この間からアメリカの銃規制を厳しくしろと自分のテレビ番組で何度も繰り返しているイギリス人のピアース・モーガンが、今度は保守派の著者でブレイトバートニュースの編集者でもあるベン・シャピーロをゲストに迎え、アメリカ合衆国憲法 修正条項第2条の大切さについて討論を行った。
先日モーガンはやはり第二条保持活動家のアレックス・ジョーンズなるラジオDJを招いて、ジョーンズを煽って感情的な振る舞いをさせ、いかに第二条保持者の立場が過激なものであるかを示すことに成功したので、今回もシャピーロをけしかけて過激な意見を披露さえようと手ぐすねひいていた。
しかし、が鳴るだけで自分の立場をきちんと説明できずにアホをさらしたジョーンズと違って、シャピーロは教養ある著者である。彼はモーガンのくだらない小細工には全く乗らず、反対にモーガンが『サンディフックで殺された子供達の墓に立ちはだかって、反対意見を持つ人を子供達のことをきにかけていない冷血漢だとかいって悪者扱いしている。』と指摘。怒ったモーガンが感情的に「よくも、よくも、そんなことを!」と繰り返すに至った。
はっきり言ってモーガンは思ったよりインタビューがうまくない。完全にシャピーロの手玉に取られていて、いったいどちらが司会者なのか解らない状態になった。ま、それもそのはず、シャピーロは著者であるだけでなく保守派突撃ジャーナリスト故ブレイトバートが発足したニュースサイトの編集員でもあるし、カカシが聴いてる地方局の保守派ラジオトークショーでハイディ・ハリスのアシスタントホストとしても活躍している人間。リベラルとの討論には完全に慣れている。リベラル司会者の手口など見過ぎるほど見て来た人間。下手な小細工など通用しないのである。
シャピーロはモーガンが第二条を尊重しているといいながら、厳しい銃規制を推進していることを取り上げ、特にアサルトウエポンの規制についてモーガンに質問した。

シャピーロ:聞きたかったんですが、ピアース。あなたはアサルトウエポンについてよく話ますが、そしてマーク・ケリーがアサルトウエポンについて語るのを何度もみました。でも我が国で起きるほとんどの殺人は拳銃が使われています。アサルトウエポンではありません。あなたは我が国で拳銃所持を禁止するつもりなのですか?

モーガン: いいえ、それは主張していません。
シャピーロ:なぜです?あなたはシカゴで殺されている子供達のことはサンディフックのこどもたちのように気にしていないのですか?

ピアースはもちろん自分は気にしていると答えたあとで、ではなぜ拳銃禁止を唱えないのかというシャピーロの質問に、サンディフックやオーロラ映画館で起きた乱射事件で使われたのはどの武器だったかとひとつひとつシャピーロに質問した。無論モーガンは大量乱射事件には常にアサルトウエポンが使われると言いたかったのである。

モーガン: それが理由ですよ、シャピーロさん。にやにやしたり、私を笑ったりするのは勝手ですが、

シャピーロ:にやにやしたりなんかしてません。
モーガン: — そして私が死んだ子供達の墓の上に立っていると責めたり、、
シャピーロ:いじめっ子です、そうです。

モーガンは自分の「落ち度のない理屈」に何故か全く怯まず、にこにこしているシャピーロにかなり苛立ちを感じたようだ。モーガンがさらに大量殺人者が好んで使うアサルトウエポンの廃止を支持出来ないのは理解できないと、またぞろ自分と同意しない人間の常識を疑うような発言をはじめると、シャピーロはそれを遮って事の根本について突き詰め始めた。

シャピーロ: 私は信念として一貫させるべきだと言っているのです。本当に若い殺人鬼の手から殺人の道具を奪いたいというなら、銃の完全廃止をとなえるべきなんです。それが左翼が本当にやりたいことなんですよ。あなたは第二条を尊重するといいますが、
モーガン:どうして右とか左ということになるんですか?(略)
シャピーロ:(前略)右と左になるのは、右側は基本的に第二条の基盤を信じているのです。第二条の基盤は自衛や狩猟ではありません。それは政府の独裁に対する抵抗にあるのです。それが建国者が言った事であり、我が国の右翼はそれを信じているのです。
モーガン: どの独裁をあなた自身は恐れているのですか?
シャピーロ:私は独裁が将来50年100年のうちに起きる事を恐れています。いいですか、ピアース。私の祖父や曾祖父がそれを恐れなかったがために彼らはヨーロッパの灰と化したのです。左翼がいうように民主主義社会が簒奪(さんだつ)されたり、独裁化する恐れがないなどという歴史の書き換えは架空のものです。

シャピーロの話すヨーロッパの独裁とは無論ナチスドイツのことである。シャピーロとはユダヤ系の名前であり、シャピーロはヨーロッパで完全に同化していたユダヤ人たちが、ナチスドイツの独裁政権台頭に気がつかなかったことが彼のおじいさんやひいおじいさんがナチスの手にかかって殺される結果となったのだということを言っているのだ。それでモーガンはまたまたずる賢い手口に出た。

モーガン: あなたの立場を明確にすると、サンディフックやオーロラやガブリエル・ギフォードやバージニア工科大学への答えは、何もしないということなのですね。それがあなたの立場なのですね。

