テキサス州、未成年のホルモン治療を禁止

最近テキサスを含むいくつかの州でトランスジェンダーに関する新しい法案が提案されている。先日ツイッターでこんなビデオが回ってきた。ビデオには日本語字幕がついているので全部観たい人はそちらを参照のこと。最初の部分だけ文字起こしをしてみた。強調はカカシ。

ナレーション:トランスジェンダーの10歳の少女カイ・シャプリーが米テキサス州で提出された法案を痛烈に批判。同法案は子供の性適合のケアを受けさせる保護者を児童虐待で罰する。

「こんにちは、私の名前はケイ・シャプリ―、バレエと算数と科学が地質学が大好きです。開いた時間は猫やニワトリたちと過ごしたり、友達とフェイスタイムで話ます。いつかドーリー・パートンに会えるのを楽しみにしています。大人に正しい選択をお願いするのは好きではありません。

私は3~4歳の時から自分のことを説明しなければならなかった。テキサス州議員たちは私が幼稚園に入る前から私を攻撃してきました。私は今小学校4年生です。トランスジェンダーの若者を狙った法案を聞くと怒りを感じます。とても怖くてうちのめされそうになる。私のようなトランスジェンダーの子供を使って私の存在を嫌う人々から票をえようとする政治家がいるのは悲しいです。神が私を創りました。神はありのままの私を愛し過ちを犯しません。弱い者への接し方を気を付けるべきです。お願いだから話を聞いてください。そして自分を教育して皆を理解しようとしてください。

ママは私を守るためにすべてを尽くしてくれている。あなたたちが考えた新しい法案のせいで私たちはお互いを擁護しなければならない。あなたたちは素晴らしい母と素晴らしい看護師を危機に追い詰めている。ママは私と兄弟の世話をするために看護師免許が必要です。いじめはよくありません。やめてください。悪い選択はしないでください。まだ撤回できます。」

ケイ・シャプリ―ちゃんはまだ10歳だが、非常にはきはきとしていて顔も可愛いので、トランス活動などより子役でもやった方がいいのではないかと思うほどだ。彼が言ってることは周りの大人たちからの受け売りなので彼を責めるつもりは毛頭ない。この年ごろの子供は親を喜ばせたいと思うものだから、親の言いなりになっても仕方ないからだ。

テキサスの法律は「子供の性適合のケアを受けさせる保護者を児童虐待で罰する」法律ではなく、未成年に異性ホルモンや第二次性徴期を阻止するホルモン接種を投与してはならないというもので、保護者がそれをした場合には幼児虐待で罰せられるというもの。これらのホルモンは子供の正常な発育を阻止し生殖機能を失わせる恐ろしい薬物である。10歳のケイちゃんにはこれらの薬物が彼の身体にどれだけの悪影響を与えるか理解できないのは仕方ない。だからこそ周りの大人たちが子供にそんなものが与えられないように守ってやるべきなのであり、酷い副作用が解っている薬物をあえて子供に投与しようなどという大人は罰せられてしかるべきである。

何度も書いているように、幼児のトランスジェンダー妄想は思春期を超えると90%近い子供たちの脳裏から自然に消えてしまう。つまり第二次性徴こそが幼児性トランスジェンダーの特効薬なのだ。もし他の小児性の病気で90%の完治率のある治療が存在したら、責任ある親なら誰もが飛びつくはずだ。それをせずに、副作用が多大にあり、不可逆的で危険な薬物をあえて幼児に投与する親とはいったいどんな親なのだ?性同一障害の子供に一番必要なのは、自分の性などに拘らずに、先ず大人になることだけを考えるように両親が応援してあげることにある。それこそありのままの自分を受け入れなさいと教育すべきなのだ。

ところで上記のケイちゃんの証言には二つ問題点がある。まず3歳や4歳の子供が自分の性別について他人に説明する必要がどこにあるのだろうか?3歳や4歳の子供は自分の性別になど興味がない。どんな遊びを誰とするか、どんなお菓子が好きか、お弁当はなんだろう、程度のことしか考えてない。だいたいこの年齢では男の子や女の子のステレオタイプなど理解していないだろうから、たとえ男の子が女の子っぽい遊びを好んだとしても、だから自分は女の子ななんだなどと思う子はいないはずだ。周りの大人たちからの入知恵でもない限りは。

またケイちゃんは神は過ちを犯さないと言っているが、だとしたら神が自分を男の子として作ったことも過ちではないと考えるべきなのだが、そこはまだ10歳。この理屈の矛盾が理解できないようだ。

ともかくテキサス州がこのような法律を通してくれると言うのは非常に良いことである。子供は直に成長させてあげてほしい。親の勝手な思い込みで子供を虐待しないでもらいたい。


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女子スポーツにトランスジェンダーの未来はあるのか?

本日は女子スポーツにおけるトランスジェンダーの立ち位置についてワシントンポストの記事から読んでみたい。現在オリンピックでは、自称女の男子選手が女子スポーツに参加するためには、男性ホルモンであるテスタストロンの数値を女子と同程度に一年以上保ってきた男子に限るという規定がある。私は二次性徴期を超えた成人男子のテスタストロン数値などいくら低くしても女子と平等に競争など出来ないと考えているが、トランス活動家たちはその条件すらもトランス選手に対して不公平だという主張をしている。

先日国際女子スポーツデイに、1972年に女子スポーツの地位向上のためにタイトルIXという規則を設立した女性達が中心となって女子スポーツ方針研究会(the Women’s Sports Policy Working Group)が、どのようにトランス選手を女子競技に参加させるかという妥協案を提出した。その案とは、高校生以上の競技において男子が女子競技に参加するためにはテスタストロン数値を一定に一年以上保っている男子に限り、それが出来てないトランス選手は別枠の競技に参加すべきというもの。これは、男子はどんな場合でも女子競技には参加できないという意見と、トランス女は無条件で女子競技に参加すべきという二つの意見の妥協案として出された苦肉の策である。私から言わせれば、そんな妥協策は全く意味がないと思うが、それでもトランス活動家たちからは、この提案ですらトランスフォビックだという苦情が殺到している。

