日本のミュージカルファンならもう10年以上も前に宝塚で公開され、後に東宝でも上演されたオーストリア発のミュージカル、「エリザベート」をご存知ない方はいないだろう。
しかし日本をずっと離れている私は、このミュージカルのことを今までほとんど知らなかった。日本に居た頃は劇場好きで、1970年代に花組のベルバラ初公演(大滝子、榛名友梨、初風純)を観ているくらいの元宝塚ファンとしてはお恥かしい限りである。
90年代の終わり頃、宝塚で上演中の新しいミュージカル「エリザベート」が大人気だという話をラジオの芸能ニュースで聞いた。ちょうど日本へ帰れる時期だったので、日本の母に頼んでチケットを購入してもらおうとしたら、あまりの人気でどの公演も売り切れ。結局観ることが出来ずそのままになっていた。
それがヒョンなことから最近になってユートゥーブで2005年のウィーン公演ドイツ語版「エリザベート」の映像を発見。そしてこのミュージカルの御本家はオーストラリアで言語はドイツ語だったということを知った。
面白いことに、最初はウィーンだけで公開されていた案外ローカルで話題性もなかったこのミュージカルが、ヨーロッパ各地で公演されるような人気ミュージカルに変わったのは、日本の宝塚が取り上げたことがきっかけだったらしい。
宝塚版が大成功だったので、その後何度も色々な組で上演され、2000年には東宝でも取り上げられた。
色々なコンサートや特別番組でオーストリアのオリジナルキャストが来日して日本人キャストと共演したり、日本のキャストがウィーンで行われた10周年記念コンサートに出演したり、ウィーン版キャストがそのまま梅田で公演するなど、大げさかも知れないが、このミュージカルを通じてオーストリアと日本の交友関係が深まったとも言える。
さてお芝居の歴史はウィキペディアでも読んでもらうとして、私が注目したいのは演技と歌。
1992年にウィーンで初演されてから、以来多々のプロダクションによって上演されているため、それぞれの演出やキャストによって演技も歌い方も大幅に異なる。また、宝塚ひとつを取ってみても、ほぼ同一の演出であるにも関わらず、男臭い感じのする1998年の紫月あさとといたずらっぽく妖艶な2009年の瀬名じゅんでは全然雰囲気が違う。
ウィーン版の死神トート(Dea Tod)は、初演のクレーガー(Uwe Kroger)も再演のカマラス(Mate Kamaras)も、歌い方は完全にロック調で、髪型や服装も現代風。トートはエリザベートを誘惑する美男子という設定なので、顔からするとカマラスの方が適役かと思うが、歌唱力はどちらも甲乙付け難い。(オープニングナンバー。カマラスのトート三分目くらいから登場)
東宝版でトートを演じたのは山口裕一郎。ユートゥーブに映像はないが「最後のダンス」の音声があったので聞いてみたら、彼の歌いかたはクラシックテナーと言う感じでブロードウェイ風。これがウィーン版の現代風な歌い方とは全く違っていて同じ曲とは思えない。リフレインが長く続くので、メリハリのない歌いかたをするとつまらなくなってしまうのだが、山口は曲が進むにつれて高音の質が高まり、最後の終わり方は騒然んたるものがある。
これだけ男性の声に魅了された私だが、最後に遅ればせながら宝塚版を探してみた。最初にみつけたのは春野寿美礼のトート。はっきり言って私は男の歌を女が歌うのには無理があると思っていた。特に山口のオペラみたいなテナーを聴いた後では、いくら男役でも女では叶わないだろうと思ったのだ。
ところが、春野寿美礼の「最後の踊りは俺のもの」という当たりは信じられないほど力強く、男性達に勝るとも劣らぬ声。それが紫月あさとになると鳥肌が立つほどすごい。(1998年フィナーレ、紫月あさと)二人の男役は男性の声とは全然違った意味での魅力でエリザベート(並びに観客)を魅了する。また、決して春野寿美礼が紫月より歌唱力が劣るというわけではないが、魅惑さを強調した春野より、紫月のほうが死神の不気味さを感じさせる。
題名がエリザベートなので主役はエリザベートなのかと思うとそうでもない。ユートゥーブの2005年ウィーン版を観る限り、オリジナルの主役はエリザベートでもトートでもなく、エリザベートを暗殺するルイージ・ルキーニ(Ligi Lucheni)のような気がする。少なくともこのプロダクションではルキーニ役のセルカン・カヤ(Serkan Kaya)が完全に他の二人を圧倒してしまっている。
ルキーニはエビータのチェ・ゲバラと似たような役で、お芝居を通じてナレーターのような役割を示す。特に彼の歌う「キッシュ」は独立した曲としても十分に成り立つ。カヤの高音は70年代にジーザス・クライスト・スーパースターでユダを演じたカール・アンダーソンやジーザスのテッド・ニーリーを思い出させる。(と思ったのは私だけではなかったようで、カヤは後にオーストリア版JCSでユダ役を演じている。)
ところが何故かユートゥーブでは宝塚版でも東邦版でも日本語のルキーニのソロを見つけることができない。東邦では高島政宏がルキーニを演じたとあるが、どんな歌い方をしたのか非常に興味がある。
ウィーン版では子役は可愛いが、役柄としてはそれほど大きくなく思えるエリザベートの息子ルドルフ(Rudolf)だが、東邦版では井上芳雄の演技が注目されたようで、ルドルフとトートのデュエット「闇が広がる」は、ユートゥーブでも井上がドイツ語を含め色々なパートナーと歌う種々のバージョンを見ることが出来る。(闇が広がる、井上芳雄とウーヴェ・クローガー)確かに井上のルドルフはウィーン版のルドルフ達より存在感があるが、ルドルフという人物自身が軟弱者で存在感の薄い王子だから、他の役者達の演技はそれなりに納得がいく。
さて、肝心のエリザベート(Elisabeth)なのだが、ウィーン再演版の マヤ・ハクフォート(Maya Hakvoort)の歌い方は激しい。はっきり言って角だらけで荒っぽく耳障りが良くない。傍にいると唾が飛んできそうなほど力強い歌い方だが、それが負けん気で自分の信念を押し通した独立心旺盛のエリザベートの雰囲気にぴったり。ただ高貴な皇后陛下という威厳さは感じられない。同じドイツ語で歌っても初演のピア・ドゥーベス(Pia Douwes)のまろやかな声とは大違い。(私が踊る時、ピア・ドゥーベス)この二人のうちなら私はドゥーベスの方が気品があって好きだな。
それに比べて宝塚の場合は誰の演技を観ていても、娘役だから仕方ないのだが、お姫様風の高貴さは多いにあっても、時代と身分にそぐわないエリザベートの独立心が感じられない。トートの誘惑を拒絶する場面でも、そのままトートに抱きかかえられてお芝居が終わってしまいそうなか弱さがあって、なんか頼りない。花總まり(1996年雪組、1998年宇組)の歌唱力(私が踊る時 花總まり)はハッキリ言ってハクフォートより上かもしれない。特に高音はすばらしい。ところで2009年にトート役をやっている男役の瀬名じゅんは2005年に娘役のエリザベートを演じており、彼女のエリザベートの方がイメージに合う。高音さえ出せれば、かえって男役の人がやった方がいいのではないかと思った。(瀬名じゅんのエリザベートと彩輝直のトート
というわけでエリザベート観賞でユートゥーブにかぶりつきになってしまったのだが、残念ながら英語圏ではまだ上演されていない。ミュージカルのためにオーストリアや日本には行かれないので、出来ればアメリカにも来てほしい。
今のところは宝塚やウィーンのDVDを取り寄せることにしよう。


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