6月一杯はLGBTQ+αプライド月間なんだそうだ。もう年がら年中LGBTQ+αの話ばかり聞かされているから今更何がプライド月間だよ、いい加減にしろよ、と言いたくなる。そんな折、元フォックスニュースの人気アンカーで今は独立してニュース番組を持っているメーガン・ケリーの動画を観た。それはメーガンが何故他人の好む代名詞を使わないことに至ったのか、その経過を説明するものだった。

メーガンは最初多くの女性がそうであるように、トランスジェンダーというのは性違和のある気の毒な人だと思っていた。それで彼等が好む代名詞を使ってあげることに何の弊害があるのだろうと思った。トランスジェンダー女性が女子トイレで隣の個室を使ったからといって何の弊害があるのだろうと思った。メーガンは自分の番組にトランスジェンダー当事者を招いて話を聞いたりした。自分はより理解ある味方でありたかったから。

しかしそれが変だと思い始めたのは思春期の女の子の間でトランスを自認する子が急激に増えたことをアビゲル・シュライヤーの本で知ったことがきっかけだった。そして女子を自認する男子が高校の女子陸上競技で圧勝するのをみたり、明らかに女子よりひと首も背の高いリア・トーマスが大学女子水泳大会で次々と記録を出し、女子更衣室で男性器をさらけ出したのに女子学生たちは苦情をいうことも許されなかったこと、後にトーマスと同点を取ったライリー・ゲインズが大学の講演ツアー中に群衆に襲われ教室に閉じ込められたりしたのを見た。女子を名乗る男性犯罪者が女子刑務所におくられ女子受刑者を強姦した話や、高校の女子トイレで女装男子が同級生を強姦した話を聞いた。メーガンの娘の通う学校では過激なLGBT教育が施されているのを知った。

それでメーガンは気づいたのだ。人が好む代名詞を使うのは麻薬への入り口なのだと。それはトランスジェンダーという概念を認めるということなのだと。

だからメーガンは今後一切、他人の好む代名詞は使わないことに決めたのだという。

メーガンのような大物ジャーナリストがそうはっきりと言ってくれたことは嬉しく思う。しかし私は何故そんな単純なことに気付くのにそんなに長くかかったんだと聞きたい。

私はトランスジェンダーの問題が表に出始めた2008年くらいからこの思想は非常に危険であると気が付いていた。そして相手が押し付ける言葉使いを受け入れるということは相手の概念を受け入れるということだとも気付いていた。

昔からアメリカの保守派に苛立つことは、やたらと左翼リベラルの言葉使いに迎合してしまうことだった。穏健派が言葉使いくらい別にいいではないか、と言っているうちに今のような状況になってしまったのだ。トランスジェンダーだ、シスだ、ノンバイナリだ、と敵が次々に作り出す言葉を何故我々が使う義理があるのだ?私は断固拒絶する。

以前に私はこんな会話を誰かと交わしたことがある。

カカシ:私をシス女性とか呼ばないでほしい。

相手:でもあなたは女性を自認しているのでしょう?

カカシ:私はそんなことは自認していません。

相手:でもあなたは生まれた時に割り当てられた性別と自認が一致してるのでしょ?

カカシ:私の性別は生まれた時に割り当てられたのではなく、生まれた時に外性器によって医者に確認されたものであり。私自身も自分の身体は女性体であると認識しているだけだ。

私が自分を女性と自認しているなどと認めた瞬間に私は彼等の性自認という概念を受け入れたことになってしまう。言葉は非常に大事なのだ。だから私は男を彼女とは呼ばないし女を彼ともよばない。

しかしまあ英語でいうところの、遅くても全くやらないよりはまし。Better late than neverである。

メーガン・ケリー、ようこそ真実の側へ。


2 responses to 「何故私はもう他人の好む代名詞を使わないのか」メーガン・ケリーの宣言に考える

苺畑カカシ11 months ago

メーガン・ケリーが番組中に引用した「私はドレスじゃない」というアイルランド人女性の詩。日本語に訳してくれた人がいたので、リンクを張っておく。
https://twitter.com/ambxandrite/status/1665173522908581888

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苺畑カカシ11 months ago

I am not a dress

我らは女、鋼鉄の戦士
女とは男が決して感じることのない何か
女とは男が磨くことができる能力ではない
女とは我らの言葉であり我らだけの言葉
我は気まぐれで身に纏われるドレスではない
ドレスを着たって男は男
女とは単に我らの着ているものではない
このことがあなたを傷つけても、知ったことではない
我はいかなる男の心にある理念とも違う
そして我が人生の目的は親切でいることではない
だから自分の権利が毎日毎日蹂躙される間は
大人しくしているつもりはない
我は性差別主義者の嘘によって定義されない
女とは装いのことだと考えるのは浅はかだ
ドレスやビキニ、スカートなどの。
我はビッチでも、ターフ()でも、売春婦、淫乱女、
ヒステリカル、魔女、身持ちの悪い女、醜い女でもない
いいえ、我は女、生物学的女性、
自分の権利を売り払ったりはしない
我の定義は「男ではない」ではない
だからシスの腐ったミソジニーなんてクソ食らえなんだよ
我は女、性別の部分集合ではない
もしこれが我を恐竜に変えるなら、さもありなん、我はT−レックスだ!
我は血を流す人でも、生理のある人でも
子宮を持つ人でもない
それらの表現はインチキだ
我のことは女と呼べ、それが我だ

https://twitter.com/brandubh4/status/1652033802875576336

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