ビンラデンも感じる、イラクアルカエダの衰退

昨日のAPのニュースで、ビンラデンと名乗る人物が、音声による声明でイラクのアルカエダ連中に仲間割れせずに協力してアメリカ軍と戦えと呼びかけた。国際テロリストの親玉であるビンラデンでさえも、イラクのアルカエダは過激派だと感じるらしい。しかし人殺し集団を育てておきながら、彼らが自分勝手に暴走したからといって今更あわてても無駄だ。テロリストとはしょせん人殺しの口実が欲しかっただけの大量殺人鬼にすぎない。そんな奴らに独立した権限を与えておいて、いつまでも自分の統率下においておけると考えるほうが甘い。
だが、ビンラデン(もしくはアルカエダの指揮者)がこのような声明を発表せざる終えないとしたら、少なくとも現アルカエダのリーダー格はイラク内での自分達のコントロールが、スンニ部族たちが次々にアメリカへと寝返っているや、アメリカ軍による激しい攻撃によって大幅に失われていくことにかなりの圧力を感じていると判断できる。

アルジェジーラで放映された短いテープでは、テロリストのリーダーは戦闘員たちに「分裂に気をつけろ、イスラム世界は君たちがひとつの旗の下にまとまるのを待っている。」と訴えた。

彼(ビンラデン)は「熱狂派」という意味の「タアスーブ」という言葉を使って部族や過激派団体への協力関係をアメリカ軍と戦うという大きな目的よりも優先させている反乱分子を批判した。

ビンラデンが「過激派」だの「熱狂派」だの相手を批判するというのは、なんともお笑いだ。例によってテープがビンラデンの本当の声かどうかという確認はできないそうだ。私はビンラデンはトラボラの山奥でとっくの昔にくたばっていると考えているが、アフガニスタンとパキスタンの国境沿いにアルカエダの現リーダーたちがいることは間違いないだろう。
アルカエダ幹部が憂いているのは、アルカエダのあまりにも無謀なやり方がイラク市民の顰蹙を買って、いまやアルカエダはイラクで内乱を起こさせることができないばかりか、スンニからも見放されて、イラクを拠点に世界でテロ活動をするなどということは望めなくなっているということだ。アルカエダがイラクのフセインに取り入ったのも、フセイン亡き後必死でアメリカ軍と戦ってきたのも、イラクをテロリストの温床とすることが目的だった。ところが温床どころか、いまやイラクは過激派連中のお陰でアルカエダが非常に活動しにくい場所となってしまった。
アメリカ軍はスンニ部族との協力関係成功を祝って「統一行進」をラマディでおこなうことを呼びかけた。この行進には少なくともスンニの部族代表の200人あまりのシークと地元の勢力者が集まる予定だそうだ。
さて、アルカエダがスンニから愛想をつかされたのと同様、シーア派の民兵たちもシーア市民から見放されつつあるという話はこれまでにも何度かしてきたが、アメリカ軍は軍に協力してくれそうなシーア部族を選んで、積極的な歩み寄りを試みている。結果はまちまちだが、シーア派部族のほうも、少しづつアメリカ軍に協力する気配が見え始めている。
このクリスチャンモニター
の記事は小さいながらもその努力が実を結びつつある事実が記されている。
バビ地区にある聖廟の階段には星条旗が描かれており、参詣にくる人々が星条旗を足蹴にしなければ会場内に入れないようになっていた。星条旗のこのような扱いはアメリカでイラク人のために大量の血を流したアメリカ軍への侮辱であるとして、アメリカ陸軍Beau Balcavage中佐はこの星条旗を即刻聖廟の階段から取り除くようにと地元部族リーダー達との会合で要請した。
しかし、星条旗を取り除くということは、サドル派の民兵らと協力関係のある部族のリーダーたちに、アメリカ軍に協力する意思を公にしろと要請しているようなものである。これは単なる星条旗の問題ではないのだ。
しかしBalcavage中佐はこのような絵がいつまでも聖廟に描かれていることのほうが、かえって反米意識を高まらせるものであり、双方の歩み寄りには害になると判断。シーア民兵に働きかけるという大きな目的のひとつとして、中佐はこれは小さなことのようで大事な一歩と考えた。
イラクの政治リーダーたち、聖教師などと先月行った会議で、Balcavage中佐は旗を取り除くよう要請した。これはイラクを助けるために死んだアメリカ人への冒涜であると中佐は語った。旗を取り除く交換条件の一部として、地元ムサイーブ市(バグダッド南部にあるスンニとシーアが在住。最近治安は良くなっている。)の復興資金を提供することを約束した。
しかし、シーア民兵と深い関係があると疑われている地元の政治家は消極的だった。それというのもあまりあっさりとアメリカ軍のいいなりになっては地元市民から腰抜けと思われるのを心配したからだ。「もう少し時間をください。」と彼はいった。ところが、会議が終わるとすぐ、他の地元政治家たちは夜遅く、だれにもみられないうちに星条旗に硫酸をかけて旗を消しにかかった。
アメリカ軍は少しづつではあるが、他の地域でもシーア民兵との交渉を進めている。サドルシティでもアメリカ軍と民兵たちと三度にわたって会合を行った。サドルシティでアメリカ軍と民兵が会合するなどこれまででは考えられないことだった。
無論、アメリカ軍を殺してきた民兵らを、すぐさま味方に引き入れるなどということは出来ない。大体彼らが口先だけ協力するようなことをいって、アメリカ軍攻撃の機会を狙っている可能性もあるし、実際、あまりにもひどい罪を犯してきた民兵らを処罰しないで、仲間にするわけにはいかなからだ。協力関係をつくるといっても、ある程度の常識は必要だ。


