この間、カカシが皮肉で書いた「カカシはアメリカ人で日本人の繊細な神経を理解できない。「アメリカ人の私には、『暗黙の了解』や『約束事』は全く読み取れなかった。「最初からきちんと提示されていないものを外国人が理解できるはずだと思い込むのはどうかと思う。」という文章について、コメンターのシマさん(ハンドル名は5555shimaさん)から興味深いお便りをいただいた。全文公開および引用の承諾を頂いているので、ちょっとお話したいと思う。先ずはシマさんのメールから。

確かに自分が知らない異文化の物事を教えられることなく理解する(察する)のは難しいことです。難しいというよりほとんど不可能だと言った方が良いと思います。発言する側の人間が心の端に留めておくべきことです。私も外国人と話すときは十分に気を付けなければならないと感じています。

ただ、個人差はありますが、外国人と比較して「察する」ことが得意な日本人が日頃から感じている「外国人に対する不満」については理解して頂きたいのです(略)
1しか理解出来ない外国人のために日本人は一生懸命自分の考えていることを1から10まで順番に口に出して説明したり文章を作ったりします。日本人同士ならやらなくて済んだことを、「外国人に気を遣って」時間と労力を割いているのです。本来やらなくていいことをやっているので、余分なコストがかかります。
ところが、外国人はこの状況を直接言葉に出して指摘されない限り「察する」ことが出来ないので、日本人は不満を持ちます。何故なら、外国人は日本人が普段から支払っている余分なコストに対してほとんど気付かないし、感謝もしないからです。そうやって積もり積もった不満は、「外国の文化への無理解及び偏見」へと姿を変える場合があります。
もしも日本人をコミュニケーションを取る外国人の大多数が「普段やっていないことをわざわざ私のためにやってくれて本当にありがとう」「私のために時間と労力を割いてくれてありがとう」「あなたの気遣いと思いやりに感謝します」などと表現出来るようになっていけば、日本人の不満もなくなっていくのではないかと思います。

元米防衛庁のラムスフェルド長官が言った「知らないことを知らない」というのがまさにこれだろう。つまり、外国人は日本人が色々気を使ってくれているということに気が付いていない。だからお礼の心を持つことさえ出来ない。
もしもシマさんが、日本に来る外国人観光客やビジネスマンについて語っているのだとしたら、これは外国人にもかなりの責任がある。他国へ行けば習慣が違うのは当たり前だ。たとえ短期間の観光でも日本での心得くらいは勉強はしてきてほしいし、観光会社もガイドブックなどで細かく教授してほしい。
観光客に多く来てほしいと思っている日本側がおもてなしの気持ちで外国人の祖業の悪さを多めに見るのも実は逆効果になっている。これは日本だけではないが、欧米における現在のモスレム移民の問題も、ホストカントリーによる行きすぎた「寛容さ」に期を発していると私は思う。
アメリカでは公式文書が何か国語にも翻訳されて発布される。この間うちの近所で選挙があったが、たった一つの項目の住民投票の文書が何十ページもあった。それというのも同じことが何十か国の言語で書かれていたからなのだ。投票権があるということはアメリカ市民のはずだ。それなのにこの程度の英語も理解できないで選挙もなにもあったもんじゃないだろう。そこまで外国生まれの人間に気を遣うローカル政府の「寛容」さは行きすぎだ。
外国人であろうと何であろうと地元政府は徹底的に地元の法律を施行すべきだなのだ。たとえば歩きながらの喫煙や吸い殻のポイ捨てが違法ならば、単に注意するだけに留まらず、きちんと罰金を課せばいいのだ。英語でいうところの、”Ignorance of the law is no excuse” 「法律は知らなかったでは済まされない」である。
それに私から言わせると中国人観光客の行儀の悪さは確信犯だと思う。どこの国でも普通の道路上や他人の庭で脱糞や排尿が許されるはずはないし、商店に置かれている食品をやたらに手掴みにしてもいいとは思えない。これは日本人が文句を言わないのをいいことに好き放題をやっているとしか思えない。だったら日本人も寛容だの思いやりだのと言ってないでこういう輩は徹底的に取り締まればいいのである。
これは日本に限られたことではない。今や欧州で起きているモスレム野蛮人に対する信じられないような「寛容」や「親切」は言ってみれば、野蛮人に文明国の規則など理解できないはずだという人種差別の裏返しである。これらの国々は自国民同様外国人も同じ法律で裁くべきなのだ。地元の規則が理解できないなら、そういう教育をする機関を設けるなりなんなりするのはいいが、それでも規則を破る人間は徹底的に厳しく取り締まり、最終的には国外追放くらいの覚悟をしてほしい。そうすれば野蛮人が我が物顔で欧州を闊歩するなどということは防げるはずなのだ。
それと日本人を19年やったカカシの中にも染み込んでいることなのだが、日本人は他人が自分に気に入らないことをしても、相手にも色々あるだろうから今回は黙っておこうと我慢してしまう傾向がある。だがこれをすると相手はこちらの気も知らずに同じことを繰り返す。それが何度も続いてついにこっちは堪忍袋の緒が切れて爆発してしまう。何も言わなくても解ってもらえるはずだという日本人の甘えが通じない相手だとこういうことが生じる。
私はアメリカに来たばかりの頃にこれでかなり損をした。最初に住んだホームステイの家族とは、何か言われたらとにかく謝っておけば「素直な子だ」とわかってもらえると思っていたら、間違いばかりをする間抜けな子と思われた。付き合った何人かのアメリカ人男性に対しても「私がこれだけ気を使ってやってるのに、なんなのよ、あんたは!もう知らない!」と爆発して決別を迎え、相手は私が何を怒っているのかさっぱりわからずに終わってしまうという経験を何度かした。カルチャーショックというのはこういうことを言うのだろう。
日本人には面倒臭いことだが、今や嫌が応でも外国人と接しなければならない時代だ。日本人らしくないことでも場合によっては正直に言った方がいい。最初から正直に言ったほうが相手に対してかえって親切ということもあるのだから。


1 response to 外国人への思いやりで疲れる日本人

5555 shima2 years ago

苺畑さん
>日本に来る外国人観光客やビジネスマン
>たとえ短期間の観光でも日本での心得くらいは勉強はしてきてほしいし、観光会社もガイドブックなどで細かく教授してほしい。
アメリカ人である苺畑さんがそう仰ってくれると救われる気持ちです。ありがとうございます。
当たり前のことですが、在日外国人(観光客含む)の中には素敵な人もたくさんいます。
私がとある神社で見かけた英語話者の外国人親子グループは真面目な人々で、周りの日本人を観察しながら失礼のないように振舞っていました。混雑している場所でも親子揃って笑顔で「Excuse me」と「Go ahead」がスラスラ言える素敵な団体でした。
こういう外国人が増えると日本人として嬉しいですし、私もあの親子のように上品に振舞えるようになりたいと心から思います。

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