フロリダの田舎でコーランを燃やしたアホ牧師に刺激されて、アフガニスタン過激派が暴動を起こしたことで、アフガニスタン戦争の総指揮官ペトラエウス将軍は、コーラン燃やしはアフガニスタンにいるアメリカ兵の身を危険にさらすものですべきではないと語った。
私はペトラエウス将軍のことは非常に尊敬している。彼の対テロ作戦はイラクにおいて大成功を収めたという実績もあり、将軍が『何はすべきで何はすべきでない』と言えば、普通ならそれに大賛成するのがカカシの立場だ。しかし、ことコーラン燃やしに関しては、非常に残念なことではあるが、将軍の意見に反対せざる負えない。
ペトラエウス将軍は軍人なので、今の戦争でどのように勝つかということしか考えていない。これは当たり前の話で、現在行っている戦争の勝敗だけを考えるなら、将軍の言いたい事はかなり理解できる。だが、我々自由国とテロリストたちとの戦争には単にアフガニスタンがどうのイラクがどうのということだけではなく、今後世界ぐるみで自由が勝つかイスラム過激派が勝つかという大事な問題がかかっている。局部的な戦闘で勝って戦争全体に負けるというようなことがあってはならない。
アフガニスタンの暴動を心配したアメリカの腰抜け議員たちのなかから、共和民主を問わずコーランを燃やす行為を違法にすべきだなどと馬鹿げたことを言い出す輩が出て来た。議員らの理屈はコーラン燃やしのような挑発行為はアフガニスタンの米軍や国連職員たちの身に危険を及ぼすからというものだ。だが、イスラム過激派が我々を殺したいのは普通の状態であり、ことによって程度の差こそあれ、我々のすることなすこと気に入らない事ばかりなのである。そんな奴らが腹をたてることにいちいち過敏に反応していてはこちらの身が持たない。
やつらはモハメッドを描写したというだけで、くだらない新聞の一こま漫画に腹を立てて世界中で暴動を起こしたりする。イスラム教国で行われた美人コンテストで女性が水着姿で現れたというだけでミスコンの会場を囲んで暴力沙汰を起こしたりする。ローマ法王がイスラム教には暴力的な傾向があると言っただけで、アフリカの病院でボランティア活動をしていたカトリックの尼さん看護婦が地元のイスラム過激派に惨殺されたりする。
つまりだ、過激派イスラム教徒は我々文明人には理解に苦しむ些細な事で血が上ってすぐさま町に繰り出して暴動を起こし殺人を起こすような野蛮な人間以下の生き物なのだ。そんな奴らのご機嫌伺いをして、我々文明人がいちいち我々の言動を変えたり、あげくの果てに法律まで変えたりするのであれば、我々はすでにイスラム過激派に闘わずした負けたも同然だ。そんなことがまかり通るのであれば、アメリカにシャリア法が設立されるなど時間の問題だ。
もしもイスラム諸国の過激派が豚肉を食べる西洋人に腹を立てたら、我々は肉屋から豚肉を取り除くのか? 野蛮人がアメリカ人女性が化粧をするのが気に入らないと言えば、我々は女性の化粧を違法にするのか? イスラム過激派が婚前交渉は投石死刑に処すべきだと大騒ぎしたら我々は処女でない未婚の娘達を生き埋めにして石を投げつけて殺すのか?親が自分の反対を押し切って親の認めない相手と結婚した娘を殺すことは合法にするのか?
我々が奴らの原始人以下の自制心のない暴力性を恐れて我々の生活態度を変えたりすれば、奴らの態度は和らぐどころかどんどん極端になり、奴らの要求はどんどん理不尽なものとなっていくのだ。
これはカカシが勝手に考えだした妄想ではない。
すでにイギリスでは地方によって一部シャリア法が認められている。フランスではフランスに増え過ぎるイスラム人口は問題だと発言した政治家がイスラム教団体から訴えられている。
イスラム教過激派は惜しみなく奪う。軒先貸せば母屋を取られる。奴らには一歩たりとも譲ってはならない。よって、コーラン燃やしは趣味の悪い行為ではあるが、それがイスラム教の癪に触るというのであれば、どんどんやるべきだ。奴ら野蛮人の気持ちなど我々文明人がいちいち気にする必要はない。奴らはすでに文明社会を破壊すべく戦争を挑んで来ている。何故我々が好き好んで敵の手助けをしなけりゃならないのだ?
わけわからん!


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