共和党大統領に立候補しているミット・ロムニーマサチューセッツ元知事は、モルモン教徒であるということで、福音書右翼や世俗主義左翼から、大統領にふさわしくないという批判を多く受けている。
モルモン教はその始まりが過激思想のジョン・スミスとその妻エマによって創設されたが、そのあまりの過激さにジョン・スミスは暗殺され、教徒は追放の憂き目をみた。二代目のブリガミア・ヤングは自由の地をもとめて従者をひきつれ旅にで、ユタ州におちついた。しかしその後もモルモン教はテロリスト的な暴力行為を繰り返し、主流キリスト教徒たちからは「カルト」として忌み嫌われた。彼等の一夫多妻制度も長いこと批判の対象となっていた。
しかし時とともにモルモン教は主流化し、今ではごく普通のキリスト教の一宗派として受け入れられている。一夫多妻制度など、とっくの昔に破棄されており、ミット・ロムニーは二十何年前にめとった最初の細君といまだに円満だ。カトリック教徒なのに三回も離婚しているジュリアーニ元ニューヨーク市長とは大違いである。
にも関わらず、ロムニー候補に対する「モルモン教徒」批判は強まる一方である。そこで数カ月前から、ロム二ーは昔、ジョン・F・ケネディがアメリカで初のカトリック教大統領となるべく立候補した時にしたように、自分の信仰と大統領としての信念を国民にきちんと説明する必要があるといわれてきた。ロム二ーは最近ぱ浸礼派教徒の候補者マイク・ハッカビーに押され気味でもあり、1月のアイオワコーカスを前にここはひとつ演説をぶっておかねばならないと考えたようだ。
その演説が、先日パパブッシュの大統領図書館において行われた。上記のリンクからビデオをみることが出来るので、英語のヒアリングに自信のある方はぜひ演説を聞いていただきたい。
まずロムニー候補は先の大統領の紹介に感謝した後、パパブッシュが第二次世界大戦中に戦闘パイロットで活躍し、のちに敵に撃ち落とされたのを米潜水艦に救われたという話をし、先代はアメリカの自由を守るために常に立ち上がって戦ってくれたと讃えた。これが先の世代が「偉大なる世代」といわれるゆえんだとし、自分達の世代が直面するイスラム過激派テロリストによる脅威、国家の莫大な負債、石油の使い過ぎ、離婚問題といった問題をかかえ、先代に見習って自由を守るために戦わねばならないと演説をはじめた。

人によっては、我々の直面する脅威において宗教など特に真剣に考える必要はないといいます。しかし彼等のそうした考えはアメリカ国家創設者たちの考えと異なります。 国家創設者たちは国家の偉大なる危機に瀕した時、創造者の祝福を求めました。そしてさらに、自由な国の生存と宗教の自由を守ることが深くつながっていることを発見したのです。ジョン・アダムスの言葉ですが、「道徳と信仰によって、束縛を解かれた人間の情熱と戦うことができるほど、強く武装した政府は存在しません。我々の憲法は道徳的で信仰心の強い人々によって作られたのです。」
自由は宗教を必要とし、宗教は自由を必要とします。自由は心の窓を開け放ち、魂が神と一体となるためのもっとも重大な信仰を発見することができるのです。 自由は宗教と共に耐え、宗教なくして滅びるのです。
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50年ほど前、マサチューセッツ出身のもうひとりの候補者が、彼はアメリカ人として大統領に立候補しているのであり、カトリックとして大統領に立候補しているのではないと説明しました。彼と同じように、私もアメリカ人として大統領に立候補しています。私は自分の候補性を私の宗教で形作るつもりはありません。人は、宗教が理由で選ばれるべきでもなければ、宗教ゆえに拒絶されるべきでもありません。
私の協会も、いやそれをいうならどの協会も、私の大統領としての決断に影響を及ぼすことはないと保証します。彼らの権限は彼らの協会内部にのみあるのであり、彼らの権限の境界から国の政が始まるのです。
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人によってはそのような保証だけでは不十分だと言います。彼らは私が単に私の宗教から遠ざかるべきだといいます…私はそのようなことはしません。私はモルモン教を信じ、その教えに従って生きるつもりです。
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私の信仰に対するこのような告白は私の候補としての立場を危険にさらすことになるという人がいます。もしそれが正しいのであれば、それは仕方ありません。しかし私は彼らはアメリカ市民を見損なっていると思います。アメリカ市民はたとえ世界を得るためでも、自分の信じるものをおざなりにする者を見飽きているのです。

