アップデートあり:下記参照
先日ベン・スタインという俳優で保守派政治評論家が監督した、マイケル・ムーア風の進化論批判ドキュメンタリー、Expelled: No Intelligence Allowedという映画を見た。実はこの映画に関する評論はしようかどうかちょっと迷っていたのだが、本日、偶然にも左翼フェミニストの小山エミさんが無神論者について書いていたのを読んで、関連のある話題なのでちょっとお話することにしよう。
先ずはベン・スタインのExpelled…の映画評論をする前に、アメリカにおける進化論に関する問題について説明しておく必要がある。アメリカはユダヤ・キリスト教の信者が非常に多い。以前からアメリカは非常に宗教心の強い国だと書いているが未だに旧約聖書の「創造説」を文字通り信じている人が少数とはいえ結構な数居るのである。そういう人たちは進化論を受け入れることは神への信仰を捨てることにつながると誤解している。
困ったことに無神論者で科学作家のリチャード・ドーキンスなどが、進化論に代表されるように科学と信仰は相容れないと断言してしまっていることから、本来ならば対立する理由のない進化論受け入れ側と創造説側の二つのグループが不必要な争いを行う結果となっている。
しかし創造説側は最近、といっても20年くらい前だが、科学説である進化論に打ち勝つためには、旧約聖書を持ち出してきてもそれは宗教だと片付けられてしまい、説得力がないことに気がついた。そこで彼らは創造説に科学的根拠があることを説明するために新たに「インテリジェントデザイン(ID)」という説を紹介した。
これは自然哲学で神の存在を証明する論理としてウィリアム・ペイリーの「盲目の時計職人」という説をもとにしている。複雑な構成を持つ時計が荒野に落ちていたら、それを作った時計職人がどこかに存在するように、他の複雑な実態も意図的に作った誰かが存在するはずだという理論である。地上に存在する生物、特に人間は、あまりにも複雑すぎる生体であり、誰かの意図的な設計なくしては説明できないというわけだ。無論この理論にはかなり穴があいているが、ベン・スタインの映画はこの理論を元にしている。
Expelled…はマイケル・ムーアも真っ青になるほど不公平で理不尽な構成になっている。先ず映画は冒頭のテーマソングでベルリンの壁を映し、東側の共産主義が進化論側で西側の自由主義がID側であると象徴。
スタインは進化論説者をダーウィニストと呼び、あたかも進化論がダーウィンという教祖によって創設されたカルトか何かのような表現をしている。しかも進化論を受け入れたら単に無神論者になるだけでなく、ユージェニクスを推進したナチスや共産主義者になるとさえ示唆しているのである。
これほど根拠もなく相手側を侮辱するやり方もないだろう。私は保守派評論家としてスタインのことはこれまで尊敬していたが、今回の映画を見てその卑怯なやり方に非常に失望した。根拠も示さずに感情のみに訴えるなら、左翼やリベラルと何の変わりもない。スタインはムーアより頭がいいだけ質が悪い。
スタインのやり方が卑怯な例のひとつとして、スタインはドーキンスのような進化論説者のなかでも過激な無神論科学者だけを集めてきて、「神など存在しない」と何度も繰り返させる。スタインは敬虔なクリスチャンであり克つ進化論を受け入れている遺伝子学の第一人者であるフランシス・コリンズのような科学者がいるにも関わらず、そういう人を一人も紹介しない。
映画の中でも進化論と宗教は矛盾しないと唱える人を紹介しておきながら、その人たちがどういう説を持ってして矛盾でないことを説明しているのかを紹介せず、あたかも彼らが信仰者をだまして進化論を受け入れさせようとしているかのようなコメントを入れている。皮肉なことにその一番の手助けをしているのが、進化論を信じる者は無神論者であると言っているドーキンスなのである。
はっきり言ってドーキンスのような無神論者とスタインのようなID論者は一つの硬貨の二つの顔だと言っていい。
科学を信じたら神を信じられないなど一体誰が決めたのだ?種の進化という真実を学ぶことによって神の力を信じられなくなるなどと本気で信じるなら、スタインこそ神への信仰に自信がない無神論者なのではないか?彼の信仰とはそんなにも軟弱なものなのか?
私は神の存在を信じる。科学を学べば学ぶほどその神秘さに驚嘆しない科学者はいないだろう。これこそ偉大なる神の創造であると信じることに何の無理があるというのだ?種族の進化こそ神の設計であると考えれば進化論と創造説に矛盾はない。何故ここに無意味な矛盾を見いだす必要があるのだろうか。これこそ信仰者を科学的に無知にしておきたい無心論者の陰謀を感じるのは私だけだろうか?
ところで、小山エミが無神論者たちが、無神論という宗教の信者になってしまっているのではないかと書いているがそれはかなり的を射ていると思う。

