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最近イギリスにおけるイスラム教徒の暴挙は目に余るものがある。彼等の暴挙は暴力的な犯罪のみならず、彼等がイギリス政府に要求する理不尽な特別扱いにある。しかしこの状況をみるにつけ、私はイギリスの問題はイスラム教徒にあるのではなく、イギリスの国教のイギリス協会そのものにあるのだと考える。
英国には国教というものがある。多くのイギリス人がこの国の協会による教えを道徳的な基準として仰いでいる。イギリス帝国の国民にとって協会だけは常に妥協せず、変化せず、苦境に屈しない強固な柱のような存在として人々の心の拠り所となっているのである。
人間とは弱いものだ。神の期待に常に応えることはできない。しかし信者たちは神が自分達に何を求めているかを常に知っている。少なくとも人々が神の教えに近付けるように導いてくれるのが協会であるはずだ。
だからこそ人々は他人のために命を投げ出して正しいことをしようとするのではないか?
だからこそ普通の人々が悪と立ち向かうために立ち上がるのではないのか?人々が何が悪で何が善かを知っているからこそ、善を保つために戦う勇気を持てるのではないのか?
しかしもしもその精神の拠り所となるはずの協会が弱腰になって、争いを避けるためにと、ことあるごとに不寛容に寛容になれといって、人間を生け贄にするような野蛮な宗教に理解を示せとか言い出したらどうなるだろう。
信じられないことだが、イギリスでは実際にそんなことはすでに起きているのである。トム・ブランクリーが伝えるこのニュースなどは まさにその典型例だ。

この話は二週間前に、キリスト教文明発展の指導力として900年の伝統を持つ大学のある町、イギリスはオックスフォードから来たものだ。またしても青い鳥よりも恐ろしいものがイギリスの空を脅かしている。オックスフォード中央聖廟の役員たちは聖廟の塔のてっぺんから大型スピーカーで町中に響くようけたたましい音で一日に五回イスラム教のお祈りを放送する許可を申し出たという、過去900年に渡って春夏秋冬に地元の協会の鐘の音だけが聴かれてきたこの町でである。

今さら驚くことではないが、オックスフォードのイギリス協会主教であるジョン・プリットチャート神父は(the Right Rev. John Pritchard)地元のキリスト教信者たちは「多様性を楽しむ」べきであると発表した。この神父は先日イギリスにシャリア法を取り入れるべきだと語ったカンタベリーの大主教の跡継ぎとされている人物である。
問題なのはヨーロッパのイスラム教徒が移住先の社会を彼等の信仰に合わせて変えていこうとしていることではなく、ヨーロッパ人が自ら進んで彼等に迎合しているこである。シャリア法の侵攻はこのまま続くであろう。このまま何の抵抗も受けないのであれば。

もしキリスト教の教えに「多様性」の大事さを説く部分があるというなら見せていただきたいものだ。信仰の多様性を受け入れるならキリスト教を信じる意味がないではないか?壊れた道徳の羅針盤は何処も示さない。暴力への理解は平和などもたらさない。かえってことは混乱し暴力は増すのみである。そしてその結果キリスト教信者は減ってしまうのだ。
イギリスでイスラム教の暴力団が麻薬売買をし未成年の少女たちを売春に追い込んでいるという話は大分前から問題になっている。しかしこうした少女たちの親たちが地元警察に訴えでても警察当局は少数民族の異文化に十分な理解を示していない と責められるのではないかと懸念し、しかもやり過ぎれば人種暴動になりかねないと恐れてイスラムやくざを取り締まろうとしない。(Hat tip to Lionheart.)

