先日ツイッターでイギリスからブログやメルマガなどを発信している日本女性のめいろまさん(本名:谷本真由美)が海外にいる邦人女性の一部を厳しく批判しておられるのを見て、自分の過去を色々振り返ってみた。私の記憶を奮い起こしたのはこちらのツイート。

海外情報をブログに書いたりマスコミに出している日本人女性の少なからずは、現地の学位や職歴すらなく、全然稼いでなくて実態は専業主婦という名前のニート、家のローンも生活費も現地人旦那に依存で自分の資産もないから運用もしてない。働いてないから現地のあれな点の理解がないため出羽守になる。@May_Roma

ここで一応出羽守(でわのかみ)とは何かをもう一度おさらいしておくと、ネット俗語で在外邦人が何かと外国と日本を比べて、「アメリカでは~」とか「フランスでは~」と言って日本をけなす人たちのことを指すんだそうだ。

実はめいろまさんも、昔は結構欧米に比べて日本はどうのこうのという批判的なツイートを良く書いていたらしく、彼女を出羽守扱いしている人たちは結構居た。プロファイルなどを見ると、アメリカ南部に数年住んだ経歴もあり、いまはイギリスでご主人と幼いご子息との三人暮らし。彼女のツイートはちょっと辛口すぎて私の口には合わないのだが。

専業主婦をニートと言い切ってしまうのはどうかなとは思うが、確かに外国に住んではいるが現地で責任ある大人としての生活をしていない人は、現地の良い面だけを見て日本を見下すような意見を述べてしまうことはあるかもしれない。

私にもそういう時代が確かにあったので、自省の意味もあり、自分の出羽守時代を振り返ってみた。

回想はじめ:

10代で最初の渡米。初めて親元から離れて自由気ままな生活を満喫(親の金で)。完全にアメリカかぶれして一年足らずで帰国。大して英語もしゃべれないのに日本語わすれちゃったあ、とか言ってアメリカの自慢ばかりして周りから顰蹙を買う。

帰った実家でもめたのが、私がトイレから出る度にドアを開けっぱなしにすることだった。父から何度も注意されたが、アメリカでは中に誰も居ない時はトイレのドアはあけておくもんなんだとか言って父とケンカ。此処はアメリカじゃないぞ!と叱られた。風呂場では脱衣場で素っ裸になってからトイレがないことに気付き、服を着なおすのが面倒なのでタオルを巻いたままトイレに行ってまたまた父に行儀が悪いと叱られた。

日本でアメリカがあ、アメリカがあ、という話ばかりするので家族や友達から見放される。そのうち「アメリカに帰りた~い」と思いつめバイトに精を出すが、親からの圧力で普通に就職。OLになる。でもやっぱりアメリカ暮らしの夢を諦めきれずに退職して単身アメリカへ!

ここで夢のアメリカに帰ってきたぞ~、めでたしめでたし、なんてなるわけない。日本では自慢してた英語は全然使い物にならず最初の仕事は日本食レストランのウエイトレス。同じ店で知り合った同じく家出同然で日本から来た女の子と口をそろえて「こんなはずじゃなかった、早まったわ!」と言ってしまい大笑い。

安アパートの家賃を払うのさえ大変だった時代。当時の私の夢は海辺のレストランでマルガリータを飲みながらシュリンプカクテルを食べることだった。

しかしこのころちょうど日本はバブル期。多くの日系企業がカリフォルニアに進出していたため、日系大企業の現地採用に収まる。日本の両親が娘は○○会社のLA本店でキャリアウーマンをしてるとか近所に触れ回る。実はLA付近の日系人街支店の平社員だったのだが。

私の出羽守ぶりが一番ひどかったのはこの頃だと思う。大して英語もうまくなかったのに日常会話ができる程度のことで自分は英語がうまいと思い込んで英語の出来ない人をバカにしていた。日本に時たま帰国した際には日本の悪い面ばかりが目について、なにかと「アメリカでは~」と言っていたのもこの頃。二週間の予定で帰国しても一週間も滞在すると嫌になってアメリカに帰ってきてしまっていた。

しかしそんなに日本が嫌だとか言っておきながら、自分は日系企業で日本人と働いて日系スーパーで買い物して週末は日本人街でカラオケという生活をしていた。日本のテレビ番組もビデオを借りて観ていた。そんなんでアメリカで暮らしてる意味あるのか、と聞かれたら、好き勝手に生きられるのがアメリカのいいところなんだよ、なんて言い訳をしていた。

それでもまあ幸せと言えば幸せだったし結構楽しい時代だった。しかし良い時代はいつまでも続かない。突然にして日本のバブルははじけアメリカも株式市場大暴落。日本もアメリカもひどい不景気に見舞われた。日系企業は一斉にカリフォルニアから撤退し私もリストラされた。日本で言う就職氷河期の到来である。同僚も友達も知り合いもカリフォルニアでは暮らせなくなって日本に帰国したり、よその州に移ってしまった。

こうやって私の出羽守時代は終わったのだった。

――回想おわりーーー

考えてみれば、その後の人生の方がずっと長いわけだが、自分の人生をいくつかに分けるとするならば、先ずは幼少期から少年期があり、アメリカ渡米してからは、この出羽守時代というのが一つの時代だったと言えるだろう。無論当時はそんな風には考えていなかったが。


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