1930年代後半から1980年代半ばまでポップなピアノ奏者として人気スターの座を保ったリベラチというエンターテイナーと、その同性愛人スコット・ソーソン(Scott Thorson)との6年にわたる関係を描いたのがこのHBO映画”Behind the Candelabra“(「燭台の背後に」の意。邦題は「恋するリベラーチェ」)である。題材はソーソンの同名の自叙伝からとったもので、舞台となるのはリベラチが人気ディナーショーをやっていた頃のラスベガス。スコットとリベラチが出会った1977年からリベラチが死去する1987までが描かれている。
リベラチは日本ではあまり知られていないが、クラシック音楽を一般大衆にも受け入れられるようにポップなアレンジで軽快に弾くスタイルが人気を呼んで、1950年代には「ザ・リベラチ・ショー」という大人気テレビ番組に出演していた。その後もコンサートやリサイタルやテレビゲスト出演など色々と活躍していたが、1970年代にはラスベガスヒルトンやレイクタホで毎晩大入り満員の豪華絢爛なディナーショーを繰り広げていた。スコットがリベラチに会ったのはこの頃のことで、1977年に友人にラスベガスのショーに連れて行ってもらったのがきっかけだった。リベラチが57歳、スコットが17歳の時だった。
昔からリベラチが同性愛者だという話は囁かれていたが、50年代から70年代のアメリカで同性愛を公認するのは難しかった。一度リベラチはゴシップマガジンに同性愛をすっぱ抜かれて反対に雑誌社を訴え勝訴したことがある。にもかかわらずリベラチの同性愛嗜好は公然の秘密だった。ま、リベラチのパフォーマンスを一度でも観たら、彼がホモなのは一目瞭然だから仕方ないだろう。
ミスターショーマンシップと呼ばれた中年太りのリベラチを演じるのは名俳優マイケル・ダグラス。そのずっと若い愛人役のスコットにマット・デーモン。二人ともマッチョでタフガイのイメージがあり、なよなよなホモのリベラチや美少年スコットのイメージとはほど遠いのだが、さっすが名俳優だけあって二人の同性愛ぶりには説得力がある。
ゲイバーでスコットと知り合いリベラチとの間をとりもった友人のボブ・ブラックを演じるのはクォンタムリープやスタートレックでおなじみのテレビ俳優スコット・バキュラ。実はずっと映画をみていてボビーを演じているのがバキュラだと言うことに全く気がつかなかった。バキュラは身体も結構大きくてかなりの男前なのだが、70年代風の長髪が異様に似合って当時のゲイのイメージがよく出ている。
この話はスコットの体験談が題材となっているので、スコットとリベラチとの関係はリベラチに居た無数の愛人たちとのうすっぺらな関係とは違うということが強調されている。スコット自身は二人は愛し愛される特別な関係にあったのに、最後にはゴミのように捨てられてしまったと悲劇のヒロインを気取っている。だが、実際に二人の関係が他の愛人とくらべて特別なものだったのかどうか、これはかなり疑問である。
スコットがリベラチのお気に入りとなって有頂天になっていた当初から不幸な結末の予兆はいくらもあった。スコットが初めてリベラチの楽屋を訪れた時、リベラチの取り巻きに混じって一人苦虫をかみつぶしたような顔でひたすらむしゃむしゃ昼飯を食っていた男がいる。これはスコットがリベラチと住むためボストンバッグを持って現れたのと入れ替わりに出て行ったリベラチの愛弟子ピアノ奏者のビリー(シャイアン・ジャクソン)だった。
出口でビリーのはめていた金の指輪を外させたのはリベラチの忠実なマネージャー、シーモア(ダン・アクロイド)。リベラチのハウスボーイのカルーチ(ブルース・ラムジー)からも、スコットは「お前が最初じゃない、これまでにも何人も来ては去って行った、いずれシーモアから電話で、もう君は必要ないと宣告されて終わるのさ。」と忠告を受ける。
スコットはカルーチの言葉やシーモアが自分に向ける軽蔑に満ちた視線に腹を立てながらも、自分がいつかは別の若い男によってお気に入りの座を奪われることを常に恐れていた。リベラチの愛情を保つためリベラチに言われるままに整形手術を受けたりもした。この整形外科医のジャック・スターツを演じるロブ・ロウの演技が傑作。彼にはコミックアクターとしての才能があると思う。リベラチからスコットの顔を若い頃の自分に似せて欲しいと依頼を受けた時のロブ・ロウの間の取りかたは最高だ。
スターツ医師から処方された痩せ薬や手術後の痛み止めなどがきっかけで、スコットはどんどんと麻薬にとりつかれていく。リベラチから家を買ってもらい、車を何台もあてがってもらい、毛皮のコートや金の指輪等の贈り物をいくらも貰っていながらも、自分がいつかは捨てられるという恐怖からなのか麻薬中毒になっていく。だがスコットが麻薬に溺れれば溺れるほどリベラチの心は遠ざかって行く。リベラチを失いたくないという気持ちから麻薬に走り、それがかえってリベラチを遠ざけてしまうという悪循環がここで生まれる。
この映画はリベラチとスコットのラブストーリーということになっているが、実際にリベラチがスコットを特別に愛していたのかどうかは解らない。ただ他の愛人たちよりは時間的に長い付き合いだったということもあるし、別れた後のリベラチの気前のいい慰謝料から考えて、リベラチはスコットのことを実際に愛していたのかもしれない。
だが、自分には全く才能もなく、ただ綺麗で若いというだけのスコットがいずれはリベラチに飽きられてしまうと恐れるのは当然のことだろう。しかしそうと解っていたのなら、麻薬におぼれるなど自虐的な行為に走らずに、限られた時間内でのリベラチの愛情をもっと育むべきだったのではないか?それをせずに与えられたこずかいを無駄使いして、捨てられたら慰謝料を目当てに訴訟をおこすなど、はっきり言って愛情を持っていた愛人のする行為とは思えない。
実際のスコットは現在他人のクレジットカードを違法に使った罪で刑務所に入っている。本気でリベラチを愛していたのかしれないが、リベラチ側はスコットは麻薬中毒の行き過ぎでリベラチの宝石などを盗むようになっていたと語っていた。そうした姿は映画では描かれておらず、ボーイトーイとして遊ばれた無能なゲイボーイの哀れさをマット・デーモンは見事に演じている。


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