BBC,イギリスの強力なトランスロビー団体、ストーンウォールの本質を暴く

読者諸氏はイギリスのLGBT市民団体ストーンウォールのことはご存じだろう。拙ブログでも何回かお話したことがある。もともと彼らは同性愛者保護という趣旨で始まった団体だったのだが、近年はほぼトランスジェンダー政策一筋になっていた。さて、最近BBCのラジオDJスティーブン・ノーランがストーンウォールの多大なる影響力について、その本質を暴くポッドキャストを何回かのシリーズに分けて放送した。ちょっと中身がぐちゃぐちゃしすぎているため私は三話まで聞いて諦めた。しかしそれに関連する記事を見つけたので先ずそちらから読んでみよう。

ストーンウォールはダイバーシティー(多様性)専門家を自称する慈善事業ということになっているが、実は彼らは無益団体などではなく、諸企業に「ダイバーシティーチャンピオンズ」という多様性アドバイスを有料で提供している。要するに企業は自分らのやっていることがストーンウォールの言うLGBT多様性に従っているかどうかお金を払ってお伺いを立てているというわけである。そしてイギリスの公共放送であるBBCもストーンウォールに多額の金を払って指図を仰いでいた。

ところが最近になって風向きが変わってきた。イギリスには Ofcom と呼ばれる電気通信を管理する政府機関があるが、ここもストーンウォールの指図にずっと従って来た。ところが、最近になってOfcomおよび人権擁護委員会などが次々にストーンウォールとの契約更新を止めた。

そして最近BBCもストーンウォールと関わりすぎて中立性が失われていると考え、ストーンウォールとの契約を継続しない方向に向かっている。

何故このような傾向がみられるようになったのだろうか?きっかけとなったスティーブン・ノーランのポッドキャストに関するBBCの記事から読んでみよう。

先ほども書いた通り、ストーンウォールは英国全土で多大なる影響力を持つロビー団体だ。それが、この度のBBCの捜査により、この団体の怪しげなスキーム(企て)が暴露された。そのせいで多くの著名な組織が次々とストーンウォールと距離を置くようになったのだ。

最近問題になっているのはストーンウォールの二つのスキーム(企て)である。一つが先ほど紹介した有料の「ダイバーシティーチャンピオンズ」そしてもう一つが無料の Workplace Equality Index (WEI 職場平等指標)。

この指標はようするに職場がどれだけLGBTQに迎合しているかを採点する通知表のようなもの。ノーランの得た情報によれば、ストーンウォールは各組織にこの点数を挙げるように要請していた。その内容についてノーランは Freedom of Information (FOI) という法律に基づいて多々の組織から情報を取り寄せたが、BBCはじめいくつかの組織はストーンウォールの経営に悪影響を及ぼすという理由で情報提供を拒否した。

Ofcomはテレビやラジオの局に関する情報をWEIに提供していた。8月にチャンピオンズからは脱退したものの、WEIへの情報提供は未だ続けている。ストーンウォールはOfcomに対して、どのようにLGBTQに迎合した方針を取ってきたかを質問、Ofcomはその例として、ある局のラジオ放送内でDJがはなったトランス差別の発言を罰したと答えている。

トランス差別の発言というのは、とあるDJが自分の6歳の娘が性別で分けられていない更衣室で着替えるのは気が引けるとし、トランスジェンダーのことを「彼、彼女、それ」と表現したというもの。このDJは自分の番組で謝罪を強制された。他にも「妊娠した男」という題名の他所の局のドキュメンタリー番組をおちょくった番組を罰したなどの例がある。

Ofcomは放送基準はOfcom独自の方針であり、ストーンウォールの影響は受けていないと主張するが、もし影響がないなら何故金を払ってチャンピオンズに参加していたのか不思議だ。

BBCにおいては人事に関してもストーンウォールと密接なつながりがある。BBCはスタッフについて多様性や許容性に関してストーンウォールのアドバイスを仰いでいる。ということは、スタッフのなかに行き過ぎたLGBT方針に反対する人が居れば、解雇されたり左遷される可能性は大いにあったということだ。

問題なのは、BBCはストーンウォールのみがLGBTQの専門家であるとし、他にも色々と異論があるにもかかわらず、すべてストーンウォールの言いなりになっていたということだ。BBC内部でのLGBTトレーニングではストーンウォールのメンバーが講師としてやってきてストーンウォールの教材を使っていた。

BBCで25年勤め、最近退社したサム・スミス記者はBBC内ではストーンウォールに批判的なことを言うのを恐れている人が結構いたと証言している。そしてストーンウォールの方針はBBCの番組作りにも大きな影響を及ぼしていると語る。The Nolan Investigates podcast is available on BBC Sounds

私は昔からBBCの番組には良いものが多いので観ているのだが、確かに最近はあまりにもポリコレが行き過ぎで観られなくなったものもある。例えば超長寿番組のドクターWHOなどがいい例。この番組は1960年代から続いており、90年代に一旦中断したが、また2000年代から再開された。主役は何年かごとに入れ替わるが、ドクターは常に男性で、そのパートナーは若く美しい女性というのが定番だった。ところが最新のドクターは女性となり、彼女のアシスタントに黒人男性、パキスタン女性、白人男性、と三人。それだけならまだしも、筋があまりにもポリコレ過ぎてつまらないったらない。私は最初のシーズンだけ観てみるのを止めてしまった。そう思ったのは私だけではなく、視聴率がドクターシリーズ始まって以来の低さとなり、主人公の女優が自ら降板するという事態にまで発展。

また私たち夫婦が良く見ている警察シリーズでも、片田舎の保守的な村の設定なのに、やたらとゲイやレズビアンやトランスジェンダーが出てくる。人種も多種多様。それでも話の筋に必要性があるならいいが、まるで無関係にLGBTの人が出てくると話がややこしくなってしまう。このシリーズもいつまで観続けられるかわからない。

BBCは国営放送だ。イギリスにもニュースはテレビやラジオから得るという人も多いだろう。それがこうもLGBTにべったりの政策を取っているとしたら、いったいどんな偏向報道がされているのかわかったのものではない。しかし内部告発があって、それをちゃんとポッドキャストで放送したということは、BBCにも肝の据わった人が居る証拠だ。

イギリスやアメリカで父母たちが行き過ぎたLGBT教育に抗議するようになったことも含めて、もしかすると西側諸国はやっとこのLGBT狂気から目覚めつつあるのかもしれない。

その点日本は周期遅れで欧米の間違いを繰り返そうとしているのが歯がゆい。


Comment

バージニア州の学校、女子トイレで女装男子が女子を強姦した事件を隠蔽、学校に抗議しようとした父親を反対に通報

数週間前、バージニアのラウドン学校区のPTA会議で暴れた男性が駆け付けた警察官に逮捕されているビデオが拡散された。最近連邦政府司法省がPTA会議における父母たちの暴走が激化しているとして、父母たちを国内テロリストの対象にしてFBIに捜査をさせると発表するきっかけともなったビデオだ。しかし、この事件には裏があった。逮捕された男性はこの数週間前に同区の高校で娘を強姦されていたのである。

ベン・シャピーロが編集長のこのデイリーワイヤーの記事は課金制なので概要だけ説明するとこうなる。

去る6月22日(2021年)、スコット・スミス氏はラウドン区の教育委員会の会議において違法に集合したとして逮捕された。実はこの会議はきちんと計画されてPTA会議で多くの父母や地域の住民が集まっていたのだ。スミス氏はこの会議で発言をしようとしていたが、突然学校側はこの集会は無許可の不法集会であるとして警察に逮捕させたのだ。

実はこの約一か月前の5月28日、同学校区のストーンブリッジ高校の女子トイレでスミス氏の娘がスカートを履いた男子生徒により強姦されていたのだ。

未成年の犯行なので公式な書類は密封されているが、スミス氏の弁護士によれば、少年の数々の強制わいせつと強姦罪で起訴された。内容はひどすぎて羅列できない。

最近全国教育委員会は、PTA会議で父母たちから脅迫されたり暴力を振るわれたりしているとして司法省に訴えていたが、警察官に取り押さえられるのに抵抗しているスミス氏の姿はその象徴として報道された。

スミス氏が逮捕される数分前、同会議において学校区の教育委員会(LCPS)の役員は同学校区におけるトランスジェンダー方針についての懸念は筋違いであり、学校のトイレ内での暴行事件などひとつもないと語っていた。

