致しないことを、「性同一性障害(Gender Identity Disorder)」と認識されていることだろう。実はこの性同一性障害という言葉は、世界的には過去のものになりつつある。

 米国精神医学会が発行する診断基準の最新版DSM-5は、日本でも多くの精神科医が診断基準としているものだが、ここでは2013年から性同一性障害を「性別違和(Gender Dysphoria)」へと置き換えている。また、WHOが作成する国際疾病分類の最新版ICD-11では、「精神および行動の障害」としていた性同一性障害を「性別不合(Gender Incongruence)」と変更し、分類は「性の健康に関連する状態」にあらためられた。治療は必要であっても疾病や障害ではない、という考えからだ。

 しかし2021年現在、日本では戸籍名の変更などの行政サービスや治療を受けるには「性同一性障害」の診断が求められることが多々あり、まさに過渡期のただ中にある。私も自分の状態をどう表現すればいいか、実に悩ましいところだ。このコラムでは、医師が下す診断のみを「性同一性障害」とし、それ以外は「性別違和」と表現しようと思う。 

WHOがGIDをGDと置き換えたのは、別に科学的に新発見があったからではなく、影響力のあるトランス活動家団体から自分らの性癖を精神病扱いするなという圧力を受けたからに過ぎない。WHOが医療機関としてどれだけ役にたたないインチキ組織であるかはコロナ禍で皆よくわかったことと思う。それにしても性違和を解消しようと思っていたなら、ジェンダークリニックは最悪の場所である。ジェンダークリニックはその門をくぐった人々を100%GDだと診断してしまうのだから。

佐倉のエッセイを読んでいて、彼女が病んでいるのがGIDかどうかは別として、かなり深刻な精神病に病んでいることは確かである。生い立ちを読んでいても、その後の結婚にしても、舅姑との同居にしても、普通なら非常に恵まれた環境に居た人だ。それなのに、自分が他人から受ける女性像に自分が当てはまらないという理由でどんどん鬱になっていく。

私が思うにこれらの圧力は周りが課したというより、佐倉が自分自身に課したものなのではないだろうか?女性は早く結婚して子供を三人産んで良妻賢母にならなければいけないという思い込みで自分を追い込んでいるのは佐倉自身ではないだろうか。だからそうあるべきという女性像に自分がなれない、いや、なりたくないと思うことに恐ろしいほどの罪悪感を持ってしまっている。両親も義父母も友達も、ましてや夫も、そんなことを全く求めていないのに、完璧な女になりたくない自分に嫌悪感すら持っている。

彼女は男を自認しているのではなく、社会が期待する女でいることが嫌なのである。

だがそんな違和感から脱却したいのであれば、非常に簡単な生き方がある。それは社会がこうあるべきだという女性像を拒絶すればいいのである。いや、女性像に限らず自分は世間一般的な生き方はしないと決めればいいのだ。

それは自分がどんな体で生まれたかということとは関係がない。確かに女性であるから肉体的限界はある。だがそれを言うなら、男性だって個々によって肉体の限界は違う。人々はそれなりに自分の身体を受け入れたうえで、それに耐えうる生き方をしている。偶然女性の身体で生まれたからといって、イランやアラビア諸国じゃあるまいし、日本や欧米先進国では女性に期待された人生を生きなければならないという法律はどこにもない。

彼女はどうしても子供が産みたいという。その気持ちそのものが彼女が女性であることの証拠だ。彼女が世間一般のお母さんのイメージで子育てが出来ないというなら、自分なりのイメージで子育てをしたらいい。それは性自認がなんであるかなどということとは無関係だ。

彼女は立派な女性なのだ。女性として究極の母性本能を持っていること自体が、彼女が女性である確たる証拠なのだから。

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ところで私がこのエッセイに関して自分の感想を述べたところ、誤ってとある男性に返答してしまった。この男性の名は松崎悠希といって日本人でありながらハリウッド俳優を目指し、結構著名な映画にも出演している俳優。英語の発音も完璧で素晴らしい演技力のある人なのだが、残念ながら典型的なハリウッド俳優よろしく完全にポリコレに汚染されている。下記は彼の私への返答。

『Yuki Matsuzaki 松崎悠希
@Yuki_Mats

>こどもを産みたいという女性として究極の本能
 →あなたの個人的な意見です

>おかしいでしょ。
 →あなたの個人的な意見です

>その気持ちこそが女性でしょ
 →あなたの個人的な意見です

あなたの「正しい生き方」は、あなた自身だけが守ればば良いのであって、全ての人に強制すべきじゃない』

私は佐倉に私の個人的な意見を元に「正しい生き方」などというものを強制していない。彼女のやり方より生きやすいやり方があると示唆しただけだ。それにしても人が自分の意見を述べることをすぐに「強制」などといって他人を黙らせようとするのが、左翼典型的なずるいやり方である。


