「使者を殺す」という言う言い回しがあるように、実際に何か悪いことが起きていると事実を無視して悪い知らせを持ってきた使者を責めるのが昨今の西欧ジャーナリズムのあり方のようだ。ティム・プールというアメリカのフリーランス記者がスエーデンで二週間に渡る取材をしていたことは何度か書いてきたが(以前に一週間と書いたが二週間だったようなので訂正)、プールは帰国直前に収録したビデオのなかで、スエーデンメディアによるプールへの感想について語っていた。その英語版の記事を見つけたので読んでみる。著者はアン・トーンビスト(Ann Tornkvist)というスエーデン公営ラジオ局の女性元リポーター。
先ずオプエド紹介の部分からして、かなり偏向のある記事であることが伺われる。強調はカカシ。

アメリカ人ジャーナリストのティム・プールの取材旅行はスエーデン郊外からの報道として世界中の人々から注目を浴びた。彼は三月一日のビデオで俗に「『ノーゴーゾーン』(立ち入り不能地域)と呼ばれるストックホルム近所のリンケビーの町に踏み込み、警察に付き添われて市から追い出されたと報告。警察当局はプールの証言を否定している。警察は現場の状況が驚異的になっていたというプールの主張を否定し、人々が顔を隠したのは、単にカメラに写るのを嫌がってのことだと語っている。
この事件についてスエーデン最大の新聞であるDagens Nyheter紙の社説論者Erik Helmerson氏は、この事件はスエーデンにおける「深刻に間違った」そして「腐った」状況を示すものだと書いた。,しかしスエーデン公営ラジオの元リポーター、アン・トーンビストは、ジャーナリストが危険を感じずに働けるべきだとしながらも、ティム・プールのような「パラシュートジャーナリズム」と言って、現場の状況について何の知識もなくただ訪れるだけのジャーナリズムこそカメラの前で顔を隠している人々よりも、ずっと民主主義を脅かすものだと語る。