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また出たヒラリーのチャイニーズコネクション

前々からヒラリー・クリントンの選挙献金は、出所の怪しいものが多く、特に中国系アメリカ人からの献金がおかしいという話は何度もしている。
今回はニューヨークの中華街に勤める低所得者から大量の献金がされていたことがあきらかになった。しかもそのうちの一人は知人に頼まれて自分の名前で小切手を切りはしたが、お金は返してもらったと語っている。これまでにも何度か説明しているが、個人からの特定の候補者への献金はひとり2000ドルまでと決まっている。これは大金持ちが候補者を買収しないための制度だ。だから一人が他人名義で献金することは完全に選挙法違反になる。
昨日のロサンジェルスタイムスによれば、クイーンズ、ブルックリン、ブロンクスといったニューヨークでも特に貧しいみっつの中国人居住区から、皿洗い、給仕、コックといった低所得者が何人もそれぞれ1000ドル、2000ドルという政治献金をヒラリークリントンにしているというのである。4月にこのあたりでは名の知れた献金収集者がなんと38万ドルの献金を集めたという。
しかも献金者の三分の一までもが、献金の書類に記入された住所や電話番号をつかっても見つからないという。しかも多くの献金者が選挙人登録すらしていないというのだ。つまり彼らは選挙で投票などしたことがないのである。彼らのほとんどが英語もろくに話せない中国はフジアン地区出身の最近の移民ばかりだ。
今日になってニューヨークポストがその献金収集者は、デイヴィッド・グオ(David Guo)という男だと暴いている。この男は中華街のフジアン・アメリカ・料理協会(Fujian American Cuisine Council)の会長だという。中華街でコックをしているシャオ・イェン・ワングさんは、グオに頼まれて4月13日に献金をしたが、後でそのお金はグオから返してもらったと語っている。なるほど、それでフジアン出身の飲食店関係の人間からの献金が多かったわけだ。
クリントンは集まった38万ドルのなかから7千ドルは返還したといっているが、返せばいいってもんじゃないでしょうが。これが最初じゃなんだから。
それにしてもこのグオって男、何の目的でクリントンの献金運動などしているのだろうか?またまた中共の魔の手を感じる。


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少しづつ盛り返しつつあるアメリカ市民のイラク戦争支持

歴史的にみて、戦争を国民が支持するかしないかは、戦争に大義名分が成り立っているとか、自国の犠牲者が多いとかということで決まるのではない。国民が戦争を支持するかしないかは、自国が戦争に勝っているという印象を国民が持っているかどうかに左右される。
イラク戦争には、中東からアメリカに脅威をもたらすサダムフセイン独裁政権を倒し、イラクに民主主義をもたらすという大義名分があるにはあるが、当初80%からのアメリカ市民がこの戦争を支持した理由は、アメリカの圧倒的な武力をもってすればイラク政府など簡単に倒すことが出来る。湾岸戦争のときのようにすばやく害の少ない圧倒的勝利を得てアメリカ軍は名誉の帰還をするこが出来ると信じたからである。
確かにフセイン政権打倒は計算以上にうまくいった。フセインのイラク軍など張子の虎で、アメリカ軍にかかってはみるもひとたまりもなかった。だから2003年5月当時のブッシュ大統領の支持率は90%近かったのではないだろうか?
しかし、イラク復興がおもったよりはかばらないことや、当初の戦闘での戦死者はわずか500人程度だったのに、その後あっちでひとり、こっちでひとり、と路肩爆弾や自動車爆弾による犠牲者が増え始めるとアメリカ国民の戦争への支持は激減した。大義名分も変わっていないし、犠牲者の数もそれほど増えているわけではない。問題はアメリカ国民がアメリカは負けているという印象をもちはじめたことにある。
先日もアメリカの主流メディアは悪いニュースばかりに注目していいニュースを軽視する傾向があると書いた。地味なアメリカ兵及び諸外国の連合軍によるイラク復興活動などはほぼ完全無視され、自爆テロや路肩爆弾攻撃ばかりが報道された。これではアメリカ市民が気分がいいはずがない。
無論私は2003年後半から始まった反乱分子によるアメリカ軍及び連合軍への攻撃によって我々が打撃を得たことや、イラク内の治安が荒れたことを否定しているわけではない。イラク情勢は我々が当初考えていたほど安易なものではなかったことは事実である。だからアメリカ国民の支持が下がった理由を主流メディアのせいばかりにはしていられない。いくら主流メディアが悲観的だといっても、大本営放送がメディアを独占しているわけではないから、他からも情報は入ってくる。それが同じように良くないニュースなら、本当に戦況は思わしくないと判断せざる終えない。
だが逆に、戦況が本当によくなっていれば、いくら主流メディアが良いニュースを無視しようと過小評価しようと、戦争から帰還した兵士らや、現地にいる兵士や民間人や従軍記者らからの情報で、実際に戦況はよくなりつつあるという情報はすこしづつでも巷に広がるものなのである。そうなってくれば、主流メディアもいつまでも良いニュースを無視しつづけることはできなくなるのだ。
さて、前置きが長くなってしまったが、今日のこのAPのニュースも戦況が良くなっていることの証拠だと思う。内容を読まなくてもこの見出しUS, Iraqi Forces Detain Militia Fighters(米・イラク連合軍、民兵戦闘員を拘束)だけで主流メディアのイラクに対する姿勢が変わってきたことがわかる。

BAGHDAD (AP) – アメリカ・イラク軍は土曜日、ポーランド陸軍のヘリコプターに援助され、シーア民兵が勢力のあるバグダッド南部を襲撃、何十人という民兵を逮捕した。二人の民兵は殺された。イラク首相は地元の知事と会見をしたが、知事はこの攻撃を「犯罪者」を根絶やしにするものだと語った。

イラク警察によると夜明け前の手入れでイランの飼イ豚モクタダ・アルサドルのマフディ軍民兵30人が逮捕されたそうだ。このあたりはイギリス軍撤退後、ライバルのシーア民兵たちが石油の利権をめぐって縄張り争いを始めており、地元市民をずいぶんと苦しめているようだ。今回の手入れがうまくいったのも、そんな無法者と戦う決心をした地元シーア市民の協力があったからである。