昨晩ラマダンファウンデーションのモハメッド・シャフィク会長は警察は犯罪者の人種によって取り扱いを差別していると批判した。
氏によると警察はブラックバーンやオルダムで起きたような人種暴動を恐れて「神経過敏」になりきちんとした取り締まりを行っていないと言う。
今週のパノラマ誌の氏の問題な発言は2004年のチャンネル4のドキュメンタリー番組で爆発敵な話題を巻き起こした問題に再び火をつけることとなった。
この番組ではブラッドフォードのアジア人(パキスタン人)が地元の未成年白人少女たちを売春婦として教育しているというものだったが、チャンネル4の番組リストからは外されていた。
警察が地元の選挙期間中に人種暴動を誘発する恐れがあると主張したことが原因だった。

しかし英国のイスラム教徒たちが要求しているのは「寛容」などという生易しいものではない。最近パキスタン人移民二世代目の青少年たちが、ナチス台頭直前のヒットラー青年団よろしく、キリスト教徒やユダヤ教徒に対して実際に暴力を振るう事件が 相次いでいる。

三月五日、聖ジョージ協会の前で、神父のカラーを着用していたキャノン・アインスワースさん57歳は(Canon Ainsworth)二人のアジア人の若者に殴る蹴るの暴力を受けた。その間もう一人が宗教的暴言を叫び続けたという。神父は切り傷、打撲、両目に青あざの怪我を負った。神父は聖バースロミュー病院から一旦退院したが、その後怪我の後遺症が出たため再び入院した。

しかし英国警察はなにもしない。イギリス協会もただただ腰を抜かすだけである。いや、厳密にはそれは正しくない。警察がなにもしてないというのは嘘だ。 彼等はイスラムの暴挙を暴露したイギリス人ブロガーライオンハートをイスラム教徒への人種的な嫌悪を広めるとして逮捕していたんだっけ。ミスター苺が皮肉っぽく、「イギリスには言論の自由が尊重されてて良かったねえ〜。」と言っている。これもイギリスの人権擁護法のたまものである。
どうやらイギリスはイスラム過激派を止めることより、それを暴露する人間の口を閉ざし、シャリアという五右衛門風呂のなかで序々に煮え殺されるのを好むらしい。ローチェスター市の主教、マイケル・ナズィアー・アリ神父(the Right Reverend Michael Nazir-Ali)がイスラム教徒による非イスラム教徒への暴力を非難すると、反対に彼に対してあちこちから非難轟々の嵐が集まった。自由民主党の党首までも一緒になって神父を非難しているのだから信じられない。

日曜日のテレグラフ紙にローチェスター市の主教、マイケル・ナズィアー・アリ神父は多様性こそが宗教団体を隔離する原因であり、非イスラム教徒らがイスラム過激派が占めている土地でひどい扱いを受けていると書いた。

アリ神父は政府が強制している混合は「道徳および精神的な見解」に欠けるとし(国教として)設立されているイギリス協会を優先しないことを指摘、これが「多様信仰のちゃんぽん」になったと強く批判した。
神父はさらにシャリア法の一部、特に聖廟の上から大型スピーカーでの祈祷放送は英国において適切であるかどうか懸念を示した。
これに対して自由民主党の党首、ニック・クレッグ氏は神父は非イスラム教徒「立ち入り禁止地区」ができているという証拠を出していないとし、神父の発言は「非常に挑発的ないい方だ」と表現した。

