日本の広島長崎に投下された原爆。日本人としては納得いかないだろうが、原爆投下は太平洋戦争を早期に終結させるために必要な作戦だった。少なくとも当時のアメリカ政権はそう判断した。これについて歴代のアメリカ大統領が異存を唱えたことはない。しかしオバマ王はアメリカ大統領として始めて広島を訪れ、アメリカ大統領としてあるまじき謝罪演説を行なったと批判する声がある。
オンラインニュースのデイリーワイヤーの編集長ベン・シャピーロなどがその代表だ。
President Obama Gives One Of The Most Repulsive Speeches In American History In Hiroshima
By:
Ben Shapiro
May 27, 2016
カカシも昨日オバマは核兵器拡散を唱えながらイランの核兵器開発を援助していると指摘したが、シャピーロはさらに、オバマが広島訪問をした数日前、オバマはアメリカの元敵国で今も共産主義国のベトナム訪問の際、ベトナムへの武器輸出を約束した事実を示し、一方で非武装外交主義で世界平和を守ろうと唱えながらもう一方でアメリカの宿敵の武装を援助するという矛盾を指摘する。オバマの謝罪演説の内容を読むにあたり、我々はオバマの度重なる背信行為を念頭に入れておかなければならない。
「オバマは完全な恥さらしだ」とシャピーロは言う。

『71年前、晴天の朝、空から死が降ってきて世界が変わりました。閃光(せんこう)と炎の壁がこの街を破壊し、人類が自分自身を破壊する手段を手に入れたことを示しました。』とオバマは言う。これは人類がそれ以前に二つの世界大戦において三十年に渡って自らを滅ぼそうとした事実や、ソビエト連盟と中国が核兵器以外の武器で1億人の人口を殺害した事実を無視するものだ。しかしオバマ演説の要点は核兵器という技術そのものが独特な悪であるすることだ。
オバマは続ける。
『私たちはなぜここ広島に来るのでしょうか。それほど遠くない過去に恐ろしい力が解き放たれたことを考えるために来ます。また、10万人を超える日本の男性、女性、子ども、多数の朝鮮半島出身者、12人の米国人捕虜の死者を悼むために来ます。その魂がもっと心の内を見て私たちは何者なのか、私たちはどのようになれるのか、振り返るよう語りかけてきます。』
不思議なことに、オバマはどの時点においても真珠湾攻撃とその戦没者について語らない。また太平洋戦場でなくなった10万人を超すアメリカ人についても、また既存の兵器によって日本列島を侵略した場合に犠牲になったと思われる50万を越す犠牲者が出た可能性についても述べていない。ノア・ロスマンが今朝のツイートで書いているように、軍人たちは原爆投下に歓喜した。なぜならそれによって戦争が終わり国に帰って自分たちの子供たちの顔がみられると知ったからだ。

オバマは戦争はどっちもどっちだという主張をし、誰が悪くて誰が善かという区別をしていない。特に演説批判者が一番怒るのはこの部分だ。

『広島と長崎で残虐的な終わりを迎えた世界大戦は、最も豊かで強い国々の間で戦われました。その文明は世界にすばらしい都市や美術を生み出してきました。そして、思想家は正義や調和、真実という進んだ考えを見いだしてきました。しかし、最も単純な部族同士の紛争の原因のように、支配、征服を欲する本能という同じ根本から戦争は起きてきました。つまり、古いパターンが制約が働くことなく、新しい能力により増幅されてきました。ほんの数年間で6000万人が亡くなりました。男性、女性、子ども、私たちと全く変わらない人たちです。銃で撃たれ、殴られ、行進させられ、爆撃され、拘束され、飢餓に苦しみ、毒ガスにより、亡くなりました。』

