先日、アラバマ州で非常に厳しい人工中絶規制法が通った。それで私は書きかけでそのままになっていた映画の話をしようと思う。

その映画というのは、アメリカの妊娠中絶専門施設プランドペアレントフッドのテキサス州にある支部の最年少局長としてやり手だった女性が、徐々にそのやり方に疑問を持ち、遂に反中絶運動家になるまでの話を描いたアンプランド。

プランドペアレントフッド(PP)とは家族計画という意味。この組織は表向きは避妊や妊婦への医療提供をするNPO無益法人ということになっているが、実は単なる中絶専門施設。アンプランドという題名は計画していなかったとか予定外のという意味で、PPの家族計画という名前にかけている。

映画は冒頭から中絶手術の生々しいシーンで観客を引き込む。主人公のアビーはPP支部の局長だが看護婦ではない。8年も務めていた自分の施設でも、それまで中絶手術に立ち会ったことは一度もなかった。彼女はその日たまたま手が足りなかった手術室に駆り出され、妊婦のお腹にエコーの器具をあてがう役を請け負った。そばにあるビデオモニターには、はっきりと胎児の姿が写っている。医師が吸引機を妊婦の胎内に差し込むと小さな胎児はあきらかに防衛本能をはたらかして逃げようとしている。そして吸引機が作動すると、胎児が動いていた部分が、あっという間に空洞になった。

私はこのシーンを息をのんでみていた。悲鳴を挙げそうになったので両手で口をふさいだ。嗚咽を抑えようと必死になった。あまりにもショックでその場から逃げ出したい思いがした。ふと気が付くと映画が始まるまでざわついていた劇場はシーンとしており、女性たちが私と同じように悲鳴を抑えている緊張感が伝わって来た。

この、冒頭から観客の感情をつかむやり方は非常に効果的だ。映画はその場面から十数年前に話がさかのぼり、主人公アビーが大学生だった頃からはじまる。アビー・ジョンソンとプランドペアレントフッドの出会いは彼女が大学生の頃、学校のサークル勧誘イベントで誘われたのがきっかけ。避妊に力を入れなるべく中絶を減らし、いざという時は安全な中絶手術を提供するという宣伝文句に動かされ、アビーはボランティアとしてPPで勤めはじめる。その後彼女は無責任なボーイフレンドとの間に出来た子供を中絶。親の反対を押し切ってその男性と結婚したが夫の浮気ですぐ離婚。離婚寸前に二度の中絶を経験する。自身の中絶体験は決して良いものではなかったのにも拘わらず、アビーは若い女性を救うためだという信念に燃えてPPで正式に勤め始める。

診療所では有能なアビーはどんどん出世し最年少の局長にまでなったが、彼女の良心に常に影を差していたのはPP診療所の前で診療所へやってくる若い女性たちに話しかけている中絶反対のキリスト教徒たち。また、敬虔なキリスト教徒であるアビーの両親もそして彼女の再婚相手で娘の父でもある夫もアビーの仕事には反対だった。

アビー・ジョンソンは悪人ではない。彼女は本当にPPが女性を救っていると信じていた。女性が妊娠中絶は非道徳的ではないと自分に言い聞かせるのは簡単だ。

先ず未婚で妊娠してしまったら、両親に未婚なのにセックスしていたことがばれてしまう、学校も辞めなきゃならなくなる、世間の偏見の目のなか貧困に耐えながら子供を育てなきゃならなくなる、養子の貰い手なんてそうそう居るわけないし、そんな家庭に生まれた子供だって幸せにならないだろう。たった一度の若気の至りで一生女の子だけが罰を受けるなんて不公平だ。それに、初期での中絶なんてまだ小さな細胞で胎児は痛みなど感じない。盲腸を取るより簡単な治療なんだから、、、などなどなど

しかしPPのカウンセラーは若い女性たちに中絶をすることによる肉体や精神的な影響について話すことはない。養子を迎えたがっている不妊症の夫婦がいくらでも居る事実も伝えない。ましてや一個の人間の命を自分の勝手な都合で殺してしまうということが如何に罪深いことなのかということを若い女性たちは教えられない。

中絶を法律で禁じても違法で危険な中絶をする少女たちは後を絶たないだろう。いくら禁欲を解いてみても本能には勝てない。だったら不覚にも妊娠してしまった若い女性たちが違法で危険な中絶をして命を落とすようなことにならないためにも、安価で安全な中絶施設を提供することの何が悪いのか。そう思いたい人の気持ちはよくわかる。

でも忘れないでほしい。中絶は母体のみの手術ではない。尊い命がかかわっているのだ。自分の身体をどうしようと余計なお世話だというが、胎児の身体は母親の身体ではない。母親だからというだけの理由で殺してもいいということにはならない。他に選択肢があるならなおさらではないか?確かに15~6歳で妊娠してしまったらどうすればいい?親にセックスしてることが知れてしまう。さっさと除去してしまいたい。その気持ちはよくわかる。でも彼女が抹殺してしまいたいその命をのどから手がでるほど欲しがっている夫婦もいるのだ。

