フロンティア精神の旺盛な時代のアメリカなら、自分の領地に許可無く入って来た侵入者を撃ち殺しても、取り立てて罪に問われるなどということはなかったのだが、最近リベラル派が犯罪者の人権云々を言い出してからは、例え泥棒や強盗の被害者となった家主が正当防衛で発砲しても殺人罪や傷害罪に問われることが多くなった。よしんば警察は正当防衛と認めて犯罪者として起訴されなかったとしても、やたらに家主が発砲したりすると、泥棒の家族から慰謝料を請求されるなんてことが本当に起きるのだから油断できない。
コロラドのエルパソにて、まさにそうやって泥棒に入った先で殺された泥棒の家族が撃った家主を訴えて30万ドルの慰謝料を勝訴するというとんでもない事件がおきた。
これは2009年に自動車販売店に泥棒に入った三人組の若者が、銃を持った経営者とガードマンに追い立てられ、泥棒の一人で当時20歳だったロバート・ジョンソン・フォックスが弾に当たって死亡した事件で、泥棒の両親が幼少の孫娘に成り代わって自動車販売店の経営者とガードマンを民事で訴えていたもの。
自動車販売店の経営者ヨハン・ミラノビックと、その親戚の男性二人は、事件の数週間前から何度か入って来ては車のキーやカーステレオなどを盗んでいたこそ泥にいい加減頭にきていた。それで、今度泥棒がはいってきたらとっつかまえてやると待ち構えていたという。
訴えた泥棒の親は、息子の死は誰かが責任をとるべきだとし、息子は充分に武装していた男性たちの前には何の危険も及ぼしていなかったと主張する。しかし、警察の調べでは、泥棒に入った三人組は銃はもっていなかったもののナイフで武装していたことが解っている。
「ロブは間違った場所で悪い事をしていました。でも罰は罪に見合いません。」と母親のスーは語る。「泥棒は許されませんが、死刑は見合いません。」
明らかに警察はミラノビックと親戚二人の行為は犯罪ではないと判断したわけだが、刑事事件の有罪無罪は陪審員12人の全員一致が必要なのに対し、民事の場合は陪審員も6人で全員一致でなくても多数決で勝ち負けが決められ、証拠などの取り扱いも刑事事件より緩い基準だ。だから時によって『犠牲者』に同情するあまり、実際に原告に罪があるなしに関わらず、多額の慰謝料があてがわれることが多い。
経営者のミラノビックとその家族は、1998年に難民としてアメリカに移住してきた移民。何年もかけてやっと自分たちの事業を立ち上げたのに、くだらないちんぴらに自分らの所有物を破損されたり盗まれたりするのを黙って観ているわけにはいかないのは当たり前だ。それを守るために泥棒を撃ち殺して何が悪いんだ、と私はいいたいね!
自分で犯罪を犯しておいて、その段階で死んだ場合、それが単なるコソ泥だろうと何だろうと、怪我をしようが殺されようが文句など言えないと私は思う。これは子供が隣の家の庭から飾りのフラミンゴを盗んだとかいう他愛無いいたずらとは違うのだ。
第一、他人を傷つける気がなかったなら何故三人組はナイフを持っていたのだ? 外に出て来たのが銃をもった三人組の男ではなく、そのうちの奥さん一人だったらどうするつもりだったのだ?
第二に、ミラノビックたちはこの泥棒達が銃で武装していないとどう判断することが出来たと言うのだ?相手が銃を抜いてから反応したのでは遅いではないか。ミラノビックらは戦闘に慣れた警察官や兵士ではないのだ。相手の行動が自分に危険を及ぼすかどうか等正確な判断ができると思う方がおかしい。
陪審員は原告三人のうち実際に発砲したヨハンとライフルを提供したノバクの二人の行動は、故意で計画的なものだったとした。自分の所有物を守るために武装する行為は「故意で計画的」なのは当たり前じゃないか!入って来た泥棒を追っ払うために発砲するのが偶然の行為であるわけがない。そんな言い分が通るなら、銃を使った正当防衛そのものが成り立たない。
家族や親戚で細々と経営している自動車販売店が30万ドルの大金を慰謝料に取られたら、そのまま店を経営していくことが出来るのかどうか疑問だ。三人組の泥棒達はミラノビック家の事業そのものを破壊したのだ。
この判決のどこが正裁なんだ?


Leave a Reply

Your email address will not be published.