ここでロムニーはイエス・キリストをどう考えるかという説明を始める。モルモン教と福音書ではこのあたりでかなり違った教えがあるからなのだろう。しかしロムニーは自分がモルモン教の教えをつぶさにせつめいする義務はないと語る。なぜならば、そのようなことをするのは国の創設者たちが憲法で禁じた宗教の試験をすることになるからだ。ロムにーが、「どんな候補も彼の宗教の報道官になるべきではありません。そして彼が大統領になったときは彼は人々のすべての信仰によるお祈りを必要とするのです。」と言ったところでは、会場から一斉に歓声が沸いた。
ロムニーは宗教こそがアメリカ国家の基盤だとしながらも、どの宗教を個人が選ぶかは個人の自由だとしている。そして政教分離の大事さを唱え、どのような宗教も政府を独裁してはいけないし、宗教の自由を迫害してもいけないと語った。しかし最近の公の場での宗教関係のシンボルがことごとく取り除かれている傾向については、これはアメリカ国家創設者たちの意図に反するものだと主張した。このような行為は世俗主義という宗教の押し付けであり間違っているとロムニーは言う。また、大統領となった暁には保守派の裁判官を任命するという意志を次のようにあらわした。

創設者たちは、国家宗教の設立は禁じましたが、公共の場から宗教を取り除けなどとはいっていません。私たちは「神の元に」そして神の中にある国家で神を信頼しています。私たちは創設者がそうしたように創造者の存在を認めるべきです。神は私たちの貨幣にも、私たちの宣誓にも、歴史の教えのなかにも、そして祝いの季節のあいだも、残るべきです。キリスト降誕の図やマノラは公共の場で歓迎されるべきです。わが国の偉大さは憲法の元となった信仰の基盤を尊敬する裁判官なくしては長くは持ちません。私は政府の政と宗教の分離に関してはきちんと計らいます。しかし、私は自由をもたらした神から人々を離すようなことは致しません。

宗教保守がこれを聞いて気分が悪いはずがない。なにしろリベラルな裁判官によって何かと宗教が迫害されている今日この頃、公共の場での宗教シンボル掲示は政教分離の精神に反さないという裁判官を多く任命してもらえるかどうかは非常に大切な問題だ。
ロムニーは大事なのは大統領が宗教を基盤にした、平等、助け合い、自由の保護といったアメリカの価値観をもっているかどうかなのであり、このような価値観はどの宗派を信じていても同じだという。この宗教の価値観によってアメリカはまとまってきたのだと語る。
アメリカ人は皆自由は神からの贈り物であることを知っている。アメリカほど自由のために自らを犠牲にして戦ってきた国はないとロムニーは言う。このアメリカの価値観と道徳的伝統はロムニー自身の宗教にも他の宗教にも共通するものだ。
現在のアメリカ人は常に宗教の自由を経験してきたので、そういう自由が無かった時代を忘れてしまったのかもしれないとロムニー。ヨーロッパから宗教弾圧を逃れるために新世界へ逃げてきた人たちが、今度は自分達が異教徒を迫害する立場になったりした歴史を振り返り、ロムニーはアメリカの創設者こそが、フィラデルフィアで「自由とは何か」という画期的な定義付けをしたのだと語る。
ロムニーは自分が欧州を訪れたとき、国教のあった国々には美しい教会がいくつもあったが、礼拝者がいずに空っぽのところが多かったという。これは一重に国が国民に宗教を押し付けたことが原因だという。宗教を国民に押し付けることも悪いが、それ以上に悪いのは過激派聖戦主義者が暴力で人々を改宗させようと言う行為だ。我々はこれまでには無かった偉大なる危機に瀕しているとする。ここでロムニーは対テロ戦争にも真剣に取り組むつもりだと国民に約束しているわけだ。
アメリカの創設者たちは、イギリスとの独立戦争に面して、宗派の違うもの同士がアメリカの愛国者として心をひとつにして祈った過去をもう一度語りかける。

この精神を、神聖な自由の著者に感謝し、一緒にこの国が常に自由の聖なる火にともされ神に祝福されるよう、祈ろうではありませんか。

神よアメリカ合衆国にご加護を与えたまえ!

このような演説を聴くと、日本の読者の皆様は何か神がかりすぎて変な印象を受けるかもしれない。だが、ロムニーが今捕らえなければならない投票者は世俗主義のリベラルではなく、信心深い宗教右翼なのである。ロムニーの最大のライバルであるマイク・ハッカビーは、ロムニーの宗教は本物のキリスト教ではないとでも言わんばかりに、自分は「キリスト教徒の候補だ」とテレビでビデオコマーシャルを流しているほどなのである。
ロムニーは今の時点で無所属やリベラルの支持を得る必要は全くない。大切なのはアイオワとニューハンプシャーで保守派の票を稼ぐことにある。だから自分が信心深い人間であり、アメリカの基盤となっているイエス・キリストが救世主であることを信じていると主張することで、他のキリスト教宗派にこの人間は安全だと信用してもらうことが大事なのだ。私はロムニーはこの演説でそれをやり遂げたと思う。


1 response to 信仰と政治の両立は可能か? ミット・ロムニー候補の演説を考える

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