お断り:このエントリーは数時間前に掲載したものを訂正して書き直したものです。特定の人物への個人攻撃のような内容があったのでその部分を削除しました。数時間前の内容と多少違う面があることをご了承ください。
米国で少数民族や女性が大学への入学や就職の際に不当な差別を受けないようにと設けられた制度にアファーマティブアクション(AA)というものがある。これについて私は何度かその悪質な特質について、大学入試や就職の際に特定の少数民族が優遇される人数枠組みを決めたいわゆるクォータ制を例にあげて、ここやここで述べてきた。
私の説明するような形ではアファーマティブアクションは存在しないと主張する人もいる。厳密な意味でアファーマティブアクションという法律が存在しないと言うのは正しい。AAは連邦政府の方針であり、その適用は州単位でそれぞれの地域が自分らに見合ったと思われる規則を設立して行うことになっているからだ。しかしAAを適用するために設立された規制や規則は私がいう通りの結果を生んでいるのであり、そんな法律は存在しないから、カカシのいっていることは真実ではないという言い方はそうした現実を無視した非常に不誠実な意見である。
AAには良い面もあれば悪い面もあると主張する人は、アウトリーチ(勧誘)という制度に重点を置いて話をしている。アウトリーチとは、普通では大学入学などには不利な立場にいると思われる少数民族が一流の大学に入れるように種々の方法で援助をするというのが建前になっている。だが、時間もお金も手間もかかるアウトリーチなどという制度は簡単に適用できるものではない。結果的に簡単に適用出来るクォータ制度が優先し、アウトリーチなど現実の日の目を見ないのが普通だ。つまり建前はどうあれ、現実的にはAAの適用は少数派優遇のクォータ制となったり、アウトリーチという名目で少数派受験生の成績が水増しされたりする形で落ち着いてしまうのである。だから私に言わせればAAに良い面など存在しない。
悪法アファーマティブアクションが生んだ訴訟例:
AAの悪質な制度は1961年の創設当時から問題になっていた。1969年には当時のニクソン大統領が、AAの目的は差別廃止の「目的と予定表」(goals and timetable)であって、少数民族優遇システムであってはならないと説明しなければならないほどだった。しかし、その不公平な適用は1970年代から最近では2001年に至るまであちこちで訴訟の対象となっている。
最初にアファーマティブアクションによる不公正な大学入試制度に関する訴訟を紹介しよう。私は以前にアメリカの大学入試システムをこのように説明した。

大学入試を例にして説明すると、大学入学の際、少数民族だからといって入学を拒否されないように、新入生の人種の枠をつける方針が多くの大学で取り入れられた。 この枠組みはアメリカ社会の人口比率が参考にされており、詳細は学校によって違うがここでは便宜上黒人20%、ラテン系10%、東洋系10%、白人60%としておこう。 ここで問題なのは大学志願者の比率が社会の人口比率とは一致しない点である。 これは文化の違いによるのだが、黒人やラテン系の若者が大学へ進む比率は東洋人や白人のそれよりもずっと低い。 ということは同じ大学へ志願しているにもかかわらず人種によってその倍率が全く違うということになってしまうわけだ。