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週末トランスジェンダー関係ニュース

ひとつひとつ書いていくには内容が薄いので、本日はまとめてここ数日間で起きたトランスジェンダー関連のニュースをご紹介しよう。先ずはカナダはオンタリオ州の話。

カナダ州オンタリオの高校教師巨大人工胸を付けて出勤:高校の技術担当教師Kayla Lemieux(女性名)は去年から女性を自認しはじめた自称女性の男。新学期になると先っぽに乳首がついてる巨大人工乳房を付け、ブロンドのかつらにミニスカートといういで立ちで出勤。学校側は個人の性自認を尊重するとして制裁する気はない模様。

女装はともかく、こういう恰好で機械を扱うのは非常に危険だ。私は若い頃、仕事柄工事現場に行くことが結構あったが、人工胸は論外としても、結んでない長い髪や素足の上にスカートでスリップオンの靴などありえない。機械作業を教える教師としては安全を全く無視した非常に無責任な恰好である。本来ならば長ズボンの作業服を着て髪は機械に巻き込まれないように縛るなり帽子の中にしまうなりすべきだし顔にはガーグルを付けるべき。

中年の男が女装をすると恰好がパロディーになってしまうのは何故なのだろう?もし女性教師が胸を目立たせたいとして、こんな格好で出勤したら上司から着替えて来いと言われることは間違いない。特に乳首をわざと目立たすような恰好はこの学校の校則違反でもあるという。学生には禁止しておいて、性自認の男ならなんでもありということになるのは何故なのだろう?性自認が女なら、どんな破廉恥な恰好をしてもいいというのか?

数か月前に女性を自認し始めた俳優フォーブス女性サミットで女性の立場を代弁

つい去年まで男性俳優としてブロードウェイ舞台やテレビなどで’地味な活動をしていたディラン・マルバニー(Dylan Mulvane)は、数か月前に女性を自認し出した途端に有名になり、生理用ナプキンのコマーシャルに出るなど目障りな活動で目立っている。そのマルバニーがフォーブス主催の女性サミットで女性として出演して演説をぶった。どうして男が女性を自認しはじめると数か月で女性の立場を代弁できるようになるのか非常に不思議だ。

乳房除去をあつらったデザインのTシャツ発売される

こちらツイッタラーのBlahさんが紹介してくれたこの話。「トランスジェンダー推進団体から助言を受け、美容整形外科会社が製作したTシャツ。自分は男子だと認識し始めた少女達のために、乳房切除を意味する手術線をデザイン。 多様なジェンダーを謳い、子供達のメンタルヘルスや性の揺らぎを金儲けに利用する悪魔は大勢いる。

WPATH (World Professional Association for Transgender Health)と呼ばれる世界的組織があるが、この組織の会長から役員に至るまでトランスジェンダー整形手術を専門にしている整形外科で成り立っている。そんな組織が相談者の健康に真から取り組むわけがないのは自ずと知れたことだ。彼らの目的は金儲けしかないのだ。

イギリス、レズビアン女性たちの集会を暴力的に攻撃するTRA

もう見慣れた光景になったが、女性達が男性を含まない女性だけの集会をしようとすると、必ず黒装束のアンティファ連中がやってきて暴力的に集会を邪魔しようとする。本日も「性(セックス)は真実だ」と言って勤めていた大学を首になったことを不服として訴訟を起こし勝訴したマヤ・フォーテスター女史をはじめとするスピーカーたちがイギリスのブライトンに集まり集会を開いた。そしていつもどおり、またANTIFA/TRAどもが集まって女性達に発煙筒を投げつけるなどの暴力を振るい、何人かが逮捕されている。

しかし私には何故か最近のTRAの活動には必死さを感じる。イギリスではこれまでイギリス政府やメディアに多大なる影響を及ぼして来たストーンウォールというLGBT組織の力が衰えている。また未成年のトランスジェンダークリニックだったタービストッククリニックが閉鎖されたりと、だんだんとトランス狂気の悪夢から人々が目覚めつつあるように思えるからだ。そしてそのことをTRAたちは感じているのではないだろうか。

フォーテスター女史が「法は我々の側にある、恐れずに訴え続けよう」と言っているように、だんだんと女性達はTRAの暴挙に抵抗できるようになってきている。そしてこれまでのようにメディアに完全に弾圧されるのではなく、彼女たちの話に耳を傾けようという人たちが増えてきているような気がするのだ。

それというのも常々左翼過激派は時期尚早に傍若無人になってやりすぎるのだ。例えばイギリスの市営プールで男女共同で泳げる時間もあるのに、わざわざ女性だけの時間に入り込んできてイスラム教徒の女性達を追い出してしまった女装男達。主に13~4歳の少女たちが参加するスポーツ競技に無理矢理参加し、少女たちからメダルを奪い、更衣室でよだれを垂らす女装変態中年男たち。

こういう女装男たちによる横暴が一般市民の生活のあちこちに影響を及ぼすようになってきたことで、これまでTRAについて全く知らなかった普通の人たちが「これはおかしい」と思うようになった。今や一部の過激派フェミニストたちの抗議だけ弾圧していれば済んだ時代ではなくなっているのだ。TRAたちもそれに気づいているからこそ、彼らの行動はより過激で暴力的なものになっているのだろう。

