英国で、元世界一の肥満男がすでに国民保険で百万英国ポンドスターリン(1億2千万円)も支払ってもらっているにも関わらず、自分がここまでの肥満になったのは国民保険が必要な治療を受けさせてくれなかったからだとして、国を相手どって訴訟を起こした。
このイギリス男性はポール・メイソンさん、50歳。胃バイパス手術をして210kg痩せるまでは、約450kgと世界一の肥満男だった。
手術を受ける前のメイソンは、一日に2万カロリーもの食事を取っていたというが、自分は過食症を患っていたのに、その道の専門家ではなく栄養士を紹介され、適切な治療を受けられなかったことが肥満が悪化する原因となったと主張している。しかし、すでに1億2千万もの治療費を払ってもらっておきながら、感謝するどころか訴訟を起こすなど言語道断とイギリス市民からの同情は薄い。
それもそのはずで、英国は日本と同じように国民皆保険制度があるが、その医療制度の粗悪さは悪名高い。なにしろ万年赤字で予算が全く足りないので、英国民は命に関わる大病の治療でも何ヶ月も待たされ、やっと治療を受けることが出来ても、その内容は先進国とは思えないほど低質だという。
アメリカの感覚でいうと、一日2万カロリーも食べるお金があるならば、何も国民保険が降りるのを待たなくても、自費で食事障害専門の医者に行けばいいではないかと思う。ところが、イギリスのシステムではそれが許されないのだ。
イギリスの保険システムNHSは国民をすべて保険に入れるが、その代わり国民がどのような治療を何時受けられるかもNHSが全て決める。HNSが許可しない治療はたとえ自費を出しても受けることができない。だから、お金のある人はインドやアメリカといった外国へ行って治療を受けるのがいまや普通になっている。
限られた予算で国民の医療決断をするとなれば、誰にどれだけの治療費を払うかという裁断が政府の役人によってされることになる。心臓のバルブバイパスや臓器移植や癌の主要摘出手術などといった大病治療を長年待たされている英国市民からしてみれば、なんで肥満男の胃バイパス手術を国が請け負う必要があるのかということになるのも当然だ。
問題なのはハンソンの受けた治療が適切だったかどうか、いや、それよりもハンソンに支給された治療費が適切であったかどうかということではなく、限られた資金を国民の間で振り分けるとなれば必ず生じる医療の配給制度そのものなのだ。
以前にサラ・ペイリンが医療の配給制度は死の審議会をもたらすという発言をして、その意味を理解しない人々の間から非常な批難を浴びた。しかし、ペイリンが言いたかったのは、医療を配給制度にすれば、誰から優先的に治療を受けさせるかを決めなければならなくり、必然的に老い先短い老人の治療は後回しになってしまうだろうということだ。
20歳の男性の骨折と80歳の骨折ではどちらを治療した方が社会にとって有益か、働きざかりの40歳の胃がん患者と80歳のアルツハイマー患者の治療では?
しかし、どうせもうすぐ死ぬんだから高いお金出して治療するのは無駄、と判断された当の本人にしてみれば、死を宣告されたも同じである。つまり患者が必要な治療を受けられるかどうかを審議する会は、まさしく『死の審議会』なのである。
生きるか死ぬかを決める手術ですら、なかなか受けられないイギリス市民からすれば、50歳の過食症肥満男の治療費など国が払うのは無駄遣いだと思うだろうし、ましてや適切な治療を受けられなかったと訴訟までおこしているハンソンのいい分に同情できないのも不思議はない。
ハンソンもどうせHNSを訴えるなら、受けた治療が適切でなかったということより、自分が選ぶ治療を受けられる自由な制度をイギリスが取り入れるべきだという訴訟でも起こしてほしかった。そうすれば一般市民からの支持も得られたことだろう。ま、ハンソン自身、そんなことには興味がないのかもしれないが。
今の状態では、自分で勝手に大食いして太っておいて税金で胃バイパス手術までしてもらって何を文句いってるんだ、と言われても文句はいえないだろう。


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