下記の訴訟例を吟味してみよう。
1979年、カリフォルニア州立大学対バッキー(the University of California v. Bakke): 大学の不公平な入学制度に挑戦した一番有名な訴訟は、1979年にカリフォルニア州立のデイビス医学大学においておきた。当時UCデイビスでは、100人中の16人は少数民族のためにとっておくという人員枠を決めており、入学の基準も少数民族と白人学生とでは全く違う二重基準になっていた。アラン・バッキーという白人学生は自分よりも成績の劣る少数民族の学生が合格したのに自分が入学を拒否されたのは人種差別であり、憲法違反であるとして大学側を訴えた。
合衆国最高裁判所は、人種が大学入試基準の一部として考慮されることは正当だが、融通のきかない人員枠決めは正当ではないと判決をくだした。
1996年、カリフォルニア州、提案209条: 1990年代の後半からカリフォルニアを中心に、アファーマティブアクションによる不公平な大学入学システムを廃止しようという運動が起きた。カリフォルニアの黒人ビジネスマン、ワード・コネリーは1996年に特定の人種や性別を優遇する入学システムを全面的に廃止する法律、提案209条を提案。カリフォルニア州市民の圧倒的多数の同意を得て議案は通過した。しかし、小山エミが「賛成する人などどこにもいない」といっている少数民族優遇システムを支持する運動家らが、この法律は憲法違反だとして州を相手に訴訟を起こし、一旦は地方裁判所(U.S. District Court)で議案の施行一旦停止判決がでたが、後の高等裁判所の審査によって(9th Circuit Court)判決は覆され法律として成立した。しかしその後も少数民族女性優遇システムを支持する人々の間からこの法律への訴訟は後を絶たない。
ところで、この法律が通って以来、バークレーのような一流大学への入学生は減ったが、カリフォルニアの州立大学全体では少数民族の卒業率が増加した。つまりAAによって自分の能力にあわない高度な大学へ行って落ちこぼれていた少数民族の学生たちが、自分の能力にあった大学へ入ったため、卒業率が増えたということだ。いくら一流大学へ入っても、ついていけずに落ちこぼれるくらいなら、二流大学でもちゃんと卒業したほうがいいに決まっている。AAの少数民族優遇制度がいかに少数民族を傷つけてきたかという証拠だ。
1996年、ホップワード対テキサス大学法律学校(Hopwood v. University of Texas Law School):シェリル・ホップウッド並びに三人の白人受験生がテキサス大学のアファーマティブアクションに挑戦して起こした訴訟。ホップウッドたちは自分たちが入学を拒否されたのは学力が劣るにも関わらず一部の少数民族が優先されたからだと主張。 その結果、法廷は(the 5th U.S. Court of Appeals)は大学のアファーマティブアクションによる入学制度を差しとめるように命令し、同時に1978年のバッキー訴訟で、人種が入学審査の際に考慮に入れられるのは正当であるとした判決は不当であったと裁断した。これが原因でテキサス州は1997年から入学審査に人種中立の制度を取り入れることになった。
2003年、グラッツ、ハマチャー/グラッター対ミシガン州立大学 Gratz and Hamacher / Grutter v.The Regents of the University of Michigan
2003年に最高裁判所が下した判決は、ミシガン州立大学のAA制度に対する二つの訴訟がもとになっている。ミシガン州立大学と法律学校の双方で、人種を基準にした大学受け入れ制度は憲法違反であるという訴えが起きたが、地方裁判所は人種が入学基準の一部の要素となることは正当であると判決をくだした。ただし大学のほうで少数民族の受験生に水増し点があてがわれる制度は改正されるべきであるとした。後に最高裁は人種を考慮することは憲法違反であるとすでに判決が出ていることから、この判決は覆された。
不公正な就職制度
AAが適用されるのは大学入学審査の時だけではない。就職や職場での昇格や解雇の時などでも考慮される。私はそのことについてこのように説明した。

AAは才能のあるなしに関わらず、ある企業はある一定数の少数民族や女性を雇わなければならない、それだけでなく、昇進の時でも人種や性別を考慮にいれなければならない。仕事のできない少数民族や女性でもやたらに解雇できないといった非常に厳しい規制がある。こうなってくると企業は少数民族や女性を雇う利点を見いだすことができない。かえって少数民族や女性には迷惑な政府介入なのである。