住民はアンバー地域ではじまった、スンニ部族がアルカエダに立ち向かってアメリカ軍と一緒に地道にアルカエダを追い詰め始めた傾向をみならっている。

以前ならばアメリカ軍とテロリストの戦闘の末、テロリストが50人から殺され、アメリカ人に2人の戦死者が出るなどという場合でも、「アメリカ兵二人戦死!バグダッドで激戦」というような見出しで、あたかもアメリカ軍が激戦の末大敗したとでもいいたげな始まり方をしていたものだ。それが、イラク各地で地元市民がアルカエダにしろシーア民兵にしろ反乱分子にアメリカ軍と協力して立ち向かっているという話が報道されるようになったというのはすばらしい変化と言える。
このメディアの姿勢の変化が国民の世論を変えるまでにはまだまだ時間はかかる。だが、その兆候はもう少しながら見え始めている。ハリスポールという世論調査ではイラク戦争支持率はわずかではあるが増えているとある。以下ワシントンタイムス参照

イラク戦況はアメリカ軍にとって良くなっていると答えた人の数は3月の13%から8月の20%そして現在の25%と確実に上昇している。

アメリカ軍にとって悪くなっていると答えたひとも数も一月の55%から三月の51%そして現在の32%とかなり減少した。

この傾向が続けば、来年の選挙の時までにはアメリカ市民の意見は再びイラク戦争支持になっているかもしれない。そしてイラク戦争を成功させたとしてブッシュ大統領及び共和党への支持率も上がるかもしれない。なんにしてもアメリカ市民が真実を見極められるようになってきたというのは良いことである。


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愛国者たちの勢いに反戦デモもたじたじ

20年くらい前までは高校や大学のキャンパスで軍隊が志願者を募集するのは普通に行われていた。キャンパス内に軍隊斡旋事務所が設置されているところも少なくなかった。しかし教育界の左翼化が進むにつれて、学校側が軍隊に志願者募集活動をするのを拒否したり、斡旋事務所を閉鎖したりするところが増えてきた。私立の学校であればこれは学校の自由なのだが、学校法人として国から多少なりとも資金援助を得ている学校は、自分らの一存で軍の活動を拒否する権限はない。
であるから、政府側が強気に出て、軍隊の活動を邪魔するのであれば、今後一切学校への国費援助はしないと言ってしまうこともできる。しかしクリントン時代にはクリントン自信が軍隊を毛嫌いしていたこともあり、学校側のこの違法な行為は全くお咎めなしの状態となっていた。ブッシュ政権になってからは、学校内における募集活動はいやいやながらも認める学校が増えてきた。とはいえ、左翼の学生が募集活動に来た軍人に暴力を振るっても見てみぬふりをしたり、学生が起こした暴力沙汰から軍人を守るという理由で軍人を追い出したりする事件がいくつも起きている。
バークレー大学のあるバークレー市には、大学の目の前に海兵隊斡旋事務所がある。この斡旋事務所は今まで特に誰からも注目されずひっそりと海兵隊員募集をおこなっていたのだが、最近になって左翼のバークレー市議会はバークレーからこの斡旋事務所を追い出しにかかった。その理由は軍事施設はバークレーの文化にそぐわないからというものだ。バークレーというのはカリフォルニアでもかなりリベラルな市ではあるが、だからといって市民全体が軍隊を敵視しているというわけではない。
そのことが原因で、今週の水曜日、軍隊を支持するグループとコードピンクという過激派左翼市民団体が斡旋事務所の前でぶつかった。(SFGate参照
特にけが人が出たわけでも逮捕者が出たわけでもないが、一時はお互い怒鳴りが講じて押し合いへしあいになり、警察がコードピンクを通りの向こう側に追い返すという光景も見られた。上記のリンクでその模様の写真が何枚も見られるので参照されたし。
ところで、この記事のなかで元海軍兵というパブロ・バレデスという人のインタビューが載っている。この人はコードピンク側の人で、軍隊支持側から「お前はそれでも兵隊か、軍隊はそんな格好じゃ入れてくれないだろうな」と怒鳴られたという。その後パレデスさんは自分は海軍で5年も勤めたとし、軍隊では有色人種がより危険な目にあっていると語る。

「僕は僕が前線に行くのが皮膚の色で決められるべきではないと思います。」パレデスはそう語り、彼はイラク戦争に反対して命令に逆らったため、海軍を辞めたと付け加えた。

パレデスという名前からして中南米系の人種だろうが、軍隊は一般社会よりも有色人種が圧倒的に多いというわけではないし、有色人種だから前線に送られるなどということは絶対にない。私はイラク最前線からの映像をいくらもみたことがあるが、白人の軍人はいくらでも勤務している。
現役海軍兵Neptunas Lex
が、この元海軍兵についてこんなことを書いている。

だめだぜパブロ、自分で志願しといて、ここで人種カードをひけらかそうったってそうはいかねえよ。道徳上優位にたったようないいかたも通じないね。平和時に日本で勤務して、わざと船に乗り遅れて義務を怠り、危険などほとんどないアラビア海への出航をさけたお前にそんな資格はねえよ。船仲間に自分の勤務をおしつけ、自分が列からはずれて他人にその穴埋めをさせといて、最前線に行ったような口を利くな。お前にはその使い古された嘘を使うことはできねんだよ。お前は英雄なんかじゃねえ。お前は英雄になる機会を自分から放棄したんだからな。

それから、お前は海軍を辞めたんじゃねえ。俺達がてめえの太ったケツを追い出したんだよ。
臆病者!誓約破りの裏切り者!

