アメリカの歴史を抹消しようとする動きは遂にアカデミー賞受賞傑作映画「風と共に去りぬ」にまで手を伸ばしてきた。政治は自分たちには関係がないと思っていても、言論規制はこのように我々の生活の隅々まで手を伸ばしてくるのである。
テネシー州のメンフィス市にあるオーフィウム劇場では毎夏恒例風と共に去りぬの上映が今月11日をもって今後同映画を上映しない旨を発表した。劇場側の案内によると、この映画上映に関していくつかの苦情をもらったことから経営者の判断で今後の上映はしないことにしたというのだ。
私は風と共に去りぬを中学生の頃に読んで、その時ずいぶんと黒人差別をあからさまにした小説だなと思ったものだ。しかし同時に南北戦争を南部の金持ちの視点から見たという意味では興味深い小説だとも思った。その後宝塚の舞台や映画も観たが、どちらからも原作にあるあからさまな黒人差別の描写はかなり削られていた。
しかし、1970年代に初演された宝塚の舞台版とは違って映画の方は公開が1930年代。まだまだ黒人差別が普通だった時代なだけに、今だったら信じられないような描写があることは確か。
先ず南部の視点から見ているので南部軍は英雄で、奴隷制度廃止を唱えていた北軍を悪者にしていること。それだけでなく、映画を通じて優しい人とされている従妹のメラニーが、主人公のスカーレットが安い労働者として白人囚人を雇ったとき、囚人を無理やり働かせるなんて非人道的だ、何故くろんぼを雇わない?と怒ったり、スカーレットが黒人と白人の二人組に襲われそうになり逃げかえってきた後、KKKのメンバーであるスカーレットの家人が黒人退治に出かけて警察に追われるシーンなどがあったりする。
この小説は我々現代人からは受け入れられない視点から見ていることは確かだ。だが昔はこういうふうに考えている人もいたということを知っておくのも大事な勉強だ。原作者のマーガレット・ミッチェルは南北戦争当時の人ではない。この小説は彼女が昔の南部にあこがれて書いた幻想小説である。
それに対して奴隷制度時代に生きていたマーク・トウェイン作のハックルベリーフィンの冒険はトウェインの実体験が背後にあるためかなり重みが違う。マーク・トウェインの名作であるこの小説も多くの小学校や中学校の図書館から取り除かれている。その理由というのもニガー(黒んぼの意味)という黒人侮蔑語が小説内で頻繁に使われているから、というのが理由だ。しかしハックの冒険ほど奴隷制度を批判した小説も珍しい。しかもこの小説の舞台は作家の生きていた実社会の物語なのだ。黒人奴隷がいて当たり前な社会に生きていたトウエインが奴隷逃亡に加担する少年の話を書くことは、言ってみれば当時のポリティカルコレクトネスに多いに違反する行為だったはずだ。
それなのに奴隷制度を批判し黒人差別反対と唱える人に限ってハックの冒険を排斥しようとする。奴隷制度の悪を描き、その制度に反抗した勇気ある少年の話を当時普通に使われていた侮蔑語を使っているからといって排斥することの愚かさに彼らは気が付かない。
このままだと学校教育で南北戦争を教えてはいけないという時代が来るのは近い。何故アメリカは国家二分の戦いをしたのか。なぜあれほどまでの犠牲を出して親兄弟が敵対するような戦争をやったのか。そのことを理解できないから、南部軍英雄の彫像を破壊したり、国歌斉唱の時に起立しないで膝をついてみたり、星条旗を冒涜したりする馬鹿人間が出てくるのだ。南北戦争の本当の意味を国民が理解していたら、アメリカ国民がアメリカに誇りをもちこそすれ恥を感じるようなことは断固あり得ないはずだ。
繰り返すが奴隷解放を歌って北部軍を率いた大統領は誰あろう共和党のエイブラハム・リンカーンである。

“Those who don’t know history are doomed to repeat it.” 「歴史を忘れるものは歴史を繰り返す」
                    ー     Edmund Burke エドモンド・バーク。

風と共に去りぬ -あらすじ
物語は南北戦争勃発寸前の南部ジョージア州アトランタ市で始まる。主人公のスカーレット・オハラは通称タラという大農場を持つアイルランド系移民の金持ち令嬢。(タラというのはオハラ氏の祖国アイルランドの出身地の名前)負けん気の強いうら若きスカーレットは慕っていたアシュレーに激しく求愛するが、彼が従妹のメラニーと結婚するつもりだと聞いて、腹いせに好きでもない男と結婚してしまう。
そうこうしているうちに南北戦争が始まる。夫のチャールズはわずか結婚二か月で戦地で病死。若くして未亡人となったスカーレットは大邸宅を負傷兵たちのために明け渡し、戦争中ずっと負傷兵の看病に身を尽くす。
南部は負け、スカーレットの大農場も破産。金に困ったスカーレットは怪しげな手段で金儲けをして裕福で危険な魅力を持つレット・バトラーと結婚。二人の間には娘が授かるが、スカーレットの思いは今もアシュレーのもの。スカーレットはレットの献身的な愛情を素直に受け止められない。そんな二人の間に悲劇が訪れる。二人の愛娘が落馬してこの世を去り、スカーレットとレッドの亀裂はさらに深まる。そんな折、アシュレーの妻メラニーが病死。メラニーの死に振り乱すアシュレーを見て、やっとスカーレットはアシュレーの弱さを知り、レットの深い愛を悟り、自分がどれほどレットを愛するようになっていたかを悟る。
レッドの本当の愛と自分の気持ちを知ったスカーレットはそのことを伝えようとレットのもとに行くが、レットは荷物をまとめて家を出ていこうとしていた。あなたを愛している、あなたが居なくなったら私はどうすればいいの、というスカーレットに対し、レッドは、
「正直なところ、俺にはもうどうでもいいことだ」”Frankly my dear, I don’t give a damn.”
という名台詞を残して去っていく。残されたスカーレットは私はどうすればいいの、といったんは泣き崩れるが「それは明日考えよう、明日は明日の風がふく」と言って立ち上がる。
ーーーーーーあらすじ終わりーーーーー


2 responses to 風と共に去りぬがポリコレ規制に触れた日

ちび・むぎ・みみ・はな5 years ago

南北戦争は自由貿易と保護貿易の対立が原因だというのが
最終的な結論ではないか。

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苺畑カカシ5 years ago

ちびさん、
南北戦争が南北の経済問題が強く影響していたという見解なら否定はしませんが、何故南部が合衆国から脱退してまで奴隷制度を守ろうとしたのかを考える必要があります。
南部の産業は農業が主体でした。しかも奴隷の労働力に依存した綿農業。北部はすでに産業革命で工業化が進んでいたので奴隷労働は必要なかったのです。
南部にとって奴隷制度廃止は南部の経済破綻につながる恐れがあった。だから彼らは奴隷制度に固執したのですよ。
南北戦争の第一の原因は奴隷制度廃止を巡る南部と北部の考えの違いにあります。この戦争を語るうえでそれを無視することは完全なる間違いです。

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