もう皆さんもご存知のあいちトリエンナーレ2109に、約7800万円の補助金を文化庁が不交付にしたという件だが、これが言論弾圧だとか検閲だとか騒いでるひとたちがいるが、一言でいうと、これは言論弾圧でも検閲でもない。

検閲なら、展示が起きる前から文化庁が展示内容に関して口煩く注文をつけ、不適切と思われたら展示を中止させるか内容を変えさせるというのが本筋。これが中国みたいな独裁政府なら、関係者全員逮捕されて拷問のすえ長期拘留なんてことになってるだろう。

展示は好きにやりなさい、でもお金は出しません。というのは別に検閲でもなんでもない。だいたい今回の件で言論弾圧だと騒いでる人達はLGBT批判特集を組んだ新潮45を廃刊に追いやったり、杉田水脈議員のフランスでのスピーチを妨害したり、「韓国なんか要らない」記事の週刊ポスト編集者に謝罪させたりしてる輩と同類なのではないか?もし保守派の意見が弾圧されているのをヘイトスピーチは検閲されて当然と黙っていたなら、いや、それどころか奨励していたなら、今回の交付金撤廃を批判するのはあまりにも偽善者すぎるだろう。

もっとも私は文化庁がすでに約束していた交付金を撤回するというやり方は正しくないと思う。なぜならそれは契約違反だからだ。 内容が気に入らなかったなら最初からきちんと、そういう内容では金は出せないとすべきだった。それをしないでおいて批判が出てから後付けでやるのは責任回避も甚だしい。

それはそれとして、私は「言論の不自由展、その後」があいちトリエンナーレで展示されたということ自体には特に問題があるとは思っていない。ただ県税をつかってまでやるほど芸術的価値があったのかどうかと言われれば、全くなかったと言える。

展示内容が反日でも、展示そのものは妨害されるべきではないし、ましてや暴力的な脅迫などされるべきではない。だが誰かも言っていたが、政府に対する批判を政府の金でやるなんてみっともない真似はするな、と言いたい。政府の補助金でやる芸術に100%言論の自由などあるはずがない。スポンサーの顔を伺いながら作るならそれなりの覚悟が必要だったはず。本気で言論の自由展をしたかったなら、全額自分たちで調達して自費でやるべきだった。そうすれば中止に追い込まれることもなかっただろう。

右翼保守の言論はことあるごとに「ヘイトだ」なんだと言って弾圧している人間たちに、言論の自由云々を語る資格はない。


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