カナダはオンタリオ州のピール教育委員会において、アメリカ小説の傑作ハーパー・リー原作”To Kill a Mockingbird”(放題:アラバマ物語)(グレゴリー・ペック主演で1962年に映画にもなっている。)を子供たちに教えないようにとメモを発表したという記事を読んだ。その理由というのが、「黒人生徒に有害で暴力的で抑圧的であり、救世主としての白人登場人物によって黒人登場人物を人間以下に見せているから。」というもの。

「人種差別の文献が人種差別に関する討論の入門となることはすでに差別を体験している黒人生徒たちにとって、とても有益とは思われない」「これはまず一旦休止すべきだ。誰がこの文献の中心なのか、だれのためになるのか、どうしていつまでも教え続けるのか?」

とメモは問いかけ、この小説のなかには19回も黒人侮蔑語であるNワード(いわゆる黒んぼを意味する言葉)が含まれており、有害なのはそれだけではないが、それがこの本の暴力さに加わっているとしている。

メモはさらに、黒人の父母たちは「子供たちがこの小説を読むことを毛嫌いしている。」本を廃止することは検閲であり、検閲は言論の自由を制限するものだと思われがちだが、人種差別を主題にしたこのような本を読書リストに入れておくことは黒人生徒に対して人種差別で暴力的で抑圧的であるとしている。

このメモを書いた人間は、原作を全く理解していないか、人種差別の恐ろしさを生徒たちに理解させまいとする企みを持っているかのどちらかだろう。

これは、やはりアメリカ小説でマーク・トウェイン著の「ハックルベリーフィンの冒険」が人種差別小説だとしてアメリカ各地の学校で排除されているのと全く同じ理由だ。

ご存知のない読者諸氏のために説明すると、アラバマ物語は著者の少女時代の多少自叙伝的なおもむきもある話で主人公は8歳くらいの少女。舞台は1930年代のアラバマ地方にある架空の小さな町。ひとりの黒人男性が白人女性から強姦されたと告発され裁判になる。この被告人の弁護をする白人弁護士は主人公の父親。問題なのは当時この地域では黒人差別がひどく、特に黒人男が白人女を犯したなどという問題になると、裁判で黒人が正当な裁断を受けられる見込みが非常に少なかった。町民たちはすぐにでも黒人を吊し上げてリンチにかけようといきり立っている。そんな中で地元に住んでいて自分も白人の弁護士が、近所の地元民たちの反感を買いながらも必死に黒人被告人を弁護するという話。

この小説の主題は、いかに人種差別が不当なものであるか、どんな人間も偏見ではなく事実に基づいて正当な裁判を受ける権利があるというもの。この小説が出版されたのは1960年代の人権運動の真っ最中だったということにも注目せねばならない。

この小説はせんだってのカバノー判事のセクハラ疑惑でも持ち出された。小説では、アメリカには「証明されるまでは無実とみなす」という原則があるにもかかわらず、被告が自分が嫌いな集団に属している場合には裁判もせずにつるし上げることの危険性を示している。黒人だというだけで特に告発者が白人の場合、裁判もなしに殺されるという人種差別が如何に悪であったかを訴えているのがこの小説なのだ。

人種差別の恐ろしさや正当な裁判の大切さを訴えるこの小説が、人種差別だとか黒人を人間以下に扱っているから黒人生徒に対して有害だという歪んだ理屈は一体どこから出てくるのか?

はっきり言って、ピール教育委員会がこの小説が人種差別の本で黒人生徒を圧迫するものだなどと本気で信じているとは思えない。この本が教育委員会の左翼どもにとって「有害」であるのは、この話は実際の人種差別がいかに恐ろしく醜いものだったかを示しているからで、それを現在の子供たちが学ぶということは、左翼どもが現在もあると言い続けている「人種差別」がいかに偽物であるかを暴露するものだからである。

左翼連中が人種差別の本当の歴史を抹殺しようと躍起になっているのは、アメリカにおける人種差別は主に左翼連中が行ったことだからだ。奴隷制度をかたくなに守ろうと南北戦争を起こした南部はすべて左翼の民主党。ジム・クロー法などの悪質な人種差別法を通したのも左翼民主党。人種混合は絶対にありえないと小学校の校門を遮ったのも左翼民主党議員。

現在の左翼が少数派を味方につけておくためには、自分らが行った過去の人種差別の歴史を抹殺し、現在の少数派をだまし続ける必要があるのだ。

カナダはアメリカではないが、過去の人種差別がどれほどひどいものであったかを現在の子供たちが学べば、今自分らに起きていることは人種差別などではないと気づいてしまう。そんなことは後退派左翼にとっては絶対に許されないことなのだ。

差別をされていると思い込み自分は弱者だと思っている人間は政府はコントロールしやすい。あなた方は弱い立場に居るのだから政府が守ってあげますと言いやすい。

ピール教育委員会は、これは決して検閲とか言論弾圧ではないと言い張っているが、それ以外の何物でもない。


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