護衛艦フィッツジェラルド(FTZ)とACXクリスタルとの衝突事故については事故直後にもちょっと書いたがよもぎねこさんが事故はイージス艦の方に責任があると書いていて、ぶつけられた方に責任があるというのも酷な言い方だなと思ってしまった。無論よもぎねこさんがおっしゃることももっともで、最終的にクリスタルを避ける責任はフィッツジェラルドの方にあったのだから、それをしなかったことは言い訳のしようがない。
しかし、あれだけ高性能のレーダーを備えているイージス艦が、どうしてオープンオーシャンで追突事故を防げなかったのか。コンテナ船のほうも、どうして前を横切るイージス艦に手遅れになるまで気が付かなかったのかという疑問は残る。
実はFIZ にもACXの方にも衝突を避けるためのAISという設備が整っていた。

AIS(Automatic Identification System船舶自動識別装置)とは、一般にエーアイエスと呼ばれており、洋上を航行する船舶同士が安全に航行するよう、航行情報を相互に交換するための装置です。衝突予防と人命安全という観点から、船舶への搭載が義務化されました。運用の目的は、(1)船舶を識別すること、(2)目標物の追跡を支援すること、(3)航海情報の交換を容易にすること、(4)衝突防止に役立つ情報を提供すること、(5)無線電話による船舶通報を減らすことです。
このため、AIS装置は常に電源をオンにしておく必要があり、停船中であっても、自船の船舶情報を発信し続けることで、どこから眺めても当該船の居場所がクリアにわかるシステムになっています

問題なのはFTZのAISはオフになっていた。FTZは軍事艦なので、自分の位置を世界中に公表したりはしない。護衛艦が何時どこで何をしているかは機密情報だからである。だから軍事艦は地元湾岸警備の管轄内を出た時点でAISをオフにするのは普通らしい。
ということは、AISにだけ頼っていると見えない船が結構いるということになる。また、AISをオフにしておくと、AIS上において自分が他人から見えないだけでなく、自分も他人が見えなくなってしまう。お互いのAISがオンになっていれば、衝突警報が鳴るのだが、どちらかのAISがオフだと警報がならないのだ。
以下arsTechinica掲載のショーン・ギャラガー氏の記事から引用
時事プレスによると、クリスタルの船長はクリスタルとFIZは同じ方向に平行線で走行していたが、クリスタルが進行方向を調節した時点で左に行きすぎFIZとの衝突コースに進んでしまったと証言している。通常、左側の船が右側の船に道を譲ることになっているので、この場合はFTZに道を譲る義務があった。しかし、FTZの操縦士はクリスタルの方角変更に気が付かなかったか、もしくは速度を見誤りFTZはクリスタルの前を十分に通り過ぎる時間があると勘違いして、衝突を予期できなかったものと思われる。この場合にAISがオンになっていればFTZの見落としや計算違いが是正されていたはず。
ただAISが普及したのは1990年代のことなので、それ以前にはAISなしで操縦は普通だったし、軍事艦は今でも湾外でのAIS使用は禁止されているのだから、これは全く言い訳にならない。
ギャラガーによると、事故のあった相模湾のあのあたりはものすごく混雑するんだそうだ。彼も含め、イージス艦や他の軍艦の操縦経験のある人たちの話をいくつか読んだが、みな口をそろえて、あそこは運転が大変な場所だという。色々なライトが点滅しているし、レーダーがあってもそうそう簡単に自船に向かってくる船を識別することはできない。無論、それが出来なければ操縦士としての資格はないわけだが。
ブリッジの見張りは「何時間もの退屈が時々恐怖による瞬間で区切られている。」と言われるそうだ。確かにね、何もないと本当に退屈だが、ちょっと目を離した隙に起きる恐ろしい出来事。つくづく操縦士たちの仕事は大変だなと思う。


2 responses to 護衛艦フィッツジェラルドについてAISの利益と弊害

yomogineko7 years ago

>コンテナ船のほうも、どうして前を横切るイージス艦に手遅れになるまで気が付かなかったのかという疑問は残る。
 これはコンテナ船の見張り不足でしょう。 こういう商船はギリギリの人員で運行しているし、人権もできる限り安くするのだから乗組員もそれなりです。
 それでも一応今回はコンテナ船の方が、先にイージス艦に気付いています。
 因みに船にはブレーキはないし、バックもできません。 またコンテナ船やタンカーのような大型貨物船は、方向転換にも時間がかかります。
 だから車のようにぶつかりそうになったら急ブレーキ、急ハンドルと言うわけにはいかないのです。
 但し海の上なら遮蔽物はないのです。 だから大型船なら何キロも先から見えます。 チャンと見張りをしていれば十分衝突は避けられるのです。
 そういう事もあって、衝突が起きた場合は航路権のない方が悪いと言う規則になっているのです。
 おそらくコンテナ船は「まさかイージス艦が自分の接近に気づいていない」なんて思ってもいなかったでしょう。
 だからいよいよ衝突しそうになって急いでライトで警告したりしたのですが、イージス艦側は最後まで気づいていなかったようですね。
 優秀な人達が見張りをしていたはずなのに、魔が差したのでしょうか?

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苺畑カカシ7 years ago

よもぎねこさん、
艦長が操縦にあたっていない時に操縦を仕切るOfficer of Deck (OOD)と呼ばれる当直の人間がいますが、この当直にあたるのは高位の下士官である場合も低位の将校である場合もあります。ただ、艦長は常に若い将校に当直任務を果たせるように教育する義務があるのですが、なかなか試験に受からない若者が多い。
とはいえ、いつまでもある程度の位になった将校が当直任務を果たせないと問題です。あまり試験に受かる人が少ないと艦長の責任が問われます。ということはあまり能力のない若い将校が見張りにあたっていた可能性もあるわけです。もっとも見張りは彼一人じゃないですから、言い訳にはなりませんが。
今はもうあまりありませんが、以前は私もよく船に乗ってました。今回水兵さんたちが亡くなったような水面下の部屋にも泊まらせてもらったことはいくらもあります。だからこういう事故は他人事に思えません。
亡くなった方々のご冥福をお祈りしたい。

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