トーンビストはティム・プールのような偏狭で近視眼的なジャーナリズムこそスエーデンの民主主義を脅かすものだという。彼女の言い分は、プールだけではないが、外国からのリポーターは往々にして、スーエデンに来る前からスーエデンは非常に悪い状態になっているという偏見を持っており、取材に来る前からどういう記事を書くのか、すでに頭のなかで描いている。だから取材に来ても自分の偏見を確認するためだけの取材しかしないのだという。
こういう取材の仕方は「パラシュートジャーナリズム」と言って、特派員は短期間の取材のために送られてきて、取材が終わるとさっさと帰ってしまう。現地の状況についてほとんど何も知らずに訪れ、去るときも前以上の知識をほとんど得ずに去っていく。
トーンビストは外国の取材班からスエーデンでの連絡先について援助を頼まれることが少なくないという。それでそういうコネを紹介する際には紹介費を請求するが、外国の大手メディアはわざわざ特派員を派遣する金はあっても地元の紹介者にお金を払うことはためらうという。
彼女の言い分もわからないではない。スペインの新聞社の特派員がたった二日の取材で何がわかる?イギリスの新聞社はスエーデンの犯罪についてÖrebro市のピーター・スプリンガーみたいな職務に不満な警察官と一時間程度話したくらいで何が学べるというのだ?と彼女は問いかける。
彼女が働いていたスエーデン公営ラジオ局には地方ニュース支部がスエーデン各地にあるという。つまり、地元のラジオ局の方が地元の状況はきちんと把握していると言いたいらしい。しかし、把握していても正しく報道していなければ意味がないではないか?地元のメディアがきちんと現状を報道しないから外国の特派員が興味を持ってやってくるのだろう。
トーンビストは、ティム・プールは典型的なパラシュートジャーナリストだという。プールはスエーデンが安全か危険かという二つにひとつの答えを探すためだけにやってきた。だからインタビューに応じた人々が猜疑心を持っていたとしても当たり前だと。民主主義が機能するためには誰もが自由に発言できるべきだ。しかしインタビューの内容はリポーターに都合のいいように編集されたり歪曲されたりする可能性があるため、短期間の取材では本音を聞くことはむずかしい。きちん地元の状況を正しく把握するためには、リポーターが長期に渡って地元に根を下ろし、地元の人々の信頼を得てこそ真の取材が出来るのだ、と彼女は言う。
だからといってプールが危険にさらされてもいいというわけではない。だが、移民政策についての討論の手段として利用されるために、パラシュートジャーナリストなんぞに撮影されたクなかったリンカビーや他の郊外の地域の人々には心から同情するとトーンビストは言う。
そして最後に彼女はプールのようなパラシュートジャーナリズムこそカメラの前で顔を隠す人々よりもずっと民主主義を脅かすものだと締めくくる。
確かに現地へ2~3日飛んでいって、現地メディアの紹介で会った人々を2~3人インタビューしたくらいでは現場の状況を正しく把握することは不可能だろう。しかし、短期間でも何でも、とにかく現場に行ってみないことには外国に居て新聞社のデスクに座ったまま現地のリポーターと電話で話す程度の取材では、それこそ現場の状況などわからない。
もともとプールは、イギリスの右翼ヴロガーによる「スエーデンが安全だと思うなら、スエーデンのノーゴーゾーンで一晩でも寝泊りしてみろ」という挑戦を受けてスエーデンに行ったわけで、どちらかというとスエーデンは安全だという偏見を持っていた。その彼がスエーデン政府が存在しないと主張しているノーゴーゾーンのリンカビーで顔を覆った人々に付け回され、警察に付き添われて出て行かなければならなかたっというのは貴重な体験だ。リンカビーで取材を行なっていたスエーデンのカメラマンやイギリスの取材班やアメリカ人リポーターが殴られたという事件も発生している。だからこそ警察はプールがそんな目に会う前にエスコートして出て行ってもらったのだろう。
だいたい一年で53件からの手榴弾攻撃がある街を「安全だ」と報道するスエーデンメディアにどんな信頼性があるというのだ?火災があっても消防隊が警察の護衛付きでなければ入れない街、郵便配達もバスもいかれない街、リポーターが身の危険を感じずに安心して取材できない街があるのに、スエーデンにはノーゴーゾーンなど存在しないと言い張れるスエーデンメディアのどこを信用しろというのだ?
例えば、日本の地方の村にアメリカの取材班が行ったとしよう。彼らが街の様子を撮影している姿を見て、地元民が覆面をして寄ってきて、ことあらば暴力を奮おうなどというそぶりを見せるだろうか?
先に紹介したイギリスの女性リポーターが、リンカビーでは町を歩いている女性の姿がまるで見られなかったと報告していたことからもわかるが、そういうことは行って見なければ解らない。
確かに自分の偏見を確認するためだけにやってくるリポーターも居るだろう。だがそれはパラシュートジャーナリズムというスタイルそのものが悪いのではなく、リポーター自身に問題があるといえる。地元のリポーターが移民による犯罪を見てみぬ振りをして、ノーゴーゾーンで覆面姿でリポーターを脅かす不良外国人を、撮影されたくなかっただけの気の毒な地元民、と言ってしまえるトーンビストのような地元ジャーナリストばかりでは、今後もプールのようなパラシュートジャーナリストは後を絶たないだろう。
そしてそれは地元民が声に出せない声を世界に知らしめるためには、スエーデンに本当に守るべき民主主義というものが存在するのだとしたら、彼らの存在はそれこそ価値あるものだと考えなければならない。


2 responses to ティム・プールのようなパラシュートジャーナリストは民主主義の敵だ? スエーデンメディアの狂った反応

yomogineko2 years ago

 外国のメディアの自国の事を否定的に描く、否定的な面を描いた時に「取材の仕方が良くない」「正しい報道ではない」挙句の果てに「民主主義を脅かす」って、こういうコメントは、昔ソ連崩壊前、共産圏の当局者が普通に言っていました。
 だから非常に懐かしいと言うか? 共産主義の亡霊を見る思いです。
 しかしこの亡霊が不気味なのは、国境なき記者団の評価によるとスェーデンは報道の自由3位なのです。
 実にまあ過去の共産主義を凌ぐ大妖怪ではありませんか?

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苺畑カカシ2 years ago

よもぎねこさん、
共産主義の亡霊を見る思いとはうまい言い方ですね。ソ連が崩壊した後、私はヨーロッパは西も東も民主主義の自由国家になれるんだと思ったのです。ところが東ヨーロッパはともかく、西ヨーロッパは滅ぼしたはずの共産主義を積極的に取り戻そうとしている。
特にスエーデンとか、本当に自由だったことがあるのだろうかと最近思うようになりました。そのことについては、改めてエントリーを書こうと思っています。

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