日本人はなぜ席を譲らない?」というニューヨーク在住の 渡邊裕子(わたなべ・ゆうこ)さんというビジネスコンサルタントのオプエドを読んで、かなり共感することがあった。実はツイッターでこの記事を批判的にツイートしている人がいて、どうせまたニューヨークリベラルの出羽守さんによる日本批判なんだろうと思って読んでみたら、全く内容が違っていたので読者諸氏と共に考えてみたいと思う。

渡邊女史は仕事の関係でよく日本へアメリカの同僚と共に出張で来るそうだ。その度に、欧米の男性は妊婦やお年寄りにすぐに反射的に席を譲るのに対し、日本の男性は若者でも優先席にのさばっていたり、重たい荷物を持っていても持ってもらったことはなく、かえってもたもたしていると「もたもたしてんじゃねーよ」などと言われると語る。そんなことをいうくらいなら手伝ってよ、と思ったというが、全く私もそう思う。

さて、面白いのは、渡邊女史がこの話をツイッターでしたところ、多くの男性から抗議の声があがったという。なんで女性ばっかり優先しなきゃならないんだ、男女平等なのに女性をかばえというのはおかしくいないか、日本はニューヨークより犯罪がすくない、などなど。

私がした座席についての指摘を「日本とアメリカ(あるいは東京とニューヨーク)とどっちが優れているか」という比較にすり替え、「だから日本の勝ち」と結論づけようとしているところだ。私は日本が悪い国だとも、アメリカが完璧だとも言っていない。日本はいいところがいっぱいある国だし、アメリカだってそうだ。そしていずれも完璧ではない。でもある種の人々には、日本のある側面を批判されただけで全否定されたように聞こえてしまうのかもしれない。

それと彼女が指摘しているように、レイディースファーストという概念に抵抗がある日本人男性が非常に多いということだ。私もツイッターで、どうしてもレイディースファーストが嫌だという人に出会ったことがある。私は女性はか弱いのだから守ってあげようという男性的な本能はないのか、と聞くと、家族ならともかく、赤の他人に女性だというだけで優しくしてやる義理はないと言われた。

日本人がレイディースファーストを理解できないのは、そんな概念を知らないからというのは本当だ。日本人は親切で色々やさしくしてくれるし、おもてなし精神も高い。だが西洋的礼儀作法は昔から教育されていなければとっさにでるものではない。

アメリカでは男女問わず、他人のためにドアを開けてあげるというのはごく自然だ。自分が先にドアを開けた場合には後ろを振り向いて後ろの人ためにドアを開けておくというのは普通だ。エレベーターなどで女子供を先に降ろすというのも普通だ。日本でこれをやると皆おろおろして戸惑うことが多い。

だがいったいこれはどういう精神から始まったのだろうか?

私は出羽守になって日本もアメリカの礼儀作法に見習うべきだなどとお説教をする気はない。だが、レイディースファーストをする国々が何故か先進国ばかりだという点には注目する価値がある。

昔、たしかバーナード・ルイス著のWhat Went Wrong?という著書のなかで、19世紀だかにイスラム圏の王子がイギリスに留学した際、イギリスの紳士がやたらと淑女たちに敬意を表することに驚いたという記載を読んだ覚えがある。イギリス紳士は乗馬中に淑女たちの馬に遭遇すると必ず道を譲り帽子を傾けて挨拶する。食卓などで淑女が立ち上がると紳士らは一斉に立ち上がるなど、男尊女卑を極めたイスラム圏諸国では見たことのない光景だった。当時のイギリスは全世界に植民地を持つ大帝国であった。明らかに男性が権力を持つこの大帝国において、何故男性たちはこのように女性を大事にするのだろうか。イスラム王子にはこれは非常な謎であった。これがいわゆる西洋社会の騎士道というものだ。

なぜか女性を大切にする社会は文明が発達する。男尊女卑の最たるものであるアラブ諸国やアフリカなどが未だに発展途上国なのも、比較的女性の地位が低いアジア諸国がまだまだ西洋諸国においつけないのも、もしかすると男尊女卑が原因なのでは?

しかしそうだとするならば、日本はレイディースファーストなんて西洋の真似をしなくても十分文明社会だ、とおっしゃる方もいるだろう。しかし日本社会は西洋とは違うやり方で女性の人権を尊重しているのではないだろうか。

例えばアメリカの家庭で女性が財布の口を握っているというのはあまり聞いたことがない。旦那さんが働いて、女性が家計を握って旦那さんにおこづかいをあげるなんて、アメリカ人男性にいったら飛び上がるほど驚くだろう。(苺畑家でもミスター苺が家計のきりもりをしてるから)。

私はグローバル化のために日本人男性だけにレイディースファーストを押し付ける気は毛頭ない。これは男性だけの問題ではないからだ。渡邊女史も指摘しているが、日本人女性は他人に何かしてもらうことに慣れてない。

去年日本に帰省した時、女友達のためにドアを開けているのに、彼女はまごまごして中にはいらない。それどころかドアを開けてる私に向かって「どうぞお先に」とまで言った。ドアを開けてる人にそれを言っても意味がない。それで私はこの人は他人にドアを開けてもらったことがないんだなと悟ったのである。

