私が二年近く書いてきた過激派イスラム教批判について、ある場所で批判をなさっている方がらしたので、こちらへ来て話されてはどうかとお誘いしたのだが、カカシのブログは読んでいるということなので、彼の私及びアメリカのネオコンに対する批判をちょっと載せてみよう。
まずは一宿一飯さんのあるブログへのコメント。

所詮憶測ながら苺畑カカシさんのイスラモフォビアに関して感じることは、「恐らくこの人は実際にモスリムに合って対話した経験も無ければする気も無く、単に自分の世界観を維持するための仮想的を必要としているに過ぎない」と言うものです。実際に接触してみれば、例えば敬虔なクリスチャン・モスリム・ジューイッシュは「共通する価値観を持っている」訳で、現実にハマス創設者ヤシン師にはユダヤ宗教界における高位の和平支持派ラビとの親交があったと言うような話など実例は幾らでもある訳なのですが。
別に、「真に共存の可能性を持っているのは西欧化した世俗主義者のみ」では無いのですけれどね。苺畑さんの決め付けは多分に「自分の壊れやすく、多分に現実と齟齬を来たしてしまいがちな価値観を守るために、少しでもそれに沿わないものは攻撃せずにはおられない」と言うような衝動的な物に見えてしまう。

一宿一飯さんは私の書いたことを読む前に某ブロガーによる「カカシはイスラム教恐怖症だ」という偏向な意見を読んでしまったため、私の書いていることもそういう色眼鏡をかけてよんだのだろうと思う。もう少し気をつけて読んでくれれば、私が攻撃しているのはイスラム教徒全般ではなく、過激派イスラム教徒およびイスラム教テロリストなのだということがわかるはずである。
常連の読者のかたがたならご存じだが、私はこのブログにおいて我々文明社会はイスラム教全体を敵に回してはならないと何度も強調してきた。イスラムの危機:テロリズムはイスラムの教えに反するにおいて歴史家のバーナード・ルイス博士の言葉を借りてこのように書いた。

現代のテロはイスラム教とほぼ同義語になってしまっているので、テロリズムがイスラムの教えに反するなどといっても、そんなことは頭の弱いリベラル連中のプロパガンダとしか受け止められない読者も多いだろう。私がここで何度も紹介してきたロバート・スペンサーなどもその口で、テロリズムこそがイスラムの真髄だなどと平気で言う。だがここでルイス教授はあえて、イスラムは平和な宗教だと主張する。…

…イスラム教徒はイスラム教を守るために戦うことは義務付けられているが、非戦闘員を殺したり虐待することは禁じられている。死を覚悟で戦うことは期待されるが、自ら命を絶つことは許されない。だとしたら、テロリストのやっていることは完全にこのイスラムの教えに反することになるではないか?何故このようなことをしている人間がイスラム教原理主義者だなどと大きな顔をしていられるのだろう?
…イスラム教過激派はイスラム教の名のものとに西洋に宣戦布告をした。彼らの解釈はコーランの正しい解釈のひとつである。だが、テロリストを正当なイスラム教徒として扱ってはならない。テロリストを原理主義者などと呼んではいけない。コーランの解釈はひとつではない。長くつづられたコーランのなかには戦争を唱える箇所もあれば平和を唱える箇所もある。他宗教に寛容となり、弱いものを守り無実の人間を傷つけてはならないという教えもイスラム教の原理なのである。イスラム教徒の中には、西洋文化の落ち度も理解しながら、また自分らの社会の弱点を捉えながら近代化を進めようとしている人々がいる。前者とは戦い以外に道はない。だが、後者とは歩み寄れる。我々現代人はこの二つのグループを十分に見極める目を養ない、穏健派を出来る限り応援しなければならない。

私は穏健派イスラム教徒となら歩み寄れるという言い方はしたが、歩み寄れるイスラム教徒は「西欧化した世俗主義者のみ」などといった覚えは一度もない。いや、それどころか私はヨーロッパの世俗主義をずっと批判してきている。私の「滅び行く欧州、栄えるイスラムの脅威シリーズ」を読んでいただければ分かるが、私はここでヨーロッパの行き過ぎた世俗主義こそがヨーロッパの崩壊につながると書いている。そのまとめとして目覚めるヨーロッパでこのように書いた。

(マーク)スタインはヨーロッパの世俗主義が現在の欧州の堕落を招いたのだと書いている。私はこれには全く同意見。イスラム教という宗教に対抗できるのはヨーロッパの基盤となっているジュデオ・クリスチャンの価値観しかない。

