最近日本でもアメリカでも「反差別」運動が活発に行われている。アメリカではBLM/ANTIFA推進の「批判的人種理論」、日本では「LGBT理解推進法」などがそれだ。これらの左翼思想の共通点は、左翼は他人の理解を求める努力をするのではなく、自分らの理論を全面的に受け入れろと要求することだ。そして、反対派に異論を述べる機会を与えず、すべてを「差別だ!」で片付けようとすることだ。

左翼のやり方で特に卑怯なのは、彼らは白を黒と認めさせるため、目の前で起きている現実を否定することだ。例えば去年のBLM暴動中、背景で街が燃え火の粉が飛んできている場所で「概ね平和的なデモ」などと実況中継をしているアナウンサーなどが典型例である。今アメリカを不穏な状況にしているのはBLM/ANTIFAの度重なる暴動であるにも関わらず、バイデン政権は今のアメリカでもっとも危険なのは白人至上主義という国内テロリストだなどというのも、その一貫だ。

さて本日フェミニストのウェブサイトWANに掲載されていた二つのエッセーを読んで、本当に左翼のお惚けには呆れると思った。どちらもフェミニストによるエッセーだが最初のはトランスジェンダーを排除しているわけではない 石上卯乃。二つ目はこのエッセーへの反論になってない反論「トランスジェンダーを排除しているわけではない」が、排除するもの 岡野八代である。

石上のエッセーはこの問題を追ってきたひとには非常に親しみのある議論である。タイトルからも解るように、石上はトランスジェンダー女子を女子空間に入れるべきではないという議論は、決してトランスジェンダーを排除しているわけではないというもの。そしてトランスジェンダーに歩み寄りの姿勢を見せようとしても、少しでもこの点を強調するとTERFなどと呼ばれて「殺せ、犯せ、殴れ」といったひどい脅迫を受けると主張。

私たちは、女性の権利や安全に関心があります。フェミニストです。そしてすべての差別がなくなり、みんなが安心して暮らしていける社会を求めています。

ところが、私たちはなぜか、TERF(Trans Exclusionary Radical Feminist トランス排除的ラディカル・フェミニスト) と呼ばれるようになってしまいました。TERFという言葉を少し調べれば、殺せ、犯せ、殴れといった言葉と一緒に使われるので、とても怖くなってしまっています。そしてなぜ、そう呼ばれるのかが、全く分かりません。私たちは、トランスジェンダーの人たちとも、平和的に共存したいと思っています。ただほんの少しの場所、トイレや風呂、更衣室、レイプクライシスセンターなどのシェルターでは、安心して過ごせるように、安心・安全という問題意識を理解してもらい、どうすればいいのかを一緒に考えて欲しいと言っていただけなのです。

これは完全に正論で私は石上と全く同意見である。あえて異論があるとしたら、石上はトランス活動家に理解を示しすぎているという点くらいだろう。石上はトランスの脅迫の例としてハリー・ポッターの作家JKローリングが「生理のある人を女性と呼べないのはおかしい」といっただけで作家としての生命を奪われかねない迫害や脅迫を受けた例をだしている。また日本でもトランス権利活動家(TRA)の行動に批判的な人々をTERFの名で罵倒し、脅迫まがいの発言をするのが、ただのチンピラではなく学者や研究者と言われる人々であることも指摘している。

さて、これに対する岡野の反論だが、自らもレズビアンであると言う彼女は先ず石上のエッセーを「稚拙」「悪質」と侮辱し、左翼特異のお惚け作戦を取り、漠然とした差別理論を繰り広げる。

先ず岡野は石上のエッセーが悪意に満ちているという印象操作から始める。強調はカカシ。

わたしは、本記事を読めば読むほど、説明すべき文脈や根拠をあえて示さず、一文に多くのことを書き込むことで(稚拙な文書のように見せかけることで)、はじめてTERF といった言葉を知る人や、これまでトランスジェンダーの権利について深く考えたことがない人たちに対して、トランス恐怖を与え、差別意識を植えつけるようなしかけがあるように思えてなりません。

