昨日11日に国連で可決され、イスラエルも承諾したレバノン戦争停戦の決議についてアメリカの保守派の間では「大悲劇だあ〜」「イスラエルはおしまいだあ〜」という悲観的な意見が飛び交っている。エルサレムポストのキャロリン·グリックなどはヒステリー状態である。彼女の抗議の要点をまとめると、

停戦の条件が満たされているかどうかの判断をするのが国連書記長のコフィアナンにゆだねられていること。アナン氏はこれまでもイスラエルの防衛は批判するが、ヒズボラの攻撃は完全無視してきたという過去がある。アナンの判断に任せるということはヒズボラの攻撃続行を保証することに他ならない。

この決議によりイスラエルとシリアの間でもめているゴーラン高原の広域にレバノンの主権があるというヒズボラの誤った主張を正当化することになる。
ヒズボラの武装解除がイスラエルとヒズボラが永久停戦に合意すると期日の特定されていない将来であり、しかも武装解除の管理はヒズボラのメンバーが居るレバノン政府がするというもの。
イスラエル軍はレバノン軍とUNIFILの出動と平行して撤退するとあるが、これだとレバノン軍とUNIFILが十分な体制が整わないうちにイスラエル軍が撤退してヒズボラがつけいる隙ができる。
最後に決議は拉致されたイスラエル兵士の解放についての方針が明らかにされていない。この問題をヒズボラのするテロリスト解放要求についての章で語ることで、拉致された二人の兵士が返還される道は塞がった。

だが実際にこの決議はそんなに悲観すべきものなのだろうか。太田述正コラムさんが分かりやすく説明してくださっているので引用させてもらおう。(強調はカカシ)

イスラエルは、この採択直前に、南レバノンでの大攻勢作戦を発動するとともに、この決議案を拒否する旨意思表示を行いましたが、その後方針を転換し、13日の閣議でこの決議案を受諾する予定です。ただし、発動した大攻勢作戦はそれまで継続します。 米国もイスラエルにこのように一両日の余裕を与えることを了解しています。他方、(ヒズボラはもとより、)レバノン政府はまだ態度表明をしていません。
原案と採択された決議との違いは、レバノンに派遣される15,000人の国連軍が新たに創設されるはずであったところ、現在2,000人のUNUFILの15,000人への拡大に落ち着いたことと、この国連軍はレバノンにおける平和維持という任務達成のために、国連憲章第7章に基づく武力行使ができることとされていたところ、第7章への言及はなくなったけれど、(国連憲章第6章に基づく)平和維持活動の域(部隊の自衛)を超えて武力行使ができることとされたことですが、これらは実質的にはさしたる違いではありません。
また、Sheba’a Farmsへの言及も、イスラエルに収容されているレバノン人達への言及もない一方で、ヒズボラが拉致したイスラエル兵士への言及はなされていること、また、ヒズボラは全ての武力攻撃を中止しなければならないのに、イスラエルは「攻撃的軍事作戦(offensive military operations)」を中止すればよいだけ、というイスラエル側にとって有利な点はそのまま維持されています。

キャプテンズコーターズのキャプテンエドは、これについてこう語る。

すべてがナスララにかかっている。もしナスララが条件を飲めばスィニオラ首相は南レバノンからヒズボラを取り除くことができ、ヒズボラは公式にどう発表しようと事実上終わる。ヒズボラが南レバノンに居座っていたのはイスラエルから南レバノンの国境を守るためという理由だった。もしレバノン軍がその役割を担うことになれば、民兵がレバノン真ん中で果たす役割はなくなる。もしナスララが吠えれば、イスラエルはそれを青信号の合図として仕事を終わらせる窓が大きく開くことになる。しかもこのために失われる時間はごくわずかだろう、なぜなら結論が出るのは(停戦調印の)数時間後になるだろうから。

つまり、停戦条約など結んでもナスララはその数時間後にそれを破るだろうからイスラエルはそれを合図に、ヒズボラを始末すればいいというわけだ。イスラエルとすればやるだけのことはやったと国際社会への面子も保てる。テロリストが相手じゃこんなもんさ、ってなもんである。
またこの決議がそれほどイスラエルにとって悪いものではないというミスター苺の理由を挙げて見よう。

イスラエルは即座に撤退を要求されていない。イスラエルの撤退はUNIFILとレバノン軍の出動と平行するとあるので、どの時点でも誰かが警備に当たっているわけだから、ヒズボラに与える隙はない。