しかし活動家の一部はこの提案は良識あるものとしながらも、研究会の女性達はこの方針が何百というトランスジェンダー選手の人生にどのような影響を及ぼすか真剣に考えているのだろうかと疑問を提じていると言う。

ちょっと待った!それをいうなら全国各地の何万という女子選手にどのような影響を及ぼすかを考えるのが先決なのでは?私個人としてはこの研究会の妥協案はナンセンスだと思う。こんなことをしてみてもトランス活動家から女子スポーツを救うことは出来ない。活動家とは一歩でも妥協すればすべてを取られてしまう。

実は私は知らなかったのだが、2010年からすでに大学生の女子競技に男子が参加するためには前記の条件を満たす必要があった。しかし高校生選手はホルモン治療を未成年に施すのは健康に害があると言う理由で社会的に女子として暮らし始めれば女子競技に参加できるということになっていた。(信じられない!)つまり今回の妥協案は高校生でも成人男子と同じ規則を当てはめるべきだというものだ。

しかしこれらの規則は州によって施行の仕方がまちまちである。今現在、最近新しく加わった四つの州を含め12の州でトランス参加は全面的に禁じられている。九つの州で無方針、そして19の州で無制限となっている。無制限ということは男子が自分が女子だと言い張れば女子競技に参加できるという意味だ。10年も前からこんな状態だったのに、今まで特に問題になってこなかった理由は、トランス選手の数はごく僅かであり、参加者がいたとしても上位成績を上げる自称女の男子が居なかったせいだろう。

だが数年前、コネティカット州で二人の男子が女子競技で何種目も出一位二位を独占するという事態が生じ、この問題は一気に水面上に浮上した。そのうちの一人テリー・ミラーは男子として陸上競技に参加していた時は上位競技に参加できないほど成績の悪い三流選手だったが、2018年に女だとカムアウトした途端にコ州の5つの選手権で優勝。次の年には州内選手権四つ、ニューイングランド選手権で二つ優勝という快挙?を遂げた。このことで入賞を拒まれた三人の女子選手たちが州を相手取って訴訟を起こしたことは、拙ブログでも紹介した通りだ。

テキサスサウスウエスタン医学大学の心臓学専門ベンジャミン・レビーン教授によれば、第二次性徴期を通過した男子が女子よりも運動能力が優越であることは疑いのない事実だと語る。この時期男子は女子よりも背が伸び骨格や筋肉密度が増え心臓も大きくなる。ま、いまさら専門家にそんなことを言われなくても、思春期を過ぎた男性が肉体的に女性より優れていることは誰もが知っている常識だ。だからこそスポーツは男女に分かれているのだ。

さて、これに対して活動家がどのような反論をしているのか、ツイッターで井谷さんと言う人が要約してくれているので引用させてもらおう。「このトランス選手に関する記事は、色々重要な点を挙げている。あえて3点選ぶとすれば:テストステロンに関連する「身体的優位性」を強調する人は、」

  1. トランスの若者が日々経験する社会的不利性を考慮していない(スポーツはホルモンだけの勝負ではない)
  2. トランスの女子選手が活躍したことでシスジェンダー女子選手がスポーツ奨学金やスポーツする機会を失ったケースは報告されいない(逆にコネチカットで活躍したMillerもYearwoodも大学に進むためのスポーツ奨学金を得ていないし、二人とも高校卒業後は陸上もやめてしまった)。
  3. 肯定的なトランスケアについての研究は、医学的トランジションを始める前に、一定期間性自認に従った性別で社会的に生活することでメンタルヘルスの問題を大幅に軽減できること、その中で社会から性自認を否定されないことが重要であることを示している。

ところで別の研究で、成人した男子のテスタストロン分泌を下げてみても女性と平等に競争できるほど運動能力が衰えるという確固たる結論は出ていない。男性同士で競争した場合にはテスタストロンレベルが低くなれば明らかに不利ではあるが、女子と競争した場合はすでに二次性徴期で得た優位性を取り除くことは出来ないからだ。反対派はいみじくもスポーツはホルモンだけの勝負ではないと言っているが、今現在のホルモン分泌量が問題なのではなく、ホルモンが個人の成長にどのように役に立ってきたかが問題なのである。

さて、この三つの反論には大きな問題がある。

先ず第一に、トランス若者に関わらず、若者はそれぞれ家庭環境や経済環境など別々の環境に置かれている。家が裕福で通う学校には施設も整っており優秀なコーチもいる家庭もあれば、地方出身であるものは自分と運動靴のみという子供もいるだろう。オリンピックなどアフリカの荒野で走ってるだけの選手とエリート教育を受けた西欧の選手とが真っ向からぶつかり合って優勝したりしている。背景がどうあれ、能力のある選手が公平な場所で競争するのがスポーツのだいご味というものではないのか?そんなことまでが競争の考慮に入れられたらスポーツなんか何の意味もなくなる。

第二に、今のところトランス選手が女子の奨学金を奪ったケースはないというだけで、今後何の制限もなく男子が女子競技に参加できるとなれば、学力で大学に行かれない三流男子が女子として奨学金をもらって大学に行く可能性は出てくる。今がどうのこうのではなく、今後のことを考えるべきなのだ。

第三は、トランスケアと女子スポーツとどういう関係があるというのか、トランスジェンダーの精神治療などに女子スポーツが付き合わされる言われはない。どこか他所でやってもらいたい。

考えても見てほしい。トランスジェンダー活動家たちは二次性徴期を通過した男子をそのまま女子スポーツに参加させろと主張しているのだ。以前にアメリカのオリンピックサッカーチームが高校生男子チームに惨敗したという話がある。一流エリート選手を簡単に負かすことが出来る男子選手をそのまま女子と競争させることがどれほど不公平であるか、そんなことを今更議論しなければならないことの方が異常だ。