どうしてレックスがこんなに怒っているのかというと、パブロ・パレデスなる男はウィキペディアによると、2004年、湾岸へ出航予定になっていた自分の船に乗らずに、その翌日記者会見を開いて自分はイラク戦争に抗議して出動命令を拒否すると発表した。命令を拒んだことと脱走の罪で彼は軍法会議にかけられ数ヶ月の強制労働の罰を受けたあと位をE-4から最低のE-1に落とされた上で、2005年の9月に不名誉の除隊となっている。
パレデスは出動命令を拒否する前から、戦場へ行かなくて済みそうな部署への配置換えを何度も試みていたがすべて失敗した。名誉の除隊も申し出たがそれも拒絶されていた。
海軍については私は多少知識があるのだが、イラクには海軍はないので、まず海戦の危険はゼロだ。湾岸で警備にあたっていても、フセイン政権が崩壊した今となってはスカッドミサイルを米艦に撃ってこられる危険もない。シールのような特別部隊でもない限り、一般の水兵が戦場へ足を運びこむということは先ず考えられない。
ベトナム戦争時代に空母間に乗っていたミスター苺の友人は、一応ベトナムへは出動したことはしたが、戦場とは遠く離れた沖合いで座っていただけだと語っている。1991年の湾岸戦争のときにゴルフ湾で護衛艦に乗っていた別の友人も、一度か二度イラク軍に撃たれたが、弾はあたらなかったと語っていた。レックスが「危険のほとんどないアラビア海への出航」といってるのはこのことなのだ。
平和時には給料や特別手当などを目当てに志願しておいて、戦争が始まったら出動を拒否するような人間が、有色人種だから前線に送られるなどと文句をいったり、自分は元海軍兵だったなどといばるような資格はない。こんな奴に水兵顔されたら海軍の名が廃る。だからレックスは腹を立てているのだろう。
それにしても、リベラルなはずのバークレーでこんなに軍隊支持の愛国者が集まったというのは非常に喜ばしいことだ。いままで反戦派の声の方が大きかったので、アメリカ市民は反戦ムードが高まっているような錯覚を覚えるが、実はそうではないということだ。それに現在のアメリカではイラク戦争を反対するのは勝手だが、アメリカ軍をコケにしたら承知しないぞという空気が圧倒的にある。だから反戦派たちは本音はともかく、ことあるごとに「我々は軍人を応援する」と口を揃えて言うのである。(本心は全く別のところにあるのは間違いない。)だが、軍人を応援してるはずの人間が軍隊の斡旋事務所を閉鎖させようとデモをやってるんじゃ、全く説得力がない。


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トルコ政府、イラクへの越境攻撃を承認

先日からアメリカの下院議会で話題になっているオトマン帝国時代のアルメニア人大量殺害について、現在のトルコ共和国に責任を負わせようという話が、だんだんとトルコ政府の姿勢を厳しいものにさせている。
まず、トルコ政府はアメリカ駐留のトルコ大使を一時帰国させた。

【ワシントン=山本秀也】アルメニア人虐殺(1915年)をめぐる米下院のトルコ非難決議案問題で、トルコ政府は11日、「対応協議」を理由に米国駐在のセンソイ大使を一時本国に召還した。決議案に対する実質的な不快感の表明とみられる。米国家安全保障会議(NSC)のジョンドロー報道官は、「強固な関係維持のため早期の任務復帰を望む」として、トルコ政府の反発に困惑の色をにじませた。

AP通信などによると、大使の召還期間は当面、1週間から10日程度と説明されている。トルコ非難決議案が下院外交委員会(ラントス委員長)を通過したことで、トルコ政府は11日、「長年築かれた戦略的友好関係を困難に陥れる無責任な対応」とする声明を発表していた。
決議案に対して、ジョンドロー報道官は「米国の安保権益を激しく損なう結果を招く」と批判。決議案をめぐるトルコの対米姿勢硬化が、隣接するイラクをにらむ米国の安保権益に打撃を与える懸念をもとに、下院本会議での決議案採択の回避を求めるブッシュ政権の姿勢を重ねて表明した。11日の米メディアは、トルコ国内での反米デモの模様を繰り返し報じるなど、安保権益を軸とした米国とトルコの関係後退に強い関心を示している。

昨日もお話したように、下院議員の間では、この決議案は思ったより弊害が大きいと考える議員が増えてきたようだ。それというのも、日本政府の愚痴っぽいいいわけじみた抗議とは違って、トルコ政府の抗議には断固たる中身があるからで、トルコ政府の行動次第ではアメリカはやっと希望が見えてきたイラク戦争に多いに悪影響を与えるからである。このトルコ軍によるイラク越境攻撃などがそのいい例だ。(下記2007年10月18日産経新聞より

【ワシントン=山本秀也】トルコ軍のイラク北部クルド人居住地域への越境攻撃が同国議会の承認を得たことについて、ブッシュ米大統領は17日、ホワイトハウスで記者会見し、「イラク領内への部隊派遣がトルコの権益だとは考えていない」と懸念を表明、イラク政府を加えてトルコ政府と対話を継続する方針を示した。また、イラク情勢の混乱に備え、大統領は同日、イラク駐留多国籍軍のペトレイアス司令官らと対応を協議した。

トルコ軍の動静について、大統領は「すでに部隊がイラク領内にいる」と述べ、偵察や先遣部隊に続く「大兵力の部隊越境」を支持しない立場を示した。イラク領内を拠点とする非合法武装組織、クルド労働者党(PKK)のテロ活動については「イラク政府もトルコ側の懸念をよく理解している」として、対話による事態打開に期待を示した。
 米側がトルコとの対話を求めるなかで、改めて大きな障害となるのが、米下院外交委員会を通過したアルメニア人虐殺をめぐるオスマン帝国非難決議案だ。決議案へのトルコ国内の反発が、同国議会の越境攻撃承認を後押ししたかたちだけに、ブッシュ大統領は、下院本会議での決議採択を「やってはならない」と強く牽制(けんせい)した。
 決議案には、与党共和党のほか、マーサ下院議員ら民主党の有力議員からも、本会議採決に反対する声が高まっていた。