これではアメリカが単なる部族同士の紛争や支配や制服を欲して日本に原爆を落としたかのように取れる。シャピーロも指摘しているように、アメリカの大東亜戦争参加は諸外国侵略が目的ではなく、自国及び欧州の防衛だった。アメリカは日本から攻められるまで参戦には非常に消極的だった。誰が侵略者だったのか、誰が防衛者だったのか、そのことを明確にすることができなければ将来の戦争も避けられない。
シャピーロいわく。

日本は間違っていた。アメリカは正しかった。ドイツは間違っていた。アメリカは正しかった。それだけのことだ。

オバマは続ける。

『物質的な進歩や社会の革新が、どのくらいこうした真実を隠してしまっているでしょうか。私たちはどれだけ簡単に、暴力を崇高な理由によって正当化してしまっているでしょうか。すべての偉大な宗教は、愛や平和、公正さにいたる道を説いていますが、どの宗教も信仰の名のもとに人を殺す信者を抱えることを避けられません。』

とここで、オバマは異教徒を容赦なく大量殺害するイスラム教徒と平和的な他宗教とを道徳的に同率に並べている。オバマによれば誰もが同じように良くもあり悪くもあるというのである。
シャピーロはオバマ王が本気で世界平和を望むのであれば、悪徳な独裁政権が強力にならないよう先手を打って牽制し、相手が攻めて来た場合には敵国の最後の一人まで皆殺しにすると誓うべきだという。だが、オバマはそういうやり方は全面的に拒否する。

『私たちは悪を行う人類の能力をなくすことはできないかもしれません。だから、私たちが築いた国家や同盟は、私たち自身を守る手段を持たなければなりません。しかし、我が国のように核兵器を持っている国は恐怖の論理から脱し、核兵器のない世界を目指す勇気を持たなくてはいけません。私が生きているうちに、この目標を達成することはできないかもしれませんが、たゆまない努力で破滅の可能性を少なくすることはできます。』

カカシも指摘したように、オバマは「核兵器のない世界を目指す」などということは全くしていない。なぜならば、シャピーロいわく、アメリカが核兵器を持っているのにイランや北朝鮮のような悪質な独裁国家の核武装を阻止することはオバマの規則に反するからだという。

オバマは現実を求めない。オバマは自分が個人的に作り上げたイメージ通りの世界を作りたいのだ。オバマは人類そのものを変えたいのである。

『私たちは戦争自体に対する考え方を変えなければいけません。外交を通じて紛争を防ぎ、始まってしまった紛争を終わらせる努力をする。相互依存が深まっていることを、暴力的な競争ではなく、平和的な協力の名分にする。国家を、破壊する能力ではなく、何を築けるかで定義する。そして何よりまして、私たちは人類の一員としてお互いのつながりを再び想起しなければなりません。このつながりこそが我々を人類たるものにしているからです。
 私たちは過去の失敗を繰り返すよう遺伝子で決められているわけではありません。私たちは学ぶことができます。選ぶことができます。子どもたちに違う方法を伝えることができます。共通する人間性を説明し、戦争が起こりにくく、残虐性が簡単には受け入れられないようにする物語です。』