この会議中に虹色ハートのシャツを着た地域の活動家女性が突然スミス氏に話かけ、彼の娘の話は信じないと言い放った。頭に血が登ったスミス氏は女性と激しい言い争いになった。 会議の警備にあたっていた警察官が突然スミス氏の腕を掴みスミス氏の顔を殴り手錠をかけ床をひきずった。そのせいでスミス氏のズボンが下がり、スミス氏の腹が丸出しになり下半身も見えそうになる無様な姿がビデオに撮られ全国中に拡散されるに至ったのだ。

同区のもっともリベラルで学校区とも密接なつながりのあるブタ・ビベラジ検察官はスミス氏を起訴し禁固刑に処そうとしている。この検察官はスミス氏の娘の事件も十分に承知しているはずなのにこの扱いだ。スミス氏は現在自宅で軟禁状態である。

一方強姦の加害者の少年(15歳)はというと、低い罪を認めて実刑を免れ別の高校に移された。ところがなんと去る10月6日、転校先の学校でも女性徒を空の教室に無理矢理連れ込みわいせつ行為を働いた。

スミス氏の身に起きたことは信じられないほどひどい。㋄28日、学校に呼び出されたスミス氏は学校側から娘が暴行を受けたことを知らされる。学校でいじめにあったと思って駆け付けたスミス氏は、娘がもっとひどい目に遭っていたことを知る。学校側が処理するからと言われたスミス氏はショックを受ける。

しばらくして警察が呼ばれたが、なんと駆け付けた警察官は強姦を犯した少年を逮捕しにきたのではなく、スミス氏を取り調べるために現れた。学校側がスミス氏を通報したのである!

スミス氏は大声を張り上げたことは認めたが、娘を強姦された父親としては当然の反応だ。ところがなんと知らせを受けて学校には6台のパトカーが集結。「まるでスワットチームのようだった」とスミス氏。しかし警察が来たことで娘は病院に運ばれ検査を受けることができた。

未成年の犯罪は犯人の名前は伏せられるが、公開されている記録によれば、その日にその場で強姦事件が起きたということは確認できる。

ところがその日の午後4時48分、同高校の校長は全生徒の保護者に向けてメールを発信。学校内で生徒が被害に合った事実はなく、スミス氏が暴れたことを目撃しトラウマを受けた生徒達にカウンセリングを提供すると伝えた。これを読んだスミス氏が爆発したのは無理もない。

ストーンブリッジファミリーの皆さんこんばんは。校長のティム・フリンです。本日学校で事件が発生しラウド郡警察が呼ばれました。事件は学校の事務所とその入り口のみで留まり、生徒たちには危険は及びませんでした。 この事件は向いの職員室で教員と話していた数人の生徒により目撃されました。この件で相談したい生徒のためにユニファイド精神健康チームによるカウンセリングを用意してあります。 生徒のなかには本日警察が呼ばれたことに気付いた人もいると思いますので異常事態が発生したことをお伝えしておきたいと思いました。わが校の生徒とスタッフの安全は我がラウドン公立学校の最優先事項であります。

女性徒を強姦という酷い犯罪から守れないでおいて、何が安全が最優先事項だ!よくもそんな白々しいことが言えるな!

スミス氏によればLCPS学校区はこの問題には一切関知していない。デイリーワイヤーの取材にも学校側は生徒のプライバシー保持ということで全く応じていない。

スミス夫妻は同性愛者には友好的だと言う。しかし学校のトランスジェンダー許容規則が、今回のような事件を起こしたのだと語る。スミス氏の娘を襲った男子がトランスジェンダーだったかどうかは問題ではない。学校の規則が悪用されたことは間違いない。

ところが同学校の委員のひとりベス・バーツ(女性)は父母たちの懸念は被害妄想と偏見に満ちたものであると主張。「わが校の生徒達は守られている。生徒達は危険にさらされていない」「校内のトイレで暴行事件なんか起きてますか?」とすっとぼけていたのである。

「少女たちの安全と少年の気持ちとどっちが大事だ?選べ!」と書かれたプラカードを掲げる女性。

教頭のスコット・ズィ―グラーは「私の知る限り、校内のトイレで暴行事件など起きていない」と発言。

スミス氏が逮捕された6月22日、250人を超す学校区の住民が会議に参加。次々に学校区のトランスジェンダー方針に抗議する発言を行った。しかしトランスジェンダー支持の活動家らも集まり、双方で激しい言葉が交わされた。学校側はこれ以上父母からの意見を聞きたくないとして、途中で会議を中断。集会は違法であるとした。

スミス氏の娘が強姦されたという事実を学校側は隠蔽し、スミス氏の屈辱的な映像だけが全国的に報道され、スミス氏は実家で軟禁状態。同じ女装男子により二人の女子高生が強姦されたというのに、学校側はトランスジェンダー方針により子供の安全が脅かされることはないと主張。

実は先日私もツイッターで、性自認のみ女性を女子施設に受け入れた国々で女性への性犯罪が増えたなどという事実はないと主張するツイッタラーに出会った。なぜならそういう統計が存在しないからだと。私が報道された事件だけでも無数にあると例を羅列しても、個々の事件を羅列してトランスジェンダーへの偏見を増長しているだけで、女性達が危険にさらされている証拠にはならないと言われた。

私が挙げた例は警察が来て逮捕された事件だけだ。この学校のように実際に起きた事件を隠蔽するのであれば、実際はもっと多くの事件が起きていると考えられる。だが、そうした事件について被害者が声を挙げようとすると逮捕されるというのなら、誰が真実を明らかにすることが出来るのだろうか?

司法省の新政策に対し、学生の父母たちの怒りは頂点に達している。今後抗議をした父母たちがどんどんFBI捜査の対象になって逮捕されるようなことが続けば、もっと大々的なデモが起きることは間違いない。

これはトランスジェンダーの問題ではない。トランスジェンダーを道具に人々の思想や言論を弾圧することが目的なのだ。バイデン政権の独裁はどんどん過激化していく。


View comments (5)

なぜ保守派は文化戦争に勝てないのか?マサチューセッツ州の「トランスジェンダー反差別法撤廃の失敗」から学ぶ

先ほどツイッターで誰かがトランス活動家のプロパガンダ誌に掲載された記事を紹介していた。そのピンクニュースの記事などうでもいいのだが、そこで取り上げられていたマスレジスタンスという過激保守派サイトの記事は興味深い。それは2018年の11月、マサチューセッツ州にある反トランスジェンダー差別法を撤回させようとして失敗した保守派の反省文と言っていい。Analysis: MA voters pass trans law by large margin! (massresistance.org)

マサチューセッツ州(MA)にはトランスジェンダー反差別法なるものがあり、トランスを本人が自認する方の性別で扱わないと罰せられ罰金を課されることもある。去年の11月にその法律を撤廃しようと保守派の親家族グループによる動きがあったが、州民投票で撤廃派の試みは68-32で惨敗した。

LGBTロビーはこの問題はLGBTの人権問題だとし反対派は反人権派だと決めつけた。しかも撤廃派の20倍にあたる5.7百万㌦という支援金を集め、テレビコマーシャルや個別訪問など非常に組織的で効果的なキャンペーンを実行。もちろん主流メディアも活動家に友好的な報道をした。

それに比べて撤廃派の保守派グループのキャンペーンはお粗末なものだった。マスレジスタンスはどちらかというと過激な保守派団体のようで、今までのおとなしい保守派のやり方にかなり不満を持っているようだ。同記事は先ず保守派の「お手洗いでの安全性」を主題にした作戦が間違っていたと指摘する。

著者は反トランス法によって女子トイレの周りに変態がうろうろするとか、女性のプライバシーが侵害されるとかいう議論にばかり終始してLGBT側の人権に関する反論を全くしなかった。異様なトランスジェンダリズムに関する議論も全くせず、単に「トランスジェンダーの権利はすでに守られているので新法は必要ない」とするに留まった。また保守派側は支援金を少額しか集められず、これと言った団体からも支持されなかった。

同記事は組織的なLGBT活動家と立ち向かうためには、このようなおとなしいやり方ではなく、もっと攻撃的に相手の詭弁をひとつひとつ壊していく必要があると主張する。マスレジスタンスが注目すべきとしたのは次の三点。

  1. この法律とLGBT人権とは無関係であること
  2. トランスジェンダリズムは精神障害であり、破壊的な思想であること
  3. この法律は男が女になれるという偽りを人々に受け入れさせるものであること

