以前にオーストラリアの浜辺でレバノン出身のパレスチナ人たちの暴力行為に反応した地元白人達との間で暴力沙汰がおきて、2005年の12月には暴動まで起きたという話を「残念! 豪州ビキニマーチは来年一月に延期」でしたことがある。
私はその時、オーストラリアでは海水浴に来るレバノン移民と白人救命員とのいざこざを解消し、移民と地元白人との関係を緩和するため、レバノン移民の救命員を募集しているという話を読んだ。特にイスラム教徒の女性でも恥かしくなく着られる宗教に敏感な水着をデザイン中だということだった。
そしてついにデザイン完成。その名もバーカ+ビキニでバーキニ!(Hat tip ミスター苺)

Burqini

右側が救命員の女性用水着、バーキニ


この水着は厳しい回教に従ったもので、写真の救命員、メッカ・ラーラーさん(20歳)は頭から首からすべて覆われている。しかし水着そのものはスパンデックス生地で伸縮自在。体にぴたっとしてるため泳ぎの邪魔にならない。最近カカシを多いに失望させているオリンピック水泳選手が着ている体中を覆っている競泳水着と似ている。 水着のデザイナーはイスラム教女性、アヘダ・ザネッティさん。
この何気ない話は、実は現代社会で生きるイスラム教徒にとって非常に大切な第一歩といえる。なぜならこれは想像力を働かして、いかにイスラム教の教えを現代社会の実用性に順応させるかという完璧な一例だからだ。
私は最近ロバート・スペンサー著のThe Truth about Muhammad (モハメッドの真の姿)という本を読み終わったばかりだ。それについてはもっと詳しく追ってお話したいと思うが、スペンサー氏の主題を要約すると、

イスラム教テロリストは平和な宗教を乗っ取った過激派なのではなく、聖戦主義といわれるテロリストの信じていることこそが、まさにイスラム教の創設者モハメッドの唱えた教えなのだ。だからイスラム教は元来平和的な宗教だとか、騒いでいるのは原理主義の過激派だけだと解釈するのは間違っている、問題の原点はイスラム教の教えそのもにあるのであり、そのことを無視すれば西側は聖戦に負けてしまう。

というものだ。 しかし私はスペンサー氏が引用したコーランのあちこちで、いくらも現代的な解釈のしようがあると感じた。現代のイスラム教徒は7世紀に生きているのではない。7世紀の価値観や生活環境にない現代人がコーランの教えに文字通り従うなどということは現実的ではない。
たとえば私の同僚のアブ・ナットー君(仮名)はアフガニスタン出身だが仕事中に一日5回もメッカに向かってひれ伏してお祈りを捧げたりしないし、ラマダンの時でもお昼ご飯をちゃんと食べている。会社の宴会の時はビールも飲んでたしね。はっきり言って他の男性たちに比べたらよっぽども女性に優しい紳士。それでもナットー君は敬虔なイスラム教徒を自負している。
まさかスペンサー氏はこういう穏健なイスラム教徒まで敵に回せというわけではあるまい。大事なのはナットー君やラーラーさん、そしてデザイナーのザネッティさんのようにイスラム教を拒絶せずに現代化していくことにあるのだ。
余談だがこの水着の話を載せたニューヨークタイムスは例によってオーストラリアの海岸で起きた暴動について非常に偏向的な報道をしている。

(イスラム教徒参加促進の)アウトリーチはシドニーの下町から約20マイルほどいったところにあるクロヌラ海岸で起きた2005年12月の醜い出来事への反応である。(このとき)体中に人種差別的なメッセージを塗りたくったり、メッセージのはいったTシャツを着たスキンヘッドやニオナチを中心とした群集が、よっぱらってあたりをうろつきまわりレバノン人の男性らを襲った。

諸外国ではオーストラリアは人種的な緊張が台頭する時代にはいっているのではないかと懸念された。この暴動は多くのオーストラリア人に、暴力はオーストラリアの根底にある人種差別に起因しているのではないかと、改めて考えさせるきっかけとなった。

まったく最近のニューヨークタイムスの偏向報道は日本の慰安婦問題にしろ、オーストラリアの移民問題にしろ、滅茶苦茶だ。 去年12月に私が暴動当時のオーストラリア新聞記事を多々読んで得た情報によると実際には暴動はこのようにして起きた。

一般にCronulla riot と呼ばれる暴動のきっかけとなったのは去年12月に浜辺を歩いていたカップルがイスラム系の十数人に襲われたことから始まる。その数日後、同じ砂浜でサッカーをしていたイスラム系青年数人に注意をした救命隊員がやはり十数人のイスラム系若者に襲われるという事件があった。それまでにも何度かイスラム系の若者によって海岸を訪れる人々が嫌がらせを受けていたようだが、この二つの事件で地元白人の堪忍袋の緒が切れたのかもしれない。

トークラジオのDJやブロガーなどが浜辺を取り戻そうと呼びかけたことから、12月11日、Cronulla海岸には5000人の白人の若者が集まった。最初のうちは単にお祭り騒ぎをしていただけだった若者たちは、一人のアラブ系男性が数人の白人男性に追いかけられて近くのホテルに逃げこんだのを皮切りに浜辺にいたアラブ系と見られる人々を次々に襲った。若者たちは駆け付けた警察官や救急隊員などにもビールの空き缶を投げ付けるなどの暴行を行い、数人が逮捕された。
その晩から数日後の15日にいたるまで、今度はイスラム系の若者が復讐のため町にくり出し、商店を破損させたり行き交う人々に襲いかかったりした。キリスト教の小学校に銃弾が打ち込まれ、最後にはキリスト協会が4つも焼かれてしまった。

明らかにニューヨークタイムスの記事が無視しているのは、暴動のきっかけとなったイスラム教暴徒による数度による一般市民や救命員に対する暴力行為と、白人達の一日の暴動に対して何日も続いたレバノン人たちによる報復暴動である。 
挑発した片方の行為を全く無視して、それに反応した方だけを批判して人種差別だなんだかんだと書きたてるのはあまりにも一方的な偏向報道である。ま、ニューヨークタイムスの常套手段ではあるが。


1 response to オーストラリア、ビキニならぬバーキニ?

In the Strawberry Field6 years ago

なぜフランスはバーキニ(イスラム教女性用水着)を禁止したのか

フランスではすでにイスラム教女性のヒジャブを公共の場で着用することを禁止していたが、最近になってフランスでは、ニースやカンヌなど数箇所の海岸でバーキニと呼ばれる体全体を覆うイスラム女性の水着を禁止しはじめた。フランス法廷はこの禁止令は憲法違反だと判定を下したがニースの市長はその判定を完全無視する意図を明らかにしている。 アメリカのメディアはこのフランスの行動を対イスラム教徒への人種差別であるかのように報道しているが、イスラム教徒とフランス社会における状況をもっときちんと把握すべきだというのがポール・…

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