アメリカもパキスタンへ逃げ込むアルカエダを追いかけてパキスタンへの越境攻撃を行っている以上、もしもイラクのテロリストがトルコへ越境攻撃しているのであれば、それをトルコが応戦するのを止める権利はない。自分はいいが他人はだめというのはあまりにもダブルスタンダードすぎる。だが、トルコがイラクを攻めてきたりすれば、またまたイラクの状態が複雑になってしまう。トルコにそれをさせないためにはアメリカ側がトルコの安全を保障しなければならない。イラク軍とアメリカ軍が協力してイラク在住のテロリストがトルコへ攻め入らないよう徹底的な取り締まりをする必要がある。
しかしそのためにトルコの理解を得るにしても、今回のような議案が採決されてしまえば、交渉は先ず無理だろう。今後トルコとは正常な国交を結ぶことは不可能となる。実はこの議案の発案者は民主党のアダム・シフといい、カカシも地元なのでよく知っている議員だ。なにせこのあたりはアルメニア人が多いため、トルコという言葉は禁句。なんとトルココーヒーですら「アルメニアンコーヒー」と言われているほど。中身は全然変わらないのだが、、、
とにかく、地元の投票者のご機嫌伺いをしたい気持ちはわかるが、ここはアメリカ、アルメニアではない。アルメニアの議会がトルコに責任追及をするというなら話はまだわかる。(それでも筋違いだとは思うが)だがアメリカのカリフォルニアとトルコとどういう関係があるというのだ?
地元主義で外交を全く考えない議員はこれだから困る。


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イラクからのいいニュース、アップデート

きょうのパワーラインより、イラクからいいニュース。バグダッド北西部にあたる93平方キロメーター、人口百万人以上の地域を含む報告。

    5月から比べてなんと暴力沙汰は85%減少。95地区の58までが安全地帯と考えられ、残る33地域も掃蕩中。
    殺人事件はピーク時の一週間161人という去年の数から比べ、今や週に5人という激減振り。
    路肩改良爆弾や小型銃による攻撃も週50件のピーク時から8月末現在で、週に5件以下という数に減っている。
    自動車爆弾の数も85%の減少。

警備にあたっているアメリカ軍はイラク軍戦闘旅団10隊と、イラク国立警察旅団2隊と組んで行動している。
無論このようないいニュースは主流メディアに言わせると報道の価値はないそうだ。


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日本と対照的、トルコの米下院民族浄化責任追及決議案への強い態度

まったくアメリカの民主党はブッシュ大統領に恥をかかせること以外には考えが浮かばないのだろうか? もっともイラク戦争を止めさせるとがんばってみても、拘束力のない議決案でさえ通せないというだらしなさ。なにか議決を通したと思えば、アメリカ人には何の関係もない旧日本軍の慰安婦問題などという日本政府を侮辱するだけで害あって益なしという議決案くらいだ。今回も日本に関する議決と同じように90年以上もたっているオトマン帝国によるアルメニア人虐殺について、いまのトルコ政府に責任を取らせようというくだらない議決案を民主党は提案している

決議案は1915年から数年間に起きたアルメニア人大量虐殺を公式に「ジェノサイド」(事前に計画された集団的虐殺)と呼び、その悲劇への理解などを米国の外交政策に反映させるという内容だが、虐殺をオスマン・トルコ帝国の全責任とし、犠牲者150万として「ジェノサイド」と断じる点などに対しトルコ政府が激しく反対している。

しかしニューヨークタイムスによると:民主党はこんなどうでもいい議案さえ通せそうもない。

トルコ政府を怒らせることを恐れ、下院の両党のメンバーたちは民主党リーダーたちによって提案された一世紀前のアルメニア人民族浄化を糾弾する議案への援助から手をひこうという動きが出ている

この24時間のあいだにほぼ12人の議員たちがこの議決案に反対する意見に変わったことで、突然の脱退に拍車がかかったことで、すでに成功が疑問視されていた議案にさらに暗い影が落とされた。下院議員たちの間ではこのような議案は挑発的であるというホワイトハウス並びにトルコ政府からの警告に従っているとはっきりさせた人たちもいる。トルコ政府はこの議案が通ったならば即、合衆国との関係はイラク戦争への地理的な援助も含めて考え直す意図を明確にしている。
今日まで、議案は下院議長のナンシー・ペロシ氏の強い支持を受けて下院を通りそうな勢いだった。この議案は先週下院外交委員会で認可されたばかりである。しかし今夜、数人の民主党ベテラン下院議員の間からこの議案への投票を取りさえげることを要請する明らかにされた。

以前に旧日本軍の慰安婦問題についても語ったが、米議会がこのような議決案を提案するのは別に日本やトルコにアメリカが敵意を抱いているからではない。それどころかこれらの国々とアメリカは比較的良い関係にある。米民主党にとってはそれが気に入らないのである。
民主党は反戦決議案を拘束力のあるものからないものまで、あの手この手で通そうとしたが、どれもこれも大失敗に終わっている。そこで、民主党はイラク戦争に協力的な姿勢をみせている同盟国を攻撃し始めたのだ。彼らを侮辱することによってこれらの国々からの戦争援助を止めさせようというのが本当の目的なのである。
慰安婦問題では中共や韓国が関与したことと、日本にはアメリカとの関係を完全に断ち切るというような切り札は出せないということもあったし、安倍前首相の発言が言い訳がましく聞こえただけで、全く説得力がなかった。それでアメリカ市民の反感を買ってしまい決議案は通ってしまった。しかしトルコの態度はもっと強気だ。それというのもトルコはトルコからアメリカ軍がイラクへ出動したり武器導入したりするのを拒絶するだけでよいのである。(以下上記の産経新聞より)