京都議会文教委員会が「女性のスペースを守る会」の陳情を否決 

では最後に日本は東京都のニュース。東京都議員の龍円あいりというTRAのブログから引用する。(強調は原文のまま)

9月15日(木)の文教委員会に付託されている請願や陳情の審査をしました。

「女性用トイレの維持及び安心・安全の確保に関する陳情」についてですが、この陳情者の「女性のスペースを守る会―LGBT法案における『性自認』に対して慎重な議論を求める会」のホームページを見ると、国会におけるLGBTに関する法律を制定することを立ち止まるように求めている団体です。

都議会においてLGBTQ等性的マイノリティへの差別を禁止し、生きづらさや不便さを解消するために動いてきた立場から、質疑させていただきます。

トランスジェンダー差別 

この団体によりますと、トランスジェンダー女性の存在を法律で認めてしまうと、トランスジェンダー女性が女性用トイレを使うことが公認され、そのことによって女装をした男性による性犯罪が増える可能性があるから、トランスジェンダー女性の存在を法律で認めるのは立ち止まるべきだというお考えのようです。(略)

都に対しては、トイレについても、トランスジェンダーの方々も含め、多様な人たちが安心して利用しやすいトイレを整備してもらいたいです

性自認および性的指向による差別を禁止する東京都人権尊重条例を守りながら、今後もすべての都民が安心で安全に暮らせる東京都として施策を推進してくださるようお願いいたします。

質疑の内容は以上です。

この陳情は、文教委員会では満場一致で「不採択」になりました。

この記事に関して東京都議会のいう「すべての都民」に女性は含まれないようだというコメントがツイッターにあった。まさにその通りだ。

龍円女史の論理はもう何度も言い古されたもので、目新しいものはない。守る会があたかも『トランスジェンダー女性の存在を法律で認めるべきではない』と言っているかのような故意に誤解を招く言い方もいつもの手段である。

反TRAのほとんどの人はトランスジェンダー女性と名乗る人々が存在している事実を否定しているわけでもなければ、そういう人たちが存在してはいけないと言っているわけでもない。ただ、自分が女性だと自認しているだけの人を「トランス女性は女性」であると法的に認めてしまうと、女性専用施設の安全は保てなくなると主張しているのだ。

これに対する反論もいつもの『トランス女性を性犯罪者あつかいするな』というくだらない言い分である。

この論理は、そもそも根底から破綻しています。「トランスジェンダー女性」と「性犯罪者」は、まったく異なる話です。そもそも性犯罪は、その犯人がどんな格好をしてようが犯罪は犯罪であり、許されるものではありませんし、取り締まられる必要があります。「犯罪者による性犯罪」と、「トランスジェンダー女性の人権」とは一切関係がなく、一緒に議論する余地のあるものではありません

拙ブログでもツイッターでも私は何度も繰り返し語ってきたが、一旦自称女性の男性を女性として女性施設に受け入れてしまったら、どんな変態男の立ち入りも女性たちは防ぐことが出来なくなる。「どんな格好をしてようが犯罪は犯罪であり」というが、これまでは女装男が女子施設に入ること自体が犯罪だったのに、それを女性自認男を受け入れなければならないとなれば、先に挙げたカナダの高校教師みたいな女装変態男が女子施設に入ってきても女性達は通報などできなくなるのだ。龍円にそれが理解できないとは言わせない。

それからこれも何度も言ってきたが、トランスジェンダー女性が性犯罪者になり得ないという理屈は通用しない。自称女の男も男性であることに変わりはなく、その狂暴性も性欲も一般男性と同じである。昨日まで男を自認して普通に男子トイレを使っていた男が、本日女性を自認し始めたら突然その男性的性癖を完全に失うという根拠があるなら提示して欲しい。

多くの自称トランスの性愛対象は女性である。つまり彼らは女装をしているという以外は、他の男性と何の変わりもないのだ、いや女装してまで女性施設に入って来ようとする男性の方が女性にとっては一般男性よりもずっと危険な存在だと言える。

私は龍円のようなトランス活動家が諸外国で起きている数多い女性自認男たちによる性犯罪を知らないとは到底思えない。守る会の人たちが提示している自称女の性犯罪内容についても十分承知のはずだ。知っていながらあたかもそんなことは起き得ないと言い張るのは非常に不誠実である。

それに女性自認男が女子空間に入れないことと「トランスジェンダー女性の人権」とどういう関係があるのだ? 誰も女性自認男にトイレに行ってはいけないとは言ってない。身体に合ったの方の施設を使ってほしいと言っているだけ。普通の男性はみなそうしていて何の弊害がないのに、女性を自認しているというだけで何故男子施設が使えなくなるのか?これは彼らの人権とは無関係であり、それこそ「一緒に議論する余地」などない。