だから何度も言っている通り、トランス活動家との妥協などありえない。トランスジェンダーを女子スポーツに受け入れるのか入れないのか、答えは二つに一つしかないのだ。

本題はトランスジェンダースポーツの未来ではなく、女子スポーツの未来がどうなるのか、我々は選ばなければならないのだ。


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ありのままの自分でいいなら何故性別に拘るの?矛盾する性別拒否運動家の理屈

最近こんな記事を見つけた。FTM・ゲイのあるべき姿なんてない。髪型も服装も内面もぜんぶ自由でいい。彼女は幼い頃から女の子という枠には当てはまらない子だった。おもちゃは男の子ものがすきだった。男子に魅力は感じるものの、中身ではなく見かけの可愛さだけで評価されるのが嫌だった。女の子という着ぐるみを剥ぎたかったと言う。だからなに?こんなこと記事にする価値あるの?というのが私の感想。

先日もツイッターでこんなのも読んだ。

「なぜ、LGBTQ +の人たちの多くが”普通”という言葉を嫌うのか それは、これまで散々”普通”という固定概念に社会から縛られ、”異常”だと認識されることを恐れて生きてきたから。 “女の子なんだから” “普通はこうであるべきだよ” “変だよ” などと、くだらない普通という概念で傷つけられてきた。」水無瀬 新@arata_minase

この人たちに共通してる点は自分たちの体験が特別だと思い込んでいることだ。

確かに女性だからこうでなくてはならないとか、女性は容姿で判断してもよいといった偏見は女性に対し正当ではない。だがそうした偏見はLGBTQ+の人たちのみに向けられる偏見ではない。それ以上に社会が決めたステレオタイプに当てはまらないから自分はその属性に属さないのだという考え方のほうが、かえって社会が決めたステレオタイプを強化することになる。

私は思春期に自分が女性として成長していくことに違和感を持っていた。自分の身体は軟弱で情けないと思った。小学校の頃は同世代の子たちより背が高く肩幅も広かったので、よく男の子に間違えられた。そしてそのことに少なからぬ優越感を持っていたのに、思春期になったらどんどん女性の身体に変わっていくのが嫌だった。自我に目覚め始めた思春期では男の子に憧れるあまり、自分が男の子だったらよかったのにと思ったことは何度もあった。

この頃の私は自分が嫌いだった。女の子だからどうのこうのということではなく、自分には全く価値がないと思い始めていたのだ。大人になった今から思えば、自我に目覚めたばかりの子供に社会的価値などまだあるはずがない。そのことに気付ければよかったのだが、そこが子供。そこまではまだ考えが回らない。それでかなりの鬱状態になり、拒食症になって自殺願望が強まった。

しかし幸運なことに私が育ったのは昭和時代。いまみたいにLGBTなんておかしな概念に子供たちが犯されていない時代だ。そしてさらに幸運なことに私はかなり精神力があったらしく、年と共にそんな気持ちも薄れ健康な高校生へと成長した。もし私が今の時代に中学生だったら、どんな恐ろしい考えに感化されていたか考えただけでも恐ろしい。

ところで先のツイッターを書いた人はまだ高校2年生だとプロフィールに書かれていた。だから自分に起きてることが特別なんだと思い込んでもしかたない年齢かもしれない。だからこそよけいに変な考えにきを惑わされずに「普通でないからなんだって言うの?私は私よ、文句ある?」と言い返せるくらい強くなってほしい。そうすればトランスジェンダーになんかならなくても済むんだから。


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何故アンティファには自称トランスジェンダーが多いのか

アンティファをずっと追っている独立ジャーナリストのアンティ―・ノーは、逮捕されたアンティファメンバーの逮捕時の顔をツイートで公表している。下記などは典型だ。

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聡明なる読者諸氏はもうお気づきだろうが、ほとんどが白人であることと、変な化粧をした男たちが結構いるということだ。先日も、幼児への第二次性徴を阻止するホルモン投与に反対するサインを掲げていた男性がアンティファメンバーに襲われ腕を折るという事件が発生した。男性は以前にもアンティファから襲われたことがあり、その時は反撃して反対に逮捕されたので今回は反撃しなかったと言っていた。実際にアンティファメンバーとして逮捕された人間のなかにはやたらにトランスジェンダーを名乗る人間が多い。特に女性から男性ではなく、男性なのに女性を自認しているという男たちが非常に多いのだ。いったいアンティファとトランスジェンダーとはどういう関係にあるのだろうか?

最近の欧米ではデイブ・ルービンのいう犠牲者競争が行われている。差別の対象となっているとか、世の中で犠牲者とされている少数派になればなるほど犠牲者度合いは高く評価され社会的地位が上がるのである。生まれながらにして被差別対象になっているとされる少数民族である黒人やラテン系、女性などは犠牲者度合いが必然的に高くなるが、最近は同性愛者の度合いも高い。少数民族でもなぜか東洋人やユダヤ系はこの度合いはかなり低い。しかし何と言っても犠牲者度合いが一番低いのは白人で異性愛者の男性である。彼らは生まれながらに「特権階級」であり、性嗜好も多数派だから差別の対象にはなり得ないという理屈からだ。そんな白人異性愛男性が被差別者となるためには、なにかしら新しいカテゴリーを作る必要があった。その恰好の手段がトランスジェンダー概念である。トランスジェンダーは生まれながらの属性とは無関係だし、同性愛者と違って性嗜好も変える必要がない。単に本人が女性と自認していると言いさえすれば、実際に彼が少数派に所属しているかどうかは関係なく突如として犠牲者トーテンポールの最下位から最上位に登れるのである。こんな便利な概念が他にあるだろうか?