また、同じく去年、駅の構内で気持ち悪そうに柱につかまっている初老の女性が居た。周りの人は彼女を無視して通り過ぎて行った。私はすぐに彼女に「大丈夫ですか」と声をかけたが、「ちょっとめまいがしてしまって、こうしていれば良くなりますから」と申し訳なさそうに言う。私は駅員さんを呼んで助けてあげて欲しいと言った。こういう時に遠慮は不必要だ。

レイディースファーストは、決して女性への特別扱いでもなければ日本文化に対する攻撃や批判の道具でもない。単に回りの人たちへの気遣いや思いやりだ。日本が本当の意味でのおもてなし国家なら、行儀の悪い外国人観光客のために行きすぎな配慮をするより、(公共施設でのハングルや中国語の表示などといった)ごく自然に出来る他人への思いやりから始めてはどうか。

日本人は十分に親切な民族なのだから、その自己アピールを簡単に出来るところから始めても決して損はないと思う。


3 responses to レイディースファーストと文明社会の関係

よもぎねこ2 months ago

女性は弱いから、守ってあげるべき。 いたわってあげるべき。」と言う文化は、「女性は弱いから虐待してもよい。」と言う文化よりは遥かに立派だと思います。

 しかしワタシが違和感を感じるのは、フェミニズムを唱えて、男と同様の権利を要求する女性が、同時に「女性は弱いから守ってくれて当然」を主張する事です。

 女性差別反対を盾に、海兵隊の戦闘部隊の隊員にまで女性を採用させながら、「女性は弱いから守って」は虫が良すぎるのでは?

 レディーファーストは元来、中世ヨーロッパの騎士道で始まり、19世紀末の欧米上流階級で最高潮になりました。

 しかしこの時代は西欧史上でも女性の地位が最低だった時代でもあります。

 女性は弱いから男性の庇護が絶対に必要。

 男性は女性を庇護しなければならない。

 これが徹底してしまったので、女性は社会に出る事を禁じられてしまったのです。

 ヴィクトリア時代に女性数学者がいました。(名前は失念)

 彼女は上流階級の人だったので、経済的な心配もなく数学に専念できました。

 それで大変良い論文を何本も発表したので、オックスフォード大学から講義の依頼が来ました。

 彼女は喜んでこれを受けようとしたのですが、親族の男性一同が大反対したのです。

 女性を働かせたのでは、一族の名誉にかかわるというのです。

 すったもんだの末、大学から得られる講義の報酬は、そのまま大学に寄付するという事で、漸く彼女は講義できました。

 当時、イギリスの上流社会では、一度でも就労して報酬を得た事のある女性は、絶対結婚できないのが不文律になっていました。

 女性は自立できないのではなく、自立させてはいけないのです。
 
 ブルースっとキングのような女性解放運動は、女性達がこういう状況に耐えかねて始めたのです。

 そういう歴史を思うと、ワタシは少なくとも男女平等を要求する女性が、レディファーストを要求する事には、賛同できません。
 
 勿論マナーとしては大変美しいし、最初に書いたように「弱いから虐待しても良い」と言う文化よりは遥かに高級な文化だとは思いますが、しかし自分から「自分は弱いから庇護してほしい」と要求する人から、同時に「自分はお前と同様に強く賢明なのだから、お前と同じ権限と報酬を寄こせ」と言われたら、誰だってムカつくでしょう?

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苺畑カカシ2 months ago

よもぎねこさん、よもぎねこさんのコメントを読む前にエントリーを書いてしまいました。あなたの意見に反対だと思ったのですが、実は全く同意見だったことがわかりました。
そうなのです。女性差別をするなあ、と言ってる人間が女性を特別扱いしろお、じゃ全く矛盾だらけですからね。

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出雲の乙2 months ago

レディーファーストと聞いて僕が思い出すのは「階段の上り下り」ですね。上りは女性を先に行かせ、下りは男が先に行く。

転げ落ちるときの対策ですね。

で、僕は老人に対しても、子供に対しても、時にこのようにふるまいます。これまで成果は全くなく、ただ見守る程度の意味しかありませんが(^^)。

弱いものを守る。これが当たり前。
僕らも子供の頃、遠くから大人に見守られたから生きてこれたと思うのです。
そして、自分が大人になったら、同じこととをして弱い人をまもり、困っている人に声を掛ける。

※変な話、これは自然なことではなく「不自然」な事です。
 人間が想像している「自然」は「過酷」で「非情」なものだと僕は思います。

>レイディースファーストという概念に抵抗がある日本人男性が非常に多い
おそらく意味をはき違えているだけかと思われますです。

>なぜか女性を大切にする社会は文明が発達する。
ケマル・パシャがトルコで女性の社会活動を勧めたのは「女性が居ない社会は活気が無い」からだ言ってたと物の本で読みました(ケマル・パシャ自身女好きだったこともあるようですw)。

最近日本のどこかのまとめサイトでフェミニズムの運動家(?)の発言だか行動だかにたいして、「こういう人の中には胡散臭い人権派が多いから信用できない」という意見がありまして、日本女性も外から見る以上に賢いのだな、と安心したことでありました。

酒飲みながら書いているんで上手く纏まりませんが、こんな感じです。

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