アメリカのニュースワイヤーサービスであるAssociate Press (AP)が、中東での情報を自社の特派員を使わずストリンガーといわれる地元民から得ていることで、これまでにも根拠のない怪しげなニュースがまことしやかに報道されてきたことは、7月のレバノン戦争の時に当ブログで何度か紹介してきた。
レバノンでは緑ヘルメットの男があちこちに現れてレバノン市民の被害を訴えていたが、今度はイラクでジャミール・フセインなる「警察官」がAPニュースの情報元としてあちこちで出没している。
ジャミール・フセインの名前が取りざたされるようになったのは、先月APがイラクでシーア派の民兵がスンニ派一イラク人6名をイラク軍が見守るなか焼き殺したという報道をしたのがきっかけだ。まずは11月25日付けのAPニュースより:

バグダッドは金曜日にくらべて静かだった。目撃者や警察の話では(金曜日)暴れた民兵らがハリヤー地区の主にシーア派の住宅街で4つの聖廟や数軒の家を焼き払ったり爆破したりした。近くにいたイラク兵たちはシーアマフディ軍のメンバーを思われる容疑者の攻撃や、それに続いた攻撃で25人にのぼるスンニ派の殺害を阻止することができなかったと警察のジャミール・フセイン警察署長は語った。
米軍側は土曜日、ハリヤー地区を警備しているイラク軍は焼かれた聖廟はひとつだけで、金曜日に6人のスンニアラブ人が祈祷中に引きずり出されて焼き殺されたという殺されたという情報は確認できなかったと発表した。

この記事を読んで「変だなあ」と感じたアメリカ人ブロガー、Flopping Acesの元アメリカ海兵隊員で警察官もやったことのあるカートは、グーグルでちょっと検索をしてみたところ、6人のスンニイラク人が殺されたという話の情報元はジャミール・フセイン警察署長ただひとりであることがわかった。

焼き殺された6人についてのどの記事にもこの男の名前が現れるので俺はかなり古い記事を掘り起こしてこの男の関わった記事を探さねばならなかった。
この4月の話:
昨日最悪の暴力、手錠をかけられ目隠しをされ拷問の後のある6人の男性の遺体がバグダッド付近のドラにて発見されたとジャミール・フセイン警察署長は語った。
これは5月の記事から:
引き続き土曜日にも自動車爆弾がバグダッド南部の込み合った交差点でおき、すくなくとも4人の民間人が殺され7人がけがをしたとジャミール・フセイン警察署長は語った…
これは6月:
月曜日の夕方、バグダッドの商店街で内政省のパトロールを二つの爆破が襲い、少なくとも7人が殺され16人が負傷したと警察は語った。最初の自動車爆弾は西バグダッドの内政省のパトロールを襲い4人の機動隊員が殺され6人が負傷したとジャミール・フセイン警察署長は語った。フセイン署長は30分後もう一つの爆弾がバグダッドから20マイルほど離れたマフムーディヤ商店街で爆発し3人が殺され10人が負傷したと語った。
7月:
銃をもった男たちは西バグダッドのスンニ住宅街でバスを待ち伏せし一人の女性を含めた6人の乗客と運転手を殺したとジャミール・フセイン警察署長は語った…

この後9月の事件と続くが長くなるのでここでは省略しておく。スンニが殺されるたびに新聞に登場するこのジャミール・フセイン警察署長とはいったいどういう人物なのだろう。
4つもの聖廟が焼かれ6人の祈祷者が焼き殺されたという話にもどるが、25日付けの米軍の公式発表によると焼かれたのは一つだけで、AP記事に載った事件の確認はできないという。バグダッドの地元消防隊および警察もそんな報告は受けていないとしている。
バグダッド地元警察も聞いていない? ではいったいAP記事に話をしたフセイン署長はどこの警察の署長なのだ? ブロガーのカートはCENTCOM(アメリカ軍中央司令部)に連絡してこの男の身元について質問したところ、CENTCOMからはこの男の身元は確認できないが、彼がイラク警察の正式な報道官でないことは確かだという返答があった。
その後27日になってCENTCOMはジャミール・フセインなる男はイラク警察官でもなければ内政省の人間でもないと発表した。そして24日のAP記事の事件は全く根も葉もないでっちあげであるとAPへ抗議の手紙を送った。この手紙のなかには、APが好んで引用しているヤーモーク地区の警察官と称するマイセム・アブドゥール・ラザーク警部(Lt. Maithem Abdul Razzaq)もイラク警察の人間ではなく、イラク警察を代表して声明文を出す立場にいる人間ではないとある。
また、イラク警察を代表してメディアを話すことが許可されているのはチーフ以上の地位にあるひとのみで、それ以下の警察官がメディアと話すことは禁じられているとし、身元の確認できない人間からの報道は匿名として報道されるべきであると忠告している。