(略)記事の真意は、トランス女性は、なるべく本物の女性がいるところにはいないでほしい、それどころか、そもそもトランス女性は、危険な人なのだと訴えているようにみえます。言葉遣いは丁寧な文書ながら、トランスジェンダーの人たち、直接的にはトランス女性に対して、本物の女性が抱えている不安や恐怖を理解していないと決めつけているようにさえ読めます。

もしもこのエッセーだけを読み石上のエッセーを読んでいなかったら、岡野のこの文章が出鱈目であることには気づけない。だが、石上はトランスジェンダーがTERFと呼んでいる人たちに対して行っている脅迫について、きちんとJKローリングの件で「文脈や根拠」をきちんと示している。二章節目に関しては、石上の述べた事実がそう受け止められるとしたら、実はそれが事実だからともいえる。

次に岡野は左翼特有のお惚け作戦にでる。TRAによる脅迫や暴力について岡野は、

なにより、他者にそのような言葉を投げかけることは、脅迫、あるいは犯罪教唆に他なりません。そうした言動をとる人は、厳しく非難され、あるいは告発されるべきですし、その罪は、そうした言動をなした個人にこそ帰せられるべきであり、トランスジェンダーの権利とはなんら関係がないはずです。

JKローリングを脅迫状を送り付けたのは名もないSNS上の不特定多数だけではない。石上も指摘しているように、TRA研究者と呼ばれる著名な人たちが多く混じっていた。また脅迫とまではいかないまでも、ハリー・ポッターの主演役者などもローリング批判に参加していた。

もしTRAに批判的な人々への脅迫がTRAの一貫でないならば、何故TRAの一人でもこうした行動を批判しないのだ?もし女性を「ターフ」と言って「犯せ、殺せ」と言ってる人たちが一部の過激派だというなら、なぜトランス活動家たちが積極的にこのような攻撃を受けている女性たちの弁護に回らないのだ?「ターフ」への暴力的脅迫を批判もせずに容認しているのであれば、それがTRAの作戦だと思われても文句はいえない。

お惚けと言えば、TRAは自認さえ女なら男性器を持ったまま女性空間に入ってもいいと言っている女装男たちの存在を否定して、そんな人はいない、いたとしても少数、犯罪者は通報すればいい、トランスジェンダーとは無関係と言い続けている。諸外国の例を出すまでもなく、日本でも「自分は女性です」と主張して女装のまま女湯にはいった男の事件が今年だけで二件もあったというのに。

岡野は最後の部分で差別とは何かについて言及しているが、長々と書かれた彼女の文章を読んでいてわかったことは「言われた本人が差別だと思えば差別」だということ。岡野は「差別とは社会構造の問題であって、個人の悪意や意識、理解力は二次的な問題だと考えて」ていると言っているにもかかわらず、今現在LGBTQ+αが具体的に社会構造の中で、どのような差別を受けているのかを示していない。

彼女がレズビアンとして受けたとする差別は、大学時代にカムアウトした時に「私を襲わないでね」と友人から冗談で言われたことくらいで、彼女自身もそれが社会構造の問題だとは言ってない。ただ人々の何気ない言葉使いが差別をされてきた歴史を連想させると主張する。

普段忘れて/ 封印して過ごしている過去の経験を、突然想起させることが、わたしは差別発言がもたらす効果がもつ特徴の一つだと考えています。わたしたちの言葉には、その言葉を共有する共同体に投げ入れられ解釈されて初めて意味をもつために、単なる媒介手段ではなく、折り重なる意味と経験と歴史を運ぶ重みがあります。一つの言葉に内包される意味や文脈は、その言葉が背負っている共同体の歴史が反映されます。だからこそ、差別発言は、差別を受けている者に対して、差別されてきた者たちがこれまでも、そしておそらく今後も受けるであろう差別を痛感させます。(略)

石上さんの記事、とりわけそのタイトルの「排除しているわけではない」は、そもそも、自分が生きている社会から排除されてきた/ いる者たちにとって、彼女たち・かれらの抱えている現実を認めない、とうい宣言に他なりません。いくら、誰かに〈私たちは、あなた(たち)を排除している/ 差別しているわけではない〉と伝えられても、厳然とした差別構造がなくならないかぎり、差別は終わりません。排除している/ 差別しているわけではないと宣言できる人がいるとすれば、日本社会に深く根ざしたこの差別構造を変革しようと努力している者たちだけではないでしょうか。