またカカシはイスラム教こそ悪の根源といいはるロバート・スペンサーの映画を紹介した時もこのように述べた。

私はこのブログでも何度か文明社会がイスラム教徒全体を敵に回すことの危険性を主張してきた。 だから私は悪の根源はイスラムの教えにあるというこのドキュメンタリーの製作者たちの意見には全面的に賛成できないでいる。 特にシューバット氏はイギリスのブレア首相がイスラム教を「平和を愛する宗教」だと何度も繰り返すことに関して、愚かなのか嘘つきなのかどちらかだろう、と言い切ることには全く同意できない。
ブレア首相ほど対テロ戦争に関して自分の政治生命を犠牲にしてまでブッシュ大統領と一緒になって努力してきた政治家はいない。 ブレア首相ほどイスラムテロリストの脅威を正しく理解して戦い続けなければならないと主張した人はいない。 私は911事件以後のこの世の中にブレア首相という立派な政治家がイギリスにいてくれたことを何度神に感謝したか知れない。
「イスラムについて、、」の製作者たちがわかっていないのは、政治家達がイスラムを「平和な宗教」だと主張し、テロリストは過激派であり、本来のイスラム教の教えを歪曲しているのだと語るには理由があるということだ。 イスラム教の人口は12億といわれている。 この中で過激派は約一割というではないか。 彼らはその一割の過激派と戦うために我々文明諸国に対して12億の人々全体を敵に回せというのか? 
無論、数や欧米の戦争技術をすれば、12億の敵をもってしても西洋社会がいずれは勝つだろう。 だが、もしそのような戦争がおきれば、第2次世界大戦どころの騒ぎではなくなるということがこのドキュメンタリーの製作者たちにはわかっているのだろうか?

一宿一飯さんの誤解は過激派イスラム教及びイスラム教テロリストへの批判を、イスラム教全体への批判イスラム教徒への人種差別およびイスラム教恐怖症、と混同してしまっていることにある。イスラム教過激派による犯罪やテロ行為を指摘して批判することは決して個々のイスラム教徒への人種差別でもなければ人権迫害でもない。それを混同してしまうと今ヨーロッパやカナダで起きているような人権擁護法の乱用のようなことが起きてしまうのである。
さて、一宿一飯さんは、私がイギリスのブロガーがイスラム批評をして逮捕状が出たという話を紹介した時、ラディカルフェミニストのフィリス・チェスラー女史のブログからインタビューを引用したことに関して、ラディカル・フェミニストたちのイスラム教蔑視はごう慢であり、イスラム教を批判しているというだけで、カカシが嫌いなはずのラディカルフェミニストを好意的に扱うのは私のアメリカ的なごう慢の現れであるという意見を述べられている。
まず第一に、私はチェスラーなる人がラディカルフェミニストであるという事実は知らなかった。しかし彼女がもしラディカルフェミニストだとしたら、彼女のイスラム教批判は全く理にかなっている。なぜならば、本当に女性優先の思想を持つ人であるならば、男尊女卑の最たるものであるイスラム教を批判するのはごく自然だからである。ラディカルフェミニストと自称する人ならばイスラム教の厳しい掟を恐れるのは当たり前だ。なにしろ強姦された被害者がむち打ちの刑にあうようなイスラム圏国が存在するのである。このような宗教を恐れることはフォビア(恐怖症)などではなく当然な自己防衛的な警戒心である。
私は自分はフェミニストだとか女性救済を目的としているといいながら、敵の敵は味方というせこい考えで非常な女性迫害をしている過激派イスラム教を全く批判しないリベラルフェミニストのほうがよっぽども偽善的だと思う。カカシは自分とは全く意見の合わない人でも信念をもって自分の考えを貫き通すひとのことは尊敬する。それがラディカルフェミニストであれ、共産主義者であれ同じである。反対に言うこととやることが正反対の偽善者は軽蔑する。
一宿一飯さんは、私のパレスチナ人への批判的な考えを『「遅れた、未開な非西欧」に対する敵意』だと考えているようだが、私がパレスチナ人に批判的なのはイスラエルがガザを撤退して自治をする絶好の機会を与えられた時に、ハマスというテロ軍団を政権に選び、自治にはまったく無関心で、ただただユダヤ人殺しだけを念頭において、平和交渉に何度も応じているイスラエルに執拗にミサイルをうち続けているからである。パレスチナ人はアラブ諸国でも民度が低いという悪評の高い民族だ。これはカカシの人種的偏見でもなんでもない。パレスチナ人の子供たちが飢えで死ぬようなことがあったら、これは一重に戦争に明け暮れて自分らの子供たちの将来にむとんちゃくなパレスチナのテロリストどもの責任である。
さて、ここで一宿一飯さんの白人コンプレックスについて反論したい。

