私はJ.K.ローリング女史のツイッターを追っているが、昨日と本日、女史がツイッターで紹介していた二つの記事についてお話したい。今回はその一つ目でレズビアン女性たちの性愛対象に自称女の男性を入れろというLGBTQ+からの執拗なまでの圧力について。

以前から私は女装しているだけの身体男性が、レズビアンに性交を迫ってレズビアンたちの安全と尊厳を脅かしているという話は何度もしてきた。

レズビアンたちが女装男達から性交を無理強いされている!BBCが画期的な特集を報道 – Scarecrow in the Strawberry Field (biglizards.net)

自分をレズビアンだと言う男は強姦魔だ! – Scarecrow in the Strawberry Field (biglizards.net)

今まで、この問題について語ることさえタブーとされており、LGBT活動家の間ではレズビアンたちの声は沈黙させられてきた。LGBTがレズビアンが男性と無理やり交際させられることからレズビアンを守れないどころか、黙って男の相手をしろと命令するなど、全く本末転倒ではないか? しかしやっとレズビアン女性達の間でも声を上げる人たちが出て来た。ではソーニャ・ソーダの
If a lesbian only desires same-sex dates that’s not bigotry, it’s her right (レズビアンが同性とのデートを望むのは彼女の権利だ、差別ではない)から読んでみよう。

Sonia Sodha

Sonia Sodha

個人がどういった人を好むのかというのは、個人の嗜好の問題であり、特定の人種に固執する人がいたとしても、それを人種差別と決めつけるのは正しくない。最近は異人種間のデートも珍しくないが、それは社会が人種差別のない健康な傾向に自然に向いたというだけのことで、特に活動家たちから無理やり異人種を選べと強制されたからではない。

性愛の相手の人種を監視されることが不愉快だとしたら、性指向への監視は誤りなだけでなく危険であるとソーダは言う。しかし今やなんとLGBT活動家たちが、レズビアンが自称女の男を女性として交際相手に選ばないのは差別だと責る時代である。しかもこれは一部の過激派の意見ではなく、LGBTの大御所市民団体ストーンウォールの代表はこう語っている。

性指向は個人の問題です。しかしもし交際の際に特定の人種やトランスジェンダー全体を切り捨てるのであれば、いかに社会的偏見が個人の好みを形成しているか、考える必要があります。

先週カナダの裁判所の倫理委員会において一人の判事は(a QC on the Bar Council’s ethics committee)レズビアンの性指向を表すコットンシーリングと呼ばれる壁を乗り越える必要があるとし、レズビアンがトランス女性を好まないのは偏見に満ちた行為であると、アパルトヘイト時代の南アフリカを引き合いにだして批判した。

人によってはレズビアンの女子嗜好を「性の人種差別」とまで言い、男子を交際相手から除外するのは深刻な問題だとまで言う。いや、待ってくれ、性指向が女性のみの人をレズビアンと定義するのではなかったのか?男子も交際相手に選べるなら、それはもうレズビアンとは呼べないではないか。

女性に性愛を持つ自称女たちはトランスした後に交際相手を見つけられないと愚痴る。トランスしたことによって女装男たちは普通の異性指向女性達から相手にされなくなるからだ。しかしだからといってレズビアン女性達が彼等に魅力を感じるというわけではない。

何世紀にもわたってレズビアンたちは同性愛を治すためにと男たちとのセックスを強制されてきた。彼女たちは強姦ともいえる拷問を受けて来たが、今や全くそれと同じことがLGBTたちの手によって行われようとしている、いやすでに行われているのだ。声の大きいTRA活動家やそのアライたちが、レズビアンたちに同性愛者であることを恥かしめる運動を起こしている。そしてそれを拒否したレズビアン女性が職を奪われる危機に瀕している。

アリソン・ベイリーがその一人。彼女は黒人で子供の頃性的虐待を受けた。子供の頃の苦労を乗り越えカナダで弁護士となった。しかし彼女はガーデンコート法廷により、プロとしてあるまじき発言をしたとして二つのツイートを削除するよう命令された。その一つは、「性的少数派を差別者と恥かしめ、その境界線を失くさせようとするのは強制行為だ。」というものだった。

「トランス女性は女性です」という誤った解釈で、身体の性別をジェンダーという概念で置き換え、女性専用空間やスポーツが自称女の男たちによって侵略されることが許されるなら、その自然の成り行きで女子のみを性愛対象とするレズビアンにしわ寄せがくるのは当然だ。しかしレズビアン達は誰が何と言おうと男性体に魅力を感じることはない。これは理屈ではなく、性指向の問題だ。

身体の性別をジェンダー概念が置き換えられるという考えは、同性愛指向を持つ若者をトランスジェンダリズムという間違った道に導いてしまう危険性がある。本来なら単に同性愛者となるべき子どもたちが、性同一性障害だと誤診され、不必要で危険なホルモン治療やひいては不可逆的な整形手術にまで及んでしまう。

ソーダはこの問題は女性の権利とトランスの権利との対立なのではないという。なぜならトランスジェンダーの中にも自分の生物学的な性は変えられないと考える人はいくらもいるからである。本当の問題はジェンダー概念が生物学的事実を乗り越えられるという誤った考えだ。

レズビアンが他の身体女子のみに魅力を感じることは決して偏狭心ではない、この事実をはっきり再確認する必要があると、ソーダは強調する。


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