クレッグ氏が文化的に敏感であれば、神父の名前からして彼がパキスタン系移民であることに気が付いたはずだ。神父の家族自体はずっとキリスト教徒だったらしいが、イスラム社会で少数派のキリスト教徒としてイスラム教を批判することがどれほど勇気のいることか、多様文化に理解を示すことに忙しいクレッグ氏には理解できないのだろう。イスラム社会出身なだけあってアリ神父にはイギリス協会の教えが根本的にイスラム教のそれとは相容れないことを身にしみにて知っているのであろう。
で、このような信者や神父らへのイスラム教徒による暴力をイギリス協会の大主教様はどう思われているのかといえば、この人は以前にもイギリスにシャリアを適用すべきなどといってるようなトンデモ大主教だけあって、今回もまた イスラム過激派とその犠牲者を同等扱いする発言をした。.
神父の文章はちょっと難かしいので直訳せずに要約すると、要するに内部で分裂している社会でも外部からの敵を正しく見極めることができれば一時的に団結することが出来るのは自然である。不安定な状態にあるイスラム圏の人々が不思議な西側のキリスト教を悪視するのも、困惑し脅えたヨーロッパ社会がイスラム教を「自分らの生き方を破壊する」宗教だという映像にしがみつくのも同じことなのである。といった意味のことを書いている。
大主教がこんな調子じゃ英国のイスラム教徒がごう慢になるのは当たり前だ。そして同時にイギリスのキリスト教徒たちが宗教そのものに失望して協会を去っていくのも当然の成り行きである。といってカトリック教会が迷える子羊の英国市民をすくってくれるのかといえば、ローマ法王からも援助の手が届いているという話は聞かない。
イギリスでは最近結婚する人の数が極端に減っているそうだ。今年は記録的に結婚数が最低だったという。イスラム教徒が増え、協会へいく人々の数が激減し、「アジア人青年たち」が一夫多妻性を本気で要求する世の中で、協会が何だ、結婚がなんだ、神様が何だ、キリスト教などくそくらえだ!とイギリス市民がやけになるのは当たり前ではないか?
ローウェン・ウィリアムス大主教やジョン・プリチャード主教の声は英国中に響き渡る。真の危険はイスラム教徒達がごう慢になることではなく、英国市民が絶望し信仰を捨ててしまうことにあるのだ。もし英国のキリスト教徒たちがイギリス協会に精神的な救いを見いだせなくなったならば彼等が何処へ行けばいいのだ? もし協会がイスラムテロリストもキリスト教信者も何の変わりもないのだと主張するなら、誰が祈ったり聖書に従ったり結婚したりする必要があるのだ?そんな神のために誰が戦ったりするものか!
私はキリスト教徒ではないが、それでもイギリス協会が直面している危機は肌で感じるものがある。だからあえていわせてもらう。イギリス協会は多様主義社会主義左翼世俗主義の神父らを即刻排除すべきである。これはまずカンタベリーの大主教を追い出すことからはじめるべきだ。奴らには神の言葉を代弁する資格などない!自分の宗教の教えを体を張って守れないような腰抜けな人間に自分を神父などと呼ぶ資格はない!こんな奴らをのさばらせておいてはイギリス協会そのものの破壊を意味するだけでなく偉大なる英国として知られた国自身の崩壊を意味するのだ。
イギリス協会の存続は英国の存続を意味する。英国は決してイギリス協会をこいつら腰抜け主教どもに乗っ取られてはならない!
カカシには偉大なる英国が抵抗もせずにイスラム教の魔の手に墜ちるのを見るに忍びない。英国には悪と立ち向かう勇気ある騎士は一人も残っていないのか? もちろん中には勇気ある人々が何人かはいる。ライオンハートがそのひとりだし、メラニーやアリ神父もそのひとりだ。そしてアフガニスタンやイラクでイスラム過激派と戦うイギリス軍人たちの存在も忘れてはならない。(トニー・ブレアが去った後では軍隊も本領を発揮できないでいるが)
しかし彼等だけではまだまだ足りない。イギリス協会が彼等の背後を守ってくれないのに、どやって戦士らは目の前の敵に面することができるのだ?


4 responses to イスラムの横暴に腰抜けなイギリス協会

oldman11 years ago

前にもコメントしましたが、英国に限らずEUが1千万のイスラム教徒を受け入れたことは取り返しのつかない歴史的大失敗だったと思います。
日本でも少子高齢化に対応するために移民を受け入れるべしとの主張があります。「多文化共生」という美しい言葉が発明されました。
移民がどのように社会を破壊していくか、その生々しい実例が今日のエントリーだと思いました。

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scarecrowstrawberryfield11 years ago

oldmanさん、
移民を受け入れることが必ずしも悪いのではありません。アメリカは移民の国で、歴史的にイギリスよりもずっと多くの移民を受け入れて来ていますが、同じような問題はおきません。その理由はアメリカは、移民の個人的な自由は尊重しながらも、彼等がアメリカ人になることを要求するからです。
最近アメリカでもヨーロッパと同じような問題が生じてきたのは、一重にoldmanさんのおっしゃる「多文化共生」という主義です。どの文化も同じように良いという考えが根本的に間違っているのです。
イスラム教徒だけではありませんが、移民が理不尽な要求をしてきたら、そっちが客人なのだからこっちに合わせろ、気に入らないなら出ていけ、という強い姿勢で挑めばヨーロッパで起きているような問題は起きないのです。
日本も移民を受け入れるのであれば、移民には日本人としての文化を尊重してもらうことを先ず第一に要求しなければなりません。なまはんかに多文化主義を取り入れたら大悲劇間違いなしです。
カカシ

