「豚に口紅」またまたオバマの失言、言葉のあやじゃ収まらない!

実家のテレビでなぜかABCニュースが映った。同時通訳の日本語がまどろっこしかったのだが、どうやら民主党の大統領候補、バラク・オバマがまたまた失言をしたらしい。で、今回は何を言ったのかというと、、、

オバマ氏は9日午後、バージニア州で遊説中に「ジョン・マケインも変革を唱えているが、あれは変革ではない。同じものを違う呼び方で呼んだだけだ。豚に口紅を塗ったところで豚は豚だ」と演説した。

その直後、マケイン陣営は電話会見を開き、「ブタに口紅」発言がペイリン氏を意識したものであることは明らかだとして謝罪を要求した。ペイリン氏は指名受諾演説や遊説で「ホッケーマム(子供のスポーツ観戦に熱狂する母親)とピットブルの違いは何か。口紅だ」というジョークを口にしている。 一方オバマ陣営は、「(マケイン陣営は)一般的な例え表現を使って性差別の切り札を切ろうと躍起になっている。マケイン氏自身も昨年、ヒラリー・クリントン氏の政策に対し同じ例え表現を使っている」とやり返した。
オバマ氏は10日、バージニア州ノーフォークでの演説で「私について何を言われようと構わない。しかしうそとまやかしの怒りで(共和党を)再び大統領選に勝たせるわけにはいかない」と応酬している。

もちろんオバマ自身は、ペイリン女史を意識して言った訳ではない、単なる言葉のあやだと言い訳をしているが、したたかなオバマがそんな子供だましが通用すると本気で思ってるわけはない。上記のCNNの記事でもあるように、ペイリン自身が自分のことを口紅をつけたピットブルだと言ったことで、口紅と言えばペイリン女史を指すことは誰にでも明白だ。それにしても男女同権だのなんだのと普段は言ってる民主党の大統領候補がこういう女性蔑視の発言をするなんてのは、さすが偽善の塊のリベラルだけある。
しかし、民主党ひいきのメディアや批評家たちは、こぞってオバマの発言は単なる言葉のあやだと言い訳に余念がない。しかもマケインがオバマの揚げ足を取って言いがかりをつけているとまで言い出す始末。
ところでCNNの記事には載っていないが、オバマの演説には続きがある。これを読むと「豚」がペイリン女史のことを指すことはもっと明らかになる。

「豚に口紅を塗ってみても、所詮豚は豚です。」というオバマの発言に、火曜日バージニア州のレバノンに集まった観衆の間で爆笑と拍手が湧き上がった。「古い魚を紙に包んで変革と呼ぶことはできます。でも8年もたっていればやっぱり臭く匂います」

マケインは年寄り(オールド)だと、常に批判しているリベラルだ。ここでいう古い魚(オールドフィッシュ)がマケインのことを指すのは明らかだ。となれば、最初の口紅をつけた豚はペイリン以外の何者でもないではないか。少なくともレバノンに集まった観衆はそう受け取ったはずだ。だからどっと沸きあがったのだ。
ミスター苺いわく、いったんこういう印象を聞き手がもってしまうと、いくら話し手がそういう意味で言ったのではないと主張してみても無駄だ。レバノンの観衆もテレビやブログでその話を聞いたり呼んだりした有権者もオバマがペイリンを豚呼ばわりしたという印象を持ってしまった以上、オバマにできることはさっさ謝ることだけだ。疲れていたとか不注意な失言だったとでも言ってこの話は過去のこととしてしまう必要がある。だが、ミスター苺はオバマはそんなことはしないだろうという。オバマは自意識過剰でおくゆかしさなどひとかけらも持ち合わせていない。素直に謝るなんて死んだってできないだろう。だが、この話が出るたびにマケインの言いがかりだの陰謀だのと言って腹を立てていたら、それこそ被害妄想だの怒りっぽいだのといったラベルを張られてしまう。
選挙戦はラベル張りの競争だ。自分には「純粋」「新鮮」「変革」というレベルを張ってきたオバマだが、民主党予選でのヒラリーとの辛らつな戦いで「純粋」さや「新鮮」さは薄れてしまった。それでもオバマには「変革」のラベルが残っていた。だが、それすらもライバルのマケインに乗っ取られてはがされそうになっている。共和党の予選でライバルから「年寄り」扱いされたにもかかわらず、マケインは「年寄り」ではなく「一匹狼」(maverick)のラベルを自分のものにして共和党ライバルたちを打ち破ってしまった。だから今更オバマがいくらマケインを「古い魚」などと呼んで「年寄り」扱いしてみても、せこいことをやっていると思われるのがオチである。