..経営者さんは苺畑さんを「アメリカ保守の真似をしている」と評されましたが、私は「大変日本人的な反応」だと感じているのです。

「遅れた、未開な非西欧」に対する敵意と「自分の愛するアメリカ・西欧・白人社会」に固執するが故の「国粋主義」、そしてそれは「自身が日本人であるから」ではないかと。苺畑さんにとって依然憧れの「他者」であるアメリカと言う国の言説は、相互に如何に食い違い、相反していてもそれが「西欧・白人社会・アメリカ」を肯定し補強する範囲においては「矛盾せず」、逆にそれらの価値を批判し、見直そうとする言説には無条件に「敵」のレッテルが貼られるのではないかと。
差別は廃さなければいけないが、それは別に「白人・男性・プロテスタント」の価値観を否定するものでは無い筈なのにこの扱いは何だ、と言うのと同じ感覚を日本人も、そして世界各地のモスリムも持っていると言う事です。
少なくとも私の眼にはネオコンサバティズムとラディカルフェミニズムの「傲慢さ」「愚かしさ」は同じものに映ります。それは一部にドメスティックバイオレンス常習者や過激主義者が居るからと言って「すべての白人男性」「すべてのイスラム教徒」そして「全ての日本人の男」は野蛮で旧弊で遅れていると決め付ける類の愚かさです。
私にとって新保守主義は「保守」でもなんでもない。西洋かぶれの妄言に過ぎません。自分達の文化を否定し、西欧に媚び諂い、彼等にほめて貰う為に他のアジア人を殊更に野蛮と蔑む態度の恥知らずさに「お前達はそれでも日本人か」と怒りたくなることは枚挙に暇がありません。

私はネオコンではない。宗教右翼とか孤立主義の旧保守派とも違うが、どちらかといえば旧保守派に近いと思う。私としてはネオコンはリベラルすぎると思うので。ま、それはいいのだが、この白人に対する羨望という意識は、はっきり言って一宿一飯さん自信の反影だという気がする。アメリカは移民の国であり、その市民の種族も多種多様である。確かに過去には有色人種が差別されるという風潮がなかったわけではないが、カリフォルニアのように出会う人の半分以上が外国出身といういうような社会に住んでいると、白人だから何か特別に偉いなどと感じることはまずなくなる。少なくとも私は白人がうらやましいとか白人になりたいとか思ったことは一度もない。
アメリカにはいい面もあれば悪い面もある。特に日本はアメリカのよくない面を輸入し過ぎると思う。日本の教育界やフェミニストなどが「欧米では〜がとても進んでいる。日本も見習うべき」などといって取り入れる概念が日本社会の役に立ったことなどほとんどないと断言できる。
アメリカに長年住んで、アメリカの保守派思想を取り入れたカカシがアメリカ人なら、アメリカでフェミニスト活動を長年つづけて左翼フェミニストとなった例の小山のエミちゃんも立派なアメリカ人だろう。一宿一飯さんが、欧米を一緒くたにして白人社会と呼んでいるのも、彼が白人はすべて同じだという人種差別意識を持っている証拠だ。
私が生きているのはアメリカであり欧州ではない。欧州とアメリカではその文化に雲泥の差がある。私が価値あるものとしているのは人種や性別や年齢にこだわらずに個人の才能で判断してくれるアメリカの自由主義だ。これは白人であるとかプロテスタントであるとかなどということとは完全に無関係だ。もっとも一宿一飯さんが自由平等は白人プロテスタント男性の専売特許だと言い張るなら、また話は別だが。


8 responses to イスラム教批判はイスラモフォビアなのか?

scarecrowstrawberryfield12 years ago

一宿一飯さんがコメントが出来なかったということなので、管理人からこちらへ添付します。以下は一宿一飯さんのコメント。
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お返事ありがとう御座います。
イスラモフォビアが私の誤解、一部のエントリを拝見しただけで一方的に抱いた錯誤であり、それによって苺畑さんの名誉を傷つけてしまった事を先ずはお詫びさせて頂きたいと思います。申し訳ありません。
確かにおっしゃるとうり、過激派の行う犯罪等に対する非難自体は決して偏見でも蔑視でもありません。その点に関して異存は無いものとお考え下さい。
しかしながら、その上で二・三の疑問を述べさせて頂きます。
1, 先ずは、下記に貴ブログの一部分を引用させていただく事をご了解下さい。

『一宿一飯さんは、私のパレスチナ人への批判的な考えを『「遅れた、未開な非西欧」に対する敵意』だと考えているようだが、私がパレスチナ人に批判的なのはイスラエルがガザを撤退して自治をする絶好の機会を与えられた時に、ハマスというテロ軍団を政権に選び、自治にはまったく無関心で、ただただユダヤ人殺しだけを念頭において、平和交渉に何度も応じているイスラエルに執拗にミサイルをうち続けているからである。パレスチナ人はアラブ諸国でも民度が低いという悪評の高い民族だ。これはカカシの人種的偏見でもなんでもない。パレスチナ人の子供たちが飢えで死ぬようなことがあったら、これは一重に戦争に明け暮れて自分らの子供たちの将来にむとんちゃくなパレスチナのテロリストどもの責任である』