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「専業主婦は仕事じゃない!」モラハラ夫と変わらないフェミニズムの女性蔑視

さて、先日からツイッターで続いている結婚出産をする人々を政府が支援するのはよくて、独身女性への支援がないのは何故なのかという話の延長で、私が生活保護を受けている人は自立しているとは言えないと言ったことがきっかけで、それでは夫の給料に頼っている専業主婦も自立していることにはならないのではないかという意見があった。

これなんかがその典型

扶養控除・3号年金・他人の収入に頼る既婚女性は尚更自立とは言えませんね。香菜甘酢あん@Xiangtuaihoney

結婚して一家を構えている男性に向かって、あなたは自立してないとは誰も言わないのに、その配偶者である女性は自立してないことになるってのはおかしくないか?専業主婦の仕事を給料に換算したらどのくらいになると思うのか、主婦をばかにしすぎだろうという私の感想にこんな返答が返ってきた。

でた〜!専業主婦お決まりの主婦の仕事を給料に換算したら〜!!!!! いや〜未だにこれ見られるなんて感動ですわ @mof_mof_zombie

お決まり文句ですねなんていうのは何の反論にもなっていない。何故主婦の仕事を給料に換算してはいけないのだろうか?もしも子持ち独身男が住み込み家政婦さんを雇ったら、どのくらいの給料を払わなければならないか、それを考えたら主婦業がいかに金銭的価値のある仕事であるかが解るはずだ。

それを理解せずに、こういう発言をするのは「誰のおかげで生活できてると思ってんだ?」と怒鳴るフェミニストが最も敵視しているモラハラ夫と全く変わりがない。そして最悪なのがこの人の返答。いくつかあったのでまとめて紹介する。

何でそうなる。単身女性には厳しいのに、依存しっぱなしの専業主婦にはめちゃくちゃ甘いのはなんで?家賃と食費を負担してもらうのが賃金の代わりという独自解釈で主婦業が勤労だと主張するのは無理がある。

生活保護に頼る単身女性は自立してないと謎に単身女性に不利な状況下に限定した言及 からの 専業主婦様は偉いんダー給料に換算したらどれくらいになると思ってる。

この人がいくらゴチャゴチャ言おうが、専業主婦は行政に夫に依存しているし、勤労も納税もしていないというのは事実。 そんな依存しっぱなしの専業主婦を差し置いて、生活保護を受給している単身女性を叩く権利なんてどこにもないんですよ。時間旅行@tsumugu_asperge

この人は家計をすべて生活保護に頼っている独身女性と、結婚して配偶者のパートナーとして生きてる専業主婦が同じだというのである。まったくお話にならない。

赤の他人の家で働く家政婦が、家賃を払い食費を含め生活に必要な経費をすべて賄える賃金をもらっていたら、これは立派な勤労であると誰もが認めることだろう。それを妻と言う立場の人が同じことをやって夫の給料で家賃も食費も経費も賄うとなると単に夫に依存しているだけの自立していない女ということになるのは何故なのだ?前者の仕事が勤労なら後者の仕事も勤労である。単に家政婦と妻というタイトルの差があるだけだ。

どうもこれらのフェミニストたちは結婚というものを解っていない。結婚はビジネスと同じでパートナーシップだ。双方は分業をしているだけであり、どちらか片方がもう片方に依存しているというわけではない。

ビジネスパートナーで片方が顧客との契約を取ってきて会社の経理を担当し、もう片方が製品を作るという立場にあった場合、製品を作ってるほうが経理担当者に依存しているということにならないのと同じで、夫婦は給料をもらってくる夫と家事をやる妻という分業を行っているビジネスのようなものだ。もちろんビジネスと違って夫婦の場合は精神面でもお互いを助け合うという役目も担っているが。

納税に関しては、妻は夫の納税に家族として含まれている。だから妻が納税していないという書き方も性格ではない。

生活保護者は納税どころか自分が政府からお金を受け取る立場だ。そういう人たちと自立している主婦たちとは全く比べものにならない。フェミニストを自称する人たちが、主婦という多くの日本人女性が携わって居る立派な職業をここまで蔑視するのを見ていると、フェミニズムが日本で浸透しないのは当然と言えるかもしれない。


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政府からの経済支援を求めるしかない現代の情けないフェミニストたち

昨日に引き続いて、ツイッターで色々なコメントをもらったのでそれについてちょっと話たい。おさらいすると、

単身女性がスーパーウーマンじゃなくても、貧困に苦しまず生きていける社会になって欲しい。別に全女性が『結婚やパートナーと過ごす=幸せ』であるとは限らない、単身の方が過ごしやすい女性も居る、にも関わらず現状の女性支援は結婚出産子育てする女性前提のものばかりだ。