6人が焼き殺されたという記事を信用できる情報元から確認できない限り、APはこの記事を撤回するか、もしくは少なくとも情報元の名前が本人がいうものとは違っているという訂正文を出すことを要請する…

このCENTCOMの要求に対してAPは自分らの情報は正しいと主張して撤回も訂正もする意志がないことをあきらかにしている。

「金曜日のことについてさらなる情報を得るためAPのリポーターはフセインに三度目の連絡をとり、報道に間違いがないことを確認しました。署長は過去2年にわたって警察の情報提供を定期的にしてくれているひとでAPのリポーターは彼の警察署に何度か訪れています。署長はフルネームのジャミール・ゴーレイム・フセインと名乗っており、6人は本当に火をつけられたと証言しています。」

ジャミール・フセインと同様CENTCOMが警察官ではないとしているマイセム・アブドゥール・ラザーク警部だが、CENTCOMによれば彼はイラクの内政省から参考人として出頭するよう二週間前から令状が出ているという。またFlopping Acesの読者が詳細な検索を行った結果、ラザーク警部の名前は2006年4月3日から11月13日まで23の記事に載っており、ジャミールにいたってはカートが当初みつけた12の記事を大きく上回る61の記事で名前が載せられていたことが判明した。しかも彼等の名前が出てくるのはAP取材の記事のみである。
ところでイラク警察も内政省もそんな人間は働いていないといっているのに、APの記者たちはいったいどこの警察署を訪れてこの男に会見したのだろうか? それにAPが2年前から情報元としてつかっているといっているのに、どうしてジャミールの名前は今年の4月以前には全くAPの記事に現れていないのだろうか? 
Flopping Acesの読者によるとジャミール「署長」とラザーク「警部」の証言を取り入れた記事には必ずAPのイラク現地記者アル・バシヤー記者の名前が出てくるという。カカシはこの名前には聞き覚えがある。それもそのはず、アル・バシヤーは2003年9月からイラク人記者として多々の新聞に記事を寄稿していたからである。バシヤーが書いた2003年の10月5日のバグダッドで数年ぶりに競馬が行われたという記事はカカシも読んだ覚えがある。その後もバシヤー記者の書いた記事はイギリスの新聞などに十数回掲載されているが、常に別の記者との共同取材ということになっていた。
このバシヤー記者がAPのおかかえ現地記者となったのは2006年5月のことらしい。APのでっちあげ記事にはこの記者の関わりがかなり重要な鍵となっているようだ。
しかしこうしてみると、少なくともAPの記事に関してはシーア対スンニのいわゆる宗派間争いの記事にはかなり多くのでたらめねつ造記事が含まれているということになる。APの記事はアメリカ全国、いや世界各国の新聞社が情報元として信頼して再掲載している。そのAPが身元の確認できないストリンガーのでっちあげ記事をそのまま報道していたのである。
イラクの不安定な状態が先の選挙に大きな影響を与えたことを考えると、APはあきらかにイラクテロリストの情報操作の手先となっていたことになる。知っててやっていたにしろ知らずにだまされていたにしろ、メディアとしての責任を完全に怠ったこの行動は許しがたい。


1 response to また暴かれたAPのねつ造記事

In the Strawberry Field17 years ago

カカシ人気ブログにゲスト出演

今朝起きてみたら、なんとまだ朝6時なのにいつもの倍以上のヒット数。こりゃなんじゃらほいと思っていたらアメリカの保守派で人気ブロガーのミッシェル・モルキンのところからの紹…

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