この間中国語と日本語の通訳をしているという徳久圭と言う人のブログを読んでいて、その人が日本経済新聞に載ったこんな記事を紹介していた。

「日本人に代われ」「まともな日本語を話せ」――。小売店や飲食店で働く外国人が増えるなか、客などから嫌がらせを受ける事例が相次いでいる。外国人への偏見は根強く残り、企業や行政は安心して働ける環境づくりに苦慮している。

私は日経に登録していないのでこれ以上のことは読めないのだが、サービス業をしている人間が客と意志の伝達が出来ないのは決定的にダメだと私は思う。徳久さんは自分が中国語の勉強に苦労した体験もあり、今も日本での留学生との交流が多いせいか、日本で働く外国人に対して非常に寛容であり同情的でもある。

留学生が日本で最も「心折れること」の一つは、コンビニなどのアルバイト先でちょっとした日本語の拙さを揶揄されることだそうです。そういう人は一度我が身に置き換えて想像してみてほしい。その国の言語を使ってコンビニで働くことがどんなにすごいことなのか分からない?

「日本人に代われ」「まともな日本語を話せ」などと罵る方は一度外語を真剣に学んでみるとよいのです。母語と外語を行き来することがどんなに難しく、深く、そしてエキサイティングであるかが分かります。学んだその先に異なる言語や文化に対する寛容も敬意も生まれてくるでしょう。ご自身の人生がより豊かになること請け合いです。

確かに外国人が地元の言葉を使って働くということは非常に大変なことだ。だから最初の頃は言葉が出来なくてもあまり困らない職種を選ぶべきなのだ。例えば私はアメリカに来たばかりの時に最初にしたのは日本食のレストランでのウエイトレス。多少言葉が解らなくてもメニューの内容くらいは覚えられると思ったからだが、もっともカクテルの種類が多くて非常に驚いた。英語で聞き取れないのでネイティブの人に発音してもらったメニューを録音して何度も聞き取りの練習をしたりした。

だんだん英語が出来るようになって事務職についたが、電話での応答が全くダメで、相手から「あんたじゃ話にならん、英語の解る人に代わってくれ」なんて言われたことは一度や二度ではない。だから「日本人に代わって」と言われて心が折れるというのはよくわかる。

まあ、それでも南カリフォルニアは移民が多いのでかなり多くの人がいい加減な英語で話しているということもあり、客も慣れているからそれほど文句は言われない。それがいいのかと言えばそうとも言えないのだ。

徳久さんが外国人労働者に同情的なのは理解できるのだが、しかしあえて言わせてもらうならば、外国人が地元の言葉を覚えたいのであれば、色々な人に嘲笑されたり侮辱されたりして自分の間違いをただしていく必要がある。あまりにも回りが寛容でどんな間違いも大目に見てくれると、外国人はそれ以上言葉を覚えなくなるからだ。このくらいで足りるならそれでいいと思ってしまうからなのだ。

ちゃんと日本語で話しているのに相手が外国人だからと差別的な態度を取るお客がいたら、それはそれで問題だが、もし言葉が通じないせいでお客が苛立っているのだたしたら、それはやはり本人の努力が足りないせいだろう。

徳久さんのツイッターにフランス在住の人が、日本は優しいねと言っていた。フランスだったらもっとひどい言葉で罵られるし、第一フランス語出来なかったら雇ってももらえないと言っていた。アメリカはちょっと特別だが他所の国ではもっと厳しいようだ。

ところで、自分のツイッターでも紹介したが、やはり移民の多いアメリカのフロリダ州のとある町ではスペイン語を話す人の数が英語を話す人を大幅に上回り、ファーストフードの店で英語で注文しようとした客がスペイン語しか話せない店員に追い返されるという事件が起きた。客がこの一部始終をビデオにとってSNSでアップしたので、後日この店員は首になったそうだ。

寛容寛容と言っていると、外国人にこうやって町を乗っ取られることになる。いずれ日本語が通じない地域が出来てしまうよ。


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