というツイートに私が、

少子化の日本で独身女性を支援したら、余計に結婚しない人が増えて少子化が進む。国の対策として結婚して子供を産む人を支援するのは当然だと思う。

と答えたのがきっかけで今までにないかなりの量のアンチコメントが殺到した。私がこれらのコメントを読んでいて情けないなあと思ったのは、「女性は就職でも賃金面でも差別されてるから貧困に追い込まれている、だから政府からの経済援助が必要なのだ。女性を貧困に追い込んで無理やり結婚させるべきではない」という意見だ。

結婚したくないと思う気持ちは勝手だが、では職場における男尊女卑を是正するためにフェミニスト及びあなたたちはどんな行動をとっているのかという質問に対しては、どうして女ばかりが抗議したり訴訟を起こしたりしなきゃならないんだ、そんなに頑張れる人ばかりじゃないという答えが返ってきた。それで私はちょっといたずらっ気を出して、こんなことをつぶやいてみた。

頑張れないならお嫁に行けば?いや、ジョークジョーク。私は日本の男尊女卑の職場や女はさっさと嫁に行け文化が嫌で日本を飛び出した人間だけどね、世の中そう甘くはないよ。アメリカだって学歴必要だし、常に技術を磨かないと置いて行かれる。自慢じゃないが一応がんばったつもりよ。

そしたら、あなたはたまたま行動力があっただけ、誰もが海外に行けるわけじゃないし、弱者の立場にたって思いやりというものを持つべきというような返事が返ってきた。無論「お嫁に行けば」発言は失礼だとのことだった。

いや、参ったね。職場で少しでも高い賃金をもらう努力もしない、不当な扱いを受けても抗議する気もない、お嫁に行くのも嫌だし、子育てもしたくない、でも貧困だから政府が支援金を出すべきだってのは虫の良すぎる話じゃないですか?

私が就職市場に出た昭和55年の時にくらべて今の日本の男尊女卑がそれより酷いとはとても考えられない。確かにあの頃は日本もバブルに入るちょっと前で景気はよかった。日本はその後就職氷河期があったり長年にわたる経済低迷で男性でもなかなか正規職に就けないなか、女性はもっと苦労したのだろう。

しかし、今より男尊女卑がずっと酷かった昭和初期の頃ですら、自営業始めたり、企業したり、芸事を教えたり、などで生計を立てていた女性達はいくらもいる。今でも人一倍努力してキャリアで成功してる女性達はたくさん居るだろう。政府が一部の人に支援金を払うということは、こうして努力してきた人たちが納税した税金を、その支援にあてがうということになる。

もちろんせっせと働いてきたのに病気をしたり、不況で会社がつぶれて失業したりといった自分ではどうしようもない不運に遭遇した人もいるだろう。私はそういう人たちを見捨てていいと言ってるわけではない。でも色々な事情で生活に困っているのは独身女性だけではない。だから独身女性のみを対象とした支援はおかしいと言ってるのだ。

それと生活保護というのは短期的には保護対象になった人を助けることになるが、長期的には決してその層のためにならない。それはアメリカの黒人層が何世代にもわたって生活保護を受けている実情を考えたら明白なはずだ。

仕事で頑張る気もない、かといって結婚も面倒くさい、と思ってる女性に生活保護などを与えたらどうなるか、外国の例などみなくてもわかるはず。また、経済的な理由で結婚しようかどうしようか迷っていた女性に支援金を渡したら、その人は結婚を選ばないだろう。そうやって社会のお荷物になる独身女性が増えることが果たして日本の将来に良いことなのだろうか?

私は一生独身で生きようと決めた人を蔑んでいるわけではない。個人の自由は尊重されるべきだ。しかしパートナーなしの生き方は女性だけでなく誰にとっても厳しいものなのは誰もが知る事実。そういう生き方を選んだなら、それなりの覚悟が必要なはず。その成れの果てが政府からの支援金をもらうなど恥かしくないのか?

だいたい男に頼りたくないと言ってる女性達が政府からの生活保護に依存しようなどと、全く情けない話ではないか?男なしで生きていくと決めたなら自立を押し通すべきでしょ。

それに結婚することが女性にとって自立にならないという考え方もおかしい。世の中は結婚している男性が自立していないなどと言わないだろう。だったら何故結婚してる女性は自立してることにはならないのだ?夫と一緒に二人三脚で生きていくことは女性にとっても立派な自立だと思うのだが?


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カトリック教会や妊婦救済センターへの暴力的攻撃が激増、プロライフ団体を潰せと唱える左翼議員たち

2021年1月6日の議事堂乱入事件について、トランプ前大統領が「平和的に行進しよう」と言ったことを、暴力を煽ったといって弾劾裁判にまで持ち込んだ民主党議会は、今起きているカトリック教会やプロライフ施設への暴力的な攻撃に関しては完全無視を決め込んでいる。それどころか民主党議員のエリザベス・ワレンなどは、妊婦救済センターは全部潰す必要があるとさえ言い、それを可能にする法律を発案中である。

最高裁判所がロウ対ウエイドを覆すという判事のメモが漏洩してから、中絶推進派のテロリスト達によるカトリック教会や妊婦センターへの攻撃は激増している。すでに全国で50以上の施設が落書きや器物破損といったものから放火に至るまで様々な被害をうけていることは以前にもお話した通りだ。

