メリークリスマス! 
本日はクリスマス。ユダヤ・キリスト教を基盤にするアメリカでは、クリスマスのお祝いは日本のお正月みたいに大事でにぎやかだ。しかし、最近「メリークリスマス」という言い方は宗教じみすぎているという屁理屈をこねて「ハッピーホリデーズ」と言うべきだと言い張る人たちが増えて来た。(ホリデーは「聖なる日」という意味でこの言葉も語源はキリスト教なんだけどね。)
単に自分はキリスト教徒ではないからクリスマスは祝わないというだけなら別にどうということはない。自分はユダヤ教徒だからハニカを祝うとか、ロシアやギリシャの正教会徒だからクリスマスは一月に祝うとか、ま、いってみれば新正月か旧正月かといった程度の違いしかなく、ひとそれぞれなので問題はない。
だが、アメリカには過激な無宗教者たちがいて、彼らは単に自分らが宗教的なことをしないというだけでなく、他人が宗教的な行事を楽しむことをことごとく邪魔し阻止しようという憎悪に満ちた行動に出る。そして彼らはどういうふうにか、宗教と政治の分離を振りかざしては地方政府に取り入って、各地で市役所などの公営ビル内や街頭のクリスマス装飾をはぎ取ることに成功している。
カリフォルニアのサンタモニカ市パラセイズ公園では、過去60年近く近所の教会が協力してクリスマスにちなんだイエスキリスト生誕の話を綴った飾り付けをしてきた。それというのも、公園の21カ所の展示場所での飾り付けは、この時期この教会以外からの申し込みがなかったので、57年間クリスマス展示が公園の展示会場を独占していたのだ。
ところが、今年になって13組からの展示申し込みがあったため、市は抽選で公園内21カ所の展示場所を決めた結果、何と18カ所が二人の無宗教者たちにあてがわれた。一組で9カ所まで申し込むことが出来るというが、何故たった二人が二人とも最高の9カ所を勝ち取ることが出来るのだ?他の11組はどうなったのだ?
公平な抽選でこんな結果が出るはずがない。無宗教者に同情的なサンタモニカの市議会が抽選で八百長をして無宗教団体に展示場をあてがったことは間違いない。
私が腹が立つのは、無宗教者が目の敵にするのはキリスト教ばかりであり、特にイスラム教のようにアメリカの道徳観を迫害するような宗教がどれだけ横暴な振る舞いをしようと全く興味を示さない偽善だ。
奴らが本当に宗教そのものが気に入らないというのであれば、ミネソタで起きているイスラム教徒らによる横暴な態度や地方政府への法律の改正などに対して、多いに抗議し反対運動をすべきであるのに、そのことに関しては全く沈黙を守っている。
無宗教者たちの本当の目的はアメリカから宗教を廃止することではなく、アメリカ社会の道徳の基盤となっているキリスト教を廃止することにあるのだ。彼らは無宗教者ではなく反アメリカ文化者なのだ。だから反アメリカのイスラム教には全く問題を見いだせないというわけ。敵の敵は味方と言う理屈だ。
問題なのは、一般のアメリカ人は宗教的でも、左翼の地方政治家達は無宗教者で反アメリカの連中が多いということ。そして地方の方針はこういう左翼リベラル反アメリカ非国民によって牛耳られているということだ。
『クリスマスがホリデーでも別にいいじゃないか』とか『キリスト生誕の話が公園で展示されないからって何だというのだ』などと言っていると、そのうちキリスト教自体が違法になるなんてことになりかねない。自分はキリスト教徒ではないから構わないなんて言っていると、そのうちイスラム教以外の宗教は全て違法なんてことになる。イスラム教だってシーアとかスンニとかあるわけで、自分は関係ないと思ってると大間違いだ。
無宗教者たちは実は自分らが危険なカルトのメンバーであることに気がついていない。反自由という非常に邪悪なカルトの。


1 response to クリスマスを攻撃する無宗教者たちの偽善

In the Strawberry Field3 years ago

メリークリスマスと言おう!

アメリカでは昨今「メリークリスマス」というのが禁句になっているような感がある。それについては拙ブログでの何度か紹介してきた。しかし、反ポリコレを称えたドナルド・トランプが当選したことで、アメリカは再び遠慮なくメリークリスマスと言える国になるのではないかというニュースウィークの記事を読んだのでちょっと紹介したい。 トランプは、ポリティカル・コレクトネスに縛られて言いたいことが言えなくなったアメリカに真っ向から異を唱えて当選した。彼のスローガン「アメリカを再び偉大に」には、「アメリカが再び『メリークリス…

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