私がこの文章に納得がいかないのは、いったい「日本社会に深くねざしたこの差別構造」とは何なのかが全く示されていないことだ。岡野は石上が文脈や根拠を提示せずにTRAによる脅迫について書いていると批判しながら、自分がこの差別構造でどのように差別されてきたかという話の例をひとつもあげていないのだ。

例えばイギリスでは同性愛行為自体が違法であった時代があり、オスカー・ワイルドやチューりングといった著名な人々も逮捕され拘束された例がいくらもある。アメリカでも自宅の寝室で寝ていた二人の男性がソドミー行為に至ったとして逮捕された例もあり、それが訴訟に繋がりやっとソドミー法が撤去されるという歴史がある。だが日本では一度でもそのような組織的差別はなかった。

確かに昔は同性愛者であることがばれてキャリアを奪われた人々は存在しただろう。松浦大悟氏によれば、紅白の司会までやった人気歌手の佐良直美さんが芸能界から干されたのもレズビアン疑惑が原因だったという話しだから、昔はそういうこともあったのだろう。

岡野は弁護士だ。レズビアンということで酷い差別をされてきたという割りには立派な職業で身を立てているではないか?レズビアンだとばれて弁護士協会から破門されるなどということも起きていない様子だし。いったい彼女自身どんな差別を受けたというのか?

岡野の理屈だと、差別をされる立場に居ないひとが「差別をしていない」とか「排除してるわけではない」ということ自体が差別だということになり、他人に差別体験を思い出させるような発言も差別だということになる。だから私は「反差別」思想には付き合えないと最初から言っているのだ!

石上はフェミニストだと自ら言っており、トランスジェンダーにも理解を示して歩み寄ろうという姿勢を見せている。だが同じフェミニストの岡野の方には歩み寄りの姿勢は全く見られない。彼女たち反差別主義者たちの要求を100%受け入れない人々は、どれだけ口で差別反対を唱えても無駄だと言い張るのだ。

レズビアンの岡野が、トランスジェンダー女性の横暴の事実を全く知らないとはとても信じられない。彼女は知ってて惚けているだけなのだ。なぜなら岡野のような左翼にとって個人の人権などどうでもいいからである。フェミニスト運動が女性のためのものではなかったのと同じように、LGBT運動もLGBTのための運動などではないのだ。左翼にとって被差別者たちなど、左翼思想を促進するための将棋の駒でしかないのである。


5 responses to 歩み寄り姿勢すら差別だと責める左翼

よもぎねこ1 month ago

 日本で性同一障碍者の為に戸籍変更をできるように努力してきた山本蘭氏は、トランス女性として女性に恐怖心や違和感を持たれないように大変気を使っていました。
 幾ら「自分は女性だ」と叫んでも、本物の女性から恐怖や嫌悪を持たれたら、女性として平穏に暮らせるわけはないのだから当然でしょう。
 でもこうした細心の気遣いをしたうえで、社会への理解を訴えたので、日本では戸籍変更が可能になったのです。
 そして戸籍変更に厳しい条件を付けたのも、犯罪者の悪用を防止したり、家族を心情を最大限配慮したからです。
 戸籍変更で家族が不幸になったり、犯罪に悪用されたりすれば、結局トランス女性やトランス男性の立場が悪くなり、また不幸になるのだからこういう配慮は絶対に必要なのです。

 ところがこうやって戸籍変更が可能になるなど、一定の成果が上がると、左翼がワラワラと寄ってきてその成果を食いつぶしにかかるのです。
 
 この前の自称男性の劇団員なんか典型だけれど、長い髪も切らずに「自分は男だと思うから男して扱え」なんてことが通るなら、髭面で強姦の前科があるような男でも「自分は女だから女湯に入る。 入れないのは差別だ。」という事になります。