こちらのサイトでは教会への数々の攻撃を記録されている。去る7月2日と3日、ウイスコンシン州の四つの教会で器物破損が行われ中絶推進の落書きが残された。6月30日、オハイオ州の教会では放火により100万ドルの損害が出た。

先週も、ワシントン州のセントルイス教会で覆面姿の侵入者がガラスドアを破壊。この日曜日にもメリーランド州の聖ジェインフランシス教会が放火の標的となった。

「昨晩わが教会は破壊被害に遭いました。誰かが侵入したのです。彼らは銅像を倒し、十字架の台をは潰しました。彼らは神殿を冒涜し教会に火をつけようとしました。」とサミュエル・ギース神父は日曜日のマスの生配信で語った。マスは教会の火事による損害が大きかったため近くの体育館で行われた。

そして教会の壁や妊婦救済センターの壁にはジェーンズリベンジ(ジェーンの復讐)という過激派グループからの恐ろしいメッセージが書かれていた。「中絶が安全でないなら、お前たちも安全ではない」

しかし、リベラルメディアのスレートのオルムステッド記者は「これらの攻撃で怪我人も死人もでていない」と取り合わない。死人や怪我人が出てからでは遅いではないか!だいたいこういうことはどんどんエスカレートしていくものなのだ。フォックスニュースのオピニオン記事でアンドレア・ベイヤー記者は、もしこれがイスラム聖廟への攻撃だったら、スレートの記者はここまで無関心でいられるだろうかと語る。

1960年代に公民権運動の際に黒人教会が次々に放火され、中でも1963年、KKKメンバーの四人によるダイナマイト19本を使った爆破攻撃で四人の少女が死亡、22人が怪我を負った事件を上げている。このまま何もされずに攻撃がエスカレートすればいずれこのような悲劇が繰り返されることだろう。

ジョー・バイデン大統領は一応カトリック教徒を自称しているが、これらのおぞましい攻撃に対して本人の口からは何も声明を出していない。

ホワイトハウスからの声明は先週の木曜日副報道官のアンドリュー・ベイツ氏が大統領がサウジアラビアに行っている留守中にフォックスニュースのインタビューで、「大統領はこれらの報告について非常に心配している。宗教の場での放火や器物破損は断固糾弾する」言っただけである。しかもこれは放火があって一週間も経った後であり、大統領は未だに被害にあった教会を訪問していない。

さらなる攻撃に備えて教会や妊婦センターではカメラや警報装置を備えるなど警備を整えている。また、教会メンバーの現及び元警察官や退役軍人などによる警備員も増やして護衛にあたっている。

こうした攻撃をよそに、マサチューセッツ代表民主党エリザベス・ワレン上院議員は、プロライフの慈善団体がプランドペアレントフッドの振りをして偽情報を振りまく場合は、これらの施設を潰すことのできる法律を提案している。

以前にもお話したと思うが、妊婦救済センターは主に宗教団体が経営する慈善組織で、予期せぬ妊娠をした妊婦たちの妊娠中のケアや出産後のおしめやミルクなどの援助をする。場合によっては養子縁組の手配もしてくれる施設である。そんな素晴らしい施設を「国中で閉鎖させろ!」とワレン議員はわめいているのだ。

現在マサチューセッツでは中絶を求めて来る人々を騙す危機妊娠センターが中絶クリニックの三倍もあります。私たちはこれらをマサチューセッツで閉鎖させる必要があります。国中で閉鎖させる必要があります。

ワレンの提案はどのようなものかというと、中絶に関して間違った情報を流した場合10万ドルもしくは経営組織の50%の収入を罰金として支払うべきというもの。しかしどのような発言が禁止されているのかという規定はない。それでワレンは消費者への虚偽情報を監視している連邦政府商工会議所(the Federal Trade Commission)の権限で、中絶に関する偽情報を監視しろというのである。

ナショナルレビューの記者ジョン・マコーマックは、ワレンに禁止されるべき「偽情報」の例を上げてもらえないかと質問した。

ワレン:これらのセンターは最初から中絶を提供する施設ではないことをはっきりさせること。彼らは中絶を阻止するのが目的であり中絶サービスは提供しない。(略)もし彼らがプランドペアレントフッドの振りをしてPPの色やロゴを真似してあたかも中絶サービスを提供するかのようにするのは問題であると考える。

マコーマックはワレンと共著しているハワイのマジー・広野議員にも具体的に禁止されている情報とはなにかという質問をしたが、同議員からは、はっきりした答えを得られなかった。

