ミスター苺と私が30年来シーズンチケットを買っている地方劇団ノイズ・ウイズイン、今シーズン最後の作品は「Book of Will、ウィルの本」前知識全くなしで観に行ったのだが、観始めて、ここでいうウィルとはウィリアム・シェークスピアのことだったことに気付いた。これはシェークスピア亡きあと、生前彼の芝居を演じたグローブ劇場の役者や劇場のマネージャーやその家族や友人たちが、なんとか彼の作品を後の世に残そうと作品全部を一つの本にして出版するまでの話だ。これが史実に基づいたものなのか作家による創造なのかはわからないが、シェークスピアファンなら、あちこちにシェークスピア戯曲のセリフがちりばめられており、感激する戯曲である。

原作は現代劇作家ローレン・ガンダーソン。登場人物はほぼ全員実在した人々のようだ。

時はシェークスピアが死んだ数年後というから1620年代初期、グローブ劇場でキングスマンと呼ばれた劇団はシェークスピアの戯曲を演じて人気があった。しかし役者たちも年を取り、若い役者たちが別の劇場でシェークスピアもどきの芝居をへたくそに演じているのを見て、ベテラン俳優のリチャード・バーべジ、ヘンリー・コンデル、そして元俳優で今は劇場マネージャーのジョン・ヘミングスは忌々しく思っている。特にバーべジは頭の中に詰まったシェークスピアのセリフを若い大根役者の前で披露して若い役者を圧倒させてしまう。

しかし数日後、バーべジが急死。このままシェークスピアを覚えている役者が死んでしまったら、自分らの代でシェークスピアの偉大な作品は忘れ去られてしまうとヘンリーは考える。そこでヘンリーは乗り気のないジョンを説得し、ジョンの妻と娘、自分の妻も一緒になってシェークスピアの作品をすべて集めて出版しようと活動を始める。

問題なのはシェークスピアの時代には台本は皆手書き。しかも題目は日替わりなので長い芝居を登場人物の分書き写すなどと言う暇はない。また当時は著作権というものがなかったので、シェークスピアは戯曲を全部書いた台本を役者に渡して盗まれるのを恐れていた。だから役者は自分のセリフのところだけのページしか持っておらず、全編はシェークスピア本人が保存していたが、それも火事でほぼ焼けてしまったという状況。それで役者たちが持っていた部分的な台本や、台本を写本した人がたまたま持っていた台本などを集め、後はヘンリーやジョンの記憶から話をつなげるという気の遠くなるような作業が続いた。

それだけではない。本を出版するとなればお金もかかる。紙代も印刷もただではない。それでヘンリーとジョンはシェークスピアの戯曲を無断で出版していた出版社のウィリアム・ジャガードと息子のアイザックと停戦を結び協力しあって印刷にこぎつける。シェークスピアとはけんか相手だったベン・ジョンソンやシェークスピアの元愛人エミリアを説得して前書きを書いてもらったりお金を融資してもらったりする。

いったいシェークスピアの本は完成するのだろうか?

と聞くまでもなくもちろん完成した。だからこそ我々が400年以上も経った今、シェークスピアの作品を楽しめるのである。話の結末を知っているにもかかわらず、ヘンリーとジョン、そして家族や仲間たちが本完成に向けて奔走する姿は観ていてハラハラドキドキである。

全編コメディータッチで描かれているが、時々ハムレットのシーンが出て来たり、仲間の一人が死ぬなど悲しいシーンもある。喜劇在り悲劇在り詩あり、シェークスピアのお芝居のようである。

これを観ていて思い出したのは、クリスマス・カロルを書いたチャールズ・ディケンズがお金に困ってほんの数週間でクリスマス・カロルを書き上げ自費出版(色々な人に借金はしたものの)するまでの過程を描いたThe Man Who Invented Christmas(クリスマスを発明した男)を思い出した。もちろん我々はディケンズが成功したことは知っているわけだが、それでも観ていて本当にどうなるんだろうと思わせる経緯がおもしろかった。

シェークスピアはあまりにもポピュラーなのでどうやって出版されたのかなんて私は今まで考えたこともなかったのだが、もしもヘンリーやジョンのような人たちが居なかったら、今頃彼のお芝居は切り刻まれてつぎはぎになった訳の分からない形でしか残っていなかったことだろう。シェークスピアの作品がほぼ完ぺきな状態で今まで保存されたのも、仲間たちの努力のおかげだ。

最後にヘンリーとジョンがシェークスピアの未亡人アンに印刷されたばかりの本を持っていく。アンは年老いて目が悪いため本は読めない。

「私の目の前には名優が二人いるんでしょ、はじめなさい」

ヘンリーとジョンはテンペストの最初のシーンを読み始める。そして出演者全員がそれぞれシェークスピアのセリフを同時に言いながら舞台に集まった時は私は思わず涙が出て立ち上がり拍手をおくっていた。

ありがとうヘンリー、ありがとうジョン、ウィルの本を作ってくれたすべての仲間たちよ。ありがとう!

The Bokk of Will(ブックオブウィル、ウィルの本)

脚本ローレン・ガンダーソン、演出ジュリア&ジェフ・エリオット、出演ジェラミー・ラボ、ジェフ・エリオット、フレデリック・スチュアート、トリシャ・ミラン、デボラ・ストラング、ケイシー・マハフィー、ニコール・ハビアー、スタンリー・アンドリュー・ジャクソン、ケルビン・モラレス、アレックス・モリス


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