イスラエルが禁止されているのは攻撃的軍事作戦だけで、防衛的軍事作戦は認められている。だからヒズボラがちょっとでもイスラエルに攻撃を仕掛ければイスラエルは正々堂々と反撃できる。この際決議違反はヒズボラでイスラエルではない。
ヒズボラは即座にリタニ川の北側に移動しなければならない。それをしなければ武装解除される。これが守られなかればヒズボラおよびレバノン政府も決議違反である。イスラエルは即座に元の攻撃体制にもどることができる。
国連決議の1556を含め、これまでの決議すべてに施行を義務づける。むろんこれがいままでまもられてこなかったわけだが、今度はこれが守られなければイスラエルが戦闘を再開するという歯ができた。
UNIFILの権限を拡大することでこれまでと違ったUNIFILによるヒズボラへの軍事行使が可能になる。

なんにしても、キャプテンエドが予測するようにヒズボラがイスラエルへの攻撃をやめるわけがない。ヒズボラが停戦条約をやぶるまでには条約の署名のインクが乾く暇もないだろう。だからこの停戦は長続きなどしない。
イスラエルのオルメルト首相は今回の戦闘で空爆だけにたより陸軍の進出も十分な軍隊を用意もせずすみやかに侵攻せずヒズボラを優勢にさせてしまった失態がある。そのうえにこの停戦条約ではイスラエル市民は完全にオルメルトを見放すだろう。イスラエルでは数カ月のうちに総選挙があり、もっとタカ派で本気でヒズボラを撲滅してくれる首相が選ばれるだろう。
この戦争はこの決議で一時停戦をしても、それは長続きしない。もし多少の平穏がもどったとしても、来年にはもっと激しい戦闘が行われ、その時こそイスラエルは絶対に引かない、いや引けないだろう。イスラエル対ヒズボラ、この完結編はまだまだ先の話だ。


4 responses to 国連決議とイスラエルの将来

yoshi18 years ago

中東問題などの掲示板をみていたら、無知と偏見の多い投書の中で、あなたの投書だけは、正確で説得力があります。私も同じような考えと感情をもっているので、うれしくて挨拶します。あなたの投書から、このブログにたどりつきました。あなたの知識や興味や情報源の広さや深さにまったく感心します。また、無知や偏見の人たちを相手に、あなたは辛抱強く説明していることに感謝します。
日本の一般の人たちのイスラエルやとユダヤ人について勉強不足には驚いています。無知だから、善悪の判断を誤ったり、避けたりしているのも残念です。もっと、正確な情報を伝える必要があります。
あなたも言われたように、無知や誤解はメディアの責任でもあるでしょう。メディアは反ユダヤに利用されたり、加担しているという見方もあたっています。このブログにあった報道写真の捏造や変造の話などよい例です。次のサイトもいかにロイターが写真を変造するかわかりやすく説明しています。多くに人たちに紹介してください。
http://www.aish.com/movies/PhotoFraud.asp
また、8月11日の朝日新聞の次の写真もおかしいです。「捜索作業を続ける人たち」というタイトルですが、写っているのはTシャツを着た男一人だけ。この男は上を見ており、捜索活動をしているとは思えない。朝日がこうですから、日本の人たちがかわいそうです。
http://www.asahi.com/special/MiddleEast/TKY200608100121.html

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mathu18 years ago

なぜか今回の決議ではヒズボラの武装解除が盛られませんでしたね。(まあ結論から言うとヒズボラが武装解除とか恒久的な停戦は有り得ないんですが)
そこんとこ、何かあるのかなと思ってしまいます。
毎日の社説なんですが、
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 決議には、占領地からのイスラエル軍撤退と域内諸国の共存を求める安保理決議242、同338がさりげなく盛り込まれた。「包括的かつ公正で永続的な和平」の達成とは、特にシリアとレバノンが中東和平交渉で好んで使った表現である。レバノン南部をめぐる問題は、イスラエルがシリアから奪ったゴラン高原の占領問題にも関係するということだろう。
http://www.mainichi-msn.co.jp/eye/shasetsu/news/20060813k0000m070124000c.html
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どうもこの表現が気になります。
レバノンかシリアかアラブか、アメリカも要求していた武装解除を削除させた見返りは分かりませんが、ひょっとしたらつかの間の平和もあるかもしれませんよ。

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scarecrowstrawberryfield18 years ago

yoshiさん
あらためてようこそおいでいただきました。そして貴重な資料をありがとうございます。今回の戦争では武力はイスラエルが優勢だったかもしれませんが、情報戦争という意味ではヒズボラのほうが数段上でしたね。特に西側メディアが完全にヒズボラ側を応援してますからどうしようもないです。
でもこれだけねつ造だのやらせだのが明らかになったので、日米のメディアは信用がた落ちなのでは? 
アラブメディアでは日常茶飯事らしいですけどね。
カカシ

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scarecrowstrawberryfield18 years ago

matsuさん、
つかの間の平和もヒズボラ次第でしょう。だとすると長続きは望めないですね。
イスラエルの政権はこれで崩れるでしょうが、雨降って地固まるということもあるので新政権に期待したいです。
それにしてもシャロンはひどい時に倒れたもんです。

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