マスレジスタンスというグループは保守派ではあるが、この記事を読む限りかなり過激な思想を持っているように思う。要するに彼らは既存の「女性の安全やプライバシーを守る」というような生易しいメッセージではトランス活動家たちを倒すことは出来ないと言っているわけだ。なにしろ相手は我々を少数派の人権を踏みにじる冷血な差別者であると位置づけているのだから、こちらも同等にLGBT活動家の異常さを全面的に出して戦うべきだという考えだ。

マスレジスタンスは保守派のおとなしいやり方に苛立ちを覚えているようだが、一方でLGBT過激派の活動はその過激性を増しており、一般に差別はいけないと思っていた人たちの間でも、何かおかしいという気持ちが芽生え始めている。LGBTですら一枚岩ではない。

だから私はLGBTを一緒くたにして異常だとするようなキャンペーンは逆効果だと思う。それより伝統的には左翼と言われてきたフェミニストやLGBの人たちとも連帯して、この問題は右翼とか左翼ではなく、常識対異常との戦いなのだということを地道に説得していくことが大事だと思う。


Comment

お惚けトランスジェンダー活動家がうっかり漏らした本音、LGBT理解増進法の隠されたアジェンダ


先日ご紹介した「女性スペースを守る会」について、昨日ツイッターでLGBT理解増進法を推進している神原元という弁護士といくつかやり取りをした。他のツイッタラーさんたちの話ではこの神原弁護士は結構左翼の活動家として有名(悪名?)高いひとらしい。彼と色々やりとりをしていて非常に興味深いことが解ったので、皆さんにもお話したいと思う。では先ず私との最初のやり取りはこちら。

弁護士神原元@kambara:女性スペースを守る会がなすべきことは、日本中の警察署に申し入れをして、LGBT理解増進法ができても現場の運用を変えないことを約束させること、それに尽きるんじゃないか? 警察署は「もちろん、そう致します」と言うであろうから、それでこの運動は終了ですよ。


苺畑カカシ@ichigobatakekak
警察は法を施行するのであり、法の解釈をするのは司法なはず。だからまず立法機関が女装男子を女子専用施設に入れないのは差別にならないという条項を理解増進法に明記すべき。弁護士のくせにこんなこと言うなんて信じられない。

聡明なる読者諸氏はすでに私の立場をよくご理解してくださっていると思うが、我々の懸念は理解増進法などというものが出来て性自認のみ女性の男性が女子施設に侵入してくることを危惧している。ところが神原弁護士はそんな我々の心配は老婆心だと言い張る。

何度も指摘しているが、左翼の議論の仕方は先ず最初に自分らの本意を述べずにあからさまな嘘をつくことだ。無論神原のようなベテランになってくると、その嘘のつき方も結構上手になる。その典型的な例がこれ。

弁護士神原元@kambara:現行法上、男性が犯罪目的で女性トイレに入ったら住居侵入罪になりますね。それ以上の規制は必要ない筈。

確か我々は現行法について議論しているのではなく、理解増進法という新しい法律について議論していたはず。現行法で違法とされる行為が合法になったらどうするのか、そのために安全弁を作っておかなければならないと言っているのにそれに関しては議論しない。

他のツイッタラーさん達も、理解増進法で自認トランスジェンダーが女子施設に入ってくるのを容認されたら、あからさまに男性である女装男が女子施設に入ってきても通報することが出来なくなり、警察も逮捕をためらうのではないかと質問しても、警察が被疑者を逮捕しないなんてことはないの一点張り。

私が実際に犯罪が起きたかどうかも分からない状況で警察がやたらに被疑者を逮捕するなんてことは出来ないし、よしんば逮捕しても起訴は出来ない。そうなったら反対に通報した女性達がヘイトクライムで逮捕されるなんてことになりかねないというと、

弁護士神原元@kambara7·3h:LGBTへの理解を増進する法律が出来たからといって、刑事実体法にはなんの変更もありませんから、通報行為がヘイトクライムに当たることは絶対にありませんね。 日本の法曹有資格者として断言しますよ。 安心して通報されたらよいのですよ。

とこんな頓珍漢な答えが返ってきた。神原氏は、まだ日本ではトランス活動がどんなものか知らない人達を相手に話をしてきているので、こんな中身のない保証で一般女性が納得すると思っているらしいが、性自認法が通っても女性に危害が及ぶなどということは全くないから安心しろ、と言っていた欧米の活動家たちに騙されて、理不尽な法律がどんどん通って惨事が起きてる状況をずっと見て来た私にそんなことを言っても通じない。

それで私は、もしこの法律が女性に危害を及ぼすものではないというのであれば、女性専用施設を守るという項目を法律に付け区分けることの何が問題なのかと質問すると、

苺畑カカシ@ichigobatakekak: それに、女性専用施設は生得的女性だけのために守られなければならないと明記することで誰に不都合なのか?痴漢目的で女性施設に入ろうとする痴漢だけではないか?

弁護士神原元@kambara7:トランス女性の一部は、現状でもなんの問題もなく女性トイレを使用しているものと思われます。 その方々に対して、新たに法律を制定して利用を禁止するとすれば、人権制限に当たるので、きちっとした立法事実の立証が必要なのですよ。

出たア~神原氏の本音。つまり、彼は今トランス女性がこっそりと女性施設を使っていて女性達がそれを黙認している状況を公認すべきだと言っているのだ。そして理解増進法を使ってそれを実現させようとしているのである。つまり、神原氏の理解する理解増進法とはまさに性自認法に他ならないのである!

この「立法事実の立証が必要」というのを神原氏はよく言うのだが、私は弁護士ではないのでそれがどういう意味なのか検索したところ

「立法事実」とは、立法的判断の基礎となっている事実であり、「法律を制定する場合の基礎を形成し、かつその合理性を支える一般的事実、すなわち社会的、経済的、政治的もしくは科学的事実」(芦部信喜、判例時報932号12頁)といわれている。簡単に言えば、どうしてその法律が必要であるのかということを支えている事実ということになろうか。

ということだった。つまり「女性スペースを守る」という法律を作ることの必要性が述べられていないと言っているわけだ。いや、それはおかしいだろう。これだけ諸外国で自称女性の男性たちが女子すぺーしに侵入して女性達の安全を脅かしている例があるというのに、立法事実がないって何を惚けているんだ?

もちろん神原氏のような20年も弁護士をやっていて左翼活動を長年やってる人が諸外国の状況を知らないはずはない。女性スペースを守る会の滝本弁護士に対して滝本氏が立法事実を提示していないと何度も繰り返すことで、滝本氏が実際にその正当性を述べていないかのような印象操作をしているが、女性スペースのサイトをちゃんと読めば、なぜ女性スペースが必要なのか子供でも理解できる。

英米で男女共同施設を強く推していた政治家や活動家たちの中に多くの性犯罪者が紛れ込んでいたのは偶然ではない。滝本氏がそうだと言っているわけではないが、頑なに女子専用施設保持を阻止しようとする男性たちにはかなり怪しげな魂胆があると考えて間違いはない。


View comments (3)

違う意見を絶対に許さない不寛容なリベラル、ヒップホップ界の宇多丸とDJOasisの違い

ツイッターでヒップホップ歌手の宇多丸という人のラジオトークが上がってきた。彼が自分の番組で音楽仲間のDJ Oasis(以後オアシスと略)という人のトランスジェンダーに関するツイートについて批判したものだ。宇多丸はかなり辛辣にオアシスを批判していたので、いったいどんなひどいことをツイートしたのだろうか読んでみたら非常にまともなことをしか書いてなかった。では先ず問題とされたオアシスのツイートより。

DJ Oasis
@djoasisthefunkp
·
Sep 27
「トランスジェンダーとハリウッド:過去、現在、そして」を観た。これを観ればこれまでの辛い環境、差別的歴史、守るべきTの人が居る事が当然理解出来る。ここに出て来る人達は皆守られるべきTの人だろう。問題なのはTという事を利用して性犯罪やスペースの侵害をしようとしている人間が居るという事。

犯罪は性別、性自認、時と場所を問わず問題提起されるべき事。Tという事を利用され犯罪を犯そうとしている人間に対しTの人達は当事者としてもっと問題提起するべきなんじゃないか?そして生物学的女性への差別、侵害、それも問題提起していいんじゃないだろうか?