ほらね、これがシャピーロのいういじめっ子戦略なのだ。大量乱射事件の解決には自分の提案するアサルトウエポン廃止以外には有り得ない、それに賛成しない人間は乱射事件解決に無関心なのだという決め付けである。
シャピーロのような第二条保持派は、国民から銃を取り上げることが最終目的で実際に銃犯罪を減らすことになど興味がない左翼とは違って、現実的に犯罪を減らす方法を常に色々考えている。であるからシャピーロはこの質問に待ってましたとばかりに、銃購入者の身元調査や精神鑑定などについて羅列しはじめた。
この作戦もうまくいかなかったモーガンはとっさに右翼が神と崇める亡きロナルド・レーガン大統領を持ち出した。モーガンは1994年にレーガン前大統領が時の議会に向けて書いた手紙を持ち出し、右翼のレーガンですらアサルトウエポン廃止を支持していたと追求。常に右とか左に拘るシャピーロが何故レーガンの政策を支持できないのかと問いつめた。
シャピーロは自分がレーガンに常に同意しなければならないわけではない、レーガンは神ではないと答えた。これは悪い回答ではない。が、私はここでシャピーロはアサルトウエポン廃止の反論の良い機会を失ったと思う。レーガンが廃止政策を支持したのは1994年。まだ廃止前の時期だ。その後アサルトウエポン禁止法は10年間施行され、その間に銃犯罪は全く減少しないまま期限切れになった。シャピーロはそれを利用してこんなふうに答えることが出来たはず。

「レーガン大統領は間違っていた。とはいえ当時のレーガン大統領は法律がどのような結果を生むか知る由もなかった。だが我々は10年間の施行の結果、アサルトウエポン禁止法が全く効果がなかったことを、はっきり見る事が出来る。」

ベストアンサーではなかったとはいえ、モーガンのこの質問もシャピーロにかわされてしまったので、モーガンは最後の追い込みに出た。

モーガン: ではもう一度聞きますが、市民がAR-15アサルトウエポンを持つ理由はなんですか? (略)平均的な市民に、、なぜ必要なのですか?

シャピーロ:起きうる可能性のある政府による独裁に立ち向うためです。それが第二条の元々の目的なのです。そしてその目的は今も同じです。それをあたかも政府が民主主義を簒奪したことなどないと振る舞うのは 、、、

モーガンは何度も同じ質問をして、シャピーロがアメリカ政府が突然独裁政権に変わって人々を弾圧し始めると本気で信じている馬鹿なのだという印象を視聴者に与えようとした。だが、シャピーロはその度に、過去に何度も民主主義にみえた政府が独裁政権に成り代わってしまった歴史的事実をかかげ、全く有り得ないことではないと主張した。
ここでも私はシャピーロの回答は良い回答だと思う。彼は第二条の信念に基づいて答えている。だが、モーガンの「何故、一般市民にアサルトウエポンが必要なのか?」という質問こそがモーガンが持つ左翼的思考の根本を顕著に表すものだ。
アメリカは自由社会である。アメリカの法律は国民に何が必要かとに基づいて施行されるべきものではない。自由社会の政府には国民に何が必要かを決める権限などないのである!アメリカ憲法は国民の必要に応じて適用されるものではないのだ!
ポルノや暴力的なビデオゲームなど我々の日常生活に必要はない。だがこれらはアメリカの言論の自由という憲法修正条項第1条によって守られている。シャピーロも指摘しているが、もしも誰かが『暴力ビデオゲームが少年を狂気に追いやり乱射事件をおこさせた、ビデオゲームは一切廃止すべきだ、だいたい一般市民がビデオゲームを持つ必要がどこにある?』などと言い出したら、左翼市民団体のACLUなんかが「違憲だ!言論弾圧だ!」といって騒ぎ立てるのは必定だ。
アサルトウエポンが実際に市民に必要かどうかなどということは問題外である。第二条は責任ある国民による銃所持を保証しているのであり、憲法のどこにも必要に応じて規制してよいなどとは書かれていない。
自由社会において一市民が必要とするものが何かは、市民一人一人が個人で決めることであり、政府が決めることではない。私が100足の靴を持っていようと、モーガンが100のネクタイを持っていようと、それは我々の自由だ。政府にとやかく言われる筋合いはないのだ。
その根本的な市民の権利を政府の独裁から守るもの、それがアメリカ合衆国憲法 修正条項第2条なのである。
モーガンはシャピーロから渡された憲法の小册を掲げて、「このちっぽけな本」となじった。シャピーロは「そのちっぽけな本はアメリカの憲法ですよ。」と答えた。

シャピーロ: 私のちっぽけな本? それは合衆国憲法です。我が国の創設書類です。ピアース。

モーガン: あなたがたの憲法は知っています。
シャピーロ: 本当に?
モーガン: これについては長年討論してきましたから。
シャピーロ:ではもう一度第二条を読むことをおすすめします。

モーガンに字は読めても、アメリカの根本にある革命精神を理解することはできないだろう。ましてや左翼でソーシャリストのモーガンに自由社会が保証する国民の根本的な権利など彼の理解力を枠内を完全に超えている。
なんにしてもシャピーロのような若手の保守が理論だてて第二条の大切さを語ってくれるというのは聞いていて気持ちがよかった。


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