私はアメリカの学校でどのような性教育がされているのか知らないが、避妊の話だけでなく、命の尊さについてもしっかり教えて欲しいと思う。

残念ながらPPのような組織がなくなるとは思えない。また、全国的に中絶を違法にすることが可能とも思えない。ただ、PPを無益法人ではなく営利企業として連邦政府からの補助金は今すぐやめるべきだと思う。大事なのは法律で禁じることではなく、若い人たちに中絶以外に選択肢があることを我慢強く説いていくしかないだろう。PPの柵の向こう側から祈っているキリスト教徒たちのように。いつか、アビーの心に届いたように、我々の声が届くように祈ろう。


5 responses to 予定外の子供なんて存在しない、妊娠中絶反対を訴える力強い映画、アンプランド(Unplanned)

Shima55555 years ago

苺畑さん
今回アラバマ州で通った法律では母体に危険が及ぶ状況以外全ての中絶を
禁止していると聞いております。性犯罪や近親相姦などによる望まない妊娠を
した場合でも認められないというのは率直に言って人権侵害だと思います。
養子に出せばいいとお考えかもしれませんが、出産にはリスクがあります。
愛する人の子供ならともかく、憎い相手の子供を十月十日宿し続けて、
その上命がけの出産をしなければならないというのはあまりにも残酷では
ありませんか?

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    苺畑カカシ5 years ago

    shimaさん、アメリカは連邦制なのでアラバマ州でそういう法律が通ってもアメリカ全国でそういうことになるとは限りませんし、誰かがこれは憲法違反だと言って訴えるでしょう。そうしてそれが最高裁に行ったら憲法違反として退けられることは先ず間違いないです。

    確かに強姦や近親相姦による妊娠は悲劇かもしれません。でも生まれてくる子供に罪はありません。強姦魔は死刑にならないのに強姦によって受精した胎児は即死刑宣告というのは酷ではありませんか?彼らに生きる権利はないのですか?

    それから大事なことは中絶擁護派は例外を認めたら中絶を違法にすることに賛成するのかと言えばそうではありません。誰でもどんな理由でも妊娠のいつの時期でも、いやそれをいうなら生まれてからでさえも、中絶を支持するのが彼らの立場なのです。

    私は個人的には母体に危険が及ぶという理由以外での中絶には反対です。でも違法にしたら危険な違法中絶をして若い女性たちが死んだり怪我をしたりする可能性もあるので、法律で禁じるべきではないと思います。

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      Shima55555 years ago

      苺畑さん
      私はキリスト教徒ではないので、今回のアラバマ州のような極端な法律が(最終的にどうなるのかは関係なしに)一度でも多数派の支持を得てしまうのがどうしても理解出来ないですね。宗教の違いは尊重します。あくまで私の個人的な感情の話です。

      >強姦や近親相姦による妊娠
      >生まれてくる子供に罪はありません。
      >彼らに生きる権利はないのですか?
      私が何に引っ掛かりを感じているのかというと、妊婦が出産中の事故で亡くなる
      リスクです。日本もアメリカも先進国ではありますが、妊婦さんが出産によって
      亡くなる確率はいまだにゼロではありません。妊娠中に安定していてもです。
      もしも強姦や近親相姦による妊娠を耐え抜いた女性が出産で亡くなったら、と
      思うとやり切れない気持ちになります。
      強姦や近親相姦の妊娠であっても中絶に反対するということは、被害者に
      向かって「あなたは加害者の子供を産むために死ぬリスクを負ってね」と
      言っているように受け止められるので、見聞きしていてとても辛いのです。

      >違法にしたら危険な違法中絶をして若い女性たちが死んだり怪我をしたりする可能性もあるので
      仰る通りだと思います。
      ちなみに私の基本的な考え方はレーガン大統領と似ています。

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苺畑カカシ5 years ago

アメリカは非常に保守的な国で、妊娠中絶に反対な人が国民の半分以上います。強姦や近親相姦を例外とした禁止法なら支持はもっと多いと思います。でも例え例外のある禁止法でも擁護派は受け入れないでしょう。

私は昔から何故アメリカ人はこんなに合法性にこだわるのだろうと不思議でした。例えば日本でも一応産児制限のための中絶は違法のはずですが、医療的に必要な処置という名目で、誰もが本当の理由を知っていてもそのまま手術をしてますよね。だからアメリカでも法律上は違法でも、必要な医療処置ということにして中絶したい人はすればいいじゃないか、と思ってたのです。

しかしアメリカ人はアメリカは法治国家であることに誇りを持っているため、法律は名目上で現実は違うというやりかたは受け入れられないのです。そこが日本みたいに結構いい加減に法律を破る国民には理解できない。(例えば売春は違法だけど風俗が普通に認められているといったように。)

なので中絶に反対なら法律で禁止しなければならないと思い込んでる人が非常に多い。そして中絶擁護派は例外なしで合法でなければならないと思ってる。だから歩み寄り出来ないのです。

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苺畑カカシ8 months ago

2022年7月、奇跡が起きた。連邦最高裁判所は全国的に妊娠中絶を禁止してはいけないという判決を覆し、妊娠中絶の決定権は各州にあると判決を下した。
https://www.independent.co.uk/news/world/americas/roe-v-wade-overturned-supreme-court-justices-b2116042.html

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