この作品に出てる人は明確な考えを持ち発言も出来る人。ならば自分達の権利だけでなく多くの問題提起も出来る人達なんじゃないだろうか。Tが利用され起きる犯罪を無くす為、生物学的女性と共生出来るコミュニティを作る為に世を変えるのはこういう当事者の人達がその発言をする事なんじゃないだろうか

何故当事者にはそういう発言をする人が少ないんだろうか。何故どんな事も「差別」「差別者」で済ます人が居る事に「それで終わらすべきじゃない」とメッセージを出さないんだろうか。そういう点がこの作品に無かった事が残念だ。自分は勉強不足の人間だ。でも勉強不足の人間から出る率直な意見なんだ。

これのどこが悪いのか私には解らないが、宇多丸が何故これが差別的だと思ったのか、彼の長ったらしいトークから抜粋しよう。宇多丸はつい最近までトランスジェンダーに関してはほとんど何も知らなかったとしたうえでこのように述べる(強調はカカシ)

当然、この番組はカルチャーキュレーション番組、文化の番組ですけども。だからこそ、そういうところの勉強は怠らない。それはもちろん今後も、たとえばジェンダーのこと、たとえばセクシズム的なこと、性差別に関しても私は昭和のシス男性で……シスジェンダーというのはつまり、自分の性自認と生物学的な性別が一致しているということですけども。

まあ、多数派にして男性ということで、この社会の中でははっきりと抑圧をするような立場であって。我々は……図らずもですよ? 自分がそう意図をしていなくても、社会の構造として。というので、とにかく謙虚に耳を傾け、勉強していくことは必須であろうと。(略)

(オアシス)自身も「トランス差別をしている」という意識とか意図はないと思うんですよ。彼の言っていることはいわゆる「セルフID危険視論」っていうのがあって。要するに自分で性自認を決められるということにあると、たとえば……これはその方々の主張ですよ? たとえば、そういう女性に限定されるような空間……たとえば公共浴場であるとか、そういうところに「私は女です」と勝手に自ら言っている男が入ってきて、性暴力とかそういったことが起きてしまうではないかっていうようなことを言っているんですが。

でも、この論理自体もパッと聞いて「あれ?」って思う人、いると思うんですけども。「あれ? その性暴力をしているのは『男』なのでは?」っていう。「トランスジェンダー女性」には何の責任もないことですよね。女性に嫌がらせをしたいとか、性的に何かをしたいっていう意図で性別移行をする人って、いないと思うんですけども。だから、それをやるのは明らかに「男性」ですよね。おそらく、それは「シス男性」ですよね? なので、ちょっとそれは問題の論点が違うだろうと。

もちろん、たとえばそういう危険性をどう防ぐのか?っていう個別の議論はあってしかるべきでしょうし。女性が安心していろんなところに行けるっていうのは当然、あれでしょうけども。そのことをトランスジェンダーという人々に対して責を負わせるというのは完全に筋違いですし。

宇多丸はオアシスの書いた文章を読んだのだろうか?オアシスの発言にはトランスジェンダーへの差別的なものは何もない。トランスジェンダーの人たちには差別されている人もいるだろうし辛い環境の人もいるだろうとしたうえで、トランスジェンダー界隈の人たちこそ、積極的に性犯罪を犯す自称トランスたちを批判すべきなのではないかと問題提起をしているだけだ。差別だ差別だと騒いでいるだけでは理解は得られないと言っているのだ。

宇多丸もオアシスが観たという「トランスジェンダーとハリウッド:過去、現在、そして」 を観たという。宇多丸の傲慢なことろは、同じ映画を観たひとは全く同じ感想を持つと思い込んでいる点だろう。同じものを観ても全く違う印象を持つ人や意見を持つ人がいるなど信じられないようだ。それでオアシスとは何度かコラボをしているというのに、このままオアシスの意見が変わらないのであれば今後一緒に仕事はできないだろうなどと言っている。多種多様を常に言っているリベラルにしては偏狭だな(皮肉です)。

宇多丸はオアシスが前記のツイートを訂正して謝罪すべきだと言う。

だからちょっと、わかりません。ここから先は。どういう風に、オアシスさんがどの程度考えを改めてくれるとか……それは彼の問題でもあるので。あるいは、ちゃんと訂正をして謝罪をしてくれるところまで行くのかはわかりません。僕としてはそこまで行かないとこの件は決着がつかないと思うけど。で、これを今、放送上で言っていることでちょっと刺激しちゃっているところもあるかもしれないけど。でも僕は、話ができる仲間だと信じたいというか。ヒップホップシーンの自浄の力を信じたいというか。進歩する力を信じたいというか。僕らの世代のヒップホップをやっている人間であってもね。ここんところ、評判が悪かったから。

オアシスの他のツイートを見る限り、彼の考えは結構一貫して保守的なので、彼がこの発言を本当に悪いと思って撤回するとは思えない。もしそれをするとしたら、宇多丸みたいな音楽関係の人たちから撤回しなければ今後仕事はしないというような圧力をかけられた場合のみだろう。

オアシスがツイートしたのは昨日のことなのでまだどうなるか解らないが、アメリカで芸能人がこういう発言をしたら即座にキャンセルされるだろう。日本ではまだそこまで行っていないのだとしたら非常に喜ばしいことだが、宇多丸のような同じ業界の人たちがオアシスに撤回しろ、謝罪しろ、と圧力をかけたらどうなるかは分からない。オアシスという人がどのくらいその業界で顔が効くかにもよるが、彼のキャリアに響く可能性はある。

以前にも言ったがトランス界隈は絶対服従を求めるので、どれほどトランスジェンダーに理解を示しても、最後の最後まで100%服従しない人間には容赦がない。オアシスさんがその圧力に負けないことを祈ろう。


View comments (5)

「女性スペースを守る会」活動始まる

先日弁護士の滝本太郎氏が「女性スペースを守る会」という運動を始めた。こちらがそのサイト。女性スペースを守りたい方は、ご賛同を!|女性スペースを守る会|note.

では先ず同会の設立趣意書から。

当会は、いわゆるLGBT新法などにより、女性トイレ等を女性自認者(いわゆるトランスジェンダー女性=身体違和は不要で、性指向は女・男・両性である身体的・法的な男性)が使うことが公認されて良いかを問い、諸々の課題がある『性自認』について立ち止まって十分な国会審議を求める会です。

滝本氏は各党の政治家にトランスジェンダー方針についてどのような見解を持っているのか質問状を送り、その答えを受け取り次第同サイトに掲載すると言っている。これは非常に良い運動だと思うので、滝本弁護士には頑張ってもらいたい。

また滝本氏が自分のブログでトランスジェンダーについて多くの人が持っている18項目の誤解について述べている。t滝本氏はこの問題に関してはまだ初心者ということなのだが、それでも結構色々な人の意見を聞いているようだ。

例えば、

✕ 女性自認者(トランスジェンダー女性)が、あやしい目的のために女性専用エリアに入ることはあり得ない。

◯ 違います。女性自認者の中にも、性的指向は女性に向いている方がもちろんいます。通例の男性同様に、中にはあやうい方もいましょう。これらは当然の事理です。こう述べることは差別でも何でもありません。

トランス活動家(TRA)は常に真のトランスジェンダーは性犯罪を犯さないという前提で始める。しかし、トランスだからといって性犯罪を犯さないという保証は全くない。トランスジェンダーの性指向は男とは限らず、いやむしろ女性や女児に向けられていることの方が多く、トランスジェンダー「女」の犯罪率は一般男性と変わらないかそれ以上であることが解っている。

TRA常套手段のお惚けについても、

✕ トランスジェンダーの専門家は、女性自認者はほとんど女湯に入ることなど求めていない、丸裸になる場所ではトラブルになり易いからそんなことはないと言っています。ですから論点ではないとみて良いのではないですか。

◯ 違います。一部でもそれを主張する人がいることに注意すべきでしょう。信頼性ある女性自認者ばかり考えるのでは、「世の中にはホント色々な人がいる」ことを前提に定められなければならない法制定の議論として正しくないです。 スローガン「トランス女性は女性だ」にて女性としての扱われる権利を主張するのですから、その論理は女湯にも妥当します。おいおいトラブルが起きていくとみなければなりせん。 「女性という自認」という外から分からないことで要件が成立するのですから、女性や業界関係者が不安に思うのは当然です。