此処でまず生じる疑問は『パレスチナ人はアラブ諸国でも民度が低いという悪評の高い民族だ。』なる部分ですが、これは所謂風評の類であり、客観的事実とは言えないものであると思われます。何故なら、特定民族の「民度」なる基準を公的・科学的に顕す手法などあるはずも無いですから。
私も、他の、あまり口が綺麗とは言えないアラブ系諸国民等の間でパレスチナ人に対する誹謗が存在する事は知っています。しかし、私の主観から見ればそれは寧ろかつて、中世のヨーロッパ人達がアシュケナジー・ユダヤ人達に向けた偏見と嫉妬と大差ないものに映ります。
「異民族の中や占領下で偏見を受けつつ生活する民族」が、子供の教育に金を使い、医師や弁護士をマジョリティより多い比率で輩出したり、金儲けに汚くなったりする事は別に不思議でも何でもなく、又、基本的に遊牧型の文化を持つ地域が多いアラブ社会において、トルコ民族やペルシャ民族と同じく古来より農耕主体で「土地に粘り強く固執し一所懸命の精神を持つ」パレスチナ人に対して、他の地方のアラブ人達が「あいつ等は一体何なのだ」と言う目で見、そしてかつてユダヤ人が違和感を超えて不当な「劣等民族」扱いを受けたのと同じことが起きている事も「なんら不思議とは
思わない」のですが。
仮に苺畑さんにパレスチナ系米国人の知人が何人も居て「奴等は一族全て民度の低い奴等だ」と経験的になさるのなら(難民や占領地住民について語る場合、環境のバイアス等を差し引く必要がありますが先進国に生活基盤を持つ人ならば公正な評価も可能でしょう)別ですが、現時点ではそれは単なる偏見の域を出ないものと見ています。
或いは、知己のあるアラブの方々が偶々そう言う偏見の強い方たちであり、そうした伝聞から偏見が形作られてしまった可能性もあるかもしれません。一昔前のアメリカで「黒人の使用人は魯鈍だ」という「定型的偏見」があったように、湾岸諸国のアラブ富裕層は出稼ぎのパレスチナ人使用人を同じような偏見の眼で見て評価している可能性もある、と言う事です。
その上で「ミサイル」ではなく「ロケット」、精密誘導システムを備えた兵器ではなく、日本の過激派がたまに飛ばす程度の「工業高校か大学一年生レベルの手製武器」であるという事はこの際どうでも良いのですが、確かに彼等民兵組織のそうしたやり方は非生産的であり、時代を見誤っているとは思います。そして、支援者であったアラブ諸国の思惑に振り回され、保身に走り、又一端難民の人々が爪に火をともして送り続けた解放税を使い込んでいながら「帰還権は放棄する」などとは口が裂けても言えないファタハの優柔不断と無能に期待できるものが少ない事も事実です。
しかしながら、ハマスを「単なるテロ集団」と見る見方は正確ではなく、公平を欠いていると思われます。彼等は統治組織・民生支援組織としては間違いなく優れており、又、その士気の高さ、兵士達の規律において既に「税金泥棒」に堕落したファタハとは雲泥の差を有しています。ガザ住民が「ハマスとファタハ、どちらがいいか?」と問われてハマスを選んだ心理は寧ろ正常な物と申せましょう。自治に無関心と言う言葉は著しく現実からかけ離れたものと言えると思います。
又、確かに非生産的な復讐に逸る人々がハマスに数多く居ることは間違いなく事実ではありますが、同時にハマスの穏健派は決して「交渉の出来ない相手では無い」と言う事です。彼等はギャングではなく、相応の知性と教育を備えたリーダーであるのですから。無論、彼等の建前からすれば「譲歩は難しい」でしょう。しかし、少なくとも統治能力皆無のファタハと比べれば遥かに相応しい交渉相手である事は間違いない。
そのアプローチが出来ないイスラエルの方針にこそ「未熟さがある」と私は考えています。そして、「ファタハ」に固執する姿勢は即ち「パレスチナに無能な政府を維持させ、弱体化させる」為の戦略に他ならないと住民達が見抜いている以上、他に生産的な対処方法はないのではないでしょうか。
ハマスをアル・カイーダの様な「過激主義の為の過激派」と同一視して侮蔑的態度をとる事は非現実的で愚かしいと私は考えていますし、その「思い込み」「偏見」があればこそ、私は苺畑さんの姿勢をして「イスラモフォビアではないのか」と判断した訳なのです。
前項で中東和平に関する見解と「これはカカシの人種的偏見でもなんでもない」と仰っている事自体が既に民族差別そのものではないのだろうか、と言う事について述べさせていただきました。(苺畑さんのその理論が通るなら全ての人種差別は全く問題なく肯定されてしまう事になりますので。特定個人乃至企業・団体等に対する非難ならばまだしも、一民族全てを捉えて「劣等」と断じる事は如何に