これに関して企業におけるアファーマティヴアクションはあくまで企業が自主的に行なうもので、それを強制するような法律は存在しないという人がいる。これも厳密には正しい。しかしここでどうして企業が自主的にAAを起用したりするのか考えてみる必要がある。AAの実施は企業にとって合理的でも経済的でもない。ではなぜそんなことを強制もされていないのにやるのか?
アメリカではAAとは別にEqual Employment Opportunity Law (EEO)という職場での差別を禁じる法律がある。職場で差別を受けたと思う従業員はEEOCという連邦施設に苦情を訴えられるようになっている。企業が差別訴訟を避けるための予防対策としては、AAを自発的に適用することが最善の方法なのだ。つまり、「わが社はAAを取り入れており人種差別はしておりません」と言うように。
しかし州立の大学でさえアウトリーチなどという面倒くさいことが出来ない以上、企業でのAAでそんなことが出来るはずがない。であるから必然的に簡単なクォータ制度が取り入れられてしまうわけだ。1000人の従業員のうち黒人が一人しかいないという企業はたとえ偶然そうだったとしても、黒人の市民団体から人種差別をしていると訴えられかねないし、やたらに黒人を解雇すれば、黒人差別だといってまたまた訴えられる恐れが十分にあるからだ。
これがどのような結果を生むか、これも訴訟例をあげて吟味してみよう。
1986年、ワイガント対ジャクソン教育委員会(Wygant v. Jackson Board of Education): 少数民族の教員を守るために、年功では勝る少数派でない教員が先に解雇されたことで教育委員会が訴えられた訴訟。最高裁判所は教育委員会の少数民族を保護する目的でも少数民族でない教員から解雇するというのは、雇用の際に少数民族を優遇するというのとは違って、個人に与える損害は大きく正当化できないとして勝訴となった。
AA方針は法律ではなく企業が自発的に適用するものだというが、AAを導入していない公営施設は存在しない。つまり、公務員は必然的にAAの元に生きることになる。それでなくても解雇が難かしい公営施設は民間企業よりも神経質にAA方針を貫こうとする。AAは法律ではないから強制されているわけではないという議論がどれほど空しいかが良く分かるはずだ。
さて、AAそのものに行使力はなくても、裁判所によってクォータ制度が強制されるという例がある。
1987年、合衆国対パラダイス(United States v. Paradise):
アラバマ州の公共安全局(the State of Alabama Department of Public Safety )では組織的に黒人差別をする傾向があるとして、何度も訴えられた。その結果裁判所は、局の従業員の25%が黒人になるまで、白人が一人雇われるごとに一人の黒人が雇われるか昇格されなければならないとした。このクォータ制は上訴されたが、この場合は極端な人種差別を是正するためにやむ終えない処置であったとして維持されるべきと判決が下された。
雇用や昇格にクォータ制度を用いなければならないという法律が存在しなくても、このように裁判所が企業に制度を強制することが出来れば、法律と同じ機能を果たすわけだ。
AAにはほかにも悪い点があるのだが、長くなるのでそれはまた別の機会に続けよう。とにかく、人種や男女差別を廃止する目的で作られた制度が、結果的に一部の少数民族や女性優遇のシステムになってしまったという例として、アメリカのアファーマティブアクションからは、今人権擁護法を考えている日本社会にとって良い反面教師となるはずである。


3 responses to 人権擁護法反対! アメリカの悪制度アファーマティブアクションに学ぶ

scarecrowstrawberryfield13 years ago

例の左翼系リベラルレズビアンフェミニストの小山エミが、私が彼女のブログエントリーに関する内容を削除したのは、読者に彼女の書いていることを読まれると都合が悪いからだと、なんとかの勘ぐりをしているので、こちらに彼女のサイトのURLを載せておこう。そういう言いがかりをつけるならトラックバックするなり、コメントするなりすればいいと思うのだが。このサイトで彼女のブログを宣伝するのはこれが最後である。
私が訂正する前のエントリーをもとに彼女が書いた「倒錯した反論」
アファーマティヴアクションを巡る倒錯した非難
例によってどうでもいい言葉使いにこだわって主題を議論する気がないらしい。どうしてこう左翼というのは揚げ足取りしか興味ないんだろう?
カカシ

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Cary Strunk13 years ago

カカシさんがこのことを日本中に広く周知させますように…

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In the Strawberry Field13 years ago

エリート意識まるだし、ミッシェル・オバマの悲観的なアメリカ像

ジェラマイアー・ライトもさることながら、民主党大統領候補のバラク・オバマのミッシェル夫人の毒舌はかなりなもんである。 先日からロサンゼルスのラジオDJ、ヒュー・ヒューイットの番組でミッシェル夫人が先週から行っている選挙演説の抜粋を放送しているが、聴いていて信じられないような内容である。 先ずミッシェル夫人はオバマの民主党大統領候補指名が決定していない理由は常に周りの人間によって、目標の高飛びの棒が不当に上げられているからだと文句を言ったのにこじつけて、アメリカ庶民の生活も常に目標の棒が不当に上げられ…

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