この件に関しては諸外国ですでに自称トランスの女装男たちによる犯罪が頻発していることから、日本でも起きると想定するのが妥当。法律が通ってしまってからでは遅い。

そして最後に一番大事だと思われるのがこの点。強調はカカシ。

✕ 「トランスジェンダー女性は、女性」なのに「女性トイレに入れない」というのはマジョリティーである女性の横暴で、差別ではないのですか。

◯ 違います。「女性だ」は、身体的・法的にも男性である以上、「尊重してくれ」という主張、スローガンに止まります。女性自認者は、「性の多様性」としてある男性の一つの類型ですから、マジョリティーである通例男性の中のマイノリティーの課題です。それを、女性トイレに入れるようにすることで解決するのは筋違いです。「多様性」と言っていながら、突然「女性だ」と白黒の発想になり、女性スペースを利用できる筈とすることは矛盾しています。解決方法としては、女性トイレはそのままに、当面は男性トイレを男女トイレとして違和感を少しでも減らす、さらに別に共用トイレを多く設置していけば、トランスジェンダー女性(女性自認者)の法益も相当に守れます。

不当な差別ではありません。女性は今も様々に差別されている実態にあり、さまざまな性犯罪におびえています。女性の横暴などでは、決してありません

私は滝本氏のいう「女性自認者は男性の一つの類型である」という理論に感心した。先日同ブログでも紹介したサラ・ダンスキー女史が言っていた「トランス女性は女性のサブカテゴリ―ではない」というのと同じで、トランス女性はあくまでも男性の多様性の一種だという考え方だ。

無論滝本氏の活動はすでに色々な方面から攻撃を受けている。特に弁護士団体からの誹謗中傷が酷い。

弁護士神原元@kambara7·某弁護士団体のメーリスで滝本さんが総スカンを食らってる案件ですよね、これ。 弁護士のメーリスで賛同が得られないとTwitterに復帰して自信を取り戻し。またメーリスで叩かれるの繰り返し。そして、こういう方々にネチ絡み。 何やってるんですか?貴方は。

滝本さんの主張は弁護士の人権団体ではほとんど支持されていませんね。理由は簡単、立法事実がないから。 かなり前に、トランス女性のトイレ利用を制限する立法事実はあるのか滝本さんに問うた。回答はなかったのだが、その後別の場面で「実験するわけにいかない」と主張した。 立法事実はないのだ

とか、


大野友也@ono_tomoya
·実験せずともアメリカではトランスジェンダーに性自認に一致するトイレを使用させよと判決が出ているわけで、そのアメリカの実態を調査すれば済むはずですが、滝本氏はそれをしないわけですから、たちが悪いですね。なおアメリカの裁判所も「犯罪が増えるという証拠はなく推測に過ぎない」としてます。

などが典型。弁護士の悪い癖だが、裁判での裁断が一番正しいと思い込んでいる点。裁判官も人間の集まりだ、偏見もあるし間違いも犯す。アメリカの裁判所が何を言っているかではなく、こうした法律が通ったアメリカで何が起きているかを言及すべき。

それにしても日本でもついにこんな議論を交わさなければならない日が来たということか。しかし日本は諸外国ですでに試して失敗している例から学ぶことが出来る。だから日本の政治家たちは安易におかしな法律を通してしまわないよう国民の声に耳を傾けてほしいものだ。そういう意味で滝本氏の運動は非常に大事だ。頑張ってほしい。


View comments (6)

典型的藁人形論で女装変態男の女性施設許容を求める詭弁

今日もツイッターで上がってきた女装変態男をどうしても女性施設に入れたい人のエッセーを読んでみた。題して、「トランスを排除しないと女性スペースの安全は保てない」は主張として正当性を保てるか?その主張はフェミニズムか?ぽてとふらい著。

著者は反トランスジェンダーの理論を四つカテゴリーに分けて理論を進めている。

  1. トランス女性は「性犯罪者」である男性と見分けがつかない?
    • 「トランス女性は確実にシス女性と見分けがつく容姿をしているはずだ」というバイアス
    • シス女性の多様性の忘却
  2. 「女らしくない容姿を排除」すれば解決?
  3. トランス女性を排除できなくなれば犯罪目的の男性を排除できなくなる、は本当か?
  4. 男性さえ排除すれば女性だけのスペースは安全?
    • 犯罪者は犯罪を起こすまでは犯罪者ではない
  5. トランス女性の権利を擁護することは”ミソジニー”か?
  6. 終わりに:トランス女性の権利を守ることは全ての女性の権利を守ることに繋がる。

そういうことなので、私も彼の目次に従って彼への反論をしていこう。

1.トランス女性は「性犯罪者」である男性と見分けがつかない?

「トランス女性は確実にシス女性と見分けがつく容姿をしているはずだ」というバイアス(略)

ここから見えてくるのは、トランス女性は一律に”女”として通用しない、ありていに言えば”本当の女”とは明らかに違う、言い換えれば”男らしい”見た目をしているはずであり、だから確実に見分けられるという、バイアスが存在している事です。

しかし、これは明らかにトランス女性の実態に即していません。(略)現実は当然そんな事にはなってないので、この方法ではトランス女性と男性を見分けることはできません。(略)

シス女性の容姿も、トランス女性と同じで多様であり、中には男性と見分けがつきにくい、あるいはまったくつかないシス女性も存在します。(略)現実の世界においては、トランス女性と男性どころか、シス女性と男性でさえ確実には見分けられないのです。トランス女性のスペース利用において問題となる”パス度“(女性に見えるか、見えないか)の尺度は、現実の世界ではシス女性にも降りかかっていることを、忘れてはいけません。

我々はトランスジェンダー女性が実際に女性に見えるかどうかという話など最初からしていない。もし自称女性の男性を女子施設に許容したならば、痴漢目的で女性施設に入ってくる男性でも自分は女性だと言い張りさえすれば、その人間を女子施設から排除することが出来なくなることを問題視しているのだ。

男性と間違われるほど男っぽい女性が居たとしても、彼女が自分が女性であることを証明することが出来さえすれば不都合はあっても間違いでしたで済まされる。だが、通報された人が実際に男性だった場合、性自認法なるものがあったら、どれほど女性に脅威を及ぼす人間でも女性は彼らを排除できなくなるのである。この著者はその問題を完全に無視している。

2:「女らしくない容姿を排除」すれば解決?

ならば、見分けがつかない存在を全て排除してしまえばどうか?つまり、女らしく無い見た目の女は、女性だけのスペースを利用する権利を制限してしまえ、という案です。トランス女性とシス女性を見分けることが不可能で、シス女性と男性を見分けることも不可能である、ならば”男らしい”見た目を排除すればよいのか?という話になるのは当然です。

完全なる藁人形理論。我々が求めているのは男っぽく見える人たちの排除ではなく、男性体の人間の女子施設立ち入りを禁じることだ。どう見ても女性に見えない人が(髭面すね毛男)が女子施設に堂々と入ってきても、自分が女性だと言い張りさえすれば女性が何も出来ないような社会にしないようにと主張しているだけ。

実際女性に見える女装男が存在するからといって、男性体の男でも女性に見えさえすれば女性施設への立ち入りは許されるなどということになれば、外見だけで判断することになり問題は拡大する。だからみかけはどうあれ男性体の人は女性施設に入らないでくれと言っているのだ。

3:トランス女性を排除できなくなれば犯罪目的の男性を排除できなくなる、は本当か?

法的に言えばトランス女性がトイレを使用しても、それは正当な理由であり、問題は無いと考えられます。

防犯・犯罪検挙という観点で言えば、たとえトランス女性が女子トイレを使用するようになったとしても、不審な人物や犯罪者が捕まえられなくなるなどということは、法的に考えてもあり得ません。

これは、たとえシス女性であっても、不審な行為を行っている人や、性犯罪に関わる行為を行っている人は、法的に検挙可能であるという事実からも、容易に類推される事です。逮捕できるかできないかは、そのスペースの利用権を持っているか、持っていないか、では無く、不法行為を働いているかいないか、によるものだからです。

日本ではまだ自称女性の男性が女子施設を使うことは違法のはずだ。著者が完全に無視している点は、生得的女性が他の女性に性犯罪を犯す可能性は限りなくゼロに近いが、たとえ性転換手術をしていたとして生得的男性が犯す性犯罪率は一般男性と全く変わらないという事実だ。

トランス女性と性犯罪者の区別がつかないから駄目なのではなく、トランス女性は一般男性と同じように性犯罪を犯す確率が高く、しかもその被害者は圧倒的に女性であるという点が問題なのである。統計的に見て生得的女性が女性に性犯罪を犯す率は限りなくゼロに近い。

その空間に居るべきではない人間を排除できなければ女性が犯罪の被害者になる可能性は非常に高まるのだ。犯罪が起きてしまってから対処しても遅いのである。だからその場に居るべきでない人間を最初から排除することが犯罪防止にとっては非常に大事なことなのだ。

4:男性さえ排除すれば女性だけのスペースは安全?

