最近、ストラカが始めたウォークアウェイ運動が話題になっているが、過激化する後退派左翼を見限って立ち去る宣言をしたのは彼が最初ではない。拙ブログでもそういう元左翼を何人か紹介してきたが、そのなかでもデイブ・ルービンのスピーチは再掲の価値があるので、過去ログから拾って転載することにした。元のエントリーは旧苺畑よりのこちら。カカシ注:これはカカシによる概訳であって全面的な翻訳ではない。

最近の左翼を後退派左翼と呼ぶ人が増えた。私自身は旧リベラル思想を信じているが、最近の左翼はリベラルでもなければ革新派でもない。彼らの考えは後退のみである。このように「後退派」としっかりしたラベルを張るのも彼らの思想を理解するうえには必要なことだ。

後退派左翼は今勢力を増しているように見える。しかし最近になってやっと、新しい思想に寛大なリベラルたちが団結できるようになった。トランプが好き嫌いに関わらずトランプの勝利はアイデンティティーポリティクスへの断固たる拒絶であった。後退派左翼を打ち倒すためには元来のリベラル思想の真髄にある言論の自由、個人の人権、そして人類の自由を取り戻す必要がある。今日の西洋文化の基盤への最大の脅威は後退派左翼なのだ。

後退派左翼はトランプを悪者に仕立て上げ暴力を正当化している。彼らはアイデンティティーポリティクスに基盤を置く。人々の変えようのない人種だの性別だのを元に誰が一番道徳的に崇高かを決めているのだ。この被害者オリンピックによって一番差別の被害を受けているとされるグループが絶対的に道徳優先権を持ち、被害が少ないとされるグループ弾圧の権限を主張する。 たとえばブラックライブスマター(BLM)がゲイパレードで抗議したり、大学のLGBTQ委員会が白人ゲイ男性を疎外したり、妊娠人口中絶反対の女性たちが女性行進から参加を拒否さえるといったように。この後退的考えは左翼が決め付ける各少数派団体のステレオタイプにきちんとはまらない個人を拒絶し沈黙させ断固弾圧する。

左翼に迎合しないこれらのリベラル達を勇敢と賞賛するのは、なんと右翼という信じられない状況が生じているのだ。.

アメリカの左翼(レフト)に私に残された(レフト)ものはない。私は今でもリベラルだ。同性婚や妊娠人工中絶の合法やマリワナ合法などのリベラル政策を支持している。

だが、私は被害者オリンピックには反対する。安全地帯だの引き金警告だのにも反対だ。自分と反対する人を偏狭者とか人種差別者とか決め付けるのにも反対だ。自分の意見に挑戦する様々な意見に耳を傾け、それらの意見と討論することが必要な大学という場では特にそうだ。

自分は州の権利を尊重し憲法を守り人々が自由に生きられるよう限られた政府を支持する。今やこうした自分のリベラル思想を守ることが保守派の立場になってしまった。 他の保守派評論家たちも自分たちはリベラルだから保守派になったと言っている。自分が一番大事にしている言論の自由は個人の自由のための限定政府、という考えは今や左翼とは全くかけ離れた思想となってしまった。

 

 


2 responses to ウォークアウェイ運動先駆け、後退派左翼を見限った男

苺畑カカシ2 years ago

ルービンの別のスピーチを翻訳してくれた人がいるので、こちらに掲載しておこう。
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翻訳:https://twitter.com/hkakeya

自分は進歩主義者だと考えているかもしれません。私もそうでした。私の番組「ルービン・レポート」はもともと進歩主義の若者向きのものでした。進歩主義者はリベラルに見えましたが、より積極的に声を上げました。進歩主義者はいい人たちでした。弱者に目を向け女性やマイノリティを保護しました。

彼らは変化をもたらそうとしました。誰もが賛同しますよね。しかし近年、進歩主義の意味が変わりました。進歩主義者は「君の意見には同意しないが、君がそれを言う権利は命がけで守る」と言っていました。今は違います。意見の異なる人間が大学で話すのを禁止する。それは進歩主義ではないでしょう。

ポリコレに則さない言葉の使用を禁止する。本や映画や音楽に気分を害するかもしれないと注意書きする。これらも進歩主義とは違います。こうして、多くの左翼はもはや進歩主義者ではなく退行主義者だと私は確信を持つようになりました。それで番組で退行主義左翼について取り上げるようになったのです。
この退行主義のイデオロギーは人を個人としてではなく、集団として見ます。あなたが黒人、女性、ムスリム、ヒスパニック、あるいは何らかのマイノリティの一員であったら、あなたは最大の悪である白人のクリスチャン男性とは違うと判断されます。

退行主義左翼は抑圧オリンピックで競うためにマイノリティに序列をつけます。最も攻撃された人が金メダルです。キング牧師の夢は子供たちが肌の色ではなく人格で判断されることでした。それがリベラルの理想でしたが、今は進歩主義の理想に合致しなくなりました。

信教の自由はどうでしょう。誰もあなたが何を信じるかに干渉しない。きっと進歩主義者もこの基本的人権を支持しているはず・・・。残念ながら現実は違います。

私は同性と結婚したゲイ男性です。ですから、あなたは政府がクリスチャンのケーキ屋や写真屋、花屋がその信仰に反して私の結婚式の注文に応じるのを強制することに私が賛成していると思っているかもしれません。でもそれは間違いです。

政府がクリスチャンの良心に反することを強制できるなら、政府が私の良心に反することも強制できることになります。あるケーキ屋がケーキを焼いてくれないなら、他のケーキ屋を探せばいいだけです。国が個人の商売に干渉するように要求してはいけません。

私は妊娠中絶に賛成です。でも、もし政府が文字通り貧者のシスターと呼ばれるカトリックの修道女に、信仰に背いて中絶を誘発するバースコントロールにお金を寄付することを強制できるなら、政府は誰に何を強制することも可能になります。それは進歩主義ではなく退行主義です。

今日の進歩主義は彼らに同調しない全ての人に対して、人種差別、不寛容、外国人差別、同性愛差別、イスラム差別などあらゆる流行語を使って非難する人工的モラル推進運動に帰しています。理念の戦いは感情の戦いへと変質し、正直さは怒りの感情にとって代わられました。

多様性は尊いものです。それが今起きている嫌がらせのための思想の多様性でない限りにおいて。でなければ、自由な社会への道ではなく全体主義への道になります。私が進歩主義者を自認しなくなったのは以上の理由からです。

私はもう民主党支持者でもありません。私は古典的リベラルであり、自由な思想家であり、認めたくはないのですが私のリベラルな価値を守ることが突然保守主義と位置づけられるようになってしまいました。
罰せられることを心配せずに思ったことが言えること、肌の色ではなく行動によって人が判断されること、人々が政府の干渉なしに自分の思ったように生きること。こうしたことをあなたが支持するならば、もはや左翼にあなたが期待するものはあまり残っていません。

私はこのことを進歩主義者たちに繰り返し説明していこうと思います。たとえ、自分が一人取り残されることになろうとも。以上、ルービン・レポートのデイブ・ルービンでした。

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苺畑カカシ2 years ago

私はprogressive/regressiveをそれぞれ革新派/後退派と訳してきたが、進歩主義でも退行主義でも意味は同じだ。

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