イラク戦争真っ最中の頃、カカシはヤフーの掲示板で戦争について多くの反戦派と議論し合ったが、その時私が主張したのは、「戦争がないことと、平和であることは違う」「平和であることと自由であることは違う」ということだ。特に左翼リベラルが「戦争は解決策じゃない」と言うとき、私は常に「それは問題がなんであるかによるだろう。」と答えていた。
オバマによる「外交を通じて紛争を防ぎ、始まってしまった紛争を終わらせる努力をする。」という理想主義は大失敗に終わったことは昨日のエントリーでも書いたが、シャピーロもイラク、北朝鮮、ロシアによるウクライナ侵略などの例をあげ、アメリカが勢力を誇示しないことによって、アメリカが戦争の意思を全くみせないことによって、世界は平和になるどころかどんどんと紛争激化の道を歩んでいるという。
世界唯一の被爆国としては、日本が広島・長崎における原爆投下が歴史的に長い目でみれば良い教訓となったという言われ方は気分が悪いだろう。だが、新型爆弾と言われた原爆が落とされたのは広島・長崎が最後である。その後71年間も世界のどの国も原爆投下をしていない。オバマがいうような「核戦争の夜明け」にはならなかった。それは何故なのか。
あれだけ効果のある武器ならば、その後も度々使ってもよさそうなものだ。また、イラク戦争の時にも思ったのだが、ひとつの戦闘における戦死者の数も、アメリカの南北戦争や第一次及び第二次世界大戦以後の戦争において激減した。それは戦争がエスカレートすれば、誰かが核爆弾発射ボタンを押すことが出来るという考え誰の念頭にもあるからだ。
ソ連代表の東圏対アメリカ代表西圏の冷戦が、冷たいままで熱くならなかったのも、お互いが核兵器を所持していたことが最大の原因だ。冷戦で平和的結末を呼んだのも、左翼リベラルが求めた核拡散ではなくレーガンが行なった核武装強化競争で経済力のあるアメリカがソ連に勝ったことが理由だ。
だがオバマはそんな歴史的事実は認めないとシャピーロは言う。オバマにとって平和はアメリカの愛国心を全面的に諦め、国境のない国のない価値のない世界をつくることでしか取得できないのである。

広島が起きたのは世界がファシズム台頭中に眠っていたからだ。オバマは悪の台頭にまた眠りたいのである。

最近アメリカの世論でも、アメリカは日本に原爆投下をするべきではなかったという意見のほうが増えている。だが、なぜアメリカがあの時原爆投下をしたのか、それをきちんと把握することが出来なければ、70年以上も続いた平和を破って再び広島は起きてしまうとシャピーロは警告する。
最後にミスター苺が好きな1990年代のテレビシリーズ、ズィーナからの言葉を付け加えよう。