今回検討している論法において、そもそもなぜトランス女性を排除するのか?そうすれば、男性の侵入を防ぐことができ、そうすれば性犯罪も防げる、という考え方に基づいています(略)果たしてこれは本当に正しいのか?少し考えてみます。

この論理展開の裏側には「女性を加害するのは男性である」「女性は女性を加害しない」という暗黙の了解が存在しているのは間違いありません(このバイアスは、フェミニズムにおいて過去に繰り返し内部批判がされているものです)。

現状において、性犯罪で検挙される人に男性が多いのは事実です。また、被害者が女性に大きく偏っているのも事実です。しかしながら、たとえばトイレや脱衣所で大きな問題となる盗撮事件では、実際には女性が盗撮の加害者であるケースも以前から言われています(商業的に女性に報酬を支払って盗撮させたり)。また、女性による性加害も、統計上はっきりと存在しています。

「女性による性加害が統計上はっきりと存在する」と言いながらその統計を提示しないのは卑怯な手口だ。実際の統計を出すならば、性犯罪の90%以上が男性によるものでその被害者は女性か女児または男児である。繰り返すが女性が女性を加害する率は限りなくゼロに近いのだ。これについては拙ブログでも何度も取り上げて来た。

性犯罪者=男性という構図は偏見でもなんでもない統計上の事実なのである。

誰も男性を女子施設から排除したからといって性犯罪を根絶できるとは言っていない。しかし性犯罪を防ぐための最低限の方法として男性と女性の施設を分けることが得策であると我々常識人はずっと主張してきたし、これまで往々にそれは成功してきた。

5:犯罪者は犯罪を起こすまでは犯罪者ではない

この手の議論をする際に忘れがちであり、かつ重要な点ですが、犯罪者は犯罪を起こすまでは犯罪者では無い(言い換えれば犯罪を起こした人が犯罪者である)という点です。これは現代社会にとって基礎の基礎であるはずです。

しかし、以前ツイッター上である人がこの基礎の基礎を指摘した時、「性犯罪を放置するのか」といったようなバッシングが起きました。では、特定の容姿や属性を持っているだけで、頻繁に警察に職務質問をされたり、あるいは犯罪者では無いのに通報されたり、場合によっては”強制排除”という名のリンチを受けたりする社会は、果たして全ての女性にとって公平な社会であり得るのでしょうか?

著者が完全に無視している点は、現法では男性が女子施設に立ち入る行為そのものが犯罪だということだ。その犯罪行為を犯罪ではないとしてしまえば、その後に起きるもっと深刻な犯罪を防ぐことができなくなる。

ロサンゼルスの女湯に侵入した露出狂男はこれまでにも公衆わいせつ罪で何度もつかまっていた常習犯だった。だが、女性を自認するだけで女子施設への立ち入りが許されれば、こういうわいせつ行為をする性犯罪者も犯罪者として扱われなくなるのだ。「犯罪を犯したものが犯罪者」だと言うが、既存の犯罪を犯罪ではないとしてしまえば犯罪者も犯罪者ではないということになるのだ。

6:トランス女性の権利を擁護することは”ミソジニー”か?

トランス女性が安全に、安心して女性だけのスペースを使えるようになることは、ひいては全ての女性が安全に、安心して女性だけのスペースを使えるようになることであると、考えます。そのような主張がミソジニーであるとは決して考えません

トランス女性は女性ではない、彼らはただの女装男性だ。そんな男が自分らは女性だと主張し、それを認めろと女性に要求する行為そのものが男尊女卑以外のなにものでもない。

終わりに:トランス女性の権利を守ることは全ての女性の権利を守ることに繋がる。

これまで、トランス女性を排除しても”女性”の安全は向上しないし、トランス女性を排除することははっきりとフェミニズムに反する行動であること、「トランスを排除しないと女性スペースの安全は保てない」は主張として正当性を保てないことを、少し長いですが述べてきました。

トランス女性を排除することで生みだされる見せかけの”安全”は、実際には安全ではありません。
それは、”パス度”に不安を抱えるトランス女性が自主的に女性だけのスペースの使用を諦めている現状においても、安全性が十全に確保されていないという事実からも明らかです。

それどころか、このような排除の言説は、規範からはずれたシス女性をもまとめて排除する、権利が守られない女性を生みだす明らかに反フェミニズム的な代物です。
ですので私は「トランスの権利を叫ぶ事は“女性”の権利をないがしろにしたミソジニー」であるという主張は、はっきりと間違いであると主張します。そして、むしろこのような排除理論こそ、極めてミソジニーで家父長制的な「女性の統制」に基づいた差別的な代物である、と考えます。

私が繰り返しはっきり言っておきたい事は、トランス女性もシス女性も全ての女性が安全に使える女性だけのスペースは、間違いなく全ての女性の権利を守るものであるという事です。
そのような主張を、一体どう解釈したら女性の権利をないがしろにしているというのでしょうか?

もしトランス女性が自分らが本当に女性だと思っているなら、男性が女子専用施設に入りやすくなる法律を歓迎するはずがない。こんな詭弁を平気で言えることこそ、この著者が男性であることの証拠である。私はこのエッセーを全文読んでいて吐き気を催している。


View comment

フェミニスト作家、トランス戦争停戦提案を拒否。人間性に妥協はない

今日はカラ・ダンスキーという作家のエッセーを紹介したい。今年の4月にアンドリューサリバンがA Truce Proposal In The Trans Wars(トランス戦争、和平提案)というエッセーを書いたことへの返答である。アンドリュー・サリバンと言えばゲイ作家で同性婚の頃によく聞いた名前だ。ダンスキーのエッセーを読む前に先ずサリバンの提案とやらを読んでみたが、それ自体には問題があるようには思えない。

  • 子供と大人の扱いは区別する:18歳以上の大人が何をしようと本人の自由。性移行に関するすべての医療を開放すること。
  • トランス女性と女性の両方の権利を守る:ほとんどの場合トランスと女性の権利は衝突しないが、シェルターなど女性のみの施設は守られるべき。刑務所ではトランス女性は他の危険な犯罪者とは分けられるべきだが、女性とトランス女性は一緒にすべきではない。
  • 未成年の治療は限定し安全を保つべき:未成年への治療を全面的に禁止するのはプライバシーの侵害であり、政府にそのような権限を与えるべきではない。だが第二次性徴を止めるブロッカーなどの処方は安易に行われるべきではなく、充分な精神カウンセリングをした後に限定的にされるべき。
  • 同性愛者や性別不適合の子供たちを守る:世の中のステレオタイプの性別に嵌らない子供たちは成長するまでほうっておいてあげるべき。特にどちらかのワクに嵌める必要はない。人口のたった1%にも満たないトランスジェンダーの子供を守るためといって、自分が男になるか女になるかなどという議論を学校でするのは子供たちを混乱させるだけである。そのような議論は学校でされるべきではない。

サリバンの提案はまともなものだと思うが、サリバンはこのような提案はトランスジェンダー活動家にもフォックスニュース右翼にも受け入れられないだろうと言う。しかし彼に言わせればこの妥協案こそトランスジェンダーの威厳を保ったまま、女性の権利と安全を守る最良の手段だと語る。

さてそれではダンスキーの反論を読んでみよう。

まずのっけからダンスキーは妥協案という概念そのものに疑問を投げかける。

なんだって我々女性が我々の人間性において妥協しなければならないのだ?