広野:なんともいえませんね。

こういう、こうした妊娠なんたらセンターでは、中絶ではこんなことが起きるとか、間違ったことを言われたりします。そういったことです。

「妊娠した?助けが要りますか」とか「中絶を考えてますか?」といった広告は中絶を提供しないのであれば誤解を生む言い方です、解りませんが。言うことはそれだけです。

ワレンは救済センターのホームページに中絶はしないと明記してあれば(すでに多くがそう明記している)罰金から逃れられるのかという質問には答えなかった。具体的にどのような情報が偽情報と見なされて禁じられた言葉とされるのかを法律で明記しないのは伝統であり、これは監視する役所の管轄ということになると発案の共著者ブライアン・シュワーツ議員は言う。

しかしこのような言論の自由を迫害するような法律が合憲であるとはとても思えない。それにマコーマックは、よしんばこれが合憲として実際に法律になった場合、困るのは民主党の方なのではないかという。今後政権が共和党に変わって、共和党の役所がこの「偽情報」の判断をすることになった場合、プランドペアレントフッドが妊婦への様々な医療提供をすると広告しているにも関わらず、中絶以外のサービスを提供していないことは誤解を招く偽情報だと判断される可能性がある。PPの収入の50%が罰金として取られるなんてことになって困るのはPPから多額の献金をもらってる民主党たちのほうではないのか?

だいたいプロチョイスという名前からして「ミスリーディング」である。彼らは中絶以外の選択肢など認めないのだから。

それにPPのロゴの色を使うのも禁止などというのも馬鹿げているとマコーマックは言う。なぜならPPが使っている淡いピンクと青色は新生児の男女を表す色だからである。


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馬鹿フェミがトランスジェンダーに負ける理由、男が差し伸べる手を受け入れないから

先日歌手のマーシー・グレイが男は女になれないという常識的な発言をしたことで叩かれ、たったの三日で過激派にひれ伏してしまったという話をしたばかりだが、それについて保守派ポッドキャスターのマット・ウォルシが彼女をツイッターで批判したことから、トランスジェンダリズムについては勇気ある批判的な発言をしてきた作家のJ.K.ローリングとちょっとした口論になった。

マット:悪いがトランス活動家からの意地悪なコメントが怖くて「女性」の定義を公の場で放棄するような女性は、どんな批判を受けても仕方ない。こうなったのも、もとはと言えば、こういう骨なしの臆病心こそが原因なのだ。

J.K.ローリング:限りのない命や強姦の脅迫、生きる糧を失う脅迫、雇用主が標的にされ、直接嫌がらせをうけ、家族の住所がオンラインで晒され、爆弾作成のマニュアルが送りつけられてくるのは単なる「意地悪なコメント」なんかじゃない。この問題に立ち向かう女性達がどんな目にあってるか解らないなら、黙らっしゃい!

マット:私はあなたのこの件で見せた勇気には敬意を払います。しかしながら、トランス活動家の要求に簡単に折れて真実や事実を諦めてしてしまう人が多くいすぎます。このような臆病心こそがこの話の悪者なのです。彼らは責任を取るべきです。

ローリング:あなたの映画は性自認連中の意味をなさない理屈や危険な思想をうまく暴露したと思います。私が過去に尊敬していた組織がこの思想を無条件で受け入れてしまっています。しかしながら彼らへの抗議は私のやり方でやります。個々の女性を「臆病者」などと呼ぶのではなく。

マット:たしかに悪いのは彼ら(TRA)のほうです。私も壇上のない若い女性達がトランス暴徒らに攻撃されることには同情しています。しかしマーシー・グレイは有名な歌手です。彼女が折れてしまったことは特に残念だと思います。

とまあこんな具合だ。ツイッター上では多くの保守派がローリング女史に対して、マットはこの件に関して女性達の味方だ、トランスジェンダリズムとはあなたと共闘できる仲間だと告げたが、ローリング女史は断固としてマットの差し伸べた手を拒否した。

ローリング:(前略)私は「ターフを殴って殺せ」軍団にずっと立ち向かってきましたが、一度たりとも、この問題をフェミニズムが西洋文化で最悪の出来事だと思っているような男の手に委ねでようと思ったことはありません。

左翼の多くの女性達のように、私はあまりにも多くの自称リベラルが性自認運動の男尊女卑やそれが醸し出す女性や女児への脅威を黙認していることに絶望しています。ウォルシの映画が多くの左翼が怖がっていえないことを暴露したことは確かです。

しかし生物学的に女性が存在するという考え(加えて水が濡れているとか月がチーズで出来てるわけではないこととか)に同意できるからといって味方であるとは言えません。私は女性は女性特有の脅威に瀕し特異な必要性もあり、フェミニズムこそがその権利を守ることが出来ると信じます。

ウォルシはフェミニズムは腐っていると信じ、自分と同意しない女性を蔑むことを基本としています。彼は淡い色のピンクと青の旗に隠れて「黙れ、さもないとぶっとばすぞ」と言ってる連中と同じように私の仲間などではありません。

私は以前にも書いたと思うが、もともとローリング女史の左翼フェミニズム振りは嫌いだった。彼女は典型的な左翼馬鹿フェミであり、私と意見の合うことなど何一つなかった。しかし、TRAの脅迫に負けず女性の権利を守るという信念を貫き通しているという点に関してだけは敬意を払って来た。