おそらく、一番の悪は、全く戦わないことにある。


オバマ広島演説の全文(毎日新聞より)
71年前、晴天の朝、空から死が降ってきて世界が変わりました。閃光(せんこう)と炎の壁がこの街を破壊し、人類が自分自身を破壊する手段を手に入れたことを示しました。
 私たちはなぜここ広島に来るのでしょうか。それほど遠くない過去に恐ろしい力が解き放たれたことを考えるために来ます。また、10万人を超える日本の男性、女性、子ども、多数の朝鮮半島出身者、12人の米国人捕虜の死者を悼むために来ます。その魂がもっと心の内を見て私たちは何者なのか、私たちはどのようになれるのか、振り返るよう語りかけてきます。
 広島を際立たせているのは戦争という事実ではありません。人間が作った道具は暴力的な紛争が古くから行われてきたことを教えてくれます。私たちの先祖は石から刃物を、木から槍(やり)を作ってきました。これらの道具はただ単に狩りをするためでなく、人間に対しても使われてきました。どの大陸においても文明の歴史は戦争に満ちています。食料不足や黄金への渇望、民族主義的、宗教的な熱狂から戦争が起こり、帝国が台頭し、衰退してきました。そして、人々は支配され、解放されてきました。その時々で数えきれない犠牲者が出て罪のない人々が苦しみ、犠牲者の名前は時とともに忘れ去られました。
 広島と長崎で残虐的な終わりを迎えた世界大戦は、最も豊かで強い国々の間で戦われました。その文明は世界にすばらしい都市や美術を生み出してきました。そして、思想家は正義や調和、真実という進んだ考えを見いだしてきました。しかし、最も単純な部族同士の紛争の原因のように、支配、征服を欲する本能という同じ根本から戦争は起きてきました。つまり、古いパターンが制約が働くことなく、新しい能力により増幅されてきました。ほんの数年間で6000万人が亡くなりました。男性、女性、子ども、私たちと全く変わらない人たちです。銃で撃たれ、殴られ、行進させられ、爆撃され、拘束され、飢餓に苦しみ、毒ガスにより、亡くなりました。
 世界にはこの戦争を記録している施設がたくさんあります。記念碑は勇ましさや英雄的な物語を伝え、墓地や収容所の跡は言い表せないほどの恐ろしい行為がなされたことを示しています。しかし、この空に上がったキノコ雲の姿は、最も明確に人類が抱える矛盾を想起させます。思想、想像、言語、道具作りなど、人類が自然界から離れ、自然を従わせることができると示す能力は、同時に、比類のない破壊力も生み出したのです。
 物質的な進歩や社会の革新が、どのくらいこうした真実を隠してしまっているでしょうか。私たちはどれだけ簡単に、暴力を崇高な理由によって正当化してしまっているでしょうか。すべての偉大な宗教は、愛や平和、公正さにいたる道を説いていますが、どの宗教も信仰の名のもとに人を殺す信者を抱えることを避けられません。
 国は犠牲や協力によって人々が団結するという物語を語り、台頭して偉大な成果を生みました。その同じ物語は、自分とは違う他者を虐げたり、非人間的に扱ったりすることに使われてきました。
 私たちは科学によって海を越えてコミュニケーションできますし、雲の上を飛ぶこともできます。病気の治療や宇宙の解明もできます。しかし、そうした発見が、効率的に人を殺す機械になり得るのです。
 近年の戦争は私たちにこうした真実を伝えています。広島も同じ真実を伝えています。技術のみの発展だけでなく、同様に人間社会が進歩しなければ、我々を破滅させる可能性があります。原子を分裂させた科学の革命は私たちに道徳的な進歩も要求しています。
 これが私たちが広島を訪れる理由です。
 この広島の中心に立つと、爆弾が投下された瞬間を想像させられます。混乱した子供たちが抱いた恐怖感を感じ、声にならない叫びを聞きます。むごたらしい戦争、これまで起きた戦争、そしてこれから起こるかもしれない戦争による、罪のない犠牲者に思いをはせます。言葉だけでは、このような苦しみを表すことはできません。しかし、私たちは正面からこの歴史に向き合い、このような苦しみを再び繰り返さないためにできることを問う責任を共有してきました。
 いつの日か、証言をする被爆者の声を聞くことができなくなります。しかし、1945年8月6日朝の記憶は決して消してはいけません。その記憶があるからこそ、我々は現状に満足せず、道義的な想像力の向上が促され、変われるのです。