アンティファとトランスジェンダーの共通点は、相手の言うことをまるで聞かず、自分の要求を全面的に相手に強要するという点だ。自分を反ファシストとかトランスジェンダーだと名乗りさえすれば、どんな横暴をも押し通せるとなったら、厚化粧も女装もなんのそのである。

常識ある人々は以前から男性体の人間を女性空間に入れてはならないと強く言ってきた。当初は我々一般人には女装男性が実際にトランスジェンダーなのかただの女装変態痴漢男なのかわからないからだという意見だった。しかし私はもうだいぶ前から女装してまで女装空間に入ってくるような人は大半が変態で痴漢目当てだと確信するようになった。少しでもトランスジェンダーの要求に疑問を呈する女性に対し性的で暴力的な罵倒を浴びせかける自称トランスジェンダーたちを見ていると、トランスジェンダーを名乗るほとんどの男たちは性同一性障害に病む人々ではなく、単に女を弾圧したいだけのただの変態だと思うようになった。


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トランスジェンダー正常化への第一歩、同性婚の合法化

あ~あ、ついに日本にもこの忌まわしい時が来てしまったか。日本でも同性婚を巡って既存の憲法が同性婚を禁じているかどうかを裁く裁判の第一審判決が明日行われるという。私はアメリカの同性婚裁判の頃からずっと口を酸っぱくして言ってきたが、同性婚は文明社会を破壊する。もし日本が欧米での間違いから学んでくれるのなら、どうか日本では同性婚を合法にしないでいただきたい。

同性婚推進者は常に「同性同士が結婚したからと言ってあなたがたの生活にどんな支障を来すと言うのか」と言い続けてきた。その時我々反対派は、同性婚を認めれば他の形の結婚も認めなければならなくなる、これはスリッパリースロープ(滑りやすい坂)だ。と反論してきた。スリッパリースロープとは日本風に言うなら「堰が切れたように」とでも意訳することができるだろうか。つまり一度堰が切れた後水がどっと流れ込んでくるように、一夫一婦制に例外を作ったら他のものもなだれ込んでくるという意味。当時の我々は同性婚を認めたら一夫多妻婚や近親婚といった違う形の結婚も認めざるおえなくなるのではないかと心配していた。しかし、実際に起きたのはトランスジェンダーの正常化というもっと悪質で危険なものだった。

アイルランドやカナダ住まいの邦人達から聞いた話では、トランス活動家は同性婚というLGB界隈の人々がほぼ全面的に同意できる法案に隠して性自認の許容に関する法律も通してしまったという。アメリカでも平等法に差別の対象にしてはならないという項目に性自認という項目がこっそり加えられ、その法律案が下院を通っている。同性婚とトランスジェンダーとどういう関係があるのか私にも理解できないのだが、同性婚の次はトランスジェンダーの正常化だということは、欧米の例を見ていれば明らかである。

さて、それでは日本版ハフポストに掲載された同性婚裁判の詳細から読んでみた。この裁判の争点は二つある。

  1. 同性同士が結婚出来ない法律は結婚の自由や差別禁止を定めた憲法に違反する。
  2. 「結婚の自由」や「法の下の平等」を定めた憲法に違反する法律を、国が放置しているのは違法である。

これについては以前にも書いたので興味のある方はそちらを読んでいただきたいのだが、私は当時このように結論付けた。

原告側の主張は憲法にどう書かれていたとしても、当初の想定がどのようなものであったとしても、同性結婚を含まない解釈は時代おくれだから解釈を変えるべきなのだ、そうしないのは違憲なのだというもの。

しかしだったら何故同性婚推進者は憲法そのものが時代おくれなのだから憲法改正をすべきだと主張しないのだろうか?何故わざわざプレッツエルのように条文をねじ負けて解釈させようとするのか?

その答えは簡単だ。憲法改正となれば議会での議論が必要。そのためには一般国民の支持と理解も必要。多くの人が同性婚の是非について語り始めれば多くの人が反対意見にも耳を傾けることになり、ホモフォブ!レイシスト!と騒いでるだけでは国民を納得させることなど出来なくなるからだ。

同性婚推進者に確固たる理念があるならまだしも、単に「時代遅れだから」「欧米ではやってるから」というだけでは憲法改正は望めない。

その点訴訟をおこせば、同性婚の合法性を決めるのは裁判官だけ。リベラルな判事にかかれば国民の意志など完全無視であっという間に同性婚が合法になる。推進者たちの狙いはここにある。

同性婚の合法化によって性という定義があいまいになってしまった欧米の恐ろしい間違いから日本もぜひ学んでほしい。裁判による同性婚の合法化は反則だ。どうか裁判所は正しい判決を出してくれますように。


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日本が安易に選択的夫婦別姓を認めてはいけない理由

アメリカでは選挙の度に、新しい法案に賛成するか反対するかという項目がいくつか提出される。選挙案内にその法案の簡単な要約があるが、とくにその内容に興味がなかったり、知らなかった場合には、その法案に賛成するしないの判断は難しい。しかしそういう場合、誰がその提案を支持しているかを見ることで結構正しい判断が出来ることがある。例えば教員労働組合が支持しているというのと、全国ライフル協会が支持しているというのでは、かなり違うものであるというのは自ずと解る。

さて、今日本では選択的夫婦別姓という法案が出されているという。推進者の理屈は、女性でもキャリアを求める人が多くなった今、結婚のせいで苗字が変わると仕事に差し支えるといったものだ。確かに公式に名前を変えるというのは色々面倒だ。特にすでにキャリアを積んできた中年男女の場合は色々大変だ。それで名前は変えたい人だけが変えればいいという制度にしようじゃないかという考えは同意できないでもない。アメリカでは選択制で特に支障はおきていないし。

しかし本当にそうなのだろうか?この問題はそんなに簡単なことなのか?

