アメリカでは昨今「メリークリスマス」というのが禁句になっているような感がある。それについては拙ブログでの何度か紹介してきた。しかし、反ポリコレを称えたドナルド・トランプが当選したことで、アメリカは再び遠慮なくメリークリスマスと言える国になるのではないかというニュースウィークの記事を読んだのでちょっと紹介したい。

トランプは、ポリティカル・コレクトネスに縛られて言いたいことが言えなくなったアメリカに真っ向から異を唱えて当選した。彼のスローガン「アメリカを再び偉大に」には、「アメリカが再び『メリークリスマス』と言える国に」という意味も込められている。

先週もウィスコンシン州での遊説で、トランプはこう語った。「18カ月前、私はウィスコンシンの聴衆にこう言った。いつかここに戻って来たときに、我々は再び『メリークリスマス』と口にするのだと。……だからみんな、メリークリスマス!」

これは素晴らしい演説だと思う。私はトランプが当選するまで、アメリカ人がこれほどポリコレを嫌がっていたということに気がつかなかった。何がしかの少数派が傷つくからと、アレを言ってはいけない、これを言ってはいけないといわれ続け、我々は本当にうんざりしていたのだ。メリークリスマスを禁句にするというのはその最たるものだろう。
気のせいかもしれないが、我が職場でも今年は例年になくクリスマスムードが漂っていた。うちの職場でも「メリークリスマス」「クリスマスパーティ」という言葉は一応禁止されていたが、同僚たちは完全に無視して「クリスマス」を連発していた。また、クリスマス関係の装飾は禁止されているはずなのに、ロビーに馬鹿でかいツリーが飾られたほか、それぞれの部署で競争みたいにツリーや飾りが付けられ、12月の二週目くらいから、職場全体がクリスマス雰囲気に埋まっていた。恵まれない子供たちへのプレゼントを入れる大きな箱が職場のあちこちにおかれていたが、その箱が社員たちからのプレゼントですぐに一杯になってしまい、何回も取り替えられていた。
私の同僚がフェイスブックで「私がメリークリスマスといったら、どれだけの人が言い返してくれるんだろう?」と書いたら、あっという間に何十もの「メリークリスマス」の返答が集まっていた。さて、では記事にもどると、

では、トランプが解釈するようにアメリカ人は本音では今も「メリークリスマス」と言いたいのだろうか。調査機関「Public Religion Research Institute(PRRI)」が今月行った世論調査によれば、「店や企業は顧客に対して『メリークリスマス』の代わりに『ハッピーホリデー』」と言うべきかという問いに対して、「言うべき」と答えたのは回答者の47%、「言うべきではない」は46%と、意見が真っ二つに分かれた。回答の相違には党派的な要素が色濃く、「メリークリスマスと言うべき」と答えた共和党員は67%に上った一方で、民主党員はわずか30%だった。
 一方で、キリスト教徒以外の人が「メリークリスマス」と言われて気分を害するかどうかは人によるだろう。リベラル紙のニューヨーク・タイムズでさえ今月、「クリスマスを祝わないユダヤ教徒やイスラム教徒も、心のこもった『メリークリスマス』を不快に思わないと言うことが多い」と記事で指摘した

民主党支持の人間がメリークリスマスというべきではないと回答しているといっても、彼ら自身が言いたくない、言われたくない、という意味ではないと思う。彼らは自分らはメリークリスマスと言いたいけれど、そう言うことは政治的に正しい姿勢ではないのではないか、と感じているだけなのではないだろうか。彼らにとって政治的に正しいことが絶対的な意味を持つからである。
実際にメリークリスマスと言われて気を悪くするのはバリバリの無宗教者か過激派イスラム教徒くらいだろう。こういう話になるとなにかとユダヤ教徒を持ち出す人が居るが、アメリカのユダヤ教徒でクリスマスを嫌っている人なんて先ず居ないだろう。少なくともそんな人には出会ったことがない。誰かが指摘していたが、アメリカでトップ10に入るクリスマスソングを作曲しているのはユダヤ人
ミスター苺の実家はユダヤ教なのにクリスマスパーティを毎年やってる。今日も義妹のところで家族集まってプレゼント交換をやることになっている。それでミスター苺はせっせとクッキーを焼いている。ただし、お昼はユダヤ料理のロックス(スモークサーモン)とベーグル、そしてノックワーストソーセージの予定。
ま、アメリカでユダヤ・キリスト教は、日本でいうところの神仏折衷みたいなもんだ。
では改めて、メリークリスマス。そしてアメリカに全世界に神のご加護がありますように。


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