 あの運命の日以来、私たちは希望をもたらす選択を行ってきました。米国と日本は同盟を築いただけでなく、友情をはぐくんできました。それは戦争よりもはるかに人々にとって有益でした。
 欧州の国々は貿易と民主主義の結びつきによって戦場に代わって連合を作りました。抑圧された人々や国家は自由を勝ち取ってきました。国際社会は戦争を避け、そして核兵器を規制、削減し、最終的には廃絶することを求めた機構や条約を設けてきました。
 しかし、私たちが世界で目にする、すべての国家間の侵略行為やテロ行為、腐敗、残虐行為、そして抑圧は、私たちの仕事がまだ終わっていないことを示しています。
 私たちは悪を行う人類の能力をなくすことはできないかもしれません。だから、私たちが築いた国家や同盟は、私たち自身を守る手段を持たなければなりません。しかし、我が国のように核兵器を持っている国は恐怖の論理から脱し、核兵器のない世界を目指す勇気を持たなくてはいけません。私が生きているうちに、この目標を達成することはできないかもしれませんが、たゆまない努力で破滅の可能性を少なくすることはできます。
 私たちはこれらの核兵器をなくす道のりを描くことができます。私たちは新たな(核兵器の)拡散を止め、狂信者から核物質を守ることができます。これだけでは十分ではありません。なぜならば、原始的なライフルや「たる爆弾」ですら、非常に大きな規模での暴力をもたらせるからです。
 私たちは戦争自体に対する考え方を変えなければいけません。外交を通じて紛争を防ぎ、始まってしまった紛争を終わらせる努力をする。相互依存が深まっていることを、暴力的な競争ではなく、平和的な協力の名分にする。国家を、破壊する能力ではなく、何を築けるかで定義する。そして何よりまして、私たちは人類の一員としてお互いのつながりを再び想起しなければなりません。このつながりこそが我々を人類たるものにしているからです。
 私たちは過去の失敗を繰り返すよう遺伝子で決められているわけではありません。私たちは学ぶことができます。選ぶことができます。子どもたちに違う方法を伝えることができます。共通する人間性を説明し、戦争が起こりにくく、残虐性が簡単には受け入れられないようにする物語です。被爆者の方たちの話から、それらが分かります。原爆を落とした爆撃機を操縦したパイロットを許した女性がいました。それは彼女が、自分が本当に嫌悪しているのは戦争そのものだと気付いたからです。広島で殺された米国人の家族を捜し出した男性がいました。なぜなら彼は、その米国人たちの喪失感は彼自身のものと同じだと確信していたからです。
 私の国の物語は(独立宣言の)簡単な言葉で始まります。「すべての人類は平等に創造され、創造主によって奪うことのできない権利を与えられている。それは生命、自由、幸福追求の権利である」。しかしその理想を実現することは、米国内や米国民の間であっても、決して簡単ではありません。しかし、その物語にあくまでも忠実であろうとすることに価値があります。それは努力しなくてはならない理想であり、大陸と海をまたぐ理想です。
 全ての人のかけがえのない価値です。全ての人命は貴重であるということです。私たちは一つの家族の一部であるという根源的で不可欠な考え方です。それが私たちが伝えていかなくてはならない物語です。
 だからこそ私たちは広島に来るのです。それによって、私たちは、愛する人たちに思いをはせます。朝一番の子供たちの笑顔。食卓での配偶者との優しい触れ合い。親の心地よい抱擁。そうしたことを思い、そうしたかけがえのない瞬間が71年前のここにもあったのだと考えることができます。亡くなった方々は私たちと全く変わらない人たちでした。
 普通の方々はこうしたことを理解できると思います。彼らの誰もがこれ以上、戦争を望んでいません。むしろ科学の驚異を、命を奪うのではなく、もっと人生を豊かにすることに役立ててほしいと考えています。
 国家が選択をするとき、国家の指導者がこのシンプルな英知をかえりみて選択すれば、広島から教訓を得られたと言えるでしょう。
 世界はここで永遠に変わってしまいました。しかし、広島の子供たちは平和に日々を送っていくでしょう。なんと価値のあることでしょうか。それこそが守り、そして全ての子供たちに広げていく価値があることなのです。
 これこそが、私たちが選択できる未来です。広島と長崎は、核戦争の夜明けではなく、私たちの道義的な目覚めの始まりであるべきです。


