本日スティーブン・ターリー教授がYTで紹介していたThe Turnというエッセーを紹介したい。これは左翼リベラルのエリートとして長年教鞭をとってきた男性が、徐々に自分は左翼リベラルではないと気づき、保守派に移行したという話で、今左翼に絶望を感じている人たちへのアドバイスでもある。著者はLIEL LEIBOVITZ (リール・リーボヴィッツ)。

リーボヴィッツ教授はニューヨーク大学(NYU)の教授。出身大学はアイビーリーグのお金持ちか頭のいい人しか行かれない有名私立校。教授は若い頃から左翼系の思想を持っており、左翼は善人で恵まれない人たちのことを思うと信じていた。時としてスターリンみたいな失敗例もあったが、だからと言って社会主義が全部だめだってことにはならんだろうと思っていた。ともかく過去や現在はともあれ、左翼思想こそが未来だと信じていた。

高校時代に社会主義に染まり、パレスチナ人と一緒にエルサレムでハンガーストライキをやったり、貧乏な学生のために学費を減らす運動に参加したりした。2000年代には物欲と戦争しか興味ない共和党に反抗するため、どんどん過激派左翼運動に加わるようになった。

アッパーウエストサイド(ニューヨークの裕福な地域)でのディナーパーティーなどでは、必ずブッシュ大統領を批判しタイムスの社説を称賛し、常に左翼系エリートたちの仲間であることをアピール。特に無理にやっていたわけではなく、それが正しいと思っていた。

仕事面でも恵まれ有名大学の教授になり、立派なオフィスもあてがわれ、左翼有名人たちとの交流も深めた。なにもかもが順調な左翼生活を送っていた。

そこに訪れたのがザ・ターン(転機)である。体験した者なら誰でもわかるが、その転機は突然やってきたわけではない。それは何か劇的なひとつの事件で起きるものではなく、少しづつ何か引っかかるようになり、そのうち何か居心地の悪さとなり、そしてそれがパニックに変わっていくのだ。

過去5年間、MAGAやアンティファやアイデンティティーポリティクスに囲まれコロナによる世界中の大混乱を経験し、自分のような人がどんどん政治的ホームレスになっていった。教授は本能的に民主党に助けを求めた。しかし自分がかつて読んでいた新聞や学校の入学案内は恐ろしいものになっていた。教授はがんばって左翼に何が起きているのだろうと説明しようとした。左翼は正しいはずだと自分に言い聞かせようとした。それが転機だ。

自分が転機を迎えているかどうかが解るのは、言論の自由はたとえ他人を不快にさせたとしても自由であるべきだと考えているのに偏狭者と思われるのが怖くてそれを認められなくなっている時、公共の健康対策に関してロックダウンの効果や学校閉鎖などについて疑問があるのに反ワクチン派と言われるのが怖くて口に出来ない時、町を焼き略奪するのが社会正義を奨励するのに得策ではないと感じているのに白人至上主義者と呼ばれたくなくて何も言えない時、テロ軍団が世界唯一つのユダヤ人国家を攻撃しているのに同僚たちがアメリカ国内で子供たちが死んでいるのを無視してフェイスブックやツイッターでイスラエルはアパルトヘイトだと言ってるのを見て何も言えない時。

もし君が心底心配していることを友達と共有したら、友達から絶交されるんじゃないかというむかむかした気分を感じているなら、もし君がちょっと息が苦しくていったい何が起きているのだろうと絶望的気分になっているなら、 残念ながら君は転機を迎えているんだ。

教授は自分がイスラエルを弁護したことで、仲の良い友達から厳しく冷たい口調で警告を受けたという。彼が真実を信じていたものがどんどん崩れ去っていくのを感じた。友達だと思っていた人たちが去っていくのも体験した。

もし左翼が道徳的であることをすべて「右翼」と呼ぶなら、右でいいのだ。

なぜなら今や右だ左だというのは意味のない言葉になってしまったからだ。政府が提供する独占を守るために国中で一番の金持ちから献金を受け取っておいて「金持ちに反対」なんかできない。自分と反対意見を持ってる人の発言を禁止して「言論の自由を支持する」ことなんて出来ない。肌の色で互いを戦わせて、自分の身体について選択する人から仕事を奪っておいて「民衆のため」になど働けない。アマゾンから物を注文し地域の小さな商店への影響を無視しておきながら「経済の不平等を真剣に」考えているなどとは言えない。政治に沿ってない科学説を認めないでおいて「科学を信じている」などとはいえない、人種で人を分けて判断しておいて「反人種差別者」にはなれない。違う意見の発言を許さないでおいて「統制に反対」などとは言えない。

今や、裕福なエリート層の党となり、国家警察が人種の分断をはかり、国家が言論弾圧をし、一般市民や憲法をおざなりにし、人々が何をし何を考えるかを逐一命令する、それが左翼だ。自分が左翼だというなら、そういう側に自分は居るのだと知るべきだ。

だから左翼が支持してるリストを見て自分に聞いてみることだ。これは自分か?もしその答えがイエスならいい。君は居場所を見つけた。だがもしその答えがノーであるなら、空っぽの言葉で自分を定義させてはいけない。出ていくんだ。そして一旦出てしまったら、誰にも自分を定義させるな。左翼レイシストや警察国家のファンじゃないことは白人至上主義者でもトランプ崇拝者でもない。そんな二元主義を信じるのは小さい子供か機械か熱狂的宗教家だけだ。

外にでて向こう側に行くと、自由を肌で感じることができる。無論立ち去ったことで失った友人やキャリアや失うものは多く苦痛だ。しかし自由よりエネルギーをあたえてくれるものはない。

英語だと「正しい」と「右」が同じ言葉なので、それにかけて教授は目覚めたひとたちに「the right sideにようこそ」と言っている。左翼たちが反科学的だ人種差別者だTERFだといくら我々を罵ろうが、我々にはもっと良い言葉がある。それは「自由」だと。

左翼から始まるひとというのは、そのおかしさに気付くのに時間がかかるようだ。リーボヴィッツ教授のように教養もあり頭もいい人が何故左翼思想に嵌ってしまうのだろうか?若い頃からずっと右翼保守の私からすると非常に不思議だ。

私はリベラルだったことはあるが、左翼だったことは一度もない。何しろ私が育ったころはソビエト連邦がまだ健在だったし、共産主義は心から憎んでいるから、どう考えても左翼にはなりようがないわけだが。

良識ある左翼リベラルの人なら、今の左翼の状況に絶望するのは当然だろう。そして今まで毛嫌いしていた右翼保守が、実はそんなに悪徳非道な人たちの集まりではなかったことに気付くだろう。リーボヴィッツ教授のいうとおり、そういう人が増えてくれるといいのだが。

Liel Leibovitz is editor at large for Tablet Magazine and a host of its weekly culture podcast Unorthodox and daily Talmud podcast Take One.

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