実は本日ツイッターでリッキー・エルウッドさんという人が、こんなことを言ってるのを読んだ。

私は憲法9条の改正、そして憲法への自衛隊の明記を願っています。ところが日本にはこれに頑強に反対する左翼の政治家達がおり、私はそんな彼らの政治行動には「彼らは本当に日本の為を思ってやっているのか」と常々疑問を持っています。で、先日この(辻本清美の)ビデオを見る機会があり、突然気づいたのです。

「『選択的夫婦別姓』を推進しているのは憲法改正に反対し、自衛隊を排斥し、安倍総理を追い落とそうとしていたのと同じ政治家達ではないか!」という事実にです。これは私にとって選択的夫婦別姓に反対するに充分な根拠となります。

私は選択的夫婦別姓の事をよく知りません。「一体何の話だろう?」と思っていた程です。でも心は決まりました。私は『選択的夫婦別姓』推進に反対です。理由は「かつて天皇家に対して悪し様な言辞を使い、今も憲法改正に反対して国力弱体化に努めているが如き左翼政治家がにこやかな表情を浮かべて甘い言葉を使って推進する法律が日本の為になる訳が無いから」です。

これは非常に大事なことだ。普段から日本を左翼社会に推し進めようとしている人たちが強く推すアジェンダが、社会主義を望まない人たちにとって良い結果を生むとは信じがたい。なにか裏に隠された動機があるのではないかと疑ってかかるべきである。

左翼活動家は常に最終目的を明確にせずに、一見無害で誰もが同意できそうな発案をしてくる。そしてそれに疑問を提示する相手に対して「それは被害妄想だ、そんなことは起き得ない」と言って片付けようとする。辻元氏は諸外国の例を出してこれらの国々で家族は壊れていないと言い張る。だから日本でも大丈夫という理屈を通している。

だが選択的夫婦別姓制度のある国々の家族は本当に大丈夫なのか?先ず欧米では結婚をする人の数が極度に減っている。私が拙ブログで2012年に紹介したこの記事から読んでみよう。

先日ニューヨークタイムスの30歳未満の女性の出産のほとんどが婚外で起きているという記事を読んで唖然としてしまった。アメリカでは過去50年間未婚女性の出産が増えて来てはいたが、ついに今年、30歳未満の女性の間では、出産の半分以上が婚外出産となってしまった。

一時は結婚外出産といえば、貧困層や少数民族の女性と相場は決まっていたのだが、最近は中流の女性の間でもめずらしくない現象となった。未婚の母の率が一番増えたのは20代の白人女性で、短大卒以下がほとんど。女性全体では2009年の出産の59%と、かろうじて過半数が結婚内の出産。しかし出産の2/3が30未満の女性によるものなので、世代が代わるにつれこの数は増えるものと想定される。

これは8年前の記事なので、今はもっとすごいことになっているだろう。それから忘れてはならないのはアメリカ社会の離婚率。アメリカでは平均して10組に一組は離婚する。人によっては何度も結婚しては離婚するので、そのたびに名前を変えていたら大変だ。

アメリカのこの状況になったのは選択的夫婦別姓が原因だとは言わないが、選択的夫婦別姓を抵抗なく受け入れられるようになったのは、こうした家族の崩壊という背景があったからなのではないだろうか?日本がそういう社会の真似をすることが、日本にとってどう良い結果をもたらすというのか私には理解できない。

だいたいこういうことに、元々社会制度の違う諸外国の風習を持ち出すのはおかしくないか?日本にはアメリカなどにはない戸籍制度というものがある。日本人は結婚を家族間の契約として考えてきた。だから女性は嫁入りし男性なら婿入りすることで、他人が家族の一員となってきたのだ。苗字を変えるということは、その人間がその家族の一員となる象徴なのだ。

家族の一員になったのに名前が変わらなければ、戸籍制度そのものにも支障をきたすのではないだろうか?待てよ、もしかするとそれが狙いか?そういえば最近、戸籍制度を撤廃しようという動きがある。私の感覚では夫婦別姓と戸籍制度撤廃は並行して行われているように見えるがどうだろうか?

これと共に同性婚やパートナシップ条令なども含むと、左翼活動家たちの真の目的がはっきりしてくる。彼らの真の目的とは、

それは日本の家族制度を破壊することだ!

これは洋の東西を問わず、社会主義国家が常に目指すことだ。独裁社会にとって家族という単位ほど面倒なものはない。家族の絆が強ければ、国民は政府ではなく家族を先ず第一に考える。だから彼らは常に家族制度の破壊を試みるのだ。

夫婦別姓など特に問題はないと考えるかもしれない、自分はそんな選択はしないから自分には関係ないと思うかもしれない。だが、彼らの運動はそこで終らないはない。これは単なる布石にすぎないのだ。それが解れば、そう安易にこの案には同意できないのではないだろうか?


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アメリカの平等法は女性を抹消する

本日のバビロンビーのパロディーニュース。「中東ではバイデン空爆を避けるために、人々は家の玄関をトランスジェンダー色に塗り替えている」

まあ冗談は別として、バイデン政権と民主党のやっていることは滅茶苦茶だ。武漢ウイルスパンデミックでアメリカの経済は破綻状態。ワクチン配布もそんなに進んでいないし、公約のはずの国民への救済金も本当に配給されるのかどうかさえ怪しい状態。そんななかでシリアを攻撃したり、失業者を増やすだけの最低賃金を時給15ドルに引き上げるとか、本当にこの政権はアメリカをどうしたいんだ?

先日、民主党が多数議席を握る下院が新しく平等法なるものを可決した前回もお話したように、この平等法とは名前とは全く逆で非常に危険な法律だ。

この平等法, というのは1964年に通った公民権法(Civil Rights Act)の延長で、人種や国籍や性別によって住宅や就職の際に差別されてはならないというものに、さらに性嗜好と性自認を加えたものだ。アメリカでは同性愛は違法ではない。すでにアメリカでは雇用機会均等委員会(Equal Employment Opportunity Commission)が、性嗜好による差別を公式に禁じている。今のアメリカで同性愛者が職場で差別されるなんてことは先ず考えられない。ではいったいどうして今更こんな法律が必要なのか?