9 responses to オバマ王の広島原爆演説は恥さらしの謝罪演説だ!

oldman4 years ago

>原爆投下は太平洋戦争を早期に終結させるために必要な作戦だった。少なくとも当時のアメリカ政権はそう判断した。
ほとんどのアメリカ人はそう教えられ、そう信じているようです。原爆を落とさなければ、双方で100万人の命が失われたと。しかし、それらはすべて嘘です。日本はすでに降伏の決断をしていました。一部の将校が徹底抗戦を主張していたのは事実ですが、ソ連の参戦により降伏は避けがたいものになっていたのです。
ではなぜトルーマンは原爆投下を決断したのか。実験のためです。新型爆弾の威力を試したかったのです。
だから、投下地点の候補地として、殺人鬼ルメイによる焼夷弾攻撃を免れていた都市(広島、京都、小倉、新潟、長崎)が候補として選ばれました。これらの都市は十分に大きいので、被害の範囲を正確に計測できるとの判断が有りました。
最初に広島にウラン型爆弾を投下し、日本が降伏すると次の爆弾投下の理由がなくなるため、あわてて、わずか3日後に、長崎にプルトニウム型を投下したのです。

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oldman4 years ago

アメリカのメディアのコメント欄に機会があるごとに次の意見を書き込んでいます。あまりに英作文がへたなので「お前の文章は変だ」と指摘されたこともあります。
Roosevelt and Churchill agreed by A-bomb throwing down to Japan on Hyde Park Agreement, September 18, 1944. Practice corps 509th Composite Group for the atomic bomb dropping was organized just before that on September 1, 1944, and the base of the atomic bomb throwing down bombers was decided in the Tinian Island on February, 1945. These were the far-off fronts of German surrender on May 8, 1945. It was clear that there were racial prejudices, White supremacy and Yellow peril, in the background which decided atomic bombing to Japan not Germany.
It was true that there was the resistance of the military authorities over surrender in Japan, but the will of the surrender as the Japanese Government was transmitted through the Soviet Union. The surrender was already a matter of time before atomic bombing.
Truman was afraid that Japan would express surrender formally. This was because a reason of the atomic bomb throwing down thereby would disappear. He strongly wished the atomic bomb dropping for the purpose of the experiment. It was dropped in Hiroshima on August 6, in Nagasaki on August 9, 1945 as soon as for each one bomb of a uranium type and plutonium type was completed. The excuse by Truman that the US dropped the atomic bombs to save the life of half a million Americans by ending the war early was the real lie.
If the US respected justice and fairness, Truman and LeMay, who destroyed many cities with numerous incendiaries, should have been hung on the war crime against
humanity, the same guilt of Japanese war criminals.

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oldman4 years ago

オバマの演説は偽善にすぎないと私は思います。しかし、日本国内では高く評価されています。安倍政権の支持率も数ポイント向上したようです。
原爆投下が日本軍部に新型爆弾の威力を見せつけることだけが目的であれば、山間部や離島など人口の少ない地域に落とすべきだった、という指摘が当然出てきます。しかし、それでは真の目的である新型爆弾の威力の計測ができなかったのです。当時の日本の大都市は、木造家屋が密集して立ち並び、大型ビルはほとんど存在せず、広範囲に均質でした。つまり、威力の計測には理想的な条件を備えていたのです。また、終戦後、人体への放射能などの影響を調べるにも大都市が好都合でした。おそらく黄色人種に対する差別意識もあったのでしょう。

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苺畑カカシ4 years ago

よくリンクをしてくれる陳さんのコメント。彼のサイトから引用する。
オリンピック作戦→コロネット作戦を見てみたかった気もするが。
これが実行に移された場合、間違いなく日本は南北に分割占領され、天皇制は残らなかっただろう。
戦災と統治機構と社会的インフラと食料供給の消滅で日本人は松代大本営が降伏しても1/2から1/3ぐらいの数になっただろうから、世論はそのような事態を招いた天皇を絶対に許さなかっただろう。
今、なぜ終戦記念日が敗戦記念日ではない理由がわかるか?太平洋戦争は天皇の聖断によって「終戦」したことになっているからだ。
敗戦したら国家元首の責任は免れないものだからだ。だから敗戦ではなく、終戦。
話を戻すと本土決戦後の日本は南北で分割占領され、ソビエトの属国である日本民主主義人民共和国と日本国になっただろう。
沖縄はどちらに「復帰」することもできないまま、アメリカ系市民の増加、英語の浸透と日本語人口の減少、アメリカ経済との一体化が進むことで、プエルトリコのような自治領になっただろう。
朝鮮半島は日本の降伏が遅れたことで全土がソビエト占領下になるため、独立した時点で朝鮮民主主義人民共和国として金氏朝鮮の統一国家になったと思われる。
分断国家となった日本は憲法9条などという寝言をほざいていられないから、独立回復時点で再軍備。
ひょっとしたら北日本+統一朝鮮+中国ソ連義勇軍 VS 国連軍+南日本軍で内戦を経験した可能性がある。
もちろん南北両日本とも徴兵制が導入されただろうから、若年生産年齢人口を軍部にとられる日本は史実のような経済発展をとげることはできなかったであろう。
ソ連崩壊直後にドイツ型の再統一に失敗した場合、札幌共産政権は国際世論の大反対を押し切って核実験を強行したかも。なにしろ日本人は朝鮮人よりも器用で優秀だから、ちゃんと爆発する原爆やちゃんと飛行するミサイルなんて作れてしまうのだ。
そうなるとクリントン政権の頃にそれがクローズアップされて北日本に対する予防的戦争が行われ、第二次日本戦争と呼ばれることになった可能性もある。
ちなみに日本がソ連崩壊時に平和的に、もしくは第一次か第二次朝鮮戦争で統一に成功したとしても、昨今話題のインバウンドブームなんて怒らなかったのは間違いない。日本全国の文化財は戦災と直接戦災を被らなくても維持管理ができなくなることで大部分がなくなってしまっただろうからだ。京都なんか原爆が投下されたかもしれない。

