今週末で手術後一か月が経過したことになる。明日は一か月後の検診でお医者に行く。まだ運転は出来ないので送迎は知り合いに頼んで迎えにきてもらうことになっている。

開胸手術という大手術だったので、回復に8週間はかかると言われていたが、もうだいぶ良くなり、近所の薬局まで歩いていけるほどになった。ただまだ重たいものを持つことはできないので、簡単な家事は出来るが、鉄製のフライパンなどは持ち上げられない。仕方なく料理らしきものはせず、夕飯なのに缶詰のトマトスープとツナサンドイッチだったりする。でも大して食欲があるわけではないから、そんなもんで十分だ。主人は何も言わずに食べてくれてるし。

今日は一日ずっと暇だなと言う気がした。でもそれで気付いたのだ。暇だと感じられるということは、身体が疲れて動けないとか、胸が痛いとか、咳き込むとか、そういうことがない証拠。なぜって身体の調子が悪い時はそれしか考えられないから、暇だなんて考えてる余裕はないからだ。

実はコロナ禍でロックダウンが始まった2020年の春ごろから、私は非常に精神的に落ち込んでいた。それというのも長年連れ添った主人が難病であると診断されたからだ。今日明日どうなるという病気ではないが、一生治ることはなく、徐々にではあるが悪化していずれは動けなくなる病気。それが10年後かもっと先なのか今は未だ分からない。

私は残りの人生を考えたら絶望的な気持ちになった。これから主人と色々な所へ旅行しようと思ってた。コロナ禍にならなければニュージーランドへ行くはずだった。でも2年後の今、主人はもう海外旅行など出来る身体ではなくなっていた。

そんな時に私の心臓が悪いと言われた。手術が必要だと。年寄りには進めないが、あなたはまだ若いから、この先20年も30年も生きる可能性があるから、やっぱり開胸手術をお薦めしますと医者に言われた。何もしなければどうなるんでしょう?それは何とも、もしかして数か月の命かもしれないし、数年かもしれない。だったら手術なんて要りません。数か月後にぽっくり死にたいです。そう言いたかった。主人と一緒に年を取れないなら、長生きなんかしたってつまらないもの。

でもそんなこと言って主人より私が先に死んでしまったら、病気なのに世話をする人も居ずに残された主人はどうなる?ここで私が倒れて死なずに寝たきりにでもなったらどうする?

そう思ったら、やっぱり生きなければいけないと思った。

術後すぐは身体が苦しくて痛くて辛くて何も考えられなかった。一日一日、ともかくこの痛みから解放されたいという思いで一杯だった。退院後も徐々によくなっているとはいえ、ここが痛い、あそこが苦しいと身体のことばかり考えていた。でもそのうちに気付いたのだ。私は生きたい。死にたくないと。

身体が悪いと生きたいという命への執念が湧くようだ。まだまだ生きてやるぞ、こんな苦しい思いをしたんだから、後20年や30年楽に生きてやる!そんな執着心が生まれたのだ。

確かに主人は病気だが、まだまだ寝たきりというわけではないし、二人で近所の散歩くらいは出来る。私が運転できるようになったら、湖のある公園に行って、主人の好きな写生でもしよう。時々はおいしいものを食べに行こう。あと何年こんな生活を続けられるかなんて嘆いているより、一日一日を大事にしよう。

そんなことを考えている術後一か月であった。


2 responses to 命に執着心が出た?術後約一か月経過

よもぎねこ2 months ago

 大変でしたね。
 でもホントに「暇」とか「退屈」って体調がよくなって初めて感じるようになるのです。 体調が悪いと自分の体の面倒を見るのに忙しくて「暇」も「退屈」もしないのです。
 だから順調に回復されているのだと思います。

 いつもお仕事に家事にそしてブログで頑張ってこられたのですから、暫く「暇」されるのも良いと思います。
 どうか暫く「暇潰し」に励んでください。
 

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    苺畑カカシ2 months ago

    よもぎねこさん、ありがとうございます。

    本当に身体の回復に躍起になってる間は暇とか退屈なんて言ってる余裕ないですもんね。

    まだ頭がしっかり動かない気がして、まともなブログエントリーが書けませんが、まあツイッターとかでだべってるくらいは出来ます。

    来週一杯休んだら、仕事に復帰する予定ですが、運転はまだ出来ないので当分在宅勤務になりそうです。

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