現在日本でも放映中のピータージャクソン監督、JRRトールキン原作のホビット三部作の完結編「決戦のゆくえ」を観て来た。実を言うと私はジャクソン監督の前シリーズ「ロードオブザリングス(指輪物語」は大好きだったが、今回のホビットシリーズは一作目の思いがけない冒険にも二作目の「竜におそわれた王国」にも失望していた。一作目については活劇が多すぎて目が回るでも書いた通り、原作の筋から離れすぎてドッタバッタが多すぎて目が回った。二作目は時間稼ぎで筋がなくLOTRの再現をしようと短い話を無理やり三部作にするために不必要な場面を加えすぎた感があり批評する気にもなれなかった。しかし、この完結編はジャクソンが原作の精神に戻り、かなり原作に忠実に従ったことが幸いして前二作に比べて非常に良い出来に仕上がっている。
この先ネタバレ多少ありなので注意!
先ず映画はドワーフ達に眠りを覚まされた竜のスマウグ(Benedict Cumberbatch 声)が湖の町を襲い町民の英雄バルド(ルーク・エバンズ)に弓矢で射殺されるシーンから始まる。これは非常に大事なシーンなのでこれを冒頭に持ってきたのは良い決断だ。
小人たちは自分らが、昔竜に奪われた自分らの宝物を奪い返すために山に向かったわけだが、原作ではその際に王の血筋というトーりン(リチャード・アーミテージ)とその一行が竜を退治をするということで湖の町の人々から色々と接待され一宿一飯の恩義どころか数日間にわたって飲めや歌えやの歓迎を受けた。
ジャクソン監督は二作目において、何故か原作から外れて意味のないことに時間をついやしこの部分をはしょっている。その代わりにLOTRで人気者となったオーランド・ブルーム扮するレゴラスを復活させたり、タウリエル(エバンジェリン・リリー)という原作には出てこない女エルフを登場させたりして意味のない格闘シーンが続きすぎた。
二作目で肝心なのは、森のエルフらに捕らえられたドワーフたちをビルボ(マーティン・フリーマン)が機転をきかせて逃がしたいう点とドワーフたちが湖の町の人々に歓迎されバルドという弓の達人と出会うという点である。
ここで美形のエルフ二人を登場させることに筋展開としての意味はない。ホビットはもともと子供向けの物語で恋愛はないので、多分ジャクソン監督は観客の興味を惹くためにわざわざ美しい男女を筋に加えたと思われるが完全に無駄に終わっている。エルフのタウリエルと小人のキリ(アイダン・ターナー)とのプラトニックな愛も全く説得力がない。トールキンの世界ではあり得ない出来事でもある。
レゴラスとタウリエルは原作ホビットには登場しないので、その人間(エルフ?)形成が浅いのは仕方ないのだが、二人の演技には全く感動しない。それに比べてレゴラスの父親のエルフ王を演じるリー・ペースはいい。エルフは年を取らないので父親といってもレゴラスと同年代に見えるが、レゴラスの王子の感情表現が希薄なのに比べ、エルフ王は王としての貫禄もありながら、父親として愛する妻を亡くした夫としての感情表現があっていい。ペースはブルームより魅力的だと思うね。
私が原作を読んでいて驚いたのは、小人たちが山に入り宝物を手に入れた後、竜退治をしたのが小人たちではなく湖の町のバルドという人間だったことと、竜が退治された後も話しがまだまだ続いたことだ。普通のおとぎ話なら、英雄が竜退治をしたところで「めでたし、めでたし」となりそうなものだが、この話は竜が死んだところから思いがけない方に話が展開する。
山の宝物は竜が押さえていたので、近隣の勢力はそれぞれ牽制され均衡を保っていたといえる。だが、一旦竜が死んだとなれば、小人が再び王国を取り戻せるとトーりンの従兄弟ダイン(ビリー・コノリー)の軍団がはせつけようとやってくる。同時に、レゴラスの父、森のエルフ王(リー・ペース)の軍団も、竜に町を破壊された町の人々も、そしてゴブリンたちもそれぞれの思惑を持って山に集まってくる。そこで最後の決戦となるわけだ。
ま、題名からして「決戦のゆくえ」だから映画はほとんどが戦闘に次ぐ戦闘。LOTRのときも思ったのだが、ジャクソン監督は戦闘シーンの演出が非常にうまい。最近はCGを使って大掛かりな戦闘シーンが撮れるようになったとはいえ、やたらに物量作戦を取ればよいというものでもない。原作者のトールキン自身が軍人だったこともあり、原作のなかでも戦闘シーンは非常に迫力があるのだが、ジャクソン監督の戦闘には作戦があり、特に私はエルフ軍の完璧な動作には感心した。
個々の格闘シーンはちょっと長引きすぎた感があるが、ま、仕方ないだろう。
LOTRのときは指輪の魅惑に心の弱い人間だけでなく、魔法使いやエルフですらも、心を奪われることがテーマになっていたが、今回の魔力は金の宝である。祖父の代の王国を取り戻そうという気持ちで山にやってきたトーリンとその一行だが、トーリンは金の宝に心を奪われ戦争を避けようと必死に訴えるビルボの言葉に聞く耳を持たない。トーリンさえその気になれば、山の宝を文字通り町人とエルフと自分らで山分けすることも可能なのに、山の宝は小人のものだと言って聞かないのだ。ここではアーミテージ扮するトーリンの狂気との戦いが非常によく描かれている。
全体的に原作に近いところはとてもよく、原作から離れると話がだれる、というのが私の印象。
たとえば、ガラドリエル(ケイト・ブランシェット)、サルマン(クリトファー・リー)、エルロン(ヒューゴ・ウィービング)が登場し、後のLOTRの複線となるようなシーンがあるが、ホビットには無関係。ガンダルフ(イアン・マケラン)のシーンが少ないから、色々加えたのかもしれないが、あんまり意味がない。
ま、LOTRの同窓会みたいで楽しいといえば楽しいが。
ところで、LOTRではジャクソン監督は原作の最後の章を完全に削ってしまった。実はLOTRの肝心な点はその最後の章にあるので、私はその決断には非常に失望した。いくら長編すぎて時間が足りないといっても、肝心な点を見失っては仕方ない。
なので、今回も最後の章が削られてしまうのではないだろうかと非常に心配していたのだが、ビルボが無事にシャイアーに帰ってくるところまできちんと描かれていたのでほっとした。最後に年を取ったビルボ(イアン・ホルム)がほんのちょっとだけ登場するが、さすが名優。たったこれだけのシーンなのに存在感がある。私としてはホルムに全面的にビルボを演じて欲しかった。原作ではビルボはホビットの冒険のときからLOTRの時までまるで年をとっていないかに見えることになっているので、同じ役者が演じても全く差し支えないはず。ホルムはそんなに年をとっているように見えないしね。
もっともマーティン・フリーマンはいまやイギリスでは人気の若手俳優だし、ホルムのビルボを見ていなかったら、ぴったりだと思えたかもしれない。確かにビルボとしてのいい味が出ている。
ところで同窓会といえば、LOTRでピピンを演じたビリー・ボイドが作詞作曲で最後のイメージソングを歌っている。彼はLOTRでも挿入歌を歌っているが、ホビットのイメージにぴったりの曲だ。


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