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苺畑カカシ4 years ago

oldmanさん、
日本はポツダム宣言を黙殺すると表明しましたよね。
裏ではどのように軍隊や政府の面目を潰さずに降参することが出来るのか模索していたのかもしれません。でも日本はその意思表示をきちんとアメリカにしなかったのは事実です。ロシアに打診していたことは事実でも、アメリカやイギリスに対して「ちょっと待っててください、今政権及び軍隊全員を説得中なので、、」という表明をすべきだったのでは?何も言わなくも解ってもらえているというのは甘い考えでしょう。相手が何を狙っているかもわからないのに。
アメリカがドイツではなく日本に原爆を落とした理由は、単なるタイミングだったと理解しています。つまり、本来はドイツに落としたかったけれど、ドイツとの戦争は核爆弾開発完成以前に終わってしまった。日本への原爆投下が単なる人種差別だったという考えには全く同意できません。
ルーズベルト大統領は日本人大嫌いの人種差別者でしたが、トゥルーマン大統領の思惑は他にあったと思います。
アメリカの原爆投下は太平洋戦争を早期に終わらせるという理由と共にもうひとつ大事な目的がありました。それはロシアを牽制するということです。そのためには爆弾ひとつだけでは不十分だった。ひとつなら、爆弾を一つしか持って居ないと思われますが、二つなら、もっとあるかもしれないと思わせることが出来る。
そうやってその後のソ連との交渉にアメリカが有利になることを狙ったのだと私は解釈しています。そういう意味では実験だったといえるかもしれません。
でも、アメリカは戦後日本の復興に非常な手を貸してくれました。それで原爆投下の傷を癒すことが出来たとは思いませんが、何時までもアメリカを責めても古い傷跡を蒸し返すだけで何の意味もないと思います。
それよりも、日本もアメリカも今後世界で核兵器戦争が起きないように悪の枢軸が核武装しないよう先制攻撃をすべきだと思います。そういう意味でブッシュ大統領のイラク攻撃は正しかったのであり、オバマのイラン政策は愚の骨頂です。

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oldman4 years ago

カカシさん
ご指摘のように、ソ連の参戦と北海道および本土への侵攻の可能性がトルーマンの決断に影響を与えたのでしょう。ソ連牽制が主要な目的であれば、ソ連に近い北海道に投下するほうが効果的だったでしょう。例えば札幌など。
あるいは、ソ連の日本侵攻が開始されれば、例えばウラジオストクへの投下ということもあり得たでしょう。しかし、そうはしなかった。理由は対ソ牽制は副次的要因だったからではないでしょうか。
それはともかく、私はアメリカを恨んでいるわけではありませんし、謝罪を求めるつもりもありません。
共通の敵である中国に対抗するべく協力しなければならないと考えています。アメリカが復讐を恐れて日本の核武装に反対しているのであれば、全くの見当違いです。日本国民の大多数はアメリカの戦後復興への支援に深く感謝しています。復讐など絶対にあり得ません。中国人や朝鮮人とは違うのです。