「偏見ではない」と言ったところで人種差別としか形容できないので)
次に、過激主義を根絶する方法について、苺畑さんの御姿勢に関して感じた事ですが、確かに過激主義はコーランを初めとするイスラムの教えに反し、如何に信心を口にしても本来「不信心者」の謗りを免れうるものではありませんし、認められるものではないでしょう。しかし、それを根絶するにあたっての苺畑さんが支持される様な態度方法は果たして有効なのか、と言う問題です。
少なくとも中東紛争当事国の一部の事例の様な、明確に領土の主権回復を目指した様なものを除けば現在の過激主義と言う物には中心となるドグマや明確なイデオロギーは存在せず、又その実態は一種の「流行」に等しく、単に社会に不満を持った若者等が相互にネットワークを構成しながらリゾーム的に展開している物です。
其処には明確な戦略目標も無ければ、自己保存せねばならない組織体すら存在しません。単に他人の受け売りをしながら「敵と見なしたものに対して闇雲に攻撃をかけている」だけの存在と言えるでしょう。
そして「社会はモスリムを差別している」「西洋人は自分たちを敵視している」と言う実感を感じるだけで、経験浅い若者は過激主義に共感を覚え、そうした人間が集まることで一層危険な方向へ走り出します。
その彼等に「お前たちと断固闘う」と叫ぶなどと言う行為は所詮「火に油を注ぐ」だけの事であり、誤った「流行」「ムーブメント」に力を与え、長続きさせるだけの事では無いでしょうか。悪戯に声高な自己主張は、これはフェミニズムにしても正にそうですが結局意味は無い所か煽るだけの結果になっているのではありませんか。
過激主義者は別に元からそう生まれてくるわけではなく、「そうなりやすい環境」に置かれ、或いは追いやられることで「そうなる」のですから、それを根絶する為には「イスラム世界の人々を積極的に過激主義から引き離す」為の行動が必要となる訳ではないでしょうか。
そして、取締りや治安回復はあくまで「目立たず、スマートに」、モスリムの反発を最低限に抑え、例えば「合衆国はあなたたちの味方だ」と積極的に理解させなければならないのではありませんか?
そしてそれは「元々分別の在る穏健派の知識人や普通の市民」に対するより、むしろ「過激主義に走りやすい環境におかれた若者等」に対して行うべき事ではないでしょうか。
仮に、危険な道に走ろうか、それとも踏みとどまろうかと迷っている若者達の前で、GIが友人を射殺し、M16で突きまわして笑っている姿を見れば、彼等は結局一気に過激主義の方向へ走る事になるでしょう。しかし、其処でGIが可能な限り説得を続け、我が身を省みず「馬鹿なことはするな」と伝えたならば彼等のアメリカへの視線は全く違ったものになるのではありませんか?
前述の、パレスチナ人に対する差別発言にせよ、それらの表現は「過激主義をあおりこそすれ、それを抑止し根絶するには全く資する所が無い」と私は考えます。
その意味では、申し訳ありませんが苺畑さんの論調には正に「テロを助長し、煽っている」と感じられる部分が散見されるのです。
テロ根絶は国家間の戦闘とは違います。そうした愛国心の煽り方は百害あって一理ないと考えます。その意味では、NOWの対処はむしろ現実的であり、先ず関係者と信頼関係を築く、とはいかなくとも損なわない事から性差別根絶に至ろうとする姿勢だとすれば評価に値するのではないでしょうか。
逆に、ラディカルフェミニズムと言うものは、私の私見では「元々男に対しての憎悪が先に立ち」女と男の「最終戦争」を望んで居るのではないか?としか映らない部分が多々あります。故に、多くの男性が彼女等を嫌い、忌避するのではないでしょうか。
そして、それはフェミニスト全体にとっても非常に不幸なことなのではないかと思います。
さらに。筋が通っていて「私心が無く公に奉仕している」と言う点では、苺畑さんが「テロリスト」呼ばわりされたアフマディネジャド氏など、まさしくそう言う人物と言えますし、私は彼の先鋭的な所には危険を感じますが、語る理屈全体としては「あれはあれで筋が通っていて敬意に値する」と思うのですが、苺畑さんの立ち居地では「そうは言っていられない」のではありませんか?それと似たような事だと思うのですが。