トルコ政府は「いわゆるアルメニア虐殺の実態は不明確な部分も多く、ジェノサイドとは呼べず、決議採択はトルコ国民を激怒させて、トルコ・米国関係に重大な打撃を与える」として反対し、エルドアン首相が5日、ブッシュ大統領に電話して議会に抑制を求めることを要請した。同大統領も10日朝の会見で「決議案採択はNATO(北大西洋条約機構)、そして対テロ国際闘争での枢要同盟国との関係を傷つける」として改めて反対を述べたばかりだった。

 米国はイラクでの軍事活動に必要な機材や物資の7割以上をトルコ領内のインジルリク基地などを経由して運んでいる。トルコ側では同決議案への反発が激しく、外相や議員団をワシントンに送って、採択された場合は同基地を使用禁止にする意図までを示唆してきた。こうしたトルコの官民の激烈な反応は慰安婦決議案への日本側の対応とは対照を描いてきた。

無論民主党は最初からそれが狙いだったのだと私は考えるが、イラクの強気の姿勢とブッシュ政権からの圧力でこうも簡単に考えを変えるということは、民主党の投票者の間でもイラク反戦派はそれほど多くはないのかもしれない。少なくとも、一般の民主党市民はイラク戦争には反対でも、アメリカはやるだけのことはやるべきだと考えているのかもしれない。それをアメリカ軍の行動を明らかに妨害するような行為はいくらなんでもアメリカ人としてあるまじき態度と考えられているのだろう。
だいたい今のトルコに90年も前の事件の責任を取れというのは、日本の慰安婦問題以上に筋違いである。
トルコはかつてオトマン帝国と呼ばれており、1300年ごろ始まり17世紀にその全盛期を迎え、地中海はトルコの湖だといわれていたこともあるくらいだ。しかし1918年にオトマン帝国が第一次世界大戦に参加したことで、帝国はイギリスと他のアラブ人たちによって完全に破壊されてしまったのである。

Ottoman Empire to 1683

全盛期のオトマン帝国


トルコはその後も何年か生き延びはしたが、イギリス、フランス、イタリア、ギリシャ、アルメニアによって分割されてしまった。そして1922年、国粋主義者の、Mustafa Kemal Pasha、俗にアタトゥークと呼ばれるリーダーが外国勢力をトルコから追い出しまったく新しいトルコ共和国を設立した。つまり現在のトルコ共和国は第一次世界大戦でアルメニア人を大量虐殺したオトマン帝国とは何の関係もない全く別の国なのである。これは以前に旧日本軍の慰安婦問題のときにも話たように戦時中の日本政府と現在の日本政府はまったくべつの政権であることや、いまのドイツ政権がナチスドイツとは完全に無関係であるのと全く同じ理屈だ。
だから先の政権が崩れた後に設立された現在のトルコ共和国がアルメニア人虐殺事件の責任をとるいわれはまったくないのである。
民主党はこのようなくだらない決議案を後から後から提案あする下院議長のペロシ議長にいい加減、嫌気がさしているのではいだろうか?


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イラク米兵犠牲者数激減は報道の価値なし?

イラクでの新作戦が始まって、半年近くたつが、今年9月のイラク米兵の戦死者数がここ最近で最小の数となったという話は以前にもした通りである。しかしこのニュースはアメリカの主流メディアはほとんど報道していない。
ニュースバスターが紹介しているCNNのハワード・カーツ司会のトークショーにおいても、このことが取り上げられた。

ハワード・カーツ司会: イラクからのニュースはここ数年死と破壊の連続で気の滅入るものばかりでした。しかし政権が今週イラク犠牲者の数について向上的な数字を発表するとメディアはほとんど注意を払いませんでした。。CBSの「 イブニングニュース」でもNBCの「ナイトリーニュース」 でもほんの数行、ニューヨークタイムスは10面に、ワシントンポストは14面、USA トゥデイでは16面、ロサンゼルスタイムスではほんの2-3行が第4面の下のほうに載っただけでした。

例外はABCのワールドニュースで、これでは司会者のチャールズ・ギブソンがトップニュースとして報道した。
これについてカーツは、ワシントンポストのロビン・ライト記者と、CNNのバーバラ・スター記者をスタジオに招いて、メディアがイラクからのいいニュースを報道しない傾向について質問した。

カーツ: ロビン・ライトさん、イラクでの犠牲者数減少についてもっとメディアは注目すべきなのではないですか?

ライト:いえ、そうともいえません。これはまだ傾向の始まりですし、いや、まだ傾向といえるかどうかも怪しいのです。それにどうやって数えたかということについてもかなり意見が割れています。イラクには色々な死があるのです。戦闘による死、宗派間争いによる死、犯罪による死などです。アメリカ側が数に入れていないものがかなりあるのです。たとえばイラク南部ではシーア対シーアの暴力が起きてますがこれは宗派間争いの数には入っていません。それにアメリカは南部ではあまり勢力がないのです。ですから数そのものはやっかいなのです。長い目でみて、オディアーノ将軍が今週ワシントンで言っていたのですが、逆行しない勢いを探しているということです。それはまだこの二ヶ月くらいではそこまで達していないのです。

米軍隊志願兵の数など、一年中目標を満たしていても、一ヶ月でも目標に満たない月があると、「米軍志願兵、目標に見たず!志願兵不足に四苦八苦する米軍」などと大々的な見出しで第一面で報道するくせに、イラクで犠牲者が二ヶ月続いて激減しているという数は「やっかいだ」「あやしい」と言って報道しないというわけか。こんなの理屈にあってるだろうか?ニュースバスターのノエル・シェパードも、株市場などでは傾向の最初から今後どうなると予測をたてるジャーナリストはいくらでもいるという。ところがことイラクとなるとジャーナリストは慎重になるというのはどうも納得がいかない。これについてもうひとりのゲスト、バーバラ・スターはこう説明する。