無神論者たちのふるまいは、信仰者のそれと何ら変わらないのではないかーーすなわち無神論者たちは、無神論という新しい宗教の信者であり、その他の宗教の信者と本質的に何ら変わらないのではないかーーという問いかけは、多くの人が直感的に感じるものだ。…

…ユートピア思想と選民思想(自分たちこそ最も優れた人間であるという思い込み)は、わたしが参加しているグループにおいても頻繁に感じた。かれらから見れば、宗教を信仰している人はそれだけでかれらより非理性的であり、冷笑するしかない対象なのだ。このままいくと、迷える子羊=信仰者を救うために無神論の布教活動でもはじめかねない。

進化論専門の科学者のなかに無神論者が多いことは確かだが、無神論を唱えるひとが必ずしも科学的な考えに基づいて無神になったというわけではない。進化論進化論と大騒ぎして創造説を馬鹿にする人々の間でも進化論が科学的に証明されているという事実だけを鵜呑みにしてその科学的な学説を何も理解せずにまるで信仰のように受け入れている人々がどれほどいることだろう。つまり、進化論そのものが信仰となっている人々が無神論を唱える人々のなかに少なからずいるのだということも念頭に置いておく必要がある。
科学は真実を求めるものにとってすばらしいものである。だが科学は中立だ。科学は道徳的判断を下さない。それを見誤ると無神論者も創造説者も同じ間違いを犯すのである。
神を信じるか信じないか、進化論では二つに一つの答えは見いだせないのだ。
アップデート: 本文中に引用した小山エミさんがこのエントリーへの返答をこちらでしている。それに対する私の返答はこのエントリーのコメント欄でさせてもらった。


7 responses to 二つに一つじゃないんだけど、、、インテリジェントデザイン対無神論

mhgt16 years ago

興味深いお話、有難うございます。
 厳しいカソリックで育てられた子供達が青年してから、『私はスピリチャルです』(これも無神論者でしょうかね?)的なコメント、結構聞きますね。
 今はアメリカですけど、日本で育ちましたから自然と仏教と神道の融合性を身につけてる私です。こういう感覚の日本人の方って多くないでしょうか? ただこの感覚って、海外に出ると、無宗教って言われるんですよね~。しかし私としては、今の無神論者と似てると思います。西洋人の場合神道の知識が少ないから、この現象なのではないでしょうか? アメリカ人だったら、ネイティブアメリカンの元祖の教えなんて神道に1番近いのですけど、(いやそのもののような気もしますが)歴史が歴史だけに都合が悪いので、それ自体信仰と認めたくないんじゃないでしょうか? だから無神論者が出てくるわけですよ。
 無神論者が本当に神を信じないか、となったら私個人としましては、『ノー』であろうと思いますよ。人間、窮地に立たされたら、誰だって『神様~』って言っちゃいますよ。無神論者って神と自分の間に蔓延る信仰団体を信じない人達じゃないでしょうか? 全くの無神論者って、下手すれば刑務所行きでしょう?(酷くなるとオーム真理教みたいな奴)だってモーゼスの十戒(神から与えられた)が法律の基礎になっている事が多いのですから。
 
 信仰って携帯みたいな奴ですよ。(笑)。
携帯の仕組みって、衛星を元に電波発しますでしょ?
だけど携帯プロバイダーを何処の会社で選ぶのか、その中でもどの機材とプランを選ぶのかが違ってくるだけです。
 だから無神の人はプロバイダー無しで携帯使いたいと思ってる人(だけど結局は衛星がなくては携帯は使えません)、信じる人は、プロバイダーに満足してる人、それだけの違いじゃないでしょうか?
 ちなみにキリスト教の中には、イエスを神と同格に信じる人がいますが、イエスはプロバイダーです。

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scarecrowstrawberryfield16 years ago

mhgtさん、
信仰は携帯プロバイダーみたいなものとは、面白い発想ですね。でもかなり当たってますよ。プロバイダーなしで神を信じようとするとそこにきちんとしたサービスがないから色々な面で不自由して迷うんですよね。技術的なことによっぽど長けてる人じゃないと十分なサービスを受けられない。
だから一般人は特定のプロバイダーに頼っておいたほうが無難なんです。
カカシ

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scarecrowstrawberryfield16 years ago

