人口減少が進む日本において移民受け入れを規制することは日本を滅ぼすことになるというワシントンポストのこの記事 。アメリカは日本の悪い例から学ぶべきという内容。著者はフランシスコ・トロ。(この記事を完全翻訳してくれた人がいたのでリンクを張っておく。訳文はコメント欄に掲示しておこう。)

誰もが覚えている限り、(日本では)確固たる政治的同意により大量移民は拒絶されてきた。結果世界中でもっとも単一民族の国となっている。日本はトランプ流理想郷と考えることが出来る。人種によって定義される国家、そして未来のない国家。

なんでトランプが移民を嫌っていると決めつけるのかね。トランプの奥さんは最初の奥さんも今の三番目の奥さんも移民だ。ま、それはともかく先を読んでみると、日本は人口減少は悲惨な状態であり、あちこちの地方都市が死滅しつつある。かつてアメリカ経済を脅かすかに見えた経済大国は見る影もない。しかも日本の男尊女卑によって世界中で一番女性が子供を産み育てにくい国になっているというもの。

この記事によれば、人手不足の深刻さにより、保守的な安倍政権ですらも移民規制を緩めているとはいうものの、まだまだ外国人労働者受け入れは進んでいない。特に外国人への差別はひどく、外国人が家族を連れてくることは難しい。また労働許可は取れても、許可の更新手続きは頻繁で複雑だ。日本は労働者を受け入れながらも、歓迎し融和を進める姿勢がないとある。

経済的には労働者が必要であるにも拘わらず、文化的に外国人労働者を受け入れる土壌がないため、多くの職が埋められないまま慢性的な人手不足になっている。例えば工業や農業、そして加齢化が進む日本になくてはならない介護の仕事などは深刻な状況だ。 そして地方では家主の居なくなった家は空き家のまま放置され地方はどんどん衰退していく。

これは単に日本の「異様」さを示す記事ではない。これは人口統計融解という真っ赤な警告表示だ。そして発展よりも純血を選んだ社会がどうなるかという告発でもある。

あなたはどちらを選ぶ?

おいおい、純血と発展は二者択一なのか?それに日本が選んでいるのは人種的に単一であることではなく文化的に単一であることなのではないだろうか?

多文化主義は必ずしも発展にはつながらない。一遍に大量の異文化移民を受け入れた西欧社会の衰退ぶりを見ていればそれは明らかなはずだ。アラブやアフリカから大量の異教徒を受け入れた国々では犯罪が急増し治安は乱れ、教養のない移民はまともな職にも付かずに社会の負担になっている。長年払ってきた年金が外国人扶養に使われ自国民が貧困に悩むなどという状態が西欧のあちこちで起きている。

そんななかで、今の日本に必要なのが大量の外国人労働者であると結論付けるのはあまりにも短絡的だ。頭数だけ増やせばいいというものではないのだ。

工業や農業における人手不足の解決は単純労働者を増やすことより産業のオートメーション化を図ることだ。また介護人不足は老齢化を防ぐ医療の発展が得策だ。すでに日本は世界中でももっとも若返り医療の研究が進んでいる国なのだ。もし一般労働者の労働期間を7年延長させることが出来れば、現在の人手不足は簡単に解決するという話を聞いたことがある。多くの日本人が年を取らずに健康状態でいることが出来れば、多くの問題が解決する。

また出産が少ないという面に関しても、若い人たちが結婚して子供を産みたいと思える社会づくりこそが大事なのであって、やたらに外国人を増やして治安を悪くすることがそれにつながるとは到底思えない。無論そのためにはガソリンの税金を引き下げ、消費税をなくすなど、一般家庭が住みやすい環境を作り上げる必要がある。

はっきり言って、日本で妊娠人工中絶が産児制限に使われているということ自体スキャンダラスなことだ。日本のように少子化がすすむ国で人工中絶などあってはならないことのはず。日本社会はもっと昔ながらの宗教を取り戻し、お見合いなどよいシステムは復活させて、若い人たちが結婚して子供を育てたい社会を取り戻してほしい。大事なのは日本人が未来に希望を持てる社会を作ることであり、やたらに外国人を受け入れることではない。


2 responses to 移民を受け入れない日本は滅びるだあ?放っとけ!

苺畑カカシ1 month ago

移民流入を劇的に抑制するという極右の願望が実現した場合にアメリカがどんな国になるのか、その一端を知りたければ、日本に来て、私の義父に向いの家のことを尋ねたらよい。 
 
この家の持ち主は、日本の南部の島にある北九州のこのさびれた労働者階級の住宅地で何年か前に死んだ。家は荒れ果て、朽ちるに任されている。相続した人たちの誰もこの家に関心を持っていない。税金は高いし、このような家についての市場の需要は事実上ゼロだからである。

珍しい話ではない。日本の人口の人口は減少しつつあり、その長期的な影響はこの国の生活の全域に広がっている。「Akiya」というのは義父の家の近くにあるような見捨てられた家のことであるが、それはこの人口減少がもたらす生活の変化の一つである。日本は高齢化しつつあり、老人たちが死んでもその住まいを受け継ぐものはいない。だから、隣人たちによって形成される地域社会はいま日本全土でゆっくりと消滅しつつある。