バーバラ・スター:それが問題なんですよ。私たちはイラクでアメリカ兵が殺されている数が減少の傾向にあるのかどうかわからない。これは継続した進歩とは言えません。確実な進歩への可能性としては非常に良い第一歩ですが。

「非常に良い第一歩」ならそう注釈をつけて報道すればいいではないか。良い傾向かどうかわからないから報道を控えるというのは、ジャーナリストが一般市民の判断能力を信用していない証拠だ。これが良い傾向かどうか市民の判断に任せればいいではないか。さすがにカーツもこの答えには偽善があると察知したらしく、もしニュースが逆にイラク市民の犠牲者が増えたとかいうものだったら、新聞の第一面を飾るのではないかという質問に対して、スターは、、

スター:もちろんそうでしょう。それならどう考えてもニュースですから。いいですか、ペンタゴンの記者ほど死者の数を報道をしたり、悲しむ家族や手足を失った兵士にインタビューするのを止めたいものはいないのです。でもこれは本当に長続きする進歩なのでしょうか?

ペンタゴンはこれまで5年間も進歩はあった、進歩派あったといい続けてきました。疑い深くて申し訳ないですが、私としてはたかが一ヶ月ちょっとの結果をみても手放しで喜べないのです。

死者が増えているという話はニュースになるが、減っているという話はニュースではない、ときたか。もうジャーナリストとして偏向のない報道をしようなどという気持ちはさらさらないと白状したようなものだ。


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優柔不断な弁護士たち、拉致された米兵を見殺しにする

先日私は陸軍や海兵隊員が戦場で戦闘するにつけ、いちいち兵士らの行為が戦争犯罪の規約に触れないかどうか煩く調査がされているという話をしたばかりだが、今度は今年の五月にアルカエダに拉致された米兵士の捜索に軍が裁判所から容疑者の盗聴許可が下りるまで何と10時間も捜索が立ち往生し、貴重な手がかりをみすみす見逃す結果になっていた事実が明らかになった。(ミッシェル・モルキン紹介のニューヨークポストの記事参照)
これは2007年5月17日、ニューヨークはクイーンズ出身のアレックス・ジメネズ兵がパトロール用の出張基地に侵入したアルカエダによって拉致された事件で、この攻撃によって4人の兵士が殺され、3人が拉致された。捜索活動はすぐに実施されたが、容疑者への盗聴の合法性を巡って弁護士達が9時間38分にわたって会議をするあいだ、捜索は完全に中断されてしまった。誘拐を捜査する専門家なら誰でもいうことだが、犯人のめどをつけるためには誘拐直後が非常に大事なときであり、時間がたてばたつほど、犯人が人質を移動させたり、犯人が人質を別の組織に手渡すなどして、手がかりが途絶えてしまうのが常である。そんな大事なときに10時間近くも「この非常時をどう扱うか」という会議をしていたというのである。非常時だと解っているならくだらない会議など後回しにしろ!人の命に関わることなのだということが、こいつらにはわからなかったのだろうか?
読者の皆様もブッシュ大統領が令状のない盗聴を秘密裏に行っていたというニュースはおききになったことがあるだろう。ブッシュ大統領はことテロリストに関しては、複数の携帯電話であっという間に連絡を取り合うこの情報時代に、ひとつひとつの電話機への盗聴など裁判所からいちいち令状を待っていられない状況がいくらも発生すると判断していた。それはまさしく今回のような事件を防ぐことが目的だったのである。こうした令状を出す権限のあるFISA裁判所はイラク人同士の携帯電話による会話でも、そのサテライト提携がアメリカのものである以上、アメリカ国内の法律が適用されると判断したというのだからあきれてしまう。
数週間後拉致された1人の遺体がユーファラテス川のほとりで発見された。アルカエダはジメネズ兵と他の一人を処刑したと発表した。

「こんなひどいことってありません。もしすぐに捜索活動にでていれば、手がかりを発見し、息子を見つけられたかもしれないのに」とジメネズ兵の母親のマリアさん。「私は神に問い続けています。いったい私の息子の身に何がおきたのかと。」マリアさんは特に不満を隠せない。「私は彼らが出来る限りのことをしてくれていると思っていたのに。」「すべて法律に従えというのがこの国のやり方ですよ。彼らは法律を破りたくなかった。それは解ります。でもそれなら法律を変えるべきです。あの間にどれだけの情報が集められたか神のみぞ知るです。」

信じられないような事件ではあるが、こういう話はなにもこれが最初ではない。数年前にフィリピンでも民間人のグループがアルカエダ系の武装集団に拉致されるという事件があった。そのグループには元陸軍特別部隊の民間人が護衛についていた。地元にいたアメリカ陸軍特別部隊のメンバーは事件直後すぐに出動する用意ができていたにもかかわらず、ラムスフェルド防衛長官並びにブッシュ大統領は、単なるアドバイザーとして駐留していることになっているアメリカ軍がフィリピン軍を差し置いて軍事活動をすることはいかがなものであるかという気遣いから、捜査活動が開始されたのはなんと丸一日後だったという。捜索に出たアメリカ軍はガードマンの遺体を発見。彼は逃げようと思えば逃げられただろうに最後までひとりで戦ったと思われる。人質は何ヶ月も拘束された後に開放されたが、一部の人質は殺されていた。
どうして人の命がかかわり、一刻の猶予も許されないときに、令状がどうの、面子がどうのという話になるのだ?とにかく救出をしてから後でなんとでも言い訳をすればいいではないか。正しいことをしていても裁判沙汰になるきょうび、軍隊が神経質になる気持ちはわかる。だが、アメリカの法律がアメリカ軍が任務を遂行するのを阻止しているというなら、マリアさんのいうようにこのような法律は変えられなければならない。
ところで、令状なしの盗聴はすべきではないといって大声を上げて騒いでいるのは無論米民主党と左翼メディアであるということを一応記しておこう。