ダンスキーは自分は左派寄りだが、これまでに色々な政策の面で右派との妥協には応じて来たという。しかしこと女性や少女たちの権利やプライバシーや安全と人間性そのものにおける性自認がもたらす「妥協」とは単なる政治見解の違いにおける妥協とは全く異なるものだと語る。

先ずサリバンは冒頭から女性には女性という枠のなかにトランスジェンダー女性という集合が含まれるという前提で話を進めている。これを認めてしまったら女性というカテゴリーそのものが消えてしまうのだ。もうこの時点で妥協などありえないとダンスキーは言う。

問題なのは、サリバンがこの討論が権利が相反する二つのカテゴリーの人々との間で起きているとしていることだ。ダンスキーに言わせればトランスなどというカテゴリーは存在しない。これはごく少数の大金持ちの男たちが広めた神話だと主張する。

妥協というの意見の違う二つのグループが争いを止めるために何らかの条件に同意して成り立つものだが、トランス問題ではきちんと同意できる争いそのものが存在していない。争いがあるとしたら、それは一部の男性は女性なのかということだけで、それはまともな論争ではないからだ。もちろんこれらの男性が本当に女性であるのなら、女性の空間に入ってくることはゆるされるべきだ。しかし彼らは女性ではない。そして彼らはそれを知っているのだ。

サリバンは生物学的に男と女が違うということを無視している。なぜ我々は事実に反する妥協をしなければならないのか?

妥協策を探すことに興味のある人々は自分に質問すべきである。いったいどれだけの人間性を犠牲にするつもりなのかと。もしその質問の答えがゼロ以上であるなら、我々はすでに人間性と事実そのものを捨て去る決意をしたのだと認めなければならない。すまないねアンドリュー。でも私は今日妥協する気はない。

さて、読者諸氏はどう思われるかな?


Comment

何故弱者の味方のはずの左翼がトランスジェンダリズムを使って女性を弾圧するのか?ヒント、その前提が間違っているから

森田成也著の「トランスジェンダリズムは究極のミソジニー ――日本左翼への訴え――」というエッセーを読んだ。左翼の立場からトランスジェンダリズムを批判している面白いものだったので紹介したい。

森田はマルクス主義者の立場から何故マイノリティーの味方であるはずの左翼リベラルがトランスジェンダリズム(以下TRAと略)を使って女性を弾圧するのかについて語っている。彼に言わせると左翼こそが女性の味方をすべきだというものなのだが、長年左翼思想を観察してきた私から言わせてもらうと、左翼が弱者の味方であるという前提が間違っている。

先ず森田はTRAの性自認を人種差別と比べてこう語る。

たとえば、アメリカ合衆国で黒人であるということは、過酷な奴隷制度のもとで虐げられてきた歴史的過去を有し、今日なお日常的に暴力と差別を受け、しばしば警察官に撃ち殺される恐怖の中で生活することを意味します。そうした状況の中で、アメリカ白人として生まれ白人として育った人物が、すなわち白人としてのあらゆる社会的・人種的特権を享受してきたものが、「自分の心は黒人だ」と称して、髪の毛をドレッドヘアーにし、顔を黒く塗り、ストリートファッションで身を固めて、「俺を黒人として扱え、さもなくば差別主義者だ」と言い出し、少数人種のためのさまざまな制度やアファーマティブ・アクションを利用し始めたらどうでしょうか? 明らかにこれは許しがたい簒奪だとみなされるでしょう。さらにこの「トランス黒人」が、黒人として生まれ育って差別と抑圧を受けてきた人々に対して、「君たちはシス黒人にすぎない。シス黒人はシス特権を持っているので、トランス黒人に対しては抑圧者であり、マジョリティ」だと言い出したら。どうでしょうか? これほどバカげた途方もない差別的主張は存在しないと思うでしょう。ところが、それが性別になると、突然そうした主張が全面的に正当だとみなされて、マイノリティ運動の支持者や左翼がこぞってそれを支持し、それに異論を唱える女性たちが逆に差別者扱いされるのです。これほど理不尽なことがあるでしょうか?

たしかに黒人が歴史的に差別されてきたというのは事実だが、いまでもひどい差別を受けているというのは真実ではない。また日常的に暴力にさらされていることや、警察官に撃ち殺される恐怖というのも、黒人同士の暴力沙汰が非常に多いからであって、白人による黒人差別が原因で起きていることではない。

アメリカでは混血の人が非常に多いので、奴隷制度時代の一滴でも黒人の血が混じっていれば黒人という理屈で、自分は黒人だと言い張ってアファーマティブアクションの恩恵を受けようとする白人が結構いる。いや、それどころか一滴の血も混ざってないのに黒人だと称して黒人運動に参加した人たちまで居るのだから面白いもんだ。黒人が白人よりも不利な立場にいるのなら、何故白人が黒人の振りをするのか考えただけでもおかしいとおもうはず。

それはともかく、白人が黒人を「自認」することは許されないのに、男が女と「自認」しただけで、社会がその男を女扱いしなければならないというのは理不尽だと森田は言う。たしかにそれはその通りである。しかし、ではなぜ左翼リベラルがこの不思議な思想を推し進めるのか、それについて森田は言及する。強調はカカシ。

まず第1に、進歩派・左派の当然の価値観としての「多様性の尊重」「マイノリティの権利擁護」という常識が悪用されていることです。生物学的に男性であっても男性らしい格好や生活スタイルを取らない人でも個人として尊重されるべきこと、トランスセクシュアルやトランスジェンダーであることを理由に職場や教育などで不当な差別を受けるべきではないこと、これらはすべて当然のことです。しかし、トランスジェンダリズムが主張するのはこうした水準(個人の尊重としての自由権)から完全に逸脱して、女性を自認ないし自称する人はすべて法的・社会的・制度的にも「女性」と認めなくてはならず、そうしないものは差別者として排除されるべきであると主張しています。これは「多様性の尊重」ではなく、多様性の根本的な破壊であり、「マイノリティの権利擁護」ではなく、女性というマイノリティへの攻撃です。「多様性の尊重」や「マイノリティの権利擁護」という入り口から入ってきたこの全体主義思想は、多様性を破壊し、他のマイノリティを解体しつつあるのです。

森田はTRAだけが特別な思想だと思っているようだが、「多様性の尊重」や「マイノリティの権利擁護」が左翼革新派によって悪用されなかったことなどないではないか?不寛容も多様性の一種だとして受け入れれば不寛容が横行するのは当然の話だ。だから多様性などという訳の分からないものをむやみやたらに受け入れてはいけなかったのだ。また、左翼による「マイノリティの権利擁護」は単に少数派を特別扱いするためだけの方針で、それによって少数派の暮らしが楽になるとか、社会的地位を得られるとかいうものでは決してない。それどころか、その特別扱いにしがみつくことによって独立できずに政府に頼り切りになる少数派が多く居る。90%以上の黒人が町を悲惨な状況にしている民主党議員に性懲りもなく投票し続けているのを見れば一目瞭然だ。

森田は左翼がTRA思想を簡単に受け入れた理由として左翼が女性を被差別集団とはみなしていないのではないかと語る。

しかし第2に、より本質的な理由として、左翼の中でもいまだ女性は、本当の意味で被差別集団・被抑圧集団とは結局みなされていないという問題が存在します。多くの左翼は性差別に反対だと主張し、たとえば森喜朗のような保守派の発言に怒りを表明しますが、その多くは反自民という政治的企図にもとづくものです。左派のあいだでも、女性は結局、人種的・民族的少数派と(少なくとも)同程度の被抑圧集団であるとはみなされていないようです。

これは左翼が女性を被差別集団としてみなしていないというよりも、左翼特有の女性蔑視がTRAのせいで顕著になったというだけの話だ。左翼は口で何と言おうと男女平等などという思想を最初から信じていたわけではないのだ。森田も認めているとおり、左翼が女性への侮辱に怒りを表明する時は政治的企図によるものであり、実際に女性のために怒っているわけではない。セクハラ男のビル・クリントンやジョー・バイデンを左翼がずっと黙認してきたことを見てもこれは明らかだ。

左翼の多くは、保守派のようにわかりやすいストレートな女性差別をするのではなく、「トランス女性」(つまり身体男性)を「最も抑圧された集団」扱いするという回り道を通じて女性差別に加担しているのです。これはちょうどセックスワーク論において、「セックスワーカー」の権利を擁護するという建前で、買春者である男性の権利を擁護するのと同じからくりです(実際、セックスワーク論を支持している「人権」団体の多くはトランスジェンダリズムをも支持しています)。

保守派が「ストレートに女性差別をする」という決めつけには笑ってしまう。私は日本の右翼保守が女性をどのように見ているのかはよく知らないが、少なくともネットで保守派思想家の話を聞く限り女性蔑視は感じられない。またアメリカでも右翼保守の男性たちの方が女性を大事にしていると感じる。

確かに保守派には男女が完全に平等だとは考えていない人が多い。しかしそれは、女性はか弱いものだから守らなければならない、母として妻として娘として姉妹としての女性達への尊敬の念から来るものである。女性は卑しいものという軽蔑心から来るものではない。森田は自分が左翼なので、左翼によるミソジニーは左翼の本髄から逸脱するものであると強調するが、私から言わせれば、ミソジニーこそ左翼の本髄だ。