マット・ウォルシもずっとそう言って来た。だがローリング女史はそれを認めることが出来ないのだ。女性の権利と安全を守るという信念よりも、男なんぞにフェミニズムを売り渡してなるものかというプライドの方が勝ってしまうのだ。なんと情けないことだろう。

これに対するマットの返答は右翼保守典型の紳士的なものだった。

私は過激派トランス軍団による女性や子供たちや現実への攻撃に立ち向かう人となら誰とでも一緒に戦う用意はできている。ローリングや多くのフェミニストたちはそれを拒否した。仕方ない。しかし二人の子供本ベストセラーの著者が協力できないのは残念だ。

私はいつかローリングが立ち止まって、彼女が何故この件を除いた全ての件でトランス活動家に同意できるのか考えてほしいと思う。彼らは基本的なところで同じ社会観を持っているのだ。だからこそフェミニズムはジェンダー概念を阻止することができなかったのだ。これは考える価値があると思う。

私は以前にトランスジェンダリズムは過激派フェミニズムの賜物であると書いたことがある。

最近よく耳にする英語にジェンダークリティカルというのがある。これはトランスジェンダリズム思想に批判的な考えを指す。おもしろいのは、これまで左翼リベラルを気取って来た過激派フェミニストたちが多少なりともジェンダークリティカルな意見を述べると、右翼アジェンダの回し者とか、裏切り者とか、右翼保守の人がトランス批判するより叩かれてしまう。だいたいからしてターフなどという侮蔑語もトランス排除的過激派フェミニストという意味だ。しかしながら、私から言わせるとトランスジェンダリズムを生み出したのは、まさに過激派フェミニストなのではないかと思うのだ。なにしろ男女の違いは社会構造だと言い出したのは過激派フェミニストたちなのだから。(略)

ところが過激派フェミニストたちはそうした性的な傾向を無視して、男に出来ることは女にも出来る。男女の能力に差はないと主張してきた。だから、ある種の分野に女性の数が少ないのは女性が差別されているからだと決めつけた。もし男女の能力に全く差がないのであれば、結果の差は差別からくるものだと結論づけられる。男女の差は単に社会構造なのだとすることは過激派フェミニストにとっては非常に都合の良いものだったのだ。

生物学者が男女の脳の働き方には違いがあるなどという話を始めれば、それは男女差別につながるとして、そうした言論を弾圧するフェミニストたちもいた。男女の肉体的能力差を指摘することすらミソジニーだと責め立てていた。

もし男女の差が肉体的能力や適応性の差ではなく単に社会構造によるものだとすれば、男性と女性が入れ替われるという理屈はそれほど非常識なものではない。むしろ自然な成り行きだと思える。男女の差は社会構造だと言い続けて来たフェミニストたちにはその理屈を使って、だから男も女になれる、というトランスジェンダリズムに反論するのは難しい。(2019年 苺畑カカシ)

女性の権利を守るためには、一部の女たちだけが騒いでいてもダメなのだ。多くの男性が女性達の言い分にも一理あると同意し女性を差別するのは不当だと納得しなければ男性が牛耳る社会を変えていくことなどできない。奴隷制度が終ったのも、不公平な黒人差別が公民権運動で撤廃されたのも、多数派の白人たちが、これらの差別は不当だと考えたからこそ実現できたことなのだ。

圧倒的な力を持つ支配階級が弱体な少数派に迎合する必要がどこにある?自分らの権限を守ることだけが目的なら少数派など徹底的に弾圧すれば済むことだ。それなのに何故白人は組織的な黒人差別を止めたのだ?戦争をして貴重な白人の血を流してまで奴隷制度を廃止したのは何故なのだ?男たちは何故女たちを平等に扱おうなどと思ったのだ?

それは多数派の間で少数派を虐待することは道徳的に正しくないと思う人が存在したからだ。

フェミニズムが腐敗して常に失敗する理由は、自分らの作り上げた右翼保守や男たちへの偏見を捨てきれないからだ。それで本来なら力強い味方となってくれるひとたちが差し伸べた手を拒絶するからだ。

一部の過激派フェミニストたちはマットや他の右翼保守たちがTRAに立ち向かい始めると、「私たちの方がずっと前から抗議してたのに、途中から来て運動をのっとらないでよ」とバカなことを言い出す。あんたらこの戦いに勝ちたいの?それとも活動家の間の勢力争いにしか興味がないの?

私もマットと同意見。もしもフェミニストたちがトランスジェンダリズムと本気で戦う気があるなら、協力者として拒否はしない。だが、左翼フェミであることのほうが女性の権利を守ることより大事だというなら、あんたたちとトランスアライたちと大した違いはない。

マットの言う通り、ローリング女史及びジェンダークリティカルの女性達は、女性の権利や安全を守ろうとしない左翼フェミニズムにこそ問題があるのだと、いい加減気が付くべきなのではないか?


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