 これだと本当に女性として生きようとしてきたトランス女性の立場がなくなります。
 
 ところが今は「差別を許さない」という連中が、こうやってトランス女性への恐怖と嫌悪を煽り続けて、山本氏等の努力をすべてぶち壊そうとしているのです。

 ホントに酷い話です。

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    苺畑カカシ1 month ago

    戸籍変更の「ハードルが高い」のは当然です。簡単に変えられたら性別の意味がありません。今トランスジェンダーだといって騒いでいる活動家のいったいどれほどが性同一性障害を病んでいるのでしょうか。

    イギリスで性別確認法とでもいうのでしょうか、手術をしなくても公式書類の性別を変えられるGRA法律が通った当時、法律作成にあたった人たちの考えは非常に甘く、性別を変えようという覚悟のある人で手術をしない人などごく稀だろうと思ったそうです。手術をしたくても健康上の理由でどうしても出来ない人とか、そういう人だけがこの制度を利用するのだろうと思ったそうです。

    でも実際に性別変更のハードルを下げた途端に悪用する人が続出し、連続強姦魔が刑務所のなかで性転換(書類上のみ)し、出所後「女として」生き(単に名前をかえて女装してるだけ)再び強姦を繰り返してまた逮捕されるという事例があります。

    当時多くの女性達が絶対に悪用されるからダメだと抗議しましたが、彼女たちの意見は全く聞き入れられませんでした。一番悪影響を受ける人たちの人権が完全に無視されたのです。欧米はフェミニストの国だとか普段は言ってるくせに、この女性をないがしろにする姿勢には腹が立ちます。

    そこへいくと山本蘭氏は本当に女性の立場を理解していましたね。山本さんの苦労を水の泡にしている活動家たちの横暴は本当に腹立たしいです。

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苺畑カカシ1 month ago

イギリスのジェンダークリニックの話。
https://twitter.com/hannahsbee/status/1406696669870231561

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苺畑カカシ1 month ago

子供のトランスジェンダーという話。
https://www3.nhk.or.jp/lnews/otsu/20210615/2060007825.html

三歳の頃から自分は女の子と訴えてピンクのワンピースで幼稚園に通わせたという母親。この家庭には父親の存在がうかがえない。これは子供がトランスジェンダーなのではなく、母親に問題があるように思える。

反対意見を全く載せない偏向放送だ。

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苺畑カカシ1 month ago

この件について何年も色々研究しているエリンさんが、岡野のエッセーについて、その内容よりも先ず出だしのところに腹が立ったという感想を書いていたので引用する。先ずは岡野のエッセーより、この部分に注目

わたしは、「トランス女性に対する差別と排除とに反対するフェミニストおよびジェンダー/ セクシュアリティ研究者の声明」の呼びかけ人になっているものの、これまで自分自身では、積極的に発言をしてきませんでしたし、SNS上でのやりとりに介入することもしてきませんでした。

その理由は、1. とりわけSNS上で交わされている議論を丁寧にフォローしているわけではなく、どのような発言が誰によって、いかなる文脈でされているかを理解していないこと、2. すでに、トランスジェンダーをめぐる議論は、当事者の方はじめ、研究書としても読むべき論考は発表されており、むしろわたしはそこからトランスジェンダーをめぐる議論を学んでいる側であること、3. 以下本稿のなかで触れるように、わたし自身がLGBTQとして括られがちなレズビアンであり、自身の経験に大きく引きずられ、他の視点に気づかなかったりしがちで、現状や論点をしっかり見極める自信がなかったからです。

これに対してエリンさんは、、

Erin@京浮は宇宙の真理教過激派
@Erinadinfinitum
「Twitter上で議論になってるらしいけど、Twitter見てないのでよくわかりません。でも自分でもよく知らない議論について意見するよ」と言われて、「舐めてんのか」以外の感想が湧いてこないですからね…
こっちは二年近く、英語日本語他含め、関連論文も記事もどれだけ読んできたと思ってるのかと
そんな舐めたこと言われてるのにまだこちらがあちらの意見を聞く価値があると思うと思われてるのなら、「ふざけてんのか」としか思えませんよ。切れそう。

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