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ネット復帰、佐世保感想記

読者の皆様、二週間のご無沙汰でございます。実は九州は佐世保に出張しており、私のノートパソコンとホテルのネット接続の馬があわず、ネットにはつながるものの日本語での書き込みは不可能な状態でした。その間に大統領選挙のこととかいろいろあって、皆様にもお話したいことが山ほどあるのがたまったままです。週末に向けて時間の許す限りこれまでの経過などお話していきたいと思います。
ひさしぶりに日本で何週間も過ごし、しかも九州という私の実家とはまったくかけは離れた場所での生活は非常に興味深いものだった。
私の泊まったホテルは米軍基地から歩いて10分という繁華街のなか。泊り客の半数近くが米軍関係の民間人技師。国籍はアメリカ人だが、そこはアメリカ。人種はヨーロッパ系だけでなく東南アジア系やアフリカ系もいろいろだ。今回の企画のためにあつまったうちらのチームだけでも20人は楽にいる。年頃も20代後半から40代半ばの野郎どもばかりで、仕事が終われば毎日宴会。このへんはやることといったら飲んで食べるくらいしかないから仕方ないといえば仕方ないのだが、こんなやつらに付き合って二週間すごしたこっちはもうへとへと。
こいつらはこれまでにも何回も佐世保の基地には来たことがある連中で、このへんの飲み屋にはやけに詳しい。日本語などほとんどしゃべれないくせに、なぜか「飲み放題」とか「食べ放題」なんて言葉だけは知ってる。
一緒に食事に出かけて気がついたことは、このへんでは人種差別が横行しているということだ。あからさまに「日本人客のみ」という看板が出ているところもあるが、そうでないところでも差別の仕方はかなり微妙だ。白人の同僚数人と一緒に居酒屋へ行ったときのこと、アメリカ人はカウンターを好むので入り口近くのカウンターに座りたいというと、店員はカウンターは場所がないといった。場所がないもなにもカウンターには誰一人座っていない。空っぽなのである。カウンター近くに個別のテーブルがいくつかあり、そこには日本人客がいたが、真ん中の広々としたカウンターには誰も座っていなかったのだ。
店員は二階なら誰もいないので、かえってわれわれには適しているのではないかと促した。二階へ上がると、大きな畳の個室があてがわれたのだが、誰も座れない。というより私はスカートをはいていたので男たちの前でまさか胡坐もかけない、というのが本当の理由)。結局掘りごたつ風になったテーブルのある個室にかえてもらい、二階で他の客に遠慮せずアメリカ人並みのドンちゃん騒ぎができたので、良かったといえばよかったのだが、どうも変な気持ちがしたものだ。
別の夜にまた二人の白人を含めた5人くらいで旨いと評判のすし屋へ行った。アメリカ人だが東洋人の同僚が一人で行った時はカウンターに座って好きなものを頼んで楽しかったので、今回もみんなでカウンターに座ろうと、アメリカの寿司バーのつもりでカウンターを希望したが、ここも席が空いているのにだめだといわれた。店員は私の目を気にして「5人は並べないので、、」と見え透いた嘘をついた。白人がカウンターに座っていると他の客が居心地が悪いからだと正直にいえばいいじゃないか、とは思ったが、一緒に居た白人女性の同僚が「どうしてカウンターは駄目なの?」と私に聞くので、私は「予約がはいっているらしい」と答えた。こんなところで議論をしても意味はない。
やはり白人の同僚と5人で焼き鳥屋へ行ったときも同じように断られた。そのときはカウンターにすわっていた日本人のサラリーマン二人が気を利かせて、「いいよ、いいよ、俺たちが席変わるから」といって少しずれてくれた。店員は断りきれずに我々をカウンターに座らせてはくれたが、サービスは最低だった。そこまで差別しなきゃならい理由があるのかと私はかなり腹が立った。私が英語で「この娘にはチップはやらないよ」というと、一緒にいた同僚がどっと笑った。日本語がわからなくても同僚たちは空気を察して、「この店には二度と来ない」と口々に言った。
もっとも佐世保は米軍基地でもってるところもあるので、アメリカ人には友好的で居心地のいい場所はいくらでもある。いや、そういう場所のほうが多いといったほうがいいだろう。たいていの人は親切だ。
面白いと思ったのは、表通りにある飲み屋などは、ほとんどの経営が日本人によるもので、ママさんやホステスの英語はまあまあだが、品はいい。このへんに来る客はアメリカ人でも水兵ではなく金ぶりのいい民間人が多い。ところがひとつ裏にまわった「セイラータウン」と呼ばれる路地に固まってある飲み屋は見かけもみすぼらしいが、中に働く女たちのほとんどはフィリピン人。フィリピン人は英語が話せるのでアメリカ兵らに人気がある。このあたりは私のような人間が行くような場所ではないが、知り合いにフィリピンバーが好きな男がいたので、一度だけ行ってみた。身体にぴったりした胸や足を出しすぎのけばけばしい格好の女たちが、あきらかに水兵とわかるアメリカ兵の太い腕にへばりついていた。まるで安い映画の一こまのよう。時代や場所が変わっても繰り広げられる画像に変わりはない。
日本人バーの経営者らとフィリピンバーのオーナーたちは仲が悪い。ま、商売仇だからしょうがないのかもしれない。
実家に戻ってきて両親に撮った写真をみせていたら、宴会の写真ばかり。「あんた佐世保でなにやってたの?」と母にきかれてしまった。まったく仕事はどうなったのよカカシさん?
私も船にのってアメリカへ帰ればよかったかな?


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