小山のエミさんが早速自分のブログでコメントをしているのでこちらのコメント欄で紹介しておこう。すべて書くと大変だから本文はリンク先をみてもらうとして、、、
『カカシ:私は神の存在を信じる。科学を学べば学ぶほどその神秘さに驚嘆しない科学者はいないだろう。これこそ偉大なる神の創造であると信じることに何の無理があるというのだ?』

うーん、それがあるんですよ。だって、科学が明らかにするこの世界の「驚嘆するほどの神秘さ」の背景には必ず「偉大なる神」のような大いなる存在の意志があるとするなら、その「偉大なる神」という神秘的な存在もどこかの誰かの意志によって作られたものでなければおかしいでしょ。

なぜ万能の神の存在が誰かの意思によって作られたものではければならないのだ?このエミさんの理屈にこそ無理がある。神は理屈抜きで存在する。誰かの意志など必要ない。

 もしそうでなく、「偉大なる神」のような神秘的な存在が、だれの意志にも設計にもよらずに存在することができるのだとすると、じゃあ科学によって明かされるこの神秘的な世界だって神の意志を前提とせずにも存在できてしまうことになるわけ。

もちろん、科学が神の意志によって存在するという証拠はない。そこに証拠を求めるならそれはあくまでも科学的な根拠を探す科学であって信仰ではない。神の存在の証拠を求める行為は信仰とは違うからだ。
命が神の意図によって設計されたという、私の言うインテリジェントデザインは科学ではない。これは信仰だ。だから科学的な証明など出来るはずはないし、出来ると主張する人々は間違っている。いや、科学的に証明しようとする行為こそ神を信じない行為だ。
神の存在は信者ならば心で感じることのはずで、私は信者であれば科学を勉強するにつれその神秘さの裏に神の力があると感じることは避けられないはずだと言ってるだけで、それを証明する必要などないのである。証拠がないものを信じるからこそ信仰なのだ。
カカシ

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scarecrowstrawberryfield16 years ago

ちょっと書き忘れたことがあったので上記に付けたし。
私が、ドーキンスは進化論を信じたら無神論者になると主張している、と書いたことについて

カカシさんはドーキンスの主張をかなり誤解しているんじゃないかと思う。いくらドーキンスでも、世の中には無神論者ではない科学者や進化論の支持者が存在することを丸ごと無視できるはずがないし

と小山エミは書いているが、私は『進化論を信じながら神も信じていると主張する人間が存在しない』とドーキンスが言ったとは書いていない。ドーキンスの主張は『本当に進化論を受け入れたなら、神を信じられるはずがない』というものだ。ドーキンスは本文の映画の中でそう断言しているし、他でも何度もそう書いている。エミさんは相手に議論で負けそうになると必ず相手が誤解していると言い張るクセがあるので、一応そのことは指摘しておく。
カカシ

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dust_speculator16 years ago

>いや、科学的に証明しようとする行為こそ神を信じない行為だ。
全く、その通りだと思います。

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鉄塵28号16 years ago

小山エミさんへのコメントです。
>>これこそ偉大なる神の創造であると信じることに何の無理があるというのだ?
ニワトリ、卵、どっちが先?や運命は変えられるか? 意志で変えられた、も運命?
など予定調和は人智では論理を構成できません。
人智を超えた領域がある、それ故人智を超えたものの存在を認めるという発想でしょう。
その次元からは神を作ったのは誰? という発想は意味がありません。
ですから、クリスチャンの場合、(ここでは一くくり)エヴァが禁断の果実を食べてしまう事を神がわからなかった事も問題ではありません。
それを疑問とする発想を超えているのです。
ここまで。
>>神を信じるか信じないか、進化論では二つに一つの答えは見いだせないのだ。
進化論自体が科学とはいえないので創造論者の反論の余地があるという事ではないでしょうか?
ミトコンドリア、イヴはクリスチャンに致命的な科学的証明ですが、それに対し聖書の誤謬という余地があります。(笑)
カカシさんのいわれる神はキリスト教の神ではない訳ですか?
そこがよく見えません。
追伸
イエスはプロバイダーではないでしょう、父と子と聖霊なる三位一体も予定調和と同じく人智では構成できません。

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scarecrowstrawberryfield16 years ago

鉄塵28号さん、
小山エミさんのサイトで私の代わりにコメントをしていただきありがとうございます。明らかにエミさんは私の意図を誤解してましたね。
私の言う神はキリスト教の神に限定していません。私はごく一般の日本人的感覚で神仏折衷です。
私は進化論は科学であると考えてますが、キリスト教の旧約聖書の創造説と進化論が矛盾するとは考えていません。鉄塵28号さんとはその点で意見が割れますね。
カカシ

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