日本ではいま800万戸が空き家になり、それは今も増え続けている。里山の集落は消滅しつつある。日本では都市でも郊外でもどこも子どもの姿をほとんど見ることがない。これは「死につつある共同体」である。大量の高齢者たちの介護のために必要な介護労働者を見出すための手立てさえ行政当局はほとんど持っていない。

もちろん、日本はネイティヴの出生率よりもその死亡率が高い唯一の高齢化国ではない。しかし、他の先進国では、高齢者が手離した家屋は、家族のためにより豊かな未来を求めて開発途上国からやってきた若い労働者たちによってすぐに埋められる。日本ではそうではない。

日本の総理大臣安倍晋三はよく知られている通りにトランプ的世界観の熱心な生徒である。それは韓国との政治的闘争において貿易を恫喝の道具に用いたことからも知られる。

大量の移民受け入れを拒絶することについても、われわれが記憶している限り、トランプと安倍は緊密な合意を形成していた。その結果、日本は地上で最も均質的な国の一つとなった。だから、日本を「ほとんど外国人を含まない、民族的境界の明確な国民共同体」というトランピアンの極楽とみなすことは間違っていない。ただし、このような国民共同体には未来がない。

最近、日本ではついに高齢者向けのおむつの販売数が幼児用おむつの販売数を超えた。これは人口崩壊の指標である。一時代前にはアメリカ人を恐怖させたあの経済大国に凋落の翳りが見えているのである。新たな労働者が長期にわたって不足しているせいで、日本の経済成長は一世代にわたって停滞を続けている。いま「日本化」という言葉は「人手不足のせいで経済的衰退に向かうこと」という意味に変わった。

こういったことすべてに、1950年代からまったく進歩のないジェンダーロールの固定化が加わって、日本は女性たちが子供を産む上で最も魅力のない場所になった。低出生率は人口学的な死のスパイラルをひたすら加速する。

問題がさすがにここまで深刻になると、安倍晋三首相の保守政権といえども移民についてのスタンスを変えざるを得なくなった。ひさしく人手不足に苦しんできた財界からの強い圧力の下に、政府は外国人労働者の受け入れのために新しい道筋を開いた。しかし、移民をめぐる政治的思考の分裂はこの部分的な開放によってむしろますます明らかになった。

政府は外国人労働者にこれまでより多くの就労許可を出すことにしたが、彼らを社会統合するためにはほとんど何の努力もしていない。ヴィザについての諸規則は外国人労働者たちに頻繁な更新を強いながら、家族を呼び寄せることを禁じている。報告されている限りでは、外国人に入居を断る家屋は多いが、これは違法とはされていない。「来い、働け、だが、この国で歓待されているとは思うなよ」というのが日本政府の発信しているメッセージである。このメッセージの意味を読み違える人はいないだろう。

経済的な要求と文化的な合意形成のどちらを優先するかが日本における移民政策論争の対立点である。移民受け入れなしでやっていけると主張することはもはや不可能である。しかし、彼らを受け入れることも政治的にはひとしく不可能なのだ。その結果、製造業や農業のみならず、この高齢化国が絶望的に求めている高齢者介護職に至るまで、仕事はあるけれども、働く人がいないという状況が進行している。

その間も、義父の家の向いにある空き家の土地には竹が傍若無人に根を張り出した。空き家の増加と、需要のなさのせいで、このタイプの家屋の市場価格はしだいに各地でゼロに近づきつつある。そのせいで「日本は空き家を無料で提供している」というような噂がネット・メディアで世界に広まるに至っている。

この話には半分の真実しか含まれていない。というのは、そういう放棄家屋でも修復し、居住可能な状態に維持するためにはしばしば数千ドルの出費を必要とするし、固定資産税はきちんと課されるからだ。しかし、だったら空き家にも多少の価値はあるのかと思ったら、それは誤解である。これは「奇妙な国」日本にまつわる笑い話ではない。これは人口学的なメルトダウンに赤信号が点灯したということであり、進歩よりも均質性を選んだ社会に下された刑の宣告なのである。

最後に付け加えるが、トランプ大統領も選択があるという点については間違っていない。アメリカの前にはたしかに選択肢が示されている。日本は均質性を選ぶか多様性を選ぶかという選択があり得るということの生きた証拠である。そして、日本が示したのは、均質性は滅びへの道であるということであった。多様性について言えば、それが現在のアメリカが享受している活力と繁栄の機会を提供してきたことだけはわかっている。

果たしてアメリカ人はどちらを選ぶことになるのだろうか?

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    苺畑カカシ1 month ago

    上記は内田樹さんの翻訳なのだけど、私が訳したのと同じ原文なんだろうかと思うぐらい訳が違ってて面白いなあと思った。まあ私はプロじゃないし、どちらかというと原文に近づけようとし過ぎる嫌いがあるから、内田さんのやり方の方が意味がつながるのかなとか思ってしまう。彼の政治見解は別として、翻訳って本当に難しいなと改めて思った。

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