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goldbug4 years ago

戦争終結のためには大量破壊兵器による一般人の大量殺戮も容認されるということなんでしょうが、それがISが全く同じ理由で、大量破壊兵器を用いることに対して文句を言えなくなることを意味するなら、ちょっと嫌ですね。

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あさかぜ4 years ago

そもそも、一般市民の大量殺戮自体が非人道的であり、過ちです。米国の大統領が謝罪するのは当然です。
もちろん、日本の首相も、中国や東南アジアでの旧軍による住民殺害について謝罪すべきです。
また、戦後復興への協力は、そもそも無差別爆撃自体が国際法違反であり、自ら違反を犯しておきながら復興に協力したとしても自慢できることではありません。
米国は過去の過ちを認めて謝罪してこそ、より偉大な国になることができるでしょう。
それと、アメリカが原爆を落とさなければ分断されていたというのは推測にすぎません。樺太の日本軍は善戦していたし、千島でも同様です。ソ連軍を押し返すことができたかもしれません。
北海道上陸以前に樺太戦線が膠着状態に陥れば、分断はないでしょう。
日本人はアメリカの戦後復興への協力なんかに感謝していません。国際法違反の大量殺害の罪がそれで消えるわけではないし、また、自ら壊して手助けも何もあったものではありません。アメリカが協力しなくても、偉大な日本はすぐに復興したでしょう。明治から昭和初期までの歩みを見れば、それは明らかです。

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苺畑カカシ4 years ago

あさかぜさん、
あなたは太平洋戦争は日本が始めたということを知らないのですか?あなたは日本が真珠湾攻撃についてアメリカに謝るべきだと思っていますか?
私は思ってませんよ。あれは戦争だったんだから。あれは日本の作戦だったんだから。でもね、自分たちで始めた戦争に相手が思ったよりも強い反撃をしてきたからって謝れというのは理不尽じゃないですか?
なぐりかかった相手が思ったより強くて自分は地面に叩きのめされて、相手に謝れって言うのと同じですよ。
あなたの理屈は、その相手が怪我したあなたの手当てをしてくれたら、お前が怪我さしておいて偉そうにいうな。感謝などしない、というのと同じです。
あなたは何歳ですか?
私の両親は戦争中に子供でした。私の父は7人兄弟の末っ子なので軍隊にいた伯父も何人か居ます。伯母は陸軍将校だった伯父と一緒に満州に居ました。
私の祖父は戦争中40代でした。空襲で家を焼かれて家族全員焼け出されました。
そういう戦争体験をした人が昭和の経済成長時代に口を揃えて言ったのが、日本はアメリカに負けてよかった、って話です。
日本が降参せず連合軍による国土侵略に戦争が発展していたら、日本は絶対に分断されていましたよ。連合軍はそういう計画をすでに立てていたのですから。あの時点で日本が本気でソビエトに勝てたと考えるのは愚かとしか言いようがありません。
はっきり言ってアメリカが自国の犠牲者を増やしてまで人道的な戦争をする義理がどこにあったのですか?元はといえば日本が始めた戦争でしょう?アメリカに日本復興の援助をする義理もなかった。それなのに援助してくれた。あなたが感謝なんかしないというのは勝手ですけどね、あなたは戦後の動乱を生きてないから解らない。
アメリカからの救援物資が入ってくるまで子供たちは飢えていました。父母からどれほどひもじい思いをしていたか何度も聞かされました。戦後の闇市の話や、信じられない満員電車での買出し。叔母の晴れ着が米や野菜に変わった話。
伯父はアメリカ兵のジープをおっかけて「ギブミーチョコレート」とかやったんだそうです。アメリカ兵は日本の子供たちにとっても優しかったと伯父は言ってました。旧日本軍が鬼畜といってた人たちとは大違いだったそうです。
マッカーサーの助手が日本の歌舞伎を救った話も有名ですよ。

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