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scarecrowstrawberryfield11 years ago

下記はいつもリンクをしていただいている陳さんからのコメント。
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イスラムの横暴に腰抜けになっているのは、欧州では別に英国国教会(漫画ヘルシングで有名)だけではありませんよ。ルーテル派もカトリック教も、です。
東欧のギリシァ正教系は情報がないのでコメントできませんが、今や葬式宗教と化した欧州の伝統的キリスト教諸派は全てフヌケで、衰退過程に入っています。
その最大の原因は、彼らがキリスト教同士のエキュメニズムに留まらず宗教的多元主義にまで足を踏み入れ、諸宗教との共存などとバカなことを言っているからです。
キリスト教は一神教ですから、そもそもイエスキリスト(三位一体の神)以外に神が存在するはずがないのです。
ですから、伝統的に他宗教などという概念は存在せず、神ならぬものを信じているそのままでは地獄に落ちてしまう可哀相な異教徒が存在するだけだったのです。
ですから、彼らの宣教師は救霊の使命感に刈られて、スポンサーである当時の覇権国の侵略の尖兵となって、植民地開拓と一体になった信者拡大に邁進したのです。
というのも、異教徒の土人どもは、そのままでは地獄に落ちて滅びてしまう気の毒な人たちなのであり、キリスト教徒になって植民地人となることは、それに比べたら100倍マシな話であると(当時の価値観では)思われたからです。(日本はこれを拒否してキリスト教を大弾圧しましたが)
つまり、宗教的多元主義とは、ある意味、文明に迷信のサポートを必要としなくなった人類の歴史の必然でもあるわけですが、一方でそうしたキリスト教の歴史の自己否定に他ならないわけですから、彼らが衰退するのは当然なのです。
問題の根源はキリスト教側から見るとそうしたものですが、イスラム教側はそうとは考えていないということなのです。彼らは未だにキリスト教が宗教的多元主義を取り入れる以前の価値観の中で生きており、それは「キリスト教徒やユダヤ教徒の土人どもは、そのままでは地獄に落ちて滅びてしまう気の毒な人たちなのであり、イスラム教徒改宗させなければならない。もし改宗させることができないなら、殺してしまうべきだ。なぜなら、異教徒の存在を許しておくことはイスラム教の拡大を妨げ、神への冒涜だからだ」というものです。
つまり向こうはユダヤ・キリスト教文明を滅ぼす気まんまんで、キリスト教側と共存する気などないなのに、ユダヤ・キリスト教側は妥協する気しかないのです。
この非対象性はもっと高い次元から見れば因果応報ともいうべきものであり、欧米諸国はかつて植民地として搾取した借りを返しているのだが、いずれにせよ、キリスト教徒側はスペインのレコンキスタとオスマントルコの侵略の撃退の成果を全て台無しにしてしまった。
それはそうと、長い目で見ると、これで一番割りを食うのは実はユダヤ人である。キリスト教徒はアメリカ系のプロテスタントの一部を除いてもともと反ユダヤ的だが、北米大陸と欧州でイスラム教徒が力を持つようになるとどうなるか?世界に彼らが安住できる場所はなくなるのです。
我はいずれ彼らがイスラエルに民族的な大移動を起こす日が来ると予想する。イスラエルはこのままでは出生率に劣るアラブ人によって南アフリカのようになってしまうから、このような動きを歓迎するであろう。最終的にイスラエルの回復という聖書の予言はこのようにして実現される。ーーー陳胡痒

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In the Strawberry Field11 years ago

過激派イスラム教徒に蝕まれる英国警察

先日放送協会へ訴えられていた英国のチャンネル4制作部は、訴えが棄却され、訴えていた英国警察側が制作部に謝罪と慰謝料を要求されるという出来事があった。 訴えられていたのはチャンネル4で、英国内の聖廟における暴力的なお説教を暴露したドキュメンタリー「Undercover Mosque(聖廟覆面捜査)」の制作部のメンバー達で、訴えていたのは聖廟のある地元警察の、 ウエストミッドランド警察とクラウン検察署(West Midlands Police and the Crown Prosecution Serv…

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