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scarecrowstrawberryfield12 years ago

一宿一飯さんへ、
パレスチナ人は民度が低いというのは私の主観ですが、全く根拠がないわけではありません。またパレスチナ人がアラブ諸国で嫌われている民族であることは事実です。パレスチナ人がヨルダンに難民として流れ込んだ時、ヨルダンはパレスチナ人を何万と虐殺しました。イスラエルとの間には国境お壁がないエジプトがパレスチナ人を閉め出すために国境に壁を建てているのは何故だと思います?いまだにレバノンではパレスチナ難民キャンプなるものがあり、レバノン人はパレスチナ人たちを隔離して国民として受け入れていません。
ガザやウエストバンクに住むパレスチナ人が無教養でもそれはイスラエルのせいにできますが、外国へ移民したパレスチナ人がいく先々の国で問題を起こしている事実をご存じですか?このブログでも何度も紹介していますが、このオーストラリアの事件などがいい例です。昔のユダヤ人のように勉学にはげんで弁護士になったり医者になったり持ち前の勤勉さで高利貸しになって金持ちになってねたまれたりしてるパレスチナ人の例があるなら出して下さい。パレスチナ人が世界で嫌われるのはそういう理由からではありません。
ガザから打ち込まれるロケット弾がここ一年で何発うたれているかご存じですか?少なくとも3千は越しています。死傷者もでています。近隣のイスラエル市民はもう全くすめない状態です。これにかんして私はこのエントリーでパレスチナ北朝鮮に例えて書いているので、ご参照ください。
ハマスがテロ集団であるという解釈は私の偏見から来るものではなく、国際社会の認識です。ハマスが政権を握った時に国連はテロリストに政権をとらせたとして経済制裁を行っています。ファタハもハマスも似たり寄ったりですが、ファタハは一応イスラエルの存在を認める気持ちはあると言っているので交渉に利用できるかもしれません。でもファタハはPLOの子孫ですからね、期待してませんけどね。
私はテロ行為は戦闘行為であると考えています。こちらが善意をみせれば分かってもらえるとか交渉が可能だとかいう考え完全に拒絶します。こちらの戦闘行為がかえってテロリストを生み出すという考えも同時に拒絶します。これは私のイラク関係や中東関係のカテゴリーを読んでいただくしかないですね。複雑すぎてこの場で簡単に説明できることではないので。
アフマディネジャドの二枚舌を信用しているなら、あなたは甘いとしか言い様がありません。これは私のイランが危ないカテゴリーをお読み下さい。いっときますがアフマディネジャドは1979年にテヘランのアメリカ大使館を乗っ取った学生のひとりですよ。
カカシ

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scarecrowstrawberryfield12 years ago