森田はここで「ジェンダーは社会的・文化的構築物」という考えについて、ジェンダーが性別の役割という元来の定義ではなく、生物学的な性までもが社会的構築物だとされはじめたことに関して、非科学的な最たるものだと批判する。

生物学的性別は確固たる物質的現実であって、社会的構築物などではありません。マルクス主義は、自然的・物質的現実を踏まえつつ、その歪んだ解釈を排するのであって、自然的・物質的現実を否定するのではありません(エコロジーを重視するエコ社会主義の思想は、まさにこのような自然的・物質的現実の優位性にもとづいています)。ところがトランスジェンダリズムはその反対のことをします。この思想は、身体的・生物学的性別の現実性を否定する一方で、生物学的に男性でもピンク色やスカートやお化粧や長い髪が好きだから実は女の子だというような発想をします。つまり、性別の物質的現実を否定しつつ、社会的構築物にすぎないジェンダー(社会的・文化的な支配的規範としての性)をあたかも生得的な何かであるかのように扱うのです。これほど転倒した観念論もないでしょう。

そもそもジェンダーなどという造語を作って、男女の差は社会的建築物だと言って来たのは左翼。もともとフェミニストたちが『男と女は違う、それぞれ特性も違うから向き不向きもある。だが双方に同じ機会を与え実力のある人が女性だというだけで道を閉ざされないようにすべきである』と主張してきたのなら別。それを男に出来ることは女にも出来るとか男女の差はないと主張し、特定の分野で女性が少ないと、すぐ女性差別の結果だと騒いできたのも左翼だ。今更ジェンダーとセックス(生物学的性)は違うなどと言い始めて時すでに遅しである。

森田はTRAによるフェミニストや反TRAへの実際の暴力や脅迫についても、これはマルクス主義思想に反するものだと批判する。しかし今欧米などでTRAの味方をして暴力的に反TRAの女性達を攻撃しているのは極左翼でマルクス主義者だと自負するアンティファ暴力団である。もしTRAによる反対意見弾圧がマルクス主義の教えに反するものであるというなら、いったいこの矛盾をどう解決するのだ?

男性は女性にはなれないと言って世界中のTRAから叩かれたJKローリングに関して左翼の腰抜けぶりに森田は怒りを隠せない。

一人の勇気ある進歩派の女性が全世界の何千・何万というミソジニストから攻撃されているとき、新旧左翼は彼女を擁護する勇気をひとかけらも持ちあわせていなかったのです。何と恥ずべきことでしょうか。
 トロツキストはかつて、スターリニストによる世界的な弾圧と迫害のもとでもその正義の旗を降ろしませんでした。その偉大な伝統を復活させる必要があります。

たとえ、既存の左翼陣営から「TERF」や「トランスフォーブ」とののしられても、女性の人権と安全を断固として守り抜くことが必要であり、「TERF」とか「ヘイター」と攻撃されているフェミニストや市井の女性たちと断固連帯することが必要です。どうか勇気を奮い起こし、正義を貫いてください。

森田が左翼としてTRAの行動及びTRAに屈する左翼たちを批判したい気持ちはよく分かるが、もしかしたら、左翼思想そのものがこうした危険分子を生み出しているのではないだろうか?

イギリスやカナダで反TRAの女性たちがどんどん口を閉ざされているなか、彼女達にプラットフォームを与えたのはアメリカでも比較的保守派の団体だった。もしかしたら、TRAは左翼にとっては例外なのではなく、TRAこそが左翼の行きつく場所なのでは?

すくなくとも今まで隠されてきた左翼による女性蔑視が顕著になったことを森田は直視すべきなのではないだろうか?


Comment

イギリス平等人権委員会、トランス女性を女性と認める必要はないと宣言

いち早くトランスジェンダーの権利を認めたイギリスで変化が起きている。なんとイギリスの平等人権委員会がトランスジェンダー女性を女性と認める必要はないと宣言したのだ。「トランス女性が女性であることを受け入れなくてもよい」イギリス人権局の見解 – What is transgender? (xdomain.jp)

週末にEquality and Human Rights Commission(平等人権委員会)の新委員長であるバロネス・フォークナー氏がTimes紙に対して、「トランスジェンダーの女性は女性ではないと思っても、罰せられたり、虐待されたりするべきではない」と語った。

つまり、英国の人権当局は、トランス女性が女性であることを受け入れなくてもよいと言っているのです。この議論を見てきた人ならわかるように、これは大きな意味を持っています。また、性とジェンダーに関する政策や実践の意味を議論することが容易になってきたことの表れでもあります。適切に議論された政策は、オープンな議論を経ずに静かに実施された政策では不可能な方法で、国民の信頼を得ることができます。

自称女性の男性を性自認だけで女性と認めることによって、イギリスでは多々の問題が生じている。そんなこと試す前から明白だったではないかと思うかもしれないが、なぜかそうした理不尽な法律が人々の合意がないまままかりとおってしまったのである。

しかし今になって男女の犯罪の違いは余りにも明白であり、男を女としてカテゴライズすることの弊害が明らかになってきた。以下は労働党のガワー議員であるトニア・アントニアッツィのスピーチをまとめたもの。

  • すべての犯罪が女性や女児に与える影響を完全に理解するためには、データを正確に男女別に集計する必要がある。
  • 性差別に対抗するためには、性別をカウントする必要があり、他のグループに対する差別に対抗するためには、別の追加データを記録する必要がある。
  • 男性の犯罪パターンと女性の犯罪パターンは、最も高い差異を示しているので、すべての犯罪の被害者と加害者の性別を監視する必要がある。例えば、2019年に起訴された者の中で女性の割合は、性犯罪では2%、強盗では8%、武器所持では7%。
  • 女性や少女に対する犯罪の公式記録に関しては、すべての人を守るために、犯罪の被害者や加害者の性自認に関するデータに加えて、生物学的性別の正確な記録が必要であるにもかかわらず、全国警察本部長会議の助言を受けて、少なくとも16の地方警察が容疑者の性別を自称で記録するようになったと聞いている。性自認に基づくデータだけでは、女性や少女に対する暴力戦略を構築するための正確なデータにはならない。
  • 警察の記録がしっかりしておらず、性別が正しく集計されていなければ、信頼性が低く、誤解を招く可能性のあるデータが報道されることになる。例えば、BBCは英国の45の地方警察に、2015年から2019年までの女性加害者の児童性虐待の報告事例に関するデータでは84%の増加が見られた。この大幅な増加が女性加害者の増加によるものなのか、女性と認識している者の増加によるものなのかがわからず、その詳細が問題となっている。
  • すべての性犯罪の検挙者のうち、女性は3%である。これらの犯罪で有罪判決を受けた女性の数は非常に少ないため、加害者の性別を誤って記録すると、すぐにデータが歪んでしまう。女性の犯行が非常に少ない犯罪カテゴリーでは、たった1人か2人が加わるだけで、データに大きな影響を与えてしまう。例えば、2017年にバーミンガムのクラウン裁判所で殺人未遂などの罪で有罪判決を受けた生物学的な男性が女性として記録されたため、イングランドとウェールズで同年に殺人未遂で有罪判決を受けた女性の数が約20%も誤って上昇してしまった。
  • 警察の正しい記録を確保し、犯罪や女性・少女への影響に関するデータが汚される可能性を防ぐために、政府がどのような行動を取るのかを知る必要がある。

以前に私はMtFは自称女性であろうが性別適合手術を受けていようがその犯罪パターンは全く変わらないというエントリーを書いたことがある。性転換手術をしても変わらない男性の狂暴性 – Scarecrow in the Strawberry Field (biglizards.net)

ジェイミーはさらに、公衆トイレや更衣室及び試着室における事件に関して何年にも渡り何百という時間をついやしてネット検索をし、1000件に渡る事件を収集した。これらの事件で1000件中952件までが生物学的に男性による犯罪だった。

その内訳は、大人の男性839件、少年70件、女装男25件、MTF7件、大人女性25件、FTM1件、少女12件。女性による犯罪は性犯罪は非常に稀であるが、犯罪の犠牲者は女性が大半を占める。

最近日本でもトランス自認を認めようという動きが起きているが、すでに試して失敗している欧米の例から十分に学んでほしいものだ。


Comment