これは言わずと知れたトランスジェンダー概念の全面的許容が目的だ。

バイデン政権はやたらとトランスジェンダー思想を国民に押し付けている。同政権の保険省副長官候補のレイチェル・レビーンは自らもトランスジェンダーの女性自認男である。しかもこの女装変態男は思春期前の児童への性転換「治療」を推進している人間だ。先日上院議会での質疑応答でランド・ポール上院議員から「第二次性徴を阻止するブロッカーの投与を推進するか」という質問に、するともしないとも答えず、これは複雑な問題で云々と言葉を濁していた。

In this May 29, 2020, file photo, Pennsylvania Secretary of Health Dr. Rachel Levine meets with the media at the Pennsylvania Emergency Management Agency (PEMA) headquarters in Harrisburg, Pa. President-elect Joe Biden has tapped Levine to be his assistant secretary of health, leaving her poised to become the first openly transgender federal official to be confirmed by the U.S. Senate.

レイチェル・レビーン保険省副長官候補

幼児の成長期阻止ホルモンを推進するような人間を保険省の副長官に指名するようなバイデン政権。いったい彼らの狙いは何なのか。

何々を差別してはならない、という法律は一見して何の問題もないように思える。今の世の中で同性愛者だということがばれたら会社を首になるとか、出世できないとかいうことはないだろう。同性愛者であろうと男女の性が変わるわけではない。男は男用施設を使い、女は女用施設を使えばいい。彼・彼女たちが私生活で誰と付き合おうと他人の知ったことではない。

だがトランスジェンダーはそういうわけにはいかない。

だいたいトランスジェンダー差別とはなにを意味するのか。それをはっきりさせるには、そもそもトランスジェンダーとは何なのかを先ずはっきり定義する必要がある。

もし、トランスジェンダーの定義が、性同一性障害を病む人で医師の監督の元、性適合手術を受けて戸籍まで異性に転換したひと、というものであればまだ納得も行くが、単に自分が異性だと思っているだけで、特に異性らしく見せようという努力など全くしていない人も含まれるとなると、話は別である。

私はツイッターなどでトランスジェンダーの定義を説明してほしいとトランス活動家の人たちに何度もお願いしたが、それぞれ定義が曖昧過ぎていったいトランスとは何を指すのか私には未だに理解できないでいる。

よしんばトランスの定義がはっきりしたとして、トランス差別とは何を指すのであろうか?トランスジェンダーを理由に雇用しないというのは差別だというのは一見道理が通っているようだが、それも時と場合による。また、トランスジェンダーを本人が主張する性別で扱わなければ差別だということになるとなれば、大問題が起きる。

例えば雇用に関しても、トランスを主張する女装男がレイプセンターのカウンセラーに応募したらどうなるのか。性犯罪者の中には強姦の話を聞いて喜ぶ変態が結構いる。そういう変質者が女装してトランスだと言い張ってこのようなカウンセリングの仕事をやりたがったらどうするのか。男性に虐待された女性が女装男に自分のおぞましい体験談など相談できとは思えない。それでもトランスを雇わなければ差別なのか?

雇用だけではない。すでにイギリスやカナダやアメリカでも起きているように、性犯罪を犯した男性受刑者を本人が女性を自認しただけで女子収容所に移したり、女性自認の男子を女子スポーツ競技に参加させたりしなければ、それは差別とみなされるのか?

また未成年の子供が自分はトランスだと言い出し、両親が子供のホルモン治療を拒否した場合、トランス差別及び幼児虐待で責めを負うのか?

こういう問題の対処がはっきりしないまま、単に差別をしてはいけないなどという法律を通すことは非常に危険である。

数年前に、自称トランス女性を女子施設に許容すべきという話が出た時、トランスを装った痴漢が女性に悪さをする可能性を述べた批判者に対して、許容派は、そんなのはただの被害妄想、そんな心配は全くないと我々の心配を一笑に付した。だが、数年たった今、実際にトランスを名乗る痴漢があちこちの女子施設で強姦を含む悪質な痴漢行為をおこない、多くの女性が被害に合っている。

女子スポーツに関しては、すでに自称女の男子選手が女子競技を制覇する例がいくつも見られている。

この法案は次に上院で審議されるが、上院も民主党が多数議席を握っているので通ってしまう可能性は高い。いったい民主党はアメリカをどういう国にしたいのだろうか?


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森さんの発言なんかより重大視されるべきなLGBT平等法の陰謀

先日の森さんの「女性蔑視」発言でオリンピック協会における女性差別の問題点に焦点が当てられている。しかし女性スポーツという問題を本気で考えているなら、森さんのどうでもいい発言などに時間を割いているよりも、もっと考えなければならない問題がある。それがLGBT平等法(Equality Act)だ。

諸外国、特にイギリスで平等法というと、これは同性愛者や両性愛者を差別しない法律などというものではなく、トランスジェンダーを無条件で受け入れる法律を指す。これは女子競技に女装した男性が平気で参加することを指すのであり、女子競技の破壊を意味する。バズフィードの記事から読んでみよう伊吹沙織著。

「オリンピック開催国として責任がある」 差別を禁止する「LGBT平等法」を求めて国際署名キャンペーンを開始「あまねく国内において安心してスポーツができる、性的指向や性自認によって差別がされないという状況を保証するために平等法が必要で、開催国の責任」(強調はカカシ)

この見出しを見ただけでも解るように、この平等法は単にLGBを差別しないというものではなく、「性自認」が含まれていることに注目する必要がある。この署名運動は特にオリンピックの規則云々については触れていないが、こういう法律は気を付けていないと思わぬ方向に進んでしまうのは、イギリスやアメリカの状況を見ていればはっきりわかるはず。もう少し読んでみよう。再び強調はカカシ。

今回始まった「Equality Act Japan」キャンペーンは、全国100以上の団体が加盟する「LGBT法連合会」、国際人権NGO「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」、スポーツをより多様性にあふれたものにするため活動しているアメリカの非営利団体「アスリート・アライ」の3団体が連携して主催する。

トランス運動に多少なりとも注目してきた人間には、この「アライ」が何を意味するかははっきり解る。これはアスリート(競技者)のアライ(味方)などという意味ではない。これはトランス運動支持者を意味するのだ。

この記事には先進国で同性愛者を差別してはいけないという平等法がないのは日本だけだと指摘する。確かに同性愛者であるというだけで採用されなかったり解雇されたりといった差別があってはいけないが、今時そんな差別をする企業があるだろうか?同性愛は日本では違法ではない。違法でない行為を理由に解雇されたり不採用になったりすれば、個別に訴訟は可能なはず。特に新しい法律が必要とは思えない。

このような新しい法律が必要なのは、多くの人が受け入れられないと思っているトランスジェンダーのみだ。普通に男として採用されたのに、途中で女装を始めて女子トイレ立ち入りを要求したり、男性体なのに女子競技に参加させろという理不尽な行為を合法にしようというのがこの法律の真の目的だ。

無論この記事では特にトランスジェンダーに関する記述はない。同性愛者で元オリンピックメダル受賞者などの体験談でお涙頂戴の訴えをしている。

この運動開始の会見で元フェンシング女子日本代表選手で、東京レインボープライド共同代表の杉山文野さんと、なでしこリーグ2部スフィーダ世田谷FC所属で、現役選手の下山田志帆さんが、同性愛者であることでコーチやキャプテンらから差別的ないじめにあったと語る。

杉山さんは過去に、オリンピックでメダルを獲得したこともある選手から、「カミングアウトしてしまうと、ファンや家族を失望させてしまうのではないかという恐怖感があり、やっぱり言えない」と、相談を受けた経験を明かした。

自分自身も現役時代は、「おかまやホモという言葉が飛び交う競技場で、自分のことがバレたら居場所がなくなるのではないか、いじめられたらどうしようと、ビクビクしながら競技生活を送っていた」。

中略

「今までの人生を振り返って思うのは、スポーツの場で当事者に対する差別的な発言を見る機会がすごく多かったということです」と下山田さんは言う。

「短髪の選手に対して、指導者が『女子チームなのにそれはおかしいだろ』と言ったり、チーム内で付き合っているカップルに対して、キャプテンなどが『気持ち悪いから別れろ』と言ったり。そんな話を、周りで度々見聞きしてきました」

「そうした現状は現在進行形だと思っていて、競技は好きなのに、チームメイトや指導者との関係が嫌で引退した選手もいたし、チームを離れてしまった選手もいました」

中略

「平等法が制定されることで、安心してプレーできる選手が増えるし、差別的な取扱いを受けた時も、SOSが出せるようになる。そうした環境が当たり前になることを、私は望んでいます」と訴えた。

こういう人々の無理解や偏見を法律で規制するという考えに私は非常に疑問を抱く。もしも同性愛選手が出場を拒否されるとか、記録を伸ばしても同性愛者だというだけでメダル受賞が出来ないとかいう事実があるのであればそれは問題だ。そういう差別は絶対に許容されてはならない。だが、コーチや他の選手が同性愛者は気持ち悪いと思う気持ちまで法律で規制するというのは、言論の自由や思想の自由を迫害することになる。

もし現場で同性愛者をいじめるような文化があるというなら、それは組織に問題がある。だいたい選手の性嗜好を理由に指導者が選手をいじめるなどということがあっていいはずはない。こうした行為を止めさせるのは法による規制ではなく、どんな理由があるにせよ選手の私生活について指導者からの虐めは許さないという強い姿勢を組織の幹部から示していく必要がある。やたらに法律などで規制すれば反感を生むだけであり、差別をなくすことにはつながらない。

しかし、このようなお涙頂戴パフォーマンスに騙されて、この忌まわしき平等法などというものを支持したりしてはいけない。繰り返すがこの平等法の真の目的は同性愛者への差別をなくすことなのではなく、自認のみの「トランス女」が真の女性として扱われることにあるのだ。

左翼運動家はしたたかである。法律を通す際にトランスジェンダーのTの字も言わない。そして同性愛者にまじってそっとトランスを混ぜ、「性自認」という言葉を忍び込ませる。法律が通ってしまえばこっちのもの。「トランス女性は女性です」が横行するのだ。そうして一般市民は何も言えなくなってしまうのだ。

この元フェンシング日本代表選手も、実はこれが女子フェンシングを破壊する行為につながるとは、その手先として動いているのだということに気が付いていないのだろう。コーチやキャプテンに「気持ち悪い」などと言われる程度のことでは済まされなくなるというのに。

森さんを責めまくったメディアはフェミニストの皆さんにお聞きしたい。オリンピックにおける女性蔑視を本当に心配しているのなら、男子が女子競技に参加して女子スポーツを破壊する可能性のある運動についてどう思っているのか?今のオリンピックの規則では一年間男性ホルモンの分泌が一定数未満ならば手術もしてない男子が女子競技に参加できるのだ。それについて何もいうことはないのかと。

もし日本がオリンピック開催国として責任があるとしたら、今のうちにこの問題を解決することにある。こちらの方が女子スポーツの存続にかかわる重大事である。森さんのくだらない発言などに力を注いでる場合ではないのだ。


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トランスジェンダー選手が女子スポーツを破壊するという神話を打ち砕く(ACLU式欺瞞とすり替えに満ちたプロパガンダ紹介)

アメリカの左翼市民団体ACLUがツイッターでトランスジェンダー選手が女子スポーツを破壊するという説は全くの神話であるとして、ファクトチェックと称してこの嘘を暴くと延々とツイートしていたので紹介しよう。以下は私の意訳と感想。

事実1:トランス女の子は女の子である。性別が二つのみというのは神話である。女子にはインターセックスやトランスジェンダーや障害者といった多々の性が含まれる。(障碍者が性なのか?)

生物学的性も性別も二者択一ではない。ホルモンの分泌量や身体の部分や遺伝子によって人々の性別を決めることはできない。(じゃあ何で決めるんだよ)

事実2:トランス選手は不公平に有利などということはない。トランス選手が体格や運動神経などがシス選手より勝るという事実はない。シス選手でもトランスと同じかそれより優れた結果を出しているひとはいくらでもいる。

(トランス選手対シスとすることによって、FtMのトランス選手を含んでいることに注目。もちろん女子が男子競技で勝てるわけはないからこれは当たり前の話。我々は女子を名乗る男子選手の話をしているのに理論をすり替えている。)

事実3:トランスを許容することはすべてのひとのためになる。トランス参加はシス女性に害を与えるというのは神話である。トランスを排除することは全ての女子選手に不必要な検査を強いることになりトランス狩りを起こすし、すべての女子選手に害をもたらす。

(単なるDNAテストなら別にどうということはない。反対に全くテストをしなかったら、その人がトランスかどうかをどう判定するのだ?ここでトランス参加が女子のためにもなるとかいいながら、トランスを拒否すれば女子のプライバシーが侵害されかのようにすり替えていることも要注意。)

事実4:トランス選手は他の選手と同じチームに所属する。トランス枠を作る必要があるというのは神話だ。トランス選手を間違った性別のチームに無理やり入れれば選手たちは身体的にも精神的にも傷つく。特定の女子選手だけを排除するのはチームワークを乱す。若者は優しくコーチやチームメイトから支えられる環境にいてこそ才能を伸ばすことが出来る。

(これが非常に大事な点だ。トランス活動家の目的は女性選手たちとの妥協などではない。前回紹介した女性グループがなんとかトランスを排除せずに女性競技を守ろうと提案していたのに対し、トランス活動かは女子たちに一歩でも歩み寄ろうという気持ちはないのだ。常にトランスの気持ちばかりが優先され、女子の気持ちや安全などまるで無頓着なのである。

これはトランスでも安心して入れる多目的トイレを増やそうという提案には反対して、女装男を女子トイレに入れろと騒ぐ論理と全く同じ。彼らの目的はスポーツに参加できることではなく、女子競技に参加して女子競技を破壊することにあるのだ。だから彼らとの妥協など断じてあり得ないのである。

ことトランス概念に関しては、受け入れるか排除するか、二つに一つしか選択の余地はない。)


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女子競技のリーダー達、バイデンのトランス選手参加強制の大統領命令に抗議

ジョー・バイデンが毎日せっせと出している42以上にわたる大統領命令のなかに、バラク・オバマ大統領が出しトランプ大統領が撤回したトランスジェンダーに関する命令がある。これは連邦政府から支援金を受け取っているすべての公立学校において、トランスジェンダーを本人が自称する方の性施設で受け入れなければいけないということ、そしてそれは女子競技にも当てはまるというものである。

このような命令はオバマ時代にも違憲だとする意見が多く聞かれ、州によってはこの命令を法廷で差し止めたところもあった。しかしそれ以上に話が進まなかったのも、トランプ大統領がこの命令を撤回していたからだ。トランス選手をどのように受け入れるかは各州ごとに規則が違い、全く受け入れないところもあれば、条件付きのところや、全面的に受け入れているところなどまちまちである。

今回の大統領命令にあたり、アメリカの女子競技を代表するリーダー達が、議会とバイデン政権に女子競技を守る法案を提案した。USAトゥデイの記事より。

このリーダー達の中には元プロテニスチャンピオンのマティーナ・ナブラチロバや何人かのオリンピック金メダル受賞者や女子競技協会の元代表者らが含まれている。彼女たちの提案は男子として第二次性徴期を通った選手の参加は彼らけの別枠をつくるかハンデをつけるなどといった規制が必要だというもの。

「我々はバイデンの大統領命令であるLGBTへの雇用や金融や家族法や公共施といった社会全体における差別を終わらせることは全面的に支持します。」とタイトルIX(女子スポーツを男子スポーツ同様に扱う法律)の弁護士でありウイメンズスポーツポリシーワーキンググループ代表のひとりナンシーホグセッド・マーカー弁護士はUSAトゥデイの独占インタビューで語った。「ただ競技スポーツにおけるトランス政策は、妊娠や医療検査と同じように、科学に基づいた対策が必要です。我々の目的は女の子や女性の競技カテゴリーを守りながらトランス選手らの許容を出来る限り考えるということです。」

この女性グループは多分彼女たちもリベラルだろうから、トランスジェンダーの参加は全面的に禁止にすべきだなどとは言わない。出来る限りトランス選手たちが参加できる条件をつくりながらも、女子スポーツを守っていきたいという考えだ。

バイデンの大統領命令の詳細がどのように施行されるのかはまだはっきりとしていないが、女子選手たちの努力を無視しトランスに女子と同じ機会を与え奨学金や賞金や名誉や敬意を与えるというのは、けっしてトランスジェンダーのためにならないと女史は続ける。

トランス自称女によるスポーツ参加は近年増えてきたが、なんといってもコネチカットの陸上競技で二人の自称女が2017年から2019年にかけて15の室内競技でメダルを総なめしてしまったのは記憶に新しい。これに関しては当時5位になった女子高生が州相手に訴訟を起こしている。

この女性グループがトランス選手許容のための妥協案を色々考えているのとは反対に、トランス活動家たちからは彼女たちへの歩み寄りは見られない。同グループは活動家たちとの話し合いを求めているが、一年以上もまったく進展がないという。

はっきりいってトランス活動家との妥協などありえない。なぜなら活動家の目的は妥協案ではなく全面支配だから。彼らの考えはふたつにひとつであり、まんなかなんてことはないのだ。

陸上や水泳といった個人競技ならハンデを付けるということも可能かもしれないが、サッカーやバレーボールのようなチームスポーツは先ずむり。格闘技に至っては論外だ。ここはひとつトランス選手の参加は生得的性別の方でやってもらいたい。ただし、女子スポーツへのトランス男子参加はドーピングの問題があるので不可能。彼女たちは自分たちで選んだ道なのだから男子競技に参加すべきだろう。勝てないだろうけど。

トランプ大統領をセクシストだなんだと批判していたフェミニストやLGBの人たちは気が付いただろうか、トランプ大統領こそが女性を守ろうとしてくれていたことに。女性の味方だと言いながら女子をないがしろにするバイデン政権。彼女たちは目を覚ましただろうか?


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