以下、一宿一飯さんより
見解の異なる人間同士の対話・相互理解と言う物は誠に難しいものであると考えておりますが、貴女のお考えと私の知る世界と言う物はあまりに齟齬があり、同時に貴女がお持ちの強い信念やそれに基づく情報選択の基準からすれば、私が考える事の真意、言わんとする事を貴女にご理解頂く事は現時点では極めて困難であると判断致しました。
同時に、貴女のお考えは今の私にとって「それは違うのではないか」「少なくとも私はそうは考えない」と言わざるを得ないものであり互いに主観のウェイトが高すぎる侭歩み寄ることは出来ないと思います。
どちらが正しかったかと言う結論は「歴史に委ねる」と言う事にしたいと思います。
オーストラリアの人種暴動に関しては、私は「どっちもどっち」、移民二世三世の「行儀が悪い」事も、それに対して結果「地元系」のやんちゃな連中が反発し泥沼的抗争になる事など歴史上枚挙に暇が無いので「又か」と言う感想しか抱いてはいません。そして事後のオーストラリア政府やマスコミの対応は概ね常識的なものだと考えています。これをもって「特定民族だから」と言う反応は我が国の極端な嫌韓やかつてのアメリカ人がユダヤ系・イタリア系マフィアを根拠に彼等に偏見を抱いたのと全く変らない事に過ぎないと思います。
そして、北の独裁政権が振り回す弾道弾とハマスのカッサム・ロケットに関しては「動機が全く異なるが故に、我々日本の民族主義者は全く違うものと理解している」と申し上げたいと思います。
民族独立の為に民衆の支持の元戦う者と、己の私腹を肥やさんがためにソ連や支那の独裁者に取り入り、自分の「王朝」を維持する為だけに飢える民衆を傍目にミサイルゴッコを繰返す愚か者やそれに機械的に盲従する軍では、その志に雲泥の差があるからです。
仮に我が国が周辺国家に侵略され、其処を領土としたならば、私はテロを厭わず抵抗する事でしょうし、その覚悟がなければ保守などと言って欲しくはありません。
単に「理不尽な強者には屈する」と言う態度は、到底受け入れられるものでは無いと言うことです。日本人は本来「恥を知る」民族だったはずですから。
国際社会の認識、なるものは所詮、当該地域の民衆の真意とは乖離のある建前にすぎません。台湾が実質主権国家でありながら未だに国家として認められていないのは支那が貴女のおっしゃる「国際社会の認識」とやらを作っている一角であるからですが、私はそのような「認識」を真に受けることは正に
ナンセンスだと考えるわけです。
アフマディネジャド氏本人が学生グループに加わっていたと言う確証は今だ無かったのではありませんか?そして、仮にくわわっていたとした所で、それをもって「信用できない」などとは私は考えません。むしろ決死で現場に立てる者こそリーダーとして相応しいとすら言えるのではないでしょうか。明治の元勲達も幕府から見れば正に「テロリスト」のレッテルを貼られていた訳ですから。
為政者は単に、国家や民衆に対して責任を果たしうるか、と言う点で評価されるべきと考えます。対立国側の視点に立って評すべきものでは、少なくとも第三国の立場にとっては無いものと考えますので。
上記の如く、私の側からは幾らでも自分の意見が述べられてしまいますし、貴女のスタンスからはそれは「受け入れられない」ものとなるでしょう。
結局は立場の際であり、その差は埋められるものでは在りません。そして、どちらが真実かは「結果」にのよってのみ顕されるのだと考えます。
本題の「欧米」等に入ろうと思ったのですが、仕事の時間上少し後で送らせて頂く事になるかと思います。
どうかご容赦下さい。
そして、意見や立場は異なりますが苺畑さんの誠実なご対応に心からの感謝を致します。恐らく、中東関係の政治論以外では、貴女は尊敬すべき方なのだと感じております。
では、一端失礼致します。

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dust_speculator12 years ago

>そして、北の独裁政権が振り回す弾道弾とハマスのカッサム・ロケットに関しては「動機が全く異なるが故に、我々日本の民族主義者は全く違うものと理解している」と申し上げたいと思います。
この認識は、しばしば日本人が陥りやすい誤解から来るものですね。イスラム過激原理主義者らが、どのようなメンタリティーかを理解すれば、このように言えないと思います。
アルカイダのザワヒリによると
「唯一神教においては神に主権があり、立法は神の専権事項である。一方、民主主義は人民に主権があり、人民が立法者となる。従って、民主主意とは、全権の神から立法権を簒奪し、それを人民に与えているものに他ならない。また民主主義は至高の神の権威に縛られることなく、神の専権である立法権を人民に付与することによって、人民を神格化している。まさに偶像崇拝だ。民主主義とは、偶像崇拝の新しい宗教なのだ」
イスラム過激原理主義者らの、こうした思想的な理解なしに、中東は語れないですね。

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scarecrowstrawberryfield12 years ago