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シーア市民が目覚めるとき

読者の皆さん、二週間にわたりリアルタイムのネットアクセスが不能だったため、しばらくカカシとミスター苺のアラスカンクルーズの旅行記にお付き合いをいただきました。また写真のアップロードが済み次第、アラスカの美しい景色をご披露したいと思います。
さて、ではアクセス復帰第一弾はイラクの話。
以前にもスンニ市民がアルカエダの暴虐に耐え切れず、アルカエダを見放してアメリカ軍及びイラク軍に協力を求め始めたという話はここでも何度もしてきたが、今回は同じようなことがシーア派市民の間でも起きているという話をミスター苺がしているので、今日はそれを紹介しよう。
驚くことにこの「シーアの目覚め」はなんと反米メディアのニューヨークタイムスが報道している。

バグダッド各地のシーア居住区で市民はマフディ軍を見放し始めている。マフディ軍といえば一時はスンニ武装集団から唯一市民を護ってくれる組織と考えられていたが、最近では信念もなく町を荒らしまくる、単なるならず者の集団と化している。
このバグダッドのシーア市民の気持ちの変化は長くマフディ軍相手に苦戦してきたアメリカ軍にとって良い機会である。最近アメリカ軍は戦闘作戦において、地元のリーダーたちを頼りにするようになってきているからだ。

あの悪名高きニューヨークタイムスとは思えないほどこの記事は非常に均衡のとれた公平な報道となっている。

バグダッドの西と東の四つの地区から10人のシーア人をあつめて行ったインタビューでは、シーア民兵は新しく収入を得るためにシーア市民を敵に回したやり方が説明されている。
今日町をのさばるシーア民兵は2004年、モクタダ・アル・サドル師をしたってシーア独立を目指してアメリカ軍と衝突したマフディ軍の面影はない。 当時は近所の人々が料理用ガスや他の必需品を供給したことにより、戦士の数は倍増していた。
三年たった今、メンバーの多くは暴力的な過去を後にして地元政府の職についたりする傍ら、一部の者達は犯罪に走り、車を盗んだり死亡したり避難した両派の人々の家々を乗っ取ったりしている。
メンバーの年齢層も変わり、今では家族にも見放された10代の若者がほとんどであり、これがアメリカ軍の成功につながっている。去年の秋、アメリカ軍はシーア民兵への取り締まりを厳しくし、リーダーを何人も逮捕し、(マフディ軍は)目的をもたない下級のメンバーを残すのみとなった。
「いまは若いもんだけで、宗教も自制もありません。」というのはアバスさん40歳。シーア派市民でバグダッド南部のアミーンにおいて車の部品の卸業をしている。アバスさんの22歳の従兄弟のラティブさんはこの春、マフディ民兵を侮辱してメンバーから口を撃たれた。
「みんなやつらを嫌ってます」とアバスさん。「人々は奴らがみんなの前から消えて欲しいと望んでいます。」

イランの飼い豚サドルは、イラクでシーア派に暴力行為をしている人間は、その行為そのものがマフディ軍のメンバーとしての資格はないと言い訳をしている。 市民に暴力を振るえばマフディではないなどという都合のいい言い訳をして、責任逃れをしようとしても、イラク市民には通用しないだろう。なんにしても、サドルがイランからイラクへ戻ってくるときが来たとしても、サドルが戻るマフディ軍のメンバーがサドルを指導者として受け入れるという保障はまったくないばかりか、多分サドルがもどってくるような組織はイラクには残っていないことだろう。
ここでミスター苺は大予言をする!「イラク反乱分子は誰が考えるよりも早く崩壊するだろう。」と。イラクのアルカエダはもう虫の息だし、シーアのマフディやバーダーの民兵も駄目となれば、いったい誰が残っているのか?
無論イラク国内の内乱を望む、イランや外国人テロリストによる援助は無視できない。しかしイラクは宗派主義の国ではなく、部族主義の国である。だから、シーアだというだけでイラクのシーア派はイランに単純に同調はしない。 イラクでシーアにとって非常に大事なアルアスキリ聖廟がアルカエダに爆破されたときですら、お互いに殺しあいを続けはしたが、影の政府を設立するとか、軍隊が真っ二つに割れるといったような本当の意味での内乱は起きなかった。
イラク市民は内乱を起こすどころか、スンニとシーアの両方の過激派反乱分子を拒絶した。自称「救世主」を頼りにせずにイラク人は自分たちの手でイラクを立て直そうとしている。そのような場所ではどちらの反乱分子も長期にわたって敗戦を戦い続けることは出来ない。
ミスター苺は来年の11月の選挙の時までには、スンニにしろシーアにしろ反乱分子はほぼ鎮圧されているだろうと予測する。2006年の中間選挙ではイラクが負けていると思われたため、共和党も大敗すると予測されていたが、共和党の損害は民主党が望んだほど大きくはなかった。多くの市民が「とにかくまだ様子を見よう」という姿勢をとっていたからだ。
ここ最近の状況を観察してみると、アメリカ軍はどうやらイラク戦争に勝ちそうである。無論だからといって、アメリカ市民が共和党に投票するという保障はない。だが、この戦争は共和党の失態だと民主党は投票者に言い続けてきたので、この戦争が成功したら、ある程度共和党への認識は高まる可能性はある。
ここでニューヨークタイムスの記事を引用して締めくくらせてもらおう。

ビジネスマンのアリさんは、マフディ軍は将来ずっと小規模なものになるだろうと語った。人々は(マフディの)リーダーたちを信用していないという。「彼らの中に信念というものがまったくなくなってしまったからです。」

米民主党にも耳の痛い言葉なのではないだろうか?


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