続いて一宿一飯さんのコメント
*********
まず、先のメールで書き漏らしてしまいましたが、黒い9月事件の発生原因は単に、同族たる三割のベドウィン系に支えられて7割のパレスチナ系農耕民族を統治するヨルダン王家にとって、難民受け入れによる更なる人口比率の変化と所謂ナクバにより郷里を追われて先鋭化した血気盛んな層による政治的不安定化を恐れての事であった筈です。
エジプトの国境閉鎖は一重に腐敗著しいムバラク政権にとって、これ以上モスリム同胞団系の批判勢力が強化され、独裁的体制の崩壊に繋がることを危惧しての反応ではなかったでしょうか。
いわば、自分達の政権基盤の脆弱さ、不始末から「変化を恐れている」に過ぎないとも言えます。又、難民キャンプのゲットー化こそ、アラブ諸国の支配者層が「彼等の潜在力を如何に恐れているか」と言うことの証とも言えるのでは。
何にも増して、アラブ諸国の勝手な思惑、本音はさておき、何故あれだけ長期間彼等が抵抗を続けられたかと言うことです。如何にアラブ諸国が彼らを利用して自己に有利な政治状況を作り出そうと画策していたとは言え、生半な民族があの劣勢下であれほど粘り強く戦え続けるものか、と言う事です。彼らが真に劣等な者達であれば、到底それは不可能なことであったと思います。
安易に金や享楽につられ、志は低くとももっと楽な生活に流れていったに違いないでしょうから。極東の某近隣民族が世界に何を言おうが大して相手にもされないのと異なり、彼等は結局数多くの支援者を得て今も抵抗していると言う事実が、結局全てを物語っているのだと私は考えますが。
先の補足ですので、「そんな事は私は受け入れない。貴方が間違っている」とお考えなら、戯言とお聞き流しいただければ良いのではないかと思います。
では、本題に入ります。言わばこれからが本題であり、同時に私のお詫びすべき部分とも言えます。
大変判りにくい書き方をしてしまいましたが、「白人コンプレックス」は主として日本における一部ネット上の傾向が先ず念頭にあり、その上で「苺畑さんもそれに嵌っているのではないか?」との疑問からあのように書かせていただきました。
そして、それが私の誤認、と言うより邪推である事は、苺畑さんから頂いたお返事にて確認させて頂きました。
重ねて無礼の段、お詫び申し上げます。
そして、、確かに私が日本のネット上、或いは苺畑さんも触れられた日本の「フェミニストや教育界」、そして経済界において蔓延している「欧米では」と言う被れ方に強い不快感を感じて居ることは確かです。コンプレックスではなく、私のそれは「アレルギー」に近いものですが。
日本と言う「身体」を刺激する異物に反応し、激しく体がかゆくなる類のものだとお考えいただければよいかもしれません。
それゆえに、どこか「欧米」と言う括りで「侵入者・文化的侵略者」と言う過剰反応をしてしまっている部分はあるのかもしれないと思います。
しかしそれは「白人」が嫌いだ、と言った意味では無い事はご理解いただきたいと思います。私が最も嫌うのは「欧米では、と二言目には口にする日本人」ですので。
故に、私が嫌うのは彼等が一括りにいう「欧米」であり、実体としてのアメリカやヨーロッパそのものを直接指している訳ではないのです。(白人云々は、特に日本人にはその傾向が強いと言う認識がある為です。)
実際には、彼等が言う「欧米」は現実のアメリカ・欧州各国のごく一部分を歪曲したものに過ぎ無い事は理解しているつもりです。只、彼らの反応と苺畑さんの言説の一部が「似ている」と感じたがために、あの様な邪推を致しました。それは正しく「邪推」であり当たらない、とのご指摘を頂く事となってしまいましたが。
その無礼については、どうかご容赦いただければ幸いです。
只。直接やりとりをさせて頂いて感じた事ですが、私から見れば苺畑さんは「既に日本人と言うよりアメリカ人」であり、異国の方ゆえ「価値観や考え方は大きく異なる」とは感じています。そして、その差異を重んじるのが日本人にとっては保守の姿勢であるとも考えています。
では、長々と失礼致しました。お手数の数々、お詫び申し上げるとともに、深く
感謝いたします。

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scarecrowstrawberryfield12 years ago

以下はカカシのコメント。
パレスチナ人がしぶといから民度が高いというのは理論が飛躍し過ぎてますよ。しかしパレスチナ人が昔のマフィアと同じだという意見には賛成です。そういう民族だから誰からも嫌われるのです。ユダヤ人が嫌われた理由とは全く別です。
それからイスラエルがパレスチナの土地を占領している、という考え方はパレスチナ側から見た見解であり、イスラエルのいい分を完全に無視したものですね。
一宿一飯さんからは、パレスチナの行動は被害者として苦労したからしょうがないという肝要さがあるのに、イスラエルの反撃は許せないというユダヤフォビアを感じますよ。(笑)それに北朝鮮と日本では事情が違い過ぎるから比べられないというのもへんですね。
イスラエル人にはパレスチナからのロケット攻撃など大したことはないから我慢しろといっておいて、日本が同じ目にあったら戦うですか?ユダヤ人は黙って殺されていろというのですか?
これはちょっとひどいな。
カカシ

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scarecrowstrawberryfield12 years ago

一宿一飯さんへ、
カカシへの誤解が解けたようで良かったです。間違いは間違いだったと認めているところはさすが日本の保守だけあります。
パレスチナの件についても、かなり偏った思い込みがおありのようですので、これからも当ブログをご愛読いただき、その誤解を解いていただけると幸いです。
dust_speculatorさんへ、
イスラム過激派の心境を理解するというのは至難の業ですね。なにしろ思考回路が我々などとは全く違いますから。
カカシ

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dust_speculator12 years ago

>イスラム過激派の心境を理解するというのは至難の業ですね。なにしろ思考回路が我々などとは全く違いますから。
以前、さる掲示板で、左翼とアルカイダを同列に扱うような発言をしたことがあります。その発言に対し、ある人間から「dust_speculatorさんがアルカイダや左翼思想を、ショッカーか金目教(赤影の中に出てくる狂信的な教団で、今風の言い方をするとカルト)のようなものだと受け止